カーマインアームズ   作:放出系能力者

115 / 130
113話

 

 執事長のゴトーは冷静な表情とは対照に、こめかみに血管を浮き上がらせて現場に急行していた。同じく、執事室にいるほぼ全ての執事が駆り出されていた。

 

 この敷地の守護は執事の使命だ。そこへ土足で踏み込み、狼藉を働く不届き者たちに怒りを向けることは当然ながら、それをいまだに阻止できずにいる自分たちにも苛立ちを募らせていた。

 

 既に向かった先行隊は音信不通となっている。敵に殺されたとみるべきだ。実際には意識を奪われただけで死んではいないのだが、彼らにしてみれば戦場における戦闘不能者など死人と同義である。

 

 接敵は予想よりも速かった。それはつまり、想定を上回るスピードで敵の進攻を許しているということでもある。

 

「すみません! ちょっと通ります!」

 

 一人の少女が、まるで満員電車で人ごみをかき分け降りようとしているサラリーマンのような調子で、殺気立つ執事の群れに突っ込んでくる。

 

「止めろ!」

 

 彼らとて念能力者として日々の鍛錬により鍛えられた戦士である。どれだけ敵が強かろうと数の利を活かせば足止めくらいできる。できなければ執事失格だ。

 

 その包囲網の中を、まるで宙を舞う羽のように少女はかいくぐっていく。指一本たりとも触れる者はいなかった。自分たちが当事者でなければ、その神秘的な舞踏に見入っていたかもしれない。

 

 そして、少女に気を取られた者に襲い掛かるのは銃撃だ。銃声もない、静かなる凶弾が執事たちを沈めていく。四肢に狙いを定め、行動不能に陥れる。命を奪う方がよほど簡単だっただろう。敵はそれだけの射撃技術を有していた。

 

 しかし、数の優位は依然として執事側にあった。撃たれる者ばかりではなく、後方の射手を仕留めに向かう者もいた。

 

 それを食い止めるのはエプロン姿の少女だ。頭には三角巾をかぶっている。銃撃を突破してきた執事たち相手に、多勢をものともせず徒手空拳で迎え撃った。その間も、後方からは援護射撃が続いている。

 

 前衛カトライ、中衛クイン、後衛ルアン。その鉄壁の布陣を前に、なすすべもなく次々と執事たちが倒れ伏していく。ゴトーはまず、この連携を切り崩しにかかった。

 

 彼の執事服の袖には専用のコインホルスターが忍ばせてあった。そこから素早くコインを手に取ったゴトーは銃弾のごとく指で弾き飛ばす。比喩ではなく、文字通り銃弾に匹敵する威力が込められていた。

 

 これが彼の念能力だ。硬貨は古くから暗器として活用されることもあった道具である。単純ながら威力は高く、応用範囲は広い。

 

 飛び道具をオーラで強化する能力は、『強化系』『放出系』『操作系』のどれを主軸に置くかによって性能が変わる。遠距離攻撃手段としては念弾に比べて扱いが難しいが、使いこなすことができれば武器そのものの攻撃力をオーラで引き上げることができるため威力を増幅させやすい。

 

 ゴトーの場合はやや放出系よりだが、他の二系統をバランスよく複合している。それを眼にもとまらぬ速さで連射できるとなれば、相当な手練れと言って間違いない。ゴトーはマシンガンのように両手からコインを射出した。狙いは敵陣の後方である。

 

 カトライの身のこなしから、先に相手をすべきは後ろ側だと見切りをつける。ただ、撃ち出したコインはクインに防がれてしまった。不気味な赤い籠手を振るい、必要最小限の動きで狙撃手を守りぬいている。

 

 だが、足止めすることはできた。カトライは後ろに構わずどんどん前に進んでいく。ひとまず前衛と後衛の分断には成功した。

 

 ルアンの射撃技術は高いが、総合的な戦闘能力自体はそれほどでもない。それを守るため張り付いているクインも、ルアンを狙い撃ちにされれば必然的に足を止めざるを得なかった。

