カーマインアームズ   作:放出系能力者

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114話

 

「よお、大将。あんたはしばらくお休みだ」

 

 先手を切ったのはチェルだった。この警戒態勢下において、よもや凝を怠る者はいない。当然、ゾルディック家の全員が目を凝らしていたにも関わらず、チェルの攻撃を察知することはできなかった。

 

 シルバの足元に亀裂が入る。チェルの左目による時空歪曲が重力の圧となりシルバに降りかかっていた。怪訝そうにゼノが目を向ける。

 

「ふむ? 何かされておるのか? オーラは何も感じなかったが」

 

「ああ。俺か、この場所に対してか、重力の強化が働いているのかもしれん」

 

 しかし、シルバは仁王立ちの体勢のまま、少し眉を動かしただけの反応だった。その現象を不可思議に感じているが、動揺はしていない。むしろ、その涼し気な反応と分析力にチェルの方が冷や汗を流したくらいだった。

 

 ゾルディック家と一口に言っても個人の戦闘能力には大きな差がある。キルアが最大の脅威と感じている人物が、現当主であり父であるシルバだった。その念能力はキルアも知らない。

 

 と言うより、キルアが他の家族が習得している念について知っていることは少なかった。なにせ、彼が念の存在を知ったのは最近のことである。

 

 だが、念の特性や相性などを一切考慮しなかったとしても、純粋な身体能力だけでシルバは強いとわかる。そしてゾルディック家に伝わる全ての暗殺術を体得している。もしゼノよりも弱ければ家督を譲られてはいないだろう。最大の警戒を払うにふさわしい相手と言えた。

 

 だから真っ先にここを封じる。チェルの能力は見抜かれはしたが、シルバはその場所から動けずにいる。きちんと効果は働いているのだ。シルバの体からは恐ろしいほどのオーラの気配が蒸気のように噴出しているが、それだけの力をもってしても重力の枷に抗いきれないという証拠である。

 

「じゃが、その様子だと一度に複数の対象に向けて発動はできんようじゃの」

 

 ゼノが確かめるようにゆっくりと前に歩き出す。その目はもちろん、チェルに向けられていた。厄介な能力者から先に始末しておくべきだ。しかし、それを遮るようにアイクが前へ躍り出た。

 

「待て待て、おぬしの相手はわし! そういう段取りじゃ!」

 

 自信満々な少女をゼノは胡乱げに眺めた。実はキルアたちがここへ来た段階から、ゼノはアイクのことが個人的に気になってはいたのだ。正確に言えば、彼女が着ている服についてである。背中に張り付かせている大きな虫よりも、気になったのは服の方だった。

 

「“心Tシャツ”か……何のつもりでそんなものを着ているのか知らんが、紛い物を見せられても不快なだけだ」

 

 ゼノにとって人生最大の強敵、かつて幾度となく手合わせをしてきたネテロが、生前に愛用していた服だった。全力を尽くして戦うと決めた時のみ着用したという勝負服である。ゼノは一度として、これを着たネテロと戦ったことはなかった。

 

「何じゃ? これはわしがデザインしたオリジナル漢字Tシャツじゃ。他にも色々と作ったが、これが一番の出来なのじゃ。イカすセンスじゃろ?」

 

 アイクはTシャツを見せびらかすように、下着もまだ不要なほど平たい胸を張ってドヤ顔を決める。胸を張っているせいで残念なふくらみが浮き出て余計にあわれなことになっている。

 

 ネテロが使っていた心Tシャツは特別な素材で作られたというわけでもない、ただの服だ。レプリカを作ろうと思えばいくらでも作れる。かつての強敵も今は亡き故人となった。その遺品に込められた思いもまた、死体と同じく風化していくものなのだろう。

 

 くだらない感傷だったとゼノは気持ちを切り替えた。さっさと敵を減らすため、目の前の少女に襲い掛かる。この屋敷に踏み込んできた時点でデッドラインは越えていた。女子供だろうと殺しの対象だ。キルア以外は全員殺すことになる。それが確定事項だった。

 

「それでよい。そうこなくてはな」

 

