「アッハッハハッハ!」
人は、昔のことを夢に見ることがある。
それは、自分の大切な思い出であることが多いというけれど、私はあんまり信用していない。
それが本当に大切な思い出なのかどうかは、実際よくわからないからだ。
私も、よく見る昔の夢がある。
ベガと幼い頃、ちょうどハンターの学校に入った頃に、教室の外で見える霊峰を見ながら話したことだ。
その頃私たちは故郷のユクモを離れて、とある都市の学校に通っていた。
周りは知らない人だらけで、気候や風土も全然違っていたけれど、ベガがいたのであんまり苦ではなかった。
友達もたくさんいたけど、まあ幼馴染とは不思議なもので、やはり奴といるのが落ち着くのだ。
そんなわけで、その夢の中の私も、ベガと喋っていた。
私は話す。
「私はハンターになって、村のみんなを守りたい。」
「流石。その信念は昔から変わんないなあ、頭キラキラガール?」
手を叩いて笑うベガに、思い切り皮肉を言われた。
「あんた、バカにしないでよね。」
「バカにはしてないよ、むしろ尊敬してんだって。」
その軽いノリにムカついて、言い返した。
「んじゃ、あんたは何のためにハンターやろうとしてんのよ。」
その問いで、いつもハンターの試験では勝った事のない私が、久々に彼を困らせたことに、すごく優越感を感じたのを覚えている。
「俺?んー、何だろ?」
「何かを守るのがハンターなんだから、そんくらい決めときなさい、大事なことじゃない。
何かを守らないのに、何かを殺す。それは狩じゃなくて、ただの殺戮よ。
正義のためなんだから、そういうのは大事じゃない。私たちは生き物を殺すんだから。」
「そーだねぇ、何だろ。」
うーん、とうなって、それから笑って、ベガはこう言った。
「まあ、俺の守りたいものって言えば・・・」
その時、風が吹いた。
ユクモとは違う、都市の人の匂い。その今まで味わった事のない匂いの感情が、ベガの言葉を上書きしていく。
その先はいつも続かない。その答えは、今までずっとわからないままだった。
ユクモの温泉がこんなに恋しい朝は今までになかった。
降り続く雨。季節は夏も終わろうとしている頃だ。
本来、この時期のユクモ周辺は気候も良く、晴れ晴れとしているというのに。
この異変が解決されなければ、この降り続く雨も止まないのだろう。
その中心にいるのはおそらく、古龍アマツマガツチ。
私も、名前くらいしか知らない。
神話や伝承の類を信じたことはないけれど、そういう噂の多いユクモにいれば、嫌でも知る名前だ。
初めは、嘘だと思った。そんなモンスターが、いるはずがない、と。
伝説の中の産物だと思っていた。
でも、明らかに普通でない最近の事情。もはや嘘だとは言っていられない。
そして、モンスターが操られている。
アマツマガツチというモンスターが、何者かに操られているーーー
そんな物語を描くのは、容易なことだった。
そして、暴れているだろう伝説の古龍を相手にするために、王都メゼポルタからの援軍を待っている現状。
我々のような小さなギルドのハンターのできることなんて、被害不拡大くらいしかないだろう。
つまり、今は特異個体のナルガクルガ狩猟が至上命題、と私は一旦整理する。
相手は強い。ただ、こっちも負けはしない。
目の前の相手に集中しなければ。
サツキは、さっき無事に村に帰ったと聞いた。ウラジの医者が見ているらしい。
だいぶ落ち着いているが、昏睡が続いているようだ。
サツキのことは心配だが、そうも言ってられない。
振り向けば、着々と準備を進める懐かしい顔ぶれがいるのだから。
久々に揃った「清流」のメンバー。
