カーマインアームズ   作:放出系能力者

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39話

 

 ついにオフ会が始まってしまった。スタジアムの中央に設置された舞台の上に、私を含めた公式チルドレンの面々が集う。その様子は巨大なスクリーンパネルに映し出され、遠く離れた観客席からでもよく見えることだろう。

 

 このオフ会に集まったファンは2000人。会場の大きさに比べればかなり少ないが、そこに投じられた費用を考えれば莫大な金額である。この船を貸し切るだけでも想像を絶するお金がかかるだろうし、招待客は全ての設備利用が無料となっている。ポメルニたっての希望により実現したらしいが、例年に比べれば異常とも言える豪勢なイベントとなっている。

 

 人数は少ないと言っても、会場の熱気は既に最高潮であるかのようだ。お祭り騒ぎする観客の声が舞台まで届いていた。それに比例してシックスの心拍数が上がる中、まずイベントは主役たちの紹介から始まり進行する。

 

「それではこの記念すべき日を彩る最高の英雄たちを紹介しよう! アイチューバーキング、ポメルニより選ばれた11人の精鋭! そのトップを飾るは名実ともにナンバー2アイチューバー、ゲーム実況界の首領(ドン)、キャプテン・トレイル!」

 

「あっ、どもども」

 

 カメラを向けられ、ぺこぺこと頭を下げる男。その頭はガイコツのマスクですっぽりと覆われており、素顔はわからない。彼は主にゲーム実況動画を投稿しており、顔出しは一切していない。

 

 安易に顔出しすれば再生数が稼げるという考え方は間違いだ。ランキング上位陣にはそういった手法に頼らない者も多い。身バレを防ぐという意味もあるが、あまり自己主張をせず視聴者と一歩距離を置くスタンスの方が好まれることもある。

 

 ゲーム実況は母体数だけで言えば全動画中最大の派閥である。あれこれ自分で企画を一から考えずとも取り掛かれる気軽さがあり、そして見に来る人も多い。それだけに競争も苛烈を極め、のし上がることも難しいジャンルである。

 

 そのゲーム実況界隈のトップに君臨する男がこのトレイル。間近で見た感じ、ごく普通の男にしか見えず、身に纏う雰囲気からもスター性のようなものは感じない。顔出しNGならば声が良いのかと言うとそうでもない。人気投稿者の重要なファクターとも言える、いわゆる“イケボ”ではない。

 

 ゲームの腕が良いのかと言えば、確かに上手いがそれはあくまで普通の上級者の域に留まる。彼より上手い実況動画の投稿者はいくらでもいるだろう。では、何が彼をポメルニに次ぐナンバー2と呼ばれるだけの実力者たらしめているのか。

 

 それは“普通さ”だ。言い換えれば、親しみやすさ。ゲーム実況者であれば誰しも悩むところである、『プレイの上手さ』と『動画としての面白さ』の調整が絶妙なのだ。ただ単に上手いだけでは実況動画の魅力は十分に引き出せず、かと言ってぐだぐだともたついたプレイをしても嫌われる。

 

 彼の恐ろしさは、その調整を作為的に見せず自然体で行えるところだろう。初見プレイ、生配信であっても驚くほどストレスを感じさせず、まるで友達と遊んでいるかのような感覚で安心して視聴できる。

 

 ゲーム実況と言えばトレイル。アクション、RPG、ホラー、ジャンルを問わず、彼のプレイングと実況は外れのない老舗の貫禄がある。公式チルドレン発足以来、不動の二位を保ち続ける実績がそれを証明していた。

 

 紹介が終わり、トレイルが席に戻る。そして椅子に座ったとき、クラッカーが弾けたような大きな音がなり、驚いたトレイルは椅子から転がり落ちた。その様子を隣で見ていた男が大爆笑している。

 

「おおっと、早くもこの男がしでかした! イタズラ系アイチューバー、ジャック・ハイ!」

 

「メリークリスマース! 今年もサンタさんが良い子のみんなに素敵なプレゼントをもってきたよー! ぷぷぷぷ……」

 

