フェイト/スクリーミングソウル   作:ユート・リアクト

9 / 9


 

 

 その煌めきに息を呑んだのは誰だろうか。

 心臓を貫かれたバーサーカーは当然、その生命活動を停止する。

 呆気ないといえば、呆気ない幕引き。

 狂気の怪物は、死してなおイリヤを守るように仁王立ちしながら沈黙した。

「遅かったじゃねえか、バゼット」

 ギターケースを背負った赤髪の魔術師、バゼットが戦地へと足を踏み入れた。

 バゼットはネロに得物が入ったギターケースを乱暴に投げつける。

「危ねえな、オイ!」

「……知りません」

 バゼットは拗ねたようにそっぽを向く。

 凛は驚愕した。

 見るからに協会の魔術師だが、マスターではない。彼女がマスターなら凛の令呪が反応するはずだからだ。

 それに、今の一撃―――まぎれもなく<宝具>によるもの。

 英霊でもない者が宝具を所持している。

 信じられないが、考えられるとすれば彼女の持つ宝具が未だに現存するということだけ。

 それは奇跡のような確率。ほとんどの宝具は所持する英霊とセットで世界に記録されるが、存在こそすれど現存することはないからだ。

「それよりも、敵は完全に沈黙しました」

 バゼットの宝具、逆光剣フラガラック―――その能力は、相手の切り札の発動にカウンターで発動する事によって真の力を発揮する。

 相手より後に発動したにも関わらず、因果を操り『相手より先に攻撃した』という事象に置き換える究極の迎撃礼装。そして相手の切り札を『死んだ者は攻撃できない』という概念からキャンセルする切り札殺し。

 しかし、相手が宝具を発動しなければ真価を発揮しないというデメリットがある。

 だというのに、なぜバーサーカーに真の力を発現したのか?