10年前、小さなギルドで始まったユクモギルドで生まれたこのチーム。
今では全員のランクが250を超えている個々の力で奴に遅れをとることはないだろう。
ただ、相手が何をしてくるのかはわからない。
「準備できたか?作戦を立てるぞ。」
私はリーダーだ。このメンバーを無事なまま、クエストに勝って帰らせる必要がある。
3人も私の周りに集まる。セリアの傷も回復薬の効果ですっかり良くなり、とりあえず全員戦える状態ではあるだろう。
「さて、どーしますかね。」
ベガが口を開いた。
「相手が何をしてくるかわからない以上、むやみな突進は禁物。二段階旋回で一気に距離を詰めたり、離したりすることもできるのだから、距離感が大切になるだろうな。」
「私たち、一緒に動いた方がいいよねー?」
「そうだな、それがいいと思う。基本的には、セリアとセレオが二人。ベガが一人で行動。相手の逆をとり、危険な正面側じゃない方が攻撃。ただ、尻尾叩きつけ攻撃があると思うから油断は禁物。そこは集中力次第だろうな。」
「ま、そうなるだろうね。」
「あと、もう一つ。秘伝書について。みんな、それぞれ秘伝書武器を背負ってると思う。」
鬼の双子と呼ばれた二人は双剣。そして、ベガは大剣の秘伝書を持っている。私は当然太刀。
一応、他にも持ってる武器はあるが、私の本気の武器は今背負う、太刀だ。
背負っているのは前科のハプルボッカから作った特注品。
背中にあって一番しっくりくる。
「使い所は許可を出すまでダメだ。ベガはあまり反動なく使えるだろうが、私たちは使えばそのあとしばらくは疲れちゃって動けなくなるだろうしな。」
「りょーかい。」
「最後に一つ、絶対狩猟しよう。」
そんなありきたりだが、当時の言葉で話を終えた。
当時命の賭け方すらわからなかった私たち。
考えてたことは、絶対に狩猟する、という何でもない意気込みだけだった。
私たちは、立ち上がった。
4人合わせて、1210のハンターランク。
メゼポルタのギルドにおいても、文句ないのではないか。
間違いなく、この4人が、「最強」だ。
「そんじゃ、サツキちゃんの敵討ちとしましょうかね。」
ベガの軽いノリとともに狩りに行くのもいつ以来だろうか。
昔からこういう奴なのだーーー。
「クエストを、始めるぞ!」
昨日のリュウとの話では、おそらくナルガクルガは自分の縄張りに戻るのでは、という話があった。
体を休め、受けたダメージを回復したい、狩ったケルビに手をつけていなかったところから見るとそこは縄張りを外れている・・・と。
見事な推理力だと思う。
じゃあナルガクルガの縄張りはどこかと言えば、それは水没林の奥、我々が4番地点と呼んでいる場所のあたりだ。
雨が降っていないのに水が地面に溜まっている、水没林の名に相応しい場所だ。
辺りに隠れる木もある。ナルガクルガのための地形にもなっている。
途中、フロギィの群れに見かけたが、気がつかれることもなく進んでいくと、程なく、その場所に着いた。
強い雨が私たちの匂いを彼らから隠してくれたのかもしれない。
ここからは、完全に奴の縄張り。本来なら、忍び足で行くところだろう。
「それじゃ、いくぞ。」
力強く一歩を踏み出す。がさりと音が鳴った。
だが、私たちはその逆だ。足元の濡れた落ち葉に負けぬよう、力をこめてガサガサと歩く。
ここに敵がいるぞと主張しながら。小細工は無用だ。歩くたびに、集中を高める。
微かな気配を捉える力なら、私たちも負けていないのだから。
そして、その時は突然来た。
空気を切る音が突然耳に入る。
同時に、右手の森の中から、棘が飛んで来た。
