カーマインアームズ   作:放出系能力者

36 / 130
アイチューバー編
35話


 

 ボートの操縦に苦戦したものの、何とか陸地にたどりつくことができた。まっすぐ陸地を目指していたはずだが、だいぶ蛇行していたらしく、予定していたよりも時間がかかった。何にしても燃料が尽きる前に上陸できて助かった。ボートは海辺に乗り捨てて行く。

 

 着ているものは、色あせた埃臭いセーターとマフラー、ごわごわのズボン、穴のあいた長靴。どれもサイズが大きくて動きづらい。虫本体は前と同じく服の下に隠しているので、背中が不格好に盛り上がっているが、長い髪とマフラーで隠れるためそれほど目立たないだろう。

 

 山小屋に備蓄されていた服だ。モックが着ていた服だと思うと少し抵抗感もあるが、物は物でしかない。戦利品だと思って遠慮なく使うことにする。あれだけのことをされて手に入れた物がこの服だけというのは悲しいが……。

 

 天気はだいたい曇り、ときどき雪が降る。雪が降っている時間は短いが、晴れ間がなく気温が上がらないので積雪は溶けない。しばらく人気のない原野を歩いていくと、道路に出た。交通量はまばらだが、車も走っている。

 

 初め、道の近くを歩くのは怖かった。モックやペッジョのことが頭に浮かぶ。今の私の姿なら、ただの人間の子供にしか見えないはずだと思うが、その私の常識がどこまで通用するかわからない。もしかしたら、あの島で出遭った人間たちのようにいきなり襲いかかってくるのではないかという恐怖がある。なるだけ見つからないように道が続く方向へと進んだ。

 

 しかし、私の不安は杞憂だった。このまま隠れ続けていたのでは島にいた頃と何も変わらないと思い、道の先で見つけた町に意を決して踏み込んでみたが、そこで暮らす人々は私の記憶にある通りのただの人間だった。不思議な力を使うわけでもない、ごく普通の人間だ。

 

 むしろ、こそこそと隠れていた方が余計に目立つため、堂々と町中を歩いた。それでも物珍しそうにキョロキョロと辺りを見回していたのが目に入ったのか、よく声をかけられた。うまく答えられなかったが、嫌な顔をされることはなかった。

 

 犬の散歩をしている人と出くわしたときが大変だった。なぜかどの犬も、私の方へ尻尾を振りながら猛スピードで走り寄ってくるのだ。リードを持つ飼い主も一緒に引きつれてくる。懐かれているようなので邪険にもできず、引き離すのに一苦労した。特に大型犬は厄介だ。力が強い上に、顔をべろべろ舐めようとしてくる。取っ組みあってレスリングをしているかのような状態になった。

 

 子供たちのはしゃぐ声が聞こえた。声がする方を覗いてみると、小学生か中学生くらいの少年たちが空き地に集まって遊んでいた。私の身体も彼らと年齢はそう変わらないように見える。同年代と言っていいのかわからないが、その年ごろの子供たちがどういう遊びをしているのか気になった。

 

 どうやら雪合戦をしているようだ。適当に雪玉を投げ合っているわけではなく、明確なルールのもと試合形式で二つのチームが戦っている。コートが設置され、雪玉を防ぐ雪の防壁まで作られている。子供の遊びというより歴としたスポーツだ。意外に見応えがあってしばらく観戦していた。

 

「あら、どうしたのそんなところで」

 

 建物の陰からこっそり試合を見ていたところ、背後から声をかけられた。びっくりして振り返ると、買い物袋を手に提げた中年女性がいた。

 

「もしかして仲間はずれにされているの? まあ、なんてこと。おばさんに任せなさい」

 

 そう言うとこちらの返答を待たず、私は手を引かれて空き地の少年たちの方へと連れていかれてしまう。

 

「あなたたち、みんなで仲良く遊ばなくちゃだめでしょう! この子も仲間に入れてあげなさい」

 

 そう言っておばさんは立ち去って行った。それまで楽しそうに遊んでいた子供たちは突然のことに皆、ぽかんとしている。試合も中断され、微妙な雰囲気になってしまった。

 