 隙だらけでドヤ顔をさらしていたアイクは、ゼノの攻撃に一瞬で迎撃を合わせた。ゼノは目を見開く。まさか止められるとは思いもしなかった。

 

 強く優れた使い手であるほどに、その実力を隠すこともまた上手い。ゼノは敵を見誤っていたと悟る。どうやらただの紛い物というわけではないらしい。そこから両者の応酬が繰り広げられ始めた。

 

 キルアは緊張しつつも、ここまでは予定通りの展開に持ち込めたことに安堵していた。キルアの実力ではまだ敵わないと思われる敵はシルバとゼノ、そして兄のイルミである。この三人は傭兵たちに受け持ってもらう必要があった。

 

 そのイルミが目をつけているのはキルア、ではなく最後方にいるメルエムだった。キルアのことは後でどうとでもできる。それよりも先に周囲のゴミを片付けようとしていた。

 

 キルアの性格を考えれば、ここまで連れてくるほど深い関係を持った者たちに相応の情を移しているはずであるとイルミは考えていた。その協力者たちを惨殺し、キルアに見せつける。その方がキルアにより大きな精神的ダメージを与え、反抗心を叩き折ることができるだろう。

 

 メルエムは微動だにせず後方で待機していた。敵地であるにも関わらず戦意は全くない。オーラの流れから見ても無防備そのものである。それどころか、目を閉じて周囲を見てもいなかった。

 

 針の一撃で容易く仕留めることができるだろう。それだけに怪しくもある。一体何をしに来たのだという話だ。こうもあからさまに隙をさらしているとカウンタータイプの念能力者ではないかという疑いもあった。滅多にないことだが、絶対にないとは言い切れない。

 

 だが、イルミはそれを承知の上で躊躇なく針を放った。注視していたとて、いつ投げたのか見失うほどの速度だ。しかしその攻撃は、間に割って入ったチェルによって止められる。

 

「危ねぇ!? こいつにだけは手を出すんじゃねぇって!」

 

 間に合ったとはいえ、ギリギリだった。チェルが焦ったような声をあげる。それはメルエムに対してではなく、イルミを心配しての忠告である。

 

 カーマインアームズは『みんな仲良く』という、なるべく不殺を重んじる団則を掲げているが、それを一番守らない団員がメルエムである。彼女は普通に殺した敵を食う。一応、それでも彼女なりに守っているつもりらしいが。

 

 メルエムは人間の道徳観を理解しているが、それは理解しているというだけで、彼女の精神構造がまず人間とは異なっている。他の団員は前世で人間だった者ばかりだが、メルエムの生まれは特殊だ。生物としての感受性が同じではない。

 

 これが『全部メルエムに任せとけばよくね?』では済ませられない最大の理由でもある。

 

 ゆえに、今回の作戦ではクインから敵を殺すなと強く言い含められていた。どんな非道な敵であろうとキルアの家族である。殺していいわけはない。クインが心配のあまり口を酸っぱくしてメルエムに付きまとったくらいだ。

 

 それでもいざとなれば何をしでかすのかわからないのがメルエムである。特に強い念能力者が相手だと食欲を抑えきれなくなるきらいがある。それに比べればルアンの暴走など可愛いものだ。作戦の要であると同時に爆弾でもあった。

 

 だが幸か不幸か、メルエムは確率操作に難航しており、戦闘に意識を割く余裕がない状態になっている。5分でできると言ったが、それは全神経を集中させて彼女の精神内部に存在する軍儀盤のごとき演算装置をフル稼働させようやく成し得る数字である。

 

 それだけナニカの影響力が大きいのだ。ナニカは別にメルエムを邪魔しているわけではないのだが、ただそこに存在するだけで因果律を乱している。人間の感覚でそれを感じ取ることはできないが、メルエムの能力はその起源がアイに由来することもあり、特に影響を受けてしまっていた。

 

 さらにアイクに茶化されたこともあってメルエムはむきになっていた。現実における感覚は完全に切り離され、意識は精神内部に没頭した状態である。通常であればあり得ないことだが、今ならばイルミの攻撃も通る。

 

 通ったからと言ってそれで倒されはしないのだが、後で怒ることは間違いなかった。確実にイルミを食おうとするだろう。他の傭兵団員が束になっても怒ったメルエムを止められはしない。