 サンタのコスチュームを着た背の低い男、ジャックは世界各地を巡り数多くの著名人にイタズラを仕掛けてきたアイチューバーである。そのイタズラは子供でも思いつくようなくだらないものもあれば、テレビ局が企画したような大掛かりなものまで様々である。

 

 そのイタズラにかける情熱はすさまじく、彼のシンパが集まって結成された『ジャック加害者の会財団』が全面的に彼のイタズラをサポートしている。見ている分には面白いが、やられる方からすれば迷惑千万もいいところだろう。

 

 しかし、こう見えて人格者としての一面も併せ持ち、動画の広告利益を含めた全ての収益は財団によって管理され、世界中の恵まれない子供たちへ向けた支援が行われている。彼自身、幼い頃に戦争によって家族を亡くし、天涯孤独の身となった経歴を持っている。

 

 一種のチャリティー企画のような面もあるため、イタズラを受けた著名人は彼の行為を笑って許してくれる者も多い。ただし、だからと言って全てのイタズラが正当化されるわけではなく、ガチギレされて警察沙汰になることもあり、迷惑なトラブルメーカーであることに変わりはない。

 

「続いて、秘境を旅する肉体派ハンター系アイチューバー、ブレード・マックス!」

 

「マーッスルマッスルマッスルマッスル!」

 

 奇妙な笑い声と共に自身の筋肉を強調する大男、ボディビルダーのように精強な肉体を持ち、探検家が着ているようなサファリジャケットはボタンが吹き飛びそうなほどパツパツになっている。なぜもっとサイズに余裕を持たせないのか。

 

 アイチューベには、再生数目当てに常人では真似できないような危険を伴う行為を動画とする者もいる。公序良俗に反するような過激な内容は自粛されるべきものだが、中には専門的な技術や知識をもって撮影に当たる投稿者もおり、明確な判断基準があるわけではないが、それらはハンター系と類されている。

 

 ハンターとは私にとってあまり耳に心地良い言葉ではない。あのモックが自称していた職業でもあるからだ。しかし、ネットを使ってその実態については調べがついていた。

 

 どうやら単なる猟師のことを指す言葉ではなく、国際的な影響力を持った資格であるらしい。世界で最も稼げる仕事だとか、人間を止めた超人集団だとか、ネットでは様々な噂が飛び交っていた。試験倍率も毎年数百万倍に達するという。

 

 そのハンターにならなければハンター系動画を投稿できないというわけではない。あくまで一般人の感覚から見た“ハンターっぽい”動画を表す言葉である。しかし、ブレードの場合は正真正銘の資格を持つプロハンターだった。

 

 彼は危険生物が生息する秘境を冒険し、その実態を動画にして投稿している。見た目に反して、生物学的、地質学的知識に富んでおり、珍しい生き物の生態などを詳しく解説してくれる。

 

 プロハンターならアイチューバーになどならなくても楽に大金を稼げるはずだ。なぜ彼がわざわざ動画を投稿するようになったのか。それは、秘境に隠された美しさを多くの人に知ってもらいたいという志からだ。

 

 人知を超える進化を遂げた生物の多様性、そして自然が作り出した雄大な景色の造形美。彼の動画はそれらを余すところなく記録したドキュメンタリーとなっている。

 

 私が最近投稿し始めた野生動物動画もハンター系と呼ばれているが、ブレードのものと比べれば……いや、比べるのもおこがましい出来である。実際、その着想自体が彼の動画から得たものであり、はっきり言ってパクっただけだった。

 

 こうして本人を目の前にしてみると、その体から溢れ出る力強い生命力の気配と言い、濃厚過ぎるキャラクターと言い、とても対抗できそうにない。軽く落ち込む。

 

「お次は奇跡のヨガマスター! ダンス系アイチューバー、J・J・J・サイモン!」

 

「喜びのダンス踊るべ」

 

 ドレッドヘアをした黒人系の男は自分が座っていた椅子の上で跳び上がり、なんとその背もたれの上でアクロバットなダンスを踊り始めた。

 

 ダンス系や踊ってみた系と呼ばれるこの手のジャンルは、踊り手のビジュアルも重要な要素だが、何と言ってもダンススキルが物を言う世界である。その頂点に立つサイモンの技術はもちろん一流だが、彼の特徴はそれだけにとどまらない。

