カーマインアームズ   作:放出系能力者

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24話

 

 大潮の日が来る。暁も昇りきらぬ群青の空は、死と敗北を喫したあの日を彷彿とさせた。

 

 クインは小高い環礁丘にいた。『共』を使い、研ぎ澄まされた感覚の中、水平線の彼方を見据えていた。島から数キロ離れた海上に黒煙が狼煙のように立ち上る。その場所から捻じれた歪な塔が浮上してきた。

 

『北北西、敵数1、第3、第4エリア、砲門発射用意』

 

 電波通信(テレパシー)で信号を送り合う。その行為に実務上の意味はなかった。“私たち”は常にリアルタイムで感覚と情報を共有している。それをわざわざ言葉にして伝え直す必要はない。

 

 言うなれば、これは決意の表明だ。これから起きる種の存続を賭けた戦争に対する口火。互いに、一歩たりとも後には退けない。勝てば生き、負ければ死ぬ。大義名分も題目も複雑な理由もない、ただそれだけの単純で原始的な闘争である。

 

 敵は巨大な巻貝の災厄(リスク)だ。ヌタコンブの海域に適応した生物の一種であり、その貝殻から強い磁力を発生させることができる。私は一度、この巻貝によって完全に滅ぼされる寸前まで追い込まれた。

 

 実際、当時の私はそのときに死亡した。今、生きている私はその子である。アルメイザマシンの時に1回、そしてこの巻貝との戦いで1回、世代交代を繰り返した今の私は第3世代ということになる。

 

 キメラアントは摂食交配によって食べた生物の特徴を子に発現させることができる。つまり、後の世代になるほどに個体が持つ遺伝的特徴は増えていく。進化などという言葉では生ぬるい、生物の根本的な在り方に対する冒涜とも言えた。もっとも、暗黒大陸においてはその程度の強みなど大したものではない。キメラアントは、どこにでもいる弱小種の一つでしかないのだ。

 

 それでも、私に与えられた可能性の一つであることに違いはなかった。本来であれば、摂食交配による次世代の強固な個体を旺盛な繁殖力によって際限なく増産していくことこそ、キメラアントとしての生存戦略である。これまでの私はその力を自ら制限していた。

 

 キメラアントであるにも関わらず、どこかでそれを否定する自分がいた。人間になろうとするあまり、自分の中に余計な線引きを作ってしまったと言える。これまではそれで何とかなったが、ここから先に進むためにはなりふり構っていられない。今の私に、拘っていられるほどの強さはない。

 

 それは危険な賭けでもあった。『人間である』という意識と『キメラアントである』という意識を同時に抱えることになる。これまでも二つの意識を併せ持っていたことに変わりはないが、程度の問題だ。どちらかを立てれば、もう一方が立たなくなる。ある意味で、キメラアントとしての力の制限はその両立できない意識の結果でもあった。

 

 ダブルスタンダードは念能力者としての信念を弱め、堕落させる可能性がある。確固たる目標を持ち、そのために生きるという決意を揺るがす。もしくは、その矛盾を自覚した上で抱え込むことで精神に異常をきたすかもしれない。

 

 一つ言えることは、これまでの私と今の私は決定的な意識の違いがあるということだ。それが良い変化であるか、悪い変化であるか、判断することはできなかった。

 

 第3世代として生まれた私は数の力を手に入れた。個としての存在から群としての存在となる。すなわち、本体が複数同時に存在し、なおかつそれらが一つの意識共有体のもとに思考を統一した状態となった。現在、本体の数は数千体にまで増殖し、それら全てが女王アリとしての生殖能力を備え、約千個の卵を保有している。

 

 これでクインを何人でも作り出すことができるし、『犠牲の揺り籠』も撃ち放題だと思った。しかし、誤算があったとすれば念能力の仕様だ。『偶像崇拝』は制約として『同時に二体の念人形を作ることができない』と定めていた。本体の数が増えても、この制約は有効だった。

 

 つまり、本体が何千体いようが作れるクインの数は一人ということだ。意識を共有し、全ての本体が“私”として機能している以上、制約から逃れることはできない。これは代償として支払う卵についても同様に言える。『犠牲の揺り籠』を使って消費される卵の数は、全体の五割以上。全ての本体が同じだけの卵を消費する。これまでと同じく連続して2回は使えないということだ。

 

 ならば、意識を共有せずに独立させた本体に念能力を使わせてみればどうかと考えたが、『精神同調』を切った個体はもぬけの殻同然に全く動かなくなった。感覚の一部を分断して操作することは可能だが、完全に意識を独立させると死んだように動かなくなる。