 バーサーカー『自体』にフラガラックが反応したのだ。

 そもそも理性を奪われたバーサーカーのクラスが真名解放を行えるのか怪しいが、フラガラックが反応したという事はバーサーカーの宝具は武器ではないとバゼットは予想した。

 それは確信にも近かった。つまりバーサーカーの宝具は、真名解放を必要としない常時発動型。

 だからバゼットは必殺の一撃を放った。そしてフラガラックはバーサーカーの心臓を貫いた。

 フラガラックはバーサーカー相手ならいつでも真価を発揮するという事だ。

 突然の乱入者にネロ以外の者は呆気にとられるが、とりあえず決着はついた。

 当面の敵であるバーサーカーは、これで倒したのだ。

「終わりね、イリヤスフィール」

 凛が宣告する。

 サーヴァントを失った今、イリヤに抵抗する術は無い。

 凛の言葉に応じて、バーサーカーの背後より銀髪の少女が姿を現した。

 普通なら降伏と受け取るだろう。

 だがイリヤは―――笑っていた。ようやく盛り上がってきたと言わんばかりに。

 心配など欠片も無く、未だ自分の勝利は揺るがないものだと信じて。

 絶対的強者の笑みを、変わらず少女の貌に浮かべていた。

「やるじゃない、バーサーカーを『一回』殺すなんて」

 イリヤの言葉の意味を誰もが理解できない中、イリヤは歌うように続けた。

「でも残念ね。わたしのバーサーカーは、『十二回殺さないと死ねない』体なんだから」

 全員がその言葉を理解する前に、死んだはずの巨人が復活の咆哮を上げていた。

『■■■■■■ーーーッ!!』

「なぁっ……」

 驚愕の声はバゼットのものである。

 そんなはずはない、と彼女の眼差しが不条理を訴えていた。

 バゼットの宝具は、真の力を発揮すれば必ず相手の心臓を穿つ。

 事実、バーサーカーの心臓は貫いた。生きているはずがないのだ。

 有り得ない話、命を『複数』所持していない限りは。

 果たして、バーサーカーは命を複数所持していた。

 胸に穿たれた傷は跡形もなく修復している。

 先ほどと全く変わらず、死の巨人は未だ健在だった。

 あまりの驚愕にネロでさえ呆気にとられる。

 イリヤは呆然とする彼らを見渡して、楽しくて仕方がないといった感じに顔を綻ばせている。

 その可愛らしい少女の笑顔でさえ、いまは悪夢のように思えた。

「まさか……バーサーカーの宝具は、命のストック……蘇生魔術の重ねがけ……!」

 凛が信じられないとばかりに呻く。

 イリヤは感心したように笑みを零し、それを肯定した。

「ええ、そうよ。これでもう判ったでしょう? わたしのバーサーカーは、古代ギリシャ最大の英雄―――ヘラクレスよ」

 少女は朗々とバーサーカーの真名を明かした。

 大英雄ヘラクレス―――己が罪を償う為に十二もの難行を乗り越え、その褒美として不死となった半人半神(デミゴッド)。

「……なるほど。それではバーサーカーの宝具は―――」

「『十二の試練(ゴッドハンド)』―――神より与えられし祝福と称される呪いよ。ついでに言うと、バーサーカーは同じ攻撃で二度死ぬ事はないわ。つまり貴女の宝具はもう通用しないわよ、協会の魔術師さん?」

 イリヤがバゼットの言葉を引き継ぎ、さらに最悪の事実まで発覚した。

 気が狂いそうな話だった。あのサーヴァントは古代ギリシャの大英雄で、そんな化け物をそれぞれ違う方法であと十一回殺さなくてはならない。それは覚めない悪夢のようで、あまりの驚愕と絶望に誰もが言葉を失う。

 ―――その中で、あの男だけは不敵に笑っていた。

「だったら、死ぬまで殺すだけだ」

 ギターケースから取り出したレッドクイーンの切っ先をバーサーカーに向け、至極単純な事をネロは言い放った。

「そうだろ?」

 誰にとも無く軽い口調でネロは言う。

 十一回殺さなくては死なないのなら、十一回殺すだけ。

 さも当たり前のように言い放つ。

 実際その通りなのだが、あのバーサーカー相手にそれを実行するのがどれほど絶望的な事か。

 それなのに―――その一言が、消沈していた凛と士郎の士気を呼び戻した。

 セイバーも力強く頷き、不可視の剣を構え一歩前に踏み出す。

 バゼットは少し呆れ気味に苦笑しながらも秘爪で素早く早駆けと硬化のルーンを刻む。

 ああ、そうだ。勝たなきゃ生き残れない。ならば勝つしかない。どこまでも単純だ。至ってシンプルだ。だからバーサーカーを倒して、勝利して生き残る。それだけだ。

 再び戦意の炎を灯した一同を見て、イリヤは少し不機嫌そうに眉を顰めた。

 ―――そして、何かを閃いたように悪戯っぽく笑みを浮かべた。

 それは本当に悪戯をする前の子供のように無邪気で、可愛らしくて、だからこそ底冷えするような笑顔だった。

「ふふ。これを見た後でも同じ事が言えるかしら?」

 その言葉と同時にイリヤの全身が赤く発行する。

 それは<令呪>だった。

 全身に刻まれた規格外の令呪。

 そしてイリヤは挑戦的に微笑む。

 外見にはそぐわない妖艶な、それでいて冷たい笑み。

 イリヤは単純に小さな疑問と好奇心からそう閃いただけ。

 <悪魔>でも絶望するのか、と―――。

 不敵な態度を崩さず、本当にバーサーカーを殺し切るつもりでいる。

 そんなネロも絶望で染まるのか。

 悪魔が絶望を感じるのか。そう疑問に思った。その答えが気になる。

 だから、絶望に染めてくれよう。

 どこまでも暗く染め上げてやろう。

 それに対する悪魔が出す答えは何か。絶望の果てに暗く染まるのか、それとも更なる絶望を以って塗り返すのか。

 さあ、答えを見せてくれ。少女は笑みを浮かべたまま、己が従僕に『発狂』を許可した。

「―――狂いなさい、バーサーカー」

 その言葉に、バーサーカーの中でカチリと何かが噛み合った。

 ようやく完成したのだ。一切の理性を捨て去り、剥き出しにした狂気の力を際限なく振るう最強のサーヴァント、バーサーカーが。

『■■■■■■■ーーーーーッ!!!!!』

 地を揺るがす絶叫。

 その叫びに周囲全ての存在が震撼する。

 全身にのしかかるようなプレッシャー。

 かつてない咆哮を以って、真価を発揮したバーサーカーが産声を上げた。

「そんな……理性を奪っただけで、凶暴化させていなかったというのか!?」

 セイバーが戦慄する。それも当然だ。

 戦士の力量など量れない士郎ですら、アレが触れてはならないモノだと判るのだから。

『■■■■■■■ーーーーーッ!!!!!』

 黒い風と化して、巨人が疾走した。

 瞬きの間に、たった一息で、巨大な岩塊の剣がネロの目の前にあるではないか。

(はや……)

