カーマインアームズ   作:放出系能力者

122 / 130
継承戦編
118話


 

「さて、全員そろいましたね」

 

 ハンター協会本部が置かれるビルにおいて『十二支ん』による会合が執り行われていた。

 

「今日は何について話し合うんだ?」

 

「資料読んで来いよボケカス。今年のハンター試験に関する会議だ」

 

「おー、もうそんな時期だったな」

 

 十二支んは、会長によってその実力を認められた十二人のハンターにより構成される。協会を取りまとめる組織の意思決定機関である。だが、この場に集まった面々の数は十二に満たなかった。

 

「例年通り、289期ハンター試験は1月7日に実地予定です。しかし、今年の試験に限っては何もかも“いつも通り”の試験にするわけにはいきません」

 

 第十三代会長チードル=ヨークシャーを含め、招集された面子は全部で十人だった。かつて副会長を務めたパリストン=ヒルの除名、そしてジン=フリークスの辞任により欠員が生じている。

 

 キメラアントが引き起こした世界規模の大災害によりハンター協会も大きな転換を余儀なくされた。そして、その傷も癒えぬうちに新たな問題が発生している。ともすればキメラアントの一件を凌駕する危険な問題だった。

 

 カキン王国の暗黒大陸進出宣言から2カ月が経とうとしている。カキンは着々と渡航計画を進めているようだった。V5改めV6の協定により、もはやカキンを阻止することはできなくなった。

 

 その調査隊の代表たるビヨンド=ネテロの身柄はハンター協会により確保されているが、それさえもカキン側が仕組んだ計画の一部であることは明白だった。ハンター協会は身の内にビヨンドという爆弾を抱えたまま、暗黒大陸の調査と災厄(リスク)の回避を図らねばならないという最高難易度『A』の指令を受けている。

 

「調査に向けた人員の選出や、十二支んの穴埋めもまだできていないというのに、頭の痛い問題ばかりだ」

 

「十二支んは別に焦って新入りを選ぶこともないんじゃないの?」

 

 現在は10名しかいない十二支んだが、それによって運営能力に支障をきたすようなことにはなっていない。当然ながら協会の実務的な仕事は他に任せられる人間がいくらでもいる。あくまでハンターの代表者たちによる内閣のような機関に過ぎない。

 

 しかし、それが正常な状態でないことは確かだ。チードルもこのままでいいとは思っていない。何人かは候補をあげて検討会議をしてみたが、これと言った人材がいなかった。

 

 下手に素性の知れない人間を引き込めば取り返しのつかない事態になる可能性もある。パリストンがどこまで組織の内部に根を伸ばしていたか、現在もその全容はつかめていない。

 

 NGLの件で責任を取らされて十二支んから除名されたパリストンだったが、今になってはそれも布石の一つに思えてくるほど周到だった。パリストンは元よりビヨンドと通じており、協会を去ったその足で今はカキンに身を寄せている。

 

 それを追う形でジンも十二支んを脱退した。チードルはジンから知らせを受けなければいまだにパリストンの行方を把握できずにいただろう。何年も前から彼は暗黒大陸を視野に入れ、協会を内側から食いつぶす計画を進めていたのだと思われる。

 

 協専ハンターのみならず、どこにパリストンの協力者が身を潜めているかわからない。それが十二支んだけでなく、調査隊の選出に難航している理由の一つでもあった。

 

「もういっそのこと今度のハンター試験で暗黒大陸に行きたい奴を集めるのはどうだ? ビヨンドの動画みたく『集え! ハンター協会! 行こう! 新天地!』つってさ」

 

「バカンザイ……それこそカキン側のスパイを引き込むようなもんでしょうが」

 

 戦闘力極振り、腕っぷしだけで十二支ん入りしたカンザイの弁に他の面々がため息を吐く。しかし、本人は大して考えずに発言したことだったが、それがなかなかどうして核心をついていた。

 

「だが、現実的にそうならざるを得ない状況であることに違いない。渡航に必要な人材を今期のハンター試験で募ることになるだろう。受験する側もそれを見越して来る」

 

 国や民間組織に頼らずハンター協会が単体で動くためには、既存の協会員から渡航者を選出することはもちろんだが、それだけでは足りなかった。なにせ資格を持つプロハンターもその総数は600人程度である。当然、その全てを動員できるわけではない。

