フェイト/スクリーミングソウル   作:ユート・リアクト

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 <聖杯戦争>

 

 奇蹟に至るその悲劇(こうてい)を奏で染めるは、ただ一組。

 すべての事を為した時、己が理想に。

 ―――絶望せよ。

 

 

 

 

「よぉ」

 気さくな挨拶をするネロは、その実驚いていた。今し方助けた少年は、自分が看取ったと思っていたその人なのだから。

(オイオイ、化けて出るには少し早いぜ)

 内心驚きつつもこの少年が、遠坂凛と行動を共にしているという事は、彼女が何かしたのだろうと自己完結しておいた。生きているのならそれでいい。

 問題は少年の左手の甲に刻まれた令呪。数時間前までは無かったはずだ。

 つまりこの少年は、あれからすぐにマスターになって、あの少女―――セイバーを召還したという事だ。

「やれやれ、お前もめんどくせェ事に巻き込まれちまったなァ?」

「え、あ……」

 突然話しかけられて戸惑う士郎だが、視線がネロの右腕に釘付けになって動かなかった。今まさにおぞましいモノを見ているかのように瞠目している。

「……まあ、命は大事にしろよ? そうポンポンと生き返れるもんじゃねェからな」

 その様子から、この腕を見て恐怖していると察したネロは苦笑して話を切り上げた。

 仕方ない。悪魔の右腕など、忌避されて当然の物なのだ。ネロは諦めたように意識を移し替える。

 顔を上げ、銀の少女へと視線を移す。

「また会ったね、ネロ」

「そうだな、イリヤスフィール。今夜もパパとお散歩かい?」

 友好的な笑みすら浮かべて話す両者からは隠し切れない戦意が滲み出ていた。

 二度目の邂逅にイリヤはどこか嬉しそうに目を細める。好意からではない。新たな、そして狩り甲斐のある獲物が現れた事による冷たい悦びだ。

 ネロは殺気と威圧感を叩きつけてくる狂戦士を一瞥する。

 バーサーカーは本能で今最も警戒すべき敵を理解していた。士郎に押し飛ばされ、傍らに倒れるセイバーには目もくれない。

『■■■■■■■ーーーーーッ!!!!!』

 これまで以上に滾る戦意を見せつけるように斧剣を振り回す。剣圧に撹拌された空気がネロの銀髪を扇いだ。

 ネロは面白いとばかりに笑みを浮かべた。

「相変わらず暑苦しい野郎だ。そのムキムキ筋肉もいただけない。俺は暑いのは苦手なんだ」

 不敵に吐き捨て、持ち上げた右腕に意識を集中させる。

 そして閃光。迸る魔力が凝固し、形を成していく。

 ネロの手に閻魔刀が発現した。

 初めて見る魔刃の不吉な輝きにイリヤは息を呑み、二度目である凛も改めて眉を顰める。

 敵が武装した事でますます殺気立つバーサーカー。

 状況を一望するアーチャーは警戒を強め、セイバーは傷を押さえながら立ち上がる。

「それは……」

 三つ巴の対峙の中、士郎は無意識に閻魔刀を解析していた。

 魔術がてんで駄目な士郎が唯一得意とするのが<解析>だ。物質はもちろん、特に剣の類は細部まで理解が至る事ができ、その設計図を脳裏に浮かべる事も出来る。

 しかし、士郎の脳裏に浮かんだのは刀の構造ではなく……一人の男だった。

 後ろに撫でつけた銀髪。

 蒼い外套。

 刃のように鋭く、氷より冷たい瞳。

 

 

 ―――死ね。

 

 

 なぜ刀を解析して一人の男の姿が浮かび上がるのか黙れ声が聞こえる黙れと言っている誰が何の為にか分からない屑め貴様には過ぎた■だ脳が破裂する失せろ誰だもっと■を一体誰だ死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネDIEDIEDIEDIEDIEDIEDIEDIEDIEDIEDIEDIEDIEDIEDIEDIEDIEDIEDIEDIEDIEDIEDIEDIEDIEDIEDIEDIEDIEDIEDIEDIEDIEDIEDIEDIEDIEDIEDIEDIE

