カーマインアームズ   作:放出系能力者

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100話

 

 ゼンジはサービスエリア近くのひさしの下に運ばれていた。救急車がそろそろ来る予定であるが、それよりもヴェンディッティ組の本隊が到着する方が早いだろう。確実に場は荒れる。クラピカはその前に話をまとめておきたかった。緋の眼の引き渡しをアイクに約束してもらえれば、すぐにでも治療を始める用意があった。

 

「なぜ承諾できない……!? こちらの望みは緋の眼の現物。金ならばむしろ払おう。落札価格の10億に色を付けて支払う」

 

 治療を施した上に緋の眼の対価まで支払われるとなれば、利益のみを考えるならゼンジ側は損どころか得をすることになる。クラピカにしてみればこれ以上ないほどの条件だが、アイクは首を縦には振らなかった。

 

「残念ながら金の問題ではない。この競売品はゼンジの所有物じゃ。本来、わしにそれを勝手に処分する権利はない」

 

 旅団に緋の眼を要求されたときは人質の命を盾に取られていた。引き渡さなければゼンジの命に直結する事態だった。今も彼の身が毒に侵され危険な状態であることは確かだが、一次的方策は病院への搬送である。クラピカが治療はしないというのなら、普通に病院に連れていくだけの話だ。

 

 確かにクラピカの治療によってゼンジがすぐにでも完治するならそれに越したことはないが、その後、ゼンジが緋の眼の引き渡しを拒否すれば法的にそれを覆すことはできない。所有権者の意思なしに交わされた契約として無効となる。脅迫によって契約を迫ったとしても無効だ。

 

 クラピカが治療の対価を求める訴えを起こしたところで認められるのは金銭的な支払請求が関の山だろう。現物は来ない。合法的な手段に拘る限り、緋の眼の請求を認めさせることは容易ではない。

 

 だからこそクラピカはアイクの口から確約を取った上でなければ治療を始められなかった。この少女なら一度口にした約束を破るようなことはしないだろうと踏んでいた。

 

「おぬしがまずゼンジを治療し、その後でゼンジ本人から緋の眼を譲り渡してもらえるよう説得するのが筋じゃ」

 

 正論を突きつけられる。しかし、ゼンジにとって憎悪の対象であるクラピカがいくら説得を試みたところで色よい返事がもらえるとはとてもではないが思えなかった。

 

 こんなことなら旅団がしたように、ゼンジを人質に取っている間に緋の眼を寄越せと脅していればもっと事は簡単に済んだだろう。『律する小指の鎖(ジャッジメントチェーン)』を使えば取引を強制させることも容易だった。だが、どうしてもできなかった理由がクラピカにはある。

 

 これまでの緋の眼回収においても彼は違法な手段を取ることを嫌っていた。もともと強い正義感を持つ彼は、多少強引な方法を選ぶことはあっても法の一線を越えるような行動だけは避けてきた。旅団のような悪党に成り下がっては殺された仲間たちに顔向けできないという思いがあった。

 

 今回、ゼンジを人質に取るような真似をしたことはクラピカにとって苦渋の決断だったと言える。人質に取らなければあのタイミングで介入はできなかっただろうし、旅団の手に緋の眼は渡っていただろう。それでも後悔がないわけではなかった。

 

 その上、脅迫まがいのことをして緋の眼を奪うような手段は取れなかった。復讐も奪還も、クラピカの個人的な理由によるものだ。そのためなら何をしてもいいという理由にはならない。

 

 何とかしてこの状況を打破する手はないかとクラピカは必死に考えを巡らせる。だが、答えが出るよりも早く騒がしいエンジン音が近づいてきた。相当なスピードで駐車場に何台もの車が乗り込んでくる。ハイビームがクラピカたちを照らしあげた。

 

 明らかに堅気ではない雰囲気の男たちがぞろぞろと車から降りてくる。一触即発の空気が漂う中、群れを掻き分けるようにして一人の男が進み出てきた。かっちりとリーゼントをきめた背の高い男だった。

 

「オレはヴェンディッティ組の若頭、ジンジ=ヴェンディッティだ」

 

 ジンジの横には二人の組員が付き従っている。ホッドやキャロルからすれば実力は数段劣るが、いずれもヴェンディッティ組に所属する念能力者である。その他、この場に集まった大勢の組員たちが戦闘要員であることは間違いなかった。

 

