ついにクラーケンの全貌があらわとなった。さすがに海中を泳いでいたときのような俊敏さはないが、十本の触手だけは動きが速く、注意が必要だった。
イカやタコは頭足類とも呼ばれる。無理やり人間の身体に当てはめて考えるならば、頭部に臓器を全て詰め込み、首から直接手足が生えているような構造である。巨大な頭部は陸上での活動に当然のことながら適しておらず、触手がせわしなく動き回り荷物を引きずるように体を移動させていた。
城壁にへばりつき、登ろうとしている敵は隙だらけだった。数十人のクインが一斉に襲いかかる。無防備な頭部にも簡単に近づくことができた。
だが、そこからが問題だった。敵の再生力を推し量ろうと、試しに攻撃してみた。オーラを纏わせた手刀を放つ。敵へと接触する手の部分に、微細なオーラのイボを作り出し、それを高速で振動させている。これによりオーラで強化された身体能力に加えて、チェンソーのような破壊力と切れ味を持たせることができる。
通常サイズの再生イカなら一刀のもとに全身が分断される威力がある。さすがにクラーケンを相手にそこまでの成果は期待していなかったが、一撃で駄目ならば二の太刀、三の太刀と連撃を浴びせればいい。その程度にしか考えていなかった。
手刀を放つ。しかし、敵を傷つけることはできなかった。何が起きたのかわからない。もう一度、手刀を繰り出す。その攻撃は確かに敵に当たり、肉を切り裂く感覚があった。だが、結果としてダメージを与えられない。
再生している。クインの手が敵の薄皮一枚を傷つけたときには、もう再生が始まっている。そして攻撃の最中にも再生され続けており、攻撃が終わったときには既に再生が終わっている。シスト弾を撃ち込んでも感染は表皮で止まり、垢のように周りの組織と一緒にぽろぽろと排出されてしまう。劇症化するスピードより再生力の方が遥かに速い。
これではどれだけ表皮部分を傷つけたところで意味がない。再生力の基盤となる神経を完全に破壊しない限り殺せないだろう。この神経は全身に張り巡らされており、一部でも残っていれば瞬時に再生されてしまう。体の表面に近い場所ならばともかく、深部になれば攻撃を届かせることすら難しい。
オーラの波で共振破壊する技ならば、ある程度深い場所まで攻撃することができる。これは敵自身のオーラを利用して身体内部で攻撃を発生させる技なので、再生力による阻害も薄かった。しかし、あまりに敵の体が大きすぎるため、最深部にある神経まで届かない。
口から体内に入ることも考えた。しかしそれは自分から捕食されに行くに等しく、何事もなく侵入できるルートではなかった。当然、食道内も驚異的な再生力が働いており、まともな状態で進める環境ではないと、クインを先行させた別の私から報告が届いている。
仮に、この化物の体の隅々まで網羅できるほどの人数を送り込めたとしても、その全員が寸分の狂いもなく連携を取って一斉に再生神経を完全破壊しなければ倒せない気がする。1ミリでも神経が残っていれば、次の攻撃を始める前に再生されてしまうだろう。
そんなことができるのか。うまくいく確証などどこにもない。しかし、やらなければならなかった。
このイカが何の目的でこの島に来たのか定かではない。私たちを捕食するためか、それとも縄張りから邪魔者を排除するためか。いずれにしても、倒す以外の方法でこのイカが素直に海へ帰ってくれるとは思えない。
今日一日で決着がつく戦いではないかもしれない。敵の体力は無尽蔵、こちらの猛攻に対して何の痛痒も感じている様子はない。一方、私たちにしても差し迫った危険を感じるほどの相手ではなかった。確かにその巨体から繰り出される攻撃は強力だが、動きは遅い。攻撃のパターンからも複雑な知略は見てとれず、避け続けることは難しくなかった。
クラーケンの侵攻を阻むことはできず、とうとう防壁を乗り越えて島内の湖まで侵入を許してしまった。ここまで来られると、下手にレールガンの発射ができない。味方にまで爆発の影響が生じてしまうからだ。
私たちは最も得意とする戦法で勝負を仕掛けることに決めた。それは“泳ぎ”だ。水の中を泳ぐのではなく、肉の中を泳ぐ。オーラ振動を利用した高速泳法は、単に水中でしか役に立たない技術ではない。万物に宿る波を見極め、それに逆らわず味方につければ泳げない場所はない。