 知らない長らく会わなかったお前なんて知らないお互い理解できずとも仕方はあるまいだから知らないって失せろ三度は言わん消えろ悪いが俺の魂はこう言っているやめてくれもっと■を消えてくれ頼むから今更こんなものを見せて何がわかる知らないって言ってるだろ事実は変わらない一体誰なんだならば向かっていくだけだ答えろもっと■を消えてくれもっと■を消えてくれ消えてくれキエテクレもっと■をモット■ヲもっともっともっともっとモットもっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっと――――――――――――――――――

 

 

『I need more ―――(もっと■を)』

 

 

 警告!!

 これは、まごうことなき恐怖の門(かんぬき)!

 深き闇は汝をるつぼとし、永遠に混沌と破壊をもたらすであろう。

 

 

『警告は無用だ』

 

 

 目的。もっと■を。

 誓約。もっと■を。

 未練。もっと■を。

 妄執。もっと■を。

 呪詛。もっと■を。

 怨嗟。もっと■を。

 執着。もっと■を。

 忘我。もっと■を。

 飢餓。もっと■を。

 渇望。もっと■を。

 欲望。もっと■を。

 我欲。もっと■を。

 執念。もっと■を。

 妄念。もっと■を。

 怨念。もっと■を。

 

 

 吐き気がする。

 吐き気がする吐き気がするハハハハハ吐き気がす

 

 

 ―――更なる<恐怖>を望むや否や?

 

 

 答、望まない。

 

 

『では、貴様は逃げろ』

 

 

 俺の頭から消えてくれ――――――――――――――――――!!!!

 

 

「――――ハッ!!?」

 そして士郎の意識は現実に戻った。

(……なんだ? 今のは……)

 全身から汗が噴き出ている事にも気づかず、士郎は動揺に見開いた目で周囲を見渡す。

 変化は無い。

 変わらず、坂道の上で緊迫した対峙が続いている。

 今のは、幻?

