カーマインアームズ   作:放出系能力者

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アルカ救出作戦編
112話


 

 カキン帝国の外海遠征宣言から時を遡ること5か月前。その頃、結成して間もないとある傭兵団はある依頼を受けてパドキア共和国を訪れていた。

 

 パドキア共和国、ククルーマウンテン。ここには知る人ぞ知る観光スポットがある。その地には稀代の暗殺一家『ゾルディック家』の隠れ家があるという。

 

 山のふもとの町からは山景巡りの定期バスが日に一本出ており、物好きな観光客で賑わっていた。移り変わる車窓の情景に合わせ、バスガイドが観光案内を行う。

 

「え、右手に見えますのが、悪名高いゾルディック家の棲むククルーマウンテンでございます。広大な樹海に囲まれたこの死火山のどこかに彼らの屋敷があると言われています」

 

 名は知られているが謎多き一族である。誰も彼らの顔を見た者はおらず、数多くの逸話もどこまでが本当のことか真偽のほどは定かではない。

 

 噂だけが独り歩きしているだけで、実際には大したことのない連中だと侮るやからもいる。このバスには普通の観光客に交ざって、ゾルディック家に喧嘩を売ろうとする命知らずが乗り込むことが多々あった。

 

「ゾルディック家は10人家族、曾祖父、祖父、祖母、父、母の下に5人の兄弟がいます。その全てが殺し屋と言われており……」

 

 バスのガイド嬢はいつもの業務をこなす傍ら、乗客に目を向ける。長年この仕事をやっているだけあり、問題を起こしそうな客はすぐに目ぼしをつけることができた。だが、今日に限っては少しばかり毛色の違う珍客が多いと言わざるを得ない。

 

「おまっ、またリバースじゃと!?」

 

「そっちだってスキップ連打してきたじゃん」

 

 楽しそうにウノをやっている団体客なのだが、その面子が異様だった。子供が7人もいるが、引率と思わしき大人はいない。その子供のうち、6人の容姿が全く同じ銀髪の少女たちだった。一卵性の六つ子と考えるほかない。

 

「……」

 

 まるでさっきまでキッチンに立っていたかのようなエプロン姿の少女は、口数少なく難しい表情をしている。その手には大量のカードがあった。

 

「えっと、その……今更なんですけど、これどういうルールの遊びなんでしょうか……?」

 

 その隣に座る少女は終始おどおどしていた。巫女装束のような格好をしている(させられている)。ルールを知らない割にカードは結構消化していた。

 

「そうか、これはこっちでここは……こう!」

 

 後ろの席に座る、オーバーオールを着た少女は登山用かと見まがう大荷物で通路を塞いでいた。ハンダゴテのような工具を持ち出して謎の機械類をいじっている。周りの声は聞こえていない様子だ。

 

「おい、これから大仕事ってのに遊んでる場合か?」

 

 その隣には軍人の戦闘装備らしき服装をした眼帯の少女が座っている。物々しいが、いかんせん着ている本人の容姿のせいでかわいらしさが先行している。

 

「そう気張るほどのことでもあるまい。おっ、ドローふぉおお!」

 

 そのまた後ろにはTシャツにスパッツ一枚はいただけの少女がいる。Tシャツには『心』の文字がプリントされていた。

 

「いちいち叫ぶな。やかましい」

 

 薄着の少女の隣には、対照的に今の時期としては暑苦しい豪華なドレス姿の少女がいた。バスの座席に座っているが、その構図すら肖像画に落とし込めそうなほど高貴な気配を漂わせている。ウノは一抜けした。

 

「まあ、作戦については散々話し合ったし、今更おたおたすることもねーよ。戦力的には足りてるはずだし。というかこのメンバーで無理ならもう絶対不可能だろ」

 

 六つ子のインパクトのせいでかすむが、銀髪の少年も一人交ざっている。おかしな乗客たちを乗せたバスは山並みに沿った山道を進み、樹海の入口へとたどり着いた。

 

「えー、到着いたしました。ここがゾルディック家の正門、別名『黄泉の門』でございます。ここから先は私有地となっているため見学は以上になります」

 

