「私はとある賞金首を追っているハンターだ。今回、あなた方を襲撃したこの一団こそ、その目的の賞金首である幻影旅団だった」
「要するに、他人の獲物をかっさらいに来たと?」
混迷する状況の中、発言主体は三すくみの関係にあった。まずヴェンディッティ組の代表としてアイク、次に幻影旅団のフィンクスとノブナガ、そしてブラックリストハンターのクラピカである。
アイクが代表を務めている理由は特になく、その場の流れで決まった。ボノレノフとのやり取りでも落ち着いて交渉役をこなしていた様子から、そのまま任せられる流れになった。前世でハンター協会の会長をやっていただけのことはあり、ある種の場慣れした貫禄のようなものを他の者たちも感じ取っていた。
『別に構わんが、わしに任せるというのであればヴェンディッティ組として交渉内容についての決定権は全てわしに渡してもらうぞ。口出しはさせん』
『……いや、それは……』
『できんというのならわしは降りる。ネゴシエーションまで契約には入っとらんのでな。おぬしらで勝手にやってくれ』
立場的に言えばゼンジと関係の深い組員たちが交渉に応じるべきである。だが、こののっぴきならない状況で誰も自分がと名乗り出る者はいなかった。最終的に交渉が決裂してしまった場合、責任を取らされてはたまらない。
結局のところ、ゼンジが信頼を置いてそばに置いていた子分たちはただの腰巾着。イエスマンばかりの集まりに矢面に立ってしのぎを削るような度胸も聡明さもなかった。なし崩し的にアイクが代表を引き受けることに決まり、クラピカと問答を交わしていた。
「旅団の身柄をこちらへ引き渡してもらえれば、奴らの首にかけられた懸賞金を私から支払おう。一括で、とはいかないが、必ず払うと約束する。証文も書くし、担保の一つとしてこの場でハンター証を渡そう」
「金が目的で捕まえに来たのではないのか?」
「復讐だ。そいつは『緋の眼』を持つクルタ族の生き残りさ」
フィンクスが語ったクラピカの素性を聞き、アイクは手元にある競売品を見た。なんとなくだが一連の経緯が少しずつ読み取れてくる。
「その鎖野郎に言うことを聞かせたければ簡単だぜ。死んだ仲間の眼を必死こいて探し回るような女々しい野郎だ。緋の眼を潰すとでも言って脅してやればいい」
フィンクスが嘲るようにクラピカの弱点を暴露するが、言われた通りにできる状況ではなかった。クラピカはゼンジを念の鎖で拘束し、人質にとっている。アイクたちはクラピカに殺意を向け今にもとびかかりそうなフィンクスたちを制している状況だ。
クラピカからしても即座に旅団を殺しにかかることはできなかった。いかにゼンジを人質に取っている状況とはいえ、旅団が解毒剤の在り処を秘匿している現段階ではまだ殺せない。その後の交渉にも悪影響をきたす。
突如として割り込んできたクラピカの行動は、やはりどう言い訳したところでカーマインアームズの武力を利用した不誠実な対応だ。信用を得るためには一つ一つ確実に互いの損得を擦り合わせる過程が必要となる。
A級賞金首となればその懸賞金も破格だ。クラピカの私財を全てつぎ込んでも一括では到底払いきれない額になる。その首一つが一財産なのだ。クラピカはそれを横から割り込んで寄越せと要求していることになる。いくら金を払うと言ったところですぐに信用できることではない。
復讐よりも優先すべき緋の眼の回収を考えれば、あまり強硬な行動は取れなかった。しかし、クラピカに焦りはなかった。
これまでの言動を見る限り、カーマインアームズは目先の利益に囚われて本来の使命を放棄するような輩ではないと思われた。ただ金が欲しいだけならそれこそ盗賊にでもなればいい。幻影旅団を圧倒できるほどの実力があれば造作もなく金を集められるだろう。そこまで極論に至らずとも、もっと楽に金を稼ぐ手段はいくらでもある。
わざわざ傭兵などという仕事に身をおいているということは、彼女らに遵守すべき理があることを示している。利益よりも契約を優先するはずだ。ならば交渉の道筋は立つ。