『いいや、恐怖だ』

 士郎の本能はそう告げていた。

「それじゃ、ぼちぼち始めるか?」

 形だけの会話もそこそこに切り上げる。

 ネロの顔から軽薄さが消えた。残ったのは強大な敵に対する暗い闘争心だけ。

「派手にいこうぜ、ビッグダディ!!」

 轟とネロは吼え、獣のような剛健さで足を踏み出

「待った」

「オワッ!?」

 ……そうとして、後ろからフードを引っ掴まれた。

 慌てて振り返ると、そこには赤い少女、遠坂凛がいた。

「……なんだよ?」

 ネロは不機嫌そうに訊ねる。いい感じに高ぶった矢先に出鼻を挫かれたのだから無理もない。

 凛の行動を誰もが訝しげに注目する。

 凛はフードを離し、ネロに『提案』をもちかけた。

「ねえ、協力しない?」

「あん?」

 ネロは片眉を跳ね上げ、士郎、セイバー、特にアーチャーは驚いた。先ほど戦った相手に共闘を求めたのだ。

 アーチャーはラインを通じて凛に言葉の真意を問い質す。

『凛、どういうことだ?』

『簡単なことよ。あのバーサーカーを倒さなきゃ、わたし達は生き残れない。だったら味方は多いに越したことはないでしょ?』

『だが……』

『大丈夫よ。彼は悪いヤツじゃないわ』

 アーチャーの懸念を察してか、自信ありげに凛は言い放った。その根拠は、とアーチャーが訊ねる。

 それは単純な理由だった。

 ネロは助けた士郎の顔を一瞥した時、驚きと一緒に安堵を露わにしていた。其処から士郎が生きていてよかったと、そして助けられてよかったという感情が読み取れた。

 それはネロ自身も気付かない僅かなもの。

 だが真に冷酷な人間ならば、あのような甘い感情を顔に浮かべたりはしない。

 それを見越して凛はネロの人柄を判断したのだ。悪いヤツじゃない、と。

『……好きにしろ』

 アーチャーは呆れ半分、諦め半分といった感じに渋々了承した。

 悪いヤツではないからといって良いヤツとは限らないではないか、という小さな抗議はもちろんキレイに受け流された。

「ネロ、でよかったかしら?」

「ああ。あんたはトオサカリンで合ってるか?」

「ええ。それで貴方にはバーサーカーを倒すのを協力して欲しいんだけど、いいかしら?」

「……」

 ネロは思案する。

 正直、協力するのは苦手だった。協調性が無いのは自他共に認めているし、ネロ自身単独行動を好しとしている。

 しかし、それでも。

 魔の血流で高ぶっている今でも、冷静な部分が合理的な判断を下している。

 それは全て、キリエの元に『生きて帰る』という大前提で行われた思考・判断だった。

 死ぬわけにはいかないのだ。待っている人がいるから。

 ネロの決断は早かった。

「――いいぜ。ただし、多少の個人プレーは勘弁してくれよな?」

「構わないわ。こっちも好きにやるし、アーチャーにも貴方の邪魔にならないよう援護してもらうから」

「手が滑った、とか言って巻き込まないでくれよ?」

「そんな事はしないわよ?」

 ネロの冗談めいた言葉に、凛は即答してニッコリと微笑む。

 その笑みにネロと士郎は薄ら寒いものを感じた。あまり精神的によろしくない笑みだ。

「―――ねえ、お話は終わり?」

 不意に響く冷たい声。

 見るとイリヤが少しだけ不機嫌な表情で目を細めていた。今まで無視されていたのが気に入らなかったようだ。

「じゃあ殺すね? いっちゃえ、バーサーカー!」

 主の命にバーサーカーが吼えた。凶暴な咆哮が夜空に轟く。

 次の瞬間、コンクリートの地面が砕け散る程の踏み込みを以ってバーサーカーが駆け出した。

 対するネロは歯を剥く獰猛な笑みを浮かべ、正面からバーサーカーを迎え撃った。

 刃が激突する。

 閻魔刀の刃が激突と同時に漲る魔力を炸裂させ、質量では遥かに上回る斧剣を弾いて逸らした。バーサーカーの爆撃のような一撃を受けた細身の刀身には、刃こぼれどころか曇り一つない。

(チィ……! 分かっちゃいたが、やっぱり半端な力じゃねェな)

 相変わらずのデタラメな攻撃力に歯噛みする。悪態は一瞬だった。

 激突の火花が消える前に再び刃が交わり、熾烈な斬り合いが始まる。

「――――――っ!!!」

 声なき裂帛の気合いと共にただ刀を振るう行為に没頭するネロ。持てる技術と力を全て駆使し、バーサーカーの暴風じみた斬撃を必死に受け流す。

 やがて正面からの打ち合いに耐え切れなくなったのか、渾身の力で斧剣を大きく弾くと、ネロは跳躍して距離を離した。

 すぐさまバーサーカーが距離を詰めて追撃を仕掛けてくるが、慌てる必要はない。今回は味方が付いている。

 ネロの予想と期待通りのタイミングで援護射撃が割って入った。アーチャーの矢がバーサーカーのこめかみを鋭く叩く。ダメージは与えられないが、バーサーカーの巨体が僅かに揺らいだ。

「フッ!!」

 その隙を突いてバーサーカーの懐に潜り込み、すれ違うように斬りつけながら再び距離を離す。バーサーカーの鋼鉄の体には大したダメージは与えられないがゼロではない。少量の、しかし傷をつけた確かな証である血飛沫が飛ぶ。

 ネロは攻め方をヒット&アウェイに変えた。まともに打ち合う必要はないし、今回に限り味方がいるが故の選択だ。

 剣戟を繰り広げながら常に退路を考慮し、アーチャーの射撃がもたらす僅かな隙を突いて肉薄し、斬りつけ、再び距離を離す。

 しかし、それを簡単に成立させてくれるほど相手は甘くない。敵の離脱を許さぬとばかりに剛剣が薙ぎ払われ、咄嗟に受け止めた刀ごとネロを吹き飛ばす。

 地面を跳ねるネロは吹き飛ばされた勢いを利用しながら素早く体勢を立て直し、バーサーカーの追い討ちを跳躍して回避する。アーチャーの援護を確認すると、再び死の巨人に向かって踏み込んだ。