間違いなく、奴だ。
咄嗟に身構える。
だが、視認できる棘は、全て自分のいる位置からそれている。
前、後ろ。他のメンバーの周りの地面に棘が刺さった。
頭を働かせる。その意味は、すぐにわかった。
なるほどな。
「みんな!散らばれ!」
その声を聞いた皆がそこを離れると同時に、森の中からジャンプで出てくる一つの家くらいの緑の塊。
ナルガクルガだ。昨日の個体に間違いない。
そいつは、私たちが避けたまさにその場に飛びかかった。
今のは、多分棘で私たちの逃げ場を無くして、そこに飛びかかる算段だったのだろう。
だが、狼狽えなければ問題ない。そこから離れるのは簡単だ。
ベガはすぐさまターンして、腕に向かって走る。
ほんと、相変わらず足だけは早い。
どれくらいかって、セリアの2倍は早い。
しかも、武器の中ではかなり重量のある大剣を背負ってその速度。
これがユクモ一番の狩りの名手の代名詞ともいえる、「速さ」という武器だ。
腕に向かって大剣を振り下ろすベガ。ナルガクルガは旋回行動で避けたが、腕についたブレードに当たる。
ナルガクルガの反応速度に追いつこうかというスピードは、ベガだけのものだ。
セリアとセレオに鬼という二つ名がつき、私に紅という二つ名がついたように、ベガにも狩りを続けるうちに、ついたあだ名がある。
あいつは白い防具が好きだ。
今も、泥まみれになった白い防具を着用している。
そんな姿と、流れるようなスピードから彼は「彗星」と呼ばれるようになった。
ナルガクルガは叫びながら着地したが、そこに先回りしたセリアとセレオが斬りかかる。
尻尾を狙い、双剣を振り回す。ある程度の攻撃を加えたら離れる。
切りつけられて怒ったのか、同時に、ナルガクルガは尻尾を振り回した。
しなる尻尾は、実際の長さを超えて伸びてくる。
あれには気をつけねばならない、と頭に入れ直す。
的確な判断をするには情報の整理が一番重要だ。
ナルガクルガは旋回、そしてもう一度旋回した。サツキを苦しめた二段階旋回。
移動距離は約50メートルってとこか。
そして、ナルガクルガはセリアとセレオに狙いを定める。
だが、ベガはそのまま後ろに回り込み、攻撃をする。
理想通りの攻撃の形。モンスターはいくら狡猾とはいえ、人間の作戦に即座に対応できるほど賢くはない。
つまり、相手を苦しめる作戦一つあれば、あっさりと勝てたりする。
私も、ナルガクルガか時折飛ばす邪魔な棘を地面から抜きつつ、攻撃に参加する。
私たち3チームが輪のような陣形をとることで、完全にハメた形となっている。
スピードを殺すために私が考えたのは、3人がナルガクルガを中心に、円をつくることだった。
どんなスピードで動かれても、必ず攻撃の方向は絞られる。物理攻撃しかないからだ。
ギギネブラのように、毒が明後日の方向から飛んでくることはない。
二段階旋回も通用しない。距離を詰められても慌てない。
これもまた、作戦なのだ。度胸と経験。そしてほんの少しの知恵があれば、目の前の相手にも恐れることはない。
「そろそろ決めようか!」
ベガがそう叫んだ。セリアとセレオも了解と声をかける。
セリアが離れると同時に、目の前にいたナルガクルガの横に向かって、セレオが閃光玉を投げる。
あたりを眩しい光が包み、その途端、ナルガクルガはベガの方に向かって旋回を行なった。
今日、閃光玉は使われていない。そして、その光を放つ物体が危険であることは、昨日の狩りでナルガクルガに本能的に植え付けた感覚だ。
そして、その眩しさは目に命中しなくても、本能的な行動を引き出すのには十分である。
