カーマインアームズ   作:放出系能力者

39 / 130
38話

 

 スマートフォンの電源を入れた。ホーム画面に新着メールの通知があった。急いでメールボックスを確認する。そこにあったのは『ルアン・アルメイザ』という名前だった。

 

 ため息をつく。またこいつか。メールを開くと案の定、そこには解読不能の文字化けした文面が並んでいた。

 

 最近、スマートフォンの調子がおかしい。画面がよく文字化けを起こす。そして、いつの間にか連絡先リストに登録されていたこのルアンという人物からたびたび意味不明のメールが送られてくるようになった。削除して着信拒否しても効果がない。

 

 ウイルスが入ったのだろうか。ちゃんとセキュリティソフトも入っているし、変なサイトにアクセスもしていないはずなのだが。携帯ショップに修理を頼んだのだが、サポート対象外と断られてしまった。仕方がないので自分で調べてフォーマットするなど色々と試してみたが無駄だった。素人知識では対処に限界がある。

 

 このスマートフォンは一般販売されている機種ではないようだ。これを渡してくれたポメルニが言うとおりの特別製で、まず彼に話を通さなければどうにもなりそうにない。しかし、そのポメルニとも連絡が取れない状況が続いていた。

 

 私がアイチューバーとして活動を始めてから一カ月余りが経つ。怒涛のような一カ月だった。自分自身、その反響を正面から受け止めきれずにいる。

 

 私が誤って投稿してしまった最初の動画は荒れた。すぐに削除したにも関わらず、転載動画が次々に投稿され、どうすることもできなかった。どうせこんな低クオリティの動画誰にも見られないと思っていた私の認識は甘かった。

 

 公式ポメルニチルドレンという立場はそれだけ大きかったのだ。なのに、その期待を裏切るような動画をアップしてしまったために怒りを買ったのだろう。アイチューバーとしてやっていく夢は粉々に打ち砕かれた。

 

 だが、私は現在も活動を継続できている。立ち直れたのは、ポメルニのおかげだ。もう無理だと諦めていた私は、電話で何度も彼に励まされた。こんな騒ぎは一時的なものに過ぎない。お前の才能はここで潰れるほど安いものじゃない、と。

 

 アイチューバーとしての才能なんてあるわけがない。それは身にしみてわかっていた。だが、彼の期待をこれ以上裏切りたくないという一心で動画投稿を続けた。そのおかげで今や、私も立派なアイチューバーとして名の知れた存在となっている。

 

 ……なんて、大団円で話が終わるはずがなかった。名が知られたといってもそれは悪評みたいなものだ。再生数こそかなりの数になっているが、視聴者はその悪評に釣られて集まっているようにしか見えなかった。

 

 私が投稿している動画のコメント欄の荒れ方はまだマシな方で、転載動画については怖くていまだに確認できずにいる。エゴサーチすればネット上における自分の正確な評価がわかるのかもしれないが、そんなことする勇気はない。

 

 結局、再生数が増えたと言っても、それは私の動画が面白いからという理由ではないのだろう。公式チルドレンという称号あってのものだ。ポメルニの世話になりっぱなしである。

 

 それでも自分にできる面白い動画撮影とは何か、必死に考えた。他の人と同じようなことをやっていたのでは目を向けてもらえない。私だからできること、私にしかできないことを動画にしたい。

 

 そうして思いついたのが、動物をテーマにした動画だ。犬や猫など、かわいらしい動物を撮影した動画は人気ジャンルの一つである。そして、私にはなぜかわからないが動物を引きつける謎の体質があった。これを利用すれば他にはない動画が作れるのではないかと考えた。

 

 普通なら警戒して近寄ってこないはずの野生動物とも難なく触れ合うことができる。むしろ、人間に慣れたペットなどはこちらの事情などお構いなしにすり寄ってくるので、その点、ある程度の距離感を保ってくれる野生動物の方が接しやすいと言えた。

 

 野生の狼の群れの撮影に成功した動画は人気を博したが、ポメルニからは危ないことは止めろと注意を受けてしまった。私にとっては平気な行為でも、何も知らない人が見れば危険に感じる。実際、そのスリルを狙って投稿している思惑はある。

 

