カーマインアームズ   作:放出系能力者

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117話

 

 絶体絶命の窮地。死を間際にして起きた最後の奇跡とは。

 

 チェルの重力操作だった。否、正確に言えば引力操作である。重力とは地球に発生する引力を指す。いつもチェルはこの重力の方向に合わせる形で能力を使っているが、この下方向以外に向かって引っ張る力を発生させることもできる。

 

 その基点をキルアたちの真横に置いた。シルバの体が横に引かれる。チェルが普段このような力の使い方をしない理由は、狙った対象だけでなく周囲全体に力の影響が及んでしまうからである。シルバだけでなくキルアまで巻き込まれていた。

 

 しかし、今は緊急事態だ。シルバの意表を突くためにあえて使用した。まるで横に滑っていくかのような浮遊感。キルアの胸を貫こうとしていた手が体ごと揺らぐ。これに対し、シルバは『奈落』を用いて自身に降りかかる引力の影響を軽減した。

 

 シルバとしても予期していなかった事態である。相殺には成功したものの体勢は崩れ、キルアをつなぎ留めていた吸引力も弱まる。だがそんなシルバとは異なり、キルアはチェルの能力を知っていた。この差が明暗を分ける。

 

 このときキルアの心理はただ一つに集約されていた。生きたいという原初の本能である。皮肉にも暗殺者として刻み込まれたイルミの教えが無意識に体を動かしていた。

 

 体内の電力を残らず使い果たして『落雷』を撃つと同時に『神速』による回避を図る。チェルの介入、シルバの対処、キルアの回避。その一つでもわずかに結果が異なっていれば、キルアは順当に殺されていた。

 

 シルバの爪がキルアの胸を抉った。しかし、貫くには至らず。鮮血をまき散らしながらも、爪は肋骨で食い止められた。三本の爪痕を深々と残すにとどまる。キルアは離脱に成功した。

 

「はーっ、はーっ、は、ははは……」

 

 生き延びた。どっと、安堵と疲労が押し寄せてくる。傷の痛みすら全く感じないほどだった。その姿を見たシルバは追撃をかけてくる様子もなく、どことなく申し訳なさそうな表情をしていた。

 

「お前があまりにも良い動きをするものだから。つい殺してしまうところだった」

 

「ついで息子を殺そうとすな!?」

 

「まあ、生きていたのだから問題あるまい」

 

 キルアはちょっと泣いた。家族内指令のルールは『家族を殺してはならない』だったはずだ。『死ななかったからОK』ではない。

 

 キキョウや他の兄弟たちの感性がぶっ飛んでいる分、相対的にシルバやゼノはまともな人間に見えていたキルアだったが、どうやら思い違いだったらしい。

 

「あーもーやめやめ! やってられっか! 勝てるわけがねー!」

 

「何を言う。お前は俺の本気を乗り切ってみせた。引力操作の介入はあったが、それは勝負の前から織り込み済みの条件だ。まだ反則は起きていない。ここで投げ出すというのか?」

 

 命を賭して生きるか死ぬかの瀬戸際を繰り返すような自殺願望をキルアは持ち合わせていない。それにさっきの『落雷』で体内の充電量はゼロになっている。このまま戦ったところで勝負にもならないとわかり切っていた。

 

 キルアはため息をつき、シルバに一つ確認を取る。

 

「じゃあ、聞くけど。この勝負のルールはハンデ付きのタイマン。それ以外は何をしてもいいんだよな?」

 

「そうだが、あまり見苦しいことをされても興ざめだ。こちらも終わらせにかかるが?」

 

「いや、そんな大したことじゃない。武器を使ってもいいのかと思ってさ」

 

「構わん」

 

 ステゴロしか認めないなんて流儀はこの家にない。むしろ暗殺者ならそんな確認など取らず、不意打ちで使ってこいとすらシルバは思っていた。

 

 キルアが特殊合金製のヨーヨーを武器として使っていることをシルバは知っていた。なにしろミルキが作ったものである。それを持ち出してくるのかと思いきや、キルアがポケットから取り出したものは一枚のカードだった。

 

「なら、遠慮なく使わせてもらうぜ。加減はできないんで“つい殺しちゃう”かもしんないけど、悪く思うなよ」

 