 思考すら追いつかない。

 ほとんど反射的に体の前に差し出されたレッドクイーンが斧剣と激突するが、体への直撃を防いだだけだった。

 強引に斧剣が振り抜かれ、ネロの体は後方に大きく吹き飛ぶ。墓石を巻き込み、破片と瓦礫を巻き上げ墓の下へと埋まるように突っ込む。

『■■■■■■■ーーーーーッ!!!!!』

 だが、休む間も無くバーサーカーの巨体が月を覆わんばかりに跳躍していた。

 迫る巨影にネロは慌てて体を起こす。

 軽い脳震盪で足が震えるがそんな事を気にする余裕は微塵も無い。

 ネロが後ろに躱すのと、バーサーカーが地面を踏み抜くのは全くの同時だった。

 刹那の攻防、僅かでもタイミングを違えれば死ぬ―――!

『■■■■■■■ーーーーーッ!!!!!』

 抉らんばかりに大地を削りながら斧剣が振り上げられる。

 かわせない、ならば迎え撃つ。

 バイクのエンジンのような排気音。

 いちいちグリップを捻ってからでは遅い。

 斧剣に叩き付けるようにレッドクイーンを振り下ろすその刹那にイクシードを燃焼、解放。爆炎の斬撃が、狂気の大斬撃を迎え撃つ。

 衝突音。

 およそ刃と刃の激突とは思えない轟音が、静寂を打ち破り鼓膜を突く。

 力と力のぶつかり合いは―――やはり、バーサーカーに軍配が上がった。

 斧剣を弾きはしたものの、レッドクイーンは大きく弾かれたネロは胴を無防備に晒した。

 単純にパワー負けだ。

 狂化で上がった膂力は、イクシードの後押しを以ってしても渡り合えない。

 返す刃が、がら空きのネロの胴を目掛けて振るわれる。

 間に合わない。ネロの長身が肉の塊へと成り果てる絶望的な未来が確定しかかった、その瞬間――

「ハァアアアア―――!」

 蒼銀の疾風が走る。

 裂帛の気合いと共に剣の騎士セイバーがネロの死の未来を覆した。

 不可視の剣に込めた魔力を噴射させ、バーサーカーの斧剣を弾いて逸らす。

 ほんの僅かな空白。そこをネロは見逃さない。

「うらァああッ!」

 デビルブリンガーを展開、悪魔の腕を突き出す。

 バーサーカーの顔面を狙い、この世ならざる拳が振るわれ―――

 しかとバーサーカーの左手に受け止められていた。

「な――!?」

 言葉を失うネロ。

 パワーでは絶対の自信を誇る悪魔の右腕が、バーサーカーの左手にがっちりと握り止められた。振り解こうにも、万力を超える握力に右手を固定される。

 理性を越えた本能でネロの右腕を脅威と認識したバーサーカーは、悪魔の腕―――デビルブリンガーを警戒していた。結果としてバーサーカーはネロの右腕を『受け止める』という<意思>を見せた。

 かわす必要など無い。悪魔の右腕だろうが、我が力の前にひれ伏させてやろう―――!