その試みは簡単に為せることではなかった。一時的には肉の内部に食い込めるものの、すぐに外へと押し出されてしまう。こちらの認識を越えるほどの速度で細胞が再生し、異物を体外へ排出しようとする力が働いている。水の中を泳ぐようにはいかない。
おそらく、深部の組織に入れば入るほど再生速度は上がり、抵抗も大きくなるのだろう。それでも諦めない。初めは到底泳げるはずがないと思っていた粘液の海も、最終的には克服できた。もっと深く、クラーケンという生物が持つ波長(バイオリズム)を理解すれば必ず泳ぐことができるはずだ。
一瞬だけ薬を使えば感度を引き上げられるのではないかと考える。だが、すぐに払拭した。ここで薬に頼ることは仲間たちと自分自身に対する裏切りだ。誇りにかけて、もうこれ以上道を踏み外すようなことはできない。
この怪物を倒せば船が手に入る。そうすればこの島を脱出し、海を渡る大きな足掛かりとなるだろう。時間はかかるかもしれないが、決して不可能ではないと思えた、その矢先。
――たすけて!――
私たちは電波を介して密に連絡を取り合っていた。以前のようにノータイムで意思が伝達できるわけではない。テレパシーであってもその情報は言語の形として送受信される。連携が必要不可欠な敵を前にして、入り乱れる情報のやり取り。その中に、異常を知らせる声が紛れこんだ。
救難信号であることに間違いはない。しかし、それ以上の情報は出て来なかった。発信元は、私がいる場所から離れている。何が起きているのか状況が把握できない。
助けに向かうべきか悩んだが、私は最前線での攻防を任されている。自分の持ち場を離れるわけにはいかなかった。他の私たちに対処してもらうしかない。
たった一言だけの助けの声。そこには真に切迫した感情が込められていた。そして、それ以降の連絡がない。言い知れない不安が募るも、仲間の無事を信じて祈ることしかできなかった。
* * *
それは一瞬のことだった。変化は私のすぐそばで起きた。
私たちは後方の防衛拠点で待機していた部隊だった。最前線で戦う仲間の体力も長くは続かない。特に、長期戦が想定される相手だけに、体力を温存した後方部隊は必要だった。いつでも交代して戦えるように万全を期していた。
唐突に、何の前触れもなく、ある一人のクインの体が結晶で覆われた。私たちはその状態を知っている。赤い植物鉱石『仙人掌甲(カーバンクル)』によって全身を鎧のように包み込む技だ。これを『仙人掌甲冑(カーバンクル・タリスマン)』と名付け、呼んでいる。
しかし、その技は一度使えば制御不能となる禁術だ。自らの精神を壊しかねない罪悪感と自己嫌悪の末に生み出された『自分自身に対する悪意』の塊。悪意感知によって可視化されたその幻影をアルメイザマシンで金属化させ鎧として身に纏う技である。これを使えば強大な力を発揮できる半面、クインが暴走状態に陥ってしまう。
確かに今、この島に侵攻してきているクラーケンは並々ならぬ強敵である。だが、今ここで『仙人掌甲冑』を使ってまで対処しなければならない相手かと言えば即座に否定できる。明らかにデメリットの方が大きい。
しかも、技が発動する直前、そのクインの本体から助けを求める信号が送られている。自分の意思で技を使ったわけではないのか。その後、何度も連絡を取ろうとテレパシーを送ったのだが、反応がない。本体はクインと一緒に鎧の中に取り込まれてしまっている。
最初はクラーケンによる何らかの特殊な攻撃を疑ったが、どうもそれとは無関係に発生した問題のように思えてきた。とにかく、原因を究明しなければ救助のしようがない。
一つ気になったのは、そのクインの生い立ちだ。私たちの身体的構造や関係性に差異はない。クローンのように均一な特徴を有している。だが、『仙人掌甲冑』を発動させたクインの本体は一つだけ他にない意識を持っていた。
彼女は意識共有体に残り続けた最後の本体だった。ある時期を境に共有体から分離する個体が爆発的に増えたが、全員が一斉に抜けたわけではなかった。独立勢力が台頭する中、旧来の意識共有体に残る者も少数だがいたのだ。
しかし、それも短期間のうちに離散する結果となった。今では全ての個体が独立を果たし、共有体は個々のネットワーク内でのみ機能している。暴走している彼女も最後まで独立しなかったとはいえ、他の全員が離脱することで結果的に共有体への帰属はできなくなった。
だからと言って、彼女が精神的に問題を抱えていたかと言えばそうではない。ただ他の皆よりも決心が少し遅れただけでしかなく、彼女にも離脱の意思はあったのだ。これまでも他の私たちと変わらず、普通に生活を送っていた。