「お前、雪合戦に交ざりたいのか?」

 

 片方のチームリーダーらしき少年に問われる。もちろん、断ろうとした。彼らはこのスポーツの経験者としてしっかりした形のある試合を行っている。そこに部外者の素人が入ったところで面白くはないだろう。

 

 だがその思考に反して、私は即座に雪合戦への参加を断ることができなかった。もしかして、私は彼らと遊びたいと思っているのだろうか。自分の気持ちであるはずなのに、はっきりした答えを出せない。

 

「どっちなんだよ」

 

 リーダーの少しイラついた態度を見て、思わず首を縦に振ってしまった。

 

「試合、したことあるのか?」

 

 首を横に振る。

 

「……ルールは知ってるよな?」

 

 首を横に振ると、露骨にため息をつかれた。

 

「わかった。じゃあ、取りあえず俺たちのチームに入ってもらうか」

 

「おいマジかよ! そいつ女だろ!」

 

「そう言うなって。最初のセットは補欠だ。それを見て、動き方をしっかり覚えるんだ。ホレス、ルールを教えてやってくれ」

 

「えっ!? 俺が……?」

 

 私は補欠要員として迎え入れられた。一試合に出られるチームの人数は7名までのようだ。私以外にも補欠は何人かおり、審判をしたり次の試合で使う雪玉を作ったりしている。ホレスという少年もその一人のようだ。

 

 この雪玉、なんと試合中に作って補給してはいけないらしい。各チーム1セット90球と決められている。1セットは3分で、先に2セット先取したチームの勝ちである。90球なんてあっという間に投げ尽くされてしまうので、雪玉はいくら作っても足りないようだ。私もホレスからルールを教わりながら雪玉作りを手伝う。

 

 ホレスは地面にコートの全体図を描いて説明してくれた。

 

【挿絵表示】

 

 

 雪玉に当たった選手はコートの外に出なければならない。そうやって敵の人数を減らしていき、全滅させたチームの勝ちだ。また、全滅させずとも敵陣の奥にあるフラッグを抜き取れば勝ちとなる。時間切れとなった時は、その時点で残っている選手が多いチームの勝利だ。

 

 私が参加した段階で、試合は2セット目に突入していた。こちらのチームは1セット先取しており、このセットを取れば勝利が決定する。敵チームが勝てば、勝敗は3セット目まで持ち越されることになるだろう。

 

 心なしか、さっきまでの試合と違って選手たちに力みが見られる気がする。試合中にもかかわらず、何だか私の方をちらちら見てくる人が多い。そんなに部外者の存在が気になるのだろうか。よそ見していたせいか、こちらのチームの選手が一人脱落した。

 

「あーあ、何やってんだよ。まあ、気持ちはわからなくもないけど……」

 

 結局、このセットは負けてしまった。次は、いよいよ私の出番である。緊張はあるが、しっかりとルールは頭に叩きこめたつもりだ。心地よい緊張感のもと、チーム一同がコートのバックラインに並ぶ。私に与えられたゼッケンの番号は『6』のバックス。

 

 コートは自陣と敵陣に分けられ、その境界線を『センターライン』と呼ぶ。そして各陣営の後方にもう一つあるラインが『バックライン』だ。試合開始時、このバックラインより後ろの雪壁(シャトー)に90球の雪玉が設置される。

 

 最初から雪玉を持った状態で行動できるわけではない。いかにして玉を補給するかという点も重要な戦術となってくる。この補給を任せられるのが3名の『バックス』という役割だ。

 

 7名のうちゼッケン1から4までの4名は『フォワード』となる。彼らはコートに設置されたいくつかの雪壁(シェルター)に身を潜め、敵の攻撃をかわしながら相手コートの奥を目指して進んでいく。

 

 相手よりも先んじて敵陣に食い込むように、前方のシェルターを確保することが勝負の要だ。お互いの攻撃の射程圏がぶつかり合う前線をどれだけ相手側に押し込められるかが、フォワードの腕の見せ所である。

 

 ただし、むやみやたらに前へ攻めればいいというものではない。後方のシェルターから前方のシェルターへ移動する際に大きな隙ができるし、前線が前に出るほど玉の補給源であるシャトーから遠ざかるため補給も難しくなる。うっかり人数を減らせば、相手チームの反撃を受けることになるだろう。