「オレたちはここで降りるから」

 

 ぞろぞろと子供だけの団体客が降車していく。ここはバスの停留所ではない。見学ツアーの最終地であり、休憩時間はあるものの、門を見た後は帰るだけだ。移動手段もないこんな山奥に観光客が残る理由はない。

 

 ただし、この手の客はさほど珍しくはなかった。無謀にもゾルディック家に挑む者たちは後を絶たない。その誰もがこの門を越えて帰ってくることはなかった。ゆえに『黄泉の門』である。

 

 今回はその対象が子供ということもあってバスの運転手らは引き留めたのだが、なんと彼ら一人がハンター証を呈示して見せた。見た目によらずプロハンターの資格を持つ者がいた。

 

 プロハンターが率いる一団であればこれ以上の説得は無用と判断され、バスは他の乗客を乗せてふもとの町へと出発した。

 

 

「んじゃ、行こうか。『アルカ救出作戦』開始だ」

 

 

 傭兵団カーマインアームズを立ち上げたクインは、シックスの関係者であるゴンたちとも接触し、事の顛末を伝えるに至る。ゴン、キルア、ビスケの三名はシックスの死を悼んだ。

 

 その後ゴンたちは、他の傭兵団のメンバーとも顔を合わせる機会があったのだが、そこでキルアの頭に埋め込まれた針の存在が明るみに出た。

 

 キルア本人ですら気づいていなかった体内の『針』をメルエムが見抜いたのである。それはキルアの兄イルミが弟の思考を強制するために埋め込んだ念の楔だった。

 

 ゴンやクインらはそれを除去するために協力するつもりだったのだが、キルアはこれを固辞し、死の淵に自分を追い込む鍛錬の末に自力で抜き取っている。

 

 これにより覚醒を遂げたキルアは針によって封印されていた記憶を取り戻した。妹のアルカの存在を思い出し、これまでシックスに対して感じていた違和感の正体をようやくつかむことができた。

 

 アルカの力はゾルディック家も最大の警戒を払っている。念能力すら凌駕する規格外の力は、使い方を誤れば自滅に追い込まれる危険を有していた。そのため、アルカに対して感情的に接してきたキルアに余計な行動をさせないよう記憶を封印したのである。

 

 その懸念の通り、針を除去したキルアはすぐにゾルディック家当主シルバのもとへ向かい、アルカの解放を要求した。外界から隔離され、一人ぼっちにされている妹の身を案じたのだ。

 

 その要望は当然のごとく却下されている。残念ながらキルア以外の誰もアルカのことを家族とは思っていない。生物的には人間であっても、その内に“人ならざる何か”が潜んでいることを理解している。野放しにするにはあまりに危険過ぎた。

 

 キルアは完全な解放まで行かずともアルカにいくらかの自由を与えてやりたいと訴えたが、その緩みすらシルバは認めなかった。

 

 シルバがイルミの針による強制を容認したのも、キルアの暗殺者らしからぬ性格を危惧していたからである。なんだかんだでキルアに甘かったシルバもアルカについてだけは譲らなかった。

 

「ならもう、力づくで連れ出すしかない」

 

 そこでキルアはカーマインアームズに依頼を出したというわけだ。依頼金には昔、独り立ちするとき用に溜め込んでいた隠し財産を充てている。その隠し場所はずっと忘れていたのだが、針を抜いた時に思い出した。

 

 この大盤振る舞い、もとい友達のピンチにクインは傭兵団の総力を挙げて依頼に臨む。普段なら一人を派遣すれば大抵の依頼は(成否はともかく)片付くのだが、今回は文字通りの総力戦である。

 

 本拠地の船番を任せたモナド、病床にあるキネティを除く全員が参加している。衣装係のアマンダも、さすがに戦闘には参加しないが、ふもとの町に待機して逃走後の手配など円滑な依頼達成に向け雑務をこなしている。

 

 今回のヤマはそれだけデカい。相手は伝説の暗殺者、それも一人や二人ではない。そのためキルアはゴンにはこのことを隠し、ただの帰省だと言って来ている。アルカのことも話していない。

 

