フェイト/スクリーミングソウル   作:ユート・リアクト

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 第三者の存在を示唆するランサーの叫び。

 ランサーが戦闘を中断し、第三者を追いかける。

 その後ろ姿は、間違いなく学生服だった。

「チィ……!」

 銀髪の男も慌てた様子でランサーの後を追う。

「生徒……まだ学校に残ってたの!?」

 凛も珍しく狼狽する。

 魔術師ないし聖杯戦争のルールは『目撃者は殺せ』である。

 凛はそのルールを、よく思っていない。

 だから犠牲者を出さないよう細心の注意を払っていたつもりだったが―――凛は自らの迂闊さを呪った。

「追ってアーチャー! わたしも、すぐに追い付くから……!」

 凛の命令に従い、即座にランサーと銀髪の男を追うアーチャー。

 凛も急いで赤い背中に続く。

 

 

 誰もいないはずの学校。

 氷のように冷たい廊下には、床に倒れた生徒と、銀髪の男―――ネロの姿があった。

「……畜生っ」

 ぎり、とネロは歯噛みした。

 犠牲者が出てしまった。

 間が悪い、運が悪いといえばそれまでなのだが―――巻き込まれたこの生徒にとっては最悪な出来事に違いない。

 きっと何が起こったのか理解できないまま、逝くのだ。

 まだ生きてはいるが、長くは保たないだろう。

「……看取るぐらいは、してやるよ」

 言って、ネロは俯せになっている生徒の身体を反転させる。

 赤銅色の髪の童顔の少年が、こちらを濁った瞳で見つめている。

 せめて最期まで看てやりたいが、そのとき右腕が疼いた。

 アーチャーがやってきたのだろう。

 迎え撃つには―――戦意はもう萎えてしまった。ネロはゆっくりと立ち上がった。

「Rest in peace(安らかに眠りな)……」

 最後にそう呟き、ネロはその場を後にした。

 

 

 

 

 ……目覚めは暗い。

 夢は見ない性質なのか、よほどの事がないかぎり、見るユメはいつも同じだった。

 ……イメージするものは常に<剣>。

 何の因果か知らないが、脳裏に浮かぶものはこれだけだ。

 そこに意味はなく、さしたる理由もない。ならばそれが、<衛宮士郎>を構成する因子なのかもしれなかった。

 しかし、今回夢見たのは―――<刀>。

 全てを斬り裂いてしまいそうな冷たい刃。

 ――刀身には、むせ返るような血の臭い。

 ――ユメのはずなのに確かに薫る血の臭い。その刀は、きっと殺し過ぎたのだ。

 沢山の人間を。

 沢山の■■を。

 その刀の担い手は、邪魔するものを須く斬り伏せてきたのだろう。

 己が目的のために、女子供だろうが老人だろうが、果ては自分の肉親にさえその凶刃を振るってきたのだろう。

『――Die(死ね)』

 その一念で以って。

 

 

「あ……っ」

 そうして、衛宮士郎の意識が浮上する。

 頭が呆然とする。一体、何が起きたのか。頭痛が激しくて思い出せない。

 しかし、胸の破れた制服と、べったりと廊下に染み付いた自分の血が、その意識を覚醒させた。

「……くそ、ほんとに……」

 この胸を貫かれたのか。

 込み上げる吐き気をかみ殺し、士郎は幽鬼のような足取りで立ち上がる。

 平和な日常は一度の<死>によって崩れた。

 少年は魔術師の戦争に身を投じる事になる。

 逃げられない現実。

 避けられない事実。

 そしてこの日、少年は運命と出会う―――。

 

 

 

 

「何をしているのですか貴方はあああああああああああああッ!!」

「~~~~っ!」

 三半規管、大パニック。

 ホテルに戻ったネロは、帰りが遅かった理由を訊ねるバゼットに事のあらましを話した。

 深山町の学校に結界が張ってある事と、間桐と呼ばれる少年がマスターだった事とをまず始めに、次にサーヴァントと交戦したと告げたのだ。

 少しの沈黙の後、息を吸い込んでバゼットが怒声を上げるのも無理のない話だった。

「あ、あなっ、貴方は何で一人で勝手に行動したんですか!? 何のための協力関係なんですか!? 大体、サーヴァントとマスターを一人で相手にしようなどと正気ですか頭おかしいんですか貴方はバカですかああああああッ!!」

