カーマインアームズ   作:放出系能力者

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121話

 

 ここは4層の一角。人々は徘徊する虫の群れから逃げるように距離を取っている。しかし始めこそその薄気味悪い光景に恐怖していたが、次第に混乱は落ち着いていた。放送で伝えられた通り、大人しくしていれば攻撃してくる様子は見られなかったからだ。

 

「おお、見ろ。食べたぞ……」

 

 一人の男が虫に近づき、餌を与えていた。砕いたクラッカーを床にまき、それを食べにきた虫の背中を撫でていた。

 

「やめろって! 何考えてんだお前!」

 

「大丈夫だ。説明通り、ちゃんと訓練されてるんだきっと」

 

「さっき発砲した兵士が殺されてたぞ!」

 

 正確には殺されたのではなく麻痺毒によって体の自由を奪われていた。そのカキン兵は助けを求めてうめき声を上げていたが、近くにいた者たちは遠巻きに眺めるだけだった。近づくのは怖いし、何より余計なことをするなと非難する視線の方が多かった。

 

「荒事を起こすからだ。自業自得だ。カキン兵もマフィアもな」

 

 エイ=イ一家の組長がモナドの手によって殺害された映像は艦内全域に流されている。モナドとは何者なのか、当然調べようとする者はいた。

 

「この船、乗っ取られてるんじゃないか? モナドと言えば前にニュースでやってたオチマの殺戮者だろ」

 

「まだそんなデマ信じてるのか。個人で一国を滅ぼせるような規模の兵器を持ってる奴がいるわけないだろ。ただのアイチューバーが売名目的で馬鹿やっただけさ」

 

 世界治安維持機構は先の一件を、オチマ連邦の周辺に位置するいずれかの独裁小国家が開発した新型兵器の暴発事故と発表している。モナドの犯行声明がネットに流れていたがそれは無関係な便乗者だと、一般市民には報道されていた。

 

「だとしても不安だぜ。どう考えてもこの状況、普通じゃない」

 

「そうか? 俺はこれで良かったと思う」

 

「はぁ……?」

 

「今までと同じだろ。お偉いさん方にしてみれば大問題だろうが、結局、俺たちみたいな底辺の人間にとっては大した違いじゃない」

 

 夢の新大陸。未来ある開拓者。耳に心地良い言葉ばかりが飛び交うが、国民も馬鹿ではない。それが誇大広告であると気づいている。カキン本国で安定して生活している基盤を持っていれば、わざわざ未知の新大陸に足を突っ込もうなんて考えない。

 

 つまり、この船に乗り込んだ者の多くがそれ以外に行き場のない難民のようなものだった。高倍率の乗船チケット抽選に当たり、夢も希望もない本国を離れイチかバチかの賭けに出ようとしていた。手つかずの土地を開拓すれば財を成すことも不可能ではない。

 

 だが、それも結局は最初から手広く事業を展開していけるだけの資産力を持った2層以上の人間の話だ。下層の労働者は使い潰されるだけ。誰も教えてはくれないが、これまでの人生の経験から皆が何となく理解している。

 

 国に搾り取られ、富裕層に搾り取られ、そして最後の残りカスをマフィアに搾取される。余すところなく利用されるためだけに仕入れられた家畜だ。

 

「だから正直、スッとしたぜ。大マフィアの組長がいともたやすく殺されちまった」

 

 虫に餌をやっていた男は静かに笑う。マフィアにしろカキン兵にしろ、一般市民からしてみれば逆らうことのできない存在だ。兵士も味方ではない。少しでも体制に批判的な言動を取れば暴力をちらつかせてくるような連中だ。マフィアとも裏でつながっている。

 

 そう言った権力に守られた人間が殺されることに歪んだ快感を覚えていた。これで少しは上から押さえつけられる人間の痛みがわかるだろうと、せいせいした気分だった。

 

「モナドを名乗る何者かは、カキンを潰す気なのかもしれない。ここだけの話……俺は『反体制派』の策略じゃないかと睨んでる」

 

 近年、カキン帝国では君主制の転換を求める市民運動が活発化していた。その一因が第9王子ハルケンブルグの存在である。彼は王族政治を根本から変えようとしており、国内外から多くの支援者が集まっている。

 

「まさかそんな……ハルケンブルグ様はこんな強硬手段に訴えるような方ではない」

 

「確かに直接本人が指示を出しているとは考えにくい。だが、その方が都合が良くないか?」

 