 わずか紙一重の差で生死を左右する苛烈な攻防。タイミングは常にシビア。逃げ回り、刹那に激突し、位置を変え、戦闘は加速していく。

 動き回りながら剣戟を繰り広げる二人のバトルフィールドは、いつの間にか坂道から外れ、山のふもとに位置する外人墓地へと移り変わっていた。凄まじい剣圧に墓石が砕け、地面が抉れ、嵐が通った後のような破壊の爪跡を残していく。

 眠れる死者さえ泣いて逃げ出すような激しい斬り合いは、やがて―――。

「ぐぅ……ッ!!」

 ネロの手から閻魔刀が弾き飛ばされた事で唐突に終わりを迎えた。

 限界だった。打ち合うたびに腕の筋繊維がブチブチと千切れ、手の握力・感覚は共に麻痺し、ついに柄を握れなくなって武器を手離してしまった。

 夜空を舞う閻魔刀が地面に落ちるより早く、

『■■■■■■■ーーーーーッ!!!!!』

 返す刃がネロを両断せんと振り下ろされた。ネロは盾代わりに右腕を差し出そうとするが、間に合わない。

 しかし、刹那。

 両者の間に赤い宝石が割って入り、そして爆発を巻き起こした。

「うぉおおおおーーーっ!!?」

 爆風に吹き飛ばされ、ネロは地面をゴロゴロ転がるが、しかし斧剣の一撃を免れていた。

 土埃と煤に汚れながら起き上がったネロは爆発を起こした元凶に罵声を浴びせかける。

「おいコラ、リン! 巻き込まないって言ったじゃねェか!」

 非難をぶつける先、士郎を伴って墓地に足を踏み入れた凛が悪びれた風もなく手をヒラヒラさせていた。

「ごめん、手が滑ったわ」

 凛は悪戯っぽい、否、わるーい笑みを浮かべて嘯いた。臀部からあくまのような尻尾が生えてピコピコ動いて見えるのは幻覚だろうか? 士郎は憧れの少女・遠坂凛に対する幻想がまた一つ壊れた現実に涙を呑んだ。

 しかし、少々乱暴だったが、タイミング的に凛の取った行動はベストであり、助けられたネロもそれを理解している。

 だが、図らずとも二人の素直じゃない性格が『ありがとう』『どういたしまして』と言葉を交わし合うのを憚らせていた。正直、照れくさい。こうやって軽口を叩き合う方が性に合っているのだ。

『■■■■■■■ーーーーーッ!!!!!』

 カーテンのような黒煙を文字通り切り裂いてバーサーカーが飛び出してきた。

 閻魔刀を回収する間もなく、迫り来る巨人を睨み据えながら迎撃にデビルブリンガーを形成しようとした瞬間―――今度はネロの横を白銀の騎士が通り過ぎた。

「ハァアアアアーーーッ!!!」

 治癒を終えたセイバーが突進し、裂帛の気合いと共にバーサーカーを迎え撃った。刃が激突する。

 轟音、そして衝撃。

 不可視の剣に籠められた魔力がバーサーカーの力と相殺し合い、鬩ぎ合う刃がギリギリと火花を散らす。

「加勢します、ミスター・ネロ」

 鍔迫り合いの状態から端的に用件を述べるセイバー。一見すれば勝負になどならない体格差だが、バーサーカーを相手に拮抗するセイバーの勇姿にネロは「Wow……」と小さく感嘆を洩らす。

