カーマインアームズ   作:放出系能力者

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104話

 

 一人の闘士が一日のうちに試合が組まれる数は1回から2回程度のようだ。ファイトマネーの5万を受け取ったキネティは、その受付で今日の予定試合はもうないことを告げられる。やりたいと申し出たところで受けられるものではないらしい。

 

 暇になったキネティは武道家を名乗る男ウイングについていくことにした。もし本当にきちんとした指導をつけてくれるのならこちらから頼みたいくらいだった。

 

 だが、完全に信用したというわけでもない。調子の良いことを言って騙そうとしている悪い大人かもしれない。後で法外な受講料など請求されはしないかと警戒もしていた。

 

「お金はいりませんよ。同じ心源流として門人が困っていれば手を差し伸べるのは当然のことです」

 

 師範代として心源流が誤った形で伝わるような事態は見過ごしておけなかった。彼の場合はお人好しの性格が行動原理になっているところも大きい。彼が現在、世話を焼いている弟子からも指導料などは取っていなかった。弟子が一人増えてもそう手間は変わらないとウイングは言うが、タダで教えてくれるという言葉にキネティは逆に不信感を強めていた。

 

 二人を乗せたエレベーターは塔の上階を目指してぐんぐんと昇っていく。203階で降りた二人は微妙な距離を保ったまま歩いていく。

 

「キネティさんが闘士になった理由は、武者修行のためですか? それともお金でしょうか」

 

 ウイングはキネティの目的をぴたりと言い当てた。天空闘技場にやってくる人間の大半が似たような理由を持っているので予想はつく。200階以上の情報を知っているならフロアマスターを目指す者もいるだろう。武か、金か、名声か。およそその三つに集約される。

 

 しかし、それでもキネティくらいの年頃の子がこの塔に来ることはよほどの事情がなければあり得ないことだ。保護者のもとで学校に通って育てられる。ウイングも踏み込んだ詮索をするのも無粋かとは思ったが、まず弟子として預かる前に親元の事情くらいははっきりさせておかなければならない。

 

「まあ。簡単に言うと、出稼ぎ、ですかね……」

 

 今のキネティに親はいない。彼女が物心ついたときからシングルマザーだった母親は、スカイアイランド号事件で帰らぬ人となった。他に頼れるほどの身内もなかったキネティは傭兵となることを決意した。 

 

「傭兵団ですか」

 

 ウイングは思った以上に深刻なキネティの身の上に言葉を失う。13歳の子供を暴漢だらけの決闘場に送り込んで金を巻き上げる。悪逆非道と言うほかない。

 

「ああ、いや、ここに来たのはあっしから志願したことでさぁ。それくらいしか今のあっしにできることはなかったもんで」

 

 キネティにとって今の家族はカーマインアームズだ。その一員であることを誇りに思っているのだと、ウイングは彼女の言葉に込められた気持ちを汲む。それがわかるだけに哀れに思わずにはいられなかった。

 

「曲がりなりにも念を修めているのですから、努力すれば200階までは行けるでしょう。金額も相応のものが得られるはずです」

 

 200階以上のクラスはまるで制度が異なるので単に金を稼ぐことだけが目的なら190階級に留まった方がいい。しかし、200階に入る資格を得た時点で昇級するか、1階からやり直すかの二択を迫られることになる。

 

 200階に入りたくなければ一からやり直すしかないのだが、一度退場してしまうと再挑戦まで1年間の出場停止制限がかかる。さらに再挑戦は一度までしか認められない。天空闘技場の収益は決闘賭博によるところが大きいため、賭けの利益が出にくくなる場荒しを嫌う。

 

 そのため200階以下に留まろうとしてわざと勝ったり負けたりを繰り返す闘士がいるのだが、審判にバレれば即退塔処分を食らう。試合中に露見しなくても厳密な映像検査が行われるため、よほど実力を隠すのがうまい手練れでもなければごまかすことはできず厳重注意を受ける。二度注意を受ければ退塔だ。

 

 八百長を認めれば賭博の信用に瑕がつくため、審査は万全を期している。オーラまでしっかりと録画できる最上級品質の念能力者対応記念具カメラで試合映像は記録され、熟練の判定員が監視していた。そううまく荒稼ぎはできないかとキネティは嘆息する。

