カーマインアームズ   作:放出系能力者

125 / 130
120話

 

 拡大する混乱を鎮めるため警備団体を率いていたミザイストムは、各所から殺到する苦情の処理に追われていた。全力を尽くしても一向に鎮静化に向かう様子はない。全ての問題を解決するためには、あまりに人手が不足していた。

 

「私はただ、身を隠していることしかできませんでした。すぐそばで知り合いが殺されそうになっているというのに……!」

 

 ミザイは泣き崩れる女性から話を聞いていた。カシューという名のその女性は、殺人事件の関係者として聴取を受けていた。事件現場に居合わせたが、運良く殺人犯の魔の手から逃れていた。

 

 このような事件は既に多発していた。民衆の諍いは軽微なものから殺人に至るまで、到底把握しきれない数が生じている。中でもこの一件は念能力者の関与が疑われていた。

 

 事件は3層上部階一人専用客室で起きた。殺害された被害者とカシューは当時、同じ部屋におり、カシューはそのときトイレにいた。押し入って来た犯人は一人を殺した後、なぜか目撃者であるカシューを襲わず逃走している。

 

 しかも、カシューの証言によれば犯人は密室状態であるトイレに立てこもり、兵士が駆けつけた時には姿を消していたという。状況だけを見ればその証言の信憑性は低い。

 

 だが、特別捜査官として数々の難事件を請け負ってきたクライムハンター、ミザイストムの鼻はごまかせない。現場検証と検死を終えた所感としては、カシューの証言が全くの嘘とは思えなかった。

 

 すなわち、念能力者の殺人犯がいた可能性があった。密室から空間を移動できる能力となればかなり厄介だ。カシューの目撃情報も精査した上で犯人の特定を急がなければならない。

 

「捜査のご協力に感謝します。また何度か話をお聞きすることになると思います。新たにこちらで部屋を手配しますので……」

 

 そこで対応していたミザイの携帯に着信が入った。指揮していた民間警備団体からの一報である。

 

『こちら巡回警備班! 5層最下部において未確認生物を発見しました! 巨大な甲虫らしき生物を多数発見!』

 

 まだここは海の上だ。危険生物からの攻撃の危険も想定はしており、最新鋭のセンサーを使った索敵設備が常時海中を警戒しているはずだった。

 

 送られて来た画像を見てミザイは戦慄する。外部からの侵攻ではないことを悟った。その甲虫には見覚えがある。

 

「とうとう尻尾を出したか、カーマインアームズ……!」

 

 次々に各所の警備班から連絡が入る。5層だけでなく、艦内のあちこちで甲虫の存在が同時多発的に確認された。畳みかけるように艦内放送が流れる。

 

『え~、本日はBW号にご乗船いただき、誠にありがとうございます。私は当艦の艦長を務めております、モナドと申します』

 

 公共施設や客室に設けられたモニタ、端は個人が所有するスマートフォンに至るまで電波をジャックされたのか、同じ映像が流れ始めた。そこに現れた人物は以前にも同じようなことをやらかしている。

 

 銀髪の少女だった。エンブレムがあしらわれた艦長の制帽をかぶり、ヨルビアン・ヴィルシュター連邦の東西分裂時代を思わせる古めかしい軍服を着ている。

 

『現在、当艦では下層部を中心に様々な犯罪が頻発する危険な状況が続いております。このまま事態が加速し、万が一にも乗客20万人を巻き込む暴動に発展などしないように、緊急措置を取らせていただきました』

 

 それが艦内を隈なく網羅できるように配置された虫の群れだと言う。大量の不気味な虫が排気管を通り、2層以下の全域に及んでいる。ここまでのことをされているということは既に船の制御システムについてもモナドの支配下にあるものと思われた。

 

『恐れる必要はありません! この虫は完璧に調教されています。マフィアに買収されるような腐ったカキンの兵士などよりも遥かに優秀です。皆さまの安全をお守りします。ただし……いたずらに騒ぎを起こすような輩についてはその限りではありません』

 

 

