カーマインアームズ   作:放出系能力者

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119話

 

『いよいよこの日がやってまいりました! 人類の! さらなる発展に向けての新たな門出です!』

 

 テレビやラジオでは飽きるほど同じ内容の番組が繰り返し放送されていた。ブラックホエール号は既に出航し、今は大海原の上を進んでいる。クジラを模した巨大輸送船は20万人が収容可能で、カキン帝国はこれと同じものを年内に20隻造ると宣言していた。

 

 そして、5年以内に1億人を暗黒大陸へ運ぶことができると謳う。危険生物がいるとしても現代兵器や防疫技術があれば十分に対処可能だと言う。メディアは情報操作されているのか都合の良い内容しか話さない。夢のような話だ。

 

 だが、この船に乗り込んだ人間は、特に下層に押し込められた貧民ほど夢と現実の落差を実感していた。すし詰め状態だ。人口密度を考えれば仕方ないのだろうが、さながら現代の奴隷船である。

 

 BW号は全5層構造となっている。1層はカキンの王族や要人、2層はそれに次ぐ富裕層で占められている。一般乗客は3層以下となっており、2層とつながる通路は固く閉ざされている。

 

 その3層以下にも暗黙のルールというべき格差があった。表面上は平等に扱われるはずだが、基本的に下へ行くほど環境は劣悪になる。万が一浸水した場合、真っ先に危険にさらされるのが下層だからか。そして、ただの一般人は容易に階層をまたぐことができない障害が存在する。

  

「なんでマフィアがこんなに乗り込んでるんだよ……」

 

「国は乗船客の身辺調査とかしてないのか!?」

 

 無作為に抽選された20万人もの人間を一人一人調査して回ることは実務上不可能だった。一般客に紛れ込んだ大量のマフィアが実質的に各階層を取り仕切っている。それを取り締まるカキンの兵士もいるが、圧倒的に数が足りていない。

 

 そもそも紛れ込んでいるというレベルではなかった。これはカキンの王子たちによって工作された事態である。第3、第4、第7王子がバックについた三つのマフィアがそれぞれの階層を支配できるように最初から話がついている。カキンの兵士でさえ迂闊に手は出せない。

 

 無法地帯と言って過言ではなかった。しかし、新大陸到着まで3週間の旅程だ。短くはないが、我慢できないほど長くもない。人々はストレスを感じながらもフロンティアに向けた夢と希望を抱くことで気持ちを紛らわそうとしていた。

 

「おねぇちゃん! おねぇちゃん、しっかりして!」

 

「……」

 

 乗客の中に双子の少女の姿がある。銀色の髪をした美しい少女たちだ。幼い年相応に、二人とも大きなぬいぐるみを抱きかかえている。一つはウサギ、一つは眼鏡をかけた犬のぬいぐるみだった。

 

 二人は容姿を隠すようにフード付きのコートを着ているが、この人ごみの中にあって別段目立ってはいなかった。隠す理由もうかがえる。無法地帯と化した下層域では、女というだけで好奇の視線を向けられる。女性客は自然と身を寄せ合うようにして集団を作っていた。

 

「どうしたの? 具合が悪そうだけど……」

 

「おねぇちゃんが元気ないの!」

 

 クインは白目を剥いてグデッていた。双子の妹が介抱している。近くにいた他の女性客はその様子を見て心配そうに気遣っていた。

 

「おくすりがあればよかったのに……船に乗るときに取り上げられちゃった……」

 

「まぁ……荷物の検査だけは厳重だったからねぇ」

 

 一般客は乗船に際してチケットの有無を確認されるくらいでガバガバのチェックしか受けずに済んだため、クインたちも潜入するだけなら簡単だった。だが、荷物は別だ。武器などの危険物を持ちこめないように徹底的に検査を受ける。

 

 そのためクインの本体をそのまま持ち込むことができなかったのだ。ぬいぐるみの中に隠す程度では通過できない。今抱きかかえているぬいぐるみは乗船した後で使うための偽装用である。

 

 ではクインの本体はどこにあるかというと、絶状態で闇物資の中に潜ませていた。こちらはマフィアが非合法品などの表に出せない物資を大量に仕入れていたため、チェックも甘かった。クインと本体は別々の経路から乗船している。

