IF~獣の特別~   作:コズミック変質者

5 / 6
あくまで短編にしたいし、続けるとグダリそうだから急展開にしました。


IF〜獣の・・・〜

首都が燃える。

 

ベルリンが崩壊する。

 

軍人も民間人も、男も女も、子供も老人も、聖人も悪人も関係なく、等しく死に包まれる。

 

この世の地獄と評すにはまさに相応しい。人が更に燃料となり炎は苛烈さを増す。まだ足りぬとさらに人を喰って大きくなっている。

 

その度に、天空に突如現れた黄金の城が活性化したかのように拡大する。

 

そんな地獄の中で、私はベルリンの一角にある本家のテラスから、街を見下ろしている。兄さんはここにはいない。婚約者の家で重要な会議があると言って、しばらくは帰ってこない。見捨てられた訳ではない、と思う。

 

あの人政治が関係なくなるとチキンだから。仕方がないよね。

 

きっと、忙しいんだ。ドイツが第二次世界大戦に敗北して、さらにはヒトラーや高官達に・・・ライニが暗殺されて死んで、いろんな機能が麻痺しちゃったから。

 

見下ろしている街に、一際大きく燃えている場所と、雷鳴が響いている場所がある。感じる。あそこに知っている人達がいると。戦場で行方不明になった知り合い達がいるのだと。私はそう感じられた。

 

ああ、少しだけ暑くなってきたな。もう火の手がここまで広がってきちゃったのか。屋敷に燃え移るまでもうすぐかな?

 

死んじゃうことに不安はない。むしろ安らぎさえあるかもしれない。戦死したパパや、私を産んで死んじゃったママに会えるかも。別に天国とかは信じてはないんだけどね。

 

ぶわっ!と風が通る。外からではなく後ろ、屋敷の中から。ああ、来たんだ。来てくれたんだ。信じていたんだよ。あなたは生きているって。貴方が私の所に来るって。

 

「久しぶりだね、ライニ」

 

振り返れば、そこには白い軍服を着て黒い軍服を肩から羽織っている愛しい人の姿。

 

「髪、結構伸びたね。目の色も変わっている。うん、碧眼も良かったけど金色も似合うね」

 

いつもと同じ、ゆっくりと彼に近づいていく。ああ、やっぱりライニは飢えているんだ。近づいてわかった。渇きを感じた。

 

「久しぶり、だな。息災そうでなによりだ。それにしても、君は本当に変わらんな。最後にあった日から、顔が全く変わっていない」

 

触れられるほどの距離まで近づけば、彼が優しく頬を撫でてくれる。うん、変わらなかったんだよ。皺の一つくらい、あっても良かったんだけど、二十代の頃から時が止まっちゃったみたいに、何も変わらないんだよ。

 

言いたいことは沢山ある。伝えたいことも沢山ある。でも、

 

「時間がないん、だよね?」

 

彼は長い間、ここにいることはできないだろう。ゆっくりと頷いた。恐らくあの黄金の城と一緒に、またどこかへ行ってしまう。今度は置いていかれるのとは違うんだ。

 

「いいよ。私を愛して(壊して)。あなたの渇きの思うままに。それで貴方が幸せになれるなら、私はなんだってしてあげるから。だから、そんな辛そうな顔しないでよ」

 

 

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彼女の手が、私の頬に触れる。やはり、彼女は私が撫でても壊れなかった。こんな華奢な身体に、どこにそんな力があるのか。だからこそ、だろう。私が彼女を『特別』だと感じたのは。

暗殺されたことにして、身を隠した時に何度彼女にだけは、伝えようとしたことか。何度彼女の元を訪れようとしたことか。

 

会えなくなるのは、苦しかったのだ。学院を卒業してから、彼女と私の道は違えた。会える回数も少なくなり、私の飢えは加速度的に増えていった。

 

嗚呼・・・砕けるほどに抱きしめたい。私の全霊を持って愛したい。

 

(美女)である彼女と魔人()である私。まるでどこかの童話のようだ。違うことは、私が全てを愛していること。嘘偽り無く、老若男女関係なく何もかもを、私は愛している。だが悲しいかな、この世界は脆い。抱きしめるどころか柔肌を撫でるだけで壊れてしまう。

彼女を前にすると、さらに悲嘆が、渇望が強くなってしまう。

 

私の中の獣が語りかける。さぁ、速く目の前の彼女を愛せ(壊せ)と。私に特別などない。全てが等しいものなのだと。それを証明するのだ。

 

形成(イエッツラー)聖約・運命の神槍(ロンギヌスランゼ・テスタメント)

 