 その金属質な光沢のある青いカードは、充電機だった。それもルアンがコイルガンのバッテリーとして組み込んでいるものと同じ巻貝鉱物式である。薄っぺらいカード一枚で膨大な電力を供給できる。

 

 ただ一つ欠点があるとすれば、これをキルアが念能力による充電に使おうとすると、内部の電気が一気に流出してしまう。小出しにして使うことができないのだ。

 

 これはルアンが調整を重ねたが改善することのできない問題だった。艦内で製造されている巻貝鉱物はオーラに反応する性質があるため、これがキルアのオーラに反応して過剰に作用するためではないかと考えられている。

 

 だが、この問題は一回分の電力を貯めたカードを何枚も用意しておけば解決できる。わざわざキルアのキャパシティを超えた大電力を入れておく必要はない。

 

 キルアが今回用意したカードは、そのキャパシティを遥かに超えた最大値までパンパンに充電されたものだった。

 

 雷光が輝く。キルアの体に流れ込んでくる電力は、もはや彼の体に収まり切らず、地面を伝って放散される。

 

「あばばばばばばば!!」

 

「あっ、あああああん♥」

 

 観戦していたミルキやカルトまで電撃を受けて悶えていた。しかし、最もダメージを受けているのはキルア自身である。

 

 キルアはオーラを電気に変える能力により電気によるダメージを受けない体質になっているが、その限度を超えた量が流れ込んできているのだ。

 

 充電によって使用可能になるという能力の制約はあるが、これは溜め込んだ分の電気量しか利用できないというわけではない。それなら単に電気を出し入れできるだけの能力だ。神速が使えるキルアには十分利点があるが、それだけでは終わらない。

 

 その能力の真価はオーラを電気に変えられる点にある。力の源泉はオーラだ。オーラを燃料にした発電と言い換えることもできるだろう。

 

 外部から充電した電気はその能力を引き出すための呼び水のようなものだ。これが切れたからと言ってオーラまで全部なくなってしまうわけではないし、充電したからと言ってオーラが回復するわけでもない。制約として能力を高めるため、自らに課した条件としての意味合いが強い。

 

 しかし、そのきっかけに過ぎない外部の電力が、体内に溜め込んでおけないほどの高電圧・高電流だった場合どうなるか。

 

 自滅は必至である。人間の体は水とタンパク質の塊だ。それを焼き尽くすほどのエネルギーが流れ込めばいくら念能力でも防ぎきれない。電気が効かない特殊体質だろうと限度がある。

 

 キルアは自身を守るために電気を無害化して外へ逃がさなければならなかった。流れ込んでくる大電力を自身のオーラと混ぜ、体外へ放出する。このとき得られるエネルギーは、通常時キルアが全力で放てるオーラの顕在量を凌駕する。ただでさえ強大な電撃が、さらにオーラによって何倍にも強化された状態となる。

 

 

 ――『落雷・雷霆万鈞(らいていばんきん)』――

 

 

 視界を白く塗りつぶす稲妻がキルアの手から放たれた。幾重にも重なる光の奔流。耳をつんざく轟音が鳴り響く。音よりも速く落ちる雷に遅れてくる音が追い付くということは、それだけの時間、雷撃が続いていることを意味していた。

 

 全ての電気を放ち終えたキルアはその場に倒れ込んだ。もうオーラは残っておらず、出せる力を絞り尽くした状態だった。

 

 ダメージは体力の消耗に留まらない。体中から煙が上がっている。ショックを起こした筋肉の痙攣は止まらない。一番まずいのは心臓が自分でもヤバイと思うレベルで不整脈を起こしていることだ。そのまま心停止してもおかしくない。

 

 こうなることはわかっており、だからこそ使いたくない技だった。正真正銘、最後の手である。まさか傭兵団の面子がこれだけそろって使う機会があるとは思っていなかった。

 

 何よりも、人に対して使う技ではない。オーバーキルだ。肉塊どころか消し炭すら残らないだろう。それはたとえ、伝説の暗殺者であってもだ。シルバがどれだけ強かろうと、もはや一人の人間が抗える力ではない。そんなことができれば人間ではない。

 