 ゴンなら事情を知れば絶対について行くと言っただろう。現在、ゴンは傭兵団の船でキネティの分身体と共に修行に励んでいる。頭の針が抜けて急成長を遂げたキルアに何とか追いつこうと彼も必死だった。ともかく今回は留守番している。

 

 かくして総勢7人が戦争をしかけるべく集まった。これまでの挑戦者たちと比べれば、数だけを見れば頼りないが、個々の強さの密度は比較にならない。

 

 その奇妙な一行は気配を隠すこともなかったため目立っていた。そこへ正門を見張る守衛の男が詰所を出てやって来る。

 

「これはキルア坊ちゃん。と、そちらの方々はお友達でしょうか?」

 

 この守衛はゾルディック家に雇われているが、あくまで外門の警備人であり、一族の内情にまで深く関わってはいない。一般人よりは強い程度の、ただの気の良いおじさんである。

 

「ああ、こいつらはオレの友達。まあ、ちょっとうちに用事があってさ。大したことじゃないから連絡は入れなくていいよ」

 

「すみません、それが……」

 

 守衛のゼブロはバツが悪そうに口ごもる。現在、敷地全域の警戒レベルが引き上げられているらしい。守衛のゼブロにも、門の通過者に対して通常以上の報告義務が課せられていた。

 

(オヤジめ……勘づかれたか……?)

 

 こそこそ忍び込もうとすれば余計に警戒されるだろうと正面から堂々と踏み込むつもりだったが、予想以上に敵は過敏な反応を示していた。

 

 まさか事前に今回の襲撃に関する情報を漏らすような愚は犯していない。キルアがアルカを外に出そうとしていることは知られているが、だからと言ってキルアにどうにかできる手段はない。普通はそう考える。

 

 だが、シルバはそのような理屈を超えて直感的に強敵の襲来を予測することが過去にもあったことをキルアは思い出す。伝説の暗殺一家、その当主の実力は伊達ではない。

 

「まさかここで打ち止め、などと言い出す気ではなかろうな?」

 

「んなわけあるか。もうそういうビビリは卒業したんだよ」

 

 キルアが試しの門を軽く押し開ける。『5の門』までが開いた。一行は門をくぐり、ついに敷地の中へと足を踏み入れる。

 

「だが、ちょい予定変更だ。プランBでいく。ここからは二班に分かれよう」

 

 アルカ救出班としてキルア、アイク、チェル、メルエムの4名。そして陽動班がクイン、カトライ、ルアンの3名だ。

 

「頼む、妹のためにみんなの力を貸してくれ」

 

 全員が静かに頷く。それは言葉よりも重い信頼を表していた。

 

 

 * * *

 

 

 まず動いたのは陽動班だ。彼女らが先行しなければ陽動にならない。ただし、その呼び名とは裏腹に陽動としての役割はあまり期待されていなかった。ゾルディック家の人間をそう簡単に釣り出せるとは思えない。

 

 いわば、作戦の成功確率を少しでも上げるための前哨戦だった。クインたちはキルアから得た情報をもとに、執事室へと向かっていた。そこは本家の人間が住む屋敷とは離れた別館であり、執事たちの住まいである。

 

「そこの侵入者! 止まりなさい!」

 

 陽動班の接近は既に知られていた。もとより騒ぎを大きくするために気配は消していない。だが、仮に消していたとしても相手はゾルディック家の執事だ。その全てが優秀な念能力者であり、いつまでも気づかれないということはない。

 

 真っ先に駆けつけて来たのは執事服を着たドレッドヘアの少女だ。ゾルディック家の使用人は執事と執事見習いとに分けられ、性別に関わらず男性用の執事服を着用する。

 

 その少女、執事見習いのカナリアは侵入者への応対を任せられていた。『試しの門』と呼ばれる正門は外敵の侵入を阻むものではない。あくまでこの地に踏み込むだけの力を有するか、その資格を量るにとどまる検問であり、明確な敵意を持つ者だろうが通ろうと思えば通れるのだ。

 

