投稿再開します。
「よう、肝心な時にいない居眠り猫」
現れた猫型の精霊、パックを迎えたのはスバルのそんな容赦のない一言であった。
「いやあこれは手厳しい」
「駄目よスバル、パックにも事情があるんだから」
そんな物言いに苦言を呈するエミリアだが言われた本人は気にする風もなく、こりゃ参ったとばかりに自分のおでこをぺしぺしと叩いて笑っている。
「いいんだよリア、最後の最後、肝心な時に君を守ってもらったのは事実だからね」
「なんだ、エミリアたんの命を救った俺の活躍知ってたのか?」
「君が眠っている間にね。だから君には感謝してもし足りないくらいだよ、大事な娘の命を救ってもらったんだからさ」
そして、と前置きしパックは桐生の方へと向き直る。
「お兄さんにも。リアの代わりに戦ってくれた事、とても嬉しかったよ」
「よせ、礼を言われるような事じゃねえ。好きで勝手にやった事だ」
「君にとってはそうでも、僕にとってはそうじゃないんだ。掛け値なしにこの子の為に体を張ってくれる人なんて殆どいなかったからね。命を救ってもらった事だけじゃなく、色んな意味で僕は君たちに感謝しているんだよ」
ふざけを感じさせない真摯な声色でパックは二人に向けてそう答えた。
スバルと桐生はそんなパックの言葉に少し面食らい、互いに顔を見合わせて少し困ったか、あるいは照れくさいかのように頬をかいた。
「そういうわけで、二人にはお礼をしたいんだ。何かしてほしい事があれば何でも言ってほしいな。大抵の事なら叶えられると思うよ」
「気にするな、さっきも言ったが好きでやった事だ」
「んじゃ、好きな時にモフらせてくれ」
小さな体に見合わず大きく出たパックに対し、二人とも銘々の答えで即答する。
エミリアがそれに目を丸くしたのはその返事の速さだけでなく内容だろうか。
再びこりゃ参ったとばかりに首をかしげるパックの横で、彼女は少し慌てた様子で二人へ問いただし始める。
「ちょ、ちょっと、もう少し考えて決めてもいいんじゃない? 見た目は可愛いだけで頼りないかもしれないけど、パックは凄い精霊なのよ?」
「うん、リアの言い方はちょっと引っかかるけど置いといて。自分で言うのもなんだけど僕って結構偉いんだよ? だからちょっと欲張ったっていいんだけど」
「おいおい、そんな偉いなら尚更だぜ。俺みたいな一流のモフリストになるとモフりたい対象をいつでもモフれるのはこの上なご褒美なんだぜ? それが本来ならば触れるのも烏滸がましい高貴な血統書付きみたいなもんとなれば尚更に! そう、俺にとってモフモフ権は巨万の富にも匹敵する贅沢余りある願いなのだ! モフモフモフ……」
力説して返事を待たずにパックをモフり始めるスバル。その顔はパックのふさふさの毛並みを心底堪能しているかのように幸せそうで、成程巨万の富に匹敵するというのも彼にとってはあながち間違いではないのかもしれない。
「おおう、この耳のとこなんかもうね、柔らかくてふさふさでね……」
「うーん、凄いなこれは本気で言ってるね」
とろけるような表情でパックの体に陶酔しているスバルだが、嘘をついていないと判断したのはその様子からではないようだ。
「僕はある程度相手の心が読めるからねー、と言っても本心かどうか程度だけど。で、スバルはどうやら、まあ読むまでもなさそうだけど本心だ。けどお兄さんは少し違うみたいだね?」
スバルに耳を弄られながら、真剣な表情で桐生へと丸い目を向ける。
そんなパックの言葉にスバルは少し意外そうな表情で一旦手を止めると、パックと共に桐生へと目線を移す。
「おいおい、叔父貴が礼や恩のためにエミリアたんを助けたってのかよ」
「別に悪い事じゃないさ。まああの時はそんなつもりは無かったのは分かってるけど、今はまた少し事情が違う、そうでしょ?」
「まあ、な」
「ねえカズマ、なにかしてほしい事があるなら言ってみて? 私はカズマに恩があるんだから、それを返せるような要求をしてくれた方がすごーく嬉しいんだから」
