温泉に一人でつかっていると、ユクモ秘伝の傷を治す、暖かいお湯が体にしみていく。
ぼうっとする頭の中、サツキはお湯を掬った。薄く白みのかかったお湯が、サツキの手の中でキラキラと光る。
今までの淀んだ色のお湯とは、全く違う。その美しい光に、目を見張った。
「…勝った。」
手に掬ったお湯をパチャリと落とし、ふと外に目をやる。
太陽が見えた。
光が温泉から見える、雨風でところどころ葉の落ちた木々を照らしていた。
たしかに普通綺麗とは言えないかもしれないけれど、今のサツキの目には段違いに美しく見える。
ユクモ村が、こんなに綺麗だったなんて。
思わず叫びたくなってしまうほどに、鮮やかな色が、そこに満ちていた。
昨日まで2ヶ月ほど続いた嵐。
だが、今は嘘のように晴れ上がっていた。ユクモは大きな被害もなく、周りも数個の集落で土砂崩れの被害があったものの、死者もほぼいない。
「終わった…。」
狩りは終わったのだ。
そしてこの異変も、アマツマガツチの討伐によって全部終わったのだ。
重体のカンナは病院に運び込まれたものの、奇跡的にその心臓は動いていた。助かるだろう、ということだった。
「・・・っ。」
思わず涙が出てきた。
ポロポロと落ちる涙は拭っても拭っても流れ、温泉の湯の中に消えていく。
温泉で一人で泣いていることが恥ずかしくって、でも全然涙は止まってくれなかった。
色んなことを思い出した。この村に来た時のこと。あの頃のサツキは、ミツキを助ける、たった一つの希望を追って、森を探し回っていた。
今聴くと、その噂もサンサさんが流していたらしい。村に来た謎の男も、彼女が雇った者らしかった。
そして、カンナと出会った。最初はおかしな人だと思った。でも、一緒に狩りをしてみようと思ったのは、なぜだろう。カンナが、自分をまたハンターに繋いでくれた。ミツキと見た夢に、向かわせてくれた。そして、古龍アマツマガツチを倒し、何かを守りきれた。あの時守れなかった命を、サツキは今度は救えたのだ。
カンナや、他のみんながいてくれたから、サツキはまた歩き出せた。
感謝してもしきれなかった。
涙を流しながら、サツキはゆっくりと脇に置いてあるあるものに手を伸ばす。
アマツマガツチが落とした雫。
白く輝くその石はとても冷たい。
光を反射しているだけなのだろうけど、不思議と光っているように見える。
<ユクモの村長には、代々伝えられる伝説があるのです。その中にも雫の話はありました・・・アマツマガツチを倒し、得た雫。名を、崩天玉といいます。その中の液体は、死者を蘇らせ、生者を不死にするものである、と。>
ほんとかはわからない。嘘の確率の方が高い。それはあくまで伝説だ。
でも、もしほんとなら。その可能性があるなら。伝説のアマツマガツチが蘇ったことを信じるなら、この液体をどう使うのが、いいんだろうか。
ミツキのことが、頭をよぎった。
ミツキに使ってあげたかった。
サツキがこれまで生きる意味はそこにあった。そこにしかなかったし、他の意味を見出そうともしなかった。
でも、今は違う。
サツキの頭に、色んな人の顔が浮かんだ。セリアさんにセレオさん。ミルさんにミナミさん。サンサさん。リュウ。姉に師匠。そして、カンナ。
サツキの頭の中は、もう一人じゃなかった。
こんなに周りに仲間がいる。やりたいこともいっぱいある。アマツマガツチだって、一人で倒せたはずがなかった。まともに狩りもできない、私のわがままに付き合ってくれたこの村の人たちのために、ほんのささやかでも自分のできること。
伝説の、死者を蘇らせることのできる方法。もうこれっきりかもしれない。
それでも、今、この雫を望みを託して、ミツキに使えるだろうか。
(・・・ミツキ。)
あの時、救えなかった命がある。
ミツキは、それを望むだろうか。
ミツキは、自分にどうしてほしいだろうか。
『ありがとう』
ミツキは、どういう気持ちであんなことを、死に際に言ったんだろう。
自分にどうしてほしいと、彼女は願ったんだろう。
考えたら、すぐにわかる。
あの子は親友だった。
