ある日、友奈の家に大赦の人がやってきていた。そして友奈に頭を下げていた。
「あ、あの、頭を上げてください。今日は何の用でしょうか」
「友奈様に急ぎお知らせしなければならないことがあります。私たちを三百年の間守ってくださった、神樹様の寿命が近付いております。神樹様が枯れてしまわれれば、外の炎から守る結界がなくなり、我々の暮らすこの世界は炎に飲まれ消えてしまいます」
「消え……る……」
「人間を全滅させるわけには参りません。全滅を免れ皆が生き伸びる解決法を、我々は見つけております」
「あの、これって勇者部全員で聞いた方が……」
「まずは、友奈様にだけお話を……皆が助かる方法は一つ。選ばれた人間が神樹様と結婚するのです」
「えっ、結婚? 結婚って……あの結婚ですか?」
「神との結婚を神婚と言います。神と聖なる乙女の結合によって、世界の安寧を確かなものとする儀式。それが神婚」
「あの、それだとみんな助かるん……ですか?」
「はい。神婚する事で新たな力を得て、人は神の一族となり皆永久に神樹様と共に生きられるのです。ご理解頂けましたでしょうか? 神婚した少女は、死ぬという事です。そして神婚の相手として、神樹様は友奈様を神託で示されました」
「な……何で私を……」
「心も体も神に近い存在。御姿だからです。私達大赦は人類が生き延びる為に、様々な方法を模索し続けてきました。そして、神婚という選択肢のみが残されたのです」
「私、友達を傷付けちゃって……」
「皆を慈しむ心。友奈様は素晴らしい勇者であると私は思います。その友達を、人間を救う事が出来るのは友奈様だけです」
「神婚したとして……その……人が神の一族になってずっと生きるって言うのは……」
「言葉通りの意味です。我々を神樹様に管理して頂く優しい世界……人は死んでしまえば終わりですが、神の眷属となり神樹様と共に生きていけば希望が持てます」
「それってみんな、ちゃんと人間なんですか?」
「神の膝下で確かに存在できます。信仰心の高い者から神樹様の下へ……どうか、この世の全ての人々をお救い下さい。慈悲深い選択を」
友奈は大赦の人に言われたことを考えて、勇者だから、どうせ祟りに消えてしまう命ならみんなのために使いたい、と神婚することを決めた。
朝、夏凜はいつもより少し早い時間に一人で登校していた。望乃がいない朝は、余るくらいに時間ができる代わりに静かな朝だった。
一人で登校する夏凜の近くに白い車が止まった。その車から出てきたのは園子だった。
「にぼっしー、一緒に登校しようぜ~」
「あんた、いっつも車で登校してるくせに何で……」
夏凜はそこまで言って気付いた。園子がわざわざ止まったのは望乃に関しての話があるからだと。それを理解した夏凜は園子の誘いを受けることにした。
しばらく肩を並べて歩いた後、園子が口を開いた。
「ねえにぼっしー、このままでいいの?」
夏凜はそれが望乃とのことだとすぐに理解した。
「別に、望乃なんか……」
「ゆーゆのことだよ?」
「え?」
夏凜がカーッと顔を赤くする。
「冗談だよ~。コギーのことで合ってるよ」
「あ、あんたねえ!」
「で、どうなの? 私はにぼっしーの本音が聞きたいな」
「……このままで、いいわけないでしょ。でもどうしたらいいのかわからないのよ。今まで、望乃と喧嘩とかしたことないし。私が言い過ぎたりして少し気まずくなった時も、いつも望乃から話しかけてきてたから……」
「念のために聞くけど、コギーに言ったあの言葉、本気で言ったんじゃないよね?」
園子が言っているその言葉とは、夏凜が望乃に最後に言った『大嫌い』という言葉のことである。
夏凜はコクンと頷いた。
「だからまずはそのことを――」
「コギーはあの言葉が本気じゃないってわかってるよ」
園子が夏凜の言葉を遮った。夏凜は驚いた表情で園子を見ていた。
「あの後、コギーに電話したんだよ」
園子はその時の会話を夏凜に話した。
『どうしたの? 園子ちゃん』
『コギー、さっきにぼっしーが言ったことなんだけど、本気じゃないと思うんだよ』
『うん、そうだろうね。夏凜ちゃんってけっこう勢いで言っちゃう時あるからね~』
『わかってたの?』
『これでも勇者部で私が一番夏凜ちゃんと付き合いが長いんだよ!』
『だったらさ……』
『園子ちゃんには悪いんだけど、仲直りするつもりはないよ』
『……これは命令だよ』
『それでも私の意見は変わらないよ』
『何で?』
『確かにね、悪いのは私。二人の約束を破っちゃったんだから、夏凜ちゃんが怒るのもわかるよ。私がやったことは、私と夏凜ちゃんの約束に対する裏切りだったんだから。だけど私は……夏凜ちゃん隣には相応しくないから。私には夏凜ちゃんと一緒にいる資格なんてないんだから』
『……また、人間じゃないとか精霊だとかそういう話?』