 

 むしろ、協会からの協力要請に対して難色を示すハンターの方が多かった。それだけ暗黒大陸は危険な場所だとプロハンターだからこそ認識している。夢に命を懸けようとする冒険者ばかりではない。

 

 もし、ネテロが生きていれば現状は変わっていたかもしれない。彼が指揮を執るのであればついて行こうと考えるハンターは今よりも大勢いただろう。

 

 就任したばかりの新会長であるチードルにはまだ求心力がなかった。仕方がないこととはいえ、彼女は自分の至らなさを恨まずにはいられなかった。

 

「特に、調査に不可欠な知識や技術を持つ専門家が全く足りていない」

 

「例年なら腕っぷしだけが合否の基準になることも多かったけど、今年はそういうわけにもいかないでしょうね」

 

「アマチュアとして実績のあるハンターや、戦闘分野だけでなく研究者も含め広く募集の対象とすべきだ」

 

「なら、試験官が好き勝手に課題を出す従来のやり方は問題が出るんじゃないー?」

 

「選考委員会が一括して試験を作ります。ペーパーテストや面接も導入しましょう」

 

「うげぇ、最悪な年だな」

 

「様々な視点から受験者の能力を評価する必要がある。そして、同時に何よりも注意すべきはスパイの存在だ」

 

「嘘発見器を含めたバイタルチェック等、厳正な審査と検査は無論実施するが、相手が特殊訓練を受けた念能力者であれば100%の精度は保証できない」

 

「それらのスパイを抱えたまま危険な暗黒大陸の調査に臨むこともあり得るのか……ビヨンドの監視もあるってのに……」

 

「……正式な協会員として取り込むにはリスクが高すぎます。そこで今年は特例として『準協会員』という制度を作ろうと考えています」

 

 チードルは提案した。試験を合格した段階で与えられる資格を『準協会員』として正式なプロとは区別する。渡航に関し、与えられる任務や行動にも制限を設ける。

 

 それまで活発にかわされていた意見も一旦静まった。果たしてそれだけの区別でスパイの活動を抑え込むことができるだろうか。実際の現場で任務や予期せぬトラブルに対処する者全てを統制することは難しい。

 

 だが、たとえ名ばかりであろうと何の首輪もつけずに野放しにするよりはマシだ。良い代案も浮かない。その他、チードルの用意した新制度ハンター試験の概要が資料として配布されていたが、どこも修正すべき点は見当たらない。

 

 現実的で効率的。しかし、十二支んたちはどこか心の奥底で感じていた。ネテロならばこのような選択をしただろうか、と。

 

 ハンター試験とは志を持つ若者たちが集う場所だ。ネテロは毎年、この試験を楽しみにしていた。自ら選考委員会の長を引き受け、才気あるハンターの卵たちをその目で見定めてきた。

 

 今期はこれまでと全く質の異なる試験となることは確実だった。ハンターが本来目指す境地からはかけ離れた、その場しのぎの人材確保。準協会員という渡航中だけ有効な期間限定の資格。そのためだけにハンター試験を利用することになる。

 

 

 “それはちと、つまらんのう”

 

 

 カタリ、と会議室の壁にかけられていた額が動いた気がした。それは前会長、ネテロの写真が収められた額である。

 

「い、今……」

 

 全員が弾かれたようにそちらを見る。何か胸騒ぎを覚えた。虫の知らせなどという曖昧な感覚ではない。はっきりとした違和感を、この場にいる全員が察知する。

 

 

「破アアアアアアア!!」

 

 

 そして、それは壁を突き破って現れた。ちょうどネテロの写真が提げられていた壁をぶち壊し、コンクリートの破片をまき散らしながら一人の少女が姿を見せる。

 

 あっけに取られるしかない。どうやって厳重なセキュリティを突破し、地上85階の壁を外から突き破って来たのかという疑問はあったが、真っ先に気を取り直したミザイストムが尋ねる。

 

「警告する。『動くな』。誰だ、お前は」

 

「わし、アイザック=アルメイザ! 1歳6か月!」

 

 外見は10代そこらの少女である。整った容姿に銀色の長髪、そして着ている服はTシャツにスパッツ。Tシャツには『かりぅど』とひらがなで書かれている。

 