 

 フォワードとバックスの連携なくして勝利はない。たかが雪合戦と侮るなかれ、非常に高度な戦術が要求されるのだ。そして試合前に私に出された指示は『適当にやっていいよ』だった。どうやら初めから戦力としてカウントされていないようだ。

 

 試合開始のホイッスルが鳴ると同時に、チームの全員が一斉に持ち場へ駆け出した。まずは、バックスが玉を持ち出さなければ始まらない。フォワードはバックラインより後ろに下がってはならないというルールがあるため、玉の補給は必ずバックスが行わなければならない。

 

 私以外のバックス2名が慣れた手つきで玉を抱えていく。試合開始の互いにイーブンな状態から初手の補給を早く行えば、それだけ早く前線を抑え込めるためここがバックスの踏ん張りどころでもある。相手チームからの妨害を受けずに補給が行えるので、ここはとにかく多く、早く玉を運ぶ必要がある。

 

 3人で、まるでバーゲンセールに群がる主婦のごとく雪玉をかき集めていくが、力が入りすぎたのか私が握った玉はぼろぼろ崩れてしまった。焦る。

 

 そうしているうちに残りの二人が収拾を切り上げて走り出した。量を取れば時間がかかり、速さを取れば運べる玉数が減る。そのあたりのさじ加減も戦況から見極めなければならない。私は焦るあまり、腕に抱えていた雪玉まで押しつぶしてしまった。さらに焦る。

 

 そこでひらめく。手で持とうとするからいけないのだ。私は着ているセーターを巻くり上げ、ポケットを作ってそこに雪玉を入れた。これなら壊れないし、たくさん運べる。他のバックスに遅れながらも、私はようやくシェルターへ向け走り出した。

 

「ぶっ!? 前! 前、見えてんぞ!」

 

 チームメイトの全員が私の方を見ていた。そのうちフォワードの二名はシェルターの前で立ち上がってこちらを凝視していたため、後頭部に雪玉を被弾してアウトとなった。

 

 ピピー!

 

「反則! 反則!」

 

 審判のホレスが顔を赤くしながらこちらに走ってくる。セーターを使って雪玉を運ぼうとしたのがいけなかったらしい。落ちついて考えれば、道具を使ってしまったのだから反則になって当然だ。冷静さが足りなかった。

 

 本当ならアウトとなり退場させられるところ、初心者のミスということもあって警告1回の温情措置で済んだ。だが、その代わりフォワード2名のアウトは取り消されなかった。

 

「今のは無しだって! だって、見るじゃん! あんなもん見るしかないじゃん!」

 

「いや、さすがにフォローしきれねぇ……色んな意味でアウトだよ」

 

「お前らだって見てただろ!?」

 

 私のミスでチームメイトが犠牲になってしまった。申し訳なさがこみ上げてくるが、当の選手2名は気さくに笑いながら退場していった。そのとき、こちらに親指を立てながら「グッジョブ!」と言ってくれた。その彼らの気遣いに応えるためにも、残りの試合は全力で挽回しなければならない。

 

 試合開始から数十秒しか経っていないというのに、これで戦況は5対7。圧倒的にこちらの不利だ。数の差は戦力の差に直結する。私は戦力の勘定に入っていないので、実質4対7と思われていることだろう。

 

 ファワードが半減した今、前線を強引に進めることは下策だ。リーダーはすぐにチームのフォーメーションを、自陣に敵を引きこむ迎撃型へと変更した。

 

 思った通り、敵は攻めてきた。数の差でごり押す気だ。こちらが全滅されずともフラッグを奪われれば負けとなる。自陣に敵を引きこむ作戦は守りに強いが旗も奪われやすくなる諸刃の刃だ。しかも、数で負けている以上、迎撃戦はさらに過酷なものとなる。

 

 ここはひたすら堪え凌ぎ、敵が功を焦って隙を見せるまで待つしかない。一人でも数を減らすことができれば、まだ逆転のチャンスはある。

 

