「―― 誰だ」
ロム爺の表情が変わり、険しい顔つきで叩かれた扉を睨む。
部屋に響き渡るノックの音は続く。
それは重く鋭く、スバルの耳に突き刺さっていく。
死神の足音、彼の脳はその音をそんな風に捉え心臓が早鐘を打つのを促している。
「あーもう、お前らがトロトロしてるから来ちまったじゃねーか」
その緊張感を裂いたのはフェルトの呆れかえった呑気な声色だった。
「多分アタシの客だ。一応言っておくけど、これで契約反古とかナシだかんな。アタシはちゃんと約束を守ったんだからさ」
ぶつくさと愚痴りながら扉へ近づいていくフェルト。
その姿を見たスバルは瞬間、目の前で殺された、この世界ではありえない無残な姿のフェルトを幻視して
「駄目だ、開けるな! 殺されるぞ!」
思わずそう叫んでいた。
その悲壮な叫び声を許可としたのか、ドアノブはゆっくりと回り、絶望の権化が少しずつ姿を現そうとしている。
開いていく扉の隙間から光が差し込んでくる。
唯々表情を変えず静かに、それでいて鋭く、いつでも飛び出せる姿勢でその動向を見守る桐生。
不安と絶望に顔を歪ませながら、必死にそれを押し込めようとするスバル。
そうして薄暗い部屋の中を打ち払うように、夕暮れの光と共に扉の前に立つフェルトの前に現れたのは――
「殺すだなんて、そんなおっかない事いきなりしないわよ」
仏頂面で口を尖らせた、銀髪の少女だった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「ようやく見つけたわ。今度は逃がさないから」
目の前に立つフェルトの目をしっかりと見据え、銀髪の少女はそう宣言した。
その言葉にフェルトはたじろぎながらも、唇を歪ませながら睨み返す。
「おい、あいつはまさか――」
「あ、ああ。この徽章の持ち主……俺の探していた女の子だ」
近くによって耳打ちして尋ねる桐生にスバルはそう答えた。
そう、彼女こそがスバルが焦がれ、その命を賭してでも助けたいと願った少女。
だがスバルの顔に浮かぶのは安堵や喜色ではなく、戸惑いの色ばかりであった。
「な、何でこんなに早く? 彼女がここに来るのはもう少し後だったはず―― あ!」
言いながらスバルは何かに気づいたように声を上げる。
「そうか、あの時は俺のおもりをしてたようなもんだから……。彼女一人ならこんなに早くたどり着けるのか」
自分で言っていて情けなくなるが事実なので如何ともしがたい。
初めて彼女と出会いこの盗品蔵を探したとき、右も左も分からないスバルは随分と彼女に助けられながらこの場所を見つけたのだ。
つまり、その分の時間が無くなった結果がこの場、このタイミングでの再会という事なのだろう。
―― 更に付け加えるならば、本来フェルトが行うはずであった妨害工作も、話を急ぐ桐生とスバルのせいでおざなりになってしまったのも原因の一つであった、
「成程な、おっちゃん達がアタシらを連れ出そうとしてたのはこういうわけか。それならそうと早く言えよ」
フェルトは好意的にこの遭遇とスバル達の提案の意味を捉えていた。
どうやら彼女の中ではスバルらが自分たちの立場を守ろうとしてくれていた事になったらしい。
勿論あながち間違いではないのだが、スバルにとっては心情的には銀髪の少女の味方だ。
それでもフェルトがそう解釈してくれたのは、偏に思いの外好感度が高かった賜物だろう。
何となくだが、スバルは自分一人で交渉して同じ状況に出くわしていたならば「よくも騙しやがって!」と怨嗟と糾弾の声を聴いていた羽目になっていた気がしている。
「どうしよう叔父貴、この場で徽章を返すってーのは……」
「盗人の仲間と思われてもいいならそれも良いぜ。幸い豚箱に入るのは慣れてるからな」
「マジで? っていうか流石にそれは勘弁。あの子に敵視されたら俺もう生きてけない」
少し手遅れかもしれないかなと思いつつも、事態を見守る二人。