 ミザイはカードを提示して『動くな』と警告している。その警告に逆らえば彼の念能力『密室裁判(クロスゲーム)』が発動し、即座に不審者は行動不能に陥るだろう。

 

 派手な登場をしておきながら、少女はそれ以上暴れるそぶりを見せなかった。敵意は感じられない。仁王立ちのまま、大人しくその場でじっとしている。

 

「まあ、そう警戒するでない。わしはただの一般ハンター志願者じゃ」

 

「そうかよ。お前がこれで不合格だってことはハッキリしたぜ」

 

「ついでに十二支んに空きがあるそうじゃから、わしがなってやろうと思っとる」

 

「図々しいにもほどがある!」

 

 どうやら今年のハンター受験生らしいが、先ほどのチードルたちの会話を立ち聞き(?)しているうちに気が変わったと言う。

 

「どうせまともに応募しても書類審査で落とされそうじゃしの。ならばいっそ、この場で直接売り込もうと思った次第じゃ」

 

「お前のような危険人物を合格させるはずがないだろう。『カーマインアームズ』」

 

 この場にいる十二支んのほとんどは少女の素性に気づいていた。まさか忘れるはずもない。協会としても最大級の煮え湯を飲まされた、あのモナドと同じ顔をした少女である。

 

 モナド本人であるかどうかまで確認できないが、関係者であることは間違いない。カーマインアームズについても、最近は知名度が増してきている。

 

「なんだカーマインアームズって」

 

「A級賞金首の傭兵団だ。はした金のような依頼料でゾルディック家や幻影旅団とも大規模な抗争を起こした戦闘狂集団と聞く」

 

 犯罪者だろうと受験できるのがハンター試験だが、今年に限っては少しの不穏分子でも排除しておく必要がある。たとえ準協会員資格だろうとA級賞金首に与えられるはずがない。

 

「ひとまず余罪は後でたっぷり追及するとして、器物損壊および不法侵入の罪で逮捕させてもらおうか」

 

「さすがは天下のハンター協会、警備が厳重でのぅ。スマートに潜入というわけにはいかなかったのじゃ。わびと言っては何だが、面白いものを見せてやろう」

 

 クライムハンター、ミザイストムが通告すると意外にも少女はバツが悪そうな顔をしていた。その背後に巨大な影が現れる。

 

「まさ、か、これは……!」

 

「おいおいおい! うそだろ!?」

 

 オーラから生み出されたその巨大な観音像を、十二支んの全員が知っていた。知ってはいたが、信じられない。なぜならその『百式観音』は、今は亡き前会長ネテロの念能力である。

 

 武の極致と呼ぶにふさわしいその能力は、真似して再現できるようなものではない。考えられる可能性としては他者の能力を奪う特質系能力者などが挙げられる。

 

 だが、それも現実的ではなかった。たとえ特質系だろうと簡単に他人の能力を手に入れられるわけではない。それも死人から奪う能力など聞いたこともない。

 

 別の可能性が頭をよぎる。それはある種、願望にも近い感情から導き出された答えだったのかもしれない。

 

「か、会長なのか……?」

 

 少女は微笑み返す。確かに見た目は全くの別人だが、その身に纏う気迫は彼らのよく知るネテロに酷似していた。

 

「残念ながら同一人物とまでは言えんがの。お前たちのこともぼんやりとしか覚えておらん。わしはアイザック=ネテロの生まれ変わりじゃ」

 

 その言葉を即座に否定することはできなかった。ネテロの死因は現在も究明中だが、キメラアントの一種から受けた攻撃によるものであることは確かである。

 

 少女が肩に乗せる不気味な甲虫や、キメラアントの特殊な繁殖能力『摂食交配』を考えれば、生まれ変わりもあり得るのではないかと、生物学に精通する一部の十二支んは推測する。

 

「かいちょお……がいぢよおおおおおおおおお!!」

 

 そのメンバーの一人、ギンタが動いた。ネテロの死後、十二支んの誰もが彼の死を悲しんだが、その中でも特に感情的だったのがギンタだ。大の男が人目もはばからず大声で泣き続けていた。

 

「こ、これ! ひっつくな! わぷっ!」

 

「がいどおおおおおお!! よがっだああああ!!」

 