 早急にミザイは全警備班に連絡を取ろうとした。虫に対して余計な手出しをさせないように周知しなければ凄惨な被害が発生しかねない。だが、電波ジャックの影響か、通信機器が一時的に使い物にならなくなっている。

 

「甘かった……やはりA級賞金首を信用なんてするんじゃなかった!」

 

 そうこうしているうちにミザイのいる場所にも赤い虫がどこからともなく現れ始めた。カキン兵が警戒して銃口を向ける。

 

「発砲はするな! おそらく銃はきかない!」

 

 20センチほどの体長だが、全ての個体がオーラを纏っている。そのオーラの力強さと分厚い装甲を見る限り、防御力はかなりのものだ。念能力によって具現化されているとは思えなかった。相互協力型(ジョイントタイプ)でもこれだけの数を一度に生み出せるはずはない。

 

 実際に、一つ一つが生命体なのだ。それが艦内で孵化し、増殖している。キメラアントの繁殖力を考えれば不可能ではない。どこかにいる女王アリを探し出さない限り、まだ増え続けるだろう。

 

 またキメラアントの繁殖には大量の食糧が必要になる点も気がかりだ。いったい女王アリは“何を”食べてここまで群れを拡大させているのか。もうすでに“暗黒大陸は始まっている”。到着してからが本番ではないと気づかされた。

 

『新大陸到着まであと2週間。それでは皆さま、安心安全な船旅をお楽しみください』

 

 放送は終わるが緊迫感は依然として続いていた。幸いにも、目に届く範囲にいる虫が攻撃してくる様子はなかった。モナドの言う通り、しばらくは監視役に徹するつもりか。だが、それもいつまで続くかわからない。

 

 ミザイの不安は早くも的中した。それまで敵意を感じなかった虫たちが一斉に押し寄せてくる。

 

「う、撃て! 近づけるな!」

 

 カキン兵が自分たちの判断で発砲し始めた。ミザイが指揮を執っていると言っても、プロハンターと一国の軍人では所属が異なる。命の危機を感じた兵士たちは冷静でいることなどできなかった。

 

 数人がかりの自動小銃による掃射は念能力者であっても無傷で防ぎきれるものではない。だがそれは人間を基準とした話だ。銃弾は虫たちを殺すどころか、吹き飛ばすことすらできなかった。

 

 ミザイからすれば想像通りの防御力である。その代わり、機動力はそれほどでもない。数匹程度なら対処はできるだろうが、問題は数だ。ミザイの『密室裁判』でも全てを止めることはできそうになかった。

 

『まあ、そう警戒しないでくれたまえ。こちらの目的はそこにいる女一人だ。抵抗しなければ他の者に攻撃はしない』

 

 唐突に、ミザイのスマホに映像が流れた。また先ほどと同じ少女の姿が映る。モナドの要求とは、その場に居合わせたカシューの身柄の引き渡しだった。

 

『その女はカキンマフィア、エイ=イ一家の構成員だ』

 

「だから何だ」

 

『エイ=イ一家の組長、モレナ=プルードは特殊な念能力を持つ。サイキンオセン、だったか? その力で20人以上の組員を念能力者にして艦内で大量殺人を行わせている』

 

 虫たちから情報を集めでもしたのか、ミザイもまだ把握していない情報だった。真偽のほどはわからない。

 

「なぜわざわざここで騒ぎを起こす必要がある? 逃げ場もない船の中だぞ。エイ=イ一家と言えばカキン系3大マフィアの一角だ。下手をすれば他の二つの組が黙っていないだろう」

 

『さぁな。頭のネジが外れた奴の考えることはわからないよね』

 

 お前が言うなと怒鳴りたかったが、憤慨したところで状況は変わらない。カシューは怯えきり、逃げようとするが周囲は虫たちによって包囲されていた。

 

「マフィアなんて知らない! 助けて! 助けてよぉ!」

 