 

 『犠牲の揺り籠』が以前と同じようにしか使えないとなると、本体の数が増えたところで遠距離攻撃の乏しさが改善したとは言えない。たとえば、数キロ離れた海上にいる敵に対して、1発念光線を放てばそれで撃ち止め。後は敵が近づいてくるのを待つしかなくなる。

 

 しかし、その点も抜かりはなかった。私が手に入れた力は“数”だけではない。敵を食べることでその特徴を取り込む能力がある。私は巻貝の殻に含まれる鉱物を食べることで、磁力を発生させる能力を得た。

 

 巨大な巻貝は湖から青い光の粒子を集めるため、大潮の日にこの場所へやってくる。この粒子こそが磁力を操る力の源だった。この島における希望(リターン)と言えるだろう。巻貝たちはそれを利用している。

 

 キメラアントの中でも異質な体質、金属を食べてその特性を外骨格に反映する能力を私は持っている。その交配の結果は次世代に現れるため、これまで積極的に使うことはなかったが、縛りが取り払われた私に躊躇はなかった。その結果、何が可能となったのか。

 

 海の上にそびえ立つ巻貝の塔は、島から目視できるほどに巨大だった。その目標を見定め、海岸線に並ぶアリたちが一斉に『仙人掌甲(カーバンクル)』を発動する。

 

 サボテン状に膨らんだ広い土台の上に一輪の花のつぼみが形成された。そのつぼみは異様に大きく全長10メートルほどある。形状はアサガオに近い。たたんだ傘のように先端が尖った細長い形をしている。

 

 赤い宝石でできた彫刻のようなつぼみは、螺旋状に巻きつく青いラインがあしらわれていた。このラインは本体にも幾何学模様のように走っている。

 

 それを作り出した本体自身は、つぼみの付け根部分に埋め込まれる形で待機していた。尾針の産卵管を始点として、その軸上につぼみが形成されている。その正体はシスト発射管の延長バレルだ。発射されたシスト弾は、つぼみの部分を通過する過程で電磁加速による推進力を得る。

 

 『侵食蕾弾(シストバースト)』と名付けたその技は電磁投射砲(レールガン)の原理を用いていた。

 

 調査船にいた頃、私は何もすることがない時間を読書で潰すことが多かった。軍事関連の書籍が多く、その中の一冊にレールガンに関する記述があった。

 

 2本のレールを平行に設置し、その間を滑るように伝導体を挟む。そして片側のレールからもう一方のレールへと伝導体を仲介するように電気を流す。すると、そこに磁界が発生してローレンツ力がはたらき、伝導体がレールの間を押されるように移動する。この力を利用して弾を押し出す装置がレールガンである。

 

 火薬を用いる火器では、そのエネルギーのほとんどが投射に関係ない熱として失われるが、レールガンは投入するエネルギーに対するロスが圧倒的に少ない。また、爆発による気体の膨張速度が弾丸の発射速度の限界だった従来の兵器に対して、初速を得やすい。その速度差は投石と銃撃を比較するような隔絶がある。

 

 弾体の速度はそれだけで絶大な威力となる。数百キロメートルに及ぶ射程、弾体は炸薬を用いずとも有り余る破壊力を発揮し、長距離弾道ミサイルなどの攻撃に対しても容易に正確な迎撃を可能とする。この兵器が実用化されれば、戦争史は一変していただろう。

 

 数多くの試作がなされたが、実用に堪えるほどの兵器は完成しなかった。いまだ多くの課題が残されている。

 

 伝導体がレール上を移動する際、発生する摩擦の問題。また、わずかでも電気抵抗が起これば、そこに大量の電気が流れ込むことで大きなジュール熱が生まれる。レールや砲身の強度はどうにかできても、レール内を高速で移動する伝導体にかかる負担は避けられない。熱によって伝導体は蒸発し、プラズマ化する。結局のところ、電流や磁力の変化を完全にコントロールする方法は見つかっておらず、加速には技術的な限界がある。

 

 しかし、その不可能を可能とする奇跡が、この海には掃いて捨てるほど存在した。

 

 

『砲撃用意』

 

 

 つぼみがドリルのように回転し始める。最初は遅く、次第に速く。回転数が上がるたびにラインが青い光を強く放ち始めた。周囲に青い粒子が渦を巻くように飛散する。

 

 磁気と電気は切り離せない関係にある。外からは感じ取ることができないが、つぼみの中では磁力と共に大量の電流が生み出されていた。その膨大なエネルギーが少しも外に漏れ出ることなく、つぼみの内部に閉じ込められ、

 

 

