BW号出航から七日目。継承戦の真の目的が明らかとなった第1層船内では濃密な時間が流れていた。
第12王子モモゼ、第8王子サレサレの謀殺。念能力の氾濫によりいつ何が起きてもおかしくない状況である。念についての知識を持たない王子陣営はクラピカの講習会に参加していた。オイト王妃のために用意された1014号室に多数の参加者が集まっている。
「クラピカ、話がある」
それは講習の最中のことだった。第3王子チョウライの私設兵サカタが藪から棒に中断する。クラピカら第14王子陣営はチョウライと表面上の協力関係を築いてはいたが、さすがにぶしつけな干渉とも取れる行為だ。
「今は……」
「緊急事態だ」
この講習会の重要性の高さは言うまでもなくサカタも理解している。それを中断してでも早急に伝えなければならないことがあった。クラピカを連れて奥へ下がる。
「下層部にて“敵”が発生した。まだこれが継承戦に関わる謀略の一つなのか、判断することは難しいが……人類全体の敵であることは間違いない」
キメラアントの大量発生。それも極めて高い殺傷能力を持つ変異種である。これにはクラピカも動揺を隠すことがなかった。
「このバイオテロの主導者は国際指名手配犯『モナド』だ。君もプロのハンターなら、どれだけマズイ相手かわかるだろう」
クラピカの顔が蒼白になる。知っているも何も、それが船内に乗り込んでいる理由の一端はクラピカにあった。
カーマインアームズとの取引によってクラピカは緋の眼の在り処を知り、この船に乗り込んでいる。その過程でモナドと知り合った。
その人物像についてクラピカはあまり良い印象を持っていない。経歴を考えればそれも当然だが、過去の過ちだけを見て人を判断すべきでもない。今回は保護者であるクインがモナドの更生の名目のもと、クラピカのサポートに当たる依頼を出していた。
クラピカが出したと言うより、クインに頼み込まれた形である。彼にとって特に必要な依頼ではなかったのだが、クインの人格については信頼を置いており、色々と世話になっていることもあって任せることにした。
実際、サポートと言っても何か具体的な指示を出しているわけではなく、重要な1層の王子護衛任務はノストラード組を中心としたメンバーに当たらせている。クインとモナドは最悪の事態を見越した保険の意味合いが大きかった。
その最悪の事態を身内が引き起こしてしまったことになる。足元から地面が崩れ去っていくかのような感覚に襲われる。
「そこまで動揺しなくていい。キメラアントも2層の隔壁通路を突破することまではできていない。万が一、1層に到達したとてこの警備体制だ。むしろ、その場合は騒ぎに乗じて王子暗殺を企む輩の動きに警戒すべきだろう」
「……キメラアントの発生が確認された時間は?」
「今から1時間ほど前だ」
情報の伝達が恐ろしく遅い。モナドの艦内放送は1層にまで届いていなかった。これはBW号と1層のクルーズ船が別個の管理体制に分けられているためである。1層乗客は一部の人間を除いて真実をまだ知らない。混乱をきたさぬよう意図的に情報が統制されていた。
序列の高い王子やその勢力であればいち早く情報を得ていることだろうが、クラピカたちワブル王子の警護班は末席に位置する。サカタからの知らせがなければもっと遅れていただろう。
他勢力からの刺客が次々と襲い来る危険な王子の護衛任務に加え、ツェリードニヒとの接触という個人的な使命、そこへさらに降ってわいた災厄の発生である。
クラピカは考える。彼個人の力で事態を収束できるか否か。モナドが何を考えて行動しているかによるだろう。何としてでも調べる必要があった。
「ひっ、だ、誰!?」
「貴様、何者だ! どうやって入って来た!?」
騒がしい声がクラピカの耳に入ってくる。何かあったのかと、サカタとの話を切り上げてリビングへ戻る。講習会の参加者たちの中には武器を取り出して構えている者もいた。彼らが視線を送る先へとクラピカも目を向ける。
「 来 ち ゃ っ た 」
軍服を着た少女がドアから半身を覗かせていた。
* * *
幻影旅団は2層と3層とを遮断する隔壁を破壊した。ついに取り返しのつかない領域へと踏み込む。なぜこのような暴挙に及んだのか。イルミはカルトと連絡を取ることで確認したのだ。クラピカがBW号の1層に乗り込んでいることを。