 自分が殺されそうになったからこその意趣返し。そう言った感情はキルアになかった。自分でもよくわからないが喧嘩のルールを破るつもりはなかった。

 

 言うなれば、信頼だ。シルバならこの攻撃を何とかしてみせる。そうできるはずだという期待があった。確実に殺してしまったという後悔がありながら、なぜかそれでもシルバは生きているはずだという根拠のない矛盾した感情が湧き起こる。

 

 やはり、親子ということなのだろう。キルアは震える視界の先に、壮健な父の姿を見た。

 

 シルバは堪え切ったのだ。それは到底、気合だけで為せる技ではなかった。彼は全てを焼き尽くす破滅の雷撃を前にして『奈落』を使用する。

 

 重力を操作して自身の周囲に漂う空気を変化させた。電気は気圧が低い空間を流れやすい性質がある。自身の周囲の気圧を高め、その外側の気圧を低くし、気圧差によって電気を逃がす道筋を作ったのだ。

 

 とはいえ、完全な無効化はできなかった。外からはわからないが、大きな深手を負っていた。平然としているのは子供の前で無様な姿は見せられないという見栄だ。戦えるだけの力は残っていない。

 

 だが、立つこともままならないキルアに比べればまだ動ける。悔しそうに顔を歪めるキルアのそばまで近寄ると、そこにしゃがみ込み、頭の上に手を置いた。

 

「よくやったな、キル。お前の成長には驚かされた。お前にならアルカを任せられる。解放を認めよう」

 

 その言葉をキルアは噛みしめる。これまでにも褒められたことは何度もあった。ゴンたちと一緒に外の世界で暮らしたいと言い出したとき、最終的にシルバはその外出を許可してくれた。

 

 許されただけだ。与えられた課題の中で残した成績を褒められ、自由を許されただけだった。だが、今のシルバの言葉は違う。キルアは初めて“認められた”のだと実感できた。にもかかわらず、彼の表情は晴れない。

 

「別にオレ一人の力でここまで来たわけじゃない。仲間に頼って得た力だ」

 

 チェルがいなければ勝負にもならなかっただろう。予備のバッテリーもルアンが作ったものだ。素の実力では到底、シルバには及ばない。当たり前だとわかっていても悔しかった。

 

「何を恥じることがある。どんな凄腕の暗殺者だろうと体は一つだ。仲間に頼ることもあるだろう。それが、お前をこの家の外に出した理由でもある」

 

 個人の戦闘力だけが暗殺者の資質ではない。人材を結ぶコネクション、組織力が物を言う局面もある。それもまた一つの力だ。がむしゃらに鍛錬を積むだけでは得られない。

 

 家の中に閉じ込めておくだけで育つ資質ではない。組織の一員としての役割を果たすだけならそれでも十分だが、キルアはいずれこの家の当主に立つ人間である。いずれは外の世界を見せ、学ばせることが必要だろうとシルバは考えていた。

 

 そしてキルアは仲間を得て立派に力をつけ、イルミにつけられていた手綱まで引きちぎり、ここまで実力を示した。これ以上言うことはない成果だ。

 

「誇れ。お前は俺の息子だ」

 

「親父、オレ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「決着はついたな。話を先に進めるぞ」

 

 メルエムがぱちりと指を鳴らす。そこからの変化は劇的だった。劇、というより本の世界の出来事とでも例えようか。

 

 間違ってページをめくり間違え、何ページか先を読んでしまったかのような感覚である。ただ、その本の内容自体は既に知っているため、ページが飛んでも筋書きがわからなくなることはない。

 

 例えようがないのだが無理やり言葉として表現するならそんな感覚だった。全員があっけに取られる。キルアたちはアルカが囚われている監禁部屋の前にいた。

 

「おまっ!? てめぇ、親子の感動シーンになんてことを!」

 

「たわけが。くだらん茶番にいつまで付き合わせる気だ」

 

 あのままキルアとシルバの会話が続けば、この監禁部屋の場所もセキュリティをパスする解除コードも漏れなく教えてもらえていた。

 

 別にメルエムが力を使わずとも良かったのだが、それだと彼女が必死こいて頭を働かせた4分47秒の仕事が無駄になる。メルエム的には堪えがたい屈辱だった。

 