 

 しかし、まだ合流はできていなかった。現在、本体は人目につかないようにダクト内部を移動中だが、あまり音も立てられず、かなりの広さと複雑に入り組んだ構造もあって手間取っていた。

 

 クインは遠隔操作型の念人形に分類されるため能力者(本体)と距離が離れすぎるとオーラの消耗と制御が難しくなる。クインの不調の原因だった。『渦』からオーラを引き出せば消耗は抑えられるが、それでもグロッキー状態だ。

 

「おねぇちゃん、私がついてるからね!」

 

 いや、お前は元気なんだからさっさと本体を回収しに行ってくれないかとクインは思った。もともとそういう段取りになっていたはずだが、相棒は自分の役に徹してるのかクインのそばから離れようとしない。

 

 傭兵団が受けた今回の依頼主はクラピカ。任務にあたる人員はクインと、モナドである。

 

 

 

 モナドである。

 

 

 

 事の発端は、半年ほど前にネットに流出した動画だった。人体収集家を始めとした猟奇趣味の人間が集う闇サイトに『緋の眼』の映像が公開された。それはクラピカがまだ回収できていない眼だった。

 

 方々手を尽くして動画の発信元を探したクラピカだったが、手がかりを得ることはできなかった。そして最後に頼った先がカーマインアームズというわけだ。

 

 電脳世界の住人と化しているモナドはあっけなくその情報を掴む。というより最初から知っているようだった。緋の眼の持ち主はカキン帝国の第4王子ツェリードニヒ=ホイコーロである。クラピカも改めて被疑者を調べたが、間違いないと思える情報だった。

 

 当初、クラピカの依頼はそこまでだった。彼が欲したのは情報だけで、その後の回収についてまで頼るつもりはなかった。傭兵団としてもビヨンドの依頼があるため余裕はない。だが、そこに待ったをかけたのがモナドである。

 

『友達が困ってるのに黙っていられるかよ!』

 

 傭兵団の誰もが懐疑的な目を向ける中、クインだけは感動の涙を流していた。クインはモナドの将来を案じていた。いつまでも引きこもってばかりでは駄目だ。傭兵の仕事を手伝わせようとしたこともあったが、見向きもされなかった。

 

 そんなモナドが自分から依頼を買って出たのである。これを機に、モナドが更生してくれることを期待していた。これから暗黒大陸の調査が始まり、傭兵団の仕事はさらなる多忙を極めることになるだろう。モナドを戦力として活用できるようになれば心強い。

 

 今はまだ使いどころが難しい最終兵器メルエムも、モナドを抑止力として機能させることができるようになる。というわけで、むしろクインはクラピカに頼んで手伝わせてもらうことになった。

 

 しかし、相手は一国の王族である。容易に接触できる相手ではない。暴力的な手段を用いるのであればできないこともないが、それはクラピカが却下した。

 

 その接触の機会こそ今回の新大陸渡航である。カキンの要人たちはBW号1層に多くの護衛を招き入れた。プロハンターもその勢力の一つだ。ハンター資格を持つクラピカたちノストラード組もこれを利用した。

 

 残念ながら指名手配されているモナドでは1層に直接乗り込むわけにはいかない。そこでまずは一般客として潜入することになった。モナドだけに任せるのはさすがに不安だったので、クインも一緒に来ている。

 

 ビヨンドの依頼についてはクインがいなくても、ギアミスレイニに残る他の傭兵たちに任せておいて心配はない。アイクは独自に動いているようだが、それも直接の雇い主であるパリストンから許可を得ているようなのでとやかく言うことはなかった。

 

 クインがぐったりしていると誰かが医療班に知らせてくれたのか、看護服を来た人物が足早に近づいてきた。その容姿はちょっと犬っぽい。

 

「チードルゥ!?」

 

 ハンター協会のトップに立つからと言ってのうのうとVIP待遇を受けてくつろいでいるということはなかった。難病ハンターであり、優秀な医師の腕を持つチードルは現場をその足で駆け回っている。

 

「医療班です! 患者はどこですか!?」

 