セレオはそれをわかって、わざとベガの方に誘導したのである。これも、上級のハンターの勘というやつだ。
そして、ナルガクルガが動いた先には既にベガがいる。
ベガの体が光りだす。そしてその光は、腕に集約されていく。
大剣の解放攻撃。
それは純粋かつ瞬間的な腕力の向上だ。力を込めて振り下ろす一撃は、隙もでかいが当たれば大きなダメージを与えることができる。
多少ずれたが、ナルガクルガが着地した瞬間、大剣の「溜め切り」が発動した。
ズバン!という大きな音とともに、尻尾が吹き飛ぶ。ナルガクルガは悲鳴をあげ、血を撒き散らして叫んだ。
そこにセレオ、セリアも切り込む。
「やったか?」
と思ったのだが、相手は思い切りジャンプした。空中で尾がしなる。
尻尾叩きつけ。それは、ナルガクルガの中で、もっとも多くの死者を叩き出している攻撃だ。
あの巨体が落ちる力に、しなる尻尾の力が合わさってくる。
だが、躱すのも容易。しかも、攻撃をした後は、尻尾がぬかるんだ地面に取られることが多く、無防備になる。
見えていれば逆にラッキーなのだ。声をかけることもなく、3人はかわした。セリア、セレオはまた切り込む。
だが、ここで信じられないことが起きた。
尻尾は、地面に埋まることなく、ナルガクルガは、信じられない筋肉で、また飛び上がった。
それは予想外。セリア、セレオは完全に攻撃の体制に入っている。
二人は、急に敵が消えたので、驚いた顔を一瞬しているのが目に入った。
頭のどこかに用意していた、「普通ではない」の文字。
それが、何とか反応をしてくれた。
「避けろ!」
その声を聞いた二人は、とっさに互いに手を取り、思い切り互いを弾き飛ばした。
そこにナルガクルガの尻尾が落ちてくる。
しかし、相手もしぶとい。3人を振り払って、森の奥へ走り出した。
「こいつ・・・しぶといやつめ!」
私は3人に追うように指示した。もしここで逃したら、また探さなければならない。
誰かの仕業で特異になった個体。環境に与える影響も大きい。
ここで片付けたい。どんどん離れていく背中を追いつつ、指示を出した。
「セリア、セレオ、使ってくれ。」
双剣の秘伝書を使わなければ、追いつけないだろう。
合図とともに、二人の武器が光りだす。諸刃の剣の強鬼人化だが、少しなら大丈夫だろう。
だが、そう甘い話でもなかった。
ナルガクルガは、50メートルほど先で、飛び上がったのだ。
「クッソ・・・!
」ナルガクルガは、実は飛べるのだ。
飛べるというより、滑空のイメージだが、それでも人間からすればかなり長距離を移動できる。
このままでは、逃がしてしまう。どうする?
「ミル!」
振り向くと、ベガが少し後ろでこっちを向いて、剣を構えていた。大剣が赤く光っていく。
その目を見た。
「もう・・・勝手なんだから!」
それでやりたいことがわかった。わかってしまうあたり、本当に嫌なものだ。
私も武器を取り出す。既に20メートルは上にいるナルガクルガに狙いを定め、集中する。体に力が満ち、血流が増加していく。
太刀の秘伝書解放。強制的に練気を高めた。
頭に血が巡り、集中が高まる。そのまま剣を後ろに構える。
そこへ、走ってきたベガが刀にジャンプしてくる。
「おりゃあああ!!!」
刀の硬い、根元の部分にベガの足をのせて、力の限り思い切り飛ばした。ベガの脚力も相まって、すごいスピードで近づくベガ。
私はすぐに秘伝書の力を閉じた。無駄に発動していると動けなくなる。
ベガの腕が光る。さっきの溜め攻撃。そのまま飛ぶナルガクルガに向かって、空中で大剣を振り下ろす。
ギャアアああアアアアア!!
