忙しかったから仕方ないということにしておこう・・・
幼い頃の私は、生意気で強情でわんぱくな女の子だった。
今でこそ冷めた性格になってしまったけれど、私はそんな悪ガキだったのだ。
いつもメゼポルタの街や周りの森を幼なじみたちと回りながら、いろんな遊びをした。
近所の人たちからも有名な子供だった。
たくさんの居住区が集まるメゼポルタの中でも比較的子供の少ない居住区にいたためか、周りの大人たちも私のことを気にかけて、色々と構ってくれた。
あんまり触れないでほしい黒歴史もいくつかはあるのだけれど、とにかくサツキというのはそういう子だった。
そんなわんぱくなガキだったから、叱られることもしょっちゅうだったんだけど。
ただ、私が一人だけ言うことを素直に聞いていた人がいた。
「サツキー、ご飯できたよー?」
「姉ちゃん、今行く!」
それが、姉だった。私はたった一人の家族である、姉にだけは他の人以上に懐いていた。
姉は当時、自分がなんの仕事をしているか教えてくれなかった。
ただ、あまり家にはいない人だった。一週間とかいないこともあったと思う。
だけど姉は、そんな風に長く家を空けるような仕事をしながらも本当に私の面倒をよく見てくれたし、話をたくさんしてくれた。
「サツキ、学校はどう?」
「うん、楽しいよ。」
「そっか。この前また男の子泣かせたらしいけど?」
・・・それは違う。
この前、私が先生に怒られている隙に私の宝物、姉からもらった封龍石の首飾りを取られたから、仕返ししただけだ。
私は悪くない。それに、あいつ。
男の子の癖に泣くのが悪い。
おかげで、私が怒られる羽目になったんだから。
2時間は怒られてしまった。
全く、何で私ばっかり。
「あんなの、せいとーぼーえいだよ。あいつらが悪いんだもん。」
「そう。まあ、元気なのはいいことだけど、ほどほどにね。もう電話がかかってくるのはこりごりよ。」
そう言いながらも姉は笑う。
姉は本当に嬉しそうに、ニコニコと笑う。
それが何でかわからないけど、とても嬉しかった。
「早く食べな。二人が待ってるんでしょ?」
「そうだった!いってくる!」
遊ぶ約束を即座に思い出した私はすぐにご飯を口に頬張った。
そのまま急いで目の前の味噌汁を飲み、外へ向かう。
「行ってきまーす!」
「行ってらっしゃい。気をつけるんだよー!」
姉に声をかけて外に出る。一歩大通りに出れば、そこは賑やかな市場。
両脇に果物や魚、肉といった世界の様々な地域から取り寄せた色とりどりの品々が、木箱に入って並んでいる。
「おう、サツキじゃねえか!」
「おじさん、こんにちは!」
「何だ、今日も森に行くのか?」
「うん!」
「そうかい、そしたらこれ持ってけ。」
果物屋のおじさんからリンゴをもらう。
こんな感じで、メゼポルタの市場は人も多いし、店の人も優しい。
私が道を通るとこうやって物をくれることも多い。
だから私は、この街が大好きだった。
「ありがとね、おじさん!」
「おう!・・・ん?」
ブォオオオオーーン・・・
リンゴを受け取った瞬間、大きな音が鳴る。
これもメゼポルタでは聞き慣れた、法螺貝の音。
目をやると、その先には大きくそびえる巨大な建物が見える。
音が鳴ったのは、そっちの方角に間違いなかった。
朱に染まった赤い屋根に白塗りの巨大な建物。
あそこがこの世界を治める王の住む宮殿だ。
だが、その見えない裏手には無機質な石でできた、巨大な要塞があることも知られている。
そこがこの法螺貝の音の発信源。
そこにあるのが、この街のもう一つの巨大機関。
宮殿直属の巨大ギルド、メゼポルタギルドとハンター居住区だ。
そんな多種多様な人々の住む街。
それが、メゼポルタだった。
そして、このころの私は、その先自分がそこに住むことになろうとは、
全然思ってなかったのだ。
大都会メゼポルタといえど、一つ街を出ればそこは山に囲まれた、豊かな自然を湛えている。
街の北側には畑とか果物畑が多いけど、南側は山へと続く道がある。
門を出て、左へ。森の中をしばらく進むと、二人の人影が見えてきた。
