カーマインアームズ   作:放出系能力者

29 / 130
28話

 

 確かに命中したはずだった。全弾が間違いなく拘束された暴走個体を撃ち抜いた。そのうちのいくらかは防御されたかもしれないが、その程度は問題にならないほどのダメージが入っていた。

 

 赤い装甲はひしゃげ、貫通した穴があき、頭部も腹部も吹き飛ばされていた。人間ならば即死していなければおかしいほどの致命傷である。その鎧の中に入っているモノが、人間であったならば。

 

 私たちは逃げた。最後の奇策が破られた現状において、対抗する手段は残されていない。その鎧の中身を目にしたとき、おそらく全員の私が敗走を覚悟したことだろう。

 

 そこには“なにもなかった”。

 

 クインは入っていなかったのだ。致命傷を受けたクインが『偶像崇拝』の発動を維持できずに消滅したのかとも思ったが、そうではないことを直感的に悟った。

 

 それは最初から誰も着ていない鎧だった。ただヒトの形をしただけの、空っぽの鎧。銃弾を受けて損壊した装甲はすぐに修復され、中身を持たぬまま独りでに動き出す。

 

 西洋の怪物に、リビングアーマーと呼ばれるものがある。“生ける鎧”の名の通り、鎧そのものに霊魂が宿り、主なきまま彷徨い動くという。

 

 見た目だけならその怪物のようにも見える。そして、それを動かしているのは幽霊などではなく取り込まれた本体だ。そう考えるのが妥当だろう。

 

 だが、それだけでは説明のつかない得体の知れなさがある。それが何なのかわからないが、感じることはできた。私たちでは決して敵うはずがない。能力や実力の差ではなく、何かもっと根源的な部分で敵に回してはいけない相手だと肌で感じた。

 

 一人、また一人と仲間が食われていく。そのたびに敵は力を増していく。しかし私たちを残さずたいらげることが目的なのかと思えば、そうでもない。

 

 もはやここに残った面々で手に負える相手でないことは明白である。やろうと思えば、敵はすぐにでも私たちを取り込むことができるだろう。単純に、それだけの実力差があった。

 

 だが、敵の攻撃は散発的なものにとどまり、こちらを即座に全滅させようという意図は感じられなかった。こちらを侮り手を抜いているとか、強者としての余裕とか、そういう感情のもとに行動しているとも思えない。

 

 とにかく敵が全力を出してこないことは不幸中にして唯一の幸いだった。多くの犠牲を出しつつも、私たちは全滅を免れ退避することができていた。その姿は、恐怖に駆られ命惜しさに逃げ惑う小動物の群れのようにも見えるかもしれない。そう見えることを望んだ。

 

 どれだけ情けない姿を晒そうとも、私たちの中に誰ひとりとして諦めの感情に支配された者はいなかった。敵は強大、生き残れるかどうかもわからない。そんなことは当たり前だ。暗黒大陸において、私が戦い勝利した相手などちっぽけな数でしかない。その勝利にしても、生きるか死ぬかの瀬戸際でようやくつかんだ辛勝ばかりだった。

 

 ここで諦めれば、イカの怪物と戦っている仲間たちはさらなる窮地に立たされる。二つの脅威を同時に相手取る余裕はない。私たちが生き残るためには、どちらも倒すしかなかった。それがどんなに困難な使命だろうとやり遂げなければならない。

 

 私たちは敵の注意を惹きつけ、わずかな時間を稼ぐ。そのたった一秒の時間を得るために、冗談のように犠牲者は増えていく。そのいくつもの命を賭けて稼いだわずかな猶予の中で、数人の仲間を先行させていた。

 

 この場所にいない他の仲間たちに作戦を伝えるためだ。電波による通信は傍受される危険がある。口頭で伝えなければならない。

 

 次の瞬間には、迫りくる終わりの中へと私も取り込まれているかもしれない。だが恐怖に打ち勝つことはできずとも、進むべき道を踏み外すことはないだろう。泥のようにまとわりつく時間の中、死すら生ぬるい終焉を背に、私たちはその怪物を導き続けた。

 

 

