カーマインアームズ   作:放出系能力者

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13話

 

 調査団側は慎重に議論を重ねた結果、少女の姿をした知的生命体との対話に応じることとなった。人間側としても聞きたいことは山ほどある。カトライの感覚によれば敵は害意を持っているわけではなさそうだった。無視して関係を悪化させるより、少しでも情報を集めることを優先する。いずれにしても放置して逃げ出していい状況ではなかった。

 

 幸いにして、少女は調査団の結論が出るまで静かに待っていてくれた。こうしてクアンタムと謎の少女、人間と外の世界の“何か”による会談の場が開かれた。

 

 会談に臨むのはグラッグとカトライの二人である。その様子はカメラで記録されており、リアルタイムで他の隊員たちや船にも映像が届けられる。

 

 少女を前にして、彼らは息をのむ。まず、目を引いたのはその右手にからみつく謎の生物だ。形は蟲に近い構造をしているが、その直線的なフォルムは機械のような人造物の気配も持ち合わせている。金属質の光沢をもった装甲は、不安を煽るような不気味な赤色をしていた。

 

 その赤い蟲もさることながら、それを従わせる少女自身にも異常さを感じた。念能力に目覚めていることは一目見てわかった。精孔が開いた人間のオーラの流れはごまかしようがない。実力者になれば、そのオーラの流れからある程度の力の差も感じ取ることができる。

 

 グラッグたちは少女の身体より立ち上がるオーラから、その身に秘められた才覚の一端を見定めた。少女が見た目通りの年齢だとすれば、その歳にして修めていると思われる念の技量に驚かされる。おそらく、一対一の戦闘では勝ち目がないと瞬時に悟った。

 

 しかし、その程度の強さの差は想定していた。念能力者同士の戦闘は、見た目からわかるデータだけで決定するものではない。オーラの顕在量、潜在量、系統、固有能力、四大行の精度、流のレベル、観察力……そして最も重要な精神力。戦闘において必要となる要素は複雑に絡まり合い、単純な強弱を語れるものではない。

 

 グラッグは、その程度の逆境に怯むような軟な精神はしていなかった。むしろ、少女の念が『人』として収まる強さの範囲であったことに安堵していた。彼が異質に感じたのはもっと別の問題である。それは少女のオーラから漂う“質”にあった。

 

 個人によって保有するオーラには質の違いが表れる。性格やその時の感情がオーラにも反映されるのだ。善人と悪人のオーラは見分けがつきやすい。特に性根の腐りきった人間は、吐き気を催すような禍々しいオーラを発することがある。悪人でなくとも、意識的に殺気を込めて相手を威圧する使い方はある。

 

 快・不快の判別で語るなら、少女の持つオーラは気分を害するような類ではなかった。極めてニュートラルである。だからこそ、おかしいと言うべきか。その性質を一言で表すなら“虚無”。

 

 オーラとは生命エネルギーの発露である。ゆえに命ある使い手の精神状態と密接に関係し、そのパーソナリティが反映されるのだ。なのに、目の前の少女が放つオーラからは正の性質も負の性質も感じられなかった。まるで機械か人形のように無機質で作り物じみたオーラである。

 

(これが人間か……?)

 

 皮膚一枚隔てた向こうはがらんどうだと言われても即座には否定できないほどだった。にもかかわらず、生命の輝きたるオーラを有している。そこに説明のつかない矛盾を感じ取り、背筋に悪寒が走る。

 

「はじめまして。私はグラッグ=マクマイヤと申します」

 

「ひいっ!? ああわたっ、わたたたくしはカトライ=ベンソン……」

 

 もちろん、内心を表情に出すことはなく和やかな口調を努めて話しかけた。グラッグは自分の交渉スキルに自信があるわけではなかったが、隊長としてこの役目を他の者に任せることはできなかった。

 

 カトライに関しては交渉というかコミュニケーションからしてまともにできる状態ではなかったが、今回は彼の能力が必要となるため同席させられていた。

 

「クイン=アルメイザ」

 

 少女は名乗った。彼女には名前があった。

 

 少女の正体について、調査団はいくつかの見解を出している。まず一つ目は、『異人類』である可能性だ。暗黒大陸には過去に巨大な文明が築かれていた痕跡がいくつも残されていた。その姿はヒトに類似しているのではないかと推測できる資料も発見されている。

 