 あまりの大声に、ネロの聴覚が麻痺しはじめた。それは肺活量の限りを尽くした空気の塊だったと思う。

 叫んでもいいように、きちんと防音結界を張った後だから始末が悪い。

 しかし、バゼットの怒りも、もっともだ。協力しようとした矢先に、いきなり協力者に死なれては身も蓋も無い。

「……悪かったよ」

「悪かったよ、ではありません!」

「……生きて帰ったんだから、べつにいいじゃねえか」

「そういう問題でもありません!」

「……」

 ネロはとうとう沈黙した。

 ここまで言われると流石に反省せざるを得ない。

 同時に奇妙な懐かしさも感じていた。

 協調性の無いネロは、よく命令違反で兄貴分の男に叱られたものだ。

「……それで? なにか成果はあったんですか?」

 叱るだけ叱った後、落ち着きを取り戻したバゼットは再度訊ねた。

 まったく直情的な女だ、と内心で愚痴を零し、ネロは学校で起こった事を説明し始めた。

 まずはアーチャーのそのマスターの特徴について。

「……アーチャーのマスターは、きっとトオサカ・リンですね」

「この町のセカンドオーナーか?」

「ええ、そうです。時計塔でも噂される優秀な魔術師ですね」

「そうか……」

 さあ、問題は次だ。

 言うまでもない、ランサーと戦った事である。

 ネロは思い悩む。話すべきか、黙っておくべきか。

 元々サーヴァント奪取案は、必殺の槍を持つランサーと戦うにあたり、ネロを死なせるわけにはいかないから立案されたものだ。発動させなければいいだけの話だが、協力者にそのような危険を冒させるわけにもいかないというバゼットの申し出である。

 それは優しさであり、同時に魔術師にはあるまじき甘さであり、そして人間として好感の持てる部分だ。

 しかし、ネロはそれを綺麗に無視した格好である。ブチギレられるのは火を見るより明らかだ。

 やはり、黙っておくべきか……ネロはそう思ったが、一時的な協力関係といえど、それなりの誠意を見せるべきだと考えを改めた。先ほどの負い目もあるし、なにより嘘は良くないとキリエにも言われている。

 むしろ開き直った感さえあるネロは、ゆっくりと口を開いた。

「バゼット」

「なんですか?」

「実は俺、ランサーとも戦ったんだ」

 

 

「なにも追い出さなくてもいいじゃねえかよ……」

 結果は散々だった。

 怒号どころかルーン魔術で強化された拳とか拳とか拳とか飛んできた。

 今は顔も見たくない、とバーサーカーのごとく襲いかかってきた。

 挙げ句の果てに部屋から追い出されてしまった。ネロが代金を支払った部屋なのに。

「ハァ……」

 ため息を吐く。

 夜明けには、まだ早い。正直、まだ活力を持て余していた。

 降り注ぐ月明かりがひどく冷たく、同時に熱い。

 こんな夜は静かには終わらないと、半ば確信しながらネロは寝静まった新都を歩き回っていた。

 右腕が疼いたのは、そのときだった。

 右腕が強大な存在を感知する―――サーヴァントだ。

 今夜は寝るには勿体ない夜らしい。思わず不敵な微笑みが浮かぶ。

「――バゼット、聞こえるか?」

 ネロはルーン文字が刻まれたピアスに声をかける。

 ネロの耳に揺れているピアスは、先ほど追い出される前に、バゼットから投げつけられた代物だ。

 魔力を込める事でバゼットと通信可能なトランシーバーの役割を果たすらしい。

 バゼットがそのとき学校で戦闘中だったネロを待っている間、得意ではない細々とした作業をして製作したのだった。

『……なんですか?』

 ピアスから不機嫌な声が返ってくる。

 拗ねているらしい。まるで少女のようだ、とネロは苦笑しながら用件を伝えた。

「サーヴァントを見つけた。今から交戦する」

『は!?』

 単刀直入。待ったなしの勢いで言われた用件に、バゼットは通信機の向こうで狼狽した。

「場所はたぶん言峰教会の近くだ。来るなら来てもいいぜ?」

『ちょ、ちょっと待ってください! そんな、急に……』

「あっ、来るんならレッドクイーンを持ってきてくれ。ちゃんとギターケースに入れてこいよ?」

『いや、ですから……』

「じゃあな、ひと足先に行ってるぜ」

『ちょ、待ちなさ――』

 待たない。

 ネロは一方的に通信を断ち切った。

「さあて……レッツロックだ」

 月下、悪魔が降り立つ。

 獰猛な笑みを浮かべるネロは、血の匂いを嗅ぎつけた獣のように駆け出した。

 

 