 ポメルニが善意から心配して注意してくれたことはわかるのだが、この件に関しては彼の意見を突っぱねてしまった。申し訳なく思う部分もある。しかし、ようやく見つけたアイチューバーとしての糸口を失いたくないという気持ちが強かった。

 

 まだまだ軌道に乗ったとは言い難い状況ではあるが、少しずつちゃんとしたファンも増えてきているように思う。だが、そんな私が直面した次なる試練があった。

 

 オフ会である。

 

 クリスマスが近く迫ったこの時期、毎年アイチューベや関連事業者が共同開催しているファンイベントが待ち構えていた。ポメルニと公式チルドレンが集結する夢の大オフ会。そう、公式チルドレンも参加対象となっているのだ。

 

 半ば強制参加のような行事だが、無理を言って断ることもできた。最初は断る気満々だった。自分の動画のコメント欄もまともに直視できないほどのメンタルでこんな一大イベントの舞台に立つなど、想像しただけで卒倒しそうになる。

 

 だが、今回のオフ会は例年とは異なる、不穏な開催情報が流れていた。アイチューベがポメルニの不参加を表明したのだ。彼が一番のビッグゲストと言っても過言ではないこのイベントが主役不在のまま開催されようとしている。しかも、今年は彼のデビュー5周年を記念するオフ会で、ひと際盛大にとりおこなわれる予定となっていた。

 

 アイチューベやポメルニの事務所は明言を避けているが、彼の身に何事か起きているのではないかとネット上では話題になっていた。毎日のように投稿されていた動画も更新が途絶えている。私も彼と連絡を取ろうとしたが、電話はつながらなくなっていた。

 

 そんなある日、唐突にポメルニからメールが届いた。内容は、年末オフ会に私の参加を促すものだ。しかも、参加しなければ公式チルドレンの称号を剥奪した上、二度とアイチューベで活動できなくするという脅迫まがいのことが書かれていた。

 

 普段の彼であれば言いそうにないメールの内容に困惑しながらも、ひとまず彼の安否を確認した。相変わらず電話はつながらなかったが、メールでの返信はあった。彼は心配はいらないと言い、ごたごたに巻き込まれているが年末オフ会には参加する、だから私も必ず参加するようにと伝えてきた。それを最後に、再び音信は途絶えている。

 

 やはり、彼の身に何かあったのではないだろうか。素直に無事を喜ぶことはできなかった。私はオフ会への参加を決心する。会場で何事もなく無事な様子を見せてくれればそれでいい。そこで直接彼の姿を見て、確認しなければ安心できない。

 

 そう決心したはずなのだが、ここに至りその決意は早くもくじけそうになっていた。今日はオフ会当日。その会場へ行くため、私は空港に来ていた。いや、正確に言うなら私を迎えるために会場が空港へと来ている。

 

 世界最大級の大きさを誇る超巨大遊覧飛行客船スカイアイランド号。まさに島の名を冠するにふさわしい雄姿が待合室の窓からでも確認できた。数万人規模の乗客が宿泊可能で、多種多様な娯楽商業施設を完備し、コンサートホールだけでも三つ入っているという。

 

 それが1泊2日貸し切られてのオフ会となる。しかも、参加費は無料。抽選で2000人に招待チケットが配られている。このチケットは恐ろしい高値で転売されており、入手はとてつもなく困難とのこと。気が遠くなる話だ。

 

 生まれて初めての空の旅、しかし心躍るような気分ではない。ここまでくる足取りは重く、指定された乗船時間ぎりぎりになってしまった。早くしないと置いていかれる……ことはないと思うが、多大な迷惑をかけることになるだろう。

 

 乗船前に自分の身なりをチェックする。服装は今までと同じく、シロスズメ島で入手したものを着ている。新しい服を買えるだけの電子マネーは広告料としてスマホに入っている。買い換えようとも思ったのだが、どうもこの服かなりの値打ち物らしい。ただの古着としか思っていなかったのだが、高額で買い取りたいというコメントが多く寄せられていた。

 

 容姿と同じく、人間のファッションというものも今の私には理解しがたい領域である。ネットで調べたところ、どう見ても廃棄寸前の穴だらけでボロボロのジーンズが数十万で取引されていたりした。私の服もそういうヴィンテージというやつなのだろう。そう思うと、なんだか古き良き味わいがある気がしてきた。

 