 こちらのチームはフォワードの穴を埋めるべく、バックスの一人が前線へと回った。前線を食い止める人員がいなければ一気に攻め込まれてしまう。私も、せめて増えた負担の分くらいは補給役として頑張らなければ。

 

「アパム! 玉持って来い、アパム!」

 

 最前線を抑えるリーダーがバックスに声をかけた。

 

 玉をフォワードに補給する方法は主に二つある。一つは手で抱えて直接届ける方法だ。一度に多くの玉が運べるが、当然隙も大きい。補給源に戻る際にも危険がつきまとう。もう一つは地面を転がして渡す方法。移動によって身を晒すことがないので比較的安全に届けられるが、一球一球の受け渡しに手間がかかる。

 

 この場所は専用に作られたコートではなく、空き地を利用しているだけだ。むき出しの地面は細かな凹凸が多く、玉を真っすぐ転がすだけでもなかなか難しい。力加減が弱すぎるとフォワードのところまで届かないし、強すぎると転がっているうちに玉が壊れることもある。

 

 バックスの役目はこれらの方法を使い分け、いかに安全に、素早く、必要な数の玉をフォワードのところまで届けるかにかかっている。フォワードがいる場所はシェルターの陰だ。自陣に敷かれたシェルターは二つある。前方を第一シェルター、後方を第二シェルターと呼ぶ。

 

 最終防衛ラインは第二シェルターだが、実質的には第一シェルターを落とされるとフラッグが丸見えになるため形勢逆転は難しくなる。現在、配置されているフォワードは第一シェルターに2名、第二シェルターにバックス1名。この3人で前線を維持している。

 

 補給専任のバックスは私ともう一人の2名である。そのアパムと呼ばれた少年は、補給源の近くにある第二シェルターには手渡しで、遠くにある第一シェルターには転がして玉を渡していた。

 

 そのせいで第二シェルターへの供給は十分だが、第一シェルターは玉が不足してきている。かと言って玉を抱えて持っていけば、敵の猛攻にさらされる最前線であるため格好の的になってしまう。私のせいで試合開始の初動がもたつき、補給が遅れたことも痛手だった。

 

 敵もこちらの玉が尽きるおおよその予測はついているだろう。頃合いを見計らって本格的な攻勢に打って出るに違いない。その前に補給が間に合わなければこちらの人数はさらに減り、前線が復帰不可能なほど押し込まれる。

 

「アパム! 早くしろ! もうダメだ! アパーーーーム!!」

 

 リーダーが大げさに声をあげている。しかし、これは演技だった。まだしばらくは玉に余裕がある。あえて窮地に陥っていると見せかけることで敵をあぶり出す作戦か。しかし、敵はそれを悟ってかどっしりと構え、動かない。

 

 敵はまだセンターラインを越えて攻め込んでくる様子がなかった。堅実に今の前線を維持し、万全の態勢を整えた上で攻め時を見計らっている。数で勝る敵側が焦る必要はないのだ。このまま膠着状態が続けばこちらのジリ貧は必至である。私は大量の雪玉を抱え、第一シェルターへ向かって走り出した。

 

「ちょっ!? 今、前に出たらまずいって……!」

 

 危険覚悟の突破補給。当然、敵の目にとまる。補給が成功すれば抗戦は長引くため、敵もこちらが初心者だからと言って手加減はなかった。複数の敵フォワードが私目がけて一斉に玉を投げてくる。

 

 集中する。

 

 玉の動きが遅くなった。スポーツ用語で言うところの『ゾーン』に似た状態だろうか。一時的に脳の処理速度が向上し、時間の流れが遅くなったかのような感覚。モックと戦った際に経験した感覚だった。あの後、なぜか私はこのゾーンを意図的に引き出せるようになった。

 

 本来のゾーンは最高のパフォーマンスを維持できるごく限られた精神状態を指す。一切の雑念を排した極限の集中状態は、トップアスリートでもおいそれと引き出せるものではない。精神とは常に揺れ動く波のごとく、ささいな刺激でさえストレスとなって波紋のように内心で変化を起こす。完全にコントロールする術などなく、むしろ掌握しようとすればするほどに遠ざかっていくものだ。

 