『■■■■■■■ーーーーーッ!!!!!』

 そうして巨人は吼える。

 左手で握り締めた悪魔の腕ごとネロを投げ飛ばし、右腕の斧剣でセイバーを薙ぎ払う。

 ネロは再び地面に突っ込み、不可視の剣で体への直撃を防いだセイバーはそのまま振り抜かれた斧剣に大きく弾き飛ばされる。もう滅茶苦茶だった。

「なんて……!」

 化け物。背中には冷たい汗が溢れ、死の予感に士郎の体は震え始めた。

 しかし士郎には何も出来ない。

 力が無いから。

 <正義の味方>になると誓ったのに。

 力が無くては何も出来ない、何も守れない。

 噛み締めた唇から一筋の血が流れた、そのときだった

 異国の魔術師が、赤髪をなびかせて疾走していたのは。

 確認するまでもない、バゼットである。

 彼女は虎視眈々と狙っていた。バーサーカーの注意が、ネロとセイバーに逸れるその時を。

 そう、サーヴァントが倒せないのなら、マスターを叩けばいい。

 早駆けのルーンで強化された脚力で一気に肉薄する。

 バーサーカーのマスター、イリヤを狙って。

 イリヤとの距離がぐんぐん縮まる。窮地に立たされたはずのイリヤの顔は―――笑っていた。

 その笑みに言い知れぬ悪寒を感じた時、バゼットの背後には死が迫っていた。

『■■■■■■■ーーーーーッ!!!!!』

 すぐ背後で、聞きたくない雄叫びが轟いた。

 最悪だ、と歯噛みする。

 バゼットの目論見通り、バーサーカーの注意はネロとセイバーに逸れていた。

 確かに<機>はあったのだ。それが今、破綻した。

 そう、バゼットは判断を違えたのだ。

 狂気の閃くバーサーカーの眼差しが雄弁に語る。侮るな。この身はイリヤスフィール・フォン・アインツベルンを守護する鉄壁の盾。我が小さな主の命を何よりも至上とする剣だ。たとえこの身を狂気が染めようとも、小さな主を守る<意志>だけは絶対に染められない。我が小さな主に害をなそうとする不届き者よ、死を以ってその罪を償うがいい―――!