 

 そんな事情を露とも知らないイルミは、メルエム目掛けて次々と針を放つ。チェルが必死にメルエムを守ろうとするものだから、余計にそこが敵の弱点であると勘違いしていた。ある意味、弱点ではある。

 

「バカっ、マジでやめろ!」

 

 イルミは、チェルの反応から見て敵がカウンタータイプではないように感じた。もしそうならかばう必要はない。であれば、単純に能力を高めるための制約か誓約だろうとあたりをつける。これだけ大きな隙をさらしたままにしているということは、相応に強力な発の行使に及んでいるのかもしれないと。

 

 チェルはコンバットナイフで高速飛来する針を捌いていくが、その様子は危なげだ。イルミの攻撃は速度と精度、威力、連射力、いずれの要素も群を抜いている。チェルはシルバの方にも気を配らなくてはならないため、全く余裕がない状況だった。

 

 しかし、それを見ているキルアにも助太刀に入る余裕はない。シルバとイルミの相手はチェル、ゼノはアイク、メルエムは置物、となれば残りの敵を受け持たなくてはならないのがキルアとなる。

 

 キキョウ、ミルキ、カルトの三人がキルア目掛けて殺気を放つ。

 

「鋭いオーラを練るようになったのね、キル。とても嬉しいわ。ぜひ、ママにもそれを感じさせてちょうだい」

 

「ハーレムゆるすまじ! 爆発しろ!」

 

「兄さん、ボクというものがありながら……」

 

 オレだけ相手が多くね? と、納得がいかないキルアだった。当初の計画では陽動班も戦闘に参加する予定だったし、メルエムも一応は戦力に数えられていた。キルアは自分の出る幕はないかもしれないと思っていたくらいだ。

 

 とはいえ、ここまでお膳立てをされたのだから文句を言うつもりはなかった。戦闘を他人に任せきりというのも気が引けると思っていたところだ。

 

 キキョウとミルキについては、念を覚えていなかった頃のキルアでもあっさり刺して逃げおおせたくらいの強さである。協力されたとて高が知れているだろう。

 

「速攻で片づけさせてもらうぜ」

 

 キルアの全身から小さな放電現象が発生する。それを見て、まずカルトが動いた。

 

「兄さんはボクが止めます! 『蛇咬の舞』!」

 

 カルトは扇子を振るう。その一動作から生じたとは信じられない強風が吹き、その風に乗って大量の紙片が舞い上がった。

 

 その紙の全てにオーラが込められている。一つ一つに込められたオーラは微弱。武器と呼ぶにはあまりにも頼りない存在だ。しかし、それらの紙片は一糸乱れず統制され、一つの生き物のように形を描く。

 

 紙片は鱗となり、鱗は一匹の大蛇となった。紙切れと言っても、同時にそして無数に操るためには途方もない精度の操作系技能を要する。

 

 末っ子であるカルトはキルアより年下ながら、既に念を教え込まれていた。キルアの場合は特別に才能を見込まれ、基礎を固めるため念について教えられていなかったという理由はあるが、単純に念の修行に費やした時間だけを比べるならカルトに軍配が上がる。

 

 カルトはキルアを傷つけたくはなかったが、少しだけ痛い目を見てもらわなければならないと心を鬼にした。それが兄のためである。無謀にもゾルディック家に逆らったところで良いことは一つもない。

 

 それもこれも、キルアが家の外に飛び出してしまったことが原因だ。キルアはずっとこの家にいるべきだった。家族以外の存在と触れ合う機会など、暗殺対象を始末するときだけで十分ではないか。

 

 カルトの攻撃には、そんな兄に対する不満も込められていた。キルアはなすすべなく紙の大蛇に飲み込まれてしまった。

 

「『神速(カンムル)』」

 

 そしてカルトは見た。確かに捕捉したはずのキルアが、なぜか自分のすぐ隣に立っている。瞬間移動したとしか思えない現象である。だが、それはただカルトの反応速度が追い付いていないだけだ。キルアは単に走って来ただけに過ぎない。

 

「『雷掌(イズツシ)』」

 