 抱き着いて頬ずりしてくるギンタのアフロに少女は飲み込まれていた。純粋な喜びゆえの行動と思われるため、少女も無下に引きはがせずにいる。

 

「落ち着きなさい→未。もし本当にネテロ前会長の生まれ変わりであるなら喜ばしいことですが、手放しに歓迎できる状況でもありません」

 

 新生ネテロを名乗る少女は協会員となるどころか、十二支ん入りを目論んでいる。暗黒大陸の調査に一枚噛もうとしていることは明白だ。

 

 確かにネテロとの類似点は見受けられるが、同一人物ではないと本人が述べている。A級賞金首にも数えられる素性も知れない人間を仲間に引き入れるわけにはいかない。

 

「まあ、そうじゃろうな。わしも無理に頼むつもりはない。あくまでこれは提案じゃ。わしを連れていくか否かはお前たちで協議してくれて構わんぞい」

 

「もし否定された場合は?」

 

「パリストン経由で別ルートから暗黒大陸へ向かうことになるじゃろう」

 

 少女は自らパリストンとのつながりを暴露した。完全にビヨンド側の人間である。それを十二支んに迎え入れるなどあり得ない。

 

 親子そろって正面から我が物顔で敵地に踏み込んでくる度胸に呆れて何も言えなかった。だが、それが同時に少女のネテロらしさを強く認識させる。

 

「あまり我々を侮らないでいただきたい。そんなことを許すと思っているのですか? あなたはこの場で拘束させてもらいます」

 

「それも構わんよ。できるものならな」

 

 少女から、その小さな体に収まり切れるとは到底思えない闘気が放たれる。ミザイは依然として警告のカードを提示し、ギンタを抱き着かせているというのに、まるで安心はできなかった。

 

 一対十という人数差がありながら、少女は指一本動かすことなくこの場を膠着させている。百式観音を発動させる『心の所作』はいつでも可能。ここにいる誰よりも早く行使することができる。

 

 ビヨンドの場合はあっさりと協会に捕まったが、それはV5とカキンの足並みを揃え、最速で暗黒大陸へ行く許可を得るための計画だった。この少女は捕まりに来たわけではない。

 

「やめだ。じいさんに勝てるわけがねぇ。俺は賛成するぜ」

 

「……何を言っている、サイユウ。まさかこの者を旅に同行させるとでも?」

 

「それしかねぇだろ。もし拒絶すれば、こいつは必ずこの場を逃げおおせる。そして次会う時は明確な敵として俺たちの前に立ちはだかるだろう」

 

 ビヨンドはおそらく優秀な手勢を何十人も抱え込んでいる。その脅威の中に目の前の少女も加わり襲い掛かってくるとは考えたくもなかった。それならばビヨンドと同じく、敵とわかっていながらも目の届く場所に置いていた方がいいのではないか。

 

「わしは確かにビヨンドに雇われてはおるが、奴の脱走を幇助するつもりはない。積極的に阻止するつもりもないが。このことはパリストンも承諾済みじゃ」

 

「お前の目的は何なんだ!?」

 

「暗黒大陸調査の成功。それだけじゃ」

 

 常識で考えれば自ら敵の内通者と公言する人間を信用する道理はない。しかし、既に十二支んの内二人を篭絡してしまった。ギンタとサイユウだ。

 

 それ以外のメンバーについても、少なからず動揺を与えている。それだけ前会長のカリスマは大きかった。選挙を経て新たにチードルが会長となった今でも、彼らの中ではまだ“会長”と言えばネテロの姿を想起してしまうほどに。

 

 十二支んに亀裂が生じようとしている。暗黒大陸という最高難易度の狩場に向けて、全員が結束しなければならないこの状況で見過ごすことはできない危機だ。ここで少女を拒絶すれば、亀裂は決定的なものとなるだろう。

 

「空席は『子』と『亥』じゃったか。どちらにするかのぅ」

 

 少女は既に結論が出ているかのように振舞っている。生前のネテロは自分にも他人にも無理難題を吹っ掛ける、そんな人間だった。これからしばらくはこの少女に振り回されるような気がしてならない。いかにして主導権を握るべきかとチードルは頭を悩ませていた。

 

 

 * * *

 

 