「とんでもねぇ、普通あの流れをぶった切ろうと思うか……?」

 

「べ、別に良いって! オレはアルカさえ助け出せれば文句ねぇよ!」

 

 キルアとしてはむしろ助かった気分だ。あの流れに任せていたら、何か恥ずかしいことをみんなに聞かれてしまったような気がしてならない。うやむやになってホッとしていた。

 

 ともあれ一件落着。大団円を飾るように役者はそろっていた。キルアたちだけでなく、クインとカトライとルアン(拘束中)の陽動班も途中で合流したことに“なっている”。

 

「は、え、なにが……?」

 

「ど、どこだよここ!? いや知ってるけど、オレなんで知ってんだ!?」

 

 ついでにミルキとカルトまでいた。事情を知らない者からすればメルエムの能力は恐怖でしかない。動揺を隠しきれずにいる。

 

 メルエム自身はこの能力をアイの下位互換と語るが、問答無用で結果を改変するアイとは違い、メルエムの未来を確定する能力はそこに至るまでの過程を改変してしまう能力と言えた。だからこそ結果が決まっている未来については手が出せないと言うべきか。

 

「なんでこいつらまで連れて来たんだよ」

 

「それだけ強固な因果がこやつらをここまで導いたということだ。排除した未来を確定することも可能ではあったが、計算が面倒になりそうだったので省いた」

 

「強固な因果?」

 

「簡単に言えば、何かまだしたいことがあるからここにいるということだ。ここまでついてくるという意思が弱ければいくらでも他の未来を探し出せるからな」

 

 まさかまだアルカ救出を阻止できるとでも思っているのだろうか。傭兵団の戦力が揃ったこの大所帯についてきて打つ手があるとは思えない。

 

「ボクはまだ、認めたわけじゃない……! 兄さんは間違ってるよ!」

 

「だからどうした? 止められるとでも?」

 

「くっ!」

 

 何もできないことはカルト自身、骨身にしみてわかっていた。あまりにも大きな戦力差だ。だからメルエムも同行させることを気にも留めなかった。

 

「つーか、カルトはともかく、なんでブタくんまでいんだよ? お前真っ先に逃げるタイプだろ」

 

「いや、なんでって聞かれてもオレもわかんな……ちょ、待て、電気バチバチさせんな!?」

 

 キルアは最後の戦いで枯渇寸前までオーラを使い果たしていたが、チェルの『元気おとどけ』でオーラを分け与えられ、行動できるようになっている。まだ体の方は本調子ではないが、ミルキをいたぶることくらい造作もない。

 

「そもそもさっきの戦いの時も、引きこもりのお前が最初から出張ってきたこと自体がなんか怪しいよな。何か企んでるんじゃないのか?」

 

 現状においてキルアはカルトよりもミルキの方を危険視していた。念能力者としてはしょぼくとも、兵器の開発や情報技術の分野では飛びぬけている。オーラを見て詳しく探ることができないそれらの技術はある意味で厄介でもあった。

 

「別にオレは何も……」

 

「そういえばミル兄、『オレも今回の戦いには参加するぜ。カーマインアームズはオレの獲物だ。捕まえて好き放題してやるぜ。グヘヘ』とか言ってたよ」

 

「カルトさん!?」

 

「へーそう、お前そういう趣味ありそうだもんなぁ……」

 

 まさかの内部告発により窮地に立たされるミルキ。キルアにとってカーマインアームズは雇用関係を超えた大切な仲間たちだ。ミルキがどうにかできるわけないとわかっていても、腹は立つ。

 

 いよいよキルアの全身が音を立てて電気のオーラに包み込まれる。ミルキの方は人形の用意もない生身の本人だ。青ざめるしかない。

 

「ち、違う! 誤解だ! 別に何もやましいことは考えてない!」

 

「言い訳はお前を丸焼きにした後で聞いてやるよ。喋れたらな」

 

「オレはただっ、シックスのことを助けたかっただけだ!」

 

「あぁ……?」

 

 ミルキはコフーコフーと荒い息を立て、自分の腹肉に苦しみながら体を折りたたんで土下座する。キルアはなぜミルキがシックスのことを知っているのかと疑問に思った。

 