 

「心配しなくても今のあなたの実力ではとんとん拍子に昇級することなんてできません。この塔にいる間、数え切れないほど負けることを覚悟してください」

 

 少しむっとした様子のキネティを見ることもなく、ウイングは一つの扉の前で足を止めた。カードキーで開錠して中へ進む。ここは200階級の闘士のみが使うことを許された修練場だった。念能力が他者に知られないよう考慮され、一つの部屋が一人の闘士に貸し切りで与えられる。これとは別に居住のための個室もある。

 

「あ、師範代……そちらの方は?」

 

 部屋の中には一人の少年がいた。道着姿で汗をかいていることから鍛錬に打ち込んでいたのだとわかる。年頃はキネティとそう変わらないように見えた。

 

「紹介します。こちらは私の弟子のズシ、200階級の闘士です」

 

「押忍!」

 

「どうも」

 

「そしてこちらは60階級闘士のキネティです。今日から私の弟子として修行をつけることになりました」

 

「え、えぇ~!?」

 

 ズシはいきなりのことに驚きを隠せない様子だったが、すぐに「よろしくッス!」と受け入れた。どうせまた師匠の世話焼き癖が出たのだろうと、語らずとも事情は察した。

 

「さて、色々と教えたいことはありますが既に四大行を修めているとのことでしたね。まずはそれを見せてもらいましょう」

 

 キネティは言われた通りに技を見せた。薄いオーラの膜で体を覆う『纏』、精孔を閉じオーラを断つ『絶』、精孔を開きオーラを引き出す『練』。

 

「発については……」

 

 無理に見せなくてもいいと言いかけたウイングを遮るようにキネティはハンマーを具現化した。石工用の小さな玄翁(げんのう)である。それを見たズシは、すごいッス!と感心する。

 

「これはまた、予想通りのひどさですね」

 

 しかし、ウイングの反応は芳しくなかった。彼は腕にオーラを込めてキネティの方へと近づける。攻撃をしてくる気配はないが、当たればダメージを受けるだろう。キネティはウイングの意図が読めず様子をうかがう。

 

「今、『流』をしようとしましたね。無意識にオーラの流れを操ろうとしていることはそれだけの実戦を積んだ証と言えます。しかし基礎が疎かな状態では、その上に成り立つ技の質まで下げてしまいます」

 

 キネティは『纏』が不完全だった。念に目覚めた者なら苦もなく使える技ではあるが、その精度の高低が後に続く技にも響く。全ての基礎と言っても過言ではない。

 

 彼女の身体を包み込むオーラの膜には()()があった。その状態のまま強引に流を使おうとしているため感覚を混同している。

 

 全身に、均一に、等しい濃度でオーラを行き渡らせることは難しい。実は、この纏の理想形に達する念法使いはごく一握りしかいない。ウイングも安全な場所で瞑想している状態でなら可能だが、戦闘中になればどうしても意識の微細な乱れがオーラに表れてしまう。

 

 だが、この『纏』の均一化が『流』の行使速度に直結する。オーラの迅速な移動のためには心の揺らぎが最も大きな障害となる。敵よりも速く流ができるというだけで戦闘におけるアドバンテージは比較にならない。ゆえに念法使いは生涯をかけて精神を磨く。

 

「基礎がぐらついた状態でどれだけ技術を積み上げたところで限界はすぐに訪れます。まずはしっかりと土台を作ること。それが一番の近道です」

 

 通常、心源流の念法入門者が精孔を開くまでには一年ほどの修行を要する。瞑想により自身のオーラを感じ取り、ゆっくりと精孔を開いていく。外部からオーラを込めることで一気に精孔をこじ開ける方法もあるが、心源流では邪道とされる。

 

 瞑想の過程で自然と纏を習得し、その精度を高めていくからだ。精孔が完全に開かれてから絶と練の修行に入る。特に、練は肉体から生じる強大な力が精神に影響を及ぼす危険を秘めている。やみくもに使っていれば成長するという技ではない。これらの習得に一年をかける。

 