 対処は間に合わない。カルトの胸に叩き込まれた掌底から電気が生じた。心臓を鷲掴みにするように雷撃が襲う。

 

「あああああっ!?」

 

 カルトの全身に壮絶な痺れが駆け巡った。意識が白く染め上げられていく。

 

 

「あああっ、あっ、あああ

 

 

 ああっ、ああああああああ

 

 

 あっ♥ あっ♥ あああああん♥ ああああ♥ ああああああ♥」

 

 

 キルアは途中で攻撃を切り上げた。カルトの反応が思ったより激しかったからだ。ゾルディック家の人間は日常的に拷問耐久訓練が課せられ、そのメニューには電気椅子なども含まれる。カルトもこの程度の電撃でどうにかなるほど、やわな鍛え方はされていないはずだった。

 

「これでわかっただろ。お前じゃオレには勝てない」

 

 言外に、退けと命じていた。倒れ伏したカルトは圧倒的な力を見せつけた兄を、とろけた目で見上げた。女物の着物を着せられたカルトは一見して美少女のように見える。はだけた着物や紅潮した表情など、その幼さに釣り合わない妙な艶っぽさを醸し出していた。

 

「カルトちゃん、どうしたの!?」

 

「はあ、はあ……にいさんのオーラが……ボクのなかに……」

 

 キルアとしても、なぜここまでカルトがダメージを受けているのかわからず困惑していた。加減を間違ってしまったのかと心配になったくらいだ。

 

「兄さん、ボクは……ボクは……っ! ごめんなさい、ちょっとお花を摘みに行ってきますっ!」

 

「カルトちゃん!?」

 

 そう言うとカルトは不自然に前かがみな姿勢で部屋を出て行ってしまった。ミルキはその後ろ姿に、戦慄と軽蔑の目を向けていた。

 

 キルアは何が起きたのかよくわからなかったが、説得に成功してカルトが身を引いてくれたのだろうと解釈する。戦わずに済むのならそれに越したことはない。

 

 とにもかくにも、カルト脱落。これで後はキキョウとミルキを倒せばいいだけだ。キルアにとっては以前もやったことである。まずはミルキに殴りかかった。

 

「待て待て!? オレに攻撃しても無駄――」

 

 瞬速の一撃がミルキのだらしないどてっ腹に突き刺さる。悶絶は避けられないレバーブローだ。しかし、キルアの拳が捉えた柔らかな脂肪を打つ感覚は、すぐに硬質な金属を殴りつける感触へと変化する。

 

『だから言っただろ。無駄だって』

 

 ミルキの姿が霞む。映像が乱れるようにしてそこに現れたのは武骨なロボットだった。だが、細部を観察する間もなく、先ほどまでのミルキの姿に戻ってしまう。

 

「本人じゃねぇのかよ。臆病なブタくんがやりそうなことだ」

 

 それは『即席愛玩人形(パペットコーティング)』という操作系能力だった。一言で表せば、念人形の劣化版である。念人形を作ろうとして、それができないまでも似たものを作ろうと努力した末路だった。

 

 物体操作の中でも『人形遣い』と称されるタイプの能力で、その名の通り実物の人形を操る。実は生物操作より地味に難易度が高い。脳に命令を与えれば一律に対象の体を操作できる生物操作とは異なり、人形の各部を操り主がマニュアル操作していかなければならないからだ。

 

 よって、技術を要する割に使い物にならない場合が多い。これを戦闘可能な『オートマタ』の領域にまで極めることができる使い手はごくわずかである。残念ながら、人形遣いとしてのミルキの腕はごく平凡だ。日常生活レベルの動作なら遜色なく動かせる程度である。

 

 彼の能力の特徴は、人形に“ガワ”を着せられる点にあった。表面だけを具現化したオーラでコーティングすることにより、見た目を自由自在に変化させることができるのだ。

 

 使い方次第では活かす手もある能力だが、ミルキ自身の基礎能力の低さも相まって、総評としては二流である。その戦闘力を補うために最新鋭の対人兵器を搭載してきたのだが、それでもキルア相手には分が悪い。

 