 しかし、シックスが過去にアイチューバーとして活動していたことを思い出した。ミルキならそのくらいのことを調べ上げていてもおかしくないと気づく。

 

「カーマインアームズはシックスの関係者なんだろ。それがゾルディック家に盾突いたらどんな目に遭うか……だからオレが割って入って助ける気だったんだ! 全員は無理でも、できるだけ……!」

 

「なんでお前にそんなことする理由がある? お前とシックスの関係は?」

 

「その、知り合いっていうか、と、友達?」

 

「はあ? ブタくんに友達ぃ?」

 

「なんだよ! オレにだって友達くらい腐るほどいるわ! ……ネット上でだけど!」

 

 キルアが知っているミルキは断じて他人を気遣おうなんて考え方をする人間ではない。どうせ我が身可愛さでその場限りの嘘をついているのだろうと決めつける。

 

「まって」

 

 電撃を浴びせて黙らせようとしたキルアをクインが止めた。土下座の体勢から頭を抱えて震え上がっていたミルキはおずおずと顔を上げる。

 

 クインはカトライに目を向けた。巫女服姿のカトライは、這いつくばって拘束衣を着せられたルアンのリードを飼い主のように握っていた。それはともかく、他人の悪意を可視化できる彼女ならばミルキの話の真偽を判定できる。

 

「その人は嘘を言っていません」

 

 にわかには信じられないキルアだが、カトライが言うことを否定もできない。クインはミルキの手を取って立ち上がらせた。

 

「この中に、シックスはいるのか?」

 

 そのミルキの問いにクインは固まった。あまり軽々しく口にできる話ではない。だが、シックスの身を今も案じているミルキには知る権利があるだろう。彼女は真相をかいつまんで話した。

 

「そうか、死んだのか……」

 

 暗殺者として育てられたミルキにとって死は日常だ。シックスの死も彼にとっては道端を転がる死体の一つと変わりない。そう自身に言い聞かせる程度には感傷的になっていた。

 

「意外だね、ブタくんが見ず知らずの誰かのために行動を起こすなんてさ。ネットで知り合っただけなんだろ?」

 

「ネットだから何だ。直接会って話さなければ友達ではない、とでも言う気か?」

 

「ぐっ、言うじゃねぇか、ブタくんのくせに……」

 

 ミルキはここ十年余り、ずっと自宅に引きこもっていた。外部とのつながりは家族とネットしかない。たかがネットと吐き捨てることはできなかった。

 

 そして、そんな人間がこの世には大勢存在することを知っている。この情報社会の中で、誰しもが多かれ少なかれネット上の関係を築き、そこに拠り所を求めているのだ。

 

「クイン、と言ったか。シックスにはまだやり残したことがある。あいつにはアイチューバーとして多くのファンがいた。今もまだ、いる」

 

 シックスはスカイアイランド号のオフ会を機に姿を消した。何の報告もなく放置されたそのチャンネルには、まだ多くの登録者が残っている。

 

 モナドの犯行声明が世に出回り、シックスも含めて極悪人のレッテルを張られたが、顔が同じというだけで両者が同一人物であるという証拠はない。映像しか残っていないこともあり、偽造しようと思えばできることだった。

 

 根強いファンは、シックスがそんなことを言うはずがないと信じていた。もしくは、世界征服系アイチューバーとして復活することを待ち望む者たちもいる。銀じゃがスレは細々とだが、王の帰還を待ち望む狼藉犬たちによって存続していた。

 

「シックスの後を追ってアイチューバーを続けろとは言わない。だが、あいつがもういないことを伝えるべきだ。あいつの夢を、このまま置き去りにすることは同じアイ……同好の士として見過ごせない」

 

 全ての真実を包み隠さず話すわけにはいかないだろうが、何らかの形で幕引きをしてやるべきだとミルキは諭した。確かにその通りだと、クインは自分の考えが及んでいなかったことを反省する。ミルキは一枚の名刺を差し出した。

 

「その気になったらそこへ連絡しろ。一人で発表しても信憑性を疑われるかもしれない。オレの知り合いの有名アイチューバーが何人かいるから、手を回して場を整えてやる」

 

「でも……」

 

「勘違いするな、これはあいつへの借りみたいなもんだ。ま、オレにできることはお膳立てだけ……後はお前らの好きにすればいいさ」

 