 しかし、予想に反してすぐさま攻撃してくるようなことはなかった。話をする余地はあると判断し、クラピカは状況を説明しようとした。

 

「いや、いい。状況は把握している。LINEでな」

 

 スマホをしまったジンジはクラピカを見据えていた。値踏みするように鋭い視線を送る。

 

「お前の目的も知っている。治療の対価として緋の眼が欲しいらしいな。治せるのか?」

 

「ひとまず、症状が進行しないように体力を回復し……」

 

「んなことは聞いてねぇ。治せるか、治せねぇのか、どっちだ」

 

 確かなことはクラピカにも言えなかった。しかし、それを承知の上で答える。

 

「治せる」

 

 数秒の沈黙。ジンジは相手の意思を確かめるためにメンチを切る。クラピカはその視線を揺らぐことなく受け止めた。

 

「……いいだろう。緋の眼はくれてやる。オヤジはオレが説得する」

 

 クラピカにしてみれば望外の展開と言えた。逆に怪しく思えるほどに。ゼンジが抱えるクラピカとの確執について、息子であるジンジは当然知っていた。場合によってはノストラード組と戦争を起こす覚悟でこの場所に来ていた。

 

「オヤジが受けた屈辱はヴェンディッティ組の屈辱だ。けどな、戦争は最後の手段。負けるつもりは毛頭ねぇが、少数ながら武闘派として名を知られるノストラード組と事を構えればこっちも被害は馬鹿にならねぇ」

 

 オークションに向けて復讐計画を進めていたゼンジの行動は、ノストラード組との全面抗争まで待ったなしのところまで進んでいた。組のためにジンジは何とかそれを鎮めようと考えていた。

 

「オヤジは変わっちまった……もう自分でも怒りをコントロールできなくなるくらい憎しみに囚われている。自分自身、それじゃダメだとわかっちゃいるがブレーキが利かない状態だ。できれば、復讐以外の方法でそれをどうにかしてやりてぇ」

 

 クラピカがここでゼンジを救えば命の恩人という名分が立つ。ゼンジの怒りを完全に鎮めることはできないだろうが、それでも抑え込むことが可能かもしれない。ゼンジが復讐から解放されるためには相応の理由が必要だ。

 

「緋の眼が欲しけりゃ、お前の手で治せ。そうでなければオレもオヤジも納得できねぇ」

 

 中途半端な結果であってはならない。ジンジが出した条件は中毒症状の完全治癒だった。クラピカは一つ、大きく息をつく。

 

「まず、私から謝罪する。ゼンジ氏に対して働いた無礼な行動の全てを詫びる。すまなかった。今回の緋の眼の落札価格と合わせ、20億ジェニーの謝罪金をお支払いする」

 

 一年前、幻影旅団の襲撃やオークションに出品された緋の眼のことでクラピカの精神は余裕がない状態だった。そこに心無い言葉をかけてきたゼンジにも非はあるが、だからと言って無視できずに暴力に訴え出たクラピカの行動もまた適切とは言えなかった。彼は素直に謝罪する。

 

「その上で約束しよう。必ず私が、完治させてみせる」

 

「よし! ならこれで手打ちだ! さっさと治療に取り掛かりやがれ!」

 

 いまだ降り止まぬ雨の中、しかしようやく光明が見えたかのようだった。クラピカは人の悪の側面しか考えに入れていなかったことを省みる。ゼンジが自分を許すことは決してないと思い、それ以上の期待を持とうとしなかった。

 

 疑うだけではなく信じることが必要だった。彼に今できることはつまらない理屈をこねまわすことではなく、誠意を尽くして治療に当たることだ。その先にこそ本当の対価がある。

 

 そこへようやく救急車が到着した。ただ運ぶ時間だけを考えるならアイクが背負って走った方が早いだろうが、深夜の時間帯ということもあり受け入れ先の問題もある。多少の移動時間短縮を取るより、病人搬送のための設備やシステムが整った救急車に任せた方がいいと判断された。

 

「オラオラどけどけ! 病人はどこだ!?」

 

 救急車から真っ先に降り立ったスーツ姿の男がストレッチャーを押して爆走する。明らかに医療従事者の姿には見えない。クラピカはその人物を見て目を丸くした。

 

 

 * * *

 

 

 レオリオとセンリツはヒッチハイカーのごとく救急車に乗り込んでいた。プロハンターでなければ到底認められない暴挙である。

 