 それはヒトの祖先に当たる生物であるとか、ヒトとは異なる進化を遂げ環境に適応した生物であるなど、様々な説が唱えられている。しかし、実際に異人類との接触に成功した事例はない。彼らの文明が滅んだ理由や、今もまだ生存し続けているか、真相は謎に包まれていた。

 

 二つ目は魔獣である可能性だ。人語を解するが人間ではない、そんな知的生命体が存在する。それらは『魔獣』と呼ばれていた。現在、人間が暮らす大陸において生息している魔獣のルーツは暗黒大陸にあると言われている。暗黒境海域を隔てる『門番』と呼ばれる魔獣の一族など、実際にいくつかの種族との接触はこれまでに確認されていた。

 

 魔獣の中にはヒトに近い姿をした種もある。また、ヒトの姿に擬態する者もいる。目の前の少女が魔獣である可能性も否定しきれなかった。

 

 しかし、最大の問題は“いかにして共通語に関する知識を得たのか”という点だ。暗黒大陸で生まれた存在だとすれば、人間の大陸の言葉を使えるわけがない。

 

 様々な憶測があがる中、少女は自分が何者であるかを語った。その話し方は拙く、まるで感情を伴わない機械のような声音だった。その無表情さと相まって、ますます人形じみた雰囲気を醸し出している。だが、そんなことは気にならなくなるほど、彼女の口から語られた話の内容は衝撃的だった。

 

 彼女の父の名はルアン=アルメイザ。その人物は、前回の暗黒大陸調査隊の一員であるという。40年前に全滅したとされている部隊だった。

 

 グラッグはその話の真偽がわからない。すぐに横にいるカトライにアイコンタクトを送る。カトライはぶんぶんと激しく首を横に振った。

 

 これは彼が持つ能力に関係している。カトライは他者から向けられる悪意に敏感だ。その極まった感覚は、他人の言動の裏に隠された悪意を見抜く。つまり、嘘を見破ることができた。絶対というほどではないが高い確度で真偽を判別できる。

 

 カトライは少女の発言が嘘とは感じなかった。全て真実を話しているかと言われるとまだ疑いの余地が残るが、少なくとも嘘はついていないと感じた。

 

 この会談の情報は調査船への本部にも送られている。既に向こうでデータベースへの照会が行われているはずだ。ルアンという人物が実在するならば、その詳細はすぐに明らかとなるだろう。

 

 もしこの話が事実であれば、少女が共通語を話せる理由は一応の説明がつく。父から言葉を教わったということだろう。少女はグラッグたちが人間の大陸からやってきた調査隊であることも理解し、その上で接触を図ったと思われる。

 

 だが、そうなると別の大きな問題が浮上する。壊滅したと思われた部隊の一員だったルアンは、調査船が引き上げた後も何十年という長い年月、この暗黒大陸で生き延び続けたことになる。

 

 あるいは、この少女が見た目通りの年齢ではなく、何十年もの齢を重ねているか。念能力者であれば絶対にないとは言い切れない。念使いは生命エネルギーのコントロールに長けるため、ある程度老化を抑えることができる。優れた念使いになれば見た目と実年齢との間に著しい差が生じることもある。

 

 少女に年齢を尋ねてみたところ、10歳前後ではないかと回答された。自分自身、よくわかっていない様子だった。カトライもその言葉の裏にこれといった悪意を感じることはできず、嘘かどうか判別はつかなかった。

 

 やはり、ルアンという男が最近まで生きていた可能性が高い。仮に上陸したとき20歳だと考えても、50歳から60歳の間まで生き延びていたことになる。グラッグにはとても信じられなかった。この人外魔境においてどうやってそれだけの時間、命をつなぐことができたのか。

 

 しかし、不可能と断ずることはできない。実は、その偉業を成し遂げた前例はある。しかもその生存年数は40年どころではない。300年に渡り暗黒大陸を生き続けるとされる伝説上の人物がいた。

 

 ドン=フリークス。『新世界紀行』という本の著者として知られている。約300年前に発行された空想小説で、そこには暗黒大陸に関する荒唐無稽なおとぎ話が面白おかしく綴られている。だが近年の研究によりその内容は、ただの娯楽小説ではないことが明らかとなった。暗黒大陸の調査が進むにつれ、フィクションの一言では片づけられないほど本の記述と一致する情報が次々と判明している。

 

 ドン=フリークスは300年前に単独でメビウス湖横断を達成し、暗黒大陸沿岸部の探索を開始したとされている。一度でも調査に同道した者ならありえないと一笑に付すことだろう。当時は航海技術の途上期で、ヨルビアン大陸からアイジエン大陸への航路開拓を目指して出発した冒険家が次々に命を落としていた時代である。