 

 彼はアイジエン大陸において古の文化が色濃く根付く中東諸国を旅し、ヨガの修行に心血を注いだと言われている。古くから伝わる呼吸法や医療マッサージ、古代武術などを独自に研究し、それを現代風のダンスと融合させた新境地『3Jフラッター』を開拓した。

 

 “かっこよく踊りながら健康になれる”のコンセプトのもと、初心者から上級者まで幅広く取り組めるダンス講座動画を投稿している。これがダイエットに劇的な効果があるとメディアで大々的に取り上げられ、一躍知名度が上がった。

 

 その他、筋肉の凝りや歪んだ骨格の矯正、腰痛、関節痛、内臓機能の活性化、アンチエイジングなど様々な医療的効果が注目され、3Jフラッターを取り入れたエアロビクスが普及。彼は、今や若者からお年寄りまで世界的に認知されるダンサーとなっている。

 

「さあ続いては、もう既に黄色い歓声が沸き起こっているぞ! アイドル系アイチューバー、ノア・ヘリオドール!」

 

「みんなー! ありがとー!」

 

 彼がさわやかな笑顔で観客席に手を振れば、女性ファンの歓声はさらにヒートアップした。トップクラスアイチューバーかつアイドル系投稿者の名が示す通り、彼の容姿は非常に端整、らしい。彼が持つ経歴もなかなかに凄い。

 

 もともとは歌ってみた系投稿者として活動していたようだ。高い歌唱力を持つ実力派として多くのファンがいたが、その頃はまだ顔出しをしていなかった。爆発的な人気を得たのはそれから数年後のことである。

 

 彼は代々名医を輩出してきた良家に生まれ、ミワル大学医学部を優秀な成績で卒業し、医者として将来を約束された地位にあった。しかし、俳優になりたいという自分が本当にやりたかった夢を諦めきれず、転身した。

 

 この頃からアイチューベでの活動を本格化。その甘いマスクと美声によりファンが急増する。俳優としても成功を収め、世界的な映画の聖地ハブリットで活躍するまでに登りつめた。さらにシンガーソングライターとしての才能を開花させ、数々の有名映画のテーマソングを手掛けるという、天が二物も三物も与えたような男だった。

 

 俳優業の傍ら、現在もアイチューバーとして精力的に活動中である。噂では彼の毛髪や使用済みティッシュが数千万ジェニーという法外な値段で取引されているとかいないとか。理解できない。

 

「続きまして紹介するのは……あれ? これはどうしたことだ!? 姿が見えないぞ……ん? なんだ、空から一枚の布が落ちてきている。ひらりひらりと舞い落ちる布が今、空席となった椅子の上に覆いかぶさり、おおっ!? なんということだ! 誰もいなかったはずの布の中から姿を現したのは、マジック系アイチューバー、快答バット!」

 

 シルクハットに燕尾服という全身黒の装いでステッキを持った仮面の男、快答バットはマジシャンである。顔出しNGどころか声も発したことはない。彼の真骨頂は何と言っても、そのレパートリーの多さだ。座右の銘は『1日1マジック』。それを有言実行し、ほぼ毎日、新マジックを披露し続けている。

 

 手品と言えば、その不思議を楽しみ、そして真相を解明してみたくなるもの。マジシャンとしてはそれを知られることは飯の種を奪われることも同じはずだが、バットは自分が作ったマジックのネタを包み隠さず公表してしまう。ネタばらしまでが1セットとなった動画構成となっている。たまに失敗するが、無言でごり押す。

 

 マジックのネタばらしや考察動画は他の投稿者もアップしているが、それを毎日自分で考えて発表するというのは脳みそが常人とは異なるとしか言いようがない。中には高度な技術や大掛かりなセットを要するマジックもあるが、タネさえ知ってしまえば真似できるものも多い。マジックで使う小物を開発販売する会社を経営しているらしい。

 

 今は自粛しているが、活動初期の頃は他の手品師のマジックショーに乗り込んでタネを暴露してしまうという凶行に及んでいた。何度か営業妨害で訴えられたことがある。一度の敗北を除いて彼に見破れなかったマジックはない(『快答バットvs.奇術師ヒソカ』)。そのため同業者からは忌み嫌われているらしい。