 * * *

 

 

 島に上陸したクラーケンに対して私たちが下した評価は低すぎた。ただ再生力が強いだけの巨大生物ではなかったのだ。

 

 クラーケンを攻撃していたクインたちに、まず変化が現れた。肌が柔らかくなり、べったりと水気を帯びるようになる。至近距離でクラーケンと戦っており、奴が全身から分泌する大量の粘液にまみれていたので気づくのが遅れたが、確かにクインの体に変化が生じていた。

 

 それに伴い、『偶像崇拝』の発動維持にかかるオーラ消費量が急激に増加し始めた。これはクインの体に発生した異変を修復するためにオーラが使われているためだ。しかも修復は一向に完了する気配が見えず、時間の経過と共にオーラ消費量は増える一方だった。

 

 怪我や解毒、病気の治療なら一時的に消費量が跳ね上がることはあってもすぐに通常の消費値へ戻っていく。今、クインに起きている異常は継続的な変化をもたらしている。苦痛などのこれと言った刺激を感じることはなかったが、クインの体が別のものへと作り変えられていくような感覚があった。

 

『偶像崇拝』の念能力には「容姿を変更できない」という制約がある。だから見た目としては以前とそれほど変わらない姿をギリギリ維持している。それはある意味で厄介なことでもあった。自分の意思で修復を中断することができず、抑えようと思っても絶えずオーラが消費されてしまう。

 

 また、容姿を変えられないということは別の言い方をすれば「見た目に影響がない範囲なら変化可能」とも解釈できる。クインの肉体の変化は内部において顕著に現れていた。体組織の軟化、特に骨がゴムのように柔らかくなってきている。このまま症状が進行すれば立っていることも難しくなるだろう。

 

 そしてその症状はクインにだけ現れたものではなかった。本体にも影響があった。むしろ、オーラ修復で症状を抑えているクインよりも、本体の方が深刻な被害を受けている。

 

 まず外骨格である装甲が軟化。著しく強度が落ちている。さらに眼が肥大化し、脚の形状までもが大きく変わった。六本の脚がイカの触手のような形になり、さらに新しく四本の触手が生え始めている。

 

 体がイカそのものに近づいている。これがクラーケンの常軌を逸した再生力の秘密だった。

 

 生物の体は無数の細胞で構成されている。小さな細胞の一つ一つは脆弱で長く生きられるものではない。すぐに傷つき、寿命がくる。しかし、そこに内包された遺伝子という設計図に従って傷は修復され、細胞は分裂して数を保とうとする。ミクロ的に見れば一時的な増減はあっても、肉体全体から見れば問題なく恒常性が保たれている。

 

 この再生のメカニズムがクラーケンにおいては異常に強化されている。自分自身のみならず、他の生物の体にまで再生力を押し売りするほどに。

 

 つまり、私の体は今“正常”に“治され”ているのだ。あるいはこの巨大イカも初めはイカではなかったのかもしれない。何があろうとイカの姿に作り“治され”てしまう。

 

 私たちがこれまでに戦ってきた小さなイカにこんな能力はなかった。あったのかもしれないが、クラーケンほど強力ではなかったのだろう。だから気づくのが遅れてしまった。いつものイカを相手取る感覚で接触してしまった。

 

 クインについては最悪、『偶像崇拝』を発動し直せば変化をリセットできる。だが、本体はもうどうしようもない。後で元に戻せるとは思えなかった。この姿を受け入れて生きていくしかない。

 

 問題はどの程度まで変化が進行してしまうのかということだ。たとえアリからイカの姿にすっかり変わってしまったとしても生きていられるのならそれでもいい。だが、自我や精神まで失われてしまうのならば許容できない。それでは死んだも同然だ。今の精神を持ち続けられる保証はない。

 

 アルメイザマシンの装甲さえも変質させる再生力、その支配力だけを見れば災厄としての脅威度は上回っている。長期戦を仕掛ければ勝ち目はあるという見立ては大きな間違いだ。長く戦えば戦うほどに再生の汚染は拡大する。

 