 ところ変わって、カキン帝国某所。プロハンターだろうと普通なら見つけ出すことはできないパリストンたちのアジトに、招かれざる客の姿があった。

 

「よぉ、俺も混ぜろよ。来るもの拒まずなんだろ?」

 

 ジン=フリークスである。部屋にはパリストンを始めとして、暗黒大陸探索を任務とするハンターが集まっていた。

 

 ビヨンドに雇われたハンターだが、そのほとんどは金だけが目的で参加しているわけではない。彼らが目指すは暗黒大陸。そのために今日まで爪をとぎ、協専ハンターとして息を潜めていたスペシャリストたちである。

 

「やはり来ましたか。ですが意外でした。てっきり止めに来たのかと思っていましたが」

 

「別にビヨンドを止める理由はねぇよ。旅先でくらい自由にさせろって考え方には同意する。だがパリストン、てめぇは駄目だ」

 

 パリストンが副会長の座を追われたように見せかけ、協会を離れてよからぬことを企んでいることは調べがついていた。キメラアントとのつながりだ。

 

 ミテネ連邦で発生した亜人型キメラアントの群れは騒動のうちに崩壊したが、生き残った個体が保護されている。その保護区となったNGLは世界治安維持機構によって管理されているはずだが、ジンが調べたところによればその限りではなかった。

 

 巣の崩壊と共に大人しく投降したキメラアントは適切に移送されたが、一部の好戦的な残党集団が包囲網を突破して周辺国に流出した形跡がある。それらは派遣されたハンターによって処理されたことになっているが、そのハンターを派遣している組織が『協専』である。

 

 かなりの数のキメラアント戦闘兵がパリストンの手駒となったものとジンは見ている。キメラアントの個々の戦闘力は強大だが、力のみで人類相手に対抗できるはずはない。追い詰められた彼らが説得に応じる余地は大いにあった。

 

 ジンがパリストンの後を追うように十二支んを脱退したのはその企みを止めるためだ。暗黒大陸へ行くためにチードル主導の現ハンター協会の体制が肌に合わなかったという理由もあるが、一番はパリストンとの因縁に決着をつけるためである。

 

「オレとお前は似た者同士。思いつくのは外の道ばかり」

 

 パリストンはキメラアントの残党をハンター協会に差し向けるつもりだ。その理由は副会長の座から放逐された恨みによるものではない。むしろ、彼は協会を愛している。

 

 愛しているからこそ壊したい。彼は人に憎まれることで幸福を感じ、愛しいものは無性に傷つけたくなる。到底常人の感覚からはかけ離れた歪んだ人間性の持ち主だった。

 

「仮にそうだとしても、僕には無理なことですよ」

 

 ジンの予想はある程度当たっていた。NGLでキメラアントが発生した当時はパリストンもそのつもりで計画はしていたのだ。当初の予定では5000体近くの戦闘兵捕獲を見積もっていたが、結果的に見ればその十分の一ほどしか集められなかった。

 

 亜人型とは“別種のアリ”が予想を遥かに上回る規模で世界を震撼させる破壊と混乱を巻き起こした影響だ。そのおかげで残党兵の説得がスムーズに進んだという利点もあったが、計画は大幅に変更せざるを得なかった。

 

「『カーマインアームズ』だろ。だが、それも結局はお前にとって遊び相手の一つにすぎない」

 

「あれを遊び相手だなんて言えるジンさんが羨ましいですね」

 

 同じキメラアントといえども、その脅威度は亜人型の比ではない。災厄としてのレベルはさらに上位、Aクラスであることは確実だった。人類を滅ぼし得る危険度である。

 

 だが、それを理解した上でパリストンは恐怖しているわけではない。ジンの言う通り、今のハンター協会よりも歯ごたえのありそうな遊び相手をみつけられた喜びの方が大きいだろう。依存する相手を乗り換えただけの話だ。

 

「その様子じゃまだ御しきれてはいない段階か。いずれにしてもお前の好きにさせるつもりはないがな。ひとまず、今日からこの集まりの№2はオレだ。文句がある奴は前に出ろ」

 

 それはこの場に集まる全員に向けられて発せられた言葉だった。パリストンに権力を握らせないために自分がビヨンドに次ぐ探索隊の№2になる。理屈はわかるが、すんなりとそれを受け入れられるわけがない。