「あ、サッちゃん!こんにちは!」
「お、来た来た。遅えぞ!」
正面にいるのは見慣れた顔の男の子と女の子。
男の子の方は薄い青の髪の毛。運動しやすそうな服を着て、虫網を持っていた。
この子が幼い頃のリュウ。
当時から賢くて運動もできるし、非の打ち所がないような優秀な・・・悪ガキ、なのだけど。
私以上に昔からわんぱくかつ頭の切れたリュウは近所では有名ないたずら小僧だった。ちなみに彼が盗んだおもちゃとかを持って店の人から逃げ回る光景はもはや名物になっていた。
「サッちゃん、今日はどこ行くの?」
「今日はあの山登るよ!これで私たちがこの辺の山制覇した初めての人になるんだ!」
そして、この赤の混じった茶色の髪の毛を後ろでまとめた、背の低い女の子。
小さな声で私の名前を呼ぶその子は、手を前で結んだまま、ちょこんと立っている。
この子はミツキ。
私たちのもう一人の幼馴染だ。
ミツキは私の家の隣に住んでいる。
ずっと親のいなかった私は、姉がいないときはミツキの家にお世話になることも多かった。
以来、私たち悪ガキ二人に、あまり気の強く無いミツキはついて来てくれるのだ。
「あんな高い山無理だよー!」
「大丈夫、今までもちゃんと登れたじゃん。」
「そうだぜ、ミツキ。大丈夫、危なくなったら助けてやるからさ。」
「でも、この前みたいに帰りが遅くなるとお母さんが・・・」
不安そうな目をして私を見てくる。当時の私は、ミツキを引っ張り回して、よくミツキの母親に怒られていた。
「大丈夫、私のせいにしていいよ。私と遊ぶの、嫌?」
ミツキはパッと笑顔になって、
「ううん、大丈夫!今日はサッちゃんに迷惑かけないようにするね!
やっぱり、私二人といると楽しいもん!」
「それじゃ、出発だ。俺は、この山にいるっていう伝説のコオロギを捕まえることも目標にしてるから、二人も見つけたら教えてくれ!」
なるほど。だからリュウ、虫網持ってるのね。
「わかった!」
「んじゃ、行こうぜ!」
こうして、私たちは山に踏み込んだ。
ここメゼポルタ周辺にはいくつかの山がある。
街の中での遊びに飽きた私たちは、ここ最近山での遊びにハマっていた。
いわゆる探検だ。
そして気がつけばほとんどの山の頂点に立っていた。
最後の山の制覇に挑んだのがその日だった。
一歩足を踏み入れれば、そこは普段私達の暮らす街とは全く違う景色が広がっている。
世界一の街のすぐ外とは思えない鬱蒼とした森。
秋の光を浴びて、色づく紅葉を眺めながら、坂道を登る。
舗装された道なんてないから、結構きつい。
でも、私たちにかかれば大したこともない。3時間ほど歩いたろうか。
子供は、いくら遊んでも疲れない、というのは本当だと思う。
「サツキ、ミツキ、大丈夫か?」
「うん、大丈夫だよ!ミツキ、もう少し!」
「はぁはぁ……サッちゃん、リュウくん!もう少しゆっくり!」
「もう少しだ・・・お?」
木々をかき分け、進んでいくと、上にパッと開けた場所があった。
夕方のオレンジの空が輝いているのが見える。
「ちょうじょうだ!」
私はミツキに手を伸ばす。ミツキは私の手を掴んできた。
グイッと引っ張り上げる。途端、私たちは頂上に立った。
あまり高くない山だが、振り向けばメゼポルタが見渡せる。一番大きくて、日の光を受けてキラキラと輝く建物が、王の住む王宮。そして、その裏手に見える石造りの砦みたいなとこが、この世界で最大のギルドの本部だ。
そして、大小様々な建物が並ぶ街には、見渡す限り人が溢れ、夕方のおしゃべりを楽しんでいる。
「綺麗・・・」
「本当だよ。」
「さすが、二人だね。ほんとにここまで連れて来てくれてありがとう。」
「ううん、ミツキも頑張った・・・って、やば!」
そういうミツキは、服を泥だらけにしていた。
「・・・またミツキのお母さんに怒られちゃうな。」
「ご、ごめんね!今度は私からちゃんと説明するから!」
「サツキ、それについては頼んだ。」
「ちょっとリュウ、たまにはあんたも怒られなさいよ!