 さすがに汚れが目立ってきたので川で洗濯しておいた。たぶん、これで人前に出ても恥ずかしくない格好になったはずだ。前と違うところと言えば、小さなリュックサックを背負っている。これは虫本体を入れておくためのものだ。いつまでも服の下に忍ばせていたのでは逆に怪しまれることもあるだろう。人前に姿をさらす機会が増えればなおさらだ。

 

 さすがに無関心モードで誰にも気づかれず乗船手続きはできない。受付の人に話しかけると、すぐに搭乗口まで案内してもらえた。事前に保護者の同伴や身分証の用意ができないと運営に伝えており、細かく説明せずとも向こうが色々と察してくれたおかげでこちらが特に準備しておくことはなかった。

 

「では荷物のチェックを行います」

 

 変な声が出そうになるのを抑える。このまま素通りできるものと思っていた。検査員の男に助けを求める視線を送る。

 

「かばんの中を見せてね」

 

 アイコンタクト失敗。ここで拒否すれば怪しまれるだろう。私はできる限り平静を装ってリュックサックの中身を取り出した。

 

 中に物は一つしか入っていない。それはクマのぬいぐるみだった。こんなこともあろうかと、ぬいぐるみを用意してその中に本体を忍ばせていたのだ。これで見た目だけなら、ただのぬいぐるみにしか見えない。

 

「少し確認させてもらえるかな」

 

 検査員が手を伸ばしてきた。まずい、触られたらバレる。ぬいぐるみの綿を抜いて本体を突っ込んでいるだけだ。触れば中に何か入っているとわかるし、持っただけで明らかに重さが異常だと気づかれる。

 

 そうなれば不審物を船内に持ち込もうとしている怪しい乗客の出来上がりだ。正体不明の不気味な虫らしきものを見逃してくれるはずがない。

 

「だ、だめ……」

 

 私はクマのぬいぐるみを抱きしめ、検査員の男を見つめた。ふるふると首を横に振って引き渡しを拒否する。泣き落としだ。もうこれしかない。頼む、諦めてくれ……。

 

 男は困ったように笑うと無線でどこかに連絡を取り始めた。どうやら私の処遇について上にかけあっているらしい。これはいけるかもしれない。

 

「はぁ……本当に心苦しいんだが、なぜか検査の警戒レベルが引き上げられていてね。チェックしないわけにはいかないんだ。大丈夫、君のクマさんにひどいことなんかしないよ。ちょっとお兄さんに渡してくれないかな?」

 

 駄目だった。かと言って、ここで逃げ出せばもっと怪しまれる。万事休す。それでも中を見られるくらいなら逃げた方がいいのではないかと考えたそのとき、騒がしい声が後ろからこちらに近づいてきた。

 

「あ――っ! シックスちゃんだああああ!!」

 

 驚いて振り返ると、二人組の男がいた。いや、男女だろうか。一人は中性的な顔立ちで性別がわかりづらいが声は女性っぽく聞こえる。もう一人の男は左目に眼帯をつけていた。

 

「本物のシックスちゃんだよ! やべぇ、あたし写真撮っていい!?」

 

「お客様! こちらは現在立ち入り制限がされておりまして!」

 

「はあ!? なに言ってんの、あたしらオフ会のチケットもってんだよ、ほら見ろ! ちゃんとあるだろうが!」

 

「いえ、ですから一般のお客様は別の搭乗口からご入場いただけますので……」

 

 検査員の制止を一切気にせず、ずんずん近づいてくると私の手からぬいぐるみを取り上げてしまった。あっけに取られて、あっさり手放してしまう。

 

「なにこのぬいぐるみ! かわいいいいい!!」

 

 しかし、そこから起きたことはさらに私を驚愕させる。流れるようなスピードで女はぬいぐるみから本体を取り出すと、私のリュックサックの中に突っ込んだ。検査員にバレた様子はない。もう一人いた男が検査員から見えないように死角を作って、そこで一連の動作は素早く行われていた。

 

「あっ、ごめーん! なんか壊れちゃった!」

 

 あははと笑う女の手から検査員がぬいぐるみを取り返す。首が外れかけて綿が飛び出している。その穴はもともと本体を入れるために私が破った箇所で、適当に縫い合わせてくっつけていた部分だ。

 