しかし、現在起きている状況と彼女の生い立ちを照らし合わせたとき、それが全く無関係のことと断言はできなかった。数千人いる私たちの中で発生した異常事態、その当事者が彼女であるということはただの偶然とは思えない部分がある。
『仙人掌甲冑』に覆い隠されたクインは、不気味な沈黙を保って静止していた。周囲にいた私たちも、不用意に刺激できず膠着状態になっている。
『仙人掌甲冑』の暴走中はクインが非常に攻撃的な性格に変わり、敵に対して無謀な特攻を仕掛けるようになる。だが、理性が完全に失われるわけではない。利にならない支離滅裂な行動は取らない。味方である私たちに危害を加えるようなことはしないはずだ。
だが、既に想定外の事態が起きている以上、慎重にならざるを得なかった。技が正常に発動している状態ならば、本体の意識は明瞭に機能していなければおかしい。暴走するのはクインだけである。
しかしだからと言って、このままじっと動かずに見ているだけで済ますわけにもいかない。本人が助けを求めたとおり、現在進行形でのっぴきならない状況が続いている可能性が高い。何とか本体だけでもクインから引き離さなければならない。
一人のクインが動いた。そのわずかな挙動を発端とするように、暴走したクインが反応する。私たちは彼女を見失った。
まるで最初から存在していなかったかのようにその場からいなくなった。ともすれば、たちの悪い幻覚でも見ていたかのごとく忽然と姿を消したのだ。
思考に刹那の空白が生じる。だが、理解が追いついた。これは『絶』だ。目の前にいながら存在を見失うほど高度な『絶』。すぐさま『共』で索敵する。
そして次に彼女が姿を現したとき、それは死をもたらすに余りある掌打が仲間の一人に撃ち込まれる瞬間だった。クインの胸部に、黒煙と赤い結晶に覆われた掌底が叩きこまれる。
凄まじい轟音と風が巻き起こったが、逆にその事実は私たちを安心させた。攻撃を受けたクインの防御が間に合ったのだ。本来なら身体がバラバラになってもおかしくないほどの衝撃を受け流し、音や風のエネルギーに変換して効果的に散らしている。現に、掌打をくらったクインはその場から一歩も動いていなかった。
さらにそこから反撃に転じた。『仙人掌甲冑』に向けて拳を突き当てる。硬い鎧に守られていようが関係ない。微小な波は鉱物中を伝わり、確実に内部を破壊する。
だが、暴走しているとはいえ相手もまた私たちと同じく修行を積んできた手練れであった。かつて枯れ木人間と戦ったとき、奴らの共振攻撃を体内強度の変化によって回避したように、彼女は自分の体に流れるオーラの波長をずらしたのだ。
互いに攻撃が通らず、密着した状態で組合っている。しかし、互角の実力というわけではなかった。不利なのは襲われた方の仲間だ。
『仙人掌甲冑』は単なる防具ではない。肉体を外側から補強する外骨格の役割を果たし、オーラ強化の係数となる基礎能力を底上げする。ただの華奢な少女と、変幻自在の外骨格で覆われた少女、どちらの強化率が高いかは言うまでもない。
防御面においても攻撃面においても、暴走したクインの身体能力は通常時のクインを遥かに凌駕する。さらに、彼女はこの島で修行を積み『波』に対する感受性も身につけた。暴走していても戦闘に関する技のキレが落ちることはない。
一対一で正面からぶつかって勝てる相手ではなかった。こちらが最初の一撃を防御できたことも偶然に過ぎない。もし、暴走個体が本気で攻撃に及んでいれば確実に打ち負けていた。
その性能を知るがゆえに実力差を読み間違えることはない。明らかに彼女は手加減していた。ほぼ正常な意識を失っているが、もしかすると最後の理性が働いて攻撃を躊躇したのかもしれない。
だが、その予想すら甘い認識だったことを知ることになる。
「えっ……」
襲われたクインの拳が赤い結晶で覆われている。私は『仙人掌甲(カーバンクル)』を使ったのだと思った。しかし、それは悪手だ。これは拳を赤いサボテンでグローブ状に覆う技だが、『仙人掌甲冑(カーバンクル・タリスマン)』のような変形性能を持たない。防具としては有用でもそれ以上の効果はなく、下手に拳周りの動きを阻害するよりも身軽さを重視して使わない方が良かったのではないか。