 先ほどのカルトとの一幕を見て、早々にミルキは戦うことを諦めていた。キルアの才能を知ってはいたが、たかが念をかじって1年程度でここまで強くなっているとは思わなかった。

 

「まあ、それでもお前に勝ち目はない。頭を下げるなら今のうちだぜ、キル」

 

「言ってろ。とりあえずぶっ壊すわ」

 

 構わず殴りかかろうとするキルアに対し、ミルキは露骨に焦った反応を見せた。確かに人形なので攻撃されても本人にダメージはないのだが、苦労して作った戦闘用人形である。できれば壊されたくはない。

 

「キルちゃん、兄弟仲睦まじいのもいいですけど、そろそろママとも語り(ころし)合いましょう?」

 

 ぞくりと悪寒が走ったキルアは、すぐさまその場を飛び退いた。一拍後れて仕込み扇子が床に突き刺さる。キキョウが繰り出した攻撃だった。

 

 豪華なドレスに大きな帽子をかぶり西洋貴族のようなその姿はひと際目立つ。目元を完全に覆うスコープには単眼を表すような光が灯り、その顔は包帯でぐるぐる巻きにされている。

 

 回避したキルアにキキョウは追随した。その足捌きにキルアは驚く。『神速』を発動した彼は全身の神経を走る電気信号を操り、脳が命令を下すよりも速く身体動作を実行することができる。キキョウは、その速度に追いついてきたのだ。

 

「くっそ……! おふくろ、こんなに強かったのかよ……! この前はあっさり刺されたくせに!」

 

「あれはキルの成長に感激して手が止まってしまっただけですわ。今日はせっかくキルがこうして技をお披露目してくれるんですもの、手加減しては失礼よね」

 

 果たして、凡百の強さしか持たない女がこの家の当主の妻として迎え入れられるものだろうか。キキョウはそれに見合うだけの強さを持ち合わせていた。

 

 キルアは高速の連撃を打ち込んでいく。キキョウはそれを見事にあしらっていた。打ちつけるキルアの拳に走る感覚は、鉄の塊を殴りつけているかのようだった。ちょうど先ほどミルキを殴ったのと同じような感覚である。いくらオーラで防御を固めていると言っても人間の肌とは思えない。

 

 さらに殴ると同時に電撃を加えているのだが、全く効いている様子がなかった。それは電気に対する耐性うんぬんと言うより、そもそも電気が通らないのだ。ますます人間の体とは思えない。

 

「おふくろの能力って何?」

 

「ストレートに聞いてくるのね! じゃあ、ヒントをあげましょう。念能力者の得意系統は遺伝しやすいと言われています」

 

 親が強化系なら子も強化系になりやすいということだ。イルミ、ミルキ、カルトは操作系、キルアは変化系能力者である。

 

「えーっと、つまり……おふくろは変化系か操作系ってこと? たぶん操作系だろ」

 

「正解よ」

 

 キキョウの体が変形していく。ドレススカートの中から計8本もの多脚走行機が現れた。その姿は、下半身は蜘蛛、上半身は人間という怪物アラクネを連想させた。

 

「はあっ、なんだそれ!? ミルキと同じような能力か!?」

 

「似てるけど、違うわね。不正解。お仕置きよ」

 

 キキョウの左腕が変形し、内部から機関銃が現れる。ばら撒かれる弾はオーラで防御すれば無傷で堪えられる程度の威力だが、弾幕に巻き込まれたキルアは足止めを食らう。

 

 その隙にキルアへ接近したキキョウは右の拳を突き入れた。速い、そして重い。ガードしたキルアの腕が軋む。簡単に骨くらいは折れる威力だ。まともに食らえば一撃で戦闘不能にされかねない。

 

「これは『鉄の操(アイアンメイデン)』。機械の体を操る能力よ」

 

 類型的に言えば、この能力は操作系の『物体操作』に該当する。基本的な原理はミルキと同じだ。しかしキキョウの場合は少し特殊だった。

 

 厳密に分類すると『自己操作』と呼ばれるタイプの能力になる。自分自身の身体を操る能力だ。それ自体は珍しくもない。問題は彼女が自分の肉体を改造し、埋め込んだ機器の数々を『自己』と認識した上で操っていることにある。

 