すると銀髪の少女がスッと前に手を掲げると、淡い光がその周りを包みはじめ、凍て つく空気とひび割れる音が周囲を駆け巡る。
「手荒な真似はしたくない。大人しく返してくれれば危害は加えないわ」
従わなければ力づくも辞さない。
その決意と覚悟がその声には満ち満ちていた。
「全く、厄介な相手から盗んだもんじゃな」
ロム爺はお手上げとばかりに大きくため息をついた。
その顔に抵抗の意思は薄く、近くにおいてある愛用の棍棒を手に取る気配も無かった。
「喧嘩する前から諦めんのか?」
「ただの魔法使いならいざ知らず、精霊使いともなればな……」
発破をかけるフェルトを横目に苦々しげ吐き捨て、敵意を露にする少女を睨むロム爺。
その違いはよく分からないが、桐生は「アレが魔法か……」と興味深げに、感心の意を込めてそう呟いた。
「エルフの嬢ちゃん、すまんが徽章はもうここには無い。とっくに売り払っちまったわい」
「うそ。そんなに早く盗品が流れるとは思えない。それに私はハーフエルフ。エルフじゃないわ」
最後の告白は、どこか痛みを伴う様なそんな苦しみと弱々しさを孕んでいた。
「つっても本当の事だからなあ。ってか姉ちゃん、まさかハーフエルフでその銀髪って――」
何かに気づきフェルトは身じろぎする様に後ろに下がる。
同じように反応を示したのはロム爺だ。
残る二人は何が琴線に触れたのか全く気付かない様子で、恐怖が滲む二人の顔を見やる。
「他人の空似よ! 私だって、迷惑してる……」
それはどうやら告白した本人にとっても辛い事の様で、苦し気な声で強く否定する。
その意味がやはり二人には分からなかったが、どうやらこの世界において銀髪のハーフエルフというのは何かしらの意味を持つものらしい、という事は漠然と気づいた。
「けれど、アレを返してもらえないのなら……今だけは『そう』なったって構わない」
悲壮なまでの声色で彼女はそう宣言する。
それがスバルにはあまりにも痛ましく、そして見ていられなくて
「叔父貴……」
「……」
すまなさそうに首を垂れるスバルに桐生は言葉を詰まらせ、僅かに逡巡した後懐から取り出した物をスバルに手渡した。
「もし豚箱に入る事になっちまったら、毎日おかず一品あげるから」
受け取ったそれを握りしめ、スバルはフェルトたちを睨む少女の前へと歩いていく。
そして、彼女はスバルに気づくと彼に向き直り、掲げる腕をそちらへ向ける。
その敵意のこもった視線にスバルは心を苛まされながら、少女の前へそっとそれを差し出した。
「何? 邪魔をするなら容赦は出来ない」
「ごめん、君の探しているものならここにある」
「え?」
差し出されたのは少女が追い求めていた徽章。
突然提示されたそれに少女は面食らったように眉を上げ、それとスバルの顔を交互に見る。
「買い取ったのは俺達だ。その、盗みを依頼した奴に一泡吹かせたくて……」
「……そう、でも返してくれるならそれでいいわ。ありがとう」
そう言って無表情で、けれども安心したように差し出された徽章に手を伸ばす少女。
―― その時だった、彼女の背後に一筋の黒い影が走ったのは。
「―― っ! 避けろぉ!」
弾丸の様に駆けだす桐生。だが、彼では間に合わない。
彼女を救うのは桐生ではなく、無力な少年の一声に他ならないのだから。
「後ろだパック!」
ガラスを叩いた様な快音が部屋中を駆け巡る。
僅かに屈んだ少女の後ろには、その凶刃から身を守った魔法陣が空に浮かんでいた。
「間一髪だったね。君もありがとう」
「助かったのはこっちだよ、サンキューパック」
大きく息をつき、少女の横に突如現れた猫の様な宙に浮かぶ生き物に礼を言うスバル。
だが少女を襲った脅威は未だ去らず、運命の袋小路として立ちはだかる殺人鬼が狂気的な笑みを浮かべその場に立っていた。
「精霊、精霊はまだ殺したことがなかったわ、うふふ、素敵……」
「どういうつもりだ!」
彼女の出現に真っ先に声を荒げたのはフェルトだった。