あの子の考えてることなんて全部わかる。
(ほんっとに…後悔しないでよね。)
私は、お湯からザパリ、と上がった。
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「兄さん、もっと速く!」
「わかってるって。でも、どうせまた後で見れるんだよ?」
「いいから。今すぐ見たいの!」
アマツマガツチとの死闘を終えて2週間後。カンナは1週間の長い眠りから覚めた。重体のカンナは全身をちょこっとでも動かすと激痛が走るほどだったけど、それでも順調に回復を続けた。
ちなみに、起きた後待っていたのは、サツキの説教だった。何もあのタイミングでゾーンと秘伝書解放を同時にするなんてバカじゃないのかと。
っても、あの時は必死だった。ゾーンに入って、アマツマガツチに近づいた勢いで、つい秘伝書も使ってしまった。そこから無我夢中に切って…あとは覚えてない。でも、こうして無事に、車椅子だけど動けるようにはなっている。
生死の縁を彷徨ったとは思えないほど元気。ひょっとしたら自分の体もハンター仕様に丈夫になってきたのかもしれない。
そんなカンナは今、兄のハナビに車椅子を押され、ギルドを爆走中である。兄も、今日という日に合わせて凍土の観測所から戻ってきていたのだ。
「あの扉だよ!速く、速く!全速前進!」
「わかってるって、皆さん、ごめんなさい。」
「いいんですよ、英雄さんですものね。」
「あはは…ありがとうございます。」
サツキの説教のあとはすごかった。村中の人たちが部屋にやってきて褒められた。
カンナがよく見ている、『狩りに生きる』の取材の人まで来た。
ランク100手前のハンターがゾーンと秘伝書の同時使用で古龍を倒す。長いハンター史に新たな一ページが刻まれたと言われた。
照れて照れて照れまくって、何を答えたかあんまり覚えてないけど、単純にそれくらい嬉しかった。
力のない自分が、今まで散々苦労して、悩んで、それでも前に進んだのはみんなのおかげだ。自分だけじゃない。助けてくれた周りのハンターや村の人たちの行動も肯定されたとわかって、とにかく嬉しかった。
そんなカンナもある程度車椅子なら動けるようになった。
そして、今日。
カンナは、ドアを思い切り開けた。
そして開けた瞬間に、思わずふわぁ、と息が漏れた。
「うわぁ…」
「お、おいカンナ!今は入ってくるな!」
「お久しぶりです、村長さん。ミルさん。本当にお疲れ様でした。そして、ミルさん。この度はおめでとうございます。」
「あらあら、ハナビさん。遠いところわざわざありがとうございます。どうです?ミルさん。」
「綺麗ですねぇ。」
「ちょ、ちょっと待ってくれハナビさん!恥ずかしい、死にたい…」
「なに言ってんですか。これからもっと恥ずかしくなりますよー、!」
鮮やかな着物を着ているけれど、その結ってある美しい髪の毛はまさしくミルさん。それにしても、日がな一日ハンターの防具を身につけているミルさんのこの格好は同性でも魅入ってしまうほど似合っている。
兄のゴクリ、と唾を飲み込む音が聞こえた気がした。
多分、ほんのりと赤く染めた顔は化粧のせいだけじゃないだろう。
「ミルさん、おめでとうございます!」
「うう…恥ずかしいんだが。」
すると、ドタドタと音がする。
「おっと、来ましたか…。」
この足音は・・・。
「ミルさんー!来ましたよ、お・う・じ・さ・ま…って、どうしました?」
ミルさんはクエストに出ている時のようにサッと顔色を変えると、スタスタと扉の方に歩いていく。
「ミルちゃーん!!!ぶべら!」
そのまま大きくなる足音とともに、飛び込んで来たのは青い髪の「いかにも」カッコいい男の人。だが、こちらは袴を着つけていた。ミルさんに飛びついたが、逆に拳骨を食らって吹っ飛ぶ。
「いったー!」
「うるさい!」
地面に転げる男の人。
ベガだった。
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サツキのおかげだった。