 例えば、腕を失った念能力者が義手を取り付けて修行を積んだとする。鍛えればその義手を武器として活かすことができるようになるかもしれないが、当然ながら義手はどこまでいっても義手だ。本物の腕にはなり得ない。

 

 だが、キキョウの場合はそれを本物にしてしまう。“本物と思い込むことができる能力”と言い換えられる。

 

 剣の達人は“剣を自分の手足のように操る”が、彼女は“剣が手足”となるのだ。似ているようで全く異なる。他の誰かがキキョウの真似をしたところで、それは全身に機械を埋め込んだだけの人間である。

 

「昔のママは今よりもずっと弱かったわ。生身の部分が多くて……でも、敵に殺されかけて大怪我を負うたびにその負傷を機械の体に取り換えた」

 

 フィクションの中でしか登場することのないサイボーグを念によって実現する能力と言えるだろう。ただの物質を自己の一部とし、機械の体に疑似的な精孔を作り出している。

 

 能力の性質だけを見るなら操作系であるが、その異常な自己認識力は特質系の域に片脚を突っ込んでいた。

 

「中でも一番死にかけた傷はね……パパに内臓を握りつぶされた時よ。5割くらいは持っていかれたわ。その一撃で恋に落ちたの」

 

 キルアは親の馴れ初め話に吐き気を催した。もちろん、その間も戦闘は続いている。キキョウのスコープから発射されたレーザーがキルアの肌を焼いた。

 

「ビームて、おま……漫画かよ……!」

 

 火傷にもならない威力しかなかったが、光の速さの攻撃はさすがのキルアでもかわせない。威力はないので無視できればいいのだが、一つだけ問題がある。目に食らうことはまずい。オーラで防御しても網膜を焼くくらいのことはできそうだった。

 

 そのため視線のやり場に窮することとなった。これが有象無象の敵なら多少視界を制限されたところで何の障害にもならないが、相手は格上の使い手である。視線の行先一つで行動に隙が生まれてしまう。

 

「見たか、キル! これがゾルディック家の力だ!」

 

「なんでお前が偉そうにしてんだよ! てめぇは何にもしてないだろ!」

 

「ちっちっち、ママをここまで作り変えてやったのはこのオレだ。つまり、ママの戦果はオレの手柄。お前の敗北はオレの勝利ということだ」

 

「ママが頼んで改造してもらったのよ。ミルちゃんはよくやってくれたわ」

 

「こいつらマジでいかれてやがる……! だからこの家が嫌いなんだよ!」

 

 ミルキはハッキングによって得た新型軍事兵器の情報を、キキョウの伝手で流星街にある研究施設にリークして様々な武器を都合してもらっている。キルアの特殊合金ヨーヨーもここで作られたものだ。

 

 キキョウの現在の装備は最新鋭の科学兵器によってカスタマイズされ、日々バージョンアップを遂げている。お古の装備を搭載した汎用量産型キキョウロボが倉庫を圧迫しているくらいだ。これはミルキがたまに仕事をするとき使われる。

 

 そのため洒落にならない戦略級兵器も組み込まれているのだが、さすがにキキョウはそれをキルアに対して使うつもりはなかった。インナーミッションで家族を殺す気はない。

 

 ただ、この『家族は殺さない』という一見単純に見えるルールはなかなか匙加減が難しいところがあった。なにせ家族同士、殺すつもりでかからなければ到底止められない相手だ。戦闘は徐々にヒートアップしていく。

 

 キルアは苦戦を強いられていた。こざかしい兵器も厄介だが、最大の脅威はキキョウの身体強化にあった。

 

 物体の表面にオーラを流して強化する応用技を『周』と呼ぶが、キキョウの場合は改造された肉体までも自己と認識することにより『周』以上の効率でオーラを内部にまで浸透させ全身を強化している。まさに鋼でできた肉体そのものである。

 

 防御力のみならず、攻撃力、速度ともに尋常ではない。しかも電撃が全く通用しない。機械なら電気に弱そうなものだが、逆に機械だからこそわかりやすい弱点は対策済みということだろう。

 