 反体制派も一枚岩ではなかった。これまでの行き過ぎた言論統制や武力制圧により反感を募らせたタカ派の中には玉砕も辞さない覚悟で政権打倒を企てている者もいるという。また、ハルケンブルグを利用して裏から実権を握ろうとしている勢力もある。

 

「『モナド』という凶悪犯に責任を押し付けてクーデターを成功させれば、第9王子は潔白な身分のまま玉座につけるというわけさ。本人はむしろ、何も知らない方がいい」

 

「なるほどな。そう考えると、わざわざ姿をさらして悪行をひけらかしているモナドの意図も読めてくる」

 

「逃げ場のない船の中に王族が全員集結している今の状況はクーデターにうってつけだ。いや、そうとしか考えられない!」

 

「何でもいいからぶち壊してくれ……! 今よりひどくなることはないだろう!?」

 

 実際はより複雑な権力闘争が渦巻いており、現時点で反体制派のクーデターと断定することはできなかったが、一般客にとっては自分たちに最も見返りがありそうな展開に思いを馳せることで精神の安定を図ろうとしていた。

 

「イイネ! ソレ!」

 

 突如として機械的な声が割り込んできた。金属の嫌な接触音にも似た、辛うじて言葉のようにも聞こえる音だった。それが足元にいた虫の鳴き声だと気づく。

 

「しゃ、喋った……?」

 

 餌をやっていた男が茫然としている。虫はその場を離れてトコトコと歩き始めた。

 

「ハルケンブルグルートカ」

 

 この無数の虫たちはモナドの本体の一つというわけではない。モナドの目となり手足となるよう作り出された傀儡である。

 

 ヒソカを探すため手始めとして下層部に虫を放ったわけだが、その先のことは深く考えていなかった。民衆の愚痴を聞いて自分の行動方針を変えてしまうほど計画性は皆無である。今もまた、人を探すだけならもっと良い方法があったことに気づく。

 

 全ての虫たちを基点として『共』が行使された。強烈なオーラの波動が船内全域を駆け抜けていく。凝によって目視される感覚を何十倍にも強めたかのような索敵のオーラが、一瞬にして乗員全員の体を隅々までスキャンしていく。

 

 一般客すら正体不明の悪寒に襲われる感覚。念能力者であれば誰もが警戒心を最大まで高めることだろう。モナドは流れ込んでくる膨大な情報の中から目的の人物を探り当てた。

 

『はい、ヒソカくんみっけ!』

 

 3層の個室にて発見された。その見た目は老人だった。腰は曲がり、杖をついている。ごく普通の男の老人のような外見をしているが、携帯に入ったモナドの着信を見て表情を変えた。

 

「困るなぁ♠ まだ仕込みの途中なんだ♣ ショーの前にバラさないでくれるかい♥」

 

 『薄っぺらな嘘(ドッキリテクスチャー)』で変装したヒソカは一般客に紛れて乗船していた。全ては幻影旅団との殺し合いのためだ。彼の心構えはこれまでとは違う。

 

 ずっと幻影旅団をつけ狙ってはいたが、今までは“戦う”ことを楽しんでいた。その結果、団長との一戦では敗北を喫した。万全の準備を整えた相手に仕掛けた一対一の勝負では、残念ながら力が及ばなかった。

 

 それはそれで楽しめたので不満はない。むしろ歓喜したヒソカの遊びは次の段階に進んだのだ。すなわち“殺す”こと。互いに示し合わせ、場を整えた決闘ではなく、本当のルール無用。生死をかけた全力の殺し合いである。

 

 彼の目的は旅団の殲滅だった。敵の怒りを買うためにコルトピとシャルナークを殺し、マチを通して団の全員を挑発した。旅団にそこまで思い入れがないイルミに対しても自分を殺すように依頼する念の入れようである。

 

 しかしさすがにどれだけヒソカが強かろうと、一度に旅団を相手取れば負けるに決まっている。持てる力と策を出し切らなければ勝てない。だからこそ燃える。かつてないほどヒソカは昂っていた。

 

 そのあふれる殺意を何とか抑え込み、収穫の時に向けて動き出そうとしていた矢先に現れたモナドである。

 

「ところでキミってナインの知り合い?」

 

『どうでもいいだろうが! そんなことは!』

 

 いきなり不機嫌になり始めたモナドの反応を見る限り、あまり触れられたくないことのようだった。

 

『余計なこと聞いてんじゃねぇ。お前にはこれから幻影旅団を追って2層に行ってもらう』

 