だが、その予測は全く見当違いのものだった。暴走個体を殴りつけたクインの拳を始点として『仙人掌甲』が広がっていく。それはまるでアルメイザマシンに感染し、劇症化した生物のように、襲われたクインの体が『仙人掌甲冑』で覆われていく。
自分から技を発動したのではない。発動“させられている”。その異常事態を前に、最も早く行動を起こしたのは襲われた当事者だ。即座にクインを放棄することを決め、本体が離脱した。
しかし、見逃されない。俊敏に動けるクインならばともかく、元が鈍重な動きしかできない本体がいくら即断即決に踏み切ったところで、暴走個体のスピードに敵うはずがない。
離脱を試みジャンプした本体は空中でキャッチされた。一瞬で赤い結晶の中に取り込まれる。
『いやだあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ』
それきり、反応はなくなった。
あまりの出来事に思考がフリーズし掛けるも、恐怖が無理やり体を動かした。もはや暴走個体を抑えつけて救助するなどという悠長なことを言っている段階ではない。その正体や原因を究明している余裕もない。
ここで確実にとどめを刺さなければならない相手だ。この存在は私たちを全滅させうる。まだ犠牲者は二人だけだが、なぜか確信できた。
「『侵食蔕弾(シストショック)』用意!」
最も気をつけなければならないのは敵に触れることだ。あの『仙人掌甲冑』は感染する。アルメイザマシンの発症を抑制できるはずの私たちが抵抗もできず取り込まれてしまう。絶対に、敵と接触してはならない。
そうなると、一気に行動の選択肢は減ってしまう。ただでさえ実力差のある敵に対して、こちらは防御することもできず避け続けるしかない。かすりでもすればこちらの負けだ。
遠距離攻撃しか手段は残されていなかった。『侵食械弾(シストショット)』の威力では、あの鎧に傷すらつけることもできないだろう。だから、新たに開発した技を使う。
『侵食蔕弾(シストショック)』は形成途上のレールガンである。本体を中心としてアサガオのつぼみ状の銃身を作り出すことは同じだが、その大きさは『侵食蕾弾(シストバースト)』に及ばない。全長60センチほどである。
固定砲台として絶大な威力を発揮するレールガンに対して、『侵食蔕弾』は機動性を重視し、持ち運べる大きさになっている。そして次弾の発射準備が早く済むという利点がある。だがその分、威力は大きく劣る。銃身の大きさの問題もあるが、クインが構えた状態で発射の衝撃を抑え込める程度の威力に抑えなければならないからだ。
そのためレールガンとしての性能は低く、余計な摩擦と電気抵抗の発生によって電磁誘導を阻害するプラズマが生じてしまう。しかし、逆にそのプラズマ膨張圧力を利用して弾を飛ばすのがこの技だ。サーマルガンに近い性能をしている。
その威力は火薬を推進力とする銃の比ではない。いかに強固で柔軟な守りを持つ『仙人掌甲冑』であっても、この一撃は防ぎきれない。
強化率で大きく勝る敵に対して、こちらの唯一の武器は数だ。包囲して銃撃を浴びせれば倒せる。まだ戦況はこちらが有利だ。しかし、仕留めるまでの時間が遅れるほどに犠牲者の数は増えるだろう。迅速に戦闘を遂行しなければならない。
『侵食蔕弾』を発動する。レールガンほどではないが、銃の形成には多少の時間がかかった。その隙を座して待つような敵ではない。こちらに向かってくる。私と目があった。
心臓をわしづかみにされるような威圧感。目が合ったと表現したが、それが適切であるかわからない。確かに敵は私を認識して向かってきているが、私に対して悪意を持っているわけではなかった。その体から噴き出す黒煙は自責の念であり、他者に向けられたものではない。
まるで突風に吹き飛ばされた瓦礫か何かが飛んできているかのように感じる。ひょいと身をかわせば、そのまま横を通り過ぎていくようなあっけなさ。
だがそれは所詮、私感でしかない。触れれば確実に死ぬ。いや、死ねるのかどうかもわからない。取り込まれた仲間たちがどうなったのか、確認はできていないのだ。私が直面している敵とは、そういう相手だった。
胸を穿つ軌道で貫手が迫った。右へ半身をひねりかわす、と同時に後ろへ下がる。さっきまでクインが立っていた場所を、敵の蹴りが通り過ぎる。貫手はフェイントであることが見抜けた。本命は足払いだ。威力はいらない。敵はこちらに触りさえすれば勝てる。コンパクトに、素早く、当てることだけを考えればいい。