『それも半分くらいはあるよ。でも今話してることは違う。園子ちゃん、私はね……親友だって言ってくれた夏凜ちゃんに、何度も嘘を吐いたり、隠し事をしたりしてたんだ。しかも自分の意志で……。そんな私が夏凜ちゃんといていいわけがない。私はみんなが思ってるような良い子じゃないし、それどころか最低な人間、いや最低な精霊だったんだよ』
「そこでコギーは電話を切っちゃったんだよ」
園子は続けて言った。
「コギーは戻ったって言ってたけど、前と同じってわけではないと思う」
「どういうこと?」
「コギーが精霊に戻ったなら、主人は私のはず。前のコギーなら主人である私の命令は絶対的なもので、断ることなんてできなかった。だけどコギーは私が命令だって言っても断った。多分だけどさ、コギーはもう誰かの代わりでも、誰かに従ってるんじゃない。小木曽望乃っていう一人の人間なんじゃないかな。そう考えたら、何とかなるかもって思わない?」
「……そうね。望乃の思い通りになんて絶対させないんだから!」
そう言う夏凜の目には光が戻っていた。それを見て、園子は嬉しそうに笑った。
「ゆーゆのことも心配だけど、コギーは止められるのはにぼっしーだけだと思う。私も協力するからね!」
「あ、じゃあさ、一つ頼みがあるんだけどいい?」
その日の望乃は遅刻して学校に来た。望乃は髪が見えないほどにニット帽を深く被っていて、その帽子は授業中でも頑なに取ろうとしなかった。夏凜とも目を合わさないようにしていた。
そしてその日の放課後、勇者部は部室に集まっていた。望乃は夏凜と距離を離していた。
友奈は先日の大赦の人との話を勇者部に話した。
「いや怪しいでしょ! 何引き受けようとしてんの!」
「違うと思います!」
話を聞いて反応したのは風と樹だった。
「今のみんなの反応で分かるでしょ? 友奈ちゃんの考え方が間違ってる事が」
「東郷さん……」
「それにしても大赦め……。友奈! 私たちもついて行ってあげるから、ばしっと断りなさい!」
「場所は私が教えるよ」
「もう我慢ならない……」
「行くわよ! 一度潰した方が良い組織になるかもね」
「待って! 私は、神婚を引き受けるって……」
「その必要はないんだって!」
「だって、死ぬんでしょ?」
「友奈ちゃんがそんなことする必要はないよ」
「訳分からない! 生贄と変わらないじゃない!」
「神樹様と共に生きるって何なのかな……」
「少なくとも、今までと全く一緒ってことはないだろうね」
「とても幸せな事だとは思えないわ」
「でも! 私が神婚しないと、神樹様の寿命が来て世界が終わっちゃうんだよ!」
「神樹様の寿命は分かるけど、でも、だからって友奈が行く必要はないでしょ!」
「友奈ちゃんが行くくらいなら、私が犠牲になるよ」
「望乃はちょっと黙ってて!」
友奈は胸のあたりをギュッと抑えた。
「勇者部は人の為になる事を勇んで行う部活、でしたよね? これも勇者部だと思うんです……。誰も悪くない。世界を守る為に他に選択肢がないなら……それしかないなら……私は勇者だから……」
園子が友奈に近付いて、友奈の肩に手を置く。
「ゆーゆ、それしかないって考えはやめよう? 神樹様の寿命がなくなるまでの間に、もっと考えれば良いんだよ……」
「だめなんだよ……。考えるって言っても……私にも、もう時間がなくて……はっ!」
友奈は何かに気付いて、しまったと言うような表情を浮かべる。
「私たち知ってるわ。友奈ちゃんが天の神からの祟りで、体が弱っている事を」
「大体おかしいです! 何で友奈さん一人がこんな目に遭わなきゃいけないんですか!」
「でもね樹ちゃん。私は嫌なんだ……。誰かが傷付く事、辛い思いをする事が……。それが今回は、私一人が頑張れば……」
「だめよ! 友奈ちゃんが死んだら、ここにいる皆がどれだけ傷付いて辛い思いをすると思っているの! 私、想像してみたけど……後を追って腹を切っているかもしれない!」
「で、でも……東郷さんだって……みんなを守る為に火の海に行ったでしょ」
「そうよ! でも壁を壊した私の自業自得でもあるのよ! 友奈ちゃんは悪くないじゃない! 反対よ! 腹を切るわよ!」
「望乃ちゃんだって……」
「私はまあ、そうだね。でもだからって友奈ちゃんの言ってることに賛同するわけじゃないよ」
「私と前の望乃ちゃんは状況が似てるって言ってたでしょ。だったら、望乃ちゃんには私の気持ちが分かるんじゃないの?」
「状況は似てても全然違うよ。勇者の友奈ちゃんと精霊の私が同じ結果になっていいわけないでしょ。友奈ちゃんは死なせない。だって私はそのために……」
望乃はそこで言葉を切り、頭のニット帽を取った。
「――こうなったんだから」
「……え? その髪……」
