東郷の呼びかけにより、勇者部は集合していた。先日友奈の最近の様子がおかしいと思った東郷は、友奈の部屋に侵入し一冊の本を見つけていた。それに関する話をするため当事者である友奈を除いた六人で集まるよう伝えていた。
現在集まっているのは東郷、園子、風、樹の四人。あとは夏凜と望乃が来るのを待つだけだった。すると、そこに来客が来た。
「待たせたわね」
しかし来たのは夏凜一人だけだった。
「望乃ちゃんは?」
「望乃は来ないって」
「どうして?」
東郷が夏凜に詰め寄る。
「最近様子のおかしい友奈が心配だから一緒にいるそうよ。話については後で聞くって」
東郷は全員で知るべきだと納得していなかったが、望乃もまた友奈を心配しての行動、その気持ちは理解できた。だから東郷は仕方なく了承した。
東郷は机の上に視線を移した。机の上には東郷が友奈の部屋で見つけた『勇者御記』が置かれていた。その机を囲って立つ。
「これを友奈が書いたってことか」
「最近友奈ちゃんの様子がおかしかった、その原因が書かれていると思うんです」
「こんなもんが出てくるなんて……」
「私からもいいかな? 私もゆーゆが心配になって調べてみたんよ。最近みんなより早く帰ってたでしょ? 実は大赦に行ってたんだ。結論を先に言うと、ゆーゆの様子がおかしいのはね、ゆーゆが天の神の祟りに苦しめられているからなんだ。大赦の調べで、この祟りはゆーゆ自身が話したり書いたりすると伝染する。それが分かったの。だから……この日記は非常に危険なものなんだ……。それでもみんな、見る?」
その問いに東郷が答えた。
「見るわ。友奈ちゃんが心配だもの」
東郷の言葉に、他の三人も頷く。
「じゃあ読んでみよう。ゆーゆの御記を」
勇者部が御記を読み始めた。それにはこう書かれていた。
大赦の人に言われて日記をつけたこと。東郷の暴走時の戦いで体のほとんどを散華してしまったこと。勇者部が回復した体の機能は神樹様が作ったものだということ。全身を作られた友奈は『御姿』と呼ばれ、神に好かれている存在であること。だから東郷の代わりになることができたこと。友奈の体は壁の外の炎の世界がある限り治らず、今年の春を迎えられないだろうという状態であること。
それより先は友奈の日記になっていた。
『一月七日、皆といると元気が出てくるけど、うつさないように気を付けなきゃ。食欲はなかったけど、甘酒が美味しくて喉が喜んでた。……でも、家で吐いちゃった』
『一月九日、吐き気はひどかったけど、部室にいると心がほわほわする。風先輩は温泉旅行を提案してくれたけど、今の私の裸を見たらみんながびっくりしちゃう。……とても行けない。ごめんなさい……』
『一月十一日、今日は調子がいい。しっかり休んでいるのが効いたのかも』
『一月十三日、胸がとても痛くて、なんだか頭がくらくらする。多分みんなと会話が成立してなかったかも……』
『一月十四日、いっぱい寝て、体力を回復させなくちゃ、でも、電気を消して寝るのが怖い。暗いのが怖い。そのまま暗いものに包まれてしまいそうで』
『一月十六日、今日は夏凛ちゃんを傷つけてしまった。でも絶対言うわけにはいかない。ごめんなさい……とても苦しい、体も痛い、心も痛い、ぐちゃぐちゃになりそう……。私はただ、みんなと毎日過ごしたいだけなのに……。望乃ちゃんとも話した。望乃ちゃんは私の体のこと知ってたみたいだけど、なにか考えてるみたいで少し心配……』
『……弱音を吐いたらダメだ、私は勇者だから頑張れ自分、結城友奈! 勇者はくじけない! とにかく、夏凛ちゃんと仲直りしたい。でも本当のことを話せない。どうすればいいんだろう。もうここでいっぱい書く。夏凛ちゃん、私、夏凛ちゃんのこと大好きだよ。夏凛ちゃん、本当にごめんね!』
読み終えた東郷は怒りで震えていた。東郷は飛び出そうとするが、園子に止められた。
「止めないで! 全て私のせいじゃない! 天の神の怒りは収まっていなかった。私が受けるべき祟りなのよ!」
「日記に書いてあったでしょ! わっしーにうつっても、本人は祟られたままなんだよ!」
「大赦はまた、私たちに重要なことを黙って……」
今度は風が怒りを露わにしていた。
「うかつに説明すると、みんなに祟りがいくかもしれないから話せなかったんだよ」
「友奈が……こんなに苦しんでるのに、私……ひどいこと言っちゃった……。ひどいこと言っちゃったよ……」
夏凜が涙を流して先日のことをひどく後悔していた。
「……あの、このこと望乃さんも知ってたんですよね?」
ずっと黙っていた樹がそう園子に聞いた。
「……全部知ってたわけじゃないと思うよ。コギーは大赦の助力を得られないから、自力で調べたんだろうね。多分、コギーはコギーだけの情報を持ってたか、コギーは精霊の時に言いたくても言えない状況にあったから、ゆーゆの様子がおかしいことにいち早く気付いたんだと思う。でも大赦と同じように、みんなに祟りがいく可能性があったから言えなかったんじゃないかな」
「……待ってよ」