桐生を慮ってか、或いは心からの本心か。エミリアのそんな言葉に桐生は少し考えるそぶりを見せ小さく首を振った。
「いや正直言うとな、そのしてもらいたい事がいまいち思いつかねえんだ。だからまあ、そいつは保留って事にしてくれねえか?」
パックが凄い力を持った精霊という存在である事は承知したが、正直なところそんな精霊が一体何が出来るのかと言われると何も分からないのが桐生の本音だ。
勿論当面を凌ぐ資金や知識も彼の言った大抵の事の範疇に入るのだろうが、今のところその辺りはロズワールに要求するつもりである。
打算的な物言いをすれば、桐生としてはパックにしか出来ない事を頼みたいのだ。
とはいえそれがいまいち思い浮かばず、出した結論がこの保留である。
「うーん、お礼が思いつきもしないだなんてカズマはほんと欲が無いのね」
「そういうわけじゃねえさ。俺だって人並みには欲がある。ホントに欲のねえ答えってのはスバルみたいなもんだ」
そんな桐生の真意をより良い方向に解釈するエミリア。
対してパックはある程度桐生の真意を読み取ったのか、しょうがないなと一息ついて
「保留もいいけど僕の気が変わらないうちにね。猫は気紛れなんにゃから」
「大丈夫よカズマ、精霊は約束は絶対に破らないもの。何百年経ったって気なんて変わらない」
「そいつは有り難いが、何百年も経っちまったらみんな死んじまうだろう」
そうやって冗談めかして返すが、エミリアは何故か不思議そうに首を傾げた。
何を言ってるんだろう? といった表情に自分の発言を反芻してみるが、桐生には自分がそんな態度を取られるような言葉に心当たりは無かった。
だがスバルの方は何か思い当たる事があるようで、パックの毛並みを堪能する手を止めて「あー、成程」と呟いた。
「やっぱアレか、ファンタジーのお決まりらしくエルフとかは寿命が長いとかそういうやつ?」
「お決まりかどうかは知らないけど、まあ常識だね。精霊である僕は寿命なんてものは基本的にないし、リアも似た様なものさ」
「どういう事だ?」
困惑する桐生に、私はハーフエルフだけど、と前置きをしてエミリアが説明を始める。
「エルフやその血を継ぐハーフエルフは基本的に寿命が長いの。というよりも殺されるまで死なないと言っても過言ではないかもしれないのかな? えっと、本当に知らなかったのカズマ?」
「ああ、初耳だ。あー、この辺じゃ常識なのか?」
「この辺って言うか、世界の常識だけどね」
少し呆れたような様子のパックを見るに、知らない方がおかしなレベルでの常識なのだろう。
エルフやハーフエルフといった単語そのものは桐生もどこかで聞き覚えこそあるが、それがどういったものかというと知識は殆ど皆無と言ってもよい。
そもそも異世界の知識なのだから知らなくて当然だろうと反論したくなるが、その前提を知らないエミリア達にそう反論しても全く無意味なうえ、何故か同じ境遇のスバルは物知り顔で頷いている。
「スバルは知ってたのか?」
「まあほらラノベやゲームじゃよくある話だからな。エルフにドワーフ、ホビットや獣人とかはオタの必須科目みたいなもんだし」
何がどう必須項目なのかは分からないが、この場においてはスバルの言が正しさを持っているので大人しく「お、おう……」と頷いておく。
「本当に不思議、この世界に生まれてハーフエルフを知らないなんて……どういう生活をしてたの?」
本気で不思議そうに、同時に何故か少し嬉しそうにエミリアは問いかける。
それに桐生は答えあぐねる。『この世界に生まれて』というところからして間違っているのだから当然だ。
とはいえそこを安易に正すには色々と考えなければならない事も多く、かといって先程から散々に誤魔化しを重ねているため、下手な答えはいい加減疑念を抱かれかねない。
見ればスバルも困った様子で目をキョロキョロさせながら考えている。
(こ、こういう事態に備えてそういった文化にも触れるべきだったか……)