 だが、現実問題としてこの巨大すぎる敵を島から排除する方法はなかった。動きの遅い触手の殴打から逃れることは容易いが、触手がのたうつたびに大量の分泌液が撒き散らされる。その粘液に触れただけでアウトだ。再生が開始されてしまう。

 

 とめどなく溢れる分泌液は雨のように降り注ぎ、地面を濡らしていく。距離を取る以外に回避する手段はない。そして、いつまでも逃げ続けられるほどこの島は広くない。症状が進むことを覚悟の上でクラーケンの侵攻を食い止めるのが精一杯だった。

 

 最悪の状況としか言い様がない。しかし、さらなる悪い知らせがもたらされる。仲間の中に原因不明の異常暴走個体が発生していた。

 

 交戦した部隊から直接伝えられた情報である。にわかに信じられる話ではなかったが、逃げてきた仲間たちのただならぬ様子は真に迫るものがあった。そして実際に現れた暴走個体を目にしたとき、襲われた者たちが伝えたかった恐怖の意味を即座に理解した。

 

 多くの本体を取り込み、その人形は3メートルを越えるほどに成長している。もはやクインの面影などない。

 

 未知の脅威と出くわしたとき、彼我の実力差を計る直感がはたらく。それは特別な能力ではなく、野生に棲む者が当たり前に身につける技能である。無論、敵の詳細な戦力がわかるわけではなく、勘が外れることもある。だが、何となくわかるのだ。

 

 絶対に敵に回してはならない。根拠はないが直感がそう告げていた。それはクラーケンをも差し置いて危険視するほどの警告。無意識に足が逃げようと動くのを必死にこらえた。

 

 その化物を前にして、命を顧みず後方部隊は敵をここまで誘導してきたのだ。私がここで逃げ出すわけにはいかない。

 

 あの化物を滅するためには最大威力の攻撃が必要だ。『侵食蕾弾(シストバースト)』。初速マッハ15を越える弾体の威力は、純粋な物理法則に基づくエネルギーだけで着弾地点を消滅させる。その破壊力を前にしてどんな防御も意味を為さない。

 

 その砲門が、この場所にはそろっていた。もともとはクラーケンに対して配備されていたものが、身内に生じた異分子へと向けられる。一発でも十分な威力だろう。それを取り囲むようにしての一斉掃射が計画されていた。

 

 当たれば死ぬ。暴走個体を殺すことは当然として、その破壊の範囲に仲間たちが入っていた。ここまで敵を連れてきた後方部隊だ。彼女たちが安全な場所まで退避するのを待っていては攻撃のチャンスを逃してしまう。

 

 決死の思いで逃げてきた仲間たちをこの手で葬らなければならない。私のクインは震えていた。どんな思いで味方を巻き添えにしろと言うのだ。共にここまで助けあって生きてきた仲間たちを何とかして助けたいという気持ちはあった。

 

 しかし、その感情のまま攻撃を躊躇することは彼女たちに対する最大の侮辱だと言うこともわかっていた。作戦には最初から、その犠牲が想定されている。囮となった仲間たちは初めから自分自身の犠牲を覚悟して、あの場所に立っている。

 

 もし自分が彼女たちと同じ立場であったならばどうするか、私には理解できてしまった。

 

 間もなく作戦ポイントに敵が到達する。それまでパニックを起こしたように逃げ惑っていた囮の部隊は、演技を止めて猛然と敵に殺到した。自分がどうなろうと構わないという覚悟。狩りに夢中になって誘い出された敵に、果たしてその心情は理解できるだろうか。追い込まれた哀れな鼠が自棄を起こして飛びかかってきているように見えるのだろうか。

 

 わかるわけがない。その勇気を、その高潔さを。心を亡くした化物風情に理解できるか。叫び出したくなるほどの激しい怒りにとらわれる。冷静ではいられなかった。

 

 遺志は引き継ぐ。私たちは先へ進む。犠牲となった仲間たちの分まで生きなければならない。そんな綺麗事が腹の底から這い上がってくる。撃たなければならないという意思と、それでも撃てないという意思とがせめぎ合い、絡み合い、どちらともつかない空白地帯に意識が追い込まれる。

