目の前には、一人の女の子がいる。
しかし、その身体は氷に包まれていた。氷に閉じ込められた女の子。しかし、その表情は笑顔だ。
ただの氷じゃない。
紫がかった氷の中で、にこりと笑ったその姿。
全て、私のせいだ。私のせいで・・・
その向こうに見える一体のモンスター。
だめだ。死ぬ。私も、死ぬんだ。ああ、ダメだ。
そのモンスターは私に向かって飛びかかってくる。いっそ、ここで死んだ方がいいだろう。
守れなかった。守るべきものを。
つまりそれは、人殺しに等しい。
私は人を殺してしまった。
そんな奴に、生きてる価値なんて、ない・・・
途端、一気に苦しさが襲ってくる。
夢の中から無理やり引きずり出された。
「プハァ!ゲホッゲホッ!」
飛び起きた。まず耳に入ってきたのは、ザアザアと降る雨の音だった。
目を開けると、そこには一人の男の顔。どうやらそいつに、顔に水を思い切りかけられたらしい。
飛び上がって、気管から水を出しながら、そいつを思い切り睨みつけた。
喉に手をやって、咳をすると、少しずつ気管から水が出てくる。
ああ、苦しい。しかも、髪の毛はベシャベシャ。
濡れた身体がどんどん冷えていく。
全く、女の子に何すんのよ、こいつ。
「うるっせえなぁさっきから。ウンウン唸るくらいなら、寝るんじゃねえよ。」
男は、うざったそうにそういった。
大きな青い目が、気だるそうに光っている。
「何よ、別にいいじゃない。」
負けじと言い返す。こいつには、黙らされたらおしまいだ。次々と言葉を発しなければならない。昔からそうなのだ。
ガタガタと揺れる荷車の中。
外は、お互いの声がやっと聞こえるほどの土砂降りだ。
山並みの道を、私たちの乗っている馬車は走っている。かれこれ1日ほど、こんな景色が続いている。
つまり私は雨水をかけられたらしい。
雨水、人にかける?普通。
ほんとに常識のない奴なんだから、もう。
「また、あの夢かよ。」
ーーー。飛び起きた瞬間忘れていたはずの、さっきまで見ていた夢を思い出してしまった。
頭がいたい。
現実に来ても生々しく思い出す、あの光景が蘇りそうになる。慌てて首を振る。ああ、昨日の晩ゴハンおいしかった、うん、美味しかった…
私の幼馴染は、そんな私を見て、明後日の方を向く。
「ああ、悪かった。サツキ、すまん。忘れろ。お、おい、運転手さん?あとどのくらいだ?こんな雨の中2日も荷車の上じゃ、流石に気が滅入っちまう。」
「あと少しですにゃ、お客さん。嫌、お客様。最近雨が多くて、困ってるのにゃ。」
「そうかい。それは、大変だねぇ。ご苦労様。言っちゃ悪いが、こんな行きにくい村が一大観光地とは、不便なこって。」
青い目の幼馴染はケラケラと笑いながら言う。荷車をあやつるアイルーも、全くにゃ、と笑う。アイルーというのは、獣人族に属し、知能を持った猫のことだ。
「っていうか、あんたはなんで着替えてんのよ。」
「今日中にはユクモに着くらしいしな。きちんと正装で臨まないと。」
目の前の男の名前は、リュウという。職業は、ギルドマスター。
そこそこイケメンの顔に、特徴的な青い目。
そして、私の幼馴染でもある男だ。
鮮やかな青色の髪を整え、銀色の防具みたいな物を身につけている。
それは、ギルドマスターの正装でもある。
「ふーん。あっそ。」
女が寝ている間に横で着替えるとは、何ともふてえやろうだ。お天道様に変わって成敗してやろうか。
それで会話が途切れた。簡易の荷車の傘の外は、一面の森が広がっている。空には黒い雲が広がり、雷が絶えず鳴っていた。
王都にいた頃は、森なんてクエの時しか見たことない。
普通にこんな景観が広がっていれば、或いはモンスターに遭遇するかもしれない。
もし、今出くわしてたとして、今、狩りを行えるのは・・・
誰もいない、か。
悠久の昔から、我々人間は自然と共にあり、動物たちと共存して生きてきた。でも、時にその動物たちの中でも、人間たちに牙を剥く輩がいる。それを我々人間はモンスターと呼び、それを狩ることによって、その調和を保ってきた。
その狩りを行う専門の仕事。それがハンターという職業だ。世界で最も名誉も、金も手にいれることのできる職。同時に、自らの命をかけて、モンスターに対峙する。
そして、ハンターの指揮をとるのがギルドという機関。多数の職員が人々からの依頼を集め、ハンターを斡旋・サポートする。立ち位置的には、ギルドが雇い主なのだけど。
そんな学生の時の知識を思い出していると、雨が止んできた。
「おっ、止んできた。」
「お客さん、ちょうど間も無く到着にゃ。」
外を見ると、少しずつ晴れ間が出てきていた。道の先、向かって右側に、朱塗りの門。その先には向かって右に向けて、階段が続いているらしい。右手の山の上を見上げて、驚いた。
「すごい…」
思わず声が漏れる。
真っ赤なドーム状の巨大な建物が、山の山頂近くから顔を覗かせている。屋根からもくもくと煙が上がっていた。そして、山肌に沿って、たくさんの建物の屋根が顔をのぞかせている。