 それが終わってから発の修行に入る。四大行の集大成、発を成すには個人によって修行法もかかる期間も変わってくる。これに一年から二年ほどをかけ、実戦において必要不可欠な応用技の修行も行わなければならない。

 

 全て順調に行ったとして、ようやく一人前と呼べる使い手が仕上がるのに五年はかかる。才能ある者ならもっと短期間で済む場合もあるが、ほとんどの場合は五年を超える。十年かけても物にならない修行者などざらにいる。

 

 だが、念能力者となる人間の多くはそんなまどろっこしい修行に勤しむことはない。精孔が開いてしまえばそれ以前とは比べ物にならないほどの力が手に入り、ほとんどの状況においてその程度の力で事足りるからだ。

 

 世界最大の念能力者所属機関であるハンター協会においてでさえ、その認識は変わらない。ハンター試験の合格者は裏ハンター試験において、協会から派遣された指導員から念の基礎を教わる。そして多くの者が一年足らずでプロハンターとしての活動を始める。

 

 現実問題としてプロハンターに求められる資質は即戦力である。そして、時間をかければ必ず強い念能力者が育つとは言えないことも事実である。人材育成に何年もの期間をかけるという考え方は、心源流師範であるネテロが会長の座についてなお根付くことはなかった。投資に時間をかける余裕もないほど、この世界にはハンターの敵が蔓延(はびこ)っているという実情がある。

 

「だから、ほとんどの念能力者はあなたのように実戦で戦い方を学びます。その結果、悪い癖が身体に沁みつく。一度、覚えてしまった癖を矯正するのは並大抵ではありません。それまでに築き上げてきたものを壊して、また積み上げなおしていかなければなりません」

 

 だからこそ基礎が重要になる。天才と呼ばれる人間であれば、誰に指摘されずとも実戦の中で自分の過ちに気づき修正できるような怪物もいるが、それは特異な例だ。何が誤りであるか凡人が気づくためには確固として踏み固められた土台が必要となる。間違いを犯してもその上に再び技を組み立て直す余地が生まれる。ウイングの持論だった。

 

「本当の強さを身につけたければ『念能力者』ではなく『念法使い』になりなさい」

 

 発を作り、自分だけの能力を得た時点で満足して修行を怠る者は多い。確かに独自の能力をもつ必殺技は強力だろう。だが、敵もまた同様に発を使えることを忘れてはならない。最後に両者の差を埋める要素は基本的なオーラの使い方にかかっている。

 

「押忍!」

 

「お、おっす……」

 

 キネティは具現化していた玄翁を消し、ズシに倣う形で返事した。

 

 

 * * *

 

 

『あーっと! キネティ選手、惜しくも敗退! 100階落ちの熟練闘士ゼップの戦術にはまってしまったかー!』

 

 修練場のモニターから、ウイングはキネティの試合を観ていた。彼女が闘士になってから一週間が過ぎている。戦績はまあまあと言ったところか。

 

 今しがた行われた試合では、実力だけを見れば明らかにキネティに分があった。ルール無用の実戦でなら勝てる相手だ。しかし、相手は酸いも甘いも噛み分けた闘士。経験が違う。審判の裁定の好みに至るまで分析し尽くし、ポイントを稼ぐいやらしい戦法でキネティを翻弄してきた。

 

 今の彼女のクラスは90階級付近に留まっていた。今回の負けで80階級だ。身体能力の高さのみでは覆しきれない経験の差が表れている。野蛮人の聖地の異名は伊達ではなく、この塔には世界中から多種多様な武術を修めた人間が集まっていた。

 

 見識を広げるには格好の場と言えるだろう。念を使えば圧倒できる相手ではあるが、しかし同じ技をもし念能力者が使ってきたと仮定すれば。様々な武術と戦術を知り、対処法を考えることは彼女にとって今後の財産となる。楽に勝つよりも負ける試合の方が学ぶことは多い。

 

 だが、格闘経験3か月にしてはよくやっている方だろう。覚えもよく、この調子なら100階の壁を超えることもそう難しくはなさそうだった。試合を終えたキネティが機嫌の悪そうな顔をして修練場にやって来る。

 