 

 この300年前という年数に関しても定かではない。新世界紀行『東の巻』が発行されたのが300年前とされるが、そこには東沿岸部に関する情報が広い範囲に渡って調べ上げられていた。ということは、その調査にかかった期間を考えればさらに早い段階から暗黒大陸への上陸を果たしていた可能性もある。

 

 『西の巻』については未だに発見されていない。単純に東沿岸部の探索を終えたところで命尽きたとも考えられるが、現在も生存しており西の巻の執筆を続けているという説も根強く支持されていた。“究極の長寿食”や“万病を癒す香草”などのリターンを使えばありえない話ではない。あるいは、ドン=フリークスを名乗る人物は複数存在しており、その遺志を継ぎながら今もまだ探索を続けている者はいるという説もある。

 

 彼の消息をたどることには大きな意味がある。『人類適応化計画』、すなわち暗黒大陸における恒常的な生活圏の開拓は各国の悲願であった。過酷な環境を生き延びた彼の知識は、この壮大な計画を現実のものへと近づけてくれることだろう。

 

 その意味で言えば、ルアンという男、そしてクインという少女の持つ知識はなんとしてでも手に入れたいところだった。

 

 しかし、残念なことに少女の父は既に亡くなっているという。グラッグはすかさず母親のことについても尋ねてみる。話のついでという軽い雰囲気で問うたが、実はこちらの方が重要な質問だった。

 

 クインという少女が人間だとすれば、その両親がいたことになる。父はルアンとして、母親は誰なのか。都合よく女性隊員がいて、二人とも生き延びた? では、いつ子供を作ったのか。クインの年齢から逆算すれば不自然にも思える。

 

 それは本当に“人間の”母親だったのか。

 

 クインは母親については何もわからないと言った。ずっとルアンに育てられ、母親の姿は見たことがないし、父はそのことについて何も話さなかったらしい。

 

 カトライはこの言動に明らかな悪意を感じた。それはこちらを害そうとするほど敵意ある嘘ではなかったが、彼女にとって不都合な何かを隠している印象を受けた。

 

 あまり母親のことについて問いただすと藪をつついて蛇を出すことになりかねないと判断し、グラッグはこの場でそれ以上追及することはなかった。表面上であっても、少女とはまだ友好的な関係を維持し続けなければならない。少しでも多くの情報を引き出す必要がある。

 

 そして、少女から核心に迫る話が切り出された。つまり、なぜ彼女はグラッグたちに接触してきたのか、その理由だ。

 

 彼女は暗黒大陸から脱出し、人間の大陸へ渡ることを望んでいた。救助を求めてきたのだ。

 

 悪意を感じ取るような能力を持たないグラッグにも少女の心境は察することができた。こんな死と隣り合わせの環境で育てられれば、感情が死んだような人間性となっても仕方ないだろう。ルアンから人間の世界の話も聞かされているはずだ。どれだけ外の世界に憧れ、この地獄からの脱出を望んだことか。憐れみはあった。

 

「……わかった。しばらく考える時間をもらえないだろうか」

 

 しかし、すぐに了承することはできない。彼らの一存で決められることではない。

 

 カトライは彼女から人類への敵対心を感じなかった。おそらく誠実に助けを求めているものと思われる。自ら姿を現し、対談の場を設けて意見を交わす。そういった道義的な思考を持ち合わせている。

 

 だが、少女が全てを明かしていないことも確かだ。彼女に敵対の意思がなくとも、その不都合な部分が人類にどんな影響を与えるかわからない。それがこの暗黒大陸の常識である。また、彼女に悪意がないのは今この場に限った話であり、人間の世界に着いた後どうなるかはわからない。そうなってからでは手遅れだ。

 

 回答に時間を要することについて少女は素直に了承した。もともとすぐに船に乗せてもらえるとは思っていなかったのだろう。きちんと自分が置かれている立場を理解している。それはある意味で厄介でもあった。下手な嘘が通じる子供ではない。

 

 少女は自分の立場をわきまえた上で新たな提案を出した。それはリターンの採取に協力するというものだった。調査隊がリターンを求めて暗黒大陸に来たことを知っており、それに協力する見返りとして船に乗せてほしいという取引だった。

 

 

 * * *

 

 

 アンダーム司令官は手元の資料を熟読していた。今しがた、部下が上げてきた書類である。そこにはルアン=アルメイザという人物に関する情報が記されていた。確かにその名は、前回の暗黒大陸調査隊の一人として軍の所属名簿に記載があった。