 だからアスリートは日々のトレーニングの中で少しずつ精神状態をゾーンに近づけていき、最高点と競技日程が重なるように調整している。それでも本番当日に期待した成果を発揮できる保証はない。そもそも精神という観測困難で不確かなものを計画的に向上させていくことからして難しい。

 

 私の集中状態はおそらくゾーンとは異なるのだろうが、それに似た状態をただ集中するだけで引き出せるという体質は破格だ。日常生活を送る上では必要ない感覚だが、今のような状況でこそ活用すべき能力だろう。

 

 迫りくる雪玉の軌道を読み、ゆっくりと避ける。実際は全力で避けているのだが、感覚だけが明瞭に先行しているため、自分の身体もゆっくりとしか動いていないように見える。それでも以前よりだいぶ速く動けるようになった。モック戦を経てから、この身体の運動能力もかなり向上している。

 

 別に身体が成長したとか筋肉がついたとかいうことはないのだが、目に見えて力が強くなった。どうやらこの力の強さは生命力と関係しているらしい。以前よりも私の生命力とこの身体が馴染んでいる気がする。負傷した状態でなければ、それほど生命力を消費しなくなった。それに、ぼんやりとしか感じ取ることができなかった生命力をはっきりと目で見ることができるようになった。

 

 私の身体を薄く覆うように、生命力の膜ができている。この膜そのものに実体はなく、現実に物理的な影響をもたらすものではないようだ。私だけではなく、他の人間も同じように生命力を持っている。ただ、私の場合は膜のように身体を覆っているが、他の人間は湯気のように身体から少しずつ発散しているように見えた。

 

「すげぇ! 全部避けやがった!」

 

 逸れていた思考をもどす。雪玉の回避に成功し、第一シェルターにたどり着くことができた。実際に避けてみるまで確証は持てなかったが、モックの矢に比べれば、このくらいなら余裕をもってかわせるようだ。

 

「やるな、お前! よし、あと1回補給しに行って来てくれ!」

 

 リーダーは私の動きを見て、2回目の補給も可能と判断したようだ。指示に従い、バックラインの方へと戻る。そのとき追撃の雪玉が飛んできたが、走りながら後ろを向いて回避した。

 

 補給源に戻り、急いで雪玉を抱え込む。だが、握る力が強すぎていくつか玉を握りつぶしてしまった。力が強くなったのはいいが、そのせいで力加減がわからずに制御できない面も出てきた。これはコントロールできるように後で練習する必要があるだろう。

 

 私の補給が成功したのを見て、もう一人の補給役であったアパムは第二シェルターの増援に回っていた。これで前線を抑える守り手は4名。十分に対抗できる。

 

 しかし、玉をかき集めていた私の耳に、悲痛な叫び声が届いた。審判のホイッスルが鳴る。リーダーと共に第一シェルターを守っていたフォワードの一人が被弾してしまったようだ。だが、彼はしっかりとシェルターに身を隠しているように見えた。敵はどうやってアウトを取ったのか。

 

 考えられる可能性は一つ。曲投である。玉を高く放り投げることで、シェルターの裏側を狙ったのだ。

 

 だが、言うほど容易いことではない。多少弓なりに曲がった程度の軌道では、壁の裏側にぴったりと潜む選手には当たらない。フライのように高く揚げ過ぎると狙いをつけるのが難しく、そして避けられやすい。それでも直球と織り交ぜることで牽制としては有効な手段だが、仕留めるとなれば話は別だ。

 

「くそっ、ピザの野郎……良いコントロールしてやがる」

 

 敵チームのリーダー、ピザ(本名ではなくあだ名)による攻撃だったらしい。これでこちらのチームの残りは4名となった。そして敵は依然として7名。開きかけていた勝利への道筋が再度閉ざされる。

 

 そこに追い打ちをかけるように、ついに敵が攻勢に打って出た。フォワードの3人がこちらのコートに入ってくる。右から1人、左から2人の強襲だ。3人のうち誰か1人が犠牲になっても、敵チームの人数有利は揺るがない。対して、こちらの第一シェルターの守り手はリーダーが1人いるのみだ。強行突破で落としにきた。

 