 後方で待機していたレオリオは、自分にできることはないかと居ても立っても居られない心境だった。幻影旅団が逃走したことで最大の危険は去ったと判断、クラピカの手助けのために行動を開始した。

 

「まずいわ…その人の心音、どんどん弱ってるみたい!」

 

 救急隊員そっちのけでゼンジを車内に運び込んだレオリオはすぐに患者の容体を診察し始めた。その間もクラピカは『癒す親指の鎖』をゼンジの身体に巻きつけ、オーラを込め続けている。

 

「……クラピカ、鎖を解除しろ」

 

 しかし、レオリオが発した言葉は思いもよらぬものだった。なぜだとクラピカが疑問を呈するよりも早く、レオリオは血相を変えた様子で食ってかかる。

 

「早くしろ! 患者を殺してぇのか!」

 

 そのただならぬ剣幕に押され、クラピカは鎖の具現化を解いた。レオリオはゼンジの服を脱がしていく。

 

「重度の黄疸、腹水……肝不全は確実だな……」

 

 レオリオは患者の腹部に手を置き、その上から指で軽く叩くように打診していく。その指から放たれたオーラはゼンジの体内へと行き届き、円のような拡張された感覚によって術者に病巣の情報を伝える。

 

「それがお前の“発”か」

 

「ああ、オレは放出系でな。自分のオーラを色んな物質中に伝えられるんだ。将来的には悪性腫瘍とかも外科手術なしに破壊したりできるようになる予定だぜ」

 

 一通りの診断を終えたレオリオはゼンジの救命措置を続けながらクラピカに説明する。

 

「肝臓を始めとして、腎臓、膵臓などの消化器系、循環器系にも炎症が広がってる。オレもまだ勉強中で確かなことは言えないが、おそらくこれは自己免疫疾患だ」

 

 人間の身体には外部から侵入した病原体などに対し、それを攻撃して無害化するための防衛システムが備わっている。この免疫機能に異常が発生し、何らかの要因で抗体が自分自身の正常な細胞まで攻撃し始めることによって起きる症状が『自己免疫疾患』である。

 

「その人の症状、明らかにこの数十秒間くらいのわずかな時間で急激に変化してるわ」

 

 センリツはゼンジの心音から体調の変化を敏感に察知していた。特に何か体調を悪化させるようなことはなかったかと、これまでの経過を振り返る。そして、クラピカが治療を始めた直後からこの異変は発生したのではないかという推論に至る。

 

「まさ、か」

 

 『癒す親指の鎖』の効果は“自己治癒力の強化”である。免疫異常が起きているゼンジの身体に強化が施されることにより、抗体が過剰生産され、症状が悪化したのだ。この場合、ゼンジの状態を正常に戻すためには強化ではなく抑制が必要だった。

 

 クラピカの能力はゼンジを癒すどころか真逆の結果を引き起こした。『癒す親指の鎖』の効果を知った上で、旅団がクラピカを殺すために用意した策の一つだった。本当ならクラピカ本人に使う予定だった毒だが、その思惑とは異なれど彼を追い詰める結果となる。

 

 クモの毒が怨念のように宿敵を滅ぼすため牙を剥いた。レオリオがいなければクラピカは全力で治療を施し、そしてゼンジを殺していただろう。その事実に身震いする。

 

「今の状態からでも、治療は可能なのか?」

 

 レオリオは知識を総動員して対処法を考えていた。特に症状がひどい劇症肝炎をすぐにでも処置しなければ命に関わる。副腎皮質ステロイドの点滴静注、人工透析や血漿交換と言った人工肝補助療法、思い付きはするが、しかし到達する答えは一つに落ち着く。

 

「無理だ……十中八九、体力が持たねぇ」

 

 血圧計や心電図が示す数値の低下、衰弱していく呼吸、医療的な手段でこの状態から回復させることは不可能に近い。医者の卵としてレオリオも諦めたくはなかった。だが、なまじ知識があるだけに絶望的な現実を理解してしまう。

 

 その結果は専門的な知識のないクラピカやセンリツにもわかるほどだった。もはやゼンジの命は燃え尽きる寸前のろうそうの灯に等しいことがオーラの弱弱しさから察せられた。

 

 このまま殺せばゼンジは緋の眼を決してクラピカに渡そうとはしないだろう。下手をすれば組同士の戦争に発展する。その大義名分は明らかにヴェンディッティ組にあった。

 

 何よりもクラピカは約束した。ゼンジの命を必ず救うと誓ったのだ。ジンジはその言葉に嘘はないと感銘を受けたからこそ過去の諍いを水に流すと約束した。

 