 そう言うとミルキはクールに立ち去って行く。太い後ろ姿のシルエットが遠ざかる。去り際のポーズを決めて。

 

「ブタくんのくせに……!」

 

 その背中に向けて『落雷』を無性にぶち込みたくなったキルアだが、クインの手前何とか思いとどまった。それよりも今はやることがある。

 

 当初の目的を果たすため、ついにキルアはアルカのもとへ向かう。物々しい扉の施錠はシルバから教えられたコードにより解除されたことになっており、生体認証システムもキルア自身で解除できるように設定が変更されたことになっている。

 

 改めて恐ろしい能力だと恐怖を感じたキルアは思わずメルエムを見ていた。

 

「何だ?」

 

「いや、親父のはともかく、妹の再会シーンは飛ばさないでくれよ」

 

「誰がそんな面倒なことを」

 

 いくつもの隔離壁を開け、たどり着いた先は保育施設のようにかわいらしい子供部屋だった。おもちゃやぬいぐるみで溢れた部屋の中に、まるでそのうちの人形の一つであるかのように一人の少女が座っている。

 

「アルカ!」

 

「……お兄ちゃん?」

 

 二人は抱き合い、心から再会を喜んだ。もう誰も邪魔する者はいない。キルアはすぐにここから出ようと伝える。これからは一緒だと。この場にいる者たちは温度差こそあれ、誰もがアルカの解放を祝福していた。ただ一人を除いて。

 

「兄さんはいつもそうだ。アルカのことばっかり構って……」

 

 仲睦まじい兄妹の再会を見たカルトの感情は、堰を切ったようにあふれ出した。

 

「ボクだってもっと兄さんと!」

 

 キルアのアルカに関する記憶が封印されたとき、カルトはそれを清々しく思っていた。キルアは他の家族よりも人一倍アルカに気をかけていた。それに嫉妬していた。これでキルアを兄と呼ぶ存在はこの世に一人しかいなくなったと安堵した。

 

 その平穏な日々もキルアの家出を境に崩壊していく。キルアは外に出たまま家に帰って来ない。父もそれを不問に処す。カルトは何とか兄を連れ戻そうと画策していた。

 

 ただ、カルトはキルアのことが大好きなのだが兄に対して素直になれないところがあった。面と向かって直接話すなどもってのほかだ。そのため力づくで兄を取り戻すべく、まずは武者修行のため幻影旅団に入るという回りくどいやり方しかできずにいた。

 

「な、なんだよお前、急に泣き出して……」

 

 キルアは戸惑いを隠せない。カルトのことは嫌いではなかったが、大きくなるにつれ疎遠になったように感じていた。何を考えているのかわからず、もっと言えば嫌われているような気さえしていた。

 

 今回は家の方針に従ってアルカの救出を邪魔しに来ているだけと思いきや、それだけではないらしいとさすがに気づく。

 

 何を思ったのか泣きじゃくるカルトはキルアに突進した。キルアは敵意を感じなかったで避けはしなかった。前はアルカ、後ろはカルトから抱き着かれサンドイッチされる。

 

「兄さんがアルカと出て行くつもりなら、ボクも一緒に行く!」

 

「はあ!? なんでそうなる!?」

 

「それは……とにかくついていくのぉ! それともアルカは良くてボクはダメだって言うの!?」

 

「い、いや、そうは言わないけど……」

 

 本音を言えば連れて行きたくはない。ゾルディック家がアルカの監視役としてカルトを傍に置くつもりなのではないかと疑う気持ちもあった。

 

 しかし、いつもは冷静でそっけないカルトがここまで感情的になった姿はなかなか見たことがない。キルアは、まだ自分によく懐いていた頃のカルトを思い出していた。

 

「なら『取引』だ。こちらは同行を許す。その代わりお前は絶対にアルカへ危害を加えてはならない。情報も漏らすな」

 

「わかった、それでいい」

 

 ゾルディック家において取引に関する虚偽は極刑に値する。殺したいくらいアルカのことを憎んでいるカルトだが、甘んじて受け入れるしかない。

 

 取引の強制力はカルトだけでなくキルアにも働く。カルトがアルカに危害さえ加えなければ同行を拒否できないということだ。

 