 そのとき、私は大量の雪玉を抱えて第一シェルターへ向かう途中だった。両手がふさがった状態で敵の1人と正面から対峙してしまう。状況判断を見誤った、というより敵は私がのこのこと近づいてくるタイミングで強襲を仕掛けてきたのだろう。

 

「もらったああ!!」

 

 私に狙いを定めた敵は、ピザと呼ばれる敵チームのリーダーだ。不健康そうな肥満体形にも関わらず、俊敏な動きで迫る。その投球精度の高さは先ほど見せつけられた。見かけによらず油断できる相手ではない。

 

 私は即座に抱えていた雪玉を捨てた。数個を腕に残して邪魔な枷を放棄する。ピザの投球が迫っていた。半身をひねり、かわす。そして反撃の雪玉を投げる。

 

「ば、馬鹿な……『単騎のピザ』と謳われたこの俺が、一騎討ちで負けた、だと……!」

 

 アウトを取った。崩れ落ちるピザ。雪玉が当たっただけなので怪我はないはずだが、倒れ伏して動かなくなる。が、今はそれよりも攻めてきた残り2人のフォワードに集中すべきだ。

 

 挟み撃ちを計画していた敵フォワードは、ピザが倒されることを想定していなかったらしく若干の動揺を見せていた。その隙に、露出した敵目がけてリーダーと私が玉を投げ込む。しかし、敵も簡単にアウトを取らせてはくれず、迅速な撤退によって逃げ切られてしまった。

 

 その場にまだ寝転がっていたピザが敵チームの補欠選手によってコート外へ引きずられていく。戦況は仕切り直された。そこに審判の声が飛んでくる。

 

「あと30秒!」

 

 そこで私は今頃になって試合時間が3分しかないことを思い出した。もうそれだけの時間が経ったのか。あっという間の出来事に感じる。

 

 ここに来て、敵は守りに入った。時間切れとなった場合、残っている人数が多いチームの勝利となる。こちらは1人アウトを取ったがそれでも4対6の劣勢に変わりはない。敵が盤石の守りを固めている砦に攻め込むしかなかった。

 

 しかも、最悪なことに雪玉がほとんど残っていなかった。私が半分近く壊してしまったためだ。ピザとの戦いの際、ありったけの雪玉を抱えていたのがまずかった。戦況に応じて、もっと適切な行動を取るべきだった。

 

「もうこうなったら一か八か、旗を取るしかねぇ」

 

 フラッグの奪取が成功すれば人数差に関係なく勝利となるが、問題は突破しなければならない障害の多さだ。敵チームはセンターラインの中央に設置されたセンターシェルターを抑えている。無論、その先の本陣も守りが固められた状況だ。このまま突撃を敢行したところで自殺行為にしかならない。

 

 だが、他に勝つための方法が残されていないことも事実だった。リーダーの決断に異を唱える気はない。

 

「残った4人、全員で突っ込むぞ。敵のコートには同時に3人までしか入れないルールだが、どうせセンターシェルターを4人そろって突破なんてできないだろうからそこは気にしなくていい」

 

 となると、私の役目は少しでも敵の気を引きつけ、他の選手が突撃しやすいように動くことだろう。回避には自信がある。

 

「いいか、俺たちがセンターシェルターを抑える。その隙に、お前はフラッグを目指して走れ」

 

 だが、リーダーが私に出した指示は全く逆の立ち回りだった。初めての試合で任される大役に、思わず首を横に振る。

 

「こんな状況になっちまったが、別に俺は勝ちを諦めたわけじゃない。お前ならやれると思ったからそう決めたんだ」

 

 そう言って不敵に笑うリーダーに対して、私はぱくぱくと口を動かすことしかできなかった。リーダーが後方の味方に向けてハンドサインを送る。

 

「行ってこい! 後ろは俺たちに任せろ!」

 

 リーダーがシェルターから飛び出す。それに一瞬遅れて、私も駆け出した。

 

 この試合、私がいなければもっと有利に展開を進められたかもしれない。どんなにすごい反射神経があったからと言って、私は雪合戦初心者に他ならない。ルールを破ったり、ミスを連発してチームの足を引っ張った。