ミツキのお母さん、怒るとめちゃめちゃ怖いんだから!」
「・・・それは断る。俺だって怒られたくない。」
「ごめんなさい!」
「「なんでお前が謝るし・・・」」
そんなやり取りすら私は大好きで。
この子たちと一生一緒にいたいって、心から思った。
「さ、そろそろ降りようぜ。帰りにも、でかいコオロギ、見つけたら教えてくれ!」
リュウはどうやらコオロギしか頭にないらしい。すぐに元来た道に飛び出した。
「待ってよー!」
私たちも走り出した。
だから私たちは、森の陰から覗く顔になど、気がついていなかった。
山の中腹ほどに降りて来た。私たちは、左右を見渡して、コオロギを探す。秋の野山は、色づいた葉っぱを絨毯のように敷いている。その上を私たちが通るたびに、ザクザクと音がした。
帰ったら、ミツキのお母さんになんて言い訳しよっかな・・・
そんなことばかり考えていたから、その気配に気がつくこともなかった。
「きゃあああ!」
突然、後ろのミツキが叫んだ。指をさす方を見ると、木々の間で何かがジャンプした。
少し緑がかった体がキラリと光る。
それは、80センチはあろうかという超巨大コオロギだった。
「い、いたー!おいサツキ、逃すな!」
私は慌てて、その虫に飛びかかる。ミツキは目を背けてしまった。
だが飛びついてきた私をコオロギはジャンプでかわし、森の奥へ逃げていく。
「いくぞ!追え!」
「ミツキ、ついて来て!」
ミツキの手を引いて、走り出す。
「サッちゃん、危ないよ!森の奥へ行ったら!」
確かに、メゼポルタ周辺の山に立ち入り禁止の場所などほとんどない。
しかし、いつ危険が訪れるとも限らない森の中。
私たち以外に森の中で遊んでいる同級生を知らないくらいに、森というのは危険な場所だった。
だからだろうか。怯えるミツキ。
だが、私は捉えた獲物を逃さないのに必死だった。前を走るリュウめがけて、走る走る。リュウとの距離は10メートル。離されないように必死だった。
だが、突然目の前を黒い影が遮った。
「な・・・」
最初は木が倒れてきたのかとも思った。
それくらい大きな影だったから。
だけどそれは紛れもなく不規則に動き回っていた。
真っ白な毛並み。筋肉が大きく盛り上がった太い腕。私たちくらいは太いんじゃないか。
そんな生き物が、私とミツキの前に降り立った。
「・・・・・・!!!!」
それは、図鑑で見た猿だ。でも、大きさが違う。
私の何十倍もあろうかという猿。その猿は、私たちの前で咆哮した。
私は、動けなかった。
ただ、目の前の光景を呆然と見つめた。
人は、本当に危険な時何を思うか。
簡単だ。
『何も考えられなくなる』
なぜ?この町の近くで、こんなの・・・?
ありえない。
「キャアアああ!!」
ミツキの悲鳴で目が覚めた。
薙ぎ払われた腕を、咄嗟にしゃがんでかわす。
ミツキの頭を押し込んで無理やり避けさせる。
「たあああ!」
途端、リュウが棒で思い切り猿を叩いた。だが、一向に目もくれず、猿は尻尾でリュウを薙ぎ払う。リュウは軽々と吹っ飛び、木に打ち付けられ、動かなくなった。
「リュウ、そんな!起きて!」
だが、リュウは呼びかけに応えない。
私が助けなきゃ。
だけど、足がすくんだ。
こんな大きな生き物に敵うわけが無いって。
猿がリュウの方に目を向ける。
殺される。
目の前が真っ暗になりかけた。
「助けて!!!!!」
思い切り叫んだその時だった。
ズバンと猿の尻尾が吹っ飛んだ。血が飛び散る。
「え・・・」
あまりに突然のことに、何が起きたのかわからなかった。
その猿はすごい奇声を上げ、森の奥へ走っていく。すると、左右の森から3人の人間が飛び出し、追いかける。
「そっちだ、早く!」
「わかってます!」
皆キラキラ輝く防具を身につけ、武器を背負っている。
猿の奇声は、遠ざかるにつれて、山に反響してうなり声のようになった。
目の前には血が流れ落ちる尻尾。