「ネロでいいぜ。ミスターを付けてもらうほど大した人間じゃない」

 嘯きながらネロは右腕を腰だめに引き絞った。シンプルな中段パンチの構え。

 敵は遠く、拳が届く接近戦(クロスレンジ)の間合いではないが、問題ない。

 ネロにとっては何の問題もない。

「おい、セイバー! 五秒だけ時間を稼いでくれ!」

 言葉の内容を僅かに訝しむセイバーだったが、背中越しに凄まじい魔力の猛りを感じ取って素早く直感した。

 ―――彼は極大の一撃を放つつもりだ、と。

 ならば自分は、頼まれた五秒を稼いで見せよう。剣の騎士<セイバー>の名に懸けて。

 セイバーは肩越しに振り返って視線を送る。それだけで十分だった。無言の意思疎通から返事を汲み取ったネロは不敵な笑みを浮かべて右腕に魔力を溜め始めた。

 ――5

 唐突に、力の拮抗が崩れた。バーサーカーが強引に斧剣を振り抜く。

 押し飛ばされ、踏ん張る体勢で地面を滑るセイバー。追撃するバーサーカー。

 ――4

 瞬間、アーチャーが矢を放った。二本。それがバーサーカーの両目を打ち据える。一瞬奪われる視界。

 その一瞬でセイバーが踏み込む。一閃。

 ――3

 渾身の力を込めた不可視の一撃が、咄嗟に防いだ斧剣ごとバーサーカーの巨体を弾き飛ばす。地面を削りながら踏み堪えるバーサーカー。

 ――2

 頃合いを見計らってセイバーは場を退いた。ネロより後ろの位置まで下がる。バーサーカーからの後退ではなく、ネロの放つ一撃の射線上から免れるために。

 ――1

 ネロの右腕は暴発寸前まで魔力を溜め込み、紫電を迸らせながら解放の瞬間を今か今かと焦がれていた。

 バーサーカーが行動を再開するが、もう遅い。

 ――コンプリート

 大当たり、確定。

 

 

「ジャックポット!!!」

 

 

 腹の底から叫び、体重移動、腰の捻りを利かせて右腕を突き出す。その瞬間、解放された魔力が超巨大なデビルブリンガーを形成し、それが拳を握り込んでバーサーカーに向かって飛び出した。

 放たれた悪魔の巨腕、その拳はもはや『壁』のような大面積で以って―――次の瞬間、バーサーカーの全身を、ぶち殴った。

 直撃の瞬間、波紋のような衝撃波が空間を走り抜ける。烈震する大気。

 一瞬遅れて、爆発のような轟音と共にバーサーカーの体が凄まじい勢いで吹き飛んだ。同時、力の余波で周囲の瓦礫が舞い上がる。

 バーサーカー『だった』鉛色の残影は墓地から外れて山の中に突っ込んだ。視認は出来ないが、次々と木々が倒れて土煙が巻き起こっているという事は、バーサーカーの体が其処を薙ぎ倒しながら通過したのだろう。