「では、鍛錬を再開しましょうか」

 

「押忍」

 

 キネティは試合以外の時間はほぼ修行に充てていた。ウイングはオーラを纏ってキネティへと襲い掛かった。

 

 対するキネティは全くオーラを出していない。『絶』の状態を保っている。キネティは、滑るように接近するウイングに動きを合わせようとするがまるで反応が追い付かなかった。拳を叩き込まれる。

 

「ぐっ」

 

 しかし、傷ついた様子はない。ウイングは拳が当たる瞬間、攻撃基点のオーラを流により移動させて威力を抑えていたからだ。その高速のオーラ移動をキネティに捉えることはできなかった。彼女の目には確かにオーラが込められた一撃が炸裂したかのようにしか見えていない。

 

 それほど隔絶した技量の差が両者の間に横たわっている。いくら手加減しているとわかっていても、ウイングの殺気が込められた拳打を受ければ身がすくむ。さらに彼はキネティに、その攻撃を絶の状態で受けてみせろと命じていた。

 

 精孔を閉じればそれで絶ができるというわけではない。全く体外にオーラを出さないこともまた難しい。未熟な絶ではオーラに漏れが生じる。攻撃を浴びせられた状況ともなれば防御しようとする本能が働くため、無意識に絶の精度が落ち、纏の状態に戻ろうとオーラがわずかなり動いてしまう。

 

 ウイングがキネティにつけている修行は、どのような状況下においても絶を徹底する訓練である。これは絶の精度を高めると同時に、キネティについた癖を矯正するための修行でもあった。見よう見まねで覚えてごちゃまぜになってしまった纏と流を正すためには、まず一度その感覚を忘れさせる必要がある。

 

 下手にオーラの流れを感じ取らせるよりも、精孔を閉じることにだけ集中し、逆にオーラを動かさない状態を意識させる。纏であっても絶であっても表面的なオーラの状態が違うだけで根幹は一つのものである。これによりその根幹のオーラ感覚をリセットする。

 

 ウイングだからこそ完璧なオーラの制御によってキネティを傷つけることなく、それでいて恐ろしい気迫を攻撃に宿すことができているが、未熟な指導者が同じことをしても弟子を殺すかお粗末な殺陣にしかならない。

 

 荒療治だった。それだけ一度身についた感覚を矯正することが難しいということでもある。この方法で効き目がなければ瞑想からやり直し、時間をかけて纏の感覚を調整していくしかないが、どうやらその心配はなさそうだった。

 

「そこまで」

 

 キネティは肩で息をしているが、体表にオーラが漏れるようなことはなかった。絶がきちんと維持できている。並外れた集中力と言える。最初こそ反射的にオーラを発してしまうことがあったが、今では殺気に惑わされず精孔を閉じることができていた。

 

 ウイングは纏をするように指示を出した。キネティに向けて拳を突き出す。眼前で寸止めされた拳の風圧が彼女の髪を揺らした。だが、オーラには微塵の乱れも生じていない。均一とまでは言えないが格段に精度を増した纏ができていた。

 

「無事に感覚をリセットできたようですね。ここがようやくスタートラインです」

 

 まだ癖を抜くという前準備が整っただけだ。四大行の修行に終わりはない。纏も絶も練も発も、一生をかけて磨き続けなければならない技だ。

 

「ですが、ここは素直に褒めておきましょう。これほど早く矯正が終わるとは思いませんでした。あなたの努力と才能の結果です」

 

「才能、ですか……」

 

 せっかく褒められているというのにキネティは自信なさげにうつむく。まだ目に見えた功績を出せたわけでもない今の状態では不安に思うところもあるのだろうとウイングは予想する。それは仕方ないことだ。彼女の修行は始まったばかりなのだから。

 

「自信を持っていいですよ。少なくとも私よりは才能があります。弛まぬ努力を続ければ私程度は追い抜ける使い手になることでしょう」

 

 その言葉は彼が思った以上に自分の内面を表していた。取り繕うようにウイングは口を開く。

 

「日をまたぐごとにあなたの絶は研ぎ澄まされていくように感じました。何か独自にトレーニングでもしていたのですか?」

 

