望乃がやってきた場所は今まで壁の外と呼んでいた場所。先ほどの攻撃を天の神にぶつけた結果、炎の世界は消えつつあった。しかしこの炎が一瞬で全て消えるようではなかった。少しずつ消えていってはいるものの、友奈が死ぬ危険はまだ残っていた。
そこで望乃の出番である。望乃に残された『神の力』を使ってこの残った炎を何とかする。天の神が関与していない炎を消すことくらいなら可能な範囲だった。
これが、望乃が最期に行おうとする後始末なのである。
「最後の仕事が後始末だなんて、精霊らしいね」
これが終われば自分も力を使い切り、消えることになることは分かっていた。それでも望乃は笑ってみせた。
「私が生まれて約三年、特に勇者部に入ってからの約一年は、短いようで長かった。本当に楽しかった。もう、悔いはないよ」
「それは、嘘だな」
突然聞き覚えのある声が聞こえた。
「……まさかまたあなたと話すことになるなんて思わなかったよ」
望乃の隣に精霊の姿の妖狐が現れた。
「俺も思っていなかったよ。一つ聞いていいか? お前、結城友奈と別れる時に『またね』って言っただろ? 今までは『バイバイ』だったというのに。どうしてだ?」
「……何でだろうね。銀ちゃんに憧れてたから、つい言っちゃったのかな」
「……そうか」
「それで、何が嘘なのかな?」
「悔いがないって言ったことだ。お前は三好夏凜に言ったように、未だに生きたいと思っているのだろう?」
「……何でそう思うの?」
「何で? 今回の嘘は誰でも見破れる。なぜなら、悔いがない奴がそんなに涙を流すわけがないだろ」
そう言われて望乃は気付いた。自分の両目から大量の涙が流れていることに。
望乃は涙を拭いながら言った。
「たとえ悔いがあっても、もう私には時間が残れされていないんだよ。だったら私は、友奈ちゃんを救って消えたい!」
「正直俺も、満開の代償があれほど大きくなるとは思っていなかった。俺のせいでもあった。だから、最後の選択を与える。小木曽望乃、お前は……生きたいか?」
「そりゃあ、生きたいよ。みんなと一緒に生きたいよ。でもそれができないから……」
「もしも、それが可能だとしたら?」
「え?」
「お前が生き続けられない理由は一つ。満開の代償による生命力の低下だ。だがこの代償は『精霊』が受けるものだ。お前が完全に精霊でなくなれば、お前が受ける必要はなくなる」
「そんなことが、できるの?」
「さあ、どうだろうな。俺も以前は考えもしなかったことだからな。だが、『神の力』はお前の一部である俺にも備わっている。それを使えば、お前が今からやろうとしていたことも、お前を完全に精霊でなくさせることもできるんじゃないかって思ったんだよ。お前は精霊に戻る前の状態に戻るようなものだし、お前が受けた代償は俺が受けることになるだろう。まあ、俺だけでは『神の力』は使えないからこいつらの力も借りるつもりだけどな」
妖狐はそう言って片手を挙げた。そうすると、望乃の目の前にかつて勇者の満開によって生まれた精霊たちが現れた。その数は妖狐を合わせて三十二体だった。
「で、でも、何で突然そんなことを……?」
「……俺は前に、お前のことを『人間に限りなく近い別の存在』だと言った。実際、人間とお前では体の構造が違う。しかしお前と一つになって、お前の見てきた世界を見て、お前の持つ感情を肌で感じて、考え方が変わった。自分がどれだけ間違えても叱ってくれる人がいて、一緒に笑い合えて、心配してくれて、本気で大切にしてくれる人がいて、何より帰りたいと思える場所がある。それが、人間なのだろう。だったらお前はもうとっくに人間なんだよ。そんなやつを消えさせるわけにはいかないな」
「だけど、私は銀ちゃんみたいに……!」
「三ノ輪銀みたいに、何だ? 誰かを救いたいと言うのか? それならお前はもう十分救っている。それとも、三ノ輪銀のように死にたいなんてことを言うんじゃないだろうな。お前も分かっているだろ。三ノ輪銀もそれ以前の勇者も元々はただの女の子だった。死にたいなんて思ったやつは誰もいなかったはずだ。少しでも長く生きようとしろ。それがお前の役割だ」
妖狐は望乃に背を向けて続けて言った。
「正直な話、俺たちはお前が羨ましかった。人間でない存在として生まれながら、人間と同じようにいられたお前が。決して対等になることなんてできない俺たちと違って少しずつ対等になることができたお前が。精霊では得られないはずの感情を持てたお前が。羨ましかった。俺たちの代表として生きてほしい。それが俺たち精霊からの最初で最後の頼みだ」
そうして妖狐は、精霊の姿から銀の姿に変えた。