 

 今も、自分が登場した場所の椅子の下に身を潜める空間があったことをジェスチャーで観客に解説していた。舞台の床の中にあらかじめ隠れていたようだが、いったいいつからスタンバイしていたのだろうか。

 

「続いては、あらゆる未来を見通す男! メンタリズム系アイチューバー、銀河の祖父!」

 

「今宵は皆さまの運命を解き明かして御覧に入れましょう」

 

 怪しげなフード付きローブに身を包んだ人物がしわがれた声を発する。その顔は不気味な仮面で隠されていた。数年前、一世を風靡した占い師『銀河の祖母』の弟子を自称する男である。

 

 銀河の祖母は詐欺罪に問われ逮捕されており、それ以後メディアへの露出はなく本当に弟子がいたのかどうか定かではない。今頃になってわざわざそんな人物を師と仰ぐなどマイナスイメージにしかならないような気もするが、彼はその風聞さえも利用する型破りな占い師であった。

 

 彼は『誰よりも誠実な詐欺師』を自称する。占いに信憑性など一切なく、客の気分を解きほぐし、信用させるためのパフォーマンスに過ぎないと自ら公言している。にもかかわらず、彼の占いを望むファンは数多くいる。1時間3万5千ジェニーという高額ライブチャットは数カ月先まで予約が取れないほど客が殺到しているらしい。

 

 彼の真骨頂はメンタリズムにある。心理学に基づき、人間の思考や行動を把握し、任意に誘導する技術である。彼がアップする動画は見る者の思考を知らず知らずのうちに誘導し、まるで心の中を見透かされているかのような気持ちになる。行動心理学の応用と独自の研究による成果らしい。

 

 騙されることを前提として彼の占いを受けたがる者が後を絶たない。心理カウンセラー等の資格も多数有しているらしく、相談者の悩みをメンタリズムの力で解消するという。ただ、洗脳ではないかと疑う声もあるようだ。

 

「続きまして、息をするように絶えず何かを作り出す工場人間! 作ってみた系アイチューバー、ツクテク!」

 

「自由の女神、作るぜ」

 

 男が着ているボロボロのコートはポケットのいたるところから鉄クズが飛び出していた。そして、おもむろに1メートル四方の大きな紙をくしゃくしゃと丸め始める。いや、無造作にただ握りつぶしているように見えるが、実はとんでもないスピードで『折り紙』を折っている。あっという間に彼は精巧な出来栄えの自由の女神像を完成させてしまった。

 

 この高速折り紙のみならず、彼の工作に関する特技は多い。よくゴミを再利用して色んなものを作っている。不法投棄された粗大ゴミを材料にして遊園地を作り上げたこともある。

 

 普段は流星街という場所に住んでいるらしい。街と名がついているが、どの国家にも属せず世界中のゴミが集まり投棄されているという無人の政治的空白地帯である。彼はそんな場所であえて暮らす変わり者のようだ。

 

 彼の特技もさることながら、アイチューバーとしてブレイクしたきっかけは意外にも児童向けの工作動画だった。アイチューベには小さな子供を主にターゲットとして開設されたキッズチャンネルがある。

 

 児童向けと侮るなかれ、この視聴者層のリピート率は非常に高く、一度支持され人気を集めた動画は飽きられることなく何度も再生される傾向がある。ツクテクは単に工作の天才というだけでなく、見る人にわかりやすく工作の面白さを伝えることができる。

 

 最近はサンドボックス系のゲーム実況に手を出している。その想像力から生み出される建造物の数々は圧巻のスケールである。細部まで緻密に考えられており、作られた街の一軒一軒に至るまで、まるでそこに本物の人間の暮らしぶりがあるかのように生活感が再現されている。自身の才能と、多岐に渡りそれを表現する動画の作り手としての実力も備わったマルチなアイチューバーと言えるだろう。

 

「さあ、ここからは女性陣の紹介だ! 人気急上昇中の新ジャンル、新アイドル! バーチャル系アイチューバー、マジカル☆ミルキー!」

 