とともに、すごい奇声を上げ、ナルガクルガが落ちていく。
そして、落ちていく先には秘伝書を解放したセリアとセレオ。
もう言うまでもない。双剣の心地よい斬撃とともに、2日間に及ぶ私たちの狩りは終わりを迎えた。
——————————————
私は、一体何をしているのか。言うまでもない、病院のベッドで寝転がって、治癒を待っているのだ。
そんな情けない姿を晒して、何がハンターなのか。
ゾーンという力を手に入れて、私は誰かを守る力を得たと思った。でも違った。
私は、みんなを守れなかったし、戦力にすらなれなかった。
既に時刻は12時を回っている。雨は止まない。ランプの明かりしかない部屋の中、気は滅入るばかりだった。
紅葉のみんなはナルガクルガというモンスターを3人で狩りに行ったらしい。
この時期に3人の狩りなど、普通ならさせられない
。でも、ギルドに届くクエストの量も増えていると聞く。早く戦力にならなければ。
そんな気持ちばかりが焦っていく。
コンコン。
ドアがノックされた。
「どうぞー。」
ドアが開いて現れたのは、すごく意外な人物だった。
「すまんのう、こんな時間に。」
「・・・モグラさん?」
それは、モグラだった。探検服にリュックを背負い、小さな体にぴったりあった、登山の前のような格好をしている。
「モグラさん。大丈夫ですか?」
そういえば、ギギネブラの一件の中、この人だけは怪我をほとんどしなかった。
「うむ。本当に、君たちにはすまないことをした。わしは、みんなに迷惑をかけるつもりなどなかった。」
「いいですよ。」
できるだけ明るく答えたつもりだった。何とか笑顔で言えただろうか。
「わしは、紅葉と言ったか。君たちに見て欲しいものがあるのだ。」
そう言うと、モグラは背負ったリュックを下ろす。
自分の体ほどはあるリュック。その中から何かを出した。
それは、青い水晶だった。
電灯の光に照らされて、キラキラと光るその宝石が、大小5、6個ばかり机に並べられた。
やば、めちゃ綺麗。
「綺麗ですね!」
「そうだ。わしは、これを探し求めて、冒険をしておるのだよ。」
モグラは、その中の一個を取り出して、私に渡してきた。
「これを見て欲しい。」
よく見ると、その青い光の中に、何かが混じっている。
「・・・これは?」
よく見ると、何かが書かれているようだった。
それは文字に見えた。だが、何の文字かわからない。
今まで見たこともないような文字だ。
「わしは、これが何かわからない。
・・・でも、これは何か大事なもののように思えてな。初めて見つけた時から、その美しさに魅入られてしまったのじゃ。
だから、わしは冒険をやめない。この石をもっと見つけることが、わしの残りの人生で心に決めたことじゃ。じゃから、わかってほしい。わしのような年寄りにも、若い人たちと同じように、譲れないことがあるんじゃ。」
・・・そっか。
謝罪に来たんだ、この人は。
「別に気にしないでほしいです。あれは、ただ単に、私に力が無かったからなんですから。」
モグラはふふんと笑って、
「村一番のおてんば娘も、言うようになったのう。じゃが、わしは知っている。お前も、何かを守る力を手に入れたようだな。」
「いえいえ、そんな。私には、力があっても何かを守れるほどの強さは・・・」
その時だった。
「急患!」
バタバタと音がした。そして、その声は多分ミナミさんの声だろう。
白光の誰かが怪我をしたのだろうか。慌てて廊下を覗き込むと、ベッドに寝かされ、ウラのじっちゃんに診察されているーーーー
サツキの姿があった。
目の前で眠るサツキ。だが、熱はまだ下がってはいない。昨日の夜、運び込まれてから、今まで。
時刻は夕方だ。リュウさんは、水をかけろと言ったのだが、私が止めた。
明らかに、前回と違う。よほど正面からまともに目を見てしまったのだろう。これほどのトラウマ。
この前の家で見た雑誌の記事。
余りにも、彼女にはわからないことが多すぎた。
それよりも、私は悔しかった。
涙が、あふれた。
「ごめんね、サツキ。」
あの時、兄を助けようと焦っていた私を励ましてくれたサツキ。
それ以外にも、彼女にいっぱい助けられた。
ハンターとしての技術も、いっぱい教わった。
なのに、私はサツキを助けるために自分が潰れてしまって、かえって迷惑をかけている。
ほんとにあきれるほど不器用だ。どうして、こうなっちゃうのかな。
どうしてかな。
どうすればよかったのかな。