 

 ゴトーは単に直線的な攻撃だけでなく、コインに回転を加えた変化弾も織り交ぜて追い打ちをかけるが、そのことごとくが弾き落とされる。まるでどこに攻撃が来るのかわかっているかのような勘の良さだった。

 

 しかし、ゴトーに焦りはなかった。上空から何かが高速で飛来してくる。それは小型ミサイルだった。コインの連射でクインたちを釘付けにしているところに爆撃機がミサイルを投下した。

 

 爆発の轟音と粉塵に周囲が飲み込まれる。その攻撃をなしたのも執事の一人である。空を駆けて到着したその人物はツボネ。執事たちの教育係を仰せつかった古参の老婆である。その実力だけならゴトーを凌ぐ。

 

 ツボネの能力『大和撫子七変化(ライダーズハイ)』は、自身の肉体を乗り物に変化させる具現化系能力である。これによりヘリに変身して空を飛んできたのだ。さらに、その乗り物に合わせた武装まで具現化でき、ヘリ形態ならばミサイルを発射可能だった。

 

 とはいえ欠点はあり、乗り物に変身はできても自分自身を操縦することはできない。運転手となる念能力者が別に必要であり、乗り物の動力となるオーラも運転手が負担しなければならない。今回は孫娘の執事見習いアマネが操縦していた。

 

 ツボネたちの到着を見届けたゴトーは、この場を彼女らに任せてカトライの追跡に向かった。

 

 カトライは現在も一心不乱に前進している。仲間たちを待つそぶりは見せていない。つまり、後衛とは別に何かしらの目的をもって行動しているものと思われる。

 

 カトライは回避に専念しており、群がる執事たちをすり抜けて先に進んでいた。それもこれ見よがしに怪しげな手荷物を提げてだ。見るからに爆弾と思われる物体を抱えていた。野放しにしてはおけない。

 

 だが、捕獲には相当の困難を要することは予想できた。クインとルアンだけにかまけていられる状況ではない。ゴトーは直接指揮を執るためにカトライを追いかけた。この先のトラップ地帯にうまく誘導して行動を封じる算段である。

 

 後を任せられたツボネとアマネは地上に降り立つ。ミサイルは強力だが、その分オーラの消費も激しいので多用はできない。遮蔽物の多い森の地形では、確実に敵を仕留めるためには変身状態を解除した方が適している。

 

 爆風が晴れ、砂埃の中から姿を現したクインは、エプロンに焼けこげが見られるものの無傷だった。ツボネはミサイルが着弾する直前、クインがルアンをかばうために自ら前に進み出たことを確認していた。

 

 しかし、ダメージ無し。その事実に動じることなく執事たちは次の行動に移っていた。ツボネはクインを、アマネはルアンをそれぞれ受け持つ。

 

 ツボネの高齢にそぐわぬ屈強な肉体はオーラによって強化されることにより、その全身を凶器と化した。彼女は戦闘技能も含めた執事たちの教育係を務めている。タイマン勝負では使用できない発を持つが、それが足かせとなるような鍛え方はしていない。

 

 そのツボネの動きに合わせるようにクインが拳を突き出す。敵の素早い身のこなしを見たツボネは回避は困難と判断してガードする。クインのボクシングに似た軽いフットワークは威力よりも速さを重視していると一目でわかった。

 

 クインは籠手を着けていない方の手でジャブを放つ。そのパンチを防いだツボネはカウンターを仕掛けに出る。だが、そこで予想外の事態が発生した。

 

 ガードしたツボネの腕にビリビリと振動が走ったかと思うと、なぜかその箇所の自分のオーラが膨れ上がった。攻防力の移動をコントロールできず、瞬間的に顕在オーラ量を超える高まりを見せ、そして風船が破裂するように霧散した。

 