 

 合衆国の軍事史上、トップクラスに凄惨な事件としてあげられる五大災厄の一つ『兵器ブリオン』との接触。その事件から生還した特殊部隊はわずか2名だった。

 

 ルアンは調査隊第三班に所属していた。これはブリオンと遭遇した特殊部隊とは別ルートでリターンの捜索に当たっていた部隊の一つであった。調査開始から5日目に隊との連絡が取れなくなっている。その後、消息不明の状態が続き、本部は全滅したものと推定した。

 

 アンダームはルアンの経歴に目を通していく。ネダラス州の片田舎に生まれたルアンは17歳の頃、ハッカーとして一時期名を馳せた。『ジャムメーカー』の名で国際的なハッカー集団に属し、いくつかの電子犯罪に手を染める。

 

 しかしその2年後、とある大企業への不正アクセスから足がつき、ハッカーハンターによって検挙された。服役中は模範囚としてまじめに更生し、刑期を10年で終える。その後、エンジニアとして社会復帰を果たしている。

 

 34歳で従軍する。前科者であったが、戦争による慢性的な兵士不足が続いていた当時の情勢から入隊が認められた。その専門知識を買われ、電子情報処理班に配属される。このとき念の存在を知り、修行を始める。

 

 そして41歳のとき、暗黒大陸調査団の一人として選抜されている。

 

 アンダームは書類を机の上に置いた。経歴を見る限り、何かこれと言って“特別なもの”を持っている男とは思えなかった。

 

 頭の回転だけは人並み外れて早かったようで、隊の指揮能力には優れていた。まるで頭の中にパソコンがあるかのように並列思考(マルチタスク)を得意としたらしいが、その程度の能力で暗黒大陸を生き抜けるとは思えない。才能はあったのだろうが、習得した時期が遅すぎる。念能力者としては大した使い手ではなかった。

 

 可能性があるとすれば何らかのリターンによって環境に適応したか。だとすれば、そのリターンに関する情報は是が非でも入手したい。

 

「……司令官殿、どうするおつもりで?」

 

 黙考を続けていたアンダームに水を差すように、傍らの男が問いかけた。いつも以上に脂汗を垂れ流し、余裕のない表情を見せるその男の名はタポナルド。特務課の職員だ。

 

「全ての可能性を考慮すべきでしょう」

 

「はぐらかさないでいただきたい。まさかアレをこの船に乗せようと考えているのではないでしょうな」

 

「その可能性も含め、検討すべきです」

 

「正気ですか……!?」

 

「彼女の話が真実であれば、幼い少女をこのまま危険地帯に置き去りにすることは人道に反します。彼女は“我が国の”兵士が残した忘れ形見……“合衆国として”我々は彼女を保護するか、十分に検討する義務があります」

 

「全人類を危険にさらすかもしれないというのに! 過去、五大災厄がどれだけの被害をもたらしたか、そして一歩対応を間違えばあっけなく人類は滅びていた……その危険性を何よりも重視すべきです!」

 

 アンダームは自分の醸し出すオーラの質を偽装できる特技を持つ。その体質ゆえか、他人のオーラの流れを見て感情を読み取ることも得意だった。その観察眼から見たところ、タポナルドの精神状態はいたって冷静。

 

 見た目ほど動揺しているわけではない。彼は冷静に状況の判断ができている。つまり、こちらの神経を逆なでするような取り乱した態度は演技であった。腐っても世界各国の陰謀渦巻く国際組織から派遣されてきた人間である。その程度の腹芸は心得ている。

 

 しかし、その感情図には多少の揺れも見られた。わずかに表れた憤り。これはアンダームが少女の保護を「自国の裁量権」の範囲で解釈しようとしたことに対する反感だろう。それは少女から得られる情報について、サヘルタ合衆国が独占する口実を与えることにつながりかねない。

 

「無論、彼女が未確認の脅威であることも否定できません。まずは知る必要があります。我々にとって彼女は、敵か、味方か」

 

「それについては同感です」

 

 いかに特務課が暗黒大陸からのあらゆるモノの持ち出しを嫌っているとはいえ、今回の件は例外だ。怪しい少女がいたので無視して帰ってきました、で話が通る案件ではない。特務課としても少女の素性に関する調査は阻止できない立場にある。

 

 つまり、「様子を見る」という結論に落ち着く。互いにその落とし所を理解した上で、自分が所属する組織の利益を主張していたに過ぎなかった。

 