「こっちに具合の悪そうな子が……あれ、いない?」

 

 チードルが到着したときには既に双子の姿はなかった。しばらく周辺を探したが、それらしき人影は見当たらない。

 

「すみませんが、こちらも手が回らない状況なので。これで失礼します」

 

 少しばかり刺々しい態度になってしまったチードルだが、それも仕方ないと言えるほど忙殺されている。事前の計画書が全くのでたらめと思えるくらい3層以下の施設管理体制は杜撰だった。

 

 診療所が3層では3か所、4層と5層では2か所、5層には存在すらしていない。医者の数も当初予定の15分の1という有様だった。

 

 さらに犯罪も横行している。チケットの盗難・偽装、人種衝突、暴行、窃盗、中には重傷者を出す騒ぎも見られた。怪我人は増える一方だ。カキン軍はもはや機能しているとは言えず、十二支んのミザイストムとボトバイが軍と民間警備を統率することになった。

 

 正直なところ、目の敵であるカキンの尻ぬぐいをなぜハンター協会がしなければならないのかと怒りをぶつけたくもなったが、それによって現に苦しめられている乗客たちが救われるわけではない。

 

 この場を放棄して見て見ぬふりをすることはできなかった。せめてこれ以上の暴動が起こらないよう全力を尽くし、祈るしかない。

 

 

 * * *

 

 

「ふぅ、そろそろ潮時か。一般人のふりを続けるのも疲れるからな」

 

 クインを背負ったモナドが気配を消して人ごみの少ない場所へと移動する。クインはようやくモナドが動き出したことに安堵していた。このまま本体のいる場所へと移動してくれるはず、と思っていた。

 

 クインの体が結晶に包まれていく。攻撃されていると気づいた時には遅かった。意識が薄れる。やがて完全に結晶化した。

 

「殺したわけじゃない。俺たちにアルメイザマシンは効かないからな。だが、ちょっと眠っていてもらおう」

 

 モナドはクインに対し、渦のネットワークからハッキングをかけていた。クインが弱っており、油断していたからこそできたことだが、渦の管理者たる女王をこのままいつまでも眠らせておけるわけではない。いずれは目を覚ますはずだ。

 

「ヨシ! ここからは時間との勝負だぞ! うおおおお! モナド行きます!」

 

 これだけの数の人間がいて人ごみの少ない場所というのは、それなりの理由があるものだ。人が近づきたがらない理由である。周囲には明らかに堅気には見えない男たちがたむろっていた。

 

「なんだあの子供?」

 

 モナドは絶をしていなかった。人ひとり分もある結晶を背負った子供が歩いていれば嫌でも目に留まる。一方、モナドが向かう通路の先では何か一悶着起きそうな気配がしていた。

 

「おおっと、お兄さん方、ここはプオール一家の特別警戒区域に指定されていましてね~。通行料5千ジェニーが必要なんですよ~」

 

 見れば、狭い一本道の通路の真ん中を塞ぐように強面の男たちが検問を設けている。末端マフィアのあこぎな商売であることは目に見えていた。この通路の先には食堂があり、一般客は食事を得るために通行料を払うしかない。軍の担当者を買収してやりたい放題だった。

 

「お得な回数券もありますぜ~」

 

「どけ」

 

 しかし、そこに立ち止められた集団は物怖じしない。総勢9人。数で押せば強引に通れると思われたかとマフィアの男たちはいきり立った。だが、その判断は甚だ愚かしいと言わざるを得ない。彼らの前に立つ者たちはA級賞金首『幻影旅団』である。

 

「誰に向かって口きいてんだコラ! 俺たちゃ泣く子も黙るプオール一家の――」

 

「うおおおおお!! うォン! うォン!」

 

 誰が見ても首を突っ込もうとは思わないその状況に、一人の子供が奇声を上げながら近づいていく。走っているわけでもなく、歩いているわけでもない微妙な速度で。

 

「あ……!? あいつまさか!」

 

「知り合いか?」

 

 振り返ったノブナガが最初に気づいた。フードで見えにくいが、その顔には見覚えがあった。ヨークシンで戦い、そして敗北を喫した苦い記憶がよみがえる。

 