 

 いきなりアジトに踏み込んで来て勝手にリーダー面をし始めた部外者である。困惑する者、呆れる者、憤る者と様々だが好意的な反応は一つもなかった。短気な性格のウサメーンなど殴りかからんとする勢いだった。

 

「おう、骨のある奴がいるじゃねーか。出てこいよ、相手してやる」

 

 しかし、ウサメーンは立ち上がらなかった。ジンは彼のことなど眼中にない。それよりもはっきりと、禍々しい気迫が奥の部屋から漂ってくることに気づいていた。ゆっくりとそのオーラの持ち主が近づいてくる。

 

 疑う余地もなく、この隊の中で最も強いと悟る。ジンをして油断を一切捨てさせる強大なオーラを感じ取る。現れたのは筋骨隆々の巨漢だった。対峙するだけで本能が警鐘を鳴らす殺意の暴風。その発生源たる男の鍛え抜かれた肉体は山一つほどの存在感さえあった。

 

「会いたかったよ。ジン」

 

 ぴちぴちに張り詰めたタンクトップと短パン。怒髪天を衝くかのごとく天井にまで逆立つ長髪。しかし、その表情は怒りに染まっているわけではない。ただ覚悟のみを感じさせる、漆黒に塗りつぶされた瞳をしていた。

 

「相手をしてくれるんだね。うれしいよ」

 

 その男は「最初はグー」とつぶやいた。その直後、集まる。彼の右手の拳に。まるで吸い込まれるかのようだった。生命エネルギーから生じたとは思えない邪悪な波動を放つオーラがそこへ凝縮されていく。

 

 そして凪いだ。絶をしているかのように静かになる。あれだけ吹き荒れていたオーラの嵐が止んでいる。事実、男の全身から溢れんばかりに生じていたオーラは感じ取れない。だが、消えてなくなったわけではなかった。

 

 その技は『硬』と呼ばれる。全身を覆うオーラを凝によって体の一か所に集めることで最大威力の攻撃、あるいは防御とする技である。

 

 だが、この技を一般的な『硬』と一括りに扱うことができるのだろうか。男のオーラは拳の一点に、感知できないほど極小の一点に収束されていた。

 

「ジャン、ケン」

 

 そして噴き出す。耳をつんざくような甲高い異音は空気が軋む音だった。技を繰り出す前段階であるにも関わらず、極圧縮された膨大なオーラの波動が部屋の窓ガラスを叩き割った。

 

 その技の威力を理解できた時、この世から一つの命が消えていることだろう。ジンですらそう思った。

 

 これに対処するためには出足をくじく以外に方法はない。最初の動作に現れた隙を突き、オーラを凝縮される前に封じるしかない。または空間転移などの正攻法以外の手を用いるか。技を受けるより先に発動が間に合えばの話だが。

 

 しかし、ジンはそうしなかった。彼のオーラは纏のまま、堅すらしていない。至って平常心のまま立ち尽くしている。

 

「……まさかそう来るとはな。これは予想できなかったオレが悪いな……しょうがねぇ。来いよ、ゴン」

 

 ジンは目の前の男が自分の息子であることに気づいていた。姿は変わり果てているが、直感的に悟る。そして、ゴンを相手に闘うつもりはなかった。

 

 ジンは我が子を捨てた身だ。もう二度と会うつもりもなかった。その機会があるとすれば自分が息子にハントされた時だ。大人しく捕まってやる気もなかった。

 

 それがこうしてまんまとおびき出されたわけだ。パリストンあたりの差し金だろうと推測するが、それを読み切れなかったことも含めて負けを認めるしかない。

 

 自分が親として道を外れたことをした自覚はある。もしゴンが自分を許せず攻撃してくるというのなら、ハントされた手前、抵抗するつもりもなかった。

 

「冗談だよ、ジン」

 

 それに対して、ゴンは構えを解く。最初からジンを殺そうとは思っていない。それにしては迫真の殺気だったが。

 

 ゴンは初めて会うジンを試したのだ。色々な人からジンの話を聞き、ちょっとした冗談のついでに自分の手で確かめてみたいと思った。

 