 仮定の話でしかないが、もしクラピカが『癒す親指の鎖』を使わなければゼンジは病院で治療を受け、命だけは助かったかもしれない。少なくとも、この短時間でここまで症状が悪化することはなかった。責任がクラピカの肩に重くのしかかる。

 

「自己免疫性肝炎は、発症のメカニズムがまだ詳しく解明されていない病気だ。劇症肝炎になることは滅多にない。体に合わない薬を飲んじまったときなんかに起こることがある。肝臓には毒物を分解する機能があるからな。薬を異物と認識して頑張り過ぎちまうんだろう」

 

 ひどく狼狽しながらも見ていることしかできないクラピカに、レオリオは説明を続けた。

 

「肝臓一個分の機能を人工的に再現するためには馬鹿でかい工場レベルの施設が必要になると言われてる。さらにこの器官は健康体なら3分の2を切除しても問題なく機能を維持できるばかりか、細胞が再生して元の大きさにまで戻ろうとする。とんでもねぇ生命力を持った器官なんだ」

 

 レオリオは治療は不可能と判断しながらも諦めてはいなかった。彼が医者を志した理由は、経済的な理由から病気の治療を受けられなかった友人を亡くしてしまったことにある。金さえあれば救えた命を助けられなかった後悔が、医者となる道を選んだ彼の原動力だった。場合は異なれども、消えゆく命を前にして匙を投げるような性格はしていなかった。

 

「旅団の言うことが本当なら解毒剤があるんだろう。治す手段がある毒なんだ。もうこうなったら患者の生命力に賭けるしかねぇ」

 

 クラピカの治癒能力は確かにゼンジを殺しかけた。異常をきたした免疫まで強化してしまったが、正常な細胞の再生力も同時に増強されているはずだ。イチかバチか、その再生力を信じて治療を続けるしかないとレオリオは判断した。

 

「医学で解明されている人体の神秘ってのは小さなもんだ。命の可能性は計り知れねぇ。その最たる例が念だろう。お前の念ならそれができるかもしれん。責任はオレが持つ。やれ、クラピカ」

 

 あまりにも無謀な賭けだった。このままでは死ぬとわかっている命であったとしても軽々しく試せる手ではない。レオリオには診断を下した者として、患者の命を背負う覚悟があった。クラピカは鎖を垂らす。それは親指の鎖ではなかった。

 

「ゼンジのこの状態は毒に抗っているがために起きているのか?」

 

「おそらくな。免疫異常を起こしている原因物質を分解できれば症状は落ち着いていくはずだ」

 

「ならば、その分解を担う肝臓をピンポイントで治療できれば」

 

「……それができるなら、助かる可能性は高まるかもしれねぇ!」

 

 これまでのクラピカの治療ではゼンジの内臓全体に癒しのオーラを施していた。そのため免疫異常による疾患が全身に拡大し、症状を悪化させる結果となった。だが肝臓のみに焦点を絞り、解毒機能を集中的に高めることができれば毒を分解することが可能かもしれない。

 

「レオリオ、お前の能力を私に貸してほしい」

 

 何のことかわからないレオリオだったが、友の言葉に疑いをかけるはずもなかった。一も二もなく了承する。

 

「ああ、いくらでも持っていけ」

 

 クラピカの能力『奪う人差し指の鎖(スチールチェーン)』が発動する。ごく最近に作られた、旅団も知らない能力だった。鎖の先端についた注射器型の楔がレオリオに突き刺さる。オーラが注射器へと吸い取られていく。

 

 この鎖は対象から念能力を一時的に奪う能力を持ち、クラピカまたは別の人物にその能力を使わせる使用権を取得する。一度使用されると能力は元の持ち主に戻される。

 

「能力をセット」

 

 注射器からオーラが噴き出し、イルカの姿をした念獣が現れた。奪った能力はこの『人差し指の絶対時間(ステルスドルフィン)』が解析し、発動と制御を補助してくれる。これによりクラピカはレオリオの能力を使用可能となった。

 

『解析完了。能力を発動します』

 

「『癒す親指の鎖(ホーリーチェーン)』!」

 

 クラピカの鎖から放たれた癒しのオーラがゼンジの体内へと深く浸透していく。しかし、不必要な拡散を起こすことはなかった。レオリオが打診によってオーラを送り込み、病巣の情報を選択的に集めたように、放出系能力の制御を合わせもったクラピカのオーラは肝臓だけに効果を発揮した。