カルトは現在、キルアと共にいる。そのキルアがクラピカの友人であることはイルミも知っていた。カルトならばキルアを経由してクラピカの情報を聞き出すことができるのではないかと予想したのだ。
情報を売ることについてカルトは難色を示したが、キルアを追って勝手に旅団に入っていたことなどを追及して強引に吐かせた。イルミが旅団に入ることになった理由も最初はカルトを連れ戻すためだったりする。
今のカルトは旅団に全く興味がない。BW号への招集命令も無視してキルアといちゃついているくらいだ。今回の情報提供の見返りとして旅団を脱退させることを団長とカルトの双方に約束させている。
かくしてクラピカの所在は判明した。旅団の宿敵であり、モナドの雇い主と思われるクラピカを生かしておくことはできない。モナドへのアプローチとしても有効なはずだ。もともと盗賊団として1層の財宝を狙うつもりだったので予定を早めて向かうことにした。
隔壁を抜け、豪華な内装となった船内を駆け抜ける。既に避難指示がなされているのか、人影は見当たらない。
「いや、いるな」
しかし、団員たちは感じ取っていた。そこかしこに隠れた人間の気配がある。一応、絶はしているようだが練度は低く、簡単に見抜くことができた。気づかれていることを察してか、その敵の一人が姿を現した。
「やぁ、待ってたよ♠ 全員そろって相手をしてくれるなんて、こういうの気持ちが通じ合ってるって言うのかな♥」
その嫌悪感を掻き立てる口調はまさにヒソカだったが、姿は全く異なっていた。上流階級のような身なりの良い男である。恰幅も比例するように良く、肥え太っていた。
「さあ、始めようか♣ 最高のパーティー――」
言い終わる前に男の眉間を弾丸が撃ち抜いた。フランクリンの念弾である。その一発で脳を破壊された男は恍惚の表情のまま絶命する。
「ヒソカ死んだよ。フランクリンお手柄ね」
「んなわけねーだろ」
これで片が付くような敵なら苦労はしない。どう考えても本人ではなかった。それを証明するようにぞろぞろと隠れていた者たちが姿を見せる。
「楽しいパーティーの始まりだ♦」
「曲は何をかけようか♣」
「宴を彩る食事も要るね♠」
年齢も性別もバラバラの人間たちは、手に一枚のトランプを持ち、旅団を取り囲む。1層に到達する前にヒソカが仕掛けてくる可能性は考えていた団員たちだったが、ここまで大がかりな舞台を用意しているとは思わなかった。
「奴は変装能力を持ってる。それをうまく使えば2層に侵入することもできなくはない」
「だがそれにしたってこれはどういう能力だよ。操作系か?」
「確かめてみよう」
イルミが針を投げた。刺さった人間は攻撃の反動でもんどり打ったが、すぐに起き上がった。イルミの能力が発動していない。
「操作系は早い者勝ち。オレの針が効かないってことは既に別の操作系能力で操られてるってことだね」
「ヒソカは生粋の変化系能力者だ。相性の悪い操作系能力を持っているとは考えにくい」
「なら、協力者がいるってことだな」
自らの手でターゲットを屠ることにこだわるヒソカのスタンスを考えれば意外だった。とはいえ、さすがに一人では旅団全員を相手に太刀打ちできないことは明白である。このような策を用意していても不思議はない。
「さあどうする? 御覧の通り、ボクたちのほとんどはフェイク♦ 念で強化されただけの一般人だ♠」
「でも、その中に一人だけ、本物のボクが混ざってる♥」
「雑魚の相手をするつもりで不用意に近づけば……どうなるかな?」
凝をして観察したところ、どれも似たり寄ったりの素人の集まりにしか見えない。巧妙に擬態しているのか、それとも見える範囲に本物はいないのか。旅団の戦力を分散させ、その隙に乗じて仕掛けてくる算段と思われた。
「近づくまでもねぇ。まとめてぶっ飛ばす」
フランクリンが両手を構える。それを見たフェイクたちは一斉に包囲の輪を狭めてきた。距離を取った状態ではなすすべもなく撃ち殺されて全滅するとわかっているからだ。
遠距離戦においてフランクリンに敵はいない。必然的に近づかざるを得ないのだ。だが、近づかれたからと言って、そこで何もできなくなるような使い手ではない。徒手空拳も当然のように強く、弾を無作為にばら撒く以外にも精密射撃の腕も持っている。
また、冷静に戦況を見極める観察眼も有している。感情的な理由からパフォーマンスが上がり下がりすることはない。むしろ念能力の強さよりも、ヒソカはその合理的な思考能力を高く評価していた。