彼女は顔を真っ赤にし、小さな体をわなわなと振るわせて突如現れた女を糾弾する。
「てめーの仕事は徽章を買い取る事のはずだろう!? こりゃ一体何の真似だ!」
多少は覚悟はしていた。
一方的に商談を破棄し、別の依頼人に盗んだ徽章を横流したのだ。不義理に依頼人が怒るであろうことは十分に承知していた。
だがこの女はその顛末をまだ知らない。
徽章はまだフェルトが持っていると認識しているはずだし、商売敵が横やりに入ったのも知らないはずだ。
「何の真似と言われても、見ての通り。
持ち主まで持ってこられては商談なんてとてもとても。だから……」
艶やかな笑みはそのままに、唇を濡らす仕草は妖艶に。
彼女は殺意に濡れた瞳でこの場にいる全員を一人一人値踏みするように視界に捉え、愛おし気に
「この場にいる関係者は皆殺し。徽章はその後で回収させていただくわね」
慈愛すら感じさせる優しい声色でそう口にし、その異様さにフェルトは恐怖のあまり思わず後ずさる。
「貴方は仕事を全うできなかった。切り捨てられても仕方ない」
「―― ッ!」
そんなフェルトに首を傾け、エルザは首を傾けて酷薄にそう言い放った。
その言葉を突き付けられたフェルトの表情は苦痛に歪む。それは恐怖ではなくもっと何か別の感情がそうさせている様であった。
その感情が何なのかは分からない、分からないが――
「てめぇ、ふざけんなよ――!!」
実力差も忘れて怒鳴りかかるくらい、スバルを怒らせる原因にはなった。
突然の激昂にその場の誰もが、本人でさえも驚いた。
いや、たった一人。桐生だけはその激情の由来を知っているのか表情を変えず、こみ上げる感情を吐き出そうとするスバルを見守る。
「こんな小さいガキ、いじめて楽しんでんじゃねぇよ! 腸大好きのサディスティック女が!! そもそも出現が唐突すぎんだよ、外でタイミング待ってたのか!? うまくいくかもとかぬか喜びさせやがって、超恐いんだよマジ会いたくねぇんだよ! 俺がどんだけ痛くて泣きそうな思いしたと思ってやがんだ! 刃物でブッスリやられるたんびに小金貰ってたら今頃俺は億万長者だ! それは言い過ぎた!」
「……なにを言ってるの、あなた」
「テンションと怒りゲージMAXでなにが言いてぇのか自分でもわかんなくなってきてんだよ! そんなお日柄ですが皆様いかがお過ごしでしょうかチャンネルはそのままでどうぞ!」
もはや支離滅裂で自分でも何を言っているのか分からないほどの怒声に、さしものエルザも呆れたように息をついた。
フェルトやロム爺も呆然とした表情だ。銀髪の少女に至っては状況が呑み込めず、どう動いたものかとおろおろしている。
そんな中、労うようにスバルの肩を叩き桐生がそんな彼の前へと歩み出た。
「よく言ったな。まあ言ってる事はあれだが……格好良かったぜ」
「う、叔父貴……」
激情は冷めやらず、桐生の言葉に今度は涙がこみ上げてきそうになる。
「そんな顔をするんじゃねえ、言いたい事は言ったんだ。後は男らしく堂々としてな」
「お……おうよ!」
零れそうになる涙をジャージの裾で擦り付けるように拭い取り、目元を赤くしながら前を見る。
情けないし不甲斐無い気持ちで胸が張り裂けそうになるが、よくやったと桐生は言ってくれた。
ならばせめて言う通り胸を張ろう、胸を張ってあのクソったれな殺人鬼と向き合ってやる。
それが、スバルなりの意地であった。
「お前も、嫌な思いさせちまったな」
「お、おっちゃん!?」
金髪をくしゃくしゃにして頭をなでる桐生に困惑するフェルト。
「下がってな、後は―― 俺に任せろ」
「………あ」
頭から離れていく暖かさに名残惜しさを感じつつ、フェルトは女の前へと立ちはだかった桐生を見た。
その彼の姿に彼女は何を感じたのだろうかは自分でも分からない。
だが何となく、それはいつもロム爺から与えられるものに似て、それでいて別物の様な気がして。
「ったく、親父気取りかよ……」