 そこでツボネが意識まで散らさず、瞬時に退避を判断できたことは僥倖だった。一瞬でも判断が遅れていれば勝負は終わっていただろう。ガードに使った左腕に外傷はないが、オーラを巡らせることができず、強制的に絶の状態にされていた。

 

 クインの攻撃に込められたオーラはわずかなものだった。攻防力に換算すれば10程度だ。たったそれだけのオーラがツボネの精孔と命脈に影響を及ぼし、流れるオーラをオーバーフローさせていた。

 

 クインよりも強い傭兵がいるせいで影が薄くなりがちだが、彼女もまた暗黒大陸を生き抜き、脱出を成し遂げた到達者だ。最終的にモナドと戦い得るまでに成長したシックスの戦闘技能も、元を辿ればクインから受け継がれたものである。

 

「やれやれ、私も耄碌しちまったね」

 

 ツボネの腕はあと1時間ほどは絶のままとなる。加えて無駄にオーラを使わせられてしまったため、潜在オーラ量もかなり消耗していた。ここから戦況を覆すことは難しいと言わざるを得ない。

 

 唯一、勝機があるとすればクインに殺意がないことだろう。その甘さにつけこむしかない。これについてツボネはキルアの指示だろうとあたりをつけていた。時に非情になりきれないキルアの性格を、ツボネはまだまだ未熟と思いながらも好ましく感じていた。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛! 私のかわいい子供たちがあああ!!」

 

 ツボネが苦戦を強いられる一方で、アマネの方はと言うと善戦しているようだった。ルアンは苦手な接近戦を兵器の力でカバーしながら戦っているが、それも鍛え抜かれた念能力者相手には限界があった。

 

 ルアンの周囲には用途不明の機械類が散乱している。アマネがルアンのバックパックを切り裂いて中身をぶちまけたのだ。それだけでルアンは気が動転している様子だった。

 

「そんなに大事なものなら、わざわざ持って来なければ良かったでしょうに」

 

 美少女にあるまじき汁を顔じゅうから垂らして悔しがっているルアンにアマネが冷たく言い放つ。こちらはこちらで勝負の行方は明らかになりつつあった。

 

「団長、すみません……こうなることは最初からわかってました。私が戦場に立っても足手まといにしかならないって……」

 

 ツボネは頭の中で作戦を組み立てる。正直なところ、ツボネたちが二人がかりでクインと戦っても勝ちは見込めないと判断する。ここは一人でも多く敵を減らすため、ツボネが死ぬ気でクインを止め、その隙にアマネにルアンを仕留めさせることにした。

 

「そうわかってたんです。じゃあ、

 

 なんでここにきたとおもいます?」

 

 ルアンの表情は理解しがたいものだった。さっきまで泣きじゃくっていたかと思えば、何かのタガが外れたように笑い出す。まるで気がふれているかのようだった。

 

「ぼさっとしてんじゃないよアマネ!」

 

 ツボネは言い知れない忌避感に見舞われていた。さっきまではクインの方こそ脅威だと感じていたが、それは違う気がした。真に警戒すべきだったのは、もう一人の狙撃手であると直感が訴える。

 

「もう遅い」

 

 ルアンの足元に落ちていたジャンク品の一つが破裂する。そこからの反応は劇的だった。ダムが決壊したかのように大量の水があふれ出す。たまらず全員が一斉に退避した。

 

 真っ先に念能力を疑ったツボネだったが、それにしては規模が大きすぎる。これだけ大量の水を呼び出す能力ならそれに見合ったオーラが必要なはずだが、凝をしてみてもさほどのオーラは感じ取れなかった。

 

「なんだいこれは……!?」

 

 その液体は、一定の形を成していた。きのこである。ただし、見上げるほど巨大な、水でできたきのこである。それは次々に増殖し、同じ大きさのきのこを周囲に作り出していく。

 

「ほう! 実験は成功ですね。どうです? 世にも珍しい暗黒海域の深海生物は」

 

 それを聞いたクインの顔は青ざめた。つまり、事前に何の相談もなくルアンがやらかした独断である。この作戦に参加したルアンの真の目的はククルーマウンテンを生物兵器の実験場にすることだった。