 バゼットを両断せんと唸る剛剣。

 だが鷹の眼の射手が、その凶器を弾かんと五条の閃光を放った。

 対戦車ライフルのような威力の矢が全て斧剣の側面を叩く。

 しかし、なおも斧剣は止まらない。

 狂気の力がアーチャーの矢を上回っていた。

 少しばかり剣の軌道を逸らそうとも、その刃がバゼットを両断する事実は覆えらない。

 ―――だが、アーチャーの矢によって生まれた僅かなタイムラグがそれを覆すきっかけとなった。

 青白い光の腕が伸びる。

 デビルブリンガー。それがバゼットの身体を掴み、引き寄せていた。

 だが僅かにスナッチが遅れ、斧剣の先端がバゼットの左肩を引っかけた。鮮血が舞う。

「ぐっ……!」

「大丈夫かッ?」

 ネロが傷を確認する。命に別状は無いが、戦闘は続行できない程度の傷ではあった。

 こうして、イリヤへの強襲は失敗した。

「下がってろ、バゼット」

「……はい」

 痛みに呻くバゼットは、冷静に自分のダメージを把握して身を引いた。

 バゼットの傷を気遣うネロだが、そんな彼も酷い状態だ。

 頭はざっくりと切れ、どろりとした血が額を伝っている。

 全身は軋み、頭痛が止まない。服はズタボロ、擦り傷と切り傷だらけ。。

 戦闘こそ続行できるが、見た目は満身創痍だ。

「大丈夫ですか?」

 そんなネロの横にセイバーが並ぶ。

「なんとかな。コートの方はお陀仏だが……」

 ネロは悲しそうに自分のコートを一瞥する。

 紺色のコートはボロ雑巾のようになってしまった。お気に入りだったのだが。

「あんたは?」

「私も戦闘面では特に支障はありません。しかし……」

 勝ち目が低い。

 あんな化物を、あと十一回殺さなくてはならないのに。

「何か打開策は有りますか?」

 駄目元でセイバーはネロに訊ねる。

「……まあ、あるにはあるぜ」

 まさかの返答に、セイバーは驚きの表情を浮かべる。

「それは、何ですか?」

「なに、簡単な事さ。あっちがパワーアップしたなら、こっちもパワーアップすればいいのさ」

「……はい?」

 セイバーは怪訝な表情を浮かべる。

 確かにそれも一つの方法だが、そんな事が可能なのだろうか。

「ただし、ひとつだけ条件があるんだ。それは……」

 ネロは肩越しに後方を見やる。

 数十メートルの先には、地面に突き立つ閻魔刀が。

 あれが絶対条件だった。ネロのいう、こちらのパワーアップに必要な鍵。

「あの刀があれば、俺はあの筋肉ダルマを『四回』は殺せる」

 セイバーは目を見張った

 ネロは、あのバーサーカーを四回殺せるという。

 しかし、あの刀があれば、という条件で。

 ネロはセイバーに目配せする。あの刀を取りに行く間、狂戦士を足止めできるか、と。

 そして自分がバーサーカーを四回殺した後、残りの七回は、おまえとアーチャーでやれるか、と。

「―――無論です。セイバーの名に懸けて、みごと敵を打倒してみせましょう」

 セイバーは力強く宣言した。

 自分には最強の剣があり、勝利を約束されているから。

 そして―――己が悲願の為にも、こんなところで散るわけにはいかない。

 セイバーの答えを受け、ネロは満足そうに笑った。

「―――ねえ、相談は終わり?」

 イリヤが訊ねる。律儀にも相談が終わるまで待ってくれたらしい。

 余裕に裏付けられたその強者の顔を崩してやる、とネロは闘志を奮わせた。

「待たせたな。じゃあ、行くぜ?」

 セイバーに確認し、ネロの腰が沈む。

 臨戦体勢。カウントが始まる。

「――3」

 バーサーカーの眼に赤い狂気が閃く。

 見据えるのは打ち砕くべき敵。

「――2」

 セイバーが不可視の剣を構える。

 任された役は敵の足止め。ほんの少し時間を稼ぐだけでいい。

「――1」

 息遣いさえ聞こえる、嵐の前の静寂。

 誰かが息を飲んだ、その瞬間。

「GO!」

 ネロの号令と共に時間が動き出した。

 弾けるように行動を開始する三者。

 セイバーが前へ、ネロは後ろへ。

 迫るセイバーをバーサーカーが迎え撃つ。

 小柄なセイバーの遥か頭上から岩塊が振り下ろされる。

「ハァアアアア―――!」

 気合一閃。魔力を噴射させた一撃は斧剣の一刀を弾く。

『■■■■■■■ーーーーーッ!!!!!』

 だが間髪容れずに斧剣が戻ってくる。

 二刀目は弾けない。セイバーは盾代わりに体の前へ不可視の剣を差し出した。小柄な少女が後方へ吹き飛ぶ。

 そうして、最悪の事態が起こった。

「「な―――っ!?」」

 セイバーとネロ、二人の声が重なる。

 吹き飛んだセイバーの身体が、閻魔刀へと向かっていた後方のネロを巻き込んだのだ。

 激突した二人は弾け飛び、結果としてネロの足が止まってしまう。

『■■■■■■■ーーーーーッ!!!!!』

 お構いなしにバーサーカーが突っ込んでくる。

 目下の敵はネロだと本能で意識しているのか、ネロを狙って重戦車が迫る。

「くっ……!」

 ネロは咄嗟に右腕を体の前に差し出した。

 斧剣と右腕が衝突し、そしてネロは地面に叩きつけられる。

「ぐう……ッ!」

『■■■■■■■ーーーーーッ!!!!!』

 地に倒れたネロに再度、斧剣が襲いかかる。

 それを右腕で防ぎ、轟音。

 強烈な衝撃に、ネロを中心としてクレーターが生じ、大地が震える。

『■■■■■■■ーーーーーッ!!!!!』

 バーサーカーは止まらない。

 斧剣をネロに叩きつける。何度も何度も。

「があ……ッ!」

 たまらずネロは呻く。

 なんとか防いではいるものの、斧剣が叩きつけられる度に衝撃が全身を蹂躙し、内蔵が悲鳴を上げる。

 斧剣を受け続ける右腕もいよいよ悲鳴を上げ始める。

 いくら頑強な右腕とはいえ、バーサーカーの膂力で何度も斧剣を打ちつけられてはたまらない。

 絶え間ない衝撃に右腕は痺れ、とうに感覚がなくなっている。

 ネロを蹂躙する斧剣にアーチャーの矢が降り注ぐが、多少威力を削るだけで、ほとんど効果が出ない。

 絶体絶命のピンチ。せめて……せめて閻魔刀があれば……ッ!