ある家からは煙が立ち、ある家では藁の屋根の吹替を行なっていた。10人ほどの人が屋根で作業している。更に、村を覆う一面のもみじ。秋の光を受け、真っ赤に染まる村。
ここが、自然とともに生きる村と言われるユクモ村だ。
感激しながら、目を前に向ける。
門のところに、二人の人が立っているのが見える。一人は、桃色の着物を纏った舞妓さんのような女の人。もう一人も女の人で、抜群の体型に、緑色の防具をつけている。多分あれは、リオレイアの防具だな。
めっちゃ似合うな…。
また、あの頃の記憶が蘇りそうになる。
首をブンブン振って、追い出した。
そのまま、荷車は二人の前で止まった。
二人ともにこやかな笑顔である。
私たちは降りて、二人の前に立った。
「遠方からはるばるようこそ、リュウさん。この度はわがユクモ村ギルドの、ギルドマスターの着任、本当にありがとうございます。私がこの村の村長です。」
舞妓さんが村長さんらしい。
「私はミルといいます。この村のハンターの代表をしております。どうぞよろしくお願いします。」
この綺麗なお姉さんが、ミルさん。
「はい。私がリュウです。これからお世話になります。よろしくお願いします。」
なるほどね。ハンターさんというわけか。
「それで、こちらの方は・・・?」
村長さんは、私を指した。
「あ、初めまして。リュウと一緒に引っ越してきました、サツキといいます。」
慌てて自己紹介。そりゃそうだ。
お付きの人とかに思われたかな?こいつのお付きなんて、それはそれで嫌だけど。
「ああ、話は聞いています。失礼しました。では、ご案内しますね。」
サツキーーー
これが私の名前だ。元ハンター。ただ、仕事は今は特にしていない。絶賛無職です。
ただ、ある目的があってここ、ユクモ村にリュウニ付いてくる形でやって来た。
石畳の階段を上ると、山の中腹にそって階段が続き、その脇に家々が立ち並んでいる。山を削って、山肌に沿って家を立てる技術。聞いていた通り。すごい村だ。
両側は商店街みたいになっている。野菜や肉を売る店が立ち並ぶ。
「あ、これ美味しそう…」
「ああ、それですか。モスってモンスターの肉なんです。ここら辺では食べるんですよ。」
「へ、へえ。そうなんですか。」
ミルさんに声をかけられた。
よく通る声。なるほど、これなら狩場でも声かけが容易だろう。
賑やかな大きな道。そこを外れると、いくつかの民家が立ち並んでいるのもわかる。
そして何より、紅葉がとても綺麗だ。
周りは、買い物をしている人たちがいて、村長さんと、見知らぬ若い男女にこんにちは、と声をかけてくれる。私たちも、その声に応えながら、石畳の階段を上る。
「美しい景観ですね。さすがはユクモです。」
「ありがとうございます。後で、ゆっくり温泉にでもつかってください。」
上る先に、大きな建物があった。さっに見えた、赤いドーム。真っ白な煙が、一段と上がっていた。
「それでは、リュウさんはこちらへ。サツキさんは、ミルさん。あなたが、家まで送って行ってください。」
「はい、わかりました。では、ついて来てください。」
リュウと別れる。多分、あそこがギルドなんだろう。流石、建物もこんな田舎にあるにしては大きいな。
ミルさんに連れられて、階段を再び降りていく。時折、籠を担いだ村人が挨拶しながら通り過ぎて行った。ミルさんに向けられる挨拶は、尊敬に満ちている。ハンターというのは、こういう職なのだ。ミルさんも笑顔で答えている。
その笑顔に、彼女の優しい性格が見えた。
ミルさんは、歩きながら突然話しかけてきた。
「そう言えば、サツキさんは元ハンターですよね?」
やばい。この村にも知れ渡っているのか。
「あ、えっとですね…」
「二つ名は、確か・・・」
「双星のサツキ!」
突然かけられた声にビクッとしてしまった。
突然、右手の家の中から、一人の女の子が飛び出して来た。身長は、私より低い。
金髪のショートカットに、黒い瞳。ただ、防具を身につけていた。ハンター一式防具?
は?こんな小さい子がハンター?
「ねえねえ、あなた、双星のサツキ、ミツキのサツキでしょ?Fハンでしょ?すっごい、有名人だよねー!」
早口でまくしたてられて、焦った。
「カンナ。お客さんに失礼だぞ。ハンターとして、もっと大人になれ。」
「い、いえ、いいんです。その名前、よく覚えてるね。あなた、歳は?」
その子はちょっとむくれて、
「私、あなたと同い年だよ!」
「ええええ!」
びっくりした。明らかに目の前の子は、年下にしか見えなかった。
「でも、あのサツキと狩りができるなんて!これからよろしくね!」
その言葉を聞いて、私の体温が下がるのがわかる。
ふと、高ぶる気持ちが冷めていく。
ハンター、か。
ーーー今もやっていれば、或いはよろしくと言えたのかもしれないけど。
「私、もうハンターはやめたの。」
いつの間にか晴れ上がった青い空と紅葉の下。そんな時に、出会った女の子。それが、カンナとの出会いだった。
サツキとカンナが主人公のお話になります!
これからよろしくお願いします!