 実はミザイもカシューのことを完全に信用していたわけではなかった。というより、普通は疑う。なにせ殺人事件の第一発見者であり、アリバイはなく、支離滅裂な犯人像をまくしたてていた。真っ先に犯人として疑われるべき人間である。

 

「それでも確定的な証拠がない以上、彼女に危害を加えることは許されない! 仮にお前の言うことが本当だったとしても、この場で処断する理由にはならない!」

 

 ここでモナドにカシューを引き渡せば無事では済まないだろう。たとえ悪人だろうと、そもそも人間に人を裁く権利などありはしない。それを承知の上で人は不完全ながら、争いを最も公平に解決するため、司法という制度を作った。

 

 せめて裁かれる場だけは整えられるべきだとミザイは思う。ただ力によって悪を叩くだけならクライムハンターを名乗ってはいない。罪を狩る者としての矜持。しかし、モナドはあざ笑った。

 

『その判断を下すまでに、こいつは一体何人を殺すんだろうな?』

 

 天井から異音が響いた。絶で気配を絶っていた虫の群れが天井を食い破り、カシュー目掛けて落ちてくる。

 

 逃げ場はない。ここに至り、ようやくカシューは本性を現した。その身にオーラを纏う。弱弱しく泣き崩れていた女の顔ではなかった。降りかかってくる虫たちを殴り飛ばす。だが、二本の腕で捌ける数ではなかった。

 

「ちくしょうがあああああ!!」

 

 虫の群れに埋まる。能力を発動するためカードを提示しようとしていたミザイにも虫が殺到していた。

 

 カシューは叫んだ。噛みつかれたことで毒を送り込まれた身体は満足にオーラも出せないほど麻痺してしまった。そのおかげか痛みはない。ただ体が欠如していく喪失感のみに襲われる。

 

 怒りの声はやがて悲痛な絶叫に変わっていた。ミザイは体中に張り付いてきた虫を引きはがして拘束から脱する。無傷である彼に対し、カシューは食い散らかされた肉と骨の破片になっていた。

 

 役目を終えた虫たちがぞろぞろと撤退していく。追撃を加えようとする者はいなかった。茫然と立ち尽くしている。それはつまり、本来治安維持を担うべきカキン兵が職務を放棄したことを意味していた。

 

 カシューは確かに一般人を装った念能力者だった。結果的に見ればモナドがやったことは間違いではなかったのかもしれない。

 

 ミザイはそれを正義と認めることはできなかった。だが、ミザイとて周りにいる兵士たちと何ら変わりはない。モナドの暴挙を見過ごすことしかできずにいる。

 

「ここに居たか、ミザイ!」

 

 そこへ十二支んの一人であるボトバイが訪れる。連絡が取れないミザイのところへ直接出向いていた。絶望感を拭いきれずにいたミザイに、さらなる試練が言い渡される。

 

「4層にてA級賞金首、幻影旅団が複数人確認された。隠れもせず凶行に及んでいる。そして問題がもう一つ。『亥』がビヨンドと接触している」

 

 

 * * *

 

 

 富裕層や角界の著名人のみが2層エリアの乗船を許されている。そこに接する3層では、エイ=イ一家によって特権階級との闇取引が斡旋されていた。カキンの上層部がこの事実を把握していないわけはない。暗黙のうちに違法物資の闇取引が認められていた。

 

 カキン軍の兵力が下層部にあまり割かれていない理由は、マフィアによる人民のコントロールを当てにしているからだ。たとえ騒ぎが起きたとしても、マフィアが睨みを利かせていれば大ごとにはならない。これが幅を利かせている理由でもある。

 

 それを考えれば、エイ=イ一家の動きは一見して理に適っていない。自ら秩序を乱す側に回り、一般市民だけでなく他のマフィアにまで攻撃の手を広げている。マフィア同士の抗争に発展することは時間の問題だった。

 

『なぜそんなことをする必要がある?』

 

 VIPルームの大型テレビに映ったモナドが問いかける。それに対面するようにモレナがソファに腰掛けていた。両脇に控えた護衛がテレビに向けて銃口を構えるさまは滑稽だ。

 