 

 なら、今の私はその責任感に突き動かされているのだろうか。最初は確かにそうだった。自分のミスを取り返すために頑張ろうと思った。でも、今の気持ちは少し違う。

 

 そもそもなんで自分がこんなに本気で子供の遊びに興じているのか不思議でならなかったが、別に大した理由なんてなかったのではないかと思う。

 

 わくわくしていた。

 

 センターシェルターの横を駆け抜ける。雪玉を警戒して顔をそちらへ振り向きかけるが、やめた。前を見て走る。前だけを。

 

 リーダーは任せろと言った。ならば、背後の心配は任せよう。彼が私を信じて役目を託したように、私も彼らを信じる。

 

 敵チーム6名のうち、3名はリーダーたちが抑えてくれているが、それを除いてもまだ3名が敵陣を守っている。しかもそのうちの2人はフラッグの前に立ちふさがり、その身をもって進路を塞いでいる。シェルターに逃げ隠れせず、相討ち覚悟で私の突撃を阻む気だ。

 

 三方向から雪玉が飛んでくる。スローモーション映像のように遅く、残像の線を描きながら飛来する玉を避ける。そして片腕に抱えていた雪玉を投げ返した。敵が身をかわすだろうと予測した場所へと放たれた私の玉は、しっかりと相手の身体を捉えた。

 

 これで1人アウト。だが、もう1人倒さなければフラッグまでの道は開けない。そして私は投球したことにより、隙が生じた。敵が見逃してくれるはずもない。飛んでくる玉の軌道は読めたが、身体が思うように次の行動を取れなかった。無理な体勢で避けようとしたためバランスを崩し、地面を転がる。

 

 何とか回避に成功する。しかし、今度こそ後が続かない。直撃コースを飛んでくる一球を前にし、回避は不可能と判断した。

 

 ここで終わるのか。否、終わらせたくはない。手に持っていた雪玉を投げた。

 

 ここで私が敵を相討ちにすれば4対4で引き分けに持ち込める。もし、背後で戦っているリーダーたちが1人もアウトにならなかったらの話だ。私の活路を切り開くために捨て身で特攻した彼らが無事で済むとは思えない。背後を振り返って確認する余裕はなかった。それでも今の私にできる最善手であるはずだ。

 

 その考えもあった。だが、私が選んだ可能性は別のものだった。リーダーは私に旗を取れと言ったのだ。

 

 私が放った雪玉は、敵に向けて投げられたものではない。私に向かって飛んでくる玉と正面からぶつかる軌道で放たれ、二つの玉は空中で衝突して相殺された。

 

 あんぐりと口を開けて驚愕の表情で立ち尽くしている敵へ向け、雪玉を投げつける。これでアウトは2人。間髪入れず立ち上がり、走り出す。もう手元に雪玉はない。さっき転がったときに残りの玉は壊れてしまった。あとは走るのみだ。

 

 最後に控えていた敵のバックスが慌ててシェルターから飛び出してくるが、もう遅い。彼が行く手を阻むより速く、私の方がフラッグへ到達する。

 

 そう思った矢先、私の背後から雪玉が飛んできた。リーダーたちが抑えていた敵フォワードが、ついに私を排除するべく動き始めた。それは他のチームメイトが全員やられてしまったことを意味する。

 

 さすがにどんな反射神経があろうと、後ろから来る玉はかわせない。最初の一発は運よく狙いが外れたようだが、次も幸運に助けられるとは思えない。ここで背後を振り返っていては、すぐ横まで迫ってきているバックスに刺されることになる。

 

 もう考えるのはやめた。ただ走ることのみに集中する。ただ速く、旗だけを見据えて。

 

 意識が白くなっていく。全身を投げ出し、滑り込むように旗を掴み取った。そして、それと同時に身体を打つ雪玉の感覚が複数あった。

 

 旗を取ったのが先か、それとも玉に当たった方が先か。勝利か、敗北か。無我夢中で走っていた私には判断できなかった。コートはしんと静まり返っている。誰も声を発さない。どちらのチームが勝ったのか、彼らにもわからないのだ。全ての視線は審判に向けられていた。

 

 審判のホレスが私のもとへと歩いてくる。彼は、旗を持つ私の手を取った。その手を高く掲げる。

 

 

「WINNER!!」

 

 

 ウオオオオオオオオオオ――!!