 

 傭兵団カーマインアームズの団員は非常識な人間も多い。モナドがなりを潜めた現在、団の中でも最も狂気じみた思考を持っているのがルアンだった。自身の研究のためならば危険な実験も躊躇せず、災厄の拡散に対する抵抗感も著しく低い。

 

「 Happy birthday to you! 」

 

 ルアンの声に反応するように遠方で二発目の爆発が起きた。ここと同じように半透明の巨大きのこが森の木々を押しのけて成長している様子が確認できる。それはちょうど、執事室がある地点だった。

 

 カトライに持たせていた爆弾の中身である。これを用意したルアンはただの爆弾とクインたちに説明していたが、実際には生物兵器だったのだ。

 

「暗黒海域ぃ!? でたらめ言うんじゃないよ!」

 

「今回の依頼、かの暗殺一家ゾルディック家が相手とあれば相応の準備が必要かと思い、スペシャルなサプライズを用意させていただきました。信じるか信じないかはあなたの自由ですが」

 

 正真正銘、暗黒海域産の生物である。だが、ルアンも人類滅亡級の災厄をここでぶちまけるつもりはもちろんない。検証を重ねた危険度の低いものを選んでいる。

 

 このきのこはギアミスレイニが暗黒海域航行中に発見した『海藻の森』で採取されていた。深海にも関わらず数十メートルにも成長した海藻が生い茂る地帯である。

 

 このきのこの胞子嚢を乾燥させたものに水をかけると一気に成長する。その成長の度合いは乾燥させた期間に応じて大きくなる。ただ、きのこ自体はなんら特別な脅威はない、ただのきのこである。

 

 体組成の99%が水で構成されており、驚くべきはどこからともなくそのほぼ全ての水を自力で合成してしまう生態である。その原理についてはルアンにも解明できていない。

 

 このきのこの安全な培養に成功すれば世界の水不足問題を解決することができるだろう。そう、これは人類全体の利益のために必要な実験という建前のもと、ルアンは何の罪悪感も抱いていなかった。

 

 やがて急成長したきのこに続いて第二の変化が現れ始める。押し倒されたきのこ周辺の木々が歪な成長を遂げ始めた。きのこに倣うかのように一緒に巨大化していく。

 

「ほうほう! これは新発見だ。なるほど、このきのこには周辺の植物の生長を促進させる効果があるのかもしれません。共生関係というやつでしょうか。現存する菌類にも似たような生態を持つものはありますね。であれば、あの海藻の大繁殖も納得がいきます」

 

 船内で行った実験では取れなかったデータだった。やはり実験室の中だけで行う検証には限界があると、ルアンは喜々としてメモを取り始めた。

 

 やがて、木々は樹齢何千年もあろうかという巨木に成長し、それでも止まらず樹木同士で融合するように膨れ上がる。地中から飛び出した根がのたうち回り、生い茂る葉が空を覆い隠した。

 

 その光景を目にしたルアンは、水不足問題だけでなく食料問題まで解決してしまうかもしれないと興奮していた。クインがちょっと待てやと肩を揺さぶるが、全く気に留めず夢中でメモを取っている。

 

「ほうほうほう! なんだあの変化は!? 今度はきのこの傘の部分が……分離した!? ふわふわと空中を漂っている! まるでクラゲだ! もしや、きのこと思っていたあの構造体はクラゲの成長過程におけるストロビラでは!?」

 

 きのこの形は花びらを何枚も重ねたような形に変わっている。直径20メートルはあろうかという、その巨大な花の一つ一つが本体から分離し、まさにクラゲのように空中を漂っているのだ。

 

 暗闇に閉ざされた異常成長する森の中に無数のクラゲが泳ぎまわる。

 

 

 キシャアアア

 

 

 鳴き声を発し、触手を振り回しながら。

 

「ほうほう! ほうほうほうほうほうほうほうほうぼへあっ!?」

 