「いずれは誰かが口火を切ることになる戦いでした」

 

 新大陸における裏社会の勢力図を決めるため、三大マフィアが今回の船に乗り込んだ。だが、そのシマの配分が話し合いによって平和に解決するとは誰も思っていない。最大の原因は王位継承戦である。

 

 新大陸に到着する頃には次代の王が決定していることだろう。つまり、他13人の王子は死ぬ。必然的に、三大マフィアの後ろ盾も最低2人は死ぬことになる。国とのつながりが断ち切られれば、そのマフィアは確実に落ち目となる。

 

 勢力が拮抗していたからこそ三つ巴の膠着関係を保っていたが、そのバランスが崩れる。どこかで抗争が起きることは避けられなかった。ならばとモレナは、その前に先んじて攻勢を取ったわけだ。

 

 これにもデメリットはある。シュウ=ウ一家とシャ=ア一家は一時的に協力関係を結ぶだろう。エイ=イ一家は一度に二つの組を相手取らなければならないということだ。

 

 それでも勝てるという公算があったからこそ行動に出た。モレナの念能力『恋のエチュード(サイキンオセン)』にはそれだけのポテンシャルがあった。

 

 モレナの唾液を通じて『発症者』を最大23人まで生み出せる。発症者は人を殺すごとにレベルが上がり、レベル20で独自の能力を取得、100に達すると自分の唾液から新たな発症者のコミュニティを形成できるようになる。まずは乗客を糧として発症者を育成するつもりだった。

 

 凶悪な点は、独自の能力の発現が本人の念能力とは別枠で生じることだろう。もともと念能力を持っていた場合、新たにもう一つの能力を大した苦も無く手に入れられてしまう。

 

 一般人が発症者となった場合はさすがに修業を積んで来た念能力者と比べれば戦闘力は見劣りするが、代わりに平常時のオーラの気配は素人同然という利点もある。精孔は閉じたままだが発だけは使える状態だ。一般人に成りすます上では適している。

 

 カシューは殺されてしまったが、それだけで計画を中止するほど追い詰められてはいない。と、モレナは楽観していなかった。

 

『なるほど、単なる自暴自棄ではなくちゃんとした理由があったと。なら、話し合う余地はある。俺の言うことを聞いてくれるなら、悪いようにはしない』

 

「フフフフ……それは無理でしょう? あなたには誰も生かす気なんてないのだから」

 

 モレナは理解していた。モナドという少女の根底には自分と同じ性分がある。何となく、何気なく、ふと思いついたようにこの世界を嫌悪し、壊したくなる。そういう人間なのだと。

 

「私たちは皆、どうでもいいのです。だから、あなたが代わりに壊してくれるというのなら、別にそれでもかまいません。むしろ、私たちよりもうまくやってくれると思っています」

 

『……残念ながら、世界はそう簡単に壊せるようなものじゃないんだ』

 

 それはモレナの歪んだ願いを否定したいがための言葉ではなかった。モナドは仕方なさそうに、心底残念そうにしていた。

  

 モレナの体が多肉植物の結晶に包まれていく。モナドはモレナに直接触れたわけではなかったが、サイキンオセンの影響下にあったカシューを殺している。そのオーラのつながりから、モレナを含めた23人の発症者全てにウイルスが感染している。船内で殺人を続けていた組員も全てが一度に殺されていた。

 

 護衛たちが慌てふためくが、モレナを助け出すことはできなかった。結晶の中に閉じ込められていく彼女の表情は安らかだった。やっと肩の荷が下りたかと言うように。

 

『さて、これで無差別テロの実行犯はいなくなった。平和ってサイコーだよね! というわけで、今後も問題を起こす不穏分子は躊躇わず粛清する。たとえそれが一国の王であろうとな』

 

 その映像は艦内に一斉配信されていた。カキン防衛軍本部にいた将校たちは怒りに顔を赤くするどころか真っ青になっていた。音を立ててくずれゆく均衡を前に身震いする。軍の兵士は下層部の警備を既に諦め、2層につながる通路の防衛線に回されていた。それがもはや意味をなさないことも承知の上で。