「解毒剤の在り処については、そいつらから聞き出すまでもない。私にはそれを探し出す方法がある」
『導く薬指の鎖』を使えばダウジングによって隠し場所を見つけ出せる。ノブナガはその事実に気づき、わずかに口元を歪めた。
「……そんなインチキくせぇ能力が信用できるか? 見つけ出せるわけがねぇ」
「随分な自信だな。なるほど、確かにその可能性はある。私の能力をもってしても“初めからないもの”は探せない」
今度こそノブナガは言葉に詰まった。すかさずフィンクスがフォローする。
「薬がなかったら交渉が最初から成り立たねぇだろうが!」
「どうだろうな。お前たちは全員がこの場から逃走を終えた後で電話から隠し場所の在り処を伝える予定だった。ならば本物の解毒剤を用意する必要はない。既に自分たちは安全圏に逃れているのだから」
クラピカはこの推測に確信があったわけではなかった。実は既にダウジングを試している。その結果、隠し場所を探し出すことができなかった。鎖は何の反応も示さなかったのだ。クラピカの能力を無効化する何らかの方法で隠されている可能性はあるが、それよりは最初から薬自体が存在しないと考えた方が自然である。
しかし、その一方で旅団とアイクの会話を聞いていたセンリツは内容に虚偽を確認できなかった。つまり、薬は存在することになる。その矛盾を解くためには、ダウジングが無効化されているという説も否定はできない。はっきりとしたことは言えない状況だった。
「仮にお前たちの言う解毒剤があったとして、それが本物であるとどうやって証明する? ゼンジ氏に投与してみるか? 得体の知れない薬品を? それとも病院に連れていき検査を受けた上で安全性を確認するか? それまで彼の容体がもてばいいがな」
「てめぇがのこのこ現れたせいで話がこじれてそのハゲが死にかけてんじゃねぇか! 言ったはずだぜ、この毒は早期の治療が必要だ! 時間が経つほど解毒剤の効果も低くなる!」
「心配いらない。お前たちの用意した怪しげな薬などなくても、私にはゼンジ氏を治療できる念能力がある」
クラピカが強気の交渉に出ることができた理由はここにあった。今は身の安全のためにゼンジを人質に取っているが、彼の治療と引き換えに緋の眼と旅団の引き渡しを求める交渉へとシフトさせる計画だった。
本来ならヴェンディッティ組から目の敵にされているクラピカが緋の眼を譲り渡してもらうことは強硬手段をもってしても難しかった。カーマインアームズの存在を考慮すれば不可能と言える。しかし、図らずも旅団が仕掛けた襲撃によって好機を得ることができた。
「その能力ってのは……『癒す親指の鎖(ホーリーチェーン)』のことか?」
「……!」
その順調に事が運んでいるかに思われたクラピカの表情に影を差す旅団の発言。ノブナガはクラピカの能力を言い当てる。
「自己治癒力を高める効果だったな。他人にも使えるのか? だとしても傷の治療ならともかく体内の毒物まで浄化できるわけじゃねぇだろ。できるもんならパパッと治してみろよ」
ノブナガの指摘はクラピカにとっても苦慮していた懸念だった。他人の中毒症状を治療する機会はこれまでなかった。どこまでのことができるかはクラピカ自身にもわからない。動揺を外に出すことはなかったが心穏やかではいられなかった。
なぜヒソカにも知られていないはずの念能力の情報が敵に漏れたのか。記憶を読み取る能力を持つパクノダには知られてしまっただろうが、それでもその情報を旅団の仲間に伝えることは『律する小指の鎖(ジャッジメントチェーン)』の効果により不可能なはずだった。
「だが、治癒力を高める効果があれば表面上は中毒症状が改善したように見せかけることはできるかもな。後は適当に言いくるめて緋の眼とオレたちの身柄を要求する算段だったんだろうが、お生憎様だ」
「貴様、どこまで……」
「さあ、“どこまで”だろうな?」