 

 

『開花(ファイア)!』

 

 

 号令がかかった。その一言が空白の均衡を打ち破った。

 

 

 * * *

 

 

 その敵は、もともと私たちの仲間だった。暴走し、仲間を食らい、多くの被害を出した。

 

 だが、不可解な点もある。その闘い方は理路整然とした武法に基づくものであり、獣のような力の使い方ではない。

 

 しかし、強大な力とそれを何倍にも高める武術を併せ持つ理性がありながら、敵はのこのこと『侵食蕾弾(シストバースト)』の射線に入ってきた。その威力を敵が知らないはずもない。

 

 カトライの回避術のように闘い方だけは体が覚えていて、頭は何も考えていなかったのかもしれない。私たちはそう思っていた。

 

 

 だが、もしそうではなかったのだとしたら。

 

 

 『侵食蕾弾』は放たれた。爆心地は地形が変わり、巨大なクレーターとなっている。そこには何もない。鎧姿の敵も、大勢の仲間たちも、何一つとして残っていなかった。

 

 その空虚の中に、一点の赤が生じる。

 

 見間違いかと思った。目を皿のようにして確認した。全てが消滅したはずの場所から、何かが生まれようとしている。

 

 誰かが『侵食蕾弾』を撃った。続けざまに何度も同じ場所へ撃ち込まれる。だが、どこかで無駄だと思う自分がいた。

 

 何度、破壊されようとも、それは幾度となく誕生した。赤い金属はヒトの形へと成長する。クインも本体も、どこにもいない。無から生み出されていく。

 

 これは何だ。私たちは何と戦っている。

 

 それまで心を満たしていた怒りや悲しみは遠のき、叩き潰すような重圧がのしかかってくる。その鎧から無機質なオーラを感じた。最初は感情がないのかと思ったが、違う。あまりにも違うから、何も見えず透明に感じる。その透明が何百、何千、何万と、数え切れないほど重なって、海を満たす水のように、深海における水圧のように襲いかかってくる。

 

 オーラの水圧に押しつぶされる。溺れ死ぬ。本気でそう思ったそのとき、頭上から大きな影が落ちた。

 

 クラーケンの触手だ。この島で暴れる怪物は一つだけではない。こうして私たちが戦っている間も、奴はじわじわと島内へ侵攻していた。

 

 全くの意識外からの攻撃。それがクレーターの近くへと振り下ろされた。赤い鎧は避けることもせず、巨大な触手の下敷きとなった。

 

 だが、それで事態が好転したとは思えない。現に鎧が放つオーラは少しも動揺せず、私たちの予想のさらに上をいく事態へと発展する。

 

 鎧に一撃を与えた触手が赤い結晶で覆われ始めた。

 

 クラーケンをアルメイザマシンに感染させ、劇症化させたのかと思った。だが、よく見ればそうではない。クラーケンの再生力は健在である。どんなにウイルスを体内に送り込んだところで瞬時に再生され、体外へと排出されてしまう。

 

 だから、劇症化したわけではなかった。ただ、表皮を包み込むように“赤い鎧”が増殖し、覆い尽くしていく。

 

 別にウイルスの力でクラーケンの体を作り変えているわけではない。だが、ではその赤い金属を作り出すオーラはどこから捻出しているというのか。クラーケンの巨体を侵食していくほどの莫大なオーラをどうやって生み出している。念能力の常識からは考えられない異常が起きていた。

 

 クラーケンはのたうちまわり、鎧を引き剥がそうと狂ったように暴れ回った。その衝撃で一部の鎧は剥げ落ちるものの、侵食は止まらない。ついに全身が鎧で覆い尽くされてしまった。

 

 クラーケンはアルメイザマシンを無効化できる。その再生力で、劇症化が広がる前に患部を体外へと取り除くことができる。しかしそれは再生の結果であって、感染しないということではない。

 

 外皮を覆い隠すように鎧で包み込まれ、患部を体内から逃がさないように閉じ込められればどうなるのか。

 