目が、奪われてしまった。
「・・・お主ら、運がよかったな。」
その声に呼ばれて振り向くと、身長が2メートルはあろうかという大男が立っていた。白髪混じりのボサボサの髪に、青く濁った目。緑のマントが首から足まで体を隠し、マントから出た、金色の防具から伸びる手には、リュウと、いつの間にか気絶したミツキが抱きかかえられている。
涙を拭って、立ち上がった。
「・・・ありがとう、ございました。」
それが、私たちとハンターの出会いだった。
私たちを襲ったのは、ゴゴモアというモンスターで、あのコオロギはカンタロス。そのカンタロスの異常発生のせいで、メゼポルタ近隣にゴゴモアが餌を求めて来ていた、というのが真相らしい。
たまたま近くを通りかかったチームがゴゴモアを見つけ、追ってみたらあら不思議、ということだったそうだ。
その夜、私は恐怖ももちろんあったが、あの光景を思い返して、興奮がおさまらなかった。
命の重みなどわからない小さな年の女の子にとって、自分を助けてくれたハンターのかっこよさは憧れの対象でしかなかった。
リュウの怪我は大したことはなく、その後もミツキとやんちゃして遊び続けた。その中でも、私は自分の中に生まれた夢を、しっかりと自覚していた。
そして、学校の卒業を控えた春、私は自分の意志を二人に伝えた。
「私、ハンターになりたいの。
・・・だから次の春になったら、ハンターの学校に行こうかと思う。」
その時の二人の顔を、私はよく覚えている。
「サッちゃんは勇気があるし、強いからきっと大丈夫だよ!」
ミツキは、何だか悲しそうな顔をしながら、そういった。きっと心配だったのだろう。リュウは、何も言わなかった。ただ、頑張れと言ってくれた。
「・・・まあ、そんなことだろうとは思ってたけど。」
そんな言葉を言い放たれた。
そして、私は15歳で学校を卒業して、ハンターの学校に入学した。
そして、そこには。
なぜか、ミツキの姿もあった。
リュウは、ギルドの職員になるための養成機関に入った。リュウとはしばらく離れ離れになることになったが、ミツキがいたから頑張れた。
だが、ミツキがなぜここに来たのか。
それだけが気になっていた。
入学式の時の驚きを思い出す。
血の気の多そうな怖い顔つきの、大きな体の男がほとんど。
女の子もなんだか気の強そうな、取っ付きにくそうな人ばかりだった。
そんな中、校門の前でオロオロする女の子を見て、心臓が止まるかと思った。
だってミツキは、私に何も言ってなかったから。
だから、彼女を見つけた時、驚きもあったけど、泣きそうになった。
「ミーツーキ!!!」
「サッちゃん!!!」
ミツキが泣きながら飛びついてきた時は、ああ、何にも変わらないミツキじゃん、って思ったけど。
だからこの世界に来るなんて、思ってなかった。
「ねえ、ミツキ?なんであんた、ここに来たの?」
そんなことを、学校の食堂で昼ご飯を食べながら聞いたことがあった。
ミツキの成績は予想してたけど、あまりいいとは言えなかった。
私たちについて来て、多少鍛えられてはいるが、本当は運動の苦手な、何より弱気な子なのだ。
それに、あの事件を目の前にして、ハンターとかモンスターとかは、トラウマになっているとばかり思っていた。
「えっとね、サッちゃん、あの事件のあと、ずっと何かに夢中になってるみたいだったから。多分、ハンターなんだろうなって思ってて、調べてたの。
・・・そしたら、私も興味湧いちゃって。
私は確かに弱虫だけどさ。サッちゃんの見たい世界、私も見てみたかったの。」
「でも、私、ミツキに危ない真似はさせたくない。
ミツキには、私と違って親がいるんだし。」
それもある。命をかける仕事だから、家族も相当な覚悟がいるはずだ。
私だって、姉には相当反対された。
それを押し切って、ここに入学したのだ。
「何言ってるの。私たちは家族でしょ?