アマツマガツチが死ぬ間際に落とした、崩天玉。
その液体を、ベガの遺体に使ったところ、ベガの心臓が再びうごいた・・・らしい。聞けば、崩天玉には昔から死者を蘇らせることができる、という伝説があったようだ。
それからはもうすごかった、らしい。
飲めや食えや踊れやのパーティで、ベガも含め、それはそれは賑やかな宴が村中で三日三晩続き、秘蔵の酒は飲み尽くされ、美味しいものは食べ尽くされ、その後3日間食卓が雑炊だけになるくらいだった、らしい。
ちなみにその絶対楽しいであろう機会を昏睡という形で、村人の中でたった一人全部逃したカンナは、かなーり根に持っていたりする。
そんなベガもすっかり元気になり、今現在はミルのげんこつを食らってぶっ倒れているわけである。
「ちょ、ちょっとミル。それはひどくない?未来の旦那にさ。」
「うるさい。着替えてる女のところに入ってくるやつに何かを言う権利はない。そもそも、お前その格好でよく動けるな。」
「防具に比べたら安いもんよ!あ、ハナビさん!これはこれは。可愛い妹さんですよねぇ。手出しちゃダメですよ!ガハッ。」
今度はミルさんが履いている草履を飛ばした。ベガさんの顔面に命中する。
「ほんと、先が思いやられる…なぜ私はこいつを好きになってしまったのだ…」
はは…。
カンナには、見える。多分この二人は、どういう関係になろうと変わらない。ベガに振り回されるミルの未来が明確に見えたので、とりあえずお疲れ様です、と心の中で呟いておいた。
まあ、そういうことで。私は眠っていたけど、ベガさんとミルさんはきちんと思いを伝え合ったらしい。なんやかんや仲がいいのは知っていたし、満更でもないのも一目でわかっていたし、むしろ古参のセリアとセレオからしたらやっとくっついたかとらしくもない、ため息をついたそうで。
村一番のハンター同士の婚姻なんておめでたいこと中々ない。
あの日から、村は息を吹き返していた。
そんな今日は二人の晴れの式。つまり、結婚式だ。
「二人とも、似合いすぎですよ…」
泣いてしまった。
村が戻って、ベガは生き返って、みんな幸せで。
ハンターになって二年で、本当に色んなことがあった。
でも、今だからわかる。この景色だ。この景色のために、ハンターは命を張る。バカみたいだと言われるかもしれない。でもここに、命を張るだけの価値があると、実感してみないとわからないんだと。
「ちょ、なんでカンナちゃん泣くの?」
ベガさんの声のせいだ。
ミルさんのいつもの制裁のせいだ。
みんなの笑顔のせいだ。
全く、ほんと。
よかった。
全部、終わったんだ。
そして、始まるんだな、と。
カンナは泣きながら、思うのであった。
ワーワー、おめでとう!
そんな声が溢れる。
「流石に盛り上がってるね、カンナ。」
「兄さん、当たり前だよ!村一番の美男美女の結婚式だよ!?」
「わかっているけど…。すごいね、これは。」
式場のギルドから石畳を降りてくる二人は、腕を組んで歩いてくる。
それにつられて、沿道の歓声が波のようにこっちに向かってきた。
カンナも、兄とサツキ、リュウと声を上げる。真っ赤なミルさんの顔は、なんともいえない。こんな乙女なミルなんて、カンナは見たことない。
「あー!かわいすぎ!ミルさーん!」
こちらをチラリと見たミルは、また顔を伏せる。
だけど、それに気がついたベガが、ミルを引きずってこっちに来た。
「おめでとうございます!」
「ありがとん!」
「ああ、ありがとう…」
「ほら、ミル?ちゃんと顔上げて!」
「うう……」
なんてことだ。可愛すぎる。
これはもう殺人的な可愛さだ。
「仲良くしてくださいよ、ほんと。」
「サツキちゃん、それはこの女次第だよ。」
「殺されたいか?」
「いや、ごめん!まじここで拳骨はやめて!」
あたふたするベガを見て、みんな笑った。うん。違うな。前言撤回。
先輩はやっぱり、先輩だった。
ベガの尻に敷かれる未来は明確に見える。
「それに、サツキちゃん?次は君の番じゃない?」
「?どういう?」
「ほらー、リュウくんがいるじゃなーい。」
ブフッ!!!