 数秒経って、ゆっくりと木々の悲鳴が止む。ようやくバーサーカーの体が停止したようだ。

 それはただ一言、滅茶苦茶だった。

 悪魔のデタラメパンチの直撃と、その後の連続した衝突。アレは、いかにバーサーカーとはいえタダでは済まない筈だ。

「「…………」」

 凛とセイバーは揃って目を見開き、口を半開きにしながら呆然としていた。今のデタラメ過ぎる一撃に感嘆するよりも驚愕するよりも、もう呆然とするしかなかった。

 だって、いきなり馬鹿でかい腕が飛び出して、それが思いっきりバーサーカーを殴り飛ばしたのだから。

「ははっ……」

 性質の悪い冗談のような光景に士郎は思わず乾いた笑い声をこぼした。その口元は引き攣っていた。

 バーサーカーの消えた先を見据え、それから自らの拳に視線を落としたネロは今の一撃を無言で噛み締める。

 会心の一撃だ。これ以上はないであろうクリーンヒットだ。

 あまりの手応えと、そこから沸々と湧き上がる興奮に思わず口元がニヤけてしまう。やがて我慢できなくなったようにネロは破顔した。

「Yeah……」

 子供のような笑みを浮かべて、ネロは小さなガッツポーズを取った。

 ―――その時、夜の山から咆哮が木霊した。

 途端、ネロ達は再び緊張を取り戻し、その『声』の発生を半ば当然のように受け止める。まだ、倒せてはいない。

 そして山が身震いでもしたかのような地響きと同時に、木々の中からバーサーカーが飛び出した。撃ち上げられた砲弾のように何十メートルもの距離を一息で跳躍してくる。

 まるで落下するようにバーサーカーは墓地へ降り立つ。着地と同時に地面が揺れ、盛大に土埃が舞った。

 そうして、変わらず最強の敵は目の前に立ちはだかった。その視線に強烈な殺気と怒りを乗せて真っ直ぐにネロを睨み付ける。

 バーサーカーの威圧感は見えない『重し』となってのし掛かってくるが、しかしネロは涼しい顔でわざとらしく軽口を叩いて見せた。

「ひでぇ傷だな、おい。列車とキスでもしたのか?」

 再び向かい合うバーサーカーの威圧感は些かも衰えていなかったが、その体はやはり無事ではなかった。

 鼻は完全に潰れ、片目は破裂し、怒りに噛み締める口から覗く歯はほとんどが砕けている。

 全身の骨格は悉く破壊されてもうスクラップ同然、折れた骨先が体のあちこちから飛び出している。

 鉛色の肌は夥しい量の出血で真っ赤に染まりきっていた。

 それは巨大なプレス機に押し潰されるか、ネロの言ったように列車とキスしたら『こうなる』ような有り様だった。強靭なバーサーカーをしても完全に死ぬ一歩手前だった。

 だが死んでない。

 アレだけのダメージを与えて尚、バーサーカーの命には届いていない。

 その傷もみるみるうちに再生していく。単純な戦闘力だけではなく、肉体の回復力も常軌を逸していた。

 肉と骨が蠢動する音が生々しく響く。

「……化け物ね……」

 凛が顔を顰めて呻いた。

『■■■■■■■ーーーーーッ!!!!!』

 憎しみの咆哮。

 ネロへの殺意で焦がれ狂ったバーサーカーは、再生の終えていない、まだ崩壊寸前の状態でネロに向かって駆け出した。

 折れた豪腕が斧剣を持ち上げた。その動作だけでも耐えかねたように全身から血が噴き出る。

 だが、止まらない。肉体の損傷もそこから来る痛みも物ともしない、まさに狂気の力だ。

「しぶとい野郎だぜ……」

 鬱陶しいとばかりに悪態を吐く。いいかげんトドメを刺してやろうと再びデビルブリンガーを展開しようとした、その時―――。

『そこから離れてください、ネロ。バーサーカーを討ちます』

 ルーン魔術の施されたピアスから『彼女』の声が聞こえた。あまりに端的な言葉にわずかに訝しむネロだったが、その自信に満ちた声に素早く確信した。

 ―――彼女は何かしでかすつもりだ、と。

 迫り来るバーサーカーが斧剣を振り下ろす刹那、ネロは言葉に従ってその場を退いた。その動きに戸惑いはなく、まるで『彼女』を信じきっているかのようだった。

 そして突如、一条の閃光が夜の闇を駆け抜けた。

 

 

 

 

 ネロからの有無を言わせない連絡を受けて、それに対する憤りと共にホテルを飛び出したバゼットは遅れて其の戦場へと到着した。

 そして宣言通り、彼女はバーサーカーの『討伐』を開始する。

「―――後より出でて先に断つ者(アンサラー)」

 囁くと同時、ラックと呼ばれる筒から出現する鉛色の球体。

 帯電しながらバゼットの周囲を浮遊・旋回するそれは、バゼットが右腕を振りかぶるとその拳の上でピタリと止まる。瞬間、静かに放電しながら柄のない剣先が顔を覗かした。

 それは彼女の<宝具>。

 神代からフラガの家系に代々伝わる神剣。因果を操る迎撃武装。

 その名は―――。

 

 

「斬り抉る戦神の剣(フラガラック)!!!!」

 

 

 唱われた真名。撃ち出された剣。

 それはその名の冠する通り<光の剣>となって奔り、吸い込まれるようにバーサーカーの心臓を貫いていた。

 

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