 次第に、クラーケンの姿が変化していく。生木をへし折るような音を立てて島のごとき巨体が変貌する。それは子供が粘土をこねまわすように、正気を疑うような光景だった。

 

 触手がねじ曲がり、数本が縒り合わさり、四本となった。胴体は中ほどからくびれ、上部に突起が現れる。それは四足歩行をする獣のように立ち上がり、次いで二本の足で直立した。

 

 頭があり、胴があり、腕があり、脚がある。辛うじてヒトの姿を形取った、赤い巨像。

 

 クラーケンを丸ごと食った。もしかすると、その再生能力も手に入れたかもしれない。

 

 巨像はゆっくりと片手を前に出した。その掌の上に、花のつぼみが生えた。城ほどの大きさもある花がクルクルと回転しながら青く輝き始める。

 

 映画か何かを見せられていたように呆然としていた私は、現実に引き戻された。私の本体が引き寄せられている。磁力だ。強大な磁力で、あの花に吸い寄せられる。

 

 私は近くにあった岩場にしがみついた。だが、全ての仲間が同じように対処できたわけではなかった。砂浜にいた仲間は宙に舞い上がる。おびただしい量の点が花へと向かって“落ちていく”。実際は空に飛びあがっているが、上下の感覚すら失うほどに強い力で引き寄せられている。

 

 最初から、こうするつもりだったのだと気づいた。敵は本気で戦う必要などなかった。いや、戦う必要すらなかった。どう状況が推移しようと、最後はこうして私たちを根こそぎ吸い込む予定だったのだ。

 

 クラーケンの襲来と暴走個体発生のタイミングは偶然の一致ではない。おそらく、敵は以前から待ち構えていた。機が熟すまで私たちの内部に潜んでいた。別に食べる相手が巨大イカでなくてもよかったのだろう。おあつらえ向きの展開が来たので顔を出したに過ぎない。あるいは、本体たちがイカに殺される前に回収しようと思ったのかもしれない。

 

 逃れられぬ、運命だった。

 

 

「あああああああ!!」

 

 

 何もかも無駄だ。糸が切れる。風が止む。砂が落ちる。

 

 渦が巻く。

 

 

「グラッグ! チェル! トク!」

 

 

 それはせめぎ合う磁界のうねりだ。あの磁力を生み出すつぼみ状機関は単なる強力な磁石ではない。鉄などの強磁性を持つ金属はもちろんのこと、その他の金属すらも見境なく引き寄せる。複雑に組み合わさり渦を巻く磁界と、それによって発生する電磁誘導の影響だ。

 

 フラッシュバックが訪れた。視界が引き延ばされる。砂浜も海も空も、私も仲間たちも巨像も、絵具をかき混ぜるように原形を失っていく。それらは青い花を中心に渦巻き始めた。阿鼻叫喚を飲みこんで、中心点へと消えていく。

 

 見たことがある。この渦は何度も見た。もしかして奴は。奴の正体は……。

 

 思考がぶれる。限界だった。手が離れる。落ちていく。呑みこまれる。排水口に流された小さなゴミと変わらない。くるくると回りながら終わりへ向かう。

 

 しかし、私の体は渦へと吸い込まれることなく地面へと落下した。夢から覚めるように幻覚が消える。何が起きたのか。恐る恐る周囲を見渡した。

 

 花の回転が止まっている。赤い巨像を拘束するように、何本もの触手が巻きついていた。巨大イカの触手である。

 

 新たなクラーケンの乱入であった。しかも、先ほど見た個体より明らかに大きい。その見た目も異様だった。その巨体はおおかたイカの形を為しているが、全身に不自然な凹凸がある。よく見れば、表皮の中を無数のイカが泳いでいた。

 

 海を埋め尽くすほどの再生イカが融合して一つの体となっている。まともな構造ではなかった。いくつもの目玉がぎょろぎょろとうごめき、本来なら脚の付け根に隠れているクチバシが体のいたるところから生え、十本を大きく超える数の触手が手当たり次第に伸びている。

 