姿勢と構え、体幹と重心の移動、人体の関節は無限に可動できるわけではない。姿を見れば、次の一手は自ずと限定されていく。しかし、それは攻め手だけに言えることではない。守る側にも同様のことが言えた。
蹴りから右の拳へつなげてくるところまでは読めた。それをさせないように右へと回り込んだ。しかし、敵もその回避を瞬時に読んでいた。左の脇がわずかに開く。次はおそらく、肘がくる。
そこで詰みだった。私のクインはまだ回避行動を終えていない。まるで私と敵とでは流れている時間が違うかのように、行動が間に合わない。
くる。ざわざわと幻聴(ノイズ)が這い上がる。世界が吸い寄せられるようにその一点へ収束していく。
左の肘が入る。爆発音と衝撃でクインの体は吹き飛ばされた。
しかし、その衝撃は敵の攻撃によるものではなかった。クインは負傷したが、無事だ。『仙人掌甲冑』に取り込まれてはいない。
仲間の援護が間に合ったのだ。『侵食蔕弾』が私と敵を分断するように炸裂し、引き離してくれた。恐怖のあまり止まりかけていた心臓が息を吹き返したように動き出した。
耳をつんざく発砲音が折り重なった。敵は素早く身をかわす。正確に周囲の状況を把握し、銃弾の軌道を予測できなければできない動きだ。だが、それでも高速で迫る銃弾を全て回避することはできない。
銃弾が当たった。火花が散る。これで決着がつく。そうなることを天に願った。それはつまり、仕留めきれるとは露とも思えなかったことを意味していた。
確かにその銃弾は鎧を貫通するだけの威力があっただろう。だが、そのエネルギーは小手先を滑るように受け流されてしまった。予想外の強度、そして熟練された技。剛と柔を併せ持つ体捌きが弾丸の威力を大幅に減衰させている。ひび割れた鎧の傷跡も、瞬時に修復されてしまった。
棒立ち状態のところを撃ち込まない限り、まともなダメージになりそうにない。そして、そんな好機が都合よく訪れることはない。さらに、私たちが現在取っている布陣が良くなかった。
私たちは敵を包囲するように取り囲んでいる。敵を狙おうとすれば、その背後の味方と射線が重なってしまう。これでは強烈な威力を持つ『侵食蔕弾』をうかつに撃てない。しかも、敵と距離を取って包囲しているならまだしも、私たちは狭い範囲に密集している。後方待機していた部隊の中に敵が突然現れるという状況であったため、こうなることは仕方なかった。
このままでは包囲を食い破られる。混戦になれば余計に不利だ。どんな状況だろうと、この敵が冷静さを失うことはない。確実に弾を回避し、受け流す。弾が当たるビジョンを思い描けない。
「今だっ!」
誰かが叫んだ。その声を皮きりに、眼の前の光景が一変する。ここに至り、私はようやく気づいた。密集した包囲陣形は私たちにとって不利ではなかったのだ。
暴走個体を取り囲む最前線にいたクインたちは一斉に飛び出し、ある技を使った。それは『円』だ。ただし、索敵が目的ではない。クインを中心として広がる半球状の空間把握。そのシャボン玉のようなオーラの膜をアルメイザマシンで金属化させた。
この技は以前にも使ったことがある。ドーム状の結晶シェルターを素早く作り出し、身を守る技である。だが、今回はそれを捕縛に用いた。多数のクインが同時にこの技を使うことにより、円のシェルターは互いに重なる領域が出てくる。集合を表すベン図のように、重なり合った領域は分断され、小さな部屋として隔離されるのだ。
その小部屋に敵を閉じ込める。これは皆で何度も訓練してきた作戦の一つだった。本来なら電波通信によって情報をやり取りし、連携を確保した上で行う作戦だが、今回の敵はその通信を傍受している可能性が高かった。だから、あえて連絡を取らず実行に移したのだろう。
おそらく、アイコンタクトなどの指図がなされていた。私は不覚にも気づけなかったが、仲間はきちんとその意図を理解し、作戦を成功させた。
円のシェルターを何重にも重なり合わせたと言っても所詮、薄い金属板の仕切りでしかない。『仙人掌甲冑』のパワーを相手に張り合えるような拘束ではない。
だが、敵はまずこの小部屋を破壊する必要がある。その一手は絶対に避けられない。小部屋の中に隔離され視界を閉ざされた状態で、たとえ『共』を使って次の攻撃に備えたとしても防御は間に合わない。
既に磁力のチャージを終えた『侵食蔕弾』の銃口が、敵を閉じ込めた小部屋へと向けられていた。私は引き金をひく。構えられた全ての銃が一斉に火を噴いた。
これで、詰みだ。