 まるで更新されるように技の切れが良くなっていくキネティの様子を、ウイングは少しだけ不思議に思っていた。日々成長していると言ってしまえばそれまでだが、前の日と次の日とでは技量に明らかな差があるような気がしていた。

 

「トレーニングというか、イメージトレーニングみたいなものですが」

 

 キネティは毎晩、寝る前にその日に習ったことを頭の中で思い出していた。カプセルホテルの、人ひとり分のスペースしかない棺の中で、他の無数の棺から聞こえてくる雑音の中で、卵に戻されたかのように自分を見つめ直していた。

 

 その過程は彫刻の創作活動に似ている。キネティは石から像を掘り出すとき“間違い”を感じることがあった。自分が石に込めた一彫りに違和感を覚えることがある。その感覚を彼女は重視していた。

 

 何が悪かったのかわからないまま彫り進めると、大抵ろくな出来の作品にならないからだ。しかしほとんどの場合、その一彫りの時点では原因がわからないことの方が多い。だから、そこから手が進まず何時間も悩んだりすることがあった。

 

 結局、間違いに気づくのは作品が完成に近づいたときだ。結果が現れてようやく過程を見直すことができる。また一から作品を作り直す。また間違う。その繰り返しの中で、ようやく納得のいく作品ができる。

 

 つまり彼女は何度も“自分を”作り直していた。『自刻像(シミュラクル)』は彼女自身の姿を表す作品だった。この点は同じ念人形でも変化しないことを制約に置いた『千の亡霊(カーマインアームズ)』とは明確に異なる特徴だろう。

 

 そのあたりの念能力についてウイングに話すべきか悩むところだった。いつかはバレそうな気もするが、自分から話すとなると勇気のいることだ。結局、キネティは詳細はぼかして感覚的な説明にとどめた。

 

「彫刻、ですか?」

 

 ウイングにその例えは理解できなかったが、念のコツのつかみ方は人それぞれだ。キネティが自分に合った感覚を身につけられたのならそれに越したことはない。いずれにしても常人では持ち得ぬ感覚である。これで才能がないわけがない。

 

 彼女が念を覚えてから半年も経っていないという。ウイングがズシに念の才能を見出し修行を付け始めたのが一年半ほど前のことになる。どちらも恐ろしいくらいの成長速度と言えた。

 

 ズシも10万人に1人と確信する逸材だったのだが、ゴンやキルア、そしてキネティと、才あふれる子供たちによくよく縁があるものだとウイングは何とも言えない気持ちで苦笑いを浮かべていた。

 

 

 * * *

 

 

 キネティは100階級を安定して維持できるようになってきた。初心者闘士がまず突き当たる壁が100階にある。この階級からファイトマネーの桁が跳ね上がり、専用の個室が用意されるなど待遇が格段に良くなるため、何としてでも100階級にしがみつこうとする闘士があの手この手を使ってくる。

 

 この壁を乗り越えられた闘士はまず中堅どころと目されるようになる。誰もが階級を下げまいと躍起になり、戦闘は熾烈になってくる。怪我により再起不能となり闘士を引退せざるを得なくなる者もかなりの数に上る。ここからがこの塔の本番だ。

 

「ですが、あなたの実力ならいずれ確実に200階まで到達できます。今日はその見学をしましょう」

 

 今日の試合を終えたキネティはウイングから招集を受け、200階クラスの試合観戦に来ていた。200階級以上の闘士は全て念能力者である。その試合を観ることは念を学ぶ上でも大いに役立つ。

 

 観戦チケットはウイングが事前に用意していた。190階級以下とは一線を画す上位闘士の試合となるため人気は高く、ダフ屋までいるほどだ。出場闘士の知名度にもよるが、チケットは一枚十万ジェニーはくだらない価格となる。

 

『さあ、やってまいりました! 大注目の一戦! まず姿を見せたのはここまで3勝無敗の戦績をあげる期待の新星、ズシ選手! 子供だからと侮った闘士たちを腕っぷしでなぎ倒してきた実力派です! そのひたむきな姿勢とかわいらしい見た目から隠れファン急増中、グッズの売れ行きも好調です!』

 