 モナドの計画では下層部でヒソカと旅団を戦わせ、適当に数を減らすつもりだったのだが、なぜか旅団は人目をはばからず上階を目指していた。ヒソカのことなどお構いなしだ。

 

『原作でも最終的には1層に乗り込むみたいだったけど、なぜ今? って感じではある。お宝目当て? まあ、俺のテコ入れが効いたってことだろう』

 

「キミってボクらのこと戦わせたいの? なんで?」

 

『うーん、ほら、あれだ。虫カゴの中にさ、カブトムシとかクワガタとか入れて戦わせたら面白いじゃん』

 

「なるほどね♥」

 

 ヒソカはモナドの性格をだいたい理解した。他者の不幸を面白がり、それを隠そうともしないタイプ。それも自分は絶対に安全な場所から見物したがる人間だ。ヒソカも似たところはあると思っているが、彼の場合は自ら積極的に手を下し、かつ敵が強ければ強いほど良いという点で違いはある。

 

 旅団と自分を潰し合わせることが目的と思われた。ならば、序盤から邪魔しにくることはないだろう。今回は純粋に旅団との死闘を楽しみたかったのでそこに水を差されなければ、敵が増えることに関して文句はない。

 

『2層はともかく、1層は激やば能力者の巣窟だ。クラピカもいるしな。旅団でも無双できるほど甘くはない。パーティーに乗り遅れると、せっかくのケーキの取り分が減っちゃうぜ?』

 

 しかし、現状は否応なしに邪魔者が乱入する混戦の様相を呈していた。ヒソカは、モナドのように手法はどうあれ敵の勢力を削れれば構わないという考え方は許容できない。そんなことをして何が面白いというのか。自らの手で命を摘み取るからこその快感である。

 

 さらっと流されたが、クラピカがいるとなればさらに戦闘は激化するだろう。うかうかしているとモナドの言う通り、自分の取り分がなくなりかねない。キレイに9等分されたホールケーキの一片だって他人に渡したくはなかった。

 

「これもキミの思い描いた通りのシナリオってわけか♦」

 

『えっへん!』

 

 モナドは得意げにしているが、ヒソカの言う「キミ」とはモナドを指していなかった。幻影旅団の団長クロロのことである。

 

 ここに至るまでの一連の流れは確かにモナドの影響によるところが大きいが、それだけではない。幻影旅団はヒソカとのかくれんぼを止め、鬼ごっこに切り替えてきた。ヒソカを鬼として誘い出すためだ。

 

 自分たちの命をカードに、もはや誰にも戦場をコントロールすることはできなくなるところへとヒソカを引きずり出そうとしている。ヒソカは頭を抱えてうつむいた。

 

 当初のターゲットである幻影旅団。突如として現れた殺戮者モナド。そして1層にいるという破格の念能力者たち。その存在は、この場所に居てもヒソカのセンサーが感じ取っている。時折、強く発せられるすさまじいオーラがあった。

 

 もうやめてくれないか。せっかくガマンしていたのに。これ以上、おいしそうなご馳走をちらつかせるのは……

 

 興奮しちゃうじゃないか♥♥♥

 

「クククク……♥」

 

『なにわろてんねん』

 

 奇術師は勃ち上がる。その顔は壮絶な笑みに歪んでいた。

 

 

 * * *

 

 

 3階層、連絡通路。2階層へとつながる唯一の道である。現在、この場所へと幻影旅団が向かっている。その知らせを受けて集結した警備兵が厳戒態勢を敷いていた。

 

「先行していた偵察隊からの連絡は!?」

 

「あ、ありません……」

 

 音沙汰無し。応答しないという反応が物語っている。敵は近い。緊張は限りなく高まっていく。

 

「何がカーマインアームズだ……! これが傭兵のすることか? ただのテロリストだろ……!」

 

 カキンの防衛軍に交じり、独自に隊を率いていたミュヘルが悪態をついた。彼は今期ハンター試験に合格し、準協会員の資格を得たばかりの新人ハンターだ。しかし、培って来た経験は並みのプロハンターにも引けを取らない。

 

 傭兵ミュヘルと言えば、界隈ではそれなりに名の知られた男だ。ビヨンドの探索隊においても重要な立場にある。内通者でありながら嘘発見器等の検査を自力で突破しハンター試験に合格した猛者である。

 

 1層へは他の協専ハンターが多数潜入しているため、ミュヘルは3層以下の警護任務を引き受けた。ここで十二支んに顔を売っておき、信頼を得る予定である。試験の段階からミュヘルの能力は買われていたため、すんなりと馴染むことができた。ここまでは事前にパリストンと計画していた通りの展開である。