 長期戦は不利だった。キルアの神速は事前に外部から体内に蓄えていた電気を使い切ると能力も使えなくなるという制約がある。神速無しで戦える相手ではない。

 

 まだキキョウは手を抜いている。油断している今が最大の好機だ。時間をかけるほどに勝算は低くなる。確かにキキョウは強敵だが、倒す手立てはあった。

 

 キルアが最初に家出を決行したとき、彼はキキョウの顔をナイフで刺して逃げ出した。あの時は間違いなく人肌を刺し貫く手ごたえがあった。つまり、改造されていない生身の部分であれば攻撃は通る。

 

 問題は、それがどこかという点だ。生身の部分に当てなければキルアの攻撃力ではダメージにならない。見た目だけでは判断できず、もしかすると全身改造済みという可能性もあった。

 

 賭けに出るしかないだろう。キルアは大きく踏み込んだ。下半身の多脚走行機を起動していることにより、キキョウの身長は見上げるほど高くなっている。化け物の懐に自ら飛び込むような無謀な突撃だ。

 

 そのミスをたしなめるように強烈なカウンターが来る。それは8本もある走行機の内、前足2本を使った蹴りだった。蹴りと言うよりも、まるでシャコの捕脚から繰り出されるパンチである。

 

 シャコの捕脚は拳銃並みの加速力を持ち、周囲の水を瞬間的に沸騰させると言われる。それを人間大の大きさで実現すればどうなるか。不用意に飛び込んでしまったキルアに見てかわすことなどできるはずもない。強烈な一撃が叩き込まれる。

 

「――!?」

 

 だが、驚きをあらわにしたのはキキョウの方だった。捉えたと思ったはずが、何の手ごたえもない。2本の捕脚はキルアの残像を貫いただけに終わる。

 

 それは神速に備わるもう一つの型だった。今まで使っていた型は電気信号を任意に操り限界を超えた反応速度を得る『電光石火』、そしてもう一つが敵の攻撃に反応してプログラムされた回避行動を自動的に起動する『疾風迅雷』である。

 

 電光石火よりも使いどころは限定的になるが、回避行動に関してのみさらなる加速を得られる。キルア自身、発動中は身を任せることしかできないほどの速度である。

 

 この技を使えばキキョウの攻撃を回避することは可能だった。しかし、敵を警戒させないためにギリギリまで出し渋っていたのだ。回避が成功した今、キルアはカウンター返しのチャンスを得る。

 

 アッパー気味に繰り出された拳はキキョウの顔面に直撃していた。その勢いを過剰な電光石火によりさらに高める。神経が焼き切れるような痛みが走るが、構わず拳を振り抜いた。

 

 もしキキョウの顔が鋼鉄の装甲でできていたならば、逆にキルアの手の骨は粉々になっていただろう。そうはならなかった。殴り飛ばされたキキョウの体勢が崩れる。多脚走行機はガチャガチャと忙しなく動き、やがて停止した。

 

「アアアァ、がぴ、かんげきしたわ。きるちゃ、こんなにガガガガガ、ままのことあいしてくれ、うれうれエエエエエエエエエエ ピポッ」

 

 キキョウのスコープから明りが消え、完全に沈黙した。

 

 キルアは家出するまでずっと家族たちのもとで育てられてきたが、その中で一度も母親が負傷したような姿を見たことがなかった。本人の弁によれば怪我はしていたが、改造して傷ごと修理していたのだろう。

 

 それならば顔に包帯を巻くなんて治療行為は必要あったのかと疑問に思ったのだ。もちろん、顔の傷も含めて改造済みで包帯は無意味に巻いていただけという可能性もあった。その場合はさらに戦闘が長引いていただろう。

 

 キキョウは顔面を改造できずにいた。その傷を残していたかったのだ。大切な息子が刻み付けてくれた成長の証である。どうして簡単に消し去ることができようか。歪んだ愛情しか持たないが、彼女は確かに母親だった。

 

「悪ぃ、おふくろ。ミルキに新しいアゴ作ってもらえよ」

 

 ともあれ勝利したキルアは、ムカついたのでミルキ人形を木っ端みじんになるまで撲殺した。これにより残る敵は、シルバ、ゼノ、イルミの三人となった。

 

 


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