「うん、私精霊に戻ったんだ。これを言ったら友奈ちゃん、自分を責めそうだから言わないでおこうって思ってたんだけど」
友奈は前に望乃と二人で話した時のことを思い出した。友奈は再び胸のあたりをギュッと抑えた。
「友奈さんが言うように、勇者は皆を幸せにする為に頑張らないといけないと思うんです」
「そうだよ。だから私頑張ってるよ……」
「みんなっていうのは、自分自身もそこに含まれているのよ! 友奈! 望乃も!」
「私も? あのね、風ちゃん。精霊っていうのは勇者を守るための存在なの。そんな私が勇者を守ろうとして何がおかしいの?」
「だから、精霊とかそういうのはやめなさいって!」
「ゆ、勇者部五箇条、なるべく諦めない! 私は皆が助かる可能性に懸けているんだよ!」
友奈が絞り出すように言った。
「あんたが生きる事を諦めているじゃない!」
「勇者部五箇条、なせば大抵なんとかなる! なさないと何にもならない!」
「友奈! 五箇条をそういう風に使わない!」
「私は、私の時間がある内に……私のできる事をしたいんです。だからこうしてみんなにきちんと相談しました!」
「これじゃ報告だよゆーゆ……。コギーもだけど、相談しなきゃ……」
「何で私にも……?」
「コギーはいつも事後報告だから」
図星をつかれて望乃はバツが悪そうに黙ってしまった。
「私は相談してるよ!」
「友奈……その……とにかく、無理すんな……」
「無理してないよ! 勇者らしく、私らしくしてるよ!」
「友奈! みんながここまで言って、まだ分からないの?」
「だから! 他の方法がないからこうなっているんです!」
「何で……何でこんな……喧嘩なんて……」
そこで樹が泣き出してしまった。
「私は……私には……本当に時間がなくて……」
その瞬間、友奈の目に勇者部の胸のあたりに烙印が見えた。そして友奈は部室から出て行ってしまった。
園子が勇者部を見ると、目を見開いて言った。
「コギーがいない!」
「え?」
その言葉を聞いて、望乃のいた場所を確認する。そこに望乃はいなくなっていた。閉めていたはずの部室の窓も開いていた。
「コギー、私たちがゆーゆに気を取られている間にそこの窓から出て行ったんじゃないかな?」
「望乃のやつ、また……」
「今のコギーは自由にバリアが使える。窓から出て行っても問題がないはずだよ」
「……望乃のところには私が行くわ」
「夏凜、あんた……」
「私からもお願いするよ。コギーを止めるにはこうするのが一番だと思うんだよ」
夏凜が望乃を止める方法を言い、風は渋々了承した。
「みんなは友奈をお願い」
夏凜はそう言ってから勇者に変身して、窓から出て行った。
部室を出た望乃は、人気のないところに移動して指を鳴らす。そうすると、望乃は園子の勇者服と同じものを着た姿になった。そしてそのまま壁の外の方へ向かう。
その近くに到着したその時だった。
「待ちなさい!」
後ろからそんな声が聞こえてきて、足を止める。その人物は望乃の前に着地する。
「……夏凜ちゃん」
それは現在喧嘩中の夏凜だった。
「望乃はこっちに来るって思ってたわ。望乃、あんたをこの先には行かせないわ」
「どうして夏凜ちゃん一人で来たの?」
「私がそう園子に頼んだのよ」
「夏凜ちゃんは友奈ちゃんを救いたくないの?」
「救いたいわよ。当たり前でしょ。でもあんたのことも失いたくない。あんたが友奈を死なせたくないのと同じよ」
「……夏凜ちゃん、私のこと嫌いじゃなかったの?」
「分かってるんでしょ? 園子に聞いたわ」
望乃は夏凜のいる壁の外の方へ歩を進める。
「友奈ちゃんは今すぐにでも神婚しようとしてると思う。友奈ちゃんがそんな結論をしちゃったのは祟りのせい。だから私が友奈ちゃんの祟りを消してみせる! たとえどんなことがあっても!」
「あんたがそうしたいならそうすればいい。でも……」
夏凜が刀を出して望乃の目の前に持っていき、望乃の足を止めさせる。
「私が力づくででも止めるけど。……望乃、この先に行きたいなら私を倒してから行きなさい」
夏凜は後ろに少し飛んで望乃と距離を離し、もう片方の手にも刀を出して構えた。
「勝負よ、小木曽望乃!」
「……わかったよ、夏凜ちゃん。夏凜ちゃんがそれを望むなら……勝負するよ」
そう言って望乃は自身の武器を出す。
望乃が出した武器は、園子の槍の刃の部分が夏凜の刀になっているものだった。
それを見た望乃は少しだけ笑みを浮かべた。
「先に言っておくけど、神の力を使うのはなしよ」
「だったら、夏凜ちゃんも満開使うのなしだよ~」
「分かってるわよ」
少しの間沈黙が続いた後、夏凜が仕掛けて望乃に刀を振るう。望乃がその攻撃をいとも簡単に防いだ。
こうして、望乃と夏凜の最初で最後の全力勝負が始まった。
次回は一番やりたかった、望乃VS夏凜です。
二人以外の出番はない予定です。