 まさしく異形の怪物だった。赤い巨像は触手を振りほどこうと身をよじるが、全く手ごたえがない。力では巨像の方が上であり、拘束によって身動きが封じられたようには見えなかった。なのに、まるで幽霊か立体映像であるかのように、まとわりついた触手は離れない。

 

 そう思わせるほどの再生力なのだ。さっきと同じように巨像はクラーケンを食らおうと鎧による侵食の手を伸ばすが、今度はうまくいかなかった。表皮ごと鎧はごっそり引き剥がされ、侵食は一向に進まない。それどころか、逆に巨像の方が取りこまれかけていた。

 

 再生の力で巨像を、あるべき姿へと治していく。巨像はゆっくりと形を変え、時間を巻き戻すようにイカの姿へ戻っていく。

 

 強い。やはり災厄としての能力の格はアルメイザマシンを上回っている。これまでに遭遇してきた敵の中でも最上級の強さだった。だからこそ頼もしい。

 

 赤い鎧は敵の実力を見誤った。元は私たちの中から生まれた存在である。どれだけ常識外れの力を持とうと、知りうる情報には限りがある。私たちから見れば絶対の強者であっても、それを上回る災厄はいくらでもいる。それがこの地の、この海の常識だ。

 

 イカの怪物が巨像を倒せば、次に襲われるのは私たちだろう。決して助けられたわけではないし、味方でもない。だが、とにかく今だけは巨像を倒すことを何においても優先しなければならない。あれは絶対に存在させてはならないものだ。あれを殺せるというのなら、無数のイカの集合体を神と崇めることだってできる。

 

 巨像の形が崩れていく。助けを求めるように手を掲げた。そこから天を貫くように光の柱が立ち上る。

 

 『犠牲の揺り籠(ロトンエッグ)』だ。再生イカに通用する技ではない。しかも、全く見当外れの方向に撃っている。窮地に立たされ、正常な判断もできなくなったか。

 

 雲を突き抜け、一直線に天空を穿つ光の柱は、“赤く染まった”。

 

 『犠牲の揺り籠』は念弾の一種であり、その光線はオーラで構成されているため、理論上はアルメイザマシンによる金属化が可能である。しかし、あまりにも馬鹿げた規模、現実的に不可能としか思えない。

 

 それはどこまでも高くそびえる塔であり、槍だった。自分自身をも巻き込む形で槍が落ちてくる。

 

 しかし、どれだけ巨大な槍で刺し貫こうと、融合した再生イカを殺しきれるものではない。桁違いの攻撃であることは確かだが、それだけなら度肝を抜かれるだけで済んだかもしれない。

 

 槍の先端を目にしたとき、その攻撃の真の狙いに気がついた。落ちてくる槍の穂先は花のつぼみになっていた。

 

 これは槍ではない。日輪のような口径。果てなき砲身。青白く輝く巨大なつぼみ。破壊という華を咲かせる暗紅の兵器。

 

 

「レール……ガン……」

 

 

 銃口が地に突き刺さり、ただ光だけが満ちた。

 

 






爆発オチなんてサイテー!

実は、暗黒大陸編はクライマックスに突入しています。前回から登場している赤い鎧『深渦・仙人掌甲冑(カーバンクル・ミスレイニ)』がラスボスになります。あと一話か二話かで脱出できる……はずです。

ここまで読んでいただきありがとうございます。多くの感想や評価をいただきとても励みになっているのですが、誠に申し訳ありませんが感想へのコメント返しをしばらく控えたいと思っています。

最近は一言二言のコメント返しを何十分も考えてしまい一日数件ずつしか返信しないという始末……自分も感想を送った作品の作者様から返信をいただくと嬉しい気持ちがよくわかるので遅くなっても返信はなるべくしようと思っていたのですが、ちょっときびしくなってきました。すみません……

返信がなかったからと言って無視してるということは絶対にありませんので、これまで通り気兼ねなく接していただけるとありがたいです。ご指摘や疑問点など返答が必要と感じた感想につきましてはなるべく返信したいと思っています。
 
また、いつも誤字報告してくださる読者様方、毎回何も言わずに報告を適用させてもらっていますが、いつもありがとうございます! この場を借りてお礼申し上げます。
 

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。