 実際に敵を排除する役目は敷地を守る執事にある。敷地内にもいくつかの防衛ラインが設定されており、それを越えようとした者に対して彼らは警告を発する。いかに殺し屋の根城といえども、問答無用で殺したりはしない。

 

 ただしほとんどの場合、侵入者は執事の手によって抹殺されることになる。物騒な用件を抱えていないのであれば、わざわざこんなところまで入ってきたりはしないのだから。

 

 ふざけた格好をした三人組の侵入者は警告を無視して防衛ラインを越えようとしていた。これまでに何度も見て来た無法者たちの反応だ。しかし、カナリアはいつも以上に緊迫していた。

 

 本家当主から直々に発せられていた厳戒態勢の最中、発生した襲撃である。警戒しないわけがない。だが、いずれにしてもやることは決まっている。武器である杖にオーラを流し、敵を待ち構えた。

 

「ひいい!! すみませんすみません!」

 

 泣きそうな顔した少女がしきりに謝りながら急接近してきた。恐怖、迷い、動揺、そう言った精神の乱れは念能力の安定性に直結する。言われるまでもなく念能力者は、それらの邪念を戦闘において極力排除しようとする。

 

 敵の感情の乱れは如実にオーラに表れていた。明らかに未熟。一撃加えてやれば実力差を理解するだろうとカナリアは杖を振るった。

 

 その攻撃が少女に届くことはない。動きにくい巫女装束を翻しながらギリギリのところで回避される。だがその一撃がカナリアに、敵の本当の実力を理解させた。

 

 確かに杖の先は敵を掠めるように通り過ぎた。わずかでも回避が遅れていれば今の攻撃は当たっていた。しかし、それが決して起こり得ない可能性であることに彼女は気づいた。

 

 カナリアもゾルディック家の執事見習いとして重用されるほどの逸材である。そこらの念能力者に後れを取るような実力ではない。ゆえに一度の攻撃で気づいた。あと何百発、杖を振るったところで目の前の敵には届かないと。

 

 その異常性に寒気が走る。現実にしてみれば容易く手が届く距離にありながら、決して到達することはない断絶が両者の間にあった。

 

 いくらカナリアから攻撃しようと無駄。もしその差が埋まる瞬間があるとすれば、敵が攻撃を仕掛けて来た時のみだ。カナリアは待つことにした。下手に手を出さず、敵の動向に注視する。

 

 その読みは当たっていた。カトライの回避術は一級品だが攻めに回った途端、それまでの体術がまるで役に立たなくなってしまう。一対一の勝負であればいつまでも決着がつかないが、それを当の本人が理解していないはずがない。

 

「え?」

 

 カナリアの脚に衝撃が走った。体勢が崩れる。何が起きたのか、瞬時に状況を把握する。

 

「くくくく……我ながら惚れ惚れする使用感ですねぇ、『SS00X(シストショックダブルオーエックス)』」

 

 カナリアは見た。敵の仲間が銃器らしきものを後方で構えている。それだけわかれば答えは明白だ。しかし、彼女は実際に撃たれるまでその射撃に気づくことができなかった。

 

 ルアンが使用したこの自作兵器は分類上、コイルガンと呼ばれるものだ。電磁加速砲の一種である。

 

 電磁加速砲の代表格であるレールガンは電気の流れによって発生するエネルギーを使って弾を飛ばすが、コイルガンは導線を巻いた筒(コイル)の中に金属弾を通すことで磁力によって弾を加速させる。

 

 利点として、磁力のみによる弾体発射のため熱や音がほぼ発生しない。その構造はかなり複雑で制作には高い技術を要するが、制作難易度という面で見ればレールガンよりも遥かにハードルは低い。

 

 ただし、兵器全般の実用性として見るなら普通の拳銃に及ぶべくもない。まず威力からして殺傷能力は高いとは言えず、きちんと弾を飛ばすには電流を流すタイミングやその遮断に緻密な計算を必要とする。内部構造も繊細で故障しやすい。

 

 だが、このクレイジーサイコエンジニアがそんな半端仕事をするはずがなかった。ガチガチの『災厄』仕様である。例のレールガンにも使われている巻貝鉱物を製錬し、コイルの材料にしている。

 