次々とフェイクが撃ち殺されていく。ただ、周囲に味方が多くいるため全方位射撃はできず、敵の接近を許すこともあった。それについても他の仲間が対処しているので全く危なげはない。フランクリンはその状況に、警戒を強めていた。
フェイクが全滅するのも時間の問題だった。このようにお粗末な策を仕掛けてくる理由が釈然としない。ヒソカの狙いとは何なのか。そして、これほど高度な操作系能力を使って大量の人間を操れる協力者とは何者なのか。
まさか……
「一手」
フランクリンは気づきかけていた。銃口を“ヒソカ”へと向ける。
「遅かったね♠」
それよりも先にフランクリンの体内へとカードが侵入していた。スペードのキングが心臓を貫く。
そこでフランクリンは止まらなかった。心臓を破られてなお、体は動く。力を振り絞り念弾を放った。それを受けたヒソカは吹き飛ぶ。そこでフランクリンは自らの失策を悟った。
確かに彼が込め得る全力を投じたはずの念弾だったが、殺した手ごたえがない。吹き飛ばしたのではなく、逃げられた。至近距離から放たれた念弾を回避する速度からして、『伸縮自在の愛』を使った弾性力の利用と思われる。
「フランクリン!」
そばにいた団員たちは何が起きたのか理解できずにいた。なぜ優勢だったはずの旅団側がいきなり攻撃を受けたのか。結果だけを見ればその理由は明らかだ。
イルミがフランクリンを殺した。混戦中、手が離せない状態で身内から攻撃を受けたフランクリンに対処は不可能だった。
「わり、ぃ……少し、休む……」
フランクリンが倒れる。それきり動くことはなかった。手が届くほど近くにいながら何もできなかった団員たちは怒りを噛みしめながらイルミを探す。だが、既に身を隠したのかどこにも見当たらない。
「イルミが、ヒソカだったってわけか……!」
ヒソカの協力者とはイルミだった。互いを殺し合う婚前契約とは、旅団を出し抜くための真っ赤な嘘である。イルミは手駒として多数の一般客を針人間化させて操作しており、旅団もそれを把握していた。ゆえに針人間の中にヒソカを紛れ込ませ、入れ替わる機会を作ることは難しくなかった。
クロロはこれがいつから計画されていた作戦かと考えを巡らせる。クモの手足としてゾルディック家のカルトを引き入れ、そのつながりからイルミを引き込んだ。その過程で仲間として最低限の信頼がおけるか確かめたはずだった。
事実、イルミが旅団に入った理由とヒソカには何の関連もない。ヒソカの依頼を受けたのは天空闘技場での一戦が終わった後のことである。その時点で既にイルミは盗賊業には参加していなかったものの、旅団に加入していた。
仮に最初からつながっていたとしても、イルミがクロロの前でボロを出すことはなかっただろう。ゾルディック家長兄の肩書は伊達ではない。場合によっては針で自分の記憶すら改竄することもある筋金入りのプロフェッショナルだ。
「いつから入れ替わってやがった! あれは変装能力なんてレベルじゃない。まるで別人だったぞ!」
ただ『薄っぺらな嘘』で顔を変えただけなら入れ替わりに気づかれただろう。ヒソカはイルミから針による肉体矯正術を受けていた。効果は短時間しか持たないが、髪型から骨格レベルまで肉体を作り替えることができる。
さらに針を使って能力を発動させるところまで披露していた。これは針そのものに自動操作型の操作系能力を仕込んだものだ。一度仕掛けさえすれば誰が使っても同じ効果が発動する。
「まずは前菜、フランクリン=ボルドーの心臓薄切り肉♥ お気に召してもらえたかな?」
フィンクスが拳を振り抜き、おしゃべりな肉人形を黙らせる。
「お次はスープだ♦ 誰の血をもらおうかな?」
ヒソカの完璧な擬態により初手はしてやられた。モナドが現れるようなことがなければ、旅団はヒソカ捜索のため数班に分かれて船内をなるべく静かに探索するつもりだった。もし、そうなっていた場合は何人もの被害者を出していたことだろう。
だが、もう次はない。予定外のハプニングに巻き込まれ、追い込まれているのはヒソカの方だ。イルミとの入れ替わりというタネが割れた奇術師にこれ以上の見せ場はなくなった。
「下がれ。俺がやる」
クロロが能力を発動した。『盗賊の極意』が具現化される。それはヒソカにとってフランクリンの能力を遥かに上回る脅威だった。幻影旅団の象徴と言っても過言ではない。一度は敗北を喫している。