 実況の内容にズシはずっこける。上位闘士は天空闘技場の花形スターであり関連商品も発売されているようだが、本人の耳には入っていなかったようだ。もっとかっこいい紹介をしてほしかったッス、とズシは不満げだった。

 

「3勝無敗?」

 

「200階からは昇級制度が変わるんですよ。10勝すれば230階以上を占有するフロアマスターたちに勝負を挑むことができます」

 

 現在、200階級に属する闘士は162名。その闘士たちが競い合い、勝ち抜くことができた者だけが最高位闘士フロアマスターへの挑戦権を獲得する。ただし、10勝する前に4敗してしまうと闘士としての資格を失う重いペナルティが待っている。

 

「ズシくんは素手で闘うんですね」

 

「ええ。彼には心源流として念法だけでなく拳法も教えていますからね」

 

「確か200階級から武器を使っていいんですよね? 大丈夫ですか、銃とか使われたら……」

 

 規定ではあらゆる武器の使用が解禁されるとなっているが、慣習的に銃器は使われない。挨拶程度に数発撃つことはあるが、銃器をメインにするような闘い方で勝っても観客から顰蹙を買うため闘士の流儀に合わない。

 

 観客はマシンガンの撃ち合いを観に来たのではなく、武人同士の技のぶつかり合いを望んでいる。だが、近代兵器でもなければ割と寛大に多様な武器の使用が認められ、ユニークな武器を使う闘士は知名度も高まる。今回のズシの対戦相手もその口だった。

 

『ズシ選手に対するは、現在9勝3敗! フロアマスター戦に王手をかけた大ベテラン、ギド選手! しかし、負ければ4敗地上落ち! 絶対に外せない闘いのはずですが……なぜか姿を現しません! 入場ゲートは開かれたまま! まさか不戦敗となってしまうのか!?』

 

 闘技場にはどよめきが広がっていた。急なトラブルでもなければ試合開始直前になって出られないということはないだろう。さっさとしろだの、チケット代返せだの、観客席からは罵倒が飛び交い始める。

 

「ギド選手って強いんですか?」

 

「攻防一体の堅実な戦い方をする闘士ですね。強くなければ9勝はできません」

 

 だが、それはこの闘技場内における闘い方としてはという注釈がつく。200階に上がって来たばかりの新人をよく狙う陰湿な男だ。まだ念を覚えていない闘士に“洗礼”と称して悪意ある念をぶつけ、強制的に覚醒させる。それがこの塔の悪しき慣習だった。

 

 だが、そのため200階級闘士のほとんどがまともな修行を積まず独学で念を習得した者たちだ。きっちりと基礎から仕込んだズシの敵ではないとウイングは考えていた。

 

 キネティにはズシの戦闘を見てお手本にするようにと伝えている。ズシには兄弟子として恥じぬ姿を見せなさないと命じていた。そのためかズシは若干、緊張で力が入っているようにも見える。ウイングがやれやれとため息をついていると、そこでようやくギドが入場してきた。

 

『ギド選手、どうやら間に合ったようです、が! なんだその恰好は!?』

 

 頭はガスマスクのような覆面ですっぽりと隠され、脚は付け根から無く、一本の鉄棒を取り付けたやじろべえのような姿。それが彼のいつものスタイルであり、ここまでなら闘技場の常連客も見慣れた姿で驚きもなく終わっていただろう。

 

 しかし、今回は一味違う。ギドを取り囲むように円形のフレームが十字を結ぶ。そのフレームに囲まれた球体の中に彼は設置されていた。頭の先から脚部の鉄棒まで一本の軸を通したかのように球体の中に納まっている。

 

「あれは普通のコマじゃない……まさか、地球ゴマ……!?」

 

 キネティにウイングの動揺の理由はわからなかったが、その容姿が異質であることは一目瞭然。ごろごろとボールのようにギドは転がりながら移動する。天地逆転の体勢でズシと対面した。

 

「この技はフロアマスター戦で初披露する予定だったが、出し惜しみはしないことにしたよ。お前は強い。全力をもって相手をしてやろう。この『竜巻独楽・永劫回転狂詩曲(ジャイロ・ラプソディー)』でな」

 

 

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