 

 歓声が沸き起こった。全員が飛び跳ねて騒いでいる。勝利した味方が喜ぶのはわかるが、なぜか負けたはずの敵も我がことのように喜びながら拍手喝采していた。

 

「おいっ! なんで当のお前がそんな無反応なんだよ! お前、すげープレーしたんだぞ! 嬉しくないのか!?」

 

 リーダーが興奮した様子で私に尋ねる。正直、頭がごちゃごちゃして気持ちの整理がつかなかった。自分が何かすごいことをしたという感慨はない。試合に勝ったことはもちろん良かったが、みんなが騒ぐほどの喜びは感じない。

 

 だが、確かに言えることがある。私がしたことで、みんながこんなに喜んでくれた。それが何よりも、

 

「うれしい」

 

 私がそう言うと、みんな黙りこんでしまった。なぜか顔を赤くして目をそらしたり、うつむいたり、逆にじっとこちらを見てきたり、反応が変わった。自分では笑顔を作って素直な気持ちを伝えてみたつもりだったが、何かおかしかったのだろうか。

 

「おい、ホレス。お前いつまで手ェ握ってんだよ」

 

「審判だから」

 

「関係あるかァ!?」

 

 でも、すぐに変な空気は元に戻り、騒がしくなった。私は雪解け水でぬかるんだ地面を盛大に転がり回ったせいで泥だらけになっていた。泥にまみれたゼッケン。そこに書かれた『6』の文字を見たとき、初めてチームの一員になれたような気がした。

 

「よーし、じゃあさっそく次の試合の準備を――」

 

 リーダーが手を叩きながら声を上げる。そのとき、町に鐘の音が鳴り響いた。どうやら時刻を知らせる鐘のようだ。辺りは夕闇が広がってきている。

 

「あー……もうこんな時間か。片づけないとな」

 

 みんな、コートを片づけて帰り仕度をし始めた。別に何もおかしなことはない。彼らだっていつまでもここで遊んでいられるわけではない。帰るべき、場所がある。

 

 寒さを覚えた。動きまわって温まっていたはずの身体が急に冷たくなったように感じる。

 

「お前、うちのクラブチームに入らないか? 俺から監督に紹介しとくよ」

 

「それにしてもまさかこんな逸材が眠っていたとは……学校では見たことなかったけど」

 

 彼らは学校に通っている。地域のスポーツクラブに所属している。このくらいの年代の子なら当たり前のことだ。それが、普通だ。

 

「え? でも、おかしくね? こんな子がいたら学校で噂にならないはずがなくない?」

 

「それもそうだよなー。最近、引っ越してきたとか?」

 

「じゃあ転校生か。どこに住んでるんだ?」

 

 何も、答えられない。一歩、足が後ろに下がる。

 

「そう言えば、名前も聞いてなかったな。なんて言うんだ?」

 

 

 

 

 

 あなたはだれ?

 

 

 

 

「お、おい大丈夫かよ? 立ちくらみか?」

 

 名前。

 

 そんなもの、必要に感じたことはなかった。人間として生きていくことを望みながら、彼らのことをその名で認識しておきながら、自分を表す記号について考えようとしなかった。なぜだろう。

 

「かえらないと」

 

 自分の口から出た言葉にぞっとする。それ以上、先のことを考える前に、その思考を遮るように、背を向けて走り去る。

 

「あっ、おい! 明日も休みだし、俺たちここで試合やってるから!」

 

 もともとこの町に長く留まる気はなかった。ちょっと立ち寄って、人間がどんな生活をしているのか観察して、子供たちと一緒に遊んで、ただそれだけのことだった。楽しかった。それでいい。それ以上のことを望む必要はない。

 

「明日も絶対来いよ! 『6番』!」

 

 考える必要は、ない。

 

 




イラストを描いていただきました!
鬼豆腐様より


【挿絵表示】


服をたくしあげて雪玉を運ぶシーン。全裸よりエロい……!?

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。