無意識に頬を緩ませ、そう呟いた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「あら素敵なおじさま。貴方がお相手かしら?」
銀髪の少女からその殺意を遮るように、龍は腸狩りへと対峙する
彼は胸元からタバコを取り出すとそれに火をつけ、一度煙で肺を満たしてから大きくそれを吐き出した。
「不満か?」
「いいえ、私ダンスの相手は選ばない主義なの」
「そいつは助かる。だが踊りは苦手でな、ちょっと手荒くなっちまうぜ」
「素敵」
桐生は拳を、エルザはナイフを。
互いに構えその闘志を、その実力を静かに計りあう。
「……あなたは」
突如現れた男に困惑を隠せないのは銀髪の少女だ。
この場にいたという事は盗人の仲間なのだろうか。
この女が自分の命を狙ったのは彼らの指示ではないのか。
だというのに、何故彼は自分を守るように間に立ち、この異様な殺意を滲ませる女と対峙しているのか。
疑問は尽きない。その答えを尋ねようと横に目を向けると、この場で唯一、最も信頼できる精霊パックはうーんと首を捻っていた。
「パック、どうしよう」
「置いてけぼりだねリア。ねえお兄さん! よく分かんないけど、とりあえずこの場は任せていいのかな?」
「お兄さん扱いとは久しぶりだな。構わねえ、ガキを守るのは大人の仕事だ」
「僕から見たら人間なんて大抵赤子みたいなものだからねー。まあそれはともかく」
パックはその小さな体をリアへと向け、スバル達のいる方向を指さした。
「聞いての通り。ここは大人のあの人に甘えて避難しようよ。丁度時間も近づいている。リアが危険な目にあわなくて済むなら、それに越した事は無いしね」
「でも……」
ちらりとその大人の背中をみる少女。どうやら信用できない、というよりも心配らしい。
「優しいなあリアは。大丈夫、お兄さん結構腕は立ちそうだし、本気でリアを守ろうとしてくれてる。理由はよく分からないけどね」
「………パックの言う通りにする。えっと、ありがとう?」
最後まで状況は飲み込めずとも、とりあえず自分を守ろうとしてくれている背中に礼を告げ、パックの指し示す先へ避難しようとする。
不意に、そんな彼女に小さな声で桐生が告げた。
「礼ならスバルに……向こうの少年に言ってやりな。あいつはあんたの為に、てめえの命張ってあんたの大切な物を取り返したんだ。
そうすればこの女に殺されちまうって、そう分かっていながらな」
「え、それって……」
「リア」
ますます事情が分からなくなるが、パックに促されると少女は仕方なしにその場を離れる。
そうして中央には二人の男女が残った。
周囲に漂うのは張り詰めた緊張感と、呼吸音すら響き渡る静寂。
互いは構えながら間合いを詰め、その一挙手一投足に目を光らせる。
ごくりと、誰かが唾を飲み込む音がした。
「先に尋ねておくのだけれど、武器はいらないのかしら?」
静寂を破ったのは女の言葉。どこまでも公平に、彼女はこれから始まる殺し合いを楽しもうとしている。
「構わねえ。こっちも一応聞いておくが、女を殴るのは趣味じゃねえ。手を引いてくれるつもりはねえか?」
「こんな素敵なおじさまに女扱いなんて随分嬉しいのだけれど、残念。男と思って遠慮なくどうぞ」
空気が、変わる。
互いに放つ闘志は静かに静寂を乱す。
「『腸狩り』エルザ・グランヒルテ」
「桐生一馬。ただの堅気だ」
互いの名を告げそれを合図とする様に、二人の戦いの火蓋は切って落とされた。
「―― っ!」
言葉にならぬ、切り裂くような声をあげて踏み込んだのはエルザ。
脆くも無い床を踏み砕く様な力で放たれたその体は、さながら弾丸の様な速度で間合いを詰め同時にナイフを振りかぶり――
「―― っ!?」
突如眼前に飛び出してきたのは先程まで桐生が加えていたタバコ。
噴き出されたそれが顔面を焼く熱さに怯み、ほんの一瞬その踏み込みが止まった時には既に、桐生は拳を構え飛び掛かっていた!