 おそらく、ゴンが本気でジャジャン拳を放っていたとしてもジンは避けも防ぎもしなかった。自然体のまま受けていただろう。それで無事ということもない。死んでいたはずだ。その事実を当然のように受け入れていた。

 

「オレがゴンだって気づかなかったら軽く殴ってたかもしれないけどね」

 

「は? その時は返り討ちにしてたと思うぞ?」

 

 先ほどまでの緊張が嘘のように二人は打ち解けていた。ジンの死を確信していた他の面々は何が起きているのかわからず首をかしげている。パリストンは腹を抱えて笑い転げていた。

 

「しばらく見ねぇうちにデカくなったな。成長期か?」

 

「こっちも色々あったんだよ……」

 

 ゴンの身長は重力に逆らう髪の毛を抜きにしてもジンを超えていた。その年齢は14歳。その姿を見てゴンだと気づくジンの方が異常と思えるほどの成長を遂げていた。

 

 より具体的に言えばカーマインアームズのせいだ。彼女らの母船に滞在していたゴンは、ビヨンドから暗黒大陸の調査に関わる依頼が傭兵団に入ったことを知る。

 

 そして、自分も暗黒大陸に行きたいと言い出した。当然、クインはその申し出を突っぱねたが、もともと一度決めたことを絶対に曲げない性格をしているゴンの決意は固かった。

 

 もしクインが船から叩き出したとしてもゴンは諦めない。プロハンターの資格を持つゴンならば、協会員としてカキン帝国の巨大輸送船ブラックホエール号に乗り込めるだろう。

 

 それならばいっそ自分たちに同行させた方が安全ではないかと考えたクインたちは、ゴンを修行という名の地獄に放り込んだ。彼が根を上げてやっぱり行くのやめますと言いたくなるほどの苛烈な修行をつけた。

 

 これもゴンを思ってのことだ。決して面白半分にエスカレートさせたわけではない。アイクの千百式組手を耐え抜き、ルアン謹製プロテインの投薬試験を乗り越え、メルエムによって『いずれ至るはずの因果』を少しずつ引き寄せられ、ついにゴンは完全体となる。

 

 

 強制的に成長したんだ……!! 暗黒大陸を調査できる年齢(レベル)まで!!

 

 

「お前それ髪切らないのか?」

 

「切っても練したら伸びてきちゃうんだ。毛根が強化されるからかな?」

 

「……ホントに良かったのか? そんな人間かどうか疑われるレベルの体になっちまってよ」

 

「後悔はないよ。たぶん、オレがこれから行くところは、これでも足りないくらい危険な場所だろうから」

 

 普通の人間がゴンと同じ目に遭っていれば確実に死んでいる。才能と覚悟があったからこそ堪えられた。それもゴンだからこそ至ることができた覚悟の境地である。おそらく彼と同等の才能を持つキルアであっても死んでいたはずだ。

 

 もし強さにかまけて半端な気持ちのまま暗黒大陸へ向かおうとしているのであればジンは認めなかっただろうが、それは杞憂だった。ゴンはきちんと理解している。単純な強さだけで制すことができるなら、全盛期のネテロが入口で引き返してはいない。

 

 ちなみにキルアとアルカとカルトのハーレムチームは暗黒大陸調査なんて命知らずなことはせず、ゴンたちとは別れることになった。完全体となったゴンを見てキルアは「俺たちずっと友達だぜ」と震え声で別れを告げて去っていった。

 

「まあゴンのことは心配いらないとしても、その傭兵団とやらは要注意だな」

 

「別にみんな良いひとたちだよ?」

 

 自分が受けた仕打ちを全く気にせずゴンは言い切る。いくらゴンの言葉であってもすんなり信用はできなかった。出会って数分しか経っていないが、ゴンの感性が割と狂っていることをジンは見抜いている。問題児は敵であるより味方である方がなお厄介だ。

 

「少なくともアイツはそう思ってないみたいだぜ?」

 

 ジンは視線をパリストンに向けていた。彼は何のことやらわからないと言った様子の作り笑いを浮かべている。

 

 ただの“良いヒト”の集まりなら、どんなに力を持っていようとパリストンが遊び相手に選ぶはずはない。彼にとって“面白くなる”と期待させるほどの何かがあるのだ。

 

 このまま何の問題もなく暗黒大陸に向かえる、ということはないのだろうなとジンは思った。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。