最初にフランクリンではなくクロロを刺す手も考えていたが、それは却下した。彼はヒソカにとって特別だ。今夜のメインディッシュと言っていい。それを前菜の前にいきなりかぶりつくなんてはしたないことはできなかった。
物事には順序がある。初手で王手をかけるわけにはいかない。すんなり殺せるとも思っていないが、仮にそんな手で殺せてしまった日には絶望するしかないだろう。趣向を凝らす必要があった。
本を開こうとしたクロロに向けて針が飛び出す。イルミが気配を消して投擲していた。ここにはヒソカだけでなくイルミ本人も待機していた。
この場でヒソカから受けている指示は『クロロの足止め』である。報酬としてヒソカが殺した団員の死体をもらい受けることになっている。
イルミが裏切り、フランクリンが死んだことで残る団員は7名になった。それでもまだヒソカ一人の手に余る。特にクロロの存在は放置できない。渋々ながらイルミに受け持ってもらうことにした。
死角を縫うように飛来する数本の針に対し、クロロは能力の行使を中断して対処せざるを得ない。尋常ではない攻撃の威力と精度である。片腕がろくに使えない状態であることが痛かった。
クロロも操作系能力としてシャルナークの死後強まる念によって『盗賊の極意』に刻まれた『携帯する他人の運命』を使えるが、その触媒としてアンテナ(計2本)を対象の肉体に刺し、携帯電話から命令を出すというプロセスが必要となる。
それに比べてイルミの場合は無尽蔵と言えるほどの針を有し、刺さりさえすればその場で遠隔・自動切換え可能な操作が即発動するというとんでもない性能だ。単純に武器としての威力も破格だ。生物操作においては極限の完成度に位置する能力と言える。
イルミは直伝の隠形を駆使しながらクロロだけを標的として的確に行動を阻害していた。もちろん、他のメンバーもそれを黙って見過ごすことはなかった。団長の補助に回ろうとする。
「構うな! 自分のことだけに集中しろ!」
クロロが叫ぶ。イルミの攻撃に気を取られているということは、ヒソカの攻撃に対しておろそかになっているということだ。普段の敵であれば相手が達人だろうとその程度のことで後れを取るような団員たちではない。だが、今回ばかりは違った。
ヒソカの接近を真っ先にノブナガが感じ取る。彼の間合い、4メートルの円に反応があった。それは逆に言えば、その距離に近づかれるまで誰も気づくことができなかったことを意味する。
「動く――」
動くなと、ノブナガは声を発しようとした。その間さえない。ノブナガの能力はタイマン専用である。常人の千分の一単位でオーラの流れを感知し、あらゆる物を切り裂く分境剣『一門一刀(ソモサン)』。
その感覚結界に敵を招き入れるための門は一つしかなく、今のように大量の雑魚に身を隠しながら迫り来る敵に対しては打つ手に乏しい。ヒソカはノブナガの能力を知っていたわけではなかったが、その円の厄介さから優先的に狙いをつけた。
ノブナガが気づいた時、ヒソカは背後にいた。常時円を展開していた自分に覚られることなく後ろを取られた。いくらヒソカが強いと言っても、あまりに異常な速さだった。
剣は間に合わない。ノブナガは自らの命を諦めた。ただひたすらに円に神経を集中させる。敵の異常性を暴くことだけに全力を注ぐ。このヒソカは何かがおかしい。それを読み解かなければ仲間が死ぬ。自分が攻撃を食らい、死ぬ前にその秘密を仲間に伝えなければならない。
クラブのジャックが背後からノブナガの脇腹を切り裂いた。覚悟していたよりも傷は浅い。ノブナガを守るようにマチが糸の結界を張っていたからだ。
だが、完全に防ぐには至らなかった。あまり守りを固め過ぎて糸を張り巡らせると自分たちの身動きまで制限されてしまうため、糸の本数は抑える必要があった。
ヒソカの体にぞぶりと糸の刃が食い込む。だが、ヒソカのゴムのオーラが斬撃を軽減していた。致命傷には至らない。振り抜かれたトランプがノブナガの腹をかすめる。かすっただけで彼の着物を切り裂き、出血を起こすほどの傷を生じさせた。
なおもヒソカは振り抜いたトランプを、勢いよく宙に走らせる。それは手品師が万国旗の結ばれたヒモをずるずると引き出すかのように、ガムのオーラにからめとられたノブナガの大腸を。
「イイイイイィィィィヒイイイイィィィィ♥」
マチは見た。それは人間ではなかった。イルミから受けた肉体矯正術が解けかけた状態のヒソカは二つの人間が混ざり合ったかのような歪な形をしていた。ヒソカはクロロとの一戦により全身にひどい火傷を負っていた。何よりも、その崩れかけた見た目よりも、ドス黒く濁ったオーラに気圧される。