「なんてことを……! あなたたち、こんな小さな子供からぬいぐるみを取り上げて壊すなんて、人としての常識はないのか! 警備員、来てくれ!」

 

 検査員がしきりに謝りながらぬいぐるみを返してきた。呆然とそれを受け取り、搭乗口の奥へと歩き出す。

 

 今のは何だったのか。あの二人組はシックスのファンだったのか。だが、あまりにも行動が不可解だ。まるで最初から何か知っていたかのように、彼らの行動には淀みがなかった。

 

 結果から見れば助けられたのだろう。私は荷物チェックをすり抜けて本体を持ち込むことができている。今も二人組の男女は検査員を相手に言い争いを続けている。おそらく、私の方へと検査員の注意が向かないように引き受けてくれたのだ。

 

 もう何がなんだかわからない。これから始まるオフ会のことだけでも頭がいっぱいだというのに、それに加えて意味深な男女二人組の登場。キャパシティを超えた頭は思考を放棄し、私はとぼとぼと飛行船へ向かうことしかできなかった。

 

 

 * * *

 

 

 第六災厄対策室はサヘルタ政府の密命を受けて結束された秘密組織だ。その存在も、全ての作戦行動も表沙汰にすることができない。相手が誰であろうと、水面下で秘密裏に対処する必要がある。第六災厄の存在は他国に知られてはならない事情があった。

 

 このことが世界に露見すれば、事は合衆国が災厄を持ち帰ったという責任問題にとどまらなくなる。なぜなら、サヘルタの第二次暗黒大陸遠征はV5首脳会談の承認無しに行われた、歴史上に記されてはならない事実だからだ。

 

 これまでに五大陸の主要国家は暗黒大陸への渡航を幾度も行ってきた。条約で禁止される以前からその危険性は古の歴史の中で伝えられてきた。にもかかわらず、リターンに目がくらんだ人類はリスクを持ち帰る危険を承知の上で渡航を繰り返したのだ。

 

 その暴挙は実際に災厄を持ち帰り、危険性が真に認知されるまで続いた。V5は主要各国の渡航に歯止めをかけるため、条約内容をより厳格に定め直す。許可庁はその条約を守る監視役を担っていた。そんな状況で、サヘルタ合衆国は二度目の遠征を敢行した。

 

 対外的には人類領海域を越えた先にある未開領域の調査という名目になっている。そのさらに先にある暗黒海域にまで進出する予定はなかった。そのように見せかけた上で、監視役である特別渡航課を味方に取り込むことでV5を欺き、暗黒大陸への切符を手にしたのだ。

 

 許可庁は力を持ちすぎた。もともとは国連の内部組織の一つに過ぎず、その強制力は加盟国の主権から生じるものでしかなかった。実質的に強制力などないに等しい。それが災厄という人類を滅ぼしかねない脅威に直面することで一変する。災厄の調査、研究を統括する一大機関として成長し、その管理に失敗した場合に備えて独立した軍事力を有するまでになった。

 

 これは避けることができなかった部分もある。国家とは、自身を構成する肉体(国民)のためなら他者の犠牲を、時には自分自身の犠牲さえいとわない側面が必ず存在する。自国の利益のためなら世界滅亡の危険を無視してでも手に入れたいと願う欲望の獣だ。それは五大災厄を持ち帰ったという歴史が証明している。

 

 暗黒海域の門番がなぜ何度も戒めとして災厄を持ち帰らせたのか。さもありなん、それほど人類は愚かで学習しなかったからだ。まるで彼らが人類を滅ぼすために仕組んだかのように主張する者もいるが、それは全くのお門違いである。むしろ良心的な対応であると言えよう。

 

 その国家という強大な獣たちを抑えつけ、渡航を阻む首輪をつけるためには力を持った監視役が必要となる。大国の意見が幅を利かせる従来の国際連合では不可能だった。その結果、許可庁はV5の支配から独立した機関となるために力をつけた。

 

 だが、所詮はその許可庁も人間が構成する組織に他ならない。始めは人類の滅亡を防ぐという崇高なる目的のために結成されたのだとしても、膨れ上がった権力はじわじわと内部を腐敗させていく。だからこそ、サヘルタの第二次遠征は見逃されたと言えた。

 