「私が生きるにはあなたたちの犠牲が必要なんでしょ? それでもいいの?」
「精霊には帰る場所なんてない。だがお前は違う。お前には帰る場所も、お前を迎えてくれる友もいる。俺たちのことを想うのなら、お前はそこへ帰るべきだ」
「本当にいいの? そんなこと言われたら、私本当にみんなのところに帰っちゃうよ。だって、私だってみんなともっともっと一緒にいたいもん!」
「いいって言ってるだろ。お前は、小木曽望乃が望んだみんなで笑って暮らせる世界に帰れ。そうしないと許さないからな!」
そう言って妖狐は望乃に抱き付いた。
「何してるの?」
「お前の精霊を回収してる」
しばらくすると妖狐は離れ、望乃は神々しい姿から制服に変わり、髪が黒髪になっていた。代わりに銀の姿をした妖狐が神々しい姿になっていた。
「よし、完了! 成功だな。それにしても、よくこんな変なことよくやってたな、お前」
「変なことじゃないよ、それに勇者部のみんなにしか抱き付かないよ」
「そうか。じゃあ、ここでお別れだな。まあ、幸せに暮らせ」
「うん。いろいろありがと」
「気にするな。俺が送ってやるよ。……あっ、待って。最後に一つだけ」
妖狐は望乃の方を向いて言った。
「望乃……だっけ? 園子と須美のこと、よろしく!」
その言葉と共に笑ったその顔は、望乃の記憶にある銀と全く一緒だった。
「まさか、銀ちゃ……」
「望乃ちゃん!」
その時、望乃が消えてから望乃を探していた、手を伸ばしながらやってきた。
「望乃ちゃん! 私は東郷さんやみんなに助けてもらった。だから望乃ちゃんのことも助ける!」
「友奈ちゃん、私帰るよ」
「じゃあ、一緒に帰ろう!」
友奈は望乃に手を差し出した。
「……うん!」
望乃はその手をぎゅっと握った。
そこで二人は送るために妖狐に眠らされた。
望乃が去った後、妖狐は独り言を言っていた。
「コピー対象にしているからか? まさか少しとはいえ、霊体に身体を乗っ取られるとはな……。勇者の凄さを最後に身に沁みた気がするな。……悪いな、小木曽望乃。俺は最期に一つだけお前に嘘を吐いた。お前を待っているのは、笑って暮らせる世界ではなく、本来お前が見ずに済んだはずの世界だ。それでも、お前なら何とか前に進めるだろう。そう、信じている」
そうして、妖狐は少しだけ笑ったのだった。
戦いが終わった勇者部は円形になって倒れていた。
「帰って……来た?」
世界はこれまで通りあった。妖狐の使った『神の力』により、炎の世界は完全に消え、それと同時に神樹様も消え去った。そしてそれにより、友奈の烙印も消え、友奈が死ぬこともなくなった。
「みんな……みんな、ごめんね」
友奈が涙を流しながら謝る。夏凜も涙ぐんで言った。
「私こそ、ごめんなさい」
「おかえり、友奈」
勇者部は友奈を見て微笑んだ。
「……ただいま!」
「ねえ、ゆーゆ」
友奈が落ち着いてから園子が聞いた。
「ずっと気になってたんだけど、ゆーゆと手を繋いでる子って誰かな?」
友奈は黒髪でおかっぱ頭の女の子と手を繋いでいた。その女の子は友奈と手を繋いだまますうすうと眠っていた。
「えっと……誰だろ?」
「友奈、あんた知らないやつと手を繋いでたの?」
「ていうか、その子何で裸なのよ!」
風が未だ繋いだままの手を離して制服の上着を羽織らせる。
「この子、見た感じ小学生よね。何でこんなところに……」
「ここにいたってことは、その子も勇者だったんじゃ……」
「でもさっきの戦いにいたんだったら、誰か見てるんじゃないの?」
「もしかして、神樹様の生まれ変わりとか?」
「その可能性が高いかしら。友奈ちゃんと手を繋いでたのは謎だけど……。それにこの子、そのっちに似てる気がしませんか?」
「言われてみれば、確かに……。友奈は本当に覚えがないのよね?」
「はい」
「まずはその子を病院に連れていこうよ。目を覚ましたら何かわかるかもしれないしね~」
「そうね」
勇者部は立ち上がった。女の子は風がおぶって連れて行くようだった。
友奈が立ち上がろうとした時、何かが落ちた。それを拾うと、見覚えのないヘアピンだった。
「ん? 友奈、そんなの付けてたっけ?」
「ううん、私のじゃないと思う。初めて見たから」
「私も知らないわね。誰のかしら」
「分かんない。でも、何でだろ……。持っていないといけない気がするんだ」
「友奈、夏凜! 早く行くわよー!」
風が二人を呼ぶ。友奈はそのヘアピンをしっかり握って、夏凜と一緒にみんなの元へ行った。
勇者部はその女の子の名前も、どういう人物だったのかも、同じ部の仲間であったことさえも、忘れてしまっていた。
小木曽望乃を知る者は一人もいなくなってしまっていた。