スバルへの申し訳なさと不甲斐無さに余りにも前提が無茶な後悔を始める桐生。
「いつか異世界に召喚されたときの為に勉強してんだ」などとアニメを見ながら秋山や伊達といった親しい人達にそう答えたらどんな顔をされるだろうか。
十中八九取り乱される気がしないでもない。
いや真島の兄さんなら意外と乗ってくれるのかも知れない。あの人は実際にゾンビが出た時のためとか言って古今東西のゾンビ映画を漁っている。
―― なんて焦りで混乱しながらとりとめもない想像を巡らせていると、他でもない問いかけたエミリア本人からの助け船が出された。
「あ、ごめんなさい。さっき詮索しないって言ったばっかりなのに」
「いや、こっちこそすまねえ。上手く説明出来ねえ事ばかりで悪いとは思ってるんだが……」
「ううんいいの、詮索はしないって……約束、したんだし。悪意が無いって言うのはパックのおかげで分かってるから」
約束という言葉に不思議と重い感情を感じさせつつ、この話はこれで終わりましょうとばかりに小さく笑いながら首を振る。
「ただそれとは別にして、ハーフエルフや精霊の事を知らないのは色々と困ると思うわ。スバルはある程度の知識はあるみたいだけど」
「いや、正直俺も触りの部分だけっつーか……肝心なところはイマイチ知らねーんだけどさ」
「どういう生き方をしてればそんな風になれるのかは分からないけど、リアが約束した以上僕も詮索はしないよ」
まあ僕らも人の事言えないしね、なんて小さい呟きながら自嘲するパックを見て、桐生は一つ思いついたようにハッとする。
「なら、さっきのお礼にその常識を教えてくれるってのはどうだ?」
それが予想外の答えだったのか、先ほどまで飄々としていたパックも驚いたように目をぱちくりさせる。
「どうした、そんな顔して」
「いやー、流石に意外というかさあ。やっぱり欲が無いよお兄さんも」
「そうか?」
「そうだよ、そんなのその辺で子供用の本でも買って読めば分かる話だ。ある意味精霊の体を玩具にしたいなんてスバルの願いの方がよっぽど欲深い」
「なんかそう言われるとそこはかとないエロスと感じるな……」
「えろす?」
スバルの言葉に反応するエミリアに「リアはまだ知らなくていいの」と一言置いて桐生に言葉を続ける。
「命を救ってもらった代償がそれじゃあ返す方も報われない。そのお願いは承ったけど、これはサービスって事にしといてあげるよ」
桐生の無欲な願いに気を良くしたのか或いは呆れたのか、パックは短く息をついてやれやれと首を振るのであった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
それは何の事は無いおとぎ話であった。
かつてこの国―― いや、この世界には嫉妬の魔女と呼ばれた恐ろしい女がいた。
世界の全てを憎み殺戮の限りを尽くした彼女は、『賢者』『剣聖』『龍』によって封印され、四百年経った今でも名前を呼ぶことすら恐れられている。
「とまあ、これが嫉妬の魔女のお話さ。聞いた事ない?」
「どうだったか……いや、ないな」
はぐらかそうとして、ある程度パックが心を読めることを思い出し桐生は正直に答える。
その判断に満足したのか、パックはうんうんと頷いてそれでいいよと返事を返した。
「不思議ではあるけど、まあそうだろうとは思ったよ。その様子じゃスバルも同じなのかな?」
「そんなに有名なのか?」
「子供だって知ってるお話さ。誰だって悪い事をすれば嫉妬の魔女がやってくる、なんて躾けられてはそれを語った母親と一緒に泣いてしまうくらいにはね」
冗談めかして語ったパックの言葉はしかし、それだけその嫉妬の魔女への恐怖が人々に根差しているという意味だろう。
四百年前の、それもそんな漠然とした物語が例え事実とは言えそこまで恐れられているというのは、桐生にとってはイマイチ実感しがたい事であったが。
「成程な。だがその話がハーフエルフや精霊ってのとどう関係するんだ?」