 興奮しすぎてウホウホ言い始めたルアンに、もはや会話は不可能と判断したクインがドロップキックを叩き込んで黙らせた。その後、クインとカトライ、執事たちはこのクラゲ魔界と化した樹海を何とかするため奔走することになる。

 

 

 * * *

 

 

 作戦ではまず陽動班が執事を処理、時間稼ぎをした後、うまく敵を誘い出せれば本邸に攻撃の手を伸ばすことになっていた。主力部隊である救出班はそこで加勢に入り、一気に敵を叩く手はずだった。

 

「おいおい、うちの庭に何してくれてんの……」

 

 キルアが魔境と化していく森の一部を見てつぶやく。確かにできるだけ大暴れしてくれとは頼んだが、ここまでやれとは言っていない。

 

 陽動班とは連絡も取れない状態だった。これは実験に茶々を入れさせまいとしたルアンが通信機に仕込んだ細工である。

 

「あんなものは所詮、海の藻屑だ。災厄と呼べるほどの危険はない」

 

「我が傭兵団ではこの程度のことをトラブルとは言わんのじゃ」

 

「ごめんな、キルア。こいつら頭おかしいんだ」

 

 不測の事態も考慮に入れて柔軟に対応できるように班を分けたが、こんなことなら一緒に行動した方がよかったと言えた。ルアンは作戦会議で自分の実力などを踏まえ、役割を分担した方がいいと提言していたが、今思えばそれも実験のための誘導だったのだろう。

 

 しかし、起きてしまったことを悔やんでも仕方ない。本邸の動きを見張っていた救出班は、作戦を変更して出撃の用意に取り掛かっていた。

 

 これだけの騒ぎが起きているにも関わらず、本邸には一切の動きがなかった。ゾルディック家の面々は依然として建物の中から出て来る様子がない。

 

 それはつまり、アルカが本邸内のどこかにいる可能性が高いということを示していた。キルアの目的がアルカにあることが露呈している現状において、その急所に厚い守りを置くことは当然と言える。

 

 これについてはある程度予想できたことでもある。この広い樹海のどこかにぽつんと隔離施設を作っている可能性もありはしたが、管理がしやすく守りやすい本邸に閉じ込めておいた方が都合はいい。

 

 敵に動く気配がなければ、こちらから向かうしかなかった。とはいえ、アルカが本邸にいる以上、そこに乗り込むことは最初から十分に想定していた事態である。キルアたちはこそこそと隠れるのを止め、屋敷の正面玄関へ堂々と近づいていく。

 

 本邸の周辺は監視カメラや光学センサーを始めとする多種多様な侵入者の探知装置がミルキによって仕掛けられている。隠密に長けた能力者であっても、よほど特殊な発でも持たない限り気づかれずに侵入はできない。

 

 この接近も既に家族に知られていることだろう。構わず、キルアはドアを開けた。通常であれば出迎えるはずの執事はいない。代わりに家族が総出で温かく迎え入れてくれた。

 

「おかえり、キル」

 

 この玄関ホールはもともと招かれざる客をあしらうために用意されている。暗殺一家ならではの屋敷の作りと言える。少々派手に戦闘をしても支障がないように広く、頑丈に作られていた。

 

 高祖父と祖母の姿は見当たらないが、彼らは家族間の諍いに関して不干渉を貫いているため、およそ考えうる最悪の戦力が集まっていると言えた。ミルキまでいる。

 

「ただいま。もう言わなくてもわかってると思うけど、アルカを渡してもらうよ」

 

「ならば、こちらの返答も言わずともわかるな?」

 

 キルアとしても家族と戦うことだけは避けたかった。しかし、アルカを救い出すにはもはや他に手がない。事前交渉における失敗が響いていた。

 

 シルバがアルカの危険性を承知した上で、それでも手元に置いている理由はその有用性を知っているからだ。キルアには彼だけが知るアルカの秘密があった。アルカの能力にはまだ家族に知られていないルールが存在する。