『開花(ファイア)』

 

 

 解放された。

 

 音として捉えることもできない大気の揺らぎ。薄暗い空を切り裂くように雷光が瞬いた。後に残っているものは、発射の衝撃で破裂した無残なつぼみだけだ。プラズマ化した伝導体のエネルギーに耐えきれなかった砲身はドロドロに溶解し、潰れたトマトのように赤い金属の臓物を撒き散らしている。

 

 それらの砲門が横に並ぶこと20数機。発射と同時に着弾するほどのスピードで弾は目標に到達した。集中砲火を受けた巻貝の塔は巨人にかじりとられたように変形し、内部に溜め込んでいたエネルギーを放電して倒壊する。

 

 倒したかと思われたが、悪意がまだ完全に消えていないことに気づく。

 

 

『『『『『周』』』』』

 

 

 崩れる塔の頂上が島の方へと向けられた。灯台の光のように瞬く。

 

 先ほどの発射音などとは比べ物にならないほどの衝撃が走った。敵は力尽きる前に、最期の一矢を放ったのだ。

 

 私は新たな武器としてレールガンを使えるようになったが、これは私が一から作り出したものではない。ただ青い金属を体に取り込んだだけで作り出せるような単純な構造をしていない。その“設計図”を持っていたのは今、対峙している巻貝の災厄だ。

 

 奴らはその貝殻を回転させてエネルギーを生み出し、殻頂から弾体を発射する。その仕組みこそ、まさに実用化されたレールガンだった。私は巻貝の殻を食べることで金属と一緒に殻の成分を取り込んだ。そこに含まれていた設計図が遺伝情報として蓄積され、生得的に発現することで『侵食蕾弾』を行使できるようになった。

 

 敵の攻撃は私のものと比べて、根本的に威力が異なる。レールガンは理論上、弾速に上限が存在しない。砲身が長ければ長いほど、電流を流せば流すほど弾体を加速することができる。まず、武器の大きさからして敵うはずもなかった。

 

 当然、対策は講じている。本体を総動員し、島の外周を隙間なく囲む赤いサボテンの防壁を築き上げた。しかもただのサボテンではない。凝縮されたオーラを金属化させ、極限まで密度を高めた超硬度金属である。鍛え上げられた鋼のように硬さとしなりを併せ持つ。即席で作ることができるような代物ではなく、一匹が一日がかりで50センチ四方の大きさを完成させるのが限界だった。

 

 さらに戦闘時はこの防壁に貼り付いた無数の本体が『周』を施すことにより、その強度は数倍に跳ね上がる。生半可な攻撃で破れる守りではない。

 

 だが、巻貝の一撃は容易くその防壁を食い破る。十分に距離を取っていたにも関わらず、爆風の余波だけでクインは吹き飛ばされかけた。

 

 着弾地点の防壁はスプーンで抉り取られたかのように消え去っていた。一瞬で蒸発したのだ。霧となった海水が立ち込め、肌を焦がすほどの熱波が蜃気楼を生み出しながら拡散する。周辺にあった環礁丘が半ばまで消滅していた。防壁がなければ湖を貫通して対岸の環礁までごっそりと破壊されていただろう。

 

 事実、これまでに行われた数度の戦いによって、この島の三分の一ほどが崩壊していた。青い光をたたえていた湖は戦争の爪痕によって海とつながり、砕けたサボテンの瓦礫が散乱し、かつての美しさは見る影もない。一戦の被害と損耗は甚大である。壊された防壁をこつこつと作り直し、そしてまた壊される。その繰り返しだった。

 

 決してこちらが一方的に優位を取れる相手ではない。死闘である。一発の威力が高いがエネルギーのチャージが遅く、連射できない巻貝に対して、『侵食蕾弾』は威力は低いが数を揃えて掃射できる。敵が撃つ前に仕留めるなり、弾道をそらすなりして何とか対処していた。

 

 それほど思考力の優れた敵ではない点も幸いだった。大勢で来襲してくるが、連携はしない。こちらの射程を上回るほどの長射程からの攻撃も、今のところない。もし敵が大潮の日以外にも現れて、組織的な連携を取って攻撃を仕掛けてきたなら、この島はとっくに陥落している。

 

 なりふり構わずキメラアントとしての強さを求めてなお、前に進んだ自信はなかった。この程度の強さでは、まだ足りない。

 

 余計な思考に耽ってしまった。今は敵との戦闘に集中しよう。次々と海上に浮かんでくる巻貝の塔に向け、砲門の照準を定めた。

 

 

 * * *

 

 