いたずらっぽく笑いかけるベガの言葉に、サツキとリュウが同時に吹き出す。
「「絶対にありえません!!」」
「ご、ごめんって。そんなに否定しなくても…。じゃ、そんじゃーね、また後で!!ほら、行くよ!」
「明らかにお前が悪いぞ…。
それでは、また後でな。」
すごい剣幕で同時に叫ぶサツキとリュウにに気圧されるように、二人は降りて行った。
「あーもう・・・。びっくりした。」
サツキはパタパタと手で顔を仰ぎながら、そう呟く。
「・・・ま、あの人が戻ってきてくれて、冗談を言ってくれるだけで頑張った甲斐があったな。」
本当に、そう思う。
今は、余韻に浸りたい。
上を見上げると、道に沿ってそびえている木から、真っ赤な紅葉が舞っている。
(あれから2年か。)
ハンターになった日を思い出した。
その時と同じ、今の色あざやかな紅葉を、私はきっと忘れないだろう。
二人の結婚式のあと、カンナは車椅子のまま病室に戻っていた。いい式だった。誓いの盃を交わす時に、ベガが盃をひっくり返し、怒ったミルが赤らんだ顔を一気に青くしてぶん殴った以外。うん、考えるのはよそう。
そんなカンナは、昨日手紙を眺めていた。それは、サツキの姉、「月光」ことソニアからだった。
[やっほー、カンナちゃん!ごめんね、私もすぐに戻れって言われちゃって。アマツマガツチ討伐、ハンターランク100到達、おめでとう。
この前の件だけど、約束、ちゃんと守るね!メゼポルタで待ってるよん!
今度は、Fの名を持って私のところへおいで!]
くしゃり、と手紙を握りしめる。
「ーーっっっ!!!!」
飛び上がりそうな身体を、絶対安静の言いつけがかろうじて留めてくれた。
あの時、カンナがソニアにしたお願いは、単純だった。
自分弟子にしてください、と。
なのに、約束を守った私が目覚めた時、もうソニアはホームズとメゼポルタに戻っていた。そして、今朝方手紙が来た、というわけである。
あの時、アマツマガツチ到来の裏で集まってきたジンオウガは、全て二人の手で討伐されたらしい。占めて二十匹。十八匹は二人で倒したらしい。残って狩りをしていたセレオやミナミに尋ねると、いや、言葉にならない、という曖昧な返事だけ返ってきた。
いつか、メゼポルタに行けたなら。
そう考えるとワクワクする。
そういえば、サーサのことも聞いた。でも、不思議と受け入れていた。狩りを通して、彼女が決して悪い人間でないとわかっていたから。ベガも生き返ったし、結果良ければ全てよし。また戻ってきて狩りができるだろう。
だから、この異変は終わりなんだ。
そして、さっき考えていたことと同じ。また新しい旅が始まる。みんなにとって。自分にとっても。
(楽しみだなぁ…。)
それが嬉しくて、布団に顔をうずめる。
その時、扉が叩かれた。
「どうぞ。」
「失礼・・・って、カンナしかいないのね。」
扉が開いて、入ってきたのはサツキだった。
「サツキ!」
「うるさいわね、もう。さっきも式場で会ったじゃない。」
「いいじゃん、別に。」
「調子は?」
「よゆー!」
サツキはあきれた、と言った顔をした。
この子のおかげなんだ、と思う。
この子が村に来て、全部始まった。
自分の目標で、道しるべで、ライバルで、友達。
言い尽くせないサツキへの感情が、不思議と溢れてくる。
「サツキ、ありがとう!」
「は?なにそれ。」
サツキは驚いた顔をした後、そのままクスリと笑った。
どうせ照れてるんだろう。
「それにしても、ほんと、二人とも綺麗だったわね。」
「当たり前じゃん。」
