放課後、勇者部はいつも通り部室に集まっていた。そこで夏凜が文句を言っていた。
「もう、こんな寒い時に何でエアコンが壊れるかなあ。望乃も怪我するし」
「怪我って、大丈夫なの?」
「大丈夫だよ~。ちょっと包丁で指を切っちゃっただけだから~」
「私も急に電灯が切れてとても困ったの」
東郷もそのように言う。風と樹も、樹がカギを落として寒空の下二人で探していたという。遅れてきた園子も、右手をポットでやけどしたようだった。友奈だけは何もなかったようだった。
「ふう、そろいもそろって師走にろくなもんじゃないわね。厄払いにでも行った方がいいんじゃない?」
「ちょっと、縁起でもないこと言わないでよ」
「友奈ちゃんは何もなかった?」
東郷が心配そうに友奈に聞いた。
「うん! 平気」
「良かった。友奈ちゃんにまで何かあったら、いよいよ怪しいものね」
望乃はやはりぎこちなく笑う友奈を見続けていた。
「はいはい。それじゃあそれじゃあ、それぞれ持ち場に着けー」
風がパンパンと手を叩きながら指示する。
「はーい」
「あの、風先輩! ちょっといいですか?」
友奈がそう言って風を外へ連れて行った。
「友奈、どうしたのかしら」
「……相談じゃないかな。よいしょ!」
「ちょっ、何座ってんのよ!」
座った夏凜の足に突然望乃が座る。
「うん、いい感じ~」
「全然良くないわよ!」
勝手にくつろぐ望乃を、夏凜はどかした。
「あんたもちゃんと仕事しなさいよ!」
「は~い」
持ち場に移動した望乃は誰にも聞こえないようにボソと呟いた。
「……考えすぎならいいんだけど」
部活が終わり、帰宅した望乃は夏凜に包帯を交換してもらう。
「エアコン、何とかしないといけないわね」
「夏凜ちゃん、今日こそ、あったかいもの作るよ~」
「あんた、手怪我してるでしょ」
「大丈夫だよ~」
望乃が怪我をしていない方の手の親指をグッと立てる。望乃が台所へ向かおうとした瞬間、望乃と夏凜の携帯が音を鳴らした。
「え?」
先に確認した夏凜が驚きを見せていた。望乃も確認するため携帯を手に取る。樹から勇者部に向けてメッセージが来ていた。
『今、病院です。お姉ちゃんが車にはねられてしまって。私どうしたらいいか』
「病院に向かうわよ……って望乃!?」
すぐ行くとメッセージで伝えた夏凜は望乃に呼びかける。メッセージを見た望乃は、夏凜が今まで見たことがないほど動揺していた。そして望乃は携帯をベッドに放り投げて家を飛び出した。
「ちょっと、望乃!」
夏凜は望乃の携帯を拾って望乃の後を追いかけた。
病院にやってきた望乃は、到着してすぐに樹に詰め寄った。
「樹ちゃん! 風ちゃんは、風ちゃんは大丈夫なの? 風ちゃんは」
「え、ええっと、あの」
詰め寄られる樹は望乃の勢いに答える隙がなかった。聞き続ける望乃は誰かに引き離された。
「コギー、落ち着いて」
そう言われた望乃は少しだけ冷静になった。風の状態はまだ分からないようだった。
その後ろからやってきた夏凜に望乃は叱られた。
「携帯くらい持っていきなさいよ!」
「ごめん」
その後東郷、友奈もやってきて六人で黙って待つことにした。その中で友奈だけが一際暗い顔をしていた。望乃はそれに気付きながらも、声を掛けることはできなかった。しばらくすると、風がストレッチャーに乗った状態で出てきた。
「いやー、まいったまいった」
それぞれが風に声を掛ける。
風の無事な姿を見て安心する勇者部の中で、友奈は暗い表情のままだった。そして望乃も、少し浮かない表情だった。
風と樹を除いた五人は肩を並べて帰路に就いていた。
「命に別状はなかったものの……」
「精霊は何をしていたのかしら。もし皆の身に何かあったら私、きっと正気じゃいられない」
「東郷……国防仮面もブラックホールももうなしだからね」
黙って夏凜の隣を歩いていた望乃はふらっと傍から離れようとする。しかし夏凜に腕を掴まれて止められてしまう。
「どこに行く気よ」
「……」
「バカなことは考えないで」
「どうしたの?」
望乃と夏凜のやり取りにハテナを浮かべる。夏凜は先日望乃から聞いた話をそのまま伝えた。
「ということは、望乃ちゃんまさか……」
望乃はどこかへ行こうとするのをやめ、勇者部の方へ顔を向けた。望乃は深刻そうな表情を浮かべていた。
「……美森ちゃん、さっき言ったよね? 精霊は何をしていたのかって。精霊はちゃんと機能していたはずだよ。なぜならそれが精霊の絶対的な使命だから。精霊がちゃんと機能していたにもかかわらず風ちゃんはあれだけの傷を負った」
「精霊でも防げなかったってこと? そんなことってありえるの?」
「わからない。本来ならありえないんだけど、新システムになってるからそこまではわからないよ。でも、確かめる術はある」
「コギーが精霊に戻ればってことだね」
望乃はコクンと頷いた。それを聞いていた夏凜が望乃の腕を掴む力を強くした。
「あんた、そんなことのために……」
「そんなことじゃないよ!」