 この島における主な災厄の数は二つだ。一つは磁力巻貝である。そしてもう一つの災厄が湖の中央にいた植物型の化物だ。これについては既に対処が完了していた。

 

 『侵食蕾弾(シストバースト)』の一斉掃射により湖の小島は災厄ごと跡形もなく消滅した。オーラ吸収現象もおさまった。

 

 その翌日、湖岸にいくつかの漂着物が打ち上げられているところを発見する。あの植物兵の頭部と思わしき物体である。ブロッコリーのような集合花の中から種子を採取する。

 

 最初は安全面を重視して問答無用で脅威の排除を優先したが、どんな能力を使う災厄だったのか気にはなっていた。そこで厳重な管理のもと、種子の解析を行う。

 

 非常に生命力が強く、種子は短時間の雨にさらされただけで発芽していた。試しに栽培してみたところ、海水しかない砂地でもしっかりと根付いた。最初はただの雑草のような見た目でしかなかったが、地面を通して微量のオーラを吸いとられる感覚が確かにあった。

  

 十分に成長した植物は枝を伸ばし、葉をつけ始める。その形は湖の小島を守っていた植物兵に近い。未成熟なうちにこれを摘み取ったところ、小さいながら自律した行動が見られた。一度は殺されかけた、あの非常識な威力をもった念弾についても詳細が明らかとなる。

 

 この植物兵は体内に強力な消化液を有している。確かに危険であるのだが、それ単体ではそれほど脅威でなかった。クインが触ると皮膚の表面が爛れる程度の溶解力である。あの念弾は消化液を主体とし、その性質を強化系能力で強化しているものと思われる。

 

 強化系はものの持つ力やはたらきを強くする能力もある。触れたものを一瞬で消滅させたかに見えた念弾は、消化液の溶解力を念で強化させたものだった。あの凄まじい威力は、念弾そのものの攻撃力というより溶解力の強さだったのだ。

 

 オーラの吸収もこの植物が持つ念能力であった。正確には、植物の“根”の部分がこの能力を行使する。他の生物から吸い取ったオーラを養分とする他、自分の上部に作り出した植物兵に与えて溶解念弾のエネルギー源としているようだ。

 

 葉の上部を千切っても、根部分は生きており、再び植物兵を作り始める。植物兵は根部分と分離することを前提に作られた器官であり、念能力者としての系統も分離している。根部分はおそらく特質系でオーラを吸収し、植物兵を操る操作系能力も使う。植物兵は強化系で溶解念弾を撃てる。強化はすごいが放出系としての練度はそれほど高くなく、射程は短い。

 

 私はこれらの能力を摂食交配で取り込めないかと考えた。使える攻撃手段は多いに越したことはない。得られるのならばどんな能力でも欲しい。私はもともと赤い植物の特性を得て産まれたキメラアントである。植物を取り込んだ前例があるのなら、可能ではないか。

 

 しかし、交配実験は難航した。食べたものの遺伝子を取り込むと言っても、食事の全てが交配となるわけではない。たとえば、私はよくヌタコンブを食べているが、その特性を受け継いだ子はできていない。何を条件として摂食交配はなされるのか、そのトリガーを私は知らなかった。

 

 とにかくこの植物と一つとなることを意識して、ひたすら食べた。栽培は容易であったため、持続的に収穫できるようにした。満腹になっても吐くまで食べ続け、卵を産み続けた。その結果、ようやく発現個体が産まれる。

 

 だが、思ったような成果は得られなかった。その本体は消化液を口から吐き出せるようだったが、それを強化して溶解念弾にする能力はなかった。多少の強化はできても系統別修行レベル。とても『発』と呼べるほどの水準にはない。

 

 カトライを食べたときも、彼の『発』をそのまま受け継いだわけではない。彼の精神性を有した卵が作られ、それが意識共有によって行きわたった結果、その情報が私の中で変貌して新たな力となった。取り込まれた能力は一度、私というフィルターに通される。

 

 『発』をそのまま取り込めない要因として、私のメモリ不足が関係しているのではないか。もし、十分にメモリに空きがあり、かつ取り込んだ『発』の系統が私の得意系統と一致していれば、ほぼ同じ能力を再現できる気がした。もちろん、その場合は相応のメモリを消費するだろう。

 

 その能力が魂に由来するものか、物質に由来するものかが重要なのだ。念能力は精神や魂に属するため、受け皿(メモリ)のない私は受け継ぐことができない。だが、肉体としての特性ならばキメラアントの能力によって取り込むことができる。その限度がどの程度のものかわからないが、巻貝のレールガンという強力な武器を手に入れることができた。

 