「ミルさんのあんな格好、初めて見たけれど。似合ってたわね…。ま、それはいいとして。」
サツキは、ふとカンナの持っていた手紙を指差す。
「あんた姉さんに弟子入りお願いするなんてね。姉さんの嬉しそうな顔、見せてあげたかったわ。」
そう言った。
「そうだよ、サツキなんてすぐ追い越すんだからね?」
「バカはそっちじゃない。まだぺーぺーのくせにー!」
「むっ!秘伝書、サツキ持ってないくせに!」
「失礼ね、穿龍棍なら持ってるわよ!」
サツキは椅子に座りながら、そう言う。その時だった。目線を机の上に置かれた手紙の上にやりながら、ふと、彼女の目がある一つに止まるのを感じた。
「あれ、何?」
「ん?」
サツキが指差したのは、青い石だった。いつかモグラこと、迷惑トレジャーハンターが見せてくれた、謎の文字が刻まれた石。カンナは説明する。
「ふうん。」
そう言って、石を回して眺めていたサツキの手が、ピタリと止まる。
「ねえ…これ、『F』じゃない?」
「え?」
石に指を指すサツキ。カンナもどれどれ、と覗き込む。
「ほ、ほんとだ。」
たしかにそうだ。少し掠れているし、小さいけど間違いない。Fという文字が、ぐにゃぐにゃとした謎の文字の中に紛れている。
「それに、ここだけ大きく書いてあるわ。何でしょう?」
「さあ…知らない。」
「古代の、文字……?」
サツキが呟いた。
その時、またも扉が開かれる。
開けたのは、リュウと村長さんだった。
「リュウ、どした?披露宴ならもう少し後でしょ?」
「いや・・・。この空気の中言うのもなんなんだけど。サツキ、お前に用があって。俺と来てくれ。あの異変のことで、サンサさんからとんでもない証言が取れた。」
「何?」
「いいから。あと、お前の姉にも相談があってな。」
「まあ…いいけど。じゃ、カンナ。私行くから。安静にしてなさいよ。」
「う、うん。」
そう言って、二人は出て行く。
残された村長さんと、カンナは二人だけになった。
「具合は、どうです?」
「大丈夫ですよ!何か、御用ですか?」
「いえ、きちんとお礼をしなければ、と思いまして。カンナさん、本当にありがとうございました。ユクモの村長として、改めてこの通りお礼を申し上げます。」
「い、いえ、やめてくださいよー!この前も言われましたし!」
そこまで会うたびにそれをされると恥ずかしい。
「結局、今回の異変は、あなたたち無しでは解決しなかったのです。当然でしょう?」
そう言った村長さんの顔は、なぜか曇っていた。
「あ、あの〜。何か?」
「はい?」
「いや、何か嬉しそうに見えなくて…ご、ごめんなさい!」
「あら、そうでしたの!いえ、ごめんなさい。ただ…少し気になることもありまして。」
「えっと、聞いても?」
何だろう。
村長さんは、ポツリと話し出した。
「ユクモの伝説の話は何回かしていますよね?」
「は、はい。ベガさんが生き返った崩天玉とかの話ですよね?」
「はい。ですが、伝説はそれだけじゃなくて・・・。その中に、こんな話もあるのですよ。」
村長さんは窓の外に目をやる。ここからも見える黄色いイチョウが、風に揺れていた。
「この村は過去にも、アマツマガツチの脅威にあったといいます。その時、伝説のハンターがそれを狩り、異変を終わらせました。そう、今回のように。
でも・・・この話には続きがあるんです。これは始まりなのだ、と。本当の異変はここからだった、と。その事件一度ハンターをやめた伝説のハンターは、再び剣を取り、ついにその異変は解決された…。
あくまで伝説です。しかし、伝説通りにベガさんが本当にアマツマガツチの崩天玉で生き返ったことといい、実際にアマツマガツチが異変に関与していたことといい、今回の事件は伝説に絡みすぎている。