「カーマインアームズ!」

 

「ほう、あれが」

 

 旅団長クロロは興味深そうに観察していた。話は聞いていた。団員を殺されたわけではないので個人的な恨みはなかったが、戦闘となれば容赦はしない。容赦できるほど易い相手でもなさそうだと。

 

「……まいったな。もうあれの相手はしたくないところだけど……」

 

 イルミが珍しく愚痴をこぼす。表情はいつもと変わらないが、ひたすら面倒そうな感情が言葉に込められていた。

 

「オッス、幻影旅団のみんな! 食堂に行けば誰かいるだろうと思っていたが、全員集合とは。これは探す手間が省けた」

 

「目的は俺たちのようだな。何か用か?」

 

「おい無視すんじゃねぇ! いいか、俺たちゃ泣く子も黙るプオール――」

 

 団員全員が戦闘態勢に入る。もはや外野のざわめきなど耳に入らない。ノブナガとフェイタンなど、自分から飛びかかりそうなほどの殺気を放っていたが、生憎武器が手元にない。闇物資に紛れ込ませた二人の得物は倉庫にある。

 

 だが、相手は一人だ。背負っている結晶の中に白目を剥いた少女が閉じ込められているが、それを勘定に入れなければ敵は一人。対して、旅団は現在のフルメンバーが揃っている。負けることはあり得ない。

 

 モナドはぞんざいに結晶を脇に転がした。結晶の中には同じ容姿をした少女が閉じ込められている。仲間割れでもしたのか不明だったが、モナドに敵意は見られなかった。戦いに来たわけではなさそうだった。

 

「そう、目的か……その説明をする前に今の銀河の状況を理解する必要がある。少し長くなるぞ」

 

 モナドは一冊の雑誌を取り出す。今週号のジャンプだった。そして銀河とは全く関係ないことを話し始める。

 

「俺は思った。毎週毎週楽しみにジャンプを読みながら思ったんだ。どうしてハンターハンターの連載は再開しないのか。その理由を考えた」

 

「何の話をしている?」

 

「今のジャンプにそんな漫画連載してたか?」

 

「そしてようやく答えにたどり着いた。継承戦の登場人物が多すぎる!」

 

 ジャンプを地面に叩きつけた。回が進むごとに十人、二十人と増えていく登場人物。どんどん広がる風呂敷。念能力者のオンパレード。この伏線を全て回収して綺麗に物語をたたみ切ることなど、まさしく神の御業である。

 

「神よッ! どうかこの崇高な物語に私が手を加えることをお許しください! 連載を再開し、暗黒大陸編を始めるためにはテコ入れが必要なのです!」

 

 モナドはイヌのぬいぐるみを抱きしめながら号泣していた。ゆるキャラっぽい微妙なかわいさのぬいぐるみである。それはモナドが引きこもり中に自作したものだった。旅団はその様子を見てドン引きしていた。

 

「真性だぜ、こいつぁ」

 

「オレたちがヨークシンで会った奴とは違うな」

 

「関わる必要はない。今はそれよりもヒソカだ」

 

 旅団はモナドを無視してぞろぞろと食堂に入っていく。

 

「おいちょっと待て!? 何勝手に通ろうとしてんだぁ!? 俺たちゃプオール――」

 

 その最後尾に位置していたマチは、ただならぬ殺気を感じ取った。さっきまで泣きじゃくっていた少女が笑いながら疾風のごとく駆け寄ってくる。これだから狂人は、と舌打ちした。

 

 迎撃は容易だ。狭い屋内は、地形的にも糸使いのマチにとって有利な環境である。瞬時に念糸を張り巡らせようとした。

 

 だが、躊躇する。なぜか自分でもわからない。理由なき危機感。強いて言うならば直感だ。その判断がマチの動作にわずかな硬直を生んだことを、隣にいたフィンクスは気づいた。マチに代わり前へ出る。

 

「そいつに触るな!」

 

 マチは叫んでいた。だが、既にモナドは接敵寸前の距離にまで迫っている。フィンクスは構わず、オーラを込めた拳を振り抜こうとした。

 