『みるぴょん参上だぴょん☆☆☆!! 今日もみんなのハートをボーパルバニィィィ☆☆☆!!』

 

 まるでアニメの中から飛び出してきたかのような少女の姿が立体映像として椅子の上に映し出されている。すぐ近くにある蜘蛛のような形をした小さな機械が投影機だろうか。すごい技術だ。

 

 黒髪にハイライトのない黒い瞳で、プロポーション抜群、バストは豊満。バニーガールとニンジャを足して二で割ったようなきわどい服装をしているが、これこそ由緒正しいジャポニーズクノイチスタイルらしい。古事記にもそう書かれている。

 

 魔法の国からやってきた暗殺者の女の子、それを演じるいわゆる“中の人”は果たしてどんな人物なのだろうか。性別は女なのか、男なのか。ネットではボイスチェンジャーを使った男だと言われているが、もしそうなら私はなおさら彼を尊敬する。

 

 バーチャルアイチューバーという存在を知ったときから、私は不思議な親近感を覚えていた。少女のアバターに命を吹き込み、キャラクターを作り出す。その工程と、自分の境遇を重ね合わせたのかもしれない。

 

 私は蟻だ。この少女の体は借りものでしかない。一方、バーチャルアイチューバーも動画上に登場する姿は作られた虚像である。こうして今、舞台上に存在しているかのようにふるまっているミルキーも、当然ながら本物の人間ではないことはすぐにわかる。

 

 彼は自分が異質な存在になりきっていると自覚しているはずだ。そして、それを視聴しているファンもまた、その真実を知っている。にもかかわらず、マジカル☆ミルキーという存在は多くの人間に認められ、愛されている。

 

 これはすごいことではないだろうか。少なくとも、私はミルキーの中の人を尊敬に値する人物だと思っている。

 

「お次はアイチューベ界きっての問題児! 炎上系アイチューバー、ベルベット・アレクト!」

 

 高校生くらいの少女が私の隣の席に座っている。ファッションのことはよくわからないが、雑誌に載っていそうな服を着て、彼女自身もモデルのように均整のとれた体形をしている。足を組み、肘かけに頬杖をつき、まるで睥睨するかのように冷めた目を観衆に向けていた。

 

 これまではアイチューバーたちが紹介されるたびに歓声が沸き起こっていたが、彼女の番だけ雰囲気が一変し、ブーイングの嵐が起きた。その反応に、ベルベットは特に何か言うこともなく、会場へ向けて中指を突き立てた。その不遜な態度に、ブーイングの声はさらに高まる。

 

 アイチューバーには炎上系、もの申す系と呼ばれる投稿者たちがいる。他の有名アイチューバーの不祥事を取り上げ、批判する動画が多い。また、世間一般に話題となっているスキャンダルなどを扱うこともある。

 

 これがなぜ『炎上』と呼ばれるのかと言えば、やり方が過激だからだ。相手の人格を否定する勢いで徹底的にこきおろす。ターゲットにされたアイチューバーのファンからすれば怒りを覚えずにいられないだろう。

 

 そうやってスキャンダルの傷口を拡げに拡げ、相手も自分も巻き込んで話題を燃え上がらせることで動画の再生数を増やしている。褒められた行為ではないことは確かだが、悪名は無名に勝る。炎上系がジャンルとして確立されるほどに、それを視聴する人もまたそれだけ存在している。

 

 テレビのワイドショーやゴシップ誌など世間を騒がせる不祥事は人々の関心を集めやすい。アイチューバーと普通のマスメディアとの違いは、良識の一線をどこまで踏み越えられるかという点にあるだろう。縛りの少ない個人の動画はより過激に、剥き出しの悪意を表現できるからこそ、それが嫌悪や共感として響く部分がある。

 

 炎上系とは嫌われ者として振る舞うことを要求されるジャンルである。そのトップに登り詰めたベルベットは並みの精神力の持ち主ではない。今も会場で斉唱されているブーイングの声は、必ずしも否定的な意味ばかりではなかった。

 

 それは偽悪への称賛。誰しも少しは心の中で思っているわだかまりを、包み隠さず平然と代弁する彼女の言葉に理を感じ取っている。非難の声すら悪名の糧とする、ある意味でカリスマと言える才能があった。