 

 シュウ=ウ一家組長オニオール=ロンポウとシャ=ア一家組長ブロッコ=リーの自室にも映像は届いている。仇敵の死を喜ぼうにも、あまりにあっさりしすぎていた。

 

「無事に……旅が終わることを祈るか……」

 

 いつの時代も礼節をわきまえない輩は現れる。ただ無礼なだけならただの愚か者だが、それが力を持つとなると厄介だ。オニオールたちからすれば、それはモレナだった。常に起爆する危険性を抱えた爆弾のような存在だった。

 

 だが、モレナさえも遥かに凌ぐ爆弾がどこからともなく転がり込んできた。二人は全ての組員に通達する。絶対にモナドと敵対してはならない。面子を気にしていられる段階ではなかった。マフィア同士の衝突はもちろん、一般客への威圧的な態度すら禁止するように厳命した。

 

 

 * * *

 

 

 第1層は、国の中枢を担う限られた要人たちのために作られた大型豪華客船である。BW号の最上部に浮かべられており、自立して運航できるようになっている。何かあった時は下層部を切り離して逃げるための巨大な救命ボートというわけだ。

 

 VIPのための階層と言っても、実際にそこに乗り込んでいる人員の多くは防衛軍や王妃所属部隊、王子の施設兵、ハンター協会員、各種使用人など裏方の人間たちである。

 

 王族の王位継承問題については事前に危険視されており、過剰なほどの護衛が配置されていることは仕方なかった。出航する以前であれば、争いを避けて安全に航海するためにも妥当な措置と思われた。

 

 だが蓋を開けてみれば、血で血を洗う殺し合いの始まりだ。比喩ではなく、文字通りの『継承戦』。所属がはっきりしている人間はまだしも、仮資格を得て乗り込んでいる準協会員などは素性の知れない者が多い。

 

 ハンター試験の段階ではまだ継承戦の詳細を誰も知らされていなかったため、スパイも嘘発見器などの検査をパスしている。実際にパリストン陣営として乗船しているハンターも困惑していた。1層内部の治安は有名無実化しているに等しい。

 

「もはや誰が敵か味方か区別もつかん。その分、わしは立場を明言しているだけマシとは思わんか?」

 

「開き直らないでくれ」

 

 十二支んの一人、サッチョウ=コバヤカワが釘をさす。男性用の黒スーツを来た少女がその隣を歩いていた。アイクである。このスーツは協会から着用が義務づけられた制服であり、胸につけられた『H』のバッチには発信機が仕込まれている。

 

 彼らは1層のある部屋を目指していた。何重もの隔離壁を抜けてたどり着いたその部屋には、複数の人間がいた。十二支んのカンザイとサイユウ、そして牢獄に閉じ込められたビヨンド=ネテロである。

 

「おい、サッチョウ!? なんで会長連れて来てんだよ!?」

 

「前会長な」

 

 ビヨンドとアイクを会わせることはまずいと、あのカンザイでも理解して驚いていた。

 

「アイクが面会を希望し、監視付きでそれを認めることにした」

 

 アイクとビヨンドがこの場で共謀して脱走を図ることはないと思われた。今のビヨンドにとっては捕まっている状態にこそメリットがある。ただ暗黒大陸に行くだけなら自力でどうにでもなるのだ。それならわざわざ捕まりに来ていない。

 

 カキン帝国と結託して暗黒大陸進出を計画する一方で、V5に向けた融和策である。完全な敵対関係にあるよりも利をちらつかせて交渉の条件を引き出す。身柄を拘束させるという圧倒的に不利な立場に置かれることで便宜を図らせた。

 

「だとしても、いずれ脱走する気満々なわけだろ。内通者なら、俺たちにわからないような符号を使って情報をやり取りする危険もあるんじゃないか?」

 

「何度も言うが、ビヨンドの依頼とわしは無関係じゃ」

 