 ―――その願いを叶える者がいた。

 突き立つ閻魔刀が引き抜かれる。

 セイバーとのやり取りを遠目で理解し、後方に走るネロの目的に気づいた者。

 自分にできる事を必死に模索していた者。

「受け取れ! 『ネロ』ォォォォ―――!!!」

 その者、士郎はネロの名をほとんど無意識に叫ぶ。

 そして、閻魔刀を思いきり投げ放った。

 

 

 永遠にも似た刹那。置き去りになる世界の中、再び時を動かすのは誰だ―――

 唸る斧剣誰かが叫んだイリヤは余裕の表情で笑みを浮かべているセイバーが走る銀閃がバーサーカーをつるべ打つ軋む右腕斧剣が唸る叩き付けられる苦悶の声時間が遅い閻魔刀が滑空する大地を揺るがす咆哮衝撃アーチャーの矢が煌めく効かないセイバーの魔力放出による強力な一撃が斧剣を大きく弾いたネロの目が視界の端で閻魔刀を捉える間髪容れず斧剣が繰り出されるスローモーションの世界ネロは右腕を突き出した岩塊のような剛剣がセイバーを薙ぎ払う誰かが叫んだネロの右腕に吸い込まれるように閻魔刀が宙を踊る間に合わない斧剣が再度ネロを狙う間に合わない斧剣が振り下ろされる力を間に合わない伸びる幻影のような腕が閻魔刀を引き寄せた力を間に合わない斧剣がネロを肉塊へと変えるだろう力を閻魔刀がネロの右手に収まる殺されるネロは目を瞑ったイリヤは会心の笑みを浮かべる迫る斧剣そして開かれた双眸空気が変わったネロの瞳が紅く染まる目の前で肉塊と成り果てる赤い視界殺されるもう間に合わない士郎は息を呑んだ死ぬネロは殺される青い魔力が溢れる有り得ないナニカが産声を上げた確定した運命をねじ曲げる闇が溢れるバーサーカーは狂気に彩られた双眸で違う存在を見た重なる視線ネロは不敵な笑みを浮かべ―――

 そして<悪魔>が目を覚ました。

 それが産声かのように拡散する青い閃光。

 ほんの一瞬で膨れ上がった魔力が爆薬のように炸裂する。

 凄まじい力の解放は、その奔流だけでバーサーカーを吹き飛ばしていた。

「な……っ」

 驚愕の声は誰のものか。

 まるでセイバーの魔力放出と同じだ。だが、今のは桁が違っていた。

 セイバーの魔力放出を指向性を持つジェット噴射と喩えるなら、今のはまさに爆発だ。

 魔力出力の規模だけならセイバーをも上回るだろう。

 誰もが驚愕に目を見開き、衝撃に舞い上がる砂塵と白煙の向こう側を注視する。

 その中で、朧火のような禍々しい光が揺らめいていた。

 やがて、白いカーテンから青い光が漏れ出す。月明かりよりも尚、夜の闇を照らす青炎。その光の中に、小さな紅い輝きが、ふたつ。

 足音が聞こえる。ブーツの底が荒れた地面を踏み鳴らす音。なぜかそれに、どうしようもなく悪寒を感じた。

「うそ……」

 凛が信じられないとばかりに呟く。

 そのときにはもう、白煙の中からネロが姿を現していた。

 その全身に、業火のような青い魔力をまといながら。

 肉眼で確認できる程の凄まじい魔力を攻撃的に放ちながら。

 そのネロの瞳は―――血のように紅く輝いていた。

「……何、アレ?」

 しかし全員の視線はネロではなく、その彼の背後に釘付けになっていた。

 かすかに震える声でイリヤが呟く。その言葉は全員の心情を代弁していた。

「たまげたろ?」

 なんら変わりない口調でネロが笑いかける。

 それは先程とは違い、ひどく冷たい声色だった。

 なぜならネロの声質が変化しているからだ。否、正確には、そうではない。

 ネロと声と、ちがう声が同時に重なって響いているのだ。

 ネロと同じ言葉を、全く同時に紡いでいる声。

 その声はネロの背後に出現している『それ』のものだと全員が理解している。

 問題は『それ』の存在自体が、理解の埒外にあるということだ。

 士郎は戦慄した。

 ネロの背後に出現した『それ』。半透明で希薄だが、確かな存在感を持って其処に『いる』。青白い光で包まれ、形成された体。兜というよりもフードを被っているような頭部。そこから生える一対の角。体躯は爬虫類のようにしなやかで、皮膚は巌のような質感。そして、左腕に繋がっているように生えているソレが<鞘>だと感じたのは気のせいではないだろう。そこから覗く<柄>には見覚えがある。ついさっき、自分がこの手で握り締め、そして投擲した<刀>のものなのだから。だからこそ理解不能だった。実体のはすだったあの刀が、『それ』と一体化し、同じように青白い光で包まれ、形成されている。強力な武器とはいえ無機物でしかないそれを、己が肉体に取り込んで一体化し、そして体の一部としているのだから。まるで<悪魔>。そう、<悪魔>の仕業だ―――。