 この異次元の磁力を発揮する四連マルチコイルガンはオーバーテクノロジーと呼ぶにふさわしい威力を獲得した。発光、発射音、硝煙臭、熱源反応と言った発砲の痕跡を一切外に現すことなくトリガーを引いた瞬間、目標に着弾する。音が発せられるのは対象を撃ち抜いた後である。

 

 内部動力はバッテリーによって賄われている。これはリチウムイオン電池等ではなく巻貝鉱物の製錬過程で、副産物的に発明された独自の新技術だ。これ一つ取ってもその分野の科学常識を刷新しかねない代物だった。

 

 ちなみにこの銃は電気制御によって動いているため、念能力は使われていない。が、たとえ念能力者であっても普通の大口径の銃弾を食らえばオーラによるガードを打ち破られる。いわんや、この魔改造コイルガンである。

 

 科学力による暴力だ。だが、この戦闘の最中にカナリアが敵の兵器の詳細なスペックを計り知る余裕はなかった。単に強力な銃器としかわからない。

 

 それより彼女はもっと別のことに驚いていた。いかに目の前にまで迫った敵の対処に追われていたとはいえ、後方にいる敵を全く無視していたわけではない。銃を構える動きがあれば、撃たれる前に気づけたはずだ。

 

 カトライはそれを見越してカナリアの視界を遮るように動いていた。もっと言えば、“銃弾の射線上にいた”。

 

 だが、結果的に弾はカトライには当たらず、カナリアのみが被弾している。つまり、かわしたのだ。射手であるルアンに背を向けた状態で弾丸の接近を察知し、回避していた。

 

 ルアンは最初からカトライごと撃ち抜くつもりで撃っていた。その方がカトライにとってはかわしやすいからだ。悪意を込めた攻撃ほど彼女には見え透いている。

 

 ある意味でそれは信頼だった。一方は女王に仕える騎士として、そして一方は反旗を翻した騎士として、カトライとルアンは幾度となく精神の戦いを繰り返してきた。互いの特性は重々承知している。

 

 だが、それは傍目から見れば異常と言うほかない。ルアンの隣に立つクインでさえ「えーっ!?」という表情でドン引きしていた。

 

 カトライが何をどうやって音速を遥かに凌駕する銃弾をかわし切ったのか目の前で見ていたカナリアにさえわからない。何らかの念能力を使ったものと思われた。実際はただの体術である。

 

「えっ、えいっ」

 

 そして足を撃たれ体勢を崩したカナリアは、カトライの攻撃に対処することができなかった。いくらカトライでもここまで隙をさらした相手くらいは仕留められる。漫画なら☆が飛び出しそうなヘッポコパンチがカナリアの意識を刈り取った。

 

 初戦を終え、何もしていなかったクインが仲間たちにグッジョブのサインを送る。そのまま気絶させたカナリアは放置し、三人はすぐに行動を再開した。

 

 目指すは執事室である。本丸である屋敷を襲撃する前に、まずここを叩く。はっきり言って、執事たちの戦闘力はゾルディック家の人間からすれば低い。最大の脅威は本家の殺し屋たちと言えるだろう。

 

 では、執事を無視していいのかと言うとそうでもない。本家の人間は殺し屋としての実力としてはかなりのものがあるが、実質的にこの敷地や屋敷の管理を行っているのは使用人である執事である。いわば本家の手足となって動く者たちである。

 

 決して無能ではなかった。どんな命令にも忠実で従者としてはこの上なく優秀と言えるだろう。だからこそゾルディック家は執事たちに諸々の管理を任せ、暗殺業に集中できるのだ。

 

 逆に言えば、執事たちを無力化することができれば屋敷としての機能は死ぬ。仮に執事のいずれかがアルカの管理に関わっているとすれば、余計な行動を封じることができるだろう。

 

 執事を尋問して情報を聞き出すと言った手は最初から無理と割り切っている。だから、とにかくできるだけ派手に暴れて片っ端から執事を無力化する。

 

 それはゾルディック家にとって手足を失うことも同然の痛手である。一人二人ならともかく、その数が増えるほどに何らかの対処を迫られることとなるだろう。

 