 サイユウが苦言を呈する。本人の証言だけでは信用ならない。今のアイクの立場はネテロ会長の生まれ変わりであるという一点で支えられていた。

 

「別に内通者の疑いがあるのはわしに限った話でもあるまい。他の十二支んの中にも一人か二人程度はおるのではないか?」

 

「んなわけねーだろ」

 

「言い逃れしてんじゃねーぞカスが」

 

「女の子じゃぞ」

 

「カスは言い過ぎたわ」

 

 カンザイとサイユウは即座に否定しているが、探偵を生業にしているサッチョウはその可能性も疑っていた。現に、ミザイストムと協力して身内の身辺調査も行っている。ビヨンドの渡航計画が50年以上も前に始まっていることを考えれば、裏切り者がパリストンだけだったと断定することはできない。

 

 全てを疑った上で今回は、ビヨンドの反応を探るためにもアイクと面会させることを決めた。サッチョウは注意深く牢獄の中を観察している。そこに閉じ込められているひげもじゃの囚人は、眠そうにあくびをしていた。

 

「さっきからごちゃごちゃと何の騒ぎだ?」

 

「ビヨンドよ。わしが、おぬしのパパじゃ」

 

「……は?」

 

 いきなり何の世迷い事かと訝しむビヨンド。しかし、十二支んたちは至って真面目だった。その反応に歴戦の冒険家もさすがに少しは動揺する。サッチョウは簡潔にこれまでの経緯を説明した。ビヨンドは半信半疑でその話を聞いていた。

 

「しばらく見ない間に随分とかわいらしくなっちまったなぁ、親父殿。それで?」

 

「うむ、我が傭兵団はパリストンと契約し、おぬしはクライアントということになっておる。しかし、契約内容はあくまで暗黒大陸についてからの調査がメインじゃ。脱走を手助けするつもりはない」

 

「うん、構わねぇよ? 俺が自力で抜け出して現地集合、それ以外のことはまだ何も決まってねぇからな。確認したいことはそれだけか?」

 

「いや、ここからが本題じゃ。ハンター協会に協力しろとは言わん。停戦協定を結ばぬか?」

 

 その提案の意図は誰もが理解できた。このまま協会とビヨンドの探検隊が暗黒大陸で潰し合うような事態となれば調査の難航は必至である。それを回避するためにも互いに不干渉、というスタンスを取ろうという話だ。しかし、十二支んたちは呆れていた。

 

「……おいおい、本気で言ってんのかよ? お前がネテロのじいさんの生まれ変わりだって話、正直怪しくなってきたな」

 

 サイユウが馬鹿にするような口調でまくしたてた。そもそもビヨンド狩り(ハント)の指令を出したのはネテロである。自身の死を契機として世に解き放たれることになるであろう息子より先に、暗黒大陸調査を成功させてみよという遺言を残していた。

 

 それがまさか戦う前からハントを諦めて迎合しようとは、生前のネテロの性格を知る者であれば納得はしない。

 

「わしもこの眼で実物を見極めるまでは明確な答えまでは出さずにいた。じゃが……」

 

 アイクはテーブルに肘をついてビヨンドを眺める。眼の奥に焼き付くような、その獰猛なオーラの気配を感じ取る。

 

「こやつは檻に捕まっておるのではない。獲物のはらわたを貪り、その中に居座っておるだけじゃ。その気になれば食い破って出て行くじゃろう。おぬしたちに止められはせん。既に協会は敗北しておるのじゃ」

 

「ああ!? だからそれをこれから阻止しようって話だろうが!」

 

「そういう発想しかできない時点で負けておるのじゃ。本気で勝つ気なら、全てをなげうつ覚悟で初動を制するべきじゃった。ハンター協会の威信も含め、全てを捨てるつもりでな」

 

 ビヨンドの誘いに乗らず、V5も許可庁の要請も無視し、協会が独自に暗黒大陸へ先行、希望(リターン)を取得する。それくらいのことができなければ、ビヨンドにまいったと言わせることはできないとアイクは語る。