 しかし、拳は空を切る。少女の姿が目の前から消えた。気づけば少女の位置が移動している。動揺しているのはモナドの方だ。なぜか一瞬にして場所を移動させられていた。

 

 他の団員はこの能力が団長のものであると気づいた。前に一度使ったところを見ている。正確に言えば“盗んだ能力の一つ”と言ったところか。団員たちもクロロがどれだけの数の能力を持っているのか予想はつかない。

 

 クロロはマチがとっさに叫んだ注意を軽視していなかった。マチの勘は当たる。そう信頼できるほどの直観力を持っている。フィンクスから遠ざけ、戦闘を仕切り直すために能力で位置を操作した。

 

「だが、念能力には違いない。ならば感染の条件は満たした」

 

 クロロはモナドに対して能力を使ってしまった。『盗賊の極意(スキルハンター)』に触れていた右手から発症する。赤いサボテンがぼこぼこと生えていく。

 

 クロロにマチほどの勘の良さはなかったが、それでもこのサボテンが死に至るほど危険な代物であることには気づいた。毒が身体に回る感覚もあった。瞬時に決断する。

 

 サボテンが生えた自らの腕を、手刀により切り落とした。何でもないことのように。しかし、それは彼の念能力『盗賊の極意』を使う上で生命線となる手の一つを失ったことを意味する。

 

「団長!」

 

「近づくな。奴の言う感染の定義も判明していない」

 

 クロロは額に汗を浮かべていた。腕を切り落とした痛みより、わずかに体内に残った毒素による痛みの方が大きい。だが、汗をかいているのは代謝反応であって精神的動揺によるものではない。

 

「この能力の効果は何だ?」

 

「俺のオーラに触れた念能力者のオーラは『感染』する! うまく逃れたと思っているかもしれないが、今もまだお前の体内にはウイルスが潜伏している。俺の意思一つで、ほれ、あの通りというわけさ」

 

 モナドがクインを指さした。想像以上に厄介な能力と言わざるを得ない。系統は特質系かと思われた。解除するためには術者を殺すのが手っ取り早いが、そのためには団員が何人か犠牲になる必要がありそうだった。無論、クロロにとってその犠牲の一つに自分が入っている。

 

「一応言っとくが、これは念能力ではない。『盗賊の極意』で盗もうとしても無駄だ」

 

「……よく知っているな。どうやらただの狂人というわけでもないらしい」

 

 能力の名前まで知られているとはさすがのクロロも思わなかった。発動条件についてもバレているものと想定すべきだ。

 

「だが、お前の言っていることが果たして本当か。疑いはあるな」

 

 言い換えればオーラが触れただけでその相手を殺すことができる能力ということになる。あまりにも理不尽だ。どれほどの制約と誓約が必要になることか。とてもではないが現実的ではない。念能力ではないということも含めてどこまでが真実かわからない。

 

「例えば、お前は俺の生殺与奪を」

 

「生殺与奪の権を他人に握らせるな!」

 

「俺をいつでも殺せると言うが、それが真実であるという保証はない。事実、こうして生きているということは即死させることまではできないんじゃないか?」

 

 そう言ってクロロはこれみよがしに『盗賊の極意』を具現化する。『栞のテーマ(ダブルフェイス)』を使えば片腕でも戦闘は可能である。

 

 まるで、できるものならやってみろという挑発行為だ。クロロにとっては仮に本当にこの場で殺されることになっても、それはそれで構わないとすら思っていた。命を一つ犠牲にしても検証すべき情報だからだ。

 

「やめろッ!」

 

 そこに待ったをかけたのはマチだった。クロロをかばうように割って入る。しかし、それ以上手を出すこともできなかった。敵の能力の底が知れない。

 

「今すぐここでお前たちを殺してもいいんだが……まあ、それはクラピカと相談してから決めるとするか」

 

 クラピカという名を聞いて、旅団は自分たちが襲われた理由がわかった。傭兵を雇ったということだろう。ヨークシンの一件を踏まえれば接点はあった。

 

 だが、予想されるクラピカの性格から考えてこのような手段を用いるとは思っていなかった。なりふり構わず復讐に本腰を入れて来たということか。

 