「それじゃ二人とも仲良くしろよ」

 

 だからと言ってカルトに仲良くする義理はなかった。暴力的な手段は使えなくなったが、どうにかしてキルアとアルカを引き離せないかと策を巡らせる。

 

 そこへアルカの方から、すっと手を差し出された。にこやかに求められた握手。敵視しかしていなかったカルトはその相手から差し伸べられた友好を見て取り、なんだか負けた気がして屈辱と羞恥を覚える。

 

 

 

「カルトー、着物の帯ちょうだい」

 

 

 

 しかし、その手は握手を求めたものではなかった。キルアとカルトに緊張が走る。アルカによるおねだりだとすぐに気づいた。

 

 アルカに潜むナニカはおねがいを叶えた後、その代償を別人に負わせる。アルカがこの部屋に閉じ込められる直前、ミルキが当時最新式のパソコンをおねがいによって得ていた。その清算がまだ終わっていない。

 

 アルカが代償であるおねだりを課す人間は、彼女が名前を知っている者でなければならない。キルアは対象外となり選ばれることはなく、また傭兵団のメンバーもアルカとは初対面だ。必然的にカルトにおねだりが来てしまった。

 

「いや焦ったけど、着物の帯なら全然大丈夫だろ。カルト、早く脱げ」

 

「う、うん」

 

 何か嫌な予感がしながらも、カルトは帯を外して渡す。おねだりは同じ人間が三回こなさなければならない。すぐに次のおねだりが来た。

 

「カルトー、着物ちょうだい」

 

「いや、それは」

 

「バカ、断るな! 命がかかってんだぞ! 脱げ!」

 

「待って! まだ心の準備があああ!? 兄さんやめてえええ!!」

 

 アルカのおねだりを4回連続で断ると、その人物と最愛の人の最低二人は確実に死ぬ。キルアは容赦なくカルトの服を脱がせにかかった。

 

 その光景を眺めているアルカは笑っていた。しかし、顔は笑っているが心中ではブチギレ寸前だった。

 

 長期間に渡ってこんな場所に閉じ込められ、ようやく会えた兄と愛の逃避行に繰り出す矢先のことだ。二人きりの時間は束の間、そこに割り込んできたカルトを良く思うはずがない。お姉ちゃんでも腹に据えかねる三角関係が修羅場に突入しようとしていた。

 

 裸にされたカルトは胸を隠しながら、堪えがたい羞恥に顔を染めうずくまる。それは誰が見ても乱暴された美少女の姿そのものだった。そこへ最後のおねだりが来る。

 

「カルトー、パンツちょうだい」

 

 キルアからすれば、なんだそんなことか。カルトにしてみれば、あまりに非情な要求である。これにはたまらず逃走を図ったが、『神速』を使ったキルアに速攻で捕まる。

 

「やだああああああ!」

 

「恥ずかしがってる場合か! あ、そうか。みんな、ちょっと向こう向いててくれ!」

 

 キルアが傭兵団に指示を出す。家族同士ならいざ知らず、衆目にさらされた状態で丸裸にしてしまうのはかわいそうだと思ったからだ。そのキルア本人に一番見られたくないものとは思ってもいない。

 

 そのやり取りを見た傭兵団は、ある者は微笑ましいものを見る表情で、ある者は付き合いきれんと投げやりに、ぞろぞろと部屋から退出していく。

 

「さあ、これで問題ないな。脱がせるぞ」

 

「大アリだから!? 一番の問題が残ってるから!?」

 

「カルトー」

 

「ほら早くしろ! 死にてぇのか!」

 

 ビッ、ビリ……

 

「おねがい、パンツだけは! パンツだけは、あっ」

 

 ビリビリビリィッ!

 

 

 

「 ア ア あ ア ア ア ア 嗚 呼 ア あ あ あ ア ! ! ! 」

 

 

 

 魑魅魍魎うごめく樹海に甲高い絶叫が響き渡る。カーマインアームズ、壮大な後片付けを残しながらも今回の依頼はまあ何とか達成。後にこのゾルディック家襲撃事件は、かの傭兵団を語る上で必ずと言っていいほど引き合いにだされるのであった。

 

 

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