小木曽望乃は勇者である?~勇者の章~   作:桃の山

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小木曽望乃は

 倒れた夏凜に別れの言葉を告げた望乃は、当初の予定通り友奈を救うため夏凜に背を向けて壁の外へと歩を進める。自身の武器も消し、友奈を救う方法を考えていた。

 その時だった。

 

「ふざけんじゃ、ないわよ……」

 

 後方からそんな声が聞こえた。望乃がその方向に振り返ると、夏凜が突進してきた。

 

「望乃ーーーー!」

 

 考え事をしていた望乃は反応が遅れ、避けることができなかった。

 夏凜はその勢いのまま望乃とぶつかり、二人してゴロゴロと転がった。そして夏凜が上の状態で止まり、夏凜は体を起こして望乃に馬乗りになった状態となった。

 夏凜は肩で息をしていた。

 

「夏凜ちゃん、どうして……」

 

「言ったでしょ。あんたが次にどう攻撃してくるかくらい分かるって。あんたが最後にどこに攻撃するのかもね。防ぐ余裕はなかったから、体を捻ってダメージを減らしたのよ。それでも気絶しかけたけどね」

 

「……そっか~。私、勝ったって思っちゃったよ~」

 

 望乃はそう言いながら手に武器を出そうとしたが、夏凜に手を膝辺りで固定され動かせなくなってしまう。

 

「っ!」

 

「お見通しよ! どう? これで私の勝ちでしょ? 不意打ちで卑怯なんて言わないでよ。あんたが勝手に勝ったって勘違いしただけなんだから!」

 

 夏凜は望乃に笑顔を見せていた。

 

「そう……だね」

 

 反対に望乃は少し複雑そうな表情を浮かべていた。それを見た夏凜の表情は曇ってしまった。

 

「何で……」

 

「……え?」

 

「何で、笑わないのよ。勝負の後はいつも笑ってたじゃない。勝ち負けとか関係なく笑い合ってたじゃない」

 

「今回は状況が違うんだよ」

 

「違わない! あんたが何かで悩んでて、私が勝負を仕掛ける。今回だってそう! 勝負すれば、私が勝ってもいつもみたいに笑ってくれるって信じてたのよ! それなのに、何でそんな顔してんのよ。あんたはどんな状況でも笑ってたでしょ! どれだけ辛くても、笑ってたでしょ! だってそのために私は……。笑いなさいよ。いつもみたいに……笑え。笑えよ……」

 

「夏凜ちゃん……」

 

 しかし望乃が笑みを浮かべることはなかった。

 

「何よ……。せっかく、望乃に勝ったっていうのに、全然嬉しくないじゃない」

 

 そう言う夏凜の肩は震えていた。夏凜の瞳から涙がポトリとこぼれ落ちた。

 

「……まだ、笑えない。私は友奈ちゃんを救うまで……笑うことなんてできないよ」

 

「あんたの力で救ったらあんたが消えちゃうじゃない! ……私には、夢があるのよ」

 

「夢?」

 

 夏凜は手で目元の涙を拭ってから言った。

 

「そう、ちょっと恥ずかしいんだけど、言うわ。私の夢は……友奈と東郷と園子と、望乃と一緒に卒業することよ。……だから友奈は死なせないし、あんたも死なせない」

 

「私が精霊に戻った時点でそれは叶わないんじゃないかな?」

 

「そうとは限らないわよ。精霊に戻ったって言っても、『神の力』ってやつを使わなければ生きられるんでしょ? 実際あんたは二年生きてたんだし」

 

「……うん」

 

「だったら、あんたに絶対『神の力』なんて使わせない。少しでも長くあんたを生きさせる!」

 

「……私にもね、夢があったよ。二つ……。一つは勇者部と一緒に居続けたいっていう夢。この夢をなくしたくなくて精霊に戻るのを躊躇った。もう一つは勇者部のみんなに傷ついてほしくないっていう夢。その夢のために私は、勇者部のみんなが傷付くことなく笑って暮らせる世界にするって決めたんだよ!」

 

 夏凜は望乃のその言葉に、苛立ちを覚えた。

 

「もしかしてあんた、自分が消えても誰も悲しまないなんて思ってんの? 自分が犠牲になれば誰も傷つかないなんて思ってんの? ふざけんな! 友奈が助かったとしても、望乃が犠牲になったって聞いたら絶対傷付くわ。望乃が犠牲になって、笑って暮らせるわけないでしょ!」

 

「夏凜ちゃん。私が消えても誰も傷つかないなんて思ってない。勇者部のみんなはすごく悲しんでしまうことくらい、私でもわかる。でも、大丈夫なんだよ」

 

「何が大丈夫なのよ!」

 

「私が『神の力』を一度使ったら、私はその代償を払うことになる」

 

「代償って、前の私たちみたいな……」

 

「神の力を振るった結果だよ。精霊のくせに人間になろうとして、勇者でもないのに神の力を振るった者に相応しい代償。その代償は……『小木曽望乃の存在を完全に消滅させる』というもの」