旅団はクラピカの能力についてどこまでの情報を得ているのか。鎖の中には死の誓約を伴う危険な能力も存在する。知られれば窮地に立たされることは明らかだった。
「もうよい、どちらも少し黙れ」
互いに楔を打ち合う旅団とクラピカの舌戦を、辟易とした様子でアイクが遮った。このままでは話が前に進まない。解毒剤の有無、クラピカの能力、検討すべきいくつかの論点の中で、アイクの疑念はまた別にあった。彼女の言葉はボノレノフに向けられる。
「一つ聞きたい。なぜこれをわしに投げ渡した?」
アイクは、その手に持つ緋の眼を掲げた。クラピカの弱点であるそれを自分の仲間であるフィンクスたちに渡そうとしたのであれば理由はわかる。その場合でも状況は膠着しただろうが、わずかなり趨勢は旅団の方へ傾いただろう。
人質の引き渡しのため距離的にボノレノフとアイクが近い位置に立っていたというのもある。あの状況でとっさに投げ渡せる相手はアイクだけだった。もし旅団の仲間の方へと投げようとする迷いが生じれば、その暇さえなく鎖に拘束されていた。逆に言えば、露とも迷いがなかったゆえに最後の行動がぎりぎりのところで叶ったのだ。
『拘束する中指の鎖』に捕らわれたボノレノフは口元まで鎖で覆われていた。アイクがクラピカに目配せし、話だけはできる状態にされる。
「さあな、わからない。無我夢中のことだった。だが、おそらく……」
幻影旅団とクラピカ、この二つの存在に和解という決着はあり得ない。どちらかが死ぬまで戦い合う。その覚悟はボノレノフにもあった。彼は旅団の創設メンバーではなく、クルタ族を襲った事件に参加していなかった。いわれのない罪を着せられた身として余計に腹立たしくもある。
だが、その一方でクラピカに対してわずかな同情心を持っていた。ボノレノフは開発により住処を追われた少数部族ギュドンドンド族の生き残りだった。似通った境遇を持つ彼はクラピカの怒りを多少なり汲むことができた。
「お前は『盗んだものを全部置いて帰れば命だけは見逃してやる』と言った。だから返そうとしたのかもしれない」
行き場を失った自分を受け入れてくれた幻影旅団という集まりに愛着はある。その仲間を殺したクラピカを憎む気持ちも当然ある。だが、もしボノレノフが心の底からクラピカを恨んでいればアイクに緋の眼を投げ渡すという刹那の判断はできなかっただろう。
敵を殺すことよりも、仲間を守るために何が最善かを考えた。この場を圧倒的な武力で支配している存在はカーマインアームズだ。その下で互いの主張をぶつけ合う旅団とクラピカの構図は、裁判における被告と原告に相当する。
アイクはこの一件の当事者ではあるが、幻影旅団とクルタ族が抱える因縁については関係のない第三者だ。彼女を裁判官とすればボノレノフが求めた裁定とは、明確に勝敗を分ける起訴ではない。仲間を逃がすために必要な仲裁だった。
「まぁ、確かにそんなことも言ったが……」
アイクは自分の発言を思い出す。脅し文句として言ったことであり、まさか額面通りに受け取られるとは彼女自身思っていなかった。しばし逡巡する。
「……あいわかった。では最後に聞く。解毒剤は有りや無しや」
「待て、そんな質問に意味は……」
「お前には聞いとらん」
流れが変わったことを察したクラピカが口を挟もうとしたがアイクは一顧だにしなかった。ボノレノフはその問いかけに正直に答える。
「解毒剤は」
「ない」
しかし、実際に答えを発した人物はボノレノフではなくノブナガだった。フィンクスが余計なことを言うなとノブナガに食ってかかるが、口から出た言葉をなかったことにはできない。
「正確に言えば、ボノが最初に交渉をし掛けたときにはあるものと“思っていた”」
解毒剤は毒ガス弾を使ったシズクが持っていた。しかし、千百式観音の一撃を受けた際に粉砕されてしまったのだ。シズクを車に搬送するときノブナガが気づいた。この事実はフィンクスと共有されたが、交渉にボロが出ないようにとボノレノフには伝えられていなかった。