すすり泣いていると、ガチャリとドアが開いた。
開いたドアから入って来たのは、ハンターたちだった。
「ミルさん!セリアさん!ベガさんにセレオさんも!」
涙を慌てて拭う。
「カンナちゃん、無事狩ってきたよ!」
「カンナ、サツキの様子は?」
「見ての通り、まだ熱が下がってなくて。よほど正面から目を見たんでしょう?」
「そうだな。」
「でも、とにかく全員無事でよかったよ。」
「そうだねー!」
そこに、リュウさんが入ってくる。
「皆さん、クエストお疲れ様です。さすがでした。そして、サツキのこと。幼馴染として、本当に感謝しています。ご迷惑をおかけしました。」
「気にすることないのよ。」
「少なくとも今回は、君の責任じゃない。」
ミナミさんとサーサさんが入ってくる。
「二人とも、ご苦労だった。」
ミルさんが労をねぎらう。
そっか。みんなは、クエストを成功させたんだ。
ああ、悔しいな。
悔しい。私は、サツキに対して何もできないのかな。
今の私にできること、何かないのかな。
力も、強さもないけど。
それでも、今の私にできること。苦しんでるサツキにできること。
知って一緒に、悩めないかな。
「リュウさん。私は、サツキに何があったのか知りたいです。教えてくれませんか。」
だから、尋ねた。だって、私には結局、それしかできない。
それを知って一緒に悩むことしかできない。
その申し出に、リュウさんは眉ひとつ動かさない。
「なぜ?」
「私は、サツキに何があったのか、いままで聞かなかったです。いえ、聞けなかったんです。私はずっと逃げてたんだと思います。
多分何か、ずっと大きな闇を抱えているサツキに触れたくなくて。
・・・私は弱いんです。その結果、紅葉を抜けて、こうなっている。でも、私は強くなりたい。誰かを守れるようになりたいんです
。大好きな狩りで、みんなを守れるハンターになりたい。サツキの闇を取り払ってあげたいんです。
私が昔雑誌で見た彼女の写真は、とても、キラキラしたかっこいいハンターだったから。」
リュウさんは首を振った。
「今回のことは、あなたに責任はない。むしろ、サツキをハンターに復帰させた自分の責任だ。」
「どうしてそういうことを言うんです?」
でもリュウさんはその言葉には答えず、後ろを向いた。
「リュウさん!」
「・・・あなたたちに背負わせるには、我々の闇は深すぎるんですよ。」
そのまま部屋を出て、ドアを閉めるリュウさん。
その後ろ姿を追おうとした。でも、セリアさんが塞ぐ。
「カンナちゃん!」
「セリアさん、どうして?」
「私も聞きたいけど、ここは耐えようよ。二人がきちんと話してくれるまで、待ってようよ。」
「でも、でも!」
私は思い出した。サツキの今までの顔を。淡々と狩りで成果をあげても、彼女は笑わない。
昔見た彼女の写真は、もっと素敵な笑顔であふれていた。
抱え込む人を目の前に、何もしない自分に腹が立った。助けたい。守りたい。
彼女の助けに、なりたいの!
「私が話しましょう。」
その時、ドアが開いた。
村長さんだった。
「知ってるんですか?」
「ええ。」
「リュウの許可はあるの?話しちゃっていいのかな?」
「ベガさん。確かに、これは、大きな問題です。それに、私も部外者ですから、本来言うべきではないことです。
・・・しかし、私はこの村の村長。村民にとってよいことをするのは義務です。そして、サツキさんもリュウさんも今や私の村の村民です。
今は、皆の無事のために、この村を守ってくださるハンターさんが不安になる状況だけは避けたい。
ですから、みなさんを見込んで頼みます。
正面から彼女のことを受け止め、まっすぐ彼らに向かい合い、狩りを続けられますか?」
「でも・・・やっぱ、私は二人から聞きたいかも。」
「ではお願いします。
・・・二人を、どうか助けてあげてください。」
村長さんは頭を下げる。
みな、二人と一緒に狩りをして、助けられてきた。
顔を見合わせる。
「・・・わかりました。」
ミルさんが代表して答えた。
村長さんも顔を上げる。
「この話も、サツキさんとリュウさんをよく知る人から聞いた話ですが。ですが、ほぼ間違いはないと思います。」
村長さんは、近くの椅子に腰かけた。私も床に座った。
「皆さんは、『3つの天』、そして、『天廊の悲劇』について、どれほど知っていますか?」
それは、今まで語られなかった物語。そして、二人が背負ってきた闇を語る物語だった。