もしかしたら…終わりではないのかも、と思うと不安でならないのです。そして、その伝説のハンターの役は、今回の場合、他ならぬあなたたち、と思うと。」
「そ、その伝説のハンターってまさか…」
私は伝説なんかあんまり知らない。
歴史の授業は苦手だった。
でも、ハンターの祖と呼ばれる人物の名は物語で何回も、何回も聞いたことがある。本当にいたのかもわからない、最早神の類だけど。
「はい。伝説のハンター、アンゼリカはユクモに拠点を置いていた時期があったそうなんですよ。」
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
「リュウ、一体何?」
「とりあえず、座ってくれ。」
リュウの後に続いてギルドに入り、手近な椅子に座る。リュウはさっきまでとは違い、仕事の正装を身にまとっている。
「例の異変の原因が、薬だって話はしたよな?」
「ええ。」
「サンサさんは、それをユクモ周辺の土壌にまいて、生態系の中で循環させたらしい。草に浸透した薬が草食動物に食べられ、それが肉食動物に食べられる、みたいな具合だ。だが…その薬の出所を尋ねたら、とんでもない名前が出てきた。
用事ってのは、その件でお前の姉に確認してほしい。」
「誰だったの?」
リュウは難しい顔をした。
「『第1位』らしいんだ。」
「・・・は?なんですって?」
とんでもない名前が出てきて、サツキに鳥肌が立つ。
第1位。
つまり、姉であるソニアの更に上をいくハンター。
サツキは、その男をギルドで見たことはない。彼は少しふつうのハンターとは違っているからだ。
ギルドから仕事も受けず、気ままに、ふらりと現れて、平然と国や村を、たった一人で救う。そんな流浪のハンターだ。
だけどそれは同時に、ハンターの世界の法を侵している。ギルドの許可なく狩りを行うのは生態系保護の観点で認められていない。
だから第1位は同時に、犯罪者でもある。しかしその実力と、実害のなさから、ギルドも黙認していた。
サツキの考えを読んだリュウが、続ける。
「ああ、そうだ。メゼポルタギルドは今全勢力をあげて第1位ーーー。『キリサメ』を捕らえようと躍起になってる。」
その男の名は、「キリサメ」という。
「なんで、そんな名前が…」
「わからん。ただ、ソニアさんは面識、あったよな。少し聞いてみてくれ。」
「わ、わかった。今日にでも・・・」
と、答えようとした時だった。
「リュウさん、大変です!」
ギルドに駆け込んできたのは、若い職員だった。
「今度はなんだ!」
「ただ今、霊峰の頂上の調査、及びアマツマガツチの遺体の確認をしていたのですが…岩の陰から、男性が発見されました!」
「は、はあ?何言ってんですか?」
女性も信じられない、というような顔をする。なんだ?この感覚。
あの時、アマツマガツチの存在を実感した時と同じ。
何かが、起きてる・・・?
「わかりません。それに、目立った外傷もなし、ただ気絶しているだけみたいで・・・」
あの嵐の中、眠っていたと?気がつかなかったし、ありえない。
異変は終わっていなかったのだ。
そして新しい物語がここから始まる。
サツキの頭には、青い石に書いてあった、大きな文字があった。
ーーーquestーーー、と。
その意味がわかるのは、ずっと先のことになる。
第1部 完
見ていただいてありがとうございました!
続きはまた気が向いたら書いてみたい・・・。
見てくれた方、ありがとうございました!