って、いけない。サッちゃん、実技の時間!今日私たち武器準備する当番だよ!」
にっこりと笑いながら口にものを詰め込むミツキ。
私を家族と呼んでくれる人がいる。
唯一無二の大切な友人を意識して、私はさらに頑張った。
私の願いは、誰かを助ける力のある、あの時のハンターみたいになることだった。
それと、もう一つ。
大切な友達を、助けたかった。
小さい頃から臆病で、いつも私たちの後ろにいたミツキ。
彼女の勇気を、支えてあげたかった。
隣の彼女の家で、一緒にご飯を食べたり、一緒に寝たり。
私が寂しくて死にそうな時は、いつもそれを察して家にきてくれた。
だから、恩返ししたかった。
ミツキも辛そうではあったけど、負けなかった。
ギリギリの成績だったが、二人ともなんとかストレートでのハンターの試験に合格した。
「ミツキ!!」
「サッちゃん・・・
やったね!夢、かなって!」
「バカ!あんたもでしょ!ほんっと、人の子とばっか!
もっと喜びなさいよ!」
ハンターになれること。それも、ミツキと。
それが、たまらなく、形容できないほど、嬉しかった。
「またアイツ、新聞載ってるし・・・」
「流石だね、リュウくん。」
「ちくしょう・・・。」
思わず机に突っ伏した。
ハンターになって数ヶ月。私は、ハンターの厳しさを実感した。
実戦は何もかも違う。
私たちは、中々戦果を上げられないでいた。
一方で、ストレートでギルドマスターとなったリュウは、その才能を生かして、メキメキと頭角を現していた。
それに焦った。
「・・・練習しよ。」
ぼやぼやしてると、どんどん腕は落ちてしまう。
そうならないためには、練習しかない。
机を叩いて、立ち上がる。
「ミツキ、私たちも頑張らなきゃね。」
「そうだね、私も頑張る!」
相変わらず笑顔のミツキ。結果が出なくても、チームで足を引っ張って怒られても、ミツキがいたから頑張れた。
「あ。いた。おーい、サツキさん。」
呼ばれて振り向くと、それは、顔見知りのギルドの職員だった。
「なんですか?」
「ちょっと話があります、ついてきてください。」
その言葉に促されて、着いて行く。
昼前のギルドは人がまばらだ。
夕方になると飲み会をするチームで溢れかえるのに・・・
「あの、どうしたんです?」
「実は・・・サツキさんに、ある提案がありまして。」
「提案・・・ですか?」
「はい。最近ギルドの武器部門からある発明が届きまして。」
「発明・・・?」
「はい。そしてその武器をサツキさん。」
ギルドの奥にある、木の扉が開かれた。
机の真ん中に置かれた嫌に大きな箱の中に、黒光りするそれはあった。
「あなたに使ってもらってはどうか、という話になりまして。」
それが、私と穿龍棍の出会いだった。
それは、モンスターとの戦いで優位に立てる、空中戦を可能にした武器。
しかし、人の体を浮かすほどの強い風。
それがネックになっていた。
その実用化の難しさから、使いこなせる人がおらず、また、チームの動きに影響を与えるので、改良が進もうとしていた。
だが、それを持つとなぜか手に馴染んだ。
練習をすると、使いやすくて、仕方なかった。
私は、その武器で狩りを続けた。チームでの狩りは不可能ーーー。
そう言われていたはずの武器。強い風で、チームの動きを阻害する。
だが、私の場合は話が違った。
その武器が、私「たち」の人生を変えたのだ。
「おりゃあああ!」
風で舞い上がり、ゴゴモアの頭を殴りつける。そして、落ちた先には、風の流れをうまく読み、私の動きに合わせてくれる相方がいる。
「はああぁ!」
「ミツキ、任せたよ!」
ミツキは、双剣を操り、ゴゴモアを切りつけた。
大きな悲鳴にも似た声。
そこで、奴の動きが止まる。私たちの勝利だ。無傷だった。
「イェーイ!」
ハイタッチして、互いの戦果を確認する。
「サッちゃん、今日も絶好調だね。」
「ほんとよ、あんた、なんであんな風の中で動けるの?」
「うーん、勘かな?
別に風に逆らってるわけじゃないよ?
