IF~獣の特別~   作:コズミック変質者

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IF~獣の特別~

黄金の装飾が施された、全てが黄金に輝くその道を、男が一人穏やかに歩く。歩を進めた所は波紋のように広がり、床に薄く幾多もの骸骨が見えてくる。

男がいるのは己の城であり、城の素材は彼とその爪牙が収集した人の魂。そのため魂の数は骸骨と比例し、城の大きさからかなりの魂が集められている。

彼らはみな骸だ。動くことも話すこともできない。だがそれなりに魂の強度を持ち得ていれば、彼の爪牙のように己を形作ることは出来る。

 

歩を進めるは城の下部。その場所は彼の爪牙は愚か、爪牙の中の側近である三騎士ですら知らぬ場所。誰も立ち入ることは出来ず、また知覚することもできない。そして知らせるつもりすらない。それは城の心臓部でこの城を永続的に維持している彼の息子(・・)でさえ。唯一の例外があるとすれば、彼の親友である全てを知っているかのような男だろう。彼になら、教えはしないがバレたところで問題はないと判断し、何もしていない。

 

目的の場所に着くと、決まった動作で壁を叩く。骸で作られた壁が音を立てて動く。人一人余裕で入れる綺麗な長方形の穴が開くと、彼は躊躇いもなくそこへ入る。

中は薄暗く、視界が安定しない。だが彼は慣れている足取りで階段を降りていく。暗闇の中に妖しく光る黄金の双眸はどこか憂いを孕んでいる。何が彼をそうさせるのか、それが分かるのは真に彼のみだ。

 

長い階段を降り、ようやく底へ辿り着く。あるのは一つの狭くもなく、広くもない空間。特に目を引く物がないその部屋は城というにはあまりに質素で、一市民の部屋の一室と言った方が適切である。

 

部屋にあるのは質素な木製の机と椅子が2つ。そして部屋の隅にある女性が眠っている(・・・・・・・・)ベッドのみ。彼は己の首にかかっている金色のストラと、肩にかけていたドイツ第三帝国の黒い軍服を外し、更には両手の白い手袋を脱ぎ、椅子の一つにかける。

 

彼はベッドへとゆっくり、警戒するように近づき、眠っている女性の傍へよる。まるで死んでいるかのように眠っている女性は、微かに聞こえる寝息と、ほんの少しづつ上下する胸から生きていることが分かる。否、死にながらも生かされている。誰でもない、女性を見詰めている彼に。

彼の手がゆっくりと女性へ伸ばされる。

 

まず彼よりも淡い金色の髪へ手を伸ばす。肩まで伸ばされた髪を手櫛で撫で、その存在を刻みつける。

そして今度はその白く美しい貌、触れたら砕け散ってしまいそうな頬へ、ゆっくりと手を移動させる。割れ物を扱うかの如く慎重に、壊してしまわないように丁寧に。

そして手が頬に触れる直前、止まってしまう。

 

まただ———と彼は己に呆れる。何度触れようと思ったか。髪だけではなくその肌に、何度接触しようと試みたか。だが一向に触ることは出来ない。必ず手前で止まってしまう。自分の理性が、己に渦巻く強大な本能さえも止めてしまうのだ。

 

———触れるな、壊すな。この女はそんな凡百の安い女ではない。貴様が(破壊)していい女ではない———

 

誰かに叫び続けられているように心の中で繰り返される。そして魂にまで刷り込まれるのだ。彼女が特別だと。彼女こそ己の一つの唯一無二だと。

 

憂いながらゆっくりと手を離していく。一人の女相手にこの体たらく。これでどの口が「女は駄菓子」などと豪語するか。阿呆らしくて失笑さえしてしまいそうだ。

自嘲しながら手袋を嵌め、軍服とストラを羽織る。今はもうこの場所にはいられない。己にここにいる資格はないのだと、頭の中で理解しているからこそ、早急に部屋から立ち去ろうとする。

これ以上ここにいるのは危険だ。何が危険か、曖昧な答えすら出せないが、獣としての己が不思議とそう思ってしまう。

 

いくばかりの後悔を胸に抱き、彼は部屋から立ち去る。その顔は無表情でありながら、どこか悲しさと儚さを孕んでいる。

 

 

———・・・ライ・・・ニ・・・。

 

 

ふと聞こえた美しい声に、彼———ラインハルトは驚いたように振り返ってしまう。だが視界に映るのは変わらない部屋と眠る女性のみ。寝言と断じて今度こそ部屋を後にする。

 

その日、ラインハルトの表情から微笑はあっても、心の中から曇りが消えることはなかった。

 

 

——————————————————————————

 

 

「ほぅ・・・最近獣殿の様子が少しばかり可笑しいと思ったら、まさか私に悟られずに逢瀬をしようとしていたとは」

 

ラインハルトが立ち去った部屋に、影法師のような男がどこからともなく現れる。まるで最初から存在していたかのように。

男は笑っている。それは面白いから、未知だから。歓喜しているのだ。既知感に溢れきり、既知感に絶望し、己の命を己の願い通りに絶つことを目的としている男からすれば、未知というのは砂漠から一つの宝石を見つけるようなもの。

 

「いやはや、歓喜している自分もいるが、それと同時に少し不都合に焦る自分もいるとは。未知は素晴らしいが、時としてここまで厄介になるとは・・・」

 

男はどうしようかと頭を働かせる。既に必要な役者(・・)は揃ったのだ。眠り続ける彼女は想定外も想定外。下手をすれば男にとっては矮小なこの存在が、男の計画の根本的な部分を壊すかもしれないのだ。

 

「全く、獣殿は厄介なことをしてくれた。凡百の骸ならいいものの、まさか自力で魂が《形成位階》にまで到達しているとは。ザミエルにでもバレたら、彼女がどうなることか・・・」

 

獣殿———ラインハルト・ハイドリヒへ忠誠を誓う苛烈な赤騎士の怒り狂う姿を想像しながら、女性の頭へ手を翳す。女性の頭を囲うように現れる方陣は、男へ必要な情報を伝達していく。これは所謂魔術というもの。失われた古い技術を振るう男は一体何者なのか。それを答えるものは部屋にはいない。

 

「おお・・・これは・・・まさか私が・・・」

 

男が歓喜する。未知という点もあるが、もっと別のことに対して。確かに伝達された記憶も男が歓喜するには素晴らしい物が詰まっているが、それではないのだ。

 

「まさか、この私が惚れかけるとは・・・。もし偶然が重なり合い、私が女神に会わず、また獣殿がこの娘に会わず、出会っていれば、私はこの娘に恋していただろうな」

 

男が見たのは一つの星。ここにいると、待っているからと言うかの如く輝きその存在を示し続け、時として星から近づき、まるで太陽のような輝きを与える純粋無垢な女性。

 

「これで終わるようなら、今回はそれまでというもの。この娘はどうする気にもなれん。故に、私は何もしないでおこう」

 

そこにいるだけで余計なことをしでかす男が何もしない。それだけ女性に価値があるのか、もしくは女性に惹かれたのか。

ラインハルトの時と同じように、それを語るものはいない。今はただ、己の歌劇が万事滞りなく進むこと。それのみを目的とすればいい。

男は胸に深く刻み込み、来た時と同じようにまるで最初からそこにいなかったかのように姿を消した。

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