「精霊は少しずれるけど、ハーフエルフは大いに関係があるよ。なんていったって、その嫉妬の魔女がハーフエルフだったんだからね」
完全に無知を隠すことを止めた桐生の問いに、パックもまた探る様な素振りも見せず簡潔にそう答えた。
今も恐れられている嫉妬の魔女。その魔女はハーフエルフであり、そしてエミリアもまたハーフエルフである。
「ああ、成程な」
「?」
合点がいった桐生とは対照的に、スバルはきょとんとした表情で首を傾げている。
「おや、今度はスバルの察しが悪くなったみたいだね?」
先程とは立場の入れ替わったスバルに悪戯な笑みを浮かべると、パックは腕を組んでうんうんと嬉しそうに頷いた。
「な、何で勝手に満足して頷いてんだ? 叔父貴、どういう事さ」
「そうだな、説明してやってもいいが……」
ちらりとエミリアを見る。
彼女はどこか安心したような、嬉しそうな表情を浮かべ息を吐いていた。
スバルには見当はついていないようだが、桐生にはその気持ちがよくわかる。
そんなエミリアを見て、桐生の袖を引いて「なあ叔父貴~」と頼りない声で頼るスバルにわざわざ答えを教えてやるのも野暮なのだろうと桐生は思う。
「分からねえならそれでいいんだよ、お前はな」
「おいおい、それって答えになっちゃ……わっ」
反論しようとするスバルを押し付けるようにぶっきらぼうに頭を撫でる。
そんな桐生にスバルは若干の抵抗こそするがその手を跳ねのけようとせず、どこか心地よさそうですらある。
そんな二人の様子をパックは微笑ましく、そしてエミリアはそれと同時にどこか羨ましいと……そう心の片隅で感じるのであった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「「ご歓談の中失礼いたします」」
ロズワールの庭園の中、桐生達がこの世界についての知識を交えつつ、桐生が顔に似合わずとぼけた素顔が有ったり、スバルがエミリアの魅力を再確認してドギマギしたり
エミリアは意外と怒ると苛烈だったりが判明したやりとりの最中、二人のメイドが足並みを揃えて四人の元へ現れた。
「お、レムにラムじゃねえか」
現れた二人に声をかけたのはスバルだ。
どうやら彼も既に面識があるらしい。
相変わらずフランクというか、距離感を感じさせない態度は相変わらずだ。
「「当主、ロズワール様がお戻りになりました。どうかお屋敷へ」」
そんなスバルに表情一つ変えず、寸分違わぬタイミングの礼とステレオ音声で対応する。
「そう、ロズワールが。じゃあ迎えに行かないとね」
「「はい。それからお客様方も。目が覚めているなら、ご一緒するようにと」」
どうやら桐生達も出迎えに向かわせるよう申し付けられているらしい。
勿論桐生に異論はない。これから世話になる可能性が、いや既に十分に世話になっている。
ならば彼にとっては、その程度の礼を尽くすのは当然だろう。
スバルの方もエミリアとの会話が中断されたのは少し残念そうではあるが、特段不満な様子もなく降ろしていた腰を上げる。
「しかしなんだな、急にそんな恭しい態度になられると調子狂っちまう」
瀟洒な貫禄ある様子のメイド二人に戸惑ったのか、スバルは二人へそんな言葉を投げかけた。
「ん? スバルと会った時はこんな感じじゃなかったのか?」
「ああ、最初に会った時はこう……もっと砕けた感じというか、ふざけた感じというか。叔父貴の時は違ったのか?」
「そうだな、そう違いは無かったと覚えてるが」
「うーん、仕事モードって奴か? でも叔父貴には仕事モードなのに俺の時はそれを解除するってそこんとこメイドとしてどうなん?」
「貫禄ですわ、お客様」
「人徳ですわ、お客様」
レムは声色を変えず、ラムはどこか小馬鹿にした声色でそう答える。
顔を引きつらせるスバルの横で、この二人も中々いい性格をしているようだと桐生は小さく笑った。
誤用でも言いそうなら誤用のまま