「私としましても、あの少女を助けたいという気持ちはあります。しかし、彼女が人類にとって災厄(リスク)となる可能性が1%でもある以上、断固たる対応を取らざるをえません。仮に、この船に迎え入れることになったとしても、その安全性の観点から身柄の管理保護権は特別渡航課にあることをお忘れなきよう」

 

 暗黒大陸の調査によって発見された資源(リターン)については、全面的にその調査を行った国の取り分となる。しかし、それ以外に持ち出された物品や生物に関しては特別渡航課に管理権を委譲しなければならないと秘密裏に条約で決められていた。

 

 これはリスクの危険性とその情報を世界各国が共有し、国際的に対応するための措置である。一国の管理不行き届きが全人類の滅亡につながりかねないからだ。特にリスクに汚染されたと見られる生物(原因不明の病にかかった人間など)は特別渡航課の関係機関が厳重な監視体制のもと隔離、保存し、研究している。

 

 要するに、クインと名乗る少女の身柄を特務課によこせという主張だった。

 

 薄汚いハイエナめ……。

 

 アンダームの心中は怒りで満たされていく。

 

「まるで最初から彼女をリスクだと決めつけるかのような物言いではありませんか。はっきり言わせてもらえば、彼女は我々、合衆国が責任をもって保護することが最善だと考えています」

 

「何を根拠にそんな……!」

 

「大げさかもしれませんが、私はこの調査団の皆を家族だと思っています。かけがえのない同胞です。そんな大切な仲間たちを私は調査に送り出し……そして、死なせてしまった……責任ある立場にある者としてこんな弱音を吐くべきではないとわかっていますが、身を裂かれるような後悔を感じています」

 

「え、えぇ……まあ、それは確かにそうでしょうが、それがいったい何の……」

 

「そんなとき、とっくの昔に壊滅したと思っていた調査隊員の娘が現れた。私はルアン氏のことを何も知らない。だが、彼もまた志を同じくする軍人でした。同胞の血を引く子が生きて助けを求めてきたのです。これに答えずして、今は亡き彼女の父に、そして死んでいった仲間たちに顔向けできない……! あなたにはこの気持ちはわからないでしょう。彼女をリスクとしか考えず、研究のための実験材料としか見ていないあなたがたには!」

 

 ドン!

 

 まるで音を伴うかのような威圧がアンダームの身体から発せられた。握りしめられた両の拳には爪が食い込み、血がにじんでいる。その表情は激情を必死に抑え込むように引きしめられていたが、眼力だけは爆発する感情をあらわにし、タポナルドを睨みつける。

 

 その巧妙に偽装されたオーラの波は、非念能力者であるタポナルドには見ることができない。しかし、その異常に膨れ上がった怒気は感じ取れた。纏もできない彼は、正面からまともに威圧を叩きつけられ椅子から転げ落ちそうになる。

 

「ひぇっ……!? あっ、なっ、なにかを、かんちがいなさっていらっしゃるのでは……!? ま、まるで怪しげな実験ばかりしているマッドサイエンティスト集団のように思われては困りますぅ!」

 

 意外にも気を持ち直して反論してきた特務課の男に対し、アンダームは内心で舌打ちした。

 

 その切羽詰まった様子に演技が混じるような余裕は微塵もなく、トレードマークの脂汗は過去最高の噴出量を記録していたが、それでも彼の心は折れていなかった。念に目覚めてはいないが、その胆力は目を見張るものがある。

 

 彼もまた覚悟を決めてこの船に乗った男だった。命を賭けて調査団の監視という任務を背負っている。これはいくらこけおどしを仕掛けたところで怯ませる以上の効果は無いと、アンダームは諦めた。

 

「申し訳ありません。つい、私情にとらわれ感情的になってしまいました」

 

「いえ、それはお互い様でしょう……私はしばらく休ませていただきます。この話はまた後で……」

 

 アンダームは悩んでいた。先ほどは少女を擁護するようなことを言ったが、それは特務課を牽制するための建前である。実際、彼女から得られるであろう知識は喉から手が出るほど欲しいが、その欲にかられて災厄を招き入れるような結末だけは避けねばならない。

 

 しかし少女との邂逅は、何の新発見もできないまま調査期間を終えようとしていたアンダームにとって転機でもあった。扱い次第で毒にも薬にもなりえると感じた。

 