 

 ミュヘルはボトバイからカキン兵の援護を頼まれていた。そのボトバイら十二支んはここにいない。どうやら幻影旅団の襲撃よりも重要な用事があるらしい。ハンター協会のトップ連中が聞いて呆れるというくらい各所で対応に追われているようだった。

 

 はっきり言ってミュヘルはハンターが好きではない。彼にはプロハンターと同等以上の戦闘力がある。試験だってこれまでに受けようと思えば合格することは難しくなかっただろう。その必要がなかったので取得しなかっただけだ。

 

 しかし、もっと嫌いなものがある。それはタガの外れた同業者だ。傭兵の名を騙り、何のためらいもなく自ら戦火をばら撒く戦争屋。金さえもらえば後はどうなろうと構わない、そんな矜持もない武装集団には殺意が湧く。

 

 傭兵としてミュヘルはカーマインアームズのことも当然聞き及んでいた。良い噂はない。賞金首ということもあり回される依頼が悪質なものばかりという事情もあるのだろうが、それにしても物騒なトラブルばかり起こしている印象だった。

 

 今回の暗黒大陸調査依頼にカーマインアームズが絡むことに関し、ミュヘルは真っ先に反対した。パリストンの顔を立てるために何とか不満を飲み込んだが、全く信用はしていない。その不信感はモナドの登場により、明確な敵意にまで悪化していた。

 

 モナドによる船の掌握など何も話は聞かされていない。さらに幻影旅団まで出てくる始末だ。トラブルはあるものと想定はしていたが、ここまでデタラメな事態はさすがに想像もできなかった。

 

 これから仕掛けてくる相手は悪名高い盗賊団だ。全員が念能力の達人と思われる。武装した程度の一般人が主体である防衛軍にどこまで対抗できるか不安は大きい。

 

 こういった事態が起きないように三大マフィアが治安維持の働きをするはずだった。表向きの武力を見せつける役割が大きな防衛軍とは違い、マフィアは裏の世界を生き抜く念能力者の戦闘員を多く抱え込んでいる。

 

 それら表と裏の抑止力が正常に機能すれば暴動が起きるはずはない。だが、現実にはマフィアは沈黙、カキン兵は委縮。ここでいよいよ2層の防衛ラインが突破されることになれば、取り返しのつかないことになる。

 

 現在、船内の大部分を徘徊する虫の群れも2層以上に姿を見せてはいなかった。だがそれは厳重に警備しているからではない。モナドは瞬く間に5層から3層までを制圧してしまった。ダクトは船内全域につながっているのだ。やろうと思えば2層以上も同じことができないとは思えない。

 

 それはモナドのなけなしの配慮だろうか。2層以上は国家の威信にかけ安全が確保されていなければならない領域だ。この一線が破られた時、BW号は破滅に向けて転がり落ちていくことになる。辛うじて保たれている秩序の崩壊が本格的に始まってしまう。

 

「近くに虫は確認できたか?」

 

「いえ、この周辺には一匹も見当たりません」

 

「……いなけりゃいないでムカつくがな」

 

 他の場所には有り余るほど虫たちが徘徊しているというのに、なぜか今最も警戒が必要であろうこの場所にいない。騒ぎを起こす不逞の輩は許さないとの弁は何だったのか。

 

 幻影旅団に恐れをなして手を引いたとは考えにくかった。モナド本人が出向くのならともかく、大量の虫たちを差し向ければいいだけの話だ。数の暴力に物を言わせればどうとでもなるだろう。

 

 それとも幻影旅団は虫の群れを退けるほどの力を持っているというのか。あるいは、モナドは最初から旅団を攻撃する意思がないのか。どちらにしてもろくなことではない。

 

 そこでミュヘルの耳が異変を感じ取る。敵の姿も気配も感じないが、音が聞こえる。

 

「注意しろ! 来るぞ!」

 

 兵士たちが弾かれたように銃を構えた。見晴らしのいい直線通路だ。先に進むにはここしかない一本道。強行突破などしようものなら銃火器による洗礼が待ち受けている。

 

 銃弾の一発や二発程度なら凝で防がれるだろうが、いかに念の達人だろうと高威力の弾丸を雨のごとく掃射されれば死ぬ。何らかの念能力を使って対処されることも考えられるが、手の内も明かさず通過することは不可能だ。

 