 それだけサヘルタの遠征には期待がかけられていた。ヌタコンブの生息海域を航行できる船の開発に成功し、恒常的に暗黒大陸と人類生存圏を結ぶ航路を確立する。その計画に許可庁が一枚噛むことで、莫大な利益を横からかすめ取ろうとした。

 

 航路が確立されればいずれ、この不正な遠征については真実が露見するであろうことは予想されていた。しかし、その圧倒的な功績をもって各国の不満は抑え込まれることになるだろう。許可庁やサヘルタの機嫌を損なえば、この安全な航路を使わせてもらえなくなる。そうしてさらに世界に対する影響力を強化するはずだった。

 

 しかし、その目論見は失敗に終わった。絶対に安全な航路など、その海には存在しないということを理解させられた。サヘルタと許可庁は条約違反の共犯者として、この事実を公表するわけにはいかなくなった。第六災厄の存在もまた、闇に秘される必要がある。

 

「つーわけでよ、仮にこの船に許可庁の人間が潜入していたとしても、派手にドンパチやるようなことはない、って認識でOK?」

 

 ここはスカイアイランド号の船内においても最大の面積を誇るメインアリーナ。そのスタジアムではサッカーの国際大会が開かれるほどの広さがある。ここが船の中とは到底思えないと、チェルは驚きを通り越して呆れていた。

 

 第六災厄対策室、特別捜査員チェル=ハース。中性的な顔立ちと体格の良さから一見して性別不詳な見た目をしているが女性である。しかし、現在着ている服装は、RPGに登場しそうな騎士を彷彿とさせるデザインをしていた。実際、これは人気大作RPGの主人公をモデルとして作られたコスプレ衣装であり、そのせいで紅顔の美形騎士に見える。

 

「まあ、普通に考えればそうなんですが、なんかきな臭いんですよね。ポメルニ氏の行方不明についても本当に許可庁がやったか確認は取れてませんし、世界的有名人の拉致誘拐とか目立つようなことを向こうさんがやりますかね?」

 

 チェルの問いかけに答えたのは、傍らにいた一人の男だ。同じく特別捜査員トクノスケ=アマミヤ。そのチェルとはまた違った意味で際立ったその服装は独特の民族衣装だった。これはジャポンという国のサムライと呼ばれる騎士階級に似た人々が着ていたものとされる。左目には刀の鍔を紐で結んだ眼帯をつけていた。これもRPGの登場人物を模したコスプレだった。

 

「てか、本当にこれ着る必要あったか?」

 

「任務だから仕方ないでしょう。僕らの顔は割れてるかもしれませんから、変装の意味合いがあるんじゃないですかね」

 

 会場にはコスプレしているファンが溢れ返っており、二人がその中で目立つようなことはなかった。この衣装は船内の店で貸し出されていたものである。

 

「だからってこの服はないだろ」

 

「チェルさんが選んだんでしょ。他にもいっぱい候補はあったじゃないですか。メイド服とか。いたっ!? 無言で突くのやめて!」

 

 チェルがコスプレアイテムの剣(プラスチック製)でトクノスケのわき腹をぶすぶすつつく。もちろんオーラを込めることも忘れていない。

 

「……クイン、あたしらに気づかなかったな」

 

 チェルが手を止め、言葉を漏らした。イベント開始を直前に迎え、馬鹿騒ぎを始める群衆の中で二人の周りだけに神妙な雰囲気が降りる。

 

 最初の任務であるシックスとの第一コンタクトが成功したかどうか、チェルたちにはまだ判別できない。しかし、少なくとも失敗ではない気がしていた。彼女たちは最悪、殺されることも覚悟の上でシックスに接触を図った。

 

 暗黒大陸調査団実行部隊クアンタムの隊員として遠征に同行したチェルとトクは、かの地でクインと名乗る少女と出会った。少女とともに冒険し、共に故国へ帰ると約束した。だが、その約束は果たされることなく、調査団は少女を置き去りにして出航する。

 

 司令官アンダームが下した判断が間違いだったとは思わない。あのとき出航を即決していなければ、調査団は全滅していただろう。だが、少女を見捨てたこともまた事実だった。

 