 敵の勢力が判明したことによって事態の深刻さは一段と大きくなる。説得が通じる相手ではないとわかった。賞金首とは言え、曲がりなりにも傭兵を名乗る集団だ。金で寝返るとも思えない。

 

「ここは見逃してやる。その代わり、お前たちにはヒソカを殺してもらう。それができれば団長にかけた俺の能力を解除してやってもいい。奴を見つけ出すところまでは俺が面倒を見てやろう」

 

「ヒソカを見つけられるのなら、自慢の能力とやらで殺せばいいんじゃないか? それとも何か制約でもあるのか?」

 

「これは俺なりの優しさなんだよ。山場を作るためにも幻影旅団VS奇術師ヒソカという最期の激闘を用意する必要があるんだ」

 

 ヒソカとの戦いぶりを観戦したいらしい。どこまで本気で物を言っているのかわからない。クラピカを雇い主とした傭兵の行動だけでなく、それ以外の目的をもっているように思えてならなかった。

 

「もう一度聞こう。お前は何者だ?」

 

「俺の名は『1(モナド)』! 一にして全、全にして一! 全てを呑み込む一なるものども!」

 

 史上最悪の殺戮者が名乗りをあげる。活動が確認された期間はわずかながら、その悪名だけなら幻影旅団も霞んでしまう。長らく息を潜めていた悪魔が、新大陸渡航という世界的偉業を機に再び表舞台に立とうとしている。

 

 モナドは去った。クロロはそれを黙って見送る。ここで争い、たとえ仕留めることができたとしても甚大な被害を被ることになるだろう。後ろに控えるクラピカの思うつぼだ。ひとまず感情的になっている団員を落ち着かせ、今後の作戦を練り直す必要があった。

 

「そこの君、聞きたいことがあるんだが」

 

「お、俺か……?」

 

「血液型は?」

 

「O型だが……いや、そんなことよりここはプオール一家の縄張りだって――」

 

「すまないがちょっと手を貸してくれ」

 

 クロロは近くにいたマフィアの男に話しかけた。プオール一家の構成員である。いきなりドンパチやり始めた連中を前にして声をかけられずにいた。クロロは具現化していた本の栞で、おもむろに構成員の右腕を切り落とす。

 

「ありがとう」

 

 悲鳴を上げる男を無視して、マチがクロロの右腕を縫い合わせる。臓器移植などに比べて、腕や脚の移植手術は世界的に見ても成功例はわずか数件という難しさだ。だが、念糸縫合というこの技なら、切断された血管や神経、筋繊維に至るまで正確に接合することができる。

 

「でも、拒絶反応まではどうにもできない。他人の腕だからね」

 

「しばらく持てばそれでいいさ」

 

 殴り合いの戦闘はできないだろうが、本を開いたまま持っていることくらいはできる。

 

「さて、面倒事が増えたな。敵はヒソカ一人ではないらしい」

 

「いつものことね」

 

「もともとヒソカは殺すつもりだったが、指図されて動くのは癪だな。どうするよ団長?」

 

「モナドの能力も言うほど万能ではないのだろう。何かしらの縛りはあるはずだが、それでも現段階で正面から相手をすることは得策ではない。やるなら搦め手だ」

 

「それなら一つ、案があるよ」

 

 手を挙げたのはイルミだった。彼はクラピカという人物が旅団にとって最重要の抹殺対象であることを仲間から聞いている。そして、そのクラピカが弟キルアの友人であることも知っていた。キルアの交友関係についてはプライバシーなどお構いなしに詮索する男だ。

 

 傭兵を雇ったとしても、旅団との因縁を考えれば必ず自らの手で決着をつけようとするはずだ。クラピカがこの船に乗り込んでいる可能性は高い。どのような立場から、どのような手段で乗船したのか。

 

 クラピカと親しい人物から直接聞き出したりしない限り、調べることは難しいだろう。キルアに電話したところで答えてくれるとは思えない。

 

 イルミはポケットから一枚の紙を取り出した。人型に切り抜かれた、ただの紙だ。そこに自分のオーラを流し込み、話しかけた。

 

「もしもし、カルト? ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

 

 

 

 

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