「オラぁ!」
振り下ろす力と落下速度を加えた一撃はエルザの頭部を正確に捉え、頭蓋が軋む鈍い音、そしてそれが床を砕く音を盛大に響かせながら、彼女は頭から床へ叩きつけられた。
その一瞬の光景にフェルトとロム爺は目を見開き、スバルは目を輝かせそして銀髪の少女は……
「すごーく、卑怯……」
想像もつかない戦い方に率直な感想を述べていた。
「何言ってんだマイリトルラバ-! これぞ喧嘩殺法! 男のロマン!」
若干引き気味の少女とは対照的に、興奮冷めやらぬスバルは大はしゃぎ。
フェルトもまたその育ちのおかげかスバルと同じ印象だったらしく、ただただ呆然として「すげー……」と呆けた声を漏らすばかりだった。
そんなギャラリーの様子を気にかける事もなく、桐生はその立ち上る闘志をそのままに
「来いよ、まだ終わりじゃねえんだろう?」
確信を持った態度で、そう声をかけた。
「うそ……」
少女さえもそれは予想外だったのか。
声をかけられたエルザはピクリピクリと体を振るわせ、床にめり込んだ頭部からはくぐもった笑い声が響き――
「ああ、本当に……なんて素晴らしいのかしら」
ゆらりと、血濡れの顔を拭おうともせずに立ち上がった。
「うげぇ、決まったと思ったのに……」
フェルトは顔を引きつらせて、割れた額から口元へ流れる血を舐めとるエルザを見る。
盛大に入った一撃はしかし、なんのダメージも無かったかのように彼女は平然としている。
「さっきの叔父貴の一発……き、効いてねえのかよ?」
「そんな事ないのだけれど、実際にまだ頭がくらくらしちゃうもの」
スバルの呟きにそう答えると、エルザは再びナイフを構え桐生を見据える。
「面白い戦い方をするのね、次は何を見せてくれるのかし、ら!」
再び機先を制したのはエルザだった。
彼女は身を低くし、滑るように地を駆けると桐生の股下から胸元を切り裂く斬撃を右手に携えたナイフで放つ。
それを小さく後ろに飛びのき避ける桐生だが、予測していたようにエルザは同時に踏み込み、回避を許さぬタイミングで左手に握られたナイフが桐生の腹を一閃する!
「―― っ!」
その絞り出したような声は誰のものか。
振るわれた刃は桐生の腹を、その薄皮一枚を切り裂く寸前で刀身が挟み殺され止められていた。
桐生の、肘と膝によって。
「ああ、本当に……」
素敵と、彼女は恍惚と呟いた。
同時にこの上なく昂る体に頬を熱くする。
彼女には戦闘狂のきらいがあった。
純粋に殺し合いを楽しみ、命を奪い奪われるその狭間に身を置くことを喜びとする。
それは相手が強ければ強いほど、己の命を脅かす存在と対峙するほどに大きくなり、彼女の心技体は躍動する。
なれば、目の前で途方もない技量を見せつけた相手を前にしてどうして心躍らずにいられようか――。
「ふっ!」
掛け声とともに挟んだナイフをへし折る桐生。
エルザはそれに僅かな躊躇も見せず、大きく後ろへ跳躍し同時に小さな投げナイフを投擲する。
高低差をつけて放たれたそれの回避は困難を極め、一本、二本を身を捻って避ける桐生に、三本四本と絶え間なく襲い掛かる!
「ちっ!」
頭を傾け、正確に頭部を狙ったそれは頬を掠めてゆく。
続くナイフは足元に、片足を上げ回避するも僅かに重心が揺らぎ、その隙をエルザは見逃さず、着地と同時に間髪入れず再び間合いを詰めんと地を蹴り、跳躍の速度を加えた斬撃が桐生を襲う。
それに応じる桐生は上げた片足をそのまま振り抜き、振るわれた左手を蹴り上げ、跳ね上がった手首を掴んでその体を思い切り引っ張り壁へ向かって叩きつける。
桐生の動きは止まらず、叩きつけたエルザの後頭部にその逞しい腕を容赦なく打ち付けた。
「―― は、ぁっ!」
しかし、頭が壁を砕く爆音とともに漏れた女の声に苦悶はなく、さながら嬌声にすら感じる程。
即座に体を落とし、身を捻りながらナイフを振るい反撃するその動きには衰えを感じさせず、それをかわす桐生は追撃を止めとっさに距離を取る。
仕切り直しとばかりに互いの間合いは再び開き、構えた二人が向き合い対峙する。
戦いは未だ、始まったばかりであった。