 

 そんな彼女がなぜポメルニチルドレンの座に収まっているのかと言えば、『内部から食い潰すため』と憚りなく公言している。そして、それに対してポメルニも『ベルベットは与党に対する野党のようなもの』と評し、公式ポメチル入りを認めた経緯がある。

 

 ちなみに炎上系はその性質上、ファンと同じかそれ以上にアンチの数も多くなる。特定班の(半ばストーカーじみた)執拗な調査によって彼女の住所等の情報は晒され、集団暴行に及んだアンチもいたが、全て返り討ちにされている。逆に過剰防衛の嫌疑がかけられたこともあるという武勇伝を持つ。

 

 ベルベットの紹介が終わった。ポメルニ十傑衆、そのトリである私ことシックスの番が迫っていた。もう頭の中は真っ白だ。他の人たちのように上手い受け答えなどできるはずがない。まるで死刑執行を待つ罪人のような心境だった。

 

「さあ、いよいよ最後のアイチューバー! 公式ポメチル発足以来の最年少で殿堂入りを果たした話題沸騰のルーキー! アニマル系アイチュー…」

 

「ちょっと待った」

 

 ベルベットが司会のマイクを横から奪い取った。シックスの紹介は中断される。

 

「どうしてあなたみたいなろくでもない投稿者がこの場にいるのか、私は到底認めることができません」

 

 その言葉は真っすぐにこちらを見て発せられたものだったが、私はそれが自分に向けられた言葉であると理解するまでに数秒を要した。先ほど死刑執行を待つ罪人と表現したが、例えるなら絞首刑が決まり縄が首にかけられた状態で執行を待っている最中、いきなり背後から槍で貫かれたかのような気分だ。

 

「自分が十傑衆と同等の地位にあると思ってますか? ぽっと出の新入りのくせによくこの場に参加できましたね? 辞退する気はなかったんですか?」

 

 これまでに紹介された十人のうちのほとんどは、ポメチル十傑衆と呼ばれ長い期間、公式チルドレンの座を守り続けてきた猛者たちだ。その他にも公式ポメチル入りを果たしたアイチューバーはいたのだが、いずれも再生数を稼げず脱落している。ただその地位に居続けるだけでも至難だった。

 

 この中で、私とマジカル☆ミルキーはまだ新入りと呼ばれている。これまでの流れから見れば、いずれ脱落してもおかしくないような状況ではあった。だが、それでも今は公式チルドレンであることに違いない。オフ会に参加する資格はあるし、それを彼女にとやかく言われるようなことではない。

 

「バーチャルアイチューバーは今勢いのあるジャンルだし、ミルキーとかいう気持ち悪いおじさんは新入りでもギリギリ及第点として」

 

『喧嘩売ってるぴょん☆? ぶち殺すぴょん☆☆☆!』

 

「それに比べてあなたはどう? 何、あのデビュー動画? よくあんな馬鹿みたいな動画アップできましたね? まあ、あまりにもつまらなさ過ぎて逆に話題にはなりましたけど。炎上して祭りになることまで計算ずくだったんですか?」

 

「それは、おまえが……っ」

 

 私は自分の動画が荒れた時、最初その原因が何なのかわからなかった。確かに内容はひどかったかもしれない。でも、ここまで悪化するとは想像もしていなかった。だから、傷つくことを覚悟でネット上の書き込みを色々と調べた。

 

 その結果、騒動の裏でベルベットが炎上に関わっていたことを知る。炎上系アイチューバーから見れば、私は格好の餌だったのだろう。彼女の扇動によって大量のアンチが私の動画に流れ込んでいたのだ。

 

 その事実は知ったときはショックだったが、だからと言って彼女を恨むことはなかった。その程度はアイチューベでは日常茶飯事のことだったし、物を知らなかった初心者に対する洗礼と教訓として受け止めた。

 

 だが、本人を前にして厚顔無恥にも、まるで他人事であるかのように語られてはさすがに黙っていられない。誰のせいであんな目に遭ったと思っている。

 