我が手に聖遺物である黄金の槍、神殺しの聖槍が形成される。魔人となった日に契約した聖槍は、私以外には触れることも出来ず、只人が見たのならばその魂を蒸発させてしまうほどの至高の物。

カールが言うには、超越者であることが前提であり、時代を制する覇道が必要だということ。私の手にある以上、そんなことはもう関係はないが。

 

「綺麗だね。ライニの槍・・・」

 

やはり、彼女は見ただけでは魂は傷つかない。流石だ。同じ魔人とはいえ、初見ならばその重圧で潰されかねないというのに。もし聖槍が彼女を持ち主と選んでいたらどうなっていたのだろうか?この立場が逆転していたのだろうか?少なくとも、それが私にとって未知であることには変わりはない。

 

彼女の腰を聖槍を持つ手と逆の手で支える。彼女は私の頬に触れながら、私の手に体を委ねる。

私の聖槍が彼女に掠りでもすれば、彼女の体には聖痕が刻まれ、晴れて永遠に私の戦役となる。耐えられなければ魂を形成出来ず、城の骸達と同じになる。

大丈夫だ。心の中でそう言い聞かせる。聖槍の圧に耐えたではないか。ならば大丈夫だ。私が愛しても・・・。

 

「私は・・・君を・・・」

 

「私は・・・あなたを・・・」

 

聖槍が彼女の胸を貫く。聖痕が刻まれていく。赤い鮮血が飛び散り、私の頬にかかる———ことはなく、音もなく蒸発する。温もりは私の腕のみ。だがその温もりも、彼女の体の崩壊と共に消えていく。

頬に当てられていた手が力なく、私の目に当てられ、拭われる。彼女の手には小さな水の雫。それは涙。長らく私が流さず、忘れていたもの。

 

「「愛している」」

 

膨大な魂が讃歌した。黄金を讃える歌が響いた。風が吹き、大地が揺れ、煙は消えた。彼女である青い魂は、墓の王の聖槍へと吸い込まれ、空に浮かぶ黄金の城は大きく鳴動し、天地を震わせた。

 

「嗚呼・・・嗚呼・・・」

 

歓喜する。素晴らしい。飢えは満ちていないのに。だが何故かは分からない。私は満足している。彼女を()せたことに。

 

鳴動が終わる。讃歌は静まり、残るは未だに轟く戦火のみ。何故だ?何故なのだ?私は満足していた。そのはずだ。なのに何故、私は虚しさを感じている?

飢えが満たされなかったからか?まだ壊したりないからか?彼女が壊れてしまったからか?

 

いや、違う。私は彼女を壊してしまったことを悔いたのだ。

 

何故私は悔いたのだ?彼女を愛したかった。故に壊した。何故ならばそれが私の愛の証明なのだから。

期待していたのか?彼女ならば壊れないと。彼女ならば最後まで愛し尽くせると。

 

 

失ってしまった。無くしてしまった。忘れてしまった。分からない。私は・・・彼女を愛していたのか?

 

 

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悲しい人。可哀想な人。

黄金の城に召されていく中、私は彼を見て涙する。彼から感じた温もりは残っている。死んで彼の一部となっても、どうやら自我は残っているようだ。

 

ごめんなさい。ごめんなさい。間に合わなくてごめんなさい。

 

私は知っていた。今の私では簡単に壊されてしまうことに。砕けてしまうことに。本当は我慢するべきだった。手足に枷をつけてでも待つべきだった。

でもダメだった。貴方のそんな顔を見たら、私は辛くて・・・。

 

城に吸い込まれる。無限の如き戦役の中で私は意識を保ち続ける。だが意識は手放される。私が手放す。

これから彼はどこかへ旅立つ。何十年も、己の戦役と友と共に。だから私も旅立つ。約束された瞬間まで。私は全てをなさなくてはならないから。

今度こそあなたを本当に幸せにするために。貴方の飢えを満たしてあげるために。

 

黙っていてごめんなさい。何も言わなくてごめんなさい。でもそれが約束、誓いだから。私の秘密を約定の時まで守り抜くと。そして来るべき時に、全てを余さず教えると。

 

だからその時まで。貴方は怒りの日(ディエス・イレ)で役者となってて。水銀のために踊り続けて。そうすれば、私の手が届くんだから。

 

 

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ベルリンが崩壊した日、獣は世界から旅立った。女は世界からズレていった。

 

60年後の約束された怒りの日(ディエス・イレ)。彼らが次に相見えるのは歌劇の終盤。蛇が幕を引く直前。全ての結末は変えられる。あらゆる悲劇は逆転する。あらゆる喜劇は粉砕する。

その時に、蛇は、刹那は、女神は、黄金は、かつてないほどの未知を見る。

 

それはきっと、美しい終焉となるだろう。




次回、多分最終回。

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