サッちゃんならこうするかなって思って、動くのとかに使ってるだけ。
・・・でも、他の人じゃ合わせられないんだよね。」
にっこりと笑うミツキ。後ろで、防具の陰から、ポニーテールが揺れた。
ミツキだけは、私の放つ猛烈な風の流れを読むことができたのだ。
最初に彼女と練習で丸太切りの特訓した時、ミツキと私は圧倒的な点数を出した。ミツキと私。
息が合うのはわかってたけど、ここまでとは思わなかった。
そして、私たち二人の名前は、どんどん上がって行った。
そして、その時は突然きた。
「サッちゃん!」
「これって・・・」
雑誌に載っていたのは、紛れもなく私たちだった。
そうして、私たちには二つ名がついた。
名を挙げたハンターには二つ名がつくのは、この世界での常識。
最高の名誉だった。
そして私たち二人には、「双星」という名がついた。
そんな時、私の運命を変えるもう一つの出会いがあった。
その人を最初に見かけたのは、ギルドの中。
食事をしていて、すぐにわかった。
コーヒーを口に運びながら、新聞を読むその人を見て、誰もが戦慄していた。
「ねえ、あの人・・・」
「うん・・・まさか。」
忘れもしない。
あの時、私たちを助けてくれたおじいさんハンターだった。
勿論私たちはお礼を言おうと、彼を探してはいた。
でも、見つからなかった。
その人は、突然現れた。
「あれ、君たちどうしたの。」
「あ、キリュウくん。あの人・・・」
「うわ、珍しい。ホームズさんじゃん。
こんなとこで見んのも久々だなぁ。」
そして、その時、同僚から初めて名前を聞いた。
ホームズ。
名前だけなら、知らないはずがなかった。
私を助けてくれたのは、今現在全ハンターで第3位のハンターランクを誇る、オールラウンダーの一人だった。
「・・・ミツキ。」
「どしたの?」
それは、腕をあげる道を模索していた私にとって、最高の出会いだった。
そしてもしその人と出会うことができたら、必ずそうしようと決めていたことでもあった。
「弟子入り、お願いしてくる!」
「・・・・ええええ!!!!」
「お願いいたします、私に狩りを教えてください!」
私は挨拶もそこそこにお願いをした。
頭を思い切り下げる。
辺りがどよめく。
「おい、あいつホームズさんに・・・」
「しかも弟子にしてくれ?」
「殺されるぞ・・・」
私は知ってる。
この人の噂だと、人に感謝されるのは嫌いらしい。
感謝の手紙を破り捨てたこともあったとか。
それをわかってたから、あえて感謝は言わなかった。
漂ってくるコーヒーの香り。
私は顔を下げたまま、もう一度お願いしますを言った。
憧れの人の元で、狩りがしてみたかったから。
そんな単純な願いだった。
青い目に、夏だというのにマントを羽織ったホームズさん。
それまで私の今日は、とかにああ、とかいや、とか曖昧な返事をしてきたのだが、その私を今は真っ直ぐ見据えている。
「・・・お前は、なぜハンターになろうと思った?
何を賭けてハンターになったんだ?」
「あなたのように、皆の生活を守りたいのです!
・・・私、昔あなたに助けてもらいました。でも、あなたはお礼なんて求めてないと、そう聞きました。私も、そんなかっこいいハンターになりたいです!」
大きな声でそう言った。
しばらくホームズさんは私を見据えていた。
やがて、表情一つ動かさず振り向いて、
「お前に教えることなどない。
クエストに一緒に行ってやるから、勝手に盗め。」
そう言って、とても静かに、私の同行を許可してくれた。
「はい!」
どよめきが辺りに広がる。
憧れのハンターと、大切な友人と、使いやすい私だけの武器。
そして名誉。
私の、一番の時期だった。
「いやー!お前ら、やるじゃん!」
髪の毛に似合わない、真っ赤な顔をしたこの男。
「あんた・・・そんなに飲んで大丈夫なの?」
「大丈夫!いやー、本当にすごいねぇ。」
居酒屋でリュウと飲んでいると、そんなことを言われた。
リュウはもう背も高くなって、本当に男らしいというか。
なんというか。
すごく、複雑な気持ちだ。
「あんたもよ、リュウ。流石ね。ドンドルマでのこと。聞いたよ?」
「リュウくん、流石だよ!ほんと、かっこいいなぁ。」
リュウも照れ臭そうにしている。お酒の飲めないミツキは、オレンジジュースを飲みながら、とても嬉しそうだ。
私は、こんな日々かずっと続くと勝手に思っていた。それは、過信だった。
そして、ハンターがどういう仕事なのか、名声と引き換えに何を賭けているのか。そのことを、すっかりと忘れていたのだ。
サツキの過去を追う物語が始まります!