「お前が? はい、私がやりましたよ? 私が焚きつけて炎上させました。だから、再生数が稼げたんでしょ? 私が盛り上げてあげなかったらあれほどの爆発的なスタートダッシュはできなかったはずです。感謝されこそすれ、睨まれる筋合いはないですよ」

 

 開いた口がふさがらなかった。厚顔無恥どころではない、明確な悪意を感じる。殺されかけたことはあるが、それとはまた別種の悪意だった。どろどろと粘り、へばりつくようなその気配にたじろぐ。

 

 司会進行役の男が必死にベルベットを制止し、説得を試みるも軽くあしらわれている。ノア・ヘリオドールが仲裁に入ろうとしたり、ブレード・マックスが筋肉自慢を始めたり、ジャック・ハイがブーブークッションを使って笑いを取ろうとしたが、流れは変わらない。

 

 会場の中心に立っているのはベルベットだった。混沌としたざわめき中、観客席から野次が飛ぶ。

 

 もっとやれ、と。ここまで聞こえるはずもない小さな声だった。あるいは、私の心が作り出した幻聴なのかもしれない。既にショーが始まっている。ベルベットとシックス、公式チルドレンによるリアル喧嘩凸が。

 

「その後投稿した動画も、再生数が最初の動画を超えるようなものはありませんよね? 私はてっきり、デビュー動画みたいなおままごとをアップし続けてピエロになる道を選ぶのかと思っていましたが、あなたはそれ以下のクソまじめで面白みのない動画投稿者になり下がってしまいました」

 

 だが、私はこんな見世物に付き合うつもりはない。まともな会話もできない私が、弁舌で彼女に勝てるわけがないことはわかりきっていた。彼女の気が済むまで黙ってやり過ごすしかないだろう。何をしても火に油を注ぐだけだ。

 

「結局、何がしたかったんですか? よく公式枠を勝ち取れましたね? ポメルニの公式採用基準は以前から問題だらけでしたが、今回は弁解の余地なく間違いだったと言わざるをえません。顔だけは良いみたいですし、たぶらかしでもしましたか? ポメルニって小児性愛者だったんですね。納得です」

 

 そう、黙っているのが最善だった。だが、どうしても無視できない。自分のことならいくら言われても我慢できる。しかし、ポメルニは何の関係もないはずだ。頭に血がのぼる。

 

「ポメルニは、わるくない!」

 

 自分が考えていた以上の声が出た。その反応を見たベルベットが、冷ややかな笑みを浮かべた。しまったと思っても、一度口を出た言葉は取り消せない。どこを突けば私が動揺するか、その弱点を自らさらしたようなものだ。

 

「はあ、絵に描いたようなポメキ(ポメルニキッズ)の反応ですね。ポメルニのこと、そんなに好きですか?」

 

 彼をこけにされるのかと思った。もしそうだったのなら許せないことに変わりないが、怒りや反論という形で感情は発散できたかもしれない。だが、ベルベットの切り込み方はそんな甘いものではなかった。

 

「でもそのポメルニの顔に泥を塗ったのはあなたですよ。それまで何の活躍もしていなかった無名の新人が公式チルドレンとして異例の大抜擢。からの、爆弾投下。あなたを推薦したポメルニはどんな気持ちだったでしょうね?」

 

 騒動の後、ポメルニは何も心配いらないと言ってくれたが、ずっと気がかりだった。こんな形でアイチューバーとして有名になってしまった私を、彼は内心でどう思っていただろう。

 

「さらにポメルニは、あなたが起こした祭りの火消しのために運営に圧力をかけています。権力を濫用した度が過ぎる肩入れです。その対応もまた彼の評価を下げる結果となりました。元をただせば全てあなたが原因ですよね? 正直言って、そこまでかばわれるほどの価値があなたにあるとは思えません」

 

 投げかけられたのは、ただの言葉だ。刃物で切り付けられたわけではない。しかし、正論という名の刃は避けることも防ぐこともできず、私の心にひびを入れる。

 

「開会式が始まってからずっと緊張して、銅像みたいに硬直していますよね? 大丈夫ですか? 公式チルドレンはこれから各々、自分なりのパフォーマンスを披露