望乃は夏凜の言葉を大声で遮った。珍しい望乃の叫びに、勇者部は驚きを隠せなかった。
「……そんなことじゃ、ないんだよ。次もしも何かあって、風ちゃんくらいの傷じゃ済まないかもしれないんだよ。もしかしたら死んじゃうかも……。そんなことになったら、私、私……」
望乃は非常に取り乱していた。震えた声で言い続けていた。
『死』という言葉は望乃にとって恐怖そのものだったのである。
「落ち着きなさいよ! こんなこと何度もあるわけないでしょ!」
「だって、だって……」
夏凜が怯え続ける望乃を抱きしめてしばらく経つと、望乃は疲れたのか、子供のように眠ってしまった。
結局、望乃の問題は保留ということになり、寝息を立てる望乃は夏凜がおぶって帰ったのだった。
クリスマスイブ前日の夜。望乃は軽く部屋の掃除をしていた。
あの後、望乃は夏凜に怒られた。そして再び精霊に戻らないことを約束した。しかしそれだけでは信用ならないため、勇者部で望乃をなるべく一人させないことになった。一人にさせてしまえばまた精霊に戻るなんてことを考えかねないからだ。
望乃自身も冷静になり、気が動転しちゃってたな、と反省していた。
望乃が押し入れを開けると、小さい袋状の物が入っていた。それはプレゼントのように包んであった。望乃に心当たりがないため、消去法で夏凜のものだと分かった。
望乃は夏凜を呼び出し、それについて尋ねた。
「ねえ、夏凜ちゃん。これ、何~?」
そう聞かれた夏凜は、しまったと言わんばかりに頭を手で押さえた。
「見つかったなら仕方ない。それ、あんたへのプレゼントよ」
「プレゼント?」
「そう。ちょっと早いけど、開けてみなさい」
望乃がハテナを浮かべながらそれを開けると、中にはヘアピンが入っていた。それを見た望乃がさらにハテナを浮かべて夏凜に説明を求めた。
「勇者部ってみんなどこか髪を結んでるでしょ? でも望乃だけ何もしてないからあげようと思ったのよ。初めはリボンをあげようかと思ったんだけど、あんた髪短いし伸ばす気もないって言うからピンにしたのよ」
「へ~。私、園子ちゃんと違ってそういうことよくわかんないから何もしてなかったんだよね~」
望乃が嬉しそうにヘアピンをじっくり見る。
「まあ、私もそんなに知らないんだけど」
夏凜が照れくさそうに頬をポリポリと掻く。
「夏凜ちゃん、これつけて~」
「は? そんなの明日にしなさいよ」
「明日まで待てないんだも~ん」
夏凜は仕方なく望乃の前髪の左側にヘアピンを付けた。付け終わると望乃はすぐに鏡で確認しに行った。そしてすぐに夏凜の元に戻ってくる。
「えへへ~。夏凜ちゃんありがとね~! 大切にするね」
翌日。望乃は夏凜と東郷と共にサンタの帽子をかぶって風の病室へ訪れていた。
「望乃、可愛いヘアピンつけてるじゃない」
「夏凜ちゃんにもらったんだ~」
「前に相談してきたやつね。夏凜がどうしてもって言うから聞いてあげたやつ」
「ちょ、それは言わないでよ!」
「私も相談されました」
「あっ、私も」
東郷と樹が手を挙げて主張する。
「言うなって言ってんでしょ!」
「みんな、ありがとね~」
すると、東郷が周りをキョロキョロと見る。
「あれ? 友奈ちゃんは? 先に来てると思ったんですけど」
「私探してくるよ~」
「あっ、それなら私が……」
東郷の言葉を聞く前に望乃は病室を出て行ってしまった。
「望乃ちゃん一人で行かせて大丈夫?」
東郷が夏凜に確認する。
「そんなに遅くならないでしょ。これで帰りが遅いようなら連れ戻しに行くわ」
夏凜はなんだかんだ望乃を信用しているようだった。
病院を出た望乃は能天気に辺りを探す。しばらく探すと友奈らしき人物を発見した。友奈は転んでしまっているようで、駆け寄ろうとするが途中で足を止めてしまった。
友奈は泣き叫んでいた。
望乃は今起こっている出来事ほとんど把握していた。
東郷にはあのように言ったが、勇者を守る存在である精霊が防ぎきれないことなんてないに等しかった。それができるとすれば、神くらいのものだった。そして今回のことで友奈が自分の身に起こっていることを伝えようとした相手に不幸が訪れる。そこまで分かっていたが、不幸が訪れる理由が友奈が言おうとすることなのか、その内容を誰かが言おうとすることなのかが分からなかった。
今の望乃には泣き叫ぶ友奈をただ見てることしかできなかった。そしてそんな自分がこれ以上ないほど嫌になった。
望乃には夢が二つあった。一つは勇者部と一緒に居続けたい。もう一つは勇者部を傷ついてほしくない。
そして望乃には選択肢が二つあった。一つはこのまま友奈が傷ついているのを黙って見ている選択。もう一つは夏凜との約束を破って精霊に戻る選択。
必ず夢のどちらかを捨てなければならない。
それでも友奈のために精霊に戻るべきだと思うが、それを止めるのは夏凜との約束。自分はどちらを取るべきなのか、望乃には分からなかった。
ようやく三話まで終了です。