 

「どういうこと?」

 

「簡単に言ったらね、前にみんなが美森ちゃんのことを忘れちゃった時があったでしょ? あの時とほとんど同じ。小木曽望乃が存在していた証も、記憶も、全て消える。美森ちゃんの時と違うのは、絶対に思い出せないっていうところ」

 

 夏凜は望乃の言う、その当時のことを頭に浮かべた。

 

「何よ……それ。あんた……それでいいの? 消えるのよ! 存在も、私たちの記憶も、何もかも!」

 

「もちろんだよ。美森ちゃんの時、忘れていた間はみんな楽しそうだった。結局は思い出して辛い思いをしちゃったけど、今回は思い出すことはないからみんな楽しく過ごせるよ。この代償は頑張って生きようとしていた私が苦しむ代償のつもりだったんだろうけど、私にとっては好都合だったよ。これで私が消えても、みんなが後悔したりして苦しむことがなくて済むんだからね」

 

「そんなの、偽りじゃない!」

 

「偽りなんかじゃないよ。だって私は人間として生まれられなかった存在。本来なら一緒にいるわけがない存在。だから、本来の形に戻るだけだよ。だって、小木曽望乃って言う人間は存在しないんだから」

 

 夏凜は望乃の肩を強く握った。

 

「……小木曽望乃っていう人間がいなくても、でも……出会っちゃったんだから! 同じ時間を過ごして、一緒に笑ってきたんだから……誰が何と言おうと望乃がいない勇者部は偽りなのよ!」

 

「でも夏凜ちゃん! この方法が、友奈ちゃんも、みんなも救える方法なんだよ」

 

 その言葉が夏凜をさらに苛立たせた。夏凜は望乃の胸ぐらを掴んで言った。

 

「あんたが、救われてないじゃない! あんたも、みんなの中に自分が入ってないじゃない! 生きることを諦めようとすんな! あんたも救われないと、何の意味のないじゃない!」

 

「これは仕方のない犠牲なんだよ」

 

「ふざけんな! 私はそんなの絶対に許さない! だって……もしも望乃の思惑通り、あんたを犠牲にして友奈を救えて、みんながあんたのことを忘れたら……消えたあんたが、望乃が一人になるじゃない! 私はあんたと友達になったあの日、決めたのよ。絶対にあんたを一人にしないって! たとえ何があっても、私は小木曽望乃を一人にさせてやらないんだから」

 

「……」

 

 望乃はとっくに力の抜けていた夏凜をどかして、夏凜に背を向ける。

 

「……でも、私は行くよ。勇者を守る精霊として、人間じゃない私を受け入れてくれた勇者部のために、私はやらないといけないんだよ」

 

 望乃はそう言って前に進む。しかしすぐに望乃の足は止まってしまった。夏凜が立ち上がって右手で望乃の腕を掴んだのだ。

 

「逃げてんじゃないわよ」

 

「逃げてるって……誰から?」

 

「私たち勇者部からよ。人間じゃないだとか、精霊だとか、いろんなことを言い訳にして私たちから逃げてるじゃない。確かにね、私は精霊じゃないから望乃の本音がどうなのかとか分かるなんて間違っても言えない。でも……一つだけ分かるわ」

 

 どこか覚えのある言葉に、望乃は思わず振り返った。振り返った先の夏凜は、望乃に微笑みかけていた。

 

「一人は……寂しいじゃない。あんたが消えるその時まで、望乃の隣にいさせてよ」

 

「…………夏凜ちゃん、それずるいよ」

 

「元々あんたが私に言ったことでしょ」

 

 望乃は再び夏凜に背を向けた。

 

「私は……みんなのために……」

 

「望乃はどうしたのよ」

 

「え?」

 

「ずっとみんなのため、みんなのためって、小木曽望乃の気持ちはどこにいったのよ! 答えなさい! あんたはどうしたいの? もっと私たちと一緒にいたいとか思わないの? あんたの本音を教えなさいよ! 私ばっかり言って不公平よ。だから、言いなさい! 本当はどうしたいの?」

 

「…………そんなの決まってるよ」

 

 望乃が再び振り返ると、望乃の目には涙がたまっていた。

 

「そんなの……みんなと一緒にいたいに決まってるよ! でも、でも……私がやらないといけないんだよ! 美森ちゃんの時、私だけ知ってたのに、それを言わなくて……みんなが思い出す前に言っていれば良かったんじゃないかって! 友奈ちゃんも、気付いた私が力になっていたら良かったんじゃないかって! 私が、みんなといたいなんて思わず、もっと早く行動してたら、美森ちゃんも友奈ちゃんも、あんなに苦しまなくても済んだんじゃないかって! 私のせいだ、私のせいだって、ずっと後悔してた……。だから、私がやらないといけないんだよ! 本当は、みんなともっともっといろんな楽しいことをしたい。だけどそういうのを全部押し殺して……自分は犠牲になるべき存在なんだって何度も自分に言い聞かせてたのに……何で夏凜ちゃん、思い出させちゃうの? そんなことしたら、もっとみんなと一緒にいたいって思っちゃうじゃん! もっと生きたいって思っちゃうじゃん!」