 キルアはアルカがどこに幽閉されているのか、詳しい場所まではわからなかった。救出対象は敵の手中にある。相手がどう動くかわからない以上、キルアとしては不確定要素をできる限り減らしておきたかった。

 

 敵の手ごまは一つでも多く取り除いておきたい。「このくらいは見逃しても大丈夫だろう」という慢心に足元をすくわれることはいくらでもある。今回の敵はキルア自身もよく知る父親なのだ。それに真っ向から喧嘩を売ろうと考えれば一事が万事、手抜かりは許されない。

 

 ゆえにクインたちに求められた任務はゾルディック家に対する“殲滅”である。しかも、全員殺さずという条件付きだ。裏社会の実状を少しでも知る者なら、この依頼がどれだけ馬鹿げているかわからないわけがない。

 

 まさかそんな依頼を『友達の頼みだから』という理由で引き受けてしまう連中などさらに馬鹿げていると言わざるを得ない。

 

 執事室に近づくにつれ、クインたちの周囲に敵の気配が現れ始める。木々に溶け込むようにしてオーラを絶った手練れたちが獲物を取り囲もうとしていた。

 

 

 * * *

 

 

「来たみたいだね、キル。父さんの読み通りだ」

 

 屋敷では殺し屋の一族が食卓を囲んでいた。見事な出来栄えの料理がテーブルに並んでおり、無論のこと味は保証されている。ただし、常人が口にすれば命の保証はない。全ての料理に致死量を超えた毒が混入している。

 

 いつもなら仕事に出かけている者もいるので、ここまで家族が一堂に揃うことは珍しい。それは偶然ではなく、当主から指示が出されていたためである。

 

「執事室が狙われているようですわ。だいぶ苦戦しているようですわね。ゾルディック家の執事ともあろうものが情けない……」

 

 当主の妻、キキョウが呆れたように嘆息する。彼女にとっては執事が何人死のうが大して気に留めるほどのことでもないが、それによって家の名にわずかでも傷がつくことは許せなかった。

 

 仮に、あってはならないことだが、執事が全滅させられたとしても補充すれば済む。この敷地の外にもゾルディック家が所有する土地や施設は数多く存在し、執事を教育する機関も外部にある。一時的に不便を被るだけのことである。

 

「オレが片づけてこようか?」

 

 とは言え、やられっぱなしというのも癪な話だ。長兄のイルミが席を立とうとしたが、それをシルバは制した。

 

「今はいい。放っておけ」

 

 イルミはわずかに眉をひそめた。父の言葉がキキョウのように執事の存在を軽視しているがゆえに発せられたものではないとイルミはわかっていた。シルバはそんな物の考え方はしない。

 

 シルバは戦力の分散を避けたのだ。敵の誘いに乗らないと言えば格好もつくが、それはこの家の当主らしからぬ臆病な選択にも思えた。今日の厳戒態勢にも言えることだが、イルミにはシルバがそこまで気を張り詰める理由がさっぱりわからない。

 

「ミル、敵の情報は何かつかめたか?」

 

「う、うん。ちょうどオレが個人的に調べてた奴らだったからさ、特定はすぐにできたけど」

 

「ほお、さすがミル坊じゃ。アナクロなわしらじゃスマホもまともに使いこなせんわい。いまだにポケベルが現役じゃし」

 

「親父、ポケベルではない。ゾルディック家専用無線機だ」

 

 シルバがゾルディック家専用無線機(たまごっちみたいなやつ)を取り出してテーブルの上に転がす。

 

「キルが雇ったのは傭兵団『カーマインアームズ』……だけど、こいつらほとんど情報がない」

 

「情報戦に長けた集団か」

 

「いや、それ以前にまだできたばかりでろくに活動してないんだ。オレみたいに最初からマークでもしてない限り、正体にたどり着くのは不可能だっただろうね」

 

 傭兵業に関する情報はミルキにも得られなかったが、その集団がA級賞金首『モナド』の関係者であることはつかめた。モナド自身、あるいはその親族によって結成されているらしい。

 