 

「できるわけがないだろう。そして、停戦協定についても認めるわけにはいかない。我々はV5から許可庁を通して、調査が終了するまでビヨンドの身柄を拘束し続けるように依頼されている。これは決定事項だ」

 

「その場合、良くて全滅。悪ければ災厄を抱えて帰還。奇跡が数十重なってようやく、一人か二人、無事に生還できるかどうか、と言ったところじゃな」

 

 ビヨンドたちとの戦闘が直接の原因でなくとも、暗黒大陸という環境は人間が生きることを許さない。万全の準備を整え、死に物狂いで精神を研ぎ澄まし、襲い掛かる災厄の群れを回避し、ようやく生き残ることができるか否か。人間同士で争っている余力なんてものがどこにあるというのか。

 

 過去の渡航データから見ても、アイクの言うことには説得力があった。十二支んも自分たちだけは特別だと己惚れる気持ちはない。だが、想定が甘いと言われればそれを覆すこともできずにいた。

 

「それでいいのか? わしは嫌じゃ。こうして十二支んにも入ったんじゃからな、おぬしらを死なせるつもりはない」

 

 最初は勝手にアイクが十二支んに乗り込んできただけで彼女を認める者は少数だったが、交流するうちに皆がネテロの面影を重ねるようになっていた。そうでなければ乗船を許可されてはいない。

 

 そしてアイクも欠けていた記憶を取り戻すように十二支んのメンバーたちとの絆を感じ始めていた。熱のこもり方は最初と異なる。真剣に、十二支んの一人として調査を成功させるつもりでいた。

 

 その意気込みはありありと察することができた。カンザイたちは同じ仲間として頼もしくさえ思う。それでも現実は理想通りにはいかないものだ。

 

「そりゃあ、俺も好き好んでビヨンドと敵対したいわけじゃねぇよ。会長の言いたいこともわかるけど……もう許可庁の依頼は受けちまったんだ。今更それをなかったことにはできないだろ」

 

「できるじゃろ」

 

「マジで!? どうやって!?」

 

「バックれろ」

 

 今度こそ三人は天を仰いだ。この依頼を失敗するということは許可庁の、5大陸の主要国家からの信頼を完全に失うということだ。失敗ならばまだしもアイクの言う通りにするなら放棄だ。糾弾されかねない。協会の屋台骨は崩れ、ハンターたちはこれまで有していた特権と仕事の基盤を失うことになる。

 

「まあ、別によくね?」

 

「よくねーよ! このじいさん、他人事だと思ってムチャクチャ言いやがるぜ!」

 

「依頼、特権、ライセンス、それがなければおぬしらは狩りもできんのか?」

 

 露骨な挑発だが、そのオーラは狩人たちの気概を問うていた。何をもってハンターはハンターたるのか。その真意を問いかける。

 

「良きにしろ悪しきにしろ、必要とされる場所に人は集う。許可庁なんぞこれまでさんざんハンターに無理難題を押し付けてきた連中じゃ。泣きつく先がなくなれば困るのは向こうの方じゃて。自分で狩るものも選べんようでは、おぬしらもまだまだひよっこじゃのう」

 

 時代は移り変わろうとしている。未知を隠蔽し、独占しようとしていた世界の旧制度はもうすぐ通用しなくなる。カキンの後を追う者たちは必ず現れ、もはや許可庁の抑止が機能する時代ではなくなるだろう。ハンター協会も従来の体制に依存してはいられなくなる。

 

「よくわかんねーけど、やっぱ会長は会長だな! 許可庁とかビヨンドとかどうでもよくなってきたぜ!」

 

「今の話聞いたらチードルが発狂しそうだけどな……」

 

「キレ散らかすけど、なんだかんだで最終的にはあいつも納得するんじゃねぇか? ネテロのじいさんがいた時もだいたいそんな感じだったし」

 

「おい、会長とかネテロとかじいさんとか呼ぶのは止めるのじゃ。女の子じゃぞ」

 