旅団は、クラピカやその仲間が嘘を感知する能力を持っていることを知っている。本当に解毒剤があると思っているボノレノフの発言に嘘偽りは生じない。敵に間違った情報を植え付けることができたかもしれなかった策は、ノブナガの返答によって完全に潰えた。
これで旅団は自分たちの身を守るカードを失ったと言える。しかし、ノブナガは堂々としていた。
今は亡きウボォーギンとつるむことが多かったノブナガは、旅団の中で誰よりもクラピカを恨んでいた。必ず自分が仇を討つと誓っていた。この瞬間にも押しとどめなければ弾け飛びそうなほどの殺意を抱いている。
それでもここでクラピカに手を出すような真似をすれば他の団員が助からないとわかっていたからこそ、何とか自分を抑えることができていた。仲間を思う気持ちは胸を焦がす憎悪に勝るとも劣らない。
理論武装を固めたクラピカを相手にしたところでわずかばかり交渉が長引くだけだ。ここで退いたとて復讐を果たす機会が二度となくなるわけでもない。仲間を無事に帰すため、ここで嘘を言うべきではないと彼の直感が告げていた。
「解毒剤の瓶はわしが壊してしまったか……なら、わしにもちょっとは非があるかもしれんの」
「まさか本当に旅団を見逃すというのか……!? あなたたちにとって何のメリットもないだろう。そもそも襲撃を仕掛けて来たのは向こうのはず。さらに解毒剤がないことが判明した今、生かしておく価値もないはずだ」
「薬があるかないかはさして重要なことではない。あればあるように、なければないように行動するまでじゃ。ないものは仕方ない! これで盗まれた品の返却は終わった。もう帰ってよいぞ」
あっけらかんとアイクは言い放つ。だが、その言葉に応じる者はこの場にいなかった。依然として互いが睨み合う状況が続いている。
勝手に襲撃者を逃がそうとしているアイクの発言にヴェンディッティ組の子分たちは不満を抱えながらも何も言えずにいる。交渉権はアイクに一任されてしまっていた。
旅団はと言うと、アイクから許しが出たがさっさと逃げ出すようなことはなかった。まだボノレノフが捕まっている。置いていくことはできない。
「わかった。では私も譲歩しよう。今私が拘束している旅団員一名の身柄をこちらで預かる。他の団員については関与しない」
そしてクラピカはボノレノフを解放しなかった。他の団員は諦めるとしても、せめて一人はここで仕留めるつもりだった。もとより全員をここで始末できるとは思っていないが、何の成果も出せないまま終わらせることはできなかった。
「ふぅー……」
このままでは埒があかないと、アイクは殺気を放つ。そのオーラの威圧は周囲に立つ者たちに足元から崩れ落ちていくような錯覚を与えた。どこまでも深く、底の見えない奈落の底へと落とされる絶望感が全身に沁み込んでいく。ゼンジの子分たちや護衛チーム(三人)はその余波だけで極寒の地に放り込まれたかの如く身を震わせていた。
「仏の顔も三度までじゃ。もう十分面倒を見てやったじゃろう、これ以上わがままを言うでない」
その壮絶な殺気に反して、当の本人は幼子をたしなめるかのような困り顔をしていた。両の手を静かに前へ差し出す。彼女の背後に見上げるような観音像が姿を現した。
しかし、その吹き荒れる殺気を直に叩きつけられている面々は、全く動じた様子を見せなかった。巨大な観音像も眼中になく睨み合いを続けている。
「フィンクス、ノブナガ、オレのことはいい。クモの掟に従え」
旅団(クモ)は、手足をいくつもぎ取られようと頭がいる限り復活する。ボノレノフ一人と残りの団員六人、どちらに天秤が傾くかは言うまでもないことだった。だが、自分を見捨てて逃げろという発言はノブナガにしてみれば全くの逆効果である。
「そいつは無理な頼みだ。是が非でも連れて行くぜ」
「六人も助けてやったんじゃから一人くらい諦めてくれんかのう」
「お前さん確か、全員見逃すって約束だったはずだぜ」
「一度目じゃ。わしは“見逃す”としか言っとらん。全面的に逃走を手助けする義務はない。一度は見逃したのだからもう義理は果たした」
今にも人を殺しそうな殺気を垂れ流しながらアイクは淡々と受け答える。ボノレノフはフィンクスに声をかけた。彼はノブナガよりもクモの掟を重んじる性格をしている。犠牲を出してでも撤退を選ぶことに反対はないはずだ。
「まあ、そうだな。ここらが引き際だ」
このまま戦闘不能状態の仲間たちも含めて居座り続ければ全滅の危険があるとフィンクスは判断した。命を惜しむ気持ちはないが、死んだところでクモの利益にはならない。彼は逃走車の運転席に乗り込んだ。
「お前は残るんだろ」
「ああ」
「ボノのことは任せたぜ」
「すぐに連れて帰る。先に行ってろ」
ノブナガが梃でも動かないことはわかっている。フィンクスはアイクを指さしながら去り際に言葉を残した。
「なんかこいつチョロそうだから、実際もうちょっと粘れば助かる見込みはあると思うぞ」
「二度目じゃ」
一度二度とカウントするたびにアイクの両手は合掌の形へと近づいていた。ノブナガとボノレノフを残し、幻影旅団を乗せた逃走車が高速道路を走り去っていく。アイクは次にクラピカの方へと言葉を投げかけた。
「そのボノとかいう男を解放してはくれんか?」
「その問いに答える前にこちらも尋ねたいことがある」
「なんじゃ」
「なぜ、あなたはそこまでして旅団の肩を持つ」
傭兵として見れば殺すべき状況であるはずだ。旅団の身柄を要求しているクラピカだが、そうなる可能性は十分に承知していた。しかし、アイクはむしろ敵を逃がそうとしている。その理由を知りたかったクラピカはアイクの言葉を聞いてさらに理解に苦しむことになる。
「うちの団訓は『みんな仲良く』なんじゃよ」
傭兵団カーマインアームズは、依頼において極力人を殺さない。その規律は団が掲げる一つの理念に基づいていた。
「うちの団長は平和主義者なのじゃ。敵も味方も手を取り合って、みんな仲良くうんこちんちん言うとるような世界を目指しておる」
「……残虐な独裁者より質が悪いと言わざるを得ない。地獄の方がまだ救いがある」
「控えめに言っても狂気の沙汰じゃな」
その実現不可能な理想をどうにか現実的なレベルに落とし込んだ規律が『不殺』である。どんな人間も命を失えば取り返しがつかない。だが、命さえあれば何とかなると言い換えることもできる。どんな悪人だろうと、ただ『悪い』という理由だけで殺していいわけではない。
「その“団長”とは、世に言う世界革命未遂を起こしたモナドのことか?」
なぜモナドが大々的に世界統一国家の建国を宣伝し、そして語るもおぞましい武力を行使したのか。その理由については様々な憶測が飛び交っているが、本人が姿をくらました今となっては真相は闇の中だった。
「いや? モナドはなんやかんやあって団長にとっちめられて、今は団員の一人じゃ。引きこもりのニートじゃが、まあまあ強いぞ。わしでは敵わん」
アイクをして敵わないと言うほどのモナドを従わせている団長とは何者なのか。アイクが嘘を言っている様子はなかった。これだけの武人が冗談でも自分の実力を偽るようなことはしないだろう。嘘であってほしかった。
「まあ、わしはしがない平団員じゃからの。団長様が決めた方針には逆らえんのじゃ。ひょひょひょ」
圧倒的などという言葉では到底言い表せない強さ、狂気の思想をもって傭兵団を従えるカリスマ、そして世界を書き換えるほどの威力を持つ兵器を有する傭兵団のトップ。なによりも、そんな集団がマフィアの護衛としてぽんと雇えてしまうという事実に常識を根底から覆すような恐怖を覚える。狂った平和主義者は一体何を企んでいるというのか。
「話を進めていいかの。こちらもあまり時間がない。依頼人を病院に連れていかねばならん」
アイクはクラピカに要求した。ボノレノフとゼンジ、二人をすぐに解放して引き渡せと。
「断る」
しかし、クラピカは頷かなかった。どれだけカーマインアームズが常識を外れた強さを持っていようと、彼が自分の信念を曲げる理由にはならない。アイクの両手は触れるか触れ合わぬか、瀬戸際の距離まで近づいていた。その空隙に生まれたオーラの気流が風音を鳴らす。
「三度目じゃ。もう後はない。これより先、一度でもわしを怒らせれば攻撃を躊躇わぬ。そうなれば……後ろにいるサムライを殺す」
「なんでオレだよ!?」
クラピカの言う通り、旅団を生かしておく必要がないことは事実である。アイクからすれば、これ以上話がこじれるようなら殺りやすい敵から順番に潰していくまでだ。むしろ逃げるなら今の内だと示唆している分、有情と言えるだろう。
「あなた方の不殺主義とは矛盾するのではないか」
「別に必要であれば殺しを厭わぬ。今回はただの護衛依頼だったが、これが敵の殺害も含めた依頼内容であればとうの昔に殺しとるわい」
「ではそのようにするがいい。私としては一向に構わない」
クラピカにしてみれば即座に攻撃行動を取らないアイクの態度が矛盾そのものに見えた。彼女にとって団の規律がいかに大きな縛りとなっているかを物語っている。クラピカはあえてアイクを怒らせるように挑発した口調となる。
「逆に聞くが、ここで幻影旅団を逃がすことによって生じる損害を理解しているのか? 生きて逃がせば奴らはこれからも罪のない人間を数え切れないほど殺していくだろう。『みんな仲良く』などという綺麗事をほざくのは自由だが、その自分勝手な主張のせいでより多くの人間が犠牲になるという矛盾を自覚すべきだな」
クラピカの論を前にして、命の危機に瀕しているはずのノブナガはと言うと、いたって平然と構えていた。口を挟むこともない。
「わしらの目の届かぬところで誰が何をしようと知ったことではないわ。おぬしもそんなに復讐がしたければわしらの関与せぬところでやってくれれば文句は言わん。おぬしのための殺しを請け負う義務はない。以上を踏まえた上で今一度問おう。心して答えよ」
これが最後の交渉となる。返答次第でクラピカの復讐は叶うだろう。
「ボノとゼンジをこちらへ渡せ。返答は応か否か、二つに一つ。それ以外は受け付けん」
人質を取っているクラピカにアイクが危害を加えることはできない。この要求を拒めばアイクの攻撃により旅団は死ぬことになる。クラピカは今後の交渉のことも考え、ノブナガ一人の死をもって今回の復讐は妥協し、不服だがボノレノフは解放してやることも検討していた。
だが、そこへ追加の条件が付け加えられる。
「この交渉の結果、死人が出た場合、望まぬ殺しを強要させたものとしてカーマインアームズはおぬしを敵と認定する。仮に口八丁でこの場を生きて逃れることができたとしても、我らは必ず追い詰める。四六時中ネットでくだを巻いとる生体コンピュータだの、キチガイハッカーだの情報戦要員も揃っとるから逃げ場はないと覚悟せよ」
別にクラピカはアイクに旅団を殺せと迫っているわけではない。強要させた事実はない。要するにこれは脅しの口実に過ぎなかった。
ノブナガはほくそ笑んだ。アイクの決定によりどう転ぼうと旅団の利になることが確定したからだ。クラピカがボノレノフを解放するならそれで良し。しなかった場合は、二人の団員が死ぬことになるだろうが、クラピカもアイクに殺される。
たった二人の命でクラピカを殺すことができるのなら安いものだ。クロロも含め多数の団員がまだ生きている。すなわちクモの勝利である。
もっとも、だからと言ってノブナガは戦意を放棄したわけではなかった。居合の構えを取り、オーラの血気を滾らせる。ここで臆するような戦士ではない。いつでもアイクと戦う心構えはできていた。死を迎えようと精神が折れることはないだろう。
「おー、そういやクラピカさんには仲間がいたはずだぜ。すげー耳が良い能力者がこの近くにいるかもな」
「そうか。なら交渉が決裂した場合、その者もついでに殺す」
「貴様……」
何が不殺主義だと聞いて呆れる。自らの意思で殺人を予告しながら、その責任を他者に背負わせようと言うのだ。これまでのアイクの言動から、彼女は自分に課したルールを徹底して遵守する性格だとわかる。一度口にした言葉を反故にするとは思えない。殺ると言ったら殺る。
「他にも同じくらいの年頃の友達もいたよなぁ。なんて名前だったか、あの黒髪の、ゴ……ゴ……」
「……わかった。そちらの要求に従おう」
ゴンやキルアの名前を出されるかもしれないとあってはクラピカも折れるしかなかった。緊迫した人質交渉はついに終結を迎える。
「うむうむ。ハンターたるもの、自分の獲物は自分で狩ってみせねばな。幻影旅団はまた今度、おぬし自身の手で捕らえるがよい」
「だが、その前に私と仲間たちの安全を約束してほしい」
「よかろう。危害を加えることはないと約束する」
安全が確認された上で、まず『拘束する中指の鎖』からボノレノフが先に解放された。アイクがさっさと行けと急かす中、ボノレノフは最後にクラピカと視線を交わした。
「なんだ」
「オレは今後、お前を陥れる目的で変身能力を使わない」
ボノレノフの『変容(メタモルフォーゼン)』はクラピカにとって厄介な能力だ。ここでこの敵を仕留めきれなかったことを少なからず危惧していた。それを自分から使わないと言い始めた敵にクラピカは怪訝さを感じずにはいられない。
「何のつもりだ。くだらない感傷か」
「オレはギュドンドンド族の誇り高き舞闘士(バプ)。次にお前と相まみえる時は我が一族の誇りを懸けて戦うと決めた。姑息な手を使い、興が冷めるような真似はしない。舞闘士の秘儀にてお前を葬る」
クラピカは不快げに眉をひそめた。交錯する視線は互いに友好的な感情を全く含んでいない。しかし、何か通じるものはあった。
仇同士が交わす別れ際の短いやり取りは、突如として空を切り裂いた観音像の一撃によって幕を下ろす。
ボノレノフに襲い掛かる音速の一撃。目で捉えるよりも先に優れた聴覚で危険を感じ取った彼は、とっさの堅が間に合った。直撃、そして飛翔。全身の穴という穴から壊れた縦笛のような音と血をまき散らしながら彼は吹き飛ばされた。
「ボノオォ!」
ノブナガが駆け寄る。ボノレノフは瀕死の状態だった。死んでいていてもおかしくない、いや死んでいなければおかしい攻撃を受けながらも、死の寸前で踏みとどまることができたことは一重に彼の実力のたまものだろう。辛うじて息があった。
「なにしやがんだテメェ!?」
「四度目じゃ! さっさと行けというのが聞こえんかったのか! べらべらとくっちゃべっとる場合か!」
しゃーっと荒ぶる鷹のポーズを取り威嚇するアイク。ノブナガはたまらずボノレノフを背負って走り出した。
「クソーッ! 覚えたぜカーマインアームズ……! この借りは必ず返してやらぁ!」
なるほど有言実行だったなと、逃げ去るノブナガの後ろ姿を見ながらクラピカは思った。その表情は真顔だった。
「さて取引の続きじゃ。次はゼンジを渡してもらおう。それからおぬしの能力についてじゃが……」
「治癒能力に関してのことだな」
まだ交渉の全てが完了したわけではなかった。クラピカにとって旅団への復讐は失敗に終わったが、緋の眼の回収だけは何としてでも達成しなければならない課題である。そのためのカードとして用意していた『癒す親指の鎖』も旅団のせいで能力の実態が露見してしまった。
ゼンジを引き渡したクラピカは、まず不信感を少しでも払拭するため能力を実演してみせた。親指から伸びる鎖の先端、十字型の楔を弱りきった蝙蝠に向けて垂らした。楔が触れた箇所から蝙蝠の身体へとオーラが伝わり、ばっさりと切り裂かれた傷を癒していく。
「自己治癒力を高める目的で作った能力だが、他者にも転用できる。ただし、私自身の怪我であれば複雑骨折の重傷でも数秒で完治させるほどの効果があるが、他者の治癒力を引き出す形を取る場合は費用対効果がすこぶる悪い。オーラの消耗も激しい」
治癒力の強化という強化系の効果を有する具現化された鎖。六性図の相性から見れば制御の難しい能力である。本来、具現化系能力者であるはずのクラピカがこれほど高い強化系能力の精度を引き出すことは困難なはずだが、その問題は『緋の眼』の特性によって解決されている。
クラピカは激情により緋の眼を発動させた状態において六系統全ての相性を100%にまで高める『絶対時間(エンペラータイム)』という特質系能力を持つ。この状態になったとき、彼は一時的に特質系能力者となる。普段は微々たる回復効果しかない『癒す親指の鎖』も、『絶対時間』の使用中は他者にも効果を及ぼすほど飛躍的に性能が向上する。
説明している間に蝙蝠の傷は塞がっていた。失った血まで元に戻るわけではないのでまだ具合は悪そうだが、ひとまず命の危機は去ったと言える。その様子を見ていたキャロルが、それまでの諦めきった態度を一変させてクラピカに問い詰めた。
「傷跡も残さず完治させたりもできるの!? あたしの顔の傷も治せる!?」
「可能だ」
今すぐ治してほしいと縋りつくキャロルをクラピカは押しのけ、アイクに確認を取る。
「ゼンジ氏の治療を引き受ける対価として緋の眼をこちらに渡してもらいたい。これは脅迫ではなく、純粋なビジネスとしての提案だ。承諾してもらえるのならゼンジ氏の治療が終わり次第、他の怪我人の治療も約束しよう」
「承諾すべきよ! あたしたちの目的はゼンジの護衛! 何よりも彼の身の安全と治療が優先されるわ!」
何よりも自分の傷を治してもらいたいことが見え透いているキャロルの弁はさておき、ゼンジをこのままにしておくこともできないことは事実である。
「こちらには相手の発言から嘘を見抜く能力を持った協力者がいる。旅団が語ったこの毒の性質について虚偽は確認できなかった。病院に連れて行ったところで治療できる保証はないということは予め言っておこう」
「半分以上、脅迫みたいなもんじゃぞそれ」
クラピカに根本的な治療が行えるか疑問は残るが、それでも対処療法によって症状を緩和させることができるなら大きな意味がある。病院に連れて行き、詳しい検査を行うまでの時間経過に伴うリスクを減らせるかもしれない。護衛としての最善を求めるならクラピカの協力を得たいところだ。
「おぬしが緋の眼を欲する理由は推察できる。その気持ちに同情もしよう。じゃがのぅ……」
『ミルキーだぴょん☆』
全員の視線がその音の発信源へと向く。ゼンジの子分の一人が慌てた様子でスーツのポケットからスマートフォンを取り出していた。
「あっ、サーセン……LINEが来たもんで……」
ただの着信音だった。こんな時に何やってんだと白けた空気が漂う中、時を同じくしてクラピカの携帯にも着信が入った。センリツからの電話だった。よほどの緊急事態でなければこの状況で連絡を入れてくるとは思えない。クラピカはすぐに電話に出た。
『大変よ、クラピカ! 今そっちにマフィアのものと思われる車が何台も向かってる! 何者かわからないけど、全員殺気立ってるわ!』
迫り来るマフィアの集団。その正体はヴェンディッティ組の荒くれたちだった。このパーキングエリアに向かって来ていることは間違いない。この現場にいるゼンジの子分が携帯から組の本部に応援要請を出していたのだ。LINEで。
原作との相違点、未登場または明示されていない部分の解釈について
・旅団の能力とか技は捏造が入ってます。ノブナガの能力はオリジナルです。
・旅団がどこまでクラピカの能力を把握しているのか、またクラピカがどこまでそのことを知っているのか不明です。憶測が入ってます。
・クラピカの『癒す親指の鎖』が他人に使えるか不明です。
・創設メンバーではないボノレノフはクルタ族襲撃に参加していない可能性があるようです。(参加していた可能性の方が高いように思います)
今後、原作で明らかとなる情報次第で矛盾してくる設定もあると思いますが、パラレルワールド的な理由でこの物語の世界ではこのようになっているということにしたいと思います。