 その人員規模、保有戦力などについては未知であるが、もし本当に史上最悪の殺戮者(ジェノサイダー)が取り仕切る一団だとすれば脅威度は計り知れない。

 

「わかり切ったこと。キルがそれを雇い、そして勝てると見込み引き連れてきた。であれば、間違いなく“本物”じゃろう」

 

 ゼノは笑いながらワイングラスを空にした。久しぶりに手ごたえのある相手と戦えそうだと上機嫌になる。

 

「お、おれも……」

 

 脂汗をかいたミルキが絞り出すように声を漏らす。

 

「オレも、戦うから」

 

 その言葉に家族全員が呆気に取られてしまった。

 

「どういう風の吹き回し?」

 

「いいだろ、たまには! 監視カメラの映像にはその傭兵団の連中が何人か映ってたし、人手は多い方がいいだろ。オレが捕まえた敵はオレのものにするから、兄貴も手は出すなよ」

 

 ミルキも念能力者ではあるが、その実力はゾルディック家において最弱。まず正面切って敵と戦うような性格をしていない。どうせ今回も部屋にこもって出て来ないのだろうと思いきや、それが自分から戦いたいと言い出したのだ。

 

「まあまあ、いいじゃありませんか! ミルちゃんがヤル気を出してくれてママも嬉しいわ。殺し屋ですもの、急に人を殺したくなる気分の時もあるわよね」

 

「ばかもん、あってたまるか」

 

 ともあれ、これでマハ爺を除く現役の暗殺者たちが出揃った。まさに総力戦。この場にいる誰もが負けることなど毛頭考えてはいない。ただ、シルバだけは考え方が少し違った。

 

「そういえば、俺も子供の頃はキルと同じように親父と喧嘩したこともあったな」

 

「半殺しにしてやったがな」

 

 親子喧嘩をしない親子がいるだろうか。正常な関係があれば誰だって喧嘩くらいするだろう。ただ、この家が少しばかり特殊であるせいで、その喧嘩のレベルが普通とはかけ離れているだけだ。

 

 数日前、交渉しに来たキルアをシルバは追い返した。最終的にキルアは思い通りにならず拗ねたように出て行ったが、その目は決してアルカのことを諦めてはいなかった。シルバはその目を見た時から今日までの展開をある程度は予想していた。

 

 キルアは自分自身の力だけではアルカを助け出せないと判断し、遂行するに足るだけの戦力を用意してきた。それを未熟とは思わない。どんな犠牲を払おうと、どんな手段を用いようと最終的に目的を果たせば何の問題もないのだ。

 

 だからこそあまり期待外れな結果に終わってほしくないと思っている。何ならいっそ、アルカを奪い出すくらいのことはしてほしいとすら思っていた。

 

 それでこそゾルディック家、次期当主の器にふさわしいというものだ。もしそんなことができたとすれば歴代でも最強の実力と、最高の権勢を誇る当主となるかもしれない。

 

 無論、できればという但し書きがつく。アルカの力が危険であることは変わりない。何らかの利用法を探し出せないものかと手元に置いてはいるが、外に出す気はさらさらなかった。キルアの目論見を全力で阻止するつもりだ。

 

家族内指令(インナーミッション)を発令する」

 

 シルバはただ一言だけ発した。それ以上の命令はない。この場に集う全員が、その意味を余すところなく理解する。

 

 家族内指令とは、いわば内輪もめに課せられたこの家独自のルールである。家族同士で意見が対立した際に発生する真剣勝負だ。

 

 各々が自分の希望を押し通すため、最大限の努力をする。いがみ合うもよし、協力するもよし。ただし、妥協は許されない。話し合いの末に折り合いをつける、と言った中道的解決が可能なレベルの対立にはそもそも適用されない。

 

 結果のためなら、どんな非人道的手段を用いようとも構わない。唯一の制限と言えば『家族を殺してはならない』というルールくらいだ。

 

 言葉を交わさずともここにいる全員の意見は一致していた。細かなところで相違はあるものの、概ね一致している。ゾルディック家の威信を懸けた戦いが始まろうとしていた。

 

 






お久しぶりです!
長らく放置してすみません!


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