 

 望乃は大粒の涙を流していた。涙を流す望乃を、夏凜はそっと抱きしめた。

 

「思っていいのよ。望乃のせいじゃないから、犠牲になる必要なんてどこにもないわ。友奈はみんなで助ければいい。だから、一人で抱え込むのはやめなさい」

 

 そう言った後、夏凜はくすりと笑った。

 

「園子の言った通りだったわね。あんたはもう、誰かの代わりじゃなく、小木曽望乃っていう人間なのよ」

 

 望乃は少しの間夏凜の胸で泣いていた。

 望乃が泣き止むと、静かに言った。

 

「私ね、勇者になりたかったんだと思う。友奈ちゃんや、美森ちゃんや、風ちゃんや、樹ちゃんや、園子ちゃんや、夏凜ちゃんそして、銀ちゃんみたいな勇者に……」

 

「……バカね、あんた」

 

「そうだよね、なれるわけないのにね」

 

「違うわよ」

 

 夏凜は望乃のデコピンをした。

 

「何するの~」

 

「聞きなさい。今も昔も、私にとっての一番の勇者は……望乃、あんたなのよ。私からしてみれば望乃はとっくに勇者になってるのよ」

 

 夏凜は顔を真っ赤にして言った。

 夏凜はずっと言えなかったことを望乃に伝えた。時間がたてばたつほど言うのが恥ずかしくなってしまい、今の今まで胸の内にしまい続けていたことを。

 

 夏凜にとって、小木曽望乃は勇者である、ということを。

 

 夏凜の言葉を聞いた望乃は、心底嬉しそうに笑って、勇者部と一緒に友奈を救うことを約束した。

 勇者部と合流することになった二人は、夏凜のスマホで位置を確認して、その場所へとやってきた。そこは歴代の勇者や巫女の墓がある墓場だった。

 そこには友奈以外の勇者部と、大赦の人がいた。

 

「望乃!」

 

「コギー、心配したんだから」

 

「ごめんね」

 

 望乃が一言謝った後、望乃と夏凜は話していた内容を軽く説明された。

 友奈は今大赦にいること、友奈の祟りを祓う方法はないこと、友奈はすでに神婚の儀に入っていること、そこにある多くの墓に眠る子供たちを犠牲にして生き延びてきたこと、それがこの時代における人の在り方であること。二人はその事実に衝撃を受けた。

 

「話を戻します。あなた達のクラスメイトは、その友達は、家族は、もうすぐ来る春を待ち遠しく思いながら、家でうどんを食べて、温かい布団で寝て、今日も平和な日常生活を送っている。少々の犠牲……このやり方で大部分の人達が幸せに暮らしているのです」

 

「それなら……それなら、あなた達が人柱になれば良いのに!」

 

「出来るものなら、そうしています……だが、私達では神樹様が受け入れない」

 

 その時、望乃以外のスマホから大音量のアラームが鳴り響いた。そしてそれと同時に大きく地面が揺れた。

 

「もう来るとは……あなた達の出番です。天の神は、人間が神の力に近付いたことに怒り、裁きを下したと言われています。人間が神婚するなんてもってのほか」

 

「バーテックスが……来る!」

 

「いいえ」

 

 その時、空が暗くなり、無数の穴が開いた。そして、その穴から謎の巨大なものが現れた。

 

「現実の世界に敵?」

 

「て、敵……なの? 何なのあれ……」

 

 勇者部は突然現れたものに混乱していた。

 

「神婚が成立すれば人はもう神の一族。人でなければ襲われない。これで皆は神樹様と共に平穏を得ます」

 

「人でなければ?」

 

 園子がちらっと望乃を見た。それに気付いた望乃が言った。

 

「多分私はダメだと思うよ。なんたって私は、精霊の分際で人間になろうとした愚か者だって神に嫌われてるみたいだからね」

 

「私の思ったことはそうじゃないよ。思ったんだけど、神婚が成立したらコギーはどうなるの?」

 

「人でない小木曽望乃が神の一族になることは普通ならありえません。しかし彼女の場合、どうなるか我々にも分かりません。ですが、小木曽望乃がどうなるとしても気にする必要はありません。なぜなら彼女は所詮、精霊という名の物体に過ぎないからです。彼女に魂なんてものはない。勇者を守るための精霊なのに、主人から離れた彼女の価値はゼロに等しい。そんなものに感情移入したところで、何の意味もありません」

 

 その言葉に、勇者部が怒りを露わにする。しかし大赦はそれを無視して言った。

 

「話がそれました。これが最後のお役目。敵の攻撃を神婚成立まで防ぎ切りなさい」

 

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