「な、なんだこの音は?」

 

「何かの曲か?」

 

 兵士たちも異音を感じ取り始めた。それには確かに作為的な旋律がある。ミュヘルは聴覚を強化し、あえてその音を意識の外へと送る。

 

 音による念の攻撃は滅多にみられるものではないが、厄介なものが多い。何しろ凝で危険性を推し量ることもできず、それが攻撃であるかどうかも判断を要する。音楽には暗示などの精神作用を伴う効果が乗りやすい特徴もある。

 

 ミュヘルはその音を聞いてはいるが意識はしない状態になっている。彼の耳は種族柄、高性能だ。聴覚には聞き取りたい音とそれ以外の雑音を聞き分ける能力があり、その選択的受容性を強化していた。

 

 具体的に言えば自前のノイズキャンセラーだ。不審な曲を雑音として意識外へ排した。これはミュヘルの発ではなく、あくまで技能の一つである。だが、敵の攻撃はミュヘルが警戒したような精神に訴えかける能力ではなかった。

 

 それは物理的な、わかりやすい暴力だった。旅団の一人、ボノレノフの能力によって具現化された曲の化身。彼が奏でる音には精霊が宿る。

 

 『戦闘円武曲(バト=レ・カンタービレ)・木星(ジュピター)』

 

 曲を奏でる上で他者の認識や理解は求めていない。それは舞闘士(バプ)による精霊との交信であり、ボノレノフの内から生じる現象の具現化である。戦闘中に一曲を奏で続けなければならないという重い制約はあるが、だからこそ強力な技となる。

 

 それは球だ。広義でなら念弾に分類されるのかもしれないが、あまりに巨大。通路を通り切れない大きさの球体が壁や天井を破壊しながら迫ってくる。道が狭すぎた。前方に逃げ場はない。

 

 それが逆に幸いした点もあった。球体の進行速度が若干落ちている。もし何の障害物もない場所で同じ攻撃をされていたら、ミュヘルでも避け切れなかったかもしれない。後方へ逃げる道は残されていた。

 

 だが、ここにいる全ての兵士が即座に反応し、撤退することなど不可能である。ほとんどの兵士は迫り来る攻撃に対し、身を硬直させ見ていることしかできずにいた。

 

 轟音、そして圧殺。一瞬にして地獄と化す。衝撃でミュヘルは吹き飛ばされたが、何とか退避が間に合い無事だった。そんな一部の人間を除き、ほとんどの兵士が原形をとどめていない。

 

 そして地獄はそこで終わらなかった。兵士たちに現状を理解させる暇さえ与えず、旅団は追撃を放つ。無数の念弾が撃ち込まれる。その光景は、数十秒前まで防衛軍の誰もが思い描いていた戦場の予想図だった。ただし、皮肉にも攻守が逆転しているという違いはある。

 

 『俺の両手は機関銃(ダブルマシンガン)』

 

 その念弾は最初の特大級の一発とは異なり、一般的なサイズと言える。だが、あまりに激しい弾幕だった。回避は困難。ミュヘルも被弾してしまう。

 

「がはっ!?」

 

 彼の防御はおよそ完璧と言えた。銃弾に匹敵する速度の念弾を見切り、やむを得ず被弾する箇所に凝でオーラを集めていた。その凝も硬に近いほどのオーラ密度だった。体の他の部分の攻防力が著しく落ちるという不利を度外視してでも、それだけの防御をせざるを得なかった。

 

 一発一発が致死の威力である。そして驚くべきは念弾に込められたオーラの均質性だ。もし複数の使い手が分担して弾を放出しているのであれば、こうはならない。信じられないが、これだけの威力の念弾全てを一人の能力者が発しているものと思われる。

 

 ミュヘルは逃げた。損傷を最小限に抑え、戦闘力を保持する余裕はまだあったが、勝算はゼロであることを悟ってしまった。ミュヘルが万全の装備と傭兵の仲間を揃えていたとしてもA級賞金首と言えば相手をしたいとは思えない敵である。実際は、その認識を大きく上回る強さだった。

 

 彼の任務は、ここで勝てもしない強敵に挑み命を散らす英雄的自己犠牲ではない。ハンター協会内部での潜伏と暗黒大陸調査にある。わかってはいるが、憤懣やるかたない思いを抱えずにはいられなかった。

 

 3層連絡通路が陥落する。モナドの出現により始まった異常事態はさらなる危険分子を呼び起こした。決定的な崩壊の時が訪れようとしていた。

 

 

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