 深夜、教会へと続くゆるやかな坂道。

 そこで、戦争が勃発していた。

 唸る斧剣。

 奔る不可視の剣。ふたつの激突に空間が震える。

「くっ……!」

『■■■■■ーーーッ!!』

 暴れ狂う巨人、バーサーカーは目の前の敵を叩き斬らんと狂気の雄叫びを上げる。

 バーサーカーを迎え撃つのは小柄な少女。

 苦悶の表情を浮かべながらも、不可視の剣でバーサーカーの攻撃を弾いていた。

 魔力放出。全身の魔力を噴射させ、果敢にもバーサーカーに立ち向かっている。

 魔力の猛りは、それこそバーサーカーには劣りはしない。最優と謳われる剣の騎士<セイバー>の勇士が其処にはあった。

『■■■■■ーーーッ!!』

 しかし、狂える異形は止まらない。

 歯止めなど利かない。

 制御装置の壊れた削岩機のように、めちゃくちゃに斧剣が繰り出される。

「ぐう……!」

 斧剣の衝撃に、セイバーが地を滑る。

 止まる事を知らないかのように、巨人は止まらない。

 人外の咆哮を張り上げ、セイバーに追い討ちを仕掛ける。

「セイバーッ!」

 セイバーのマスターである士郎が声を上げる。

 いっそ悲痛なまでの叫び。しかし、いくら叫んだところで、これほど無力なものもない。

「こんの……!」

 凛が魔力を蓄えた宝石を投擲する。

 赤い宝石、二連。

 そうして宝石に込められた魔力が爆散する。

 解放された魔力は炎の大輪の如く炸裂し―――だというのに、バーサーカーの皮膚一枚焦がすことは叶わなかった。

「なんてデタラメな体してんのよ!」

 凛のヒステリックに叫ぶ。今の一撃には、かなりの値打ちがしたのだ。

 値段もそうだが、込められた魔力も相当なもの。それを無効化するバーサーカーの防御は如何なるものか。

 もはやバーサーカーは止まらない。

 爆撃すら物ともせず、セイバーへの追撃は終わらない。

 そこに銀閃が走った。光条は五つ。ともすればライフル弾のようなそれは、アーチャーが放った矢だった。

 しかし、それすらも狂気の巨人を止めるには至らない。

 バーサーカーの皮膚の前にことごとく弾かれるアーチャーの攻撃。

 次の瞬間にはもう、バーサーカーの斧剣がセイバーを薙ぎ払っていた。

 少女の身体が宙を滑る。鋸のような荒削りの刃がセイバーの鎧を砕き、横腹を大きく引き裂く。

「あ―――」

 士郎の意識が一瞬、呆ける。

 目の前で、自分よりも小さな少女が斬り裂かれた。

 凛々しい彼女がゴミくずのように宙を舞い、そして地に落ちる。

 夜の闇と蒼白い月光のコントラストに、鮮烈なまでの血の赤が舞い散る。

 だが、それでも彼女は立ち上がった。

 自身の血にまみれれた不可視の剣を支えにして。

 既に意識など無いというのに。

 それでも立ち上がる。

 そうしなければ、残された士郎たちが、殺されるのだと言うかのように。

「いいわよバーサーカー。そいつ、再生するから一撃で仕留めなさい」

 勝利を確信したイリヤが、愉悦に目を細める。

 小さな主の命を受け、みたびバーサーカーがセイバーに襲い掛かる。

 アーチャーの矢がバーサーカーの動きを封じようと放たれるが、そんなものはバーサーカーの前では五月蠅い羽虫に等しい。足止めにすらならないのだ。

 このままだと彼女は殺される。なら、どうする。

 ―――自問するまでもない。

 衛宮士郎は、倒れている誰かを、見捨てる事はできない。

 衛宮士郎はそういう生き方を選んだ。

 誰も彼も救える―――<正義の味方>になるために。

 なにより―――自分を守る為に戦ってくれたあの少女を、あんな姿にしておけない。

 死なせるわけにはいかない。

 ならば、ここで立ち竦むわけにはいかない―――!

「このぉおお……!」

 全力で駆け出した。

 バーサーカーをどうにかできるはずはない。だから、せめて倒れているセイバーを突き飛ばす。

 振り下ろされる斧剣の真下に、士郎は突っ込んだ。

「あ――」

 驚愕の声は誰のものだったのか。

 セイバーは斧剣を免れた。

 士郎が間一髪、彼女を突き飛ばしたからだ。

 だからこそ、士郎は助からない。

 世界がスローモーションとなる不思議な感覚の中、衛宮士郎は悟ってしまった。

 なんて、間抜け。俺は、ここで斬られて、また死ぬのだ。

 しかし、衝撃は来なかった。

 そして、なぜか自分はバーサーカーから離れた位置で尻餅をついている。

 まるで身体を『鷲掴み』にされて『引き寄せられた』ようだった。

「あ、アンタは……!」

 驚愕の声は凛のもの。

 そしてセイバー、凛、アーチャー、イリヤ、バーサーカーの視線が士郎の背後に集中している。

 士郎は、ゆっくりと背後を振り向いた。

「―――ネロ」

 イリヤが呟く。

 その目は人間ではなく―――まるで<悪魔>を見ているように戦慄していた。

「よぉ」

 士郎の背後にいた人物は――

 ネロは不敵な微笑みを浮かべ、そうして気さくな挨拶をした。

 

 

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