 まずは見極める。少女はクアンタムに同行し、リターンの採取に協力すると申し出てきた。アンダームはその提案を受諾するように隊長グラッグへ命令を出している。

 

 お手並み拝見といこうか。

 

 ここで少女の意思を無視して強硬策に踏み切るには、まだ判断材料が少なすぎる。少女が何を企んでいるか知らないが、その行動からおおよその意図や人間性をつかむことができるだろう。アンダームはその実験の供物としてクアンタムを捧げる気でいた。

 

 

 * * *

 

 

 人間の調査隊とのファーストコンタクトを終え、私は今一度、自分の行動について振り返って考えていた。

 

 当初の計画ではもう少し慎重に接触の機会を図る予定だったのだ。調査隊を尾行し、彼らが何らかの脅威と遭遇して戦闘に発展、窮地に陥ったところに偶然を装って駆け付け、華麗に彼らを救出。この流れならもっとすんなり受け入れられていたかもしれない。

 

 だが、予想外に調査隊の人間は優秀だった。恐ろしいほどの広範囲の円を使いこなし、全く近づける隙がない。結局、円の中に誘いこまれ、尾行が露見する。これではただの不審者である。第一印象はあまり良くなかっただろう。

 

 まあ、過ぎてしまったことは仕方がない。とりあえず自分の素性についてはそれらしい嘘をついてごまかした。あまり深く尋ねられると困る部分については知らぬ存ぜぬで通した。現状、彼らが私に抱く印象は、やはり不審者の域を出ていないと思われる。これですんなりと船に乗せてもらえるとは思えない。

 

 そこで乗船の対価として彼らの調査に協力する意思を伝えた。これにはいくつかの思惑がある。知られてはまずい情報も開示しなければならなくなる危険性はあったが、それを考慮した上でこの作戦を選んだ。

 

 リターンを捜索する以上、リスクとの遭遇は想定せざるをえない。そうなれば、アルメイザマシンの力を使わずに乗り切ることは難しいだろう。下手に出し惜しみすれば作戦どころか命が危ない。つまり、人間に私の力を見られることになる。

 

 それは彼らが私に対して向けている警戒をさらに引き上げることにもなるだろうが、私にとって不都合なことばかりではない。ある程度、こちらが武力を有していることは示さなければならないと考える。

 

 まず、私がいかにしてこの暗黒大陸を生き延びてきたかということを、彼らは知りたがっているはずだ。ただの人間の子供が幸運だけで切り抜けられるほどこの場所は甘くない。何らかの特殊な能力を持っていることは予想しているだろう。

 

 アルメイザマシンの力はその説明になる。生命エネルギーを糧に増えるウイルスであることを話す必要はない。本体が作り出す特殊な毒弾ということにしておく。

 

 力を示すことにより、ある程度威圧的な交渉ができるのではないかと思う。全てを包み隠し、ただのか弱い少女として救助を求めれば立場がない。向こうから出される条件を拒否することは難しくなる。

 

 例えばクインの乗船は認められても本体は乗せられないということになりかねない。また、クインの身体を詳しく検査されるかもしれない。そうなれば人間ではないと見破られる可能性は十分にあった。

 

 救助は求めつつも、こちらの要求も通す。その交渉のバランスをいかにして取るかが重要だ。その切り札として『魂魄石』の存在は、まだ隠しておこうと思う。手札を最初から全てさらす必要はない。

 

 確か持ち物袋の中には、枯れ木人間の一件で手に入れた花が数個残っていたはずだ。干からびてカラカラになっているが、成分は残っているだろう。これがリターンになるのかわからないが、嘘でも何でも並び立てて売り込めば価値を見出してくれるかもしれない。とにかく使える物は何でも使う。

 

 調査隊のリターン捜索に協力することも交渉を有利に進めるための一環だ。これこそが作戦の主軸、肝と言える。協力的な態度を見せることで、人間にとって私が友好的な存在であることをアピールする。

 

 困難を極めていた調査隊の前に彗星のごとく現れた頼もしい仲間。私たちは生死を賭けた探索を共にし、その信頼関係を深めていく。努力、友情、勝利。人間がこれらのワードにほだされやすいことは前世の記憶(主に漫画)から予習済みだった。

 

 強敵を相手に私の力が及ばず、調査隊の何人か死なせてしまうかもしれない。しかし、その仲間の死を乗り越えることで、さらに私たちの結束は深くなることだろう。

 

 どう転ぼうとも死角はない。しかし私は油断なく、意識体を分割して様々な事態をシミュレートしていた。

 

 


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