跳ねる。消える。目を凝らしていたマチの前から一瞬にしてヒソカが姿を消す。追撃が間に合うはずもない。何が起きたのか理解することもできない速度である。
「聞け」
ノブナガが口を開いた。血を吐きながら話す。その腹部からは大部分の臓物が持ち去られていた。長くは持たない。自分が知り得た情報を最期に仲間へ託す。
「奴の能力は強化されている」
ヒソカは一度死んでいる。クロロに爆殺されたヒソカは、死後強まる念によって心肺蘇生を施すという狂気の賭けによって生き返ったが、その際に文字通り“強まった”のだ。以前と比べて格段に念の性能が向上している。
爆風で吹き飛んだ手の指や右足はゴムで型どりし、『薄っぺらな嘘』を張りつけて見た目を取り繕っている。このゴム足の反動を利用することで踏み込みは人間離れした初速を実現していた。
さらに無事だったはずの左足まで自分で切除してゴム足に置き換えている。左右のバランスを取るためだ。これが誓約としても働きさらに性能を高めている。フランクリンが自分の指を切り落としたケースと同様である。
『ただの念能力者』から一歩進んだステージ『死後強まる念を使いこなせる能力者』へと到達していた。特殊な精神性や血筋、常軌を逸する死の危険や犠牲を経てようやく手にできる力だ。ヒソカクラスの達人がこの域に至ることはまずない。
これは単純に念能力者の絶対数と確率の話である。死後強まる念の修行ともなればどんなに技を磨いた達人だろうとほぼ間違いなく死ぬ。つまり、そこに至るまでの試行回数は凡人の命の数に及ぶべくもない。
その並みの能力者でさえ至れば破格の力を手にすることができるのだ。1層にはこの手の能力者が何人かいるが、それと比べてもヒソカの場合はもはや別次元と言える強化を遂げていた。クロロと天空闘技場で闘った時のヒソカとは根本から強さが異なる。
「そしてもう一つ。奴の強さの秘密は“偽装力”だ」
団員たちは『薄っぺらな嘘』の効果を断片的にしか知らない。薄く延ばしたオーラの表面に様々な見た目の質感を再現することができる能力だ。見た目だけだし、触ればわかる。だから円を使っていたノブナガは気づくことができた。
ヒソカはこれまでに何度も『薄っぺらな嘘』を使って旅団を欺いてきた。団員の証である背中の蜘蛛の入れ墨も偽物だ。だが、日頃から凝を習慣化している達人たちを相手にそんな小細工が通用するだろうか。
するのだ。この能力の真骨頂は“凝を無効化していること”にある。見ただけでは嘘を見抜くことはできない。変装に使ってもすぐにバレることはない。だが、その真の恐ろしさは戦闘時においてこそ発揮される。
全身のオーラの表面を『薄っぺらな嘘』に置き換えてしまえば、表面的なオーラの流れを凝で確認することができなくなる。絶と同様の状態であらゆる念戦闘を十全にこなすことができてしまう。
念の近接戦闘においては、敵の体表に流れるオーラを見て自身の攻防力をコントロールする必要がある。相手のオーラを見ることができない状態とは例えるなら、自分だけ手札を晒した状態でポーカーをさせられるようなものだ。ゲームが成立しない。
以前のヒソカであればここまで滅茶苦茶なことはできなかった。これもまた死後強まる念。ヒソカの臨死体験により全ての能力が覚醒した。
今では光学迷彩のように全身を背景に溶け込ませることができる。団員たちがヒソカの動きを見失う要因の一つである。オーラで感知もできず、肉眼での捕捉もしづらい状態では、ヒソカの高速弾性移動を目で追うことは困難極まる。
情報を伝え終えたノブナガが息絶える。残るは、あと6人。
「歓談は済んだかい♦ ボクの本気がわかってもらえたかな? 次はそろそろ、キミたちの本気を見せてくれないか♠」
認めざるを得ない。ヒソカは一枚上手だった。団員たちはヨークシンで戦ったアイクやチェルとの一戦を思い出す。まるで相手にならない強敵だった。その水準に踏み込んでいる。
仲間の死を言い訳に感情を荒立てている場合ではない。もはや、そんな浮ついた覚悟では到底仕留めきれない敵だった。6人が一心同体となる。蜘蛛という一つの存在としてヒソカに立ち向かおうとしていた。
一時期話題になっていたヒソカ=イルミ説を採用してみました。これ最初に思いついた人はすごいと思います。