 

 そのことを慎重にほのめかせば、シルバならば検証のためにアルカとの接触を認めてくれるかもしれないと考えていた。アルカと会うことさえできれば後は簡単だ。“ナニカ”に命令すればどこにだって逃げられる。

 

 そのキルアの内心から生じる逸り気をシルバに見抜かれてしまったのだ。具体的なことまではわからずとも、何かあると勘繰られてしまった。妹を助けたいと急くあまり、自分では冷静でいるつもりでも他者から見ればそうではなかったのだ。

 

 結果的に暴力的な手段に訴えることになってしまったが、そのこと自体は特に何とも思っていない。悔やむことがあるとすれば、まだ自力で家族全員に立ち向かう力がなかったことだけだ。

 

 そんな小さな見栄にこだわってまで妹の救出を後回しにしようとは思わない。やるからにはどんな手を使ってでも成功させる。全力で、徹底的に、潰す。そのための戦力は用意した。

 

「して、メルエム。あとどれくらいかかりそうじゃ?」

 

「そうだな……5分と言ったところか」

 

「ほっほ。お前さんにしてはなかなか手こずっておるようじゃのう」

 

「黙れ。“真正の”災厄が相手だ。今回ばかりは我とて勝手はいかぬ」

 

 メルエムは確率操作の能力を用いてアルカの場所を暴き出そうとしていた。それが最もアルカを安全に助け出せる方法だからだ。

 

 家族全員を叩き伏せてアルカの居場所を吐かせて救出する、という作戦は絵にかいた餅のようなものだ。殺されたところでシルバが口を割るはずもない。ミルキあたりならあっさりしゃべりそうだが、そもそも場所を教えられていないだろう。

 

 それ以上に警戒すべきは、アルカを人質に取られ脅されることだ。最悪、アルカが解放されるような事態になりそうなら、能力を封じるため殺してしまうことも考えられる。正規の手段以外の方法でアルカの幽閉が解かれれば自動的に抹殺するくらいの仕掛けは講じているだろう。

 

 そこまで行かずとも脅しのために遠隔操作で傷を負わせるくらいのことはされかねない。キルアがそれを一番嫌っていることは家族にもわかっている。だから今回は、ただ勝てばいいという戦いではない。メルエムの能力が作戦の要だった。

 

 アルカの場所まで安全にたどり着く可能性が1%でも存在すれば、メルエムの力で実現できる。そして実際に現地に赴き、調べたメルエムの見立てでは可能とのことだった。

 

 だが、想定外の誤算もあった。メルエムによれば、この地に張り巡らされた“因果の糸”は複雑に絡み合っており、確率操作の能力はいつも以上に使いにくくなっている。それはアルカに寄生しているガス生命体アイの影響だった。

 

 メルエムは自身の能力を上位の災厄に肉薄するまでに高めてはいるが、完全な昇華には至っていない。災厄の格としてはアイの方が上である。その存在に関わる能力の行使において影響を受けていた。

 

 メルエムをしても屋敷の中に入り、この位置までアルカの居場所に近づかなければ存分に力を発揮することができなかった。別動隊に課せられた陽動や時間稼ぎも、この制限や調査に関係していた。

 

「5分、5分か……なんならもう少し手間取ってくれてもよいぞ? その方が楽しめる」

 

 アイクたちはメルエムの準備が整うまでの間、時間を稼ぐことができればそれでいい。むしろ、苦戦しているように見せかけた方が無難と言えた。

 

 そろい踏みのゾルディック家を相手にたった4人で、しかも手加減して戦えとは正気の沙汰とは思えない。依頼主であるキルア自身でさえそう思う。

 

 実際に彼女たちの強さを体感していなければ頼みはしなかっただろう。キルアは最近までグリードアイランドにてビスケから修行の手ほどきを受けていたが、その師であるビスケですら及ばないほどの強者がそろっている。

 

 ついに傭兵団のトップスリーが動き出そうとしていた。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。