 ひとしきり話を聞いていたビヨンドは豪快に笑った。アイクが自分の父親の生まれ変わりかどうかまではわからないが、交渉するに足る人物ではあると思えた。

 

「オーケー、停戦協定だな。了解した。俺たちのモットーは『来るもの拒まず、去る者追わず、邪魔する奴はぶっ潰す』だ。そちらから仕掛けてくることがなければ、こちらから手を出すつもりもない。だが……拍子抜けだな」

 

 ビヨンドは宣戦布告のつもりで協会に乗り込んだ。トラブルが起きないならそれも結構だが、張り合いのなさを感じていた。

 

「むしろなぜ協会が子供(おぬし)のお守りなんぞせにゃならん。親に甘えたい年頃というわけでもあるまい? 遊びたいのなら構わんが、もしそちらが協定を破り、危害を加えてくることがあれば容赦なく叩き潰すので、そのつもりでな」

 

「くくく、ならせいぜい俺たちの邪魔にならないように端っこでおとなしくしておくことだ」

 

 二人は檻越しに殺気をぶつけながら笑い合う。ああ、これは確かに親子だと十二支んの三人は妙に納得してしまった。

 

(と、ここまでは何とか順調に事を運べたようじゃな)

 

 不敵に笑いながらアイクは内心で別のことを考えていた。彼女は傭兵の立場から、ハンター協会とビヨンドの衝突を避けるための調整役としてここにいた。

 

 そのために十二支んに入り込み、停戦協定を結ばせたのである。敵対関係にある双方をとりなす非常に難しい役割である。アイク以外に適任はいなかった。

 

 協会と打算ありきの関係を築いていることは確かだが、完全に騙すつもりはない。アイクが協会の調査成功に全力を尽くそうとしていることは事実だ。十二支んたちを本当の仲間だと思っている。その自分の感情の変化すら勘定にいれた策だった。

 

 とはいえ、まだ課題は多く残されている。現会長チードルやそれに続くまとめ役のミザイストムなど、説得に骨が折れそうなメンバーを言いくるめなければならない。それがうまくいったとしても不安は残る。

 

 なにせ探索隊には“あの”パリストンがいるのだ。むしろビヨンドよりそちらが厄介かもしれないとまで思っていた。まだ一息つくことはできそうにない。

 

 

『え~、本日はBW号にご乗船いただき、誠にありがとうございます』

 

 

 そして聞こえてくる間抜けな放送。1層においても、下界で発生した混乱と無縁ではなかった。サッチョウはすぐにその放送の意味を理解した。

 

「カンザイ、サイユウ! 何を呆けている!」

 

 サッチョウは二刀の得物を抜く。その切っ先はアイクに向けられていた。敵はモナド、そしてその背後には傭兵団カーマインアームズとのつながりがある。アイクもまた無関係ではない。

 

 冷たい汗が首筋を伝う。もし、これが最初から仕組まれた計画であったなら、敵の目的とは何か。カキンの要人にまで被害が及びかねない事件を起こす理由とは何か。

 

 例えば、この騒動自体が敵の狙いという可能性もある。ハンター協会ですら対処不可能な異常事態であれば、そのゴタゴタに乗じて色々とやれることはある。ビヨンドの監視にかかりきりになってはいられないという状況である。

 

 ビヨンドが自分から捕まりに来ておきながら、その足で脱走するのはV5に対してあからさまに喧嘩を売るようなものだ。しかし、騒動の最中に巻き込まれる形で“事故として”姿をくらませる。そんなシナリオならば詭弁を弄することもできなくはない。

 

 もし、そうであれば今の状況はすこぶるまずい。ビヨンドのそばにアイクがいる。脱走を手助けするには絶好の機会だ。口ではビヨンドに協力しないと言っているアイクだが、この状況で信じ切ることはさすがにできない。

 

「一体何を考えている……!?」

 

 焦りを募らせるサッチョウに、アイクの心理をうかがい知ることはできなかった。その時アイクは、FXで有り金全部溶かしたみたいな顔になっていた。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。