 凛は恐怖した。

 悪魔の右腕、人間離れした魔力、血のような真紅の瞳。そのどれもが現実離れしていて驚愕に値するものだったが、『それ』はまさに決定的だった。だって<悪魔>が実在しているのだ。何かを依り代としているわけではなく、完全な<個>として存在している。詳しくは知らないが、<悪魔憑き>や<真性悪魔>とは違う事だけは何故か理解出来た。人のような悪魔、悪魔のような人。<魔人>というべき、そんな曖昧な存在。そしてアレを、ネロ自身と感じてしまった。きっとあの『二人』は、いつか『一人』になる<もう一人の自分>なのだ。なんて、曖昧。だからこそ、恐怖してしまったのかもしれない。

 あふれ出る闇の波動。

 バーサーカーのものとは種類の違う重圧。

 気の遠くなるような年月の中で、人間の本能に深く刻み込まれた<悪魔>に対する恐怖を呼び起こす。

 今宵、神秘の最高峰たる英霊を複数その目で確認した士郎と凛だが、それはなおも飛び抜けて異様だった。

 見れば、誰もが顔を蒼くしている。バゼットも、バーサーカーに守護されているイリヤでさえ。

 一時的な共闘とはいえ、今は味方であるセイバーとアーチャーも<闇の存在>に驚愕し、そして警戒している。

 英霊を以ってしても、その光景を理解できない。神話の時代よりも更に遡る最古の存在の一つ、<悪魔>が今目の前にいるのだ。

「それじゃあ、第二ラウンドといこうぜ、化け物」

 真紅の瞳が、バーサーカーとその背後のイリヤを鋭く見据える。

 赤い視線がこちらを射抜く中、イリヤはネロに過去の亡霊を幻視した。

 それが誰かはわからない。後ろに撫でつけた銀髪。氷よりも冷たい瞳。彼を象徴する蒼い外套。その顔はネロと非常に似通っている。

 顔だけではない。魂の在り方まで酷似していて、しかし何かが決定的に違っていた。

 だけど一緒。違うけど一緒。同質だが異質。

 イリヤは今の幻覚に見た人物を怖いと思い、そして同時に可哀想だと思った。

 ネロを満たす強大な魔力。それは渇きを潤す感覚にも似ていた。

 求めているのだ。

 渇望しているのだ。

 

 

 ――もっと■を……。

 

 

 頭の中で誰かが叫ぶ。

 そして魂が叫ぶ。

 

 

 ――もっと<力>を……!

 

 

 体を支配されるような凶暴な感覚を必死に抑え込み、余裕を崩さないように笑みを形作る。

 しかしネロは気づかない。それはいつもの不敵なものではなく、血に飢えているような邪悪な笑みだった。

 ネロの身体が低く沈む。まさに獲物を狙い定める猛獣の体勢。

 その赤い視界が、しかとバーサーカーを捉える。

 次の瞬間にはもう、青い颶風は爆ぜていた。

 魔力が爆発する。

「Let's Rock, Baby(派手にいくぜ)――ッ!!」

 咆哮を放ち、猛然と敵に襲いかかる力の魔人。

 そうして、狂気の第二幕が上がった。

 

 

 




 お疲れさまでございます、ユート・リアクトです。
 如何でしたでしょうか。本当は、もうあと四話あったんですけど、データを無くしてしまった為、ここまでの更新となります。申し訳ない。
 この続きは、現在執筆中のリメイク作『Fate/screaming soul』で書いていきます。こちらはまだ三話までしか書けておりませんが……
 ともあれ、自分の過去作をまた日の目に出せて、当時の自分の文章を振り返るという意味でも、なかなか楽しめました。ありがとうございます、タムケンさん。これを機に、少しでも早く最新話を執筆できるように尽力いたします。
 でわでわ。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。