 船を襲った脅威を前に調査団は為すすべもなく海上で翻弄された。一瞬の隙をついて船は離脱に成功したが、その隙が偶然生まれたものではないことをチェルたちは確信していた。陸地を離れ、沖へと進む船の上で彼女らは夜の闇を切り裂く閃光を見た。何か証拠があるわけではないが、クインが助けてくれたのだと思った。

 

 船が異変に襲われたとき、真っ先に飛び出して行ったのはクインだ。チェルは彼女が持つ無線に連絡を入れた。応答はなかったが、無線からは激しい戦闘音が聞こえていた。クインは最後まで調査団のために戦ってくれたことを知っている。

 

 クインには何度も命を救われた。その恩を返すどころか裏切って、彼女たちは生き延びた。あのとき、クインを迎えにボートを出して海へ出ようとしたチェルは、アンダームに殴り飛ばされ気絶させられた。彼女の自殺行為を止めたアンダームの判断は正しい。だが、チェルは今でも思う。またあの瞬間に戻ることができたのなら、きっと彼女は同じ行動を取ろうとするのだろう。

 

 あの遠征で失ったものはあまりにも大きすぎた。だから、第六災厄対策室が立ち上げられ、アンダームからチェルとトクに連絡が来たとき、二人は心底嬉しかった。少女が映っている動画を見て笑い転げた。そして誰よりも彼女の無事を喜んだ。世界を滅ぼす可能性を秘めた存在と向き合う、その任務に迷いなく応じた。

 

 置き去りにしてしまった後悔を清算する機会を得た。遅くなってしまったが、今度こそ大切な戦友に受けた恩を返したい。もしも恨んでいるというのなら、どんな償いでもする気だった。相手が災厄だからという理由ではなく、自らの罪と向き合い命を賭する覚悟があった。

 

 だが、直接少女と会うことができた今、確かに感じることができた。アイチューバーとしてこの会場に来ている少女はクインではないのかもしれない。アンダームが懸念したとおり、クインとシックスは別人である可能性がある。彼女はチェルたちに対して何の反応も返さなかった。まるで見ず知らずの他人に向けるような目をしていた。

 

「それでも僕らがやることは変わりませんよ。きっとあの子はクインの関係者だ。なら、クインと同じように僕らが守らないと」

 

 かつてクインがそうしてくれたように、今度は自分たちがクインを守る。そのために二人はこの場所にいた。そこには第六災厄対策室から与えられた任務を越えた、決して退くことのできない個人的な理由がある。

 

「なあ、トク。今のクイン……いや、シックスはこの世界で生きようとしている。人間として、人間の中で。じゃなきゃアイチューバーなんてやってないだろう。そこに誰かが手を加える必要なんてあるのか。対策室が言うシックスの『保護』も、結局それって……」

 

「チェルさん、それ以上は」

 

 トクノスケはチェルの言いたいことが理解できた。だが、その上で言葉を制する。災厄という脅威を管理する、その政府の方針は間違いなく正義だ。トクもチェルも、そして人として生きようとしているシックスも、社会の中で何にも縛られることなく生きていくことはできない。

 

「あー、やめやめ! 今は任務に集中すっか!」

 

 ぱんぱんと自分の頬を張ってチェルが気合を入れ直した。それを見てトクも表情を緩める。

 

「そうですよ。チェルさん、最近までアイチューベのアの字も知らなかったんでしょ。大丈夫ですか、ちゃんと怪しまれないようファンになりきってくださいね」

 

「任せろって、しっかり予習済みだ。要するに、シックスちゃんモエー!! とか、言っておけばいいんだろ?」

 

「ふおおおおお……!! もしや貴殿らもシックスちゃんを愛する同志ですかな!? 共に盛り上げて参りましょうぞ! 夢にまで見た生シックスちゃんに会えるのかと思うと小生、胸の高鳴りを抑えきれず……ハアッ! ハアッ! ハアッ! ハアッ!」

 

「なんだこのおっさん!?」

 

 捜査員の二人は自然な演技で群衆に溶け込んでいた。やがて照明が落ち、広大な会場にアナウンスが響き渡る。

 

『大変長らくお待たせしました! それではこれよりアイチューベ年末大オフ会を開催いたします!』

 

 歓声が沸き起こる。打ち上がる花火、煌びやかなイルミネーション、熱狂を掻き立てるBGM、そしてスポットライトのもと舞台の中央に十一人の主役たちが姿を現した。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。