 もっと強い特性を持った敵を食べたい。このままでは、いつまで経ってもこの海を越えられない。

 

 クインは農場に来ていた。ここは例の植物を栽培している場所だ。こうした農場が島に四か所ある。ここで植物の監視と栽培に当たる専属の本体が数多く作業している。

 

 この植物との交配計画は失敗に終わったが、食料としての利用は続けていた。なにしろ、島には数千体の本体がいる。浜辺に打ちあげられる昆布だけでは供給が追い付かない。というより、この植物の栽培に成功したからこそこれだけの数の本体を生み出せる体制が整ったのだ。

 

 光合成と水だけで長期間の生存が可能な本体であっても、卵を作るためには別に食事が必要となってくる。赤い植物は食べられるが、これを食べても卵にならない。他の生物、または大量の金属が必要となる。

 

 念を使うこの島の植物は、管理さえ怠らなければ安全に栽培することができた。根部分は成長し過ぎると大量のオーラを吸収するようになる。そうなる前に上部の茎葉を収穫することで、自身の成長よりも新たな植物兵の生育を優先するようになるため、根部分の成長を止めることができる。未成熟なうちに収穫した植物兵に大した危険はない。これを食する。

 

 オーラを養分としているためか、水も肥料もやらずによく育つ。一つの個体が三日から五日ほどで収穫可能となり、兵部分は毎日一体生産される。二週間くらいは順調に兵部分を作り出してくれるが、それを過ぎると生産効率が落ち、一か月ほどで根部分が枯れる。兵部分の摘み取りをしなければもっと長く生きるようだ。自然状態での寿命は調べていない。

 

 とにかく成長が速いため、農場で働く本体は休みなく稼働している。たまに命を絞り出したかのように急成長する個体がおり、対処に追われることがある。今もクインの目の前で摘み取られた植物が、次から次へと運び出されていた。

 

 運び出された植物は物資輸送担当の本体たちによって、島の各所で防壁拠点建設を担当する本体のもとへと送られる。建築現場の作業は大量のオーラを消耗するため、光合成だけではエネルギーが足りず、しっかりと食事を摂る必要があった。他にも海の監視担当、卵の産出・交配研究担当などいくつかの役割に別れて行動している。

 

 列を作る本体がピストン輸送を行う様子は、まさにアリだった。これがキメラアントとして本来の姿に近い在り方なのだろうか。疑問が生まれる。

 

 そもそも私の繁殖体系は異質だ。産まれてくるアリは全て女王。親と全く同じ子が、全く同じ意識をもって誕生する。以前から卵との間に共有意識のネットワークを作っていた私は何の違和感もなく、その延長線上として複数の本体を作ってしまったが、その生態がキメラアントという種の一つに当てはまると言えるのか。

 

 キメラアントは、もともと定まった姿形をした種族ではないが、私の場合は何かが本質的にズレている気がする。キメラアントではない何かになろうとしている。なっている。

 

 では、私は何なのか。グラッグが私に向けて放った言葉を思い出す。

 

『お前は何者だ! クイン!』

 

 私は答えられなかった。今まで、一度として答えたことはない。人間になろうとしたが、そんな考えをもっていること自体が、人間ではないことを物語っている。

 

『あなたはだれ?』

 

 あなたはわたし。いつも、主体は“あなた”だった。そこに自分を当てはめようとする。何も答えを持たない自分の代わりに、“あなた”を自分にしようとした。

 

 カトライも、グラッグも、チェルも、トクノスケも。

 /あなた  /あなた  /あなた  /あなた

 

 たくさんの私が食べ物を運んで行く。

       /幼い命

 

 植物の兵部分は分離してもしばらく生きる。殺すと中に溜めこまれたオーラが失われるので、生きたまま届け、生きたまま食べられる。

                /動き続ける

 

 畑には、規則正しく作物が植えられている。

 /あの部屋

 

 クインの足元に、萎びた植物があった。中にはこうして、うまく育たない作物もある。

                             /粗悪品

 

 手を伸ばす。除去する。

 

 

 

 

 

 /おかあさん

 

 

 

 

 

「…………?」

 

 

 クインが周囲を見回すと、農場で作業に当たっていた本体が動きを止めていた。一つ残らず静止している。

 

 しかし、それは一瞬のことだった。すぐに本体たちは意識集合体のもとに決められた行動を再開する。

 

 別に、これといった異常はない。『精神同調』は正常に作動している。止まっていたように見えたが、気のせいだったのかもしれない。

 

 







レールガンの説明についてはテレビで見たりウィキペディアなどで調べた程度の知識なので、間違いがあるかもしれません。

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