夏凜が涙を袖で拭いながら、重要なことに気付いてしまったかのように口を開いた。
「望乃は友奈の体のことを知ってた。そして私と別れた後の友奈と会って話してた。その時に望乃が考えたことって……」
夏凜の脳裏には恐れていた出来事が浮かびあがる。そして夏凜は飛び出して行ってしまった。
「ちょっと、夏凜! どこ行くのよ!」
「コギーのところに行ったんだと思うよ」
「望乃……って友奈のところにいるんじゃ……」
「それはコギーの嘘だと思う。多分コギーは……精霊に戻ろうって考えてるんじゃないかな」
「ど、どういうこと?」
園子は以前の夏凜の説明時にいなかった風と樹にその内容は手早く話した。
「……そんなことって」
「コギーがゆーゆの体のことを知っているなら、やりかねないと思うよ」
「そんなことさせないわよ!」
「私も、望乃さんのために!」
それを知った勇者部は望乃を探すため、夏凜の後を追って飛び出した。
夏凜は望乃を探しながら望乃の携帯に電話をする。しかし携帯の電源が切れているようだった。
友奈の現状を先に知り、友奈の苦しむ姿を見た望乃がどう行動するかなんて、夏凜には簡単に想像できた。望乃は人一倍他人を大事にし、自分が傷つくことよりも他人が傷つくことが耐えられず、誰かのためならば自分を犠牲にすることもいとわない。小木曽望乃はそういう人間だった。
「バカなこと考えんじゃないわよ……」
夏凜は電話を諦め、望乃を止めるために足を止めることなく走り続けた。
一方、望乃は勇者部の予想通り、友奈の家とは別の場所へ向かっていた。
夏凜に言った言葉は嘘だった。そうでも言わなければ一人になることなんてできそうになかったからである。望乃は心の中で夏凜や勇者部に何度も謝りながら歩いていた。歩いている内に目的地へ到着した。そこは歴代の勇者や巫女の墓がある墓場だった。そして望乃は二度訪れた三ノ輪銀の墓の前で立ち止まる。そして静かに一言言った。
「来たよ」
望乃が一言呟くと、目の前に神の使いが現れた。
「本当にまた会うことになるなんて思わなかったよ。やっぱり、ここに来れば会えるんだね」
「俺に会いに来たということは、決めたのか?」
「……その前に、いろいろと教えてくれないかな。あなたの知ってること全部、嘘偽りなくね」
「……まるで俺が嘘を吐いてるかのように言うんだな」
「だってそうでしょ? あなたが神の使いっていうのも嘘なんだから」
「なぜそう思う」
「私はもう気付いたんだから。あなたの正体は……私、だね?」
望乃のその言葉を聞いても、神の使いは黙ったままだった。望乃は構わず続ける。
「あなたの行動を見ればわかることだった。でもあなたが神の使いだって言うからそうなんだと思っちゃってたんだよ」
「……理由は?」
「きっかけはあなたが私に精霊のバリアを張った時。あれは失敗だったね」
「何かおかしかったか?」
神の使いは分からないと言うように少し首を傾げる。
「おかしいよ。あなたは言ったよね? 精霊の力を使えてもおかしくないって。つまりあのバリアは精霊の能力ということ。おかしいと思わない? 精霊のバリアは精霊自身にバリアを張るものなんだよ。精霊は自身にバリアを張って自身が盾になることで勇者を守っていた。バリアを他者に張るなんてことできないんだよ!」
「たとえ精霊のバリアがそうだとしても、神の使いの俺がそれを応用したとは考えなかったのか?」
「それができるなら、わざわざ精霊のバリアとは言わないよね? 私が『バリアは?』と聞いたにもかかわらず、あなたは精霊の力だと言った。それはつい出てしまったものなんじゃないかな?」
「……まあ、仮にそうだとしよう。でもそれだけで決めつけるのはどうかと思うぞ」
その言葉を聞いて、望乃はわずかに笑みを浮かべた。
「それだけじゃないよ。だってあなたが私なら、いろいろなことの辻褄が合っちゃうんだから」
望乃は一度大きく深呼吸をしてから切り出した。
「まずはその姿。あなたが私なら同じように園子ちゃんの記憶があるはず。私と違ってコピー元を選べたんだろうね。そしてその記憶の中で使えるとしたら銀ちゃんくらいだもんね。他の人はまだ生きているからね。あなたが私の前にしか現れないのも私にしか用がないから。私なら私に意思を伝えたり私のところに移動できてもおかしくない。多分私とあなたは見えない何かで繋がっているんだろうね。そして精霊に戻れっていうのは、私とあなたでまた一つの私に戻るということ」
望乃はそこまで言うと、大きく息を吐いた。
「何か異論ある?」
腕を組んで聞いていた神の使いは真上を見上げた。そして組んでいた腕を解いて、降参と言わんばかりに腕を小さく挙げた。
「俺はお前と言い合う気はないし、こんなことに無駄な時間を使ってる場合でもない。仕方がないから素直に答える。お前の言った通りだ。俺はお前だ。まあ、一応もう一度自己紹介をしよう」
そう言って薄く笑った。そして改めて自己紹介をした。
「俺の名は妖狐。小木曽望乃、お前から切り離された精霊の部分だ」