 

 しかし、ここまでしても治療が必ず成功するという保証はない。肝細胞の生命力を高めると同時に免疫機能まで刺激してしまう。重大な副作用を伴う治療のようなものだった。解毒が終わるのが先か、体力が尽きるのが先かという賭けである。

 

 レオリオの能力についてはドルフィンに制御を任せ、クラピカは癒しの鎖に全力を注ぎこんだ。抗体に蝕まれながらも必死に解毒を続けている肝細胞の回復に集中する。

 

 この『奪う人差し指の鎖』は彼の師匠から受けた助言により作られた能力だった。全ての鎖の能力を旅団への復讐の手段としか考えていなかったクラピカに対し、彼の師匠であるイズナビは仲間との連携の大切さを説いた。

 

 指導を受けていた当時は言うことを聞いて能力に一つ空きを作っていたが、結局クラピカは一人で戦うための力を求めた。『奪う人差し指の鎖』も復讐という目的のために作った能力だ。だが、その中にも師の言葉は息づいていたのだろう。

 

 どれほど強い力を得ても一人ではどうすることもできない局面がある。目的のために必要な戦力としてではなく、仲間という存在が困難を切り抜ける力となる。当時のクラピカは師が説いたその意味の違いを理解できなかった。しかし、今ならば少しだけわかる。

 

「必ず、助ける……!」

 

 少しずつ、ゼンジの容体が安定していく。

 

「いいぞ! 峠は越えた!」

 

「心音も落ち着いてきてる。もう大丈夫よ、クラピカ!」

 

 解毒が終わった。しかし、クラピカはそこで治療を止めなかった。今度は全身に広がった炎症の治療に取り掛かる。免疫異常がすぐさま消えてなくなるわけではなかったが、その原因物質が無毒化された今ならクラピカの治癒力が抗体の攻撃作用を遥かに上回っている。

 

 収支は一気にプラスへ傾いた。見るからに体調は好転している。完治させるという約束を果たすため、クラピカはオーラを出し切った。倒れそうになる彼の身体をレオリオが慌てて支える。これまで負担の大きい『絶対時間』の発動を維持し続けていた影響もあり、ブラックアウトするように気絶してしまった。

 

「まったく、無茶しやがる」

 

 クラピカが気を失うのと入れ替わるようにしてゼンジが目を覚ました。自分の身に何が起きたのかさっぱりわからない様子できょろきょろと周囲を見回している。

 

「の、ノストラード……!」

 

 クラピカの姿が目に留まったことで激昂するが、回復したとはいえ病み上がりの体調ではすぐに起き上がることはできなかった。

 

「いいからもう少し寝とけ。念のため、病院で詳しく検査を受けた方がいい」

 

「うるせぇ! 今すぐ車を停めろ!」

 

 騒ぎ立てるゼンジの怒りが収まる様子はなく、やむなく救急車は停車した。パレードか何かのように救急車の後ろに長蛇の列を作っていた黒塗りの高級車たちも合わせて停まった。ふらつきながらも自分の足で車を降りたゼンジのもとに、ヴェンディッティ組の面々が集まってきた。

 

「オヤジ! 無事だったか!」

 

 ジンジは心底安堵していた。ゼンジに続いて救急車から降りてくるノストラード組の一団が目に入る。クラピカはレオリオに背負われた状態で気を失っていた。その姿を見ただけでどれだけ治療に尽力してくれたかが理解できた。

 

「緋の眼は!? オレの緋の眼はどうした!?」

 

 まだゼンジは事の次第を何も知らない。ジンジは、喚き散らすゼンジにクラピカが命を救ってくれたことを説明する。

 

「もう楽になってくれよ。こんなことを続けてたらオヤジの身がもたねぇ。この件はこれで手打ちにしてくれないか」

 

「オレはノストラード組じゃねぇけど、クラピカの友人だ。オレからも頼む。こいつを許してやってくれ」

 

 レオリオとセンリツも頭を下げた。この場にいる誰もが固唾をのんでゼンジの決定を見守っている。

 

「オレはな、緋の眼はどうしたんだと言ったんだぜ」

 

 しかし、彼らの言葉は届かなかった。執拗に緋の眼を要求するゼンジの目は、憎悪の色を湛えたままだった。

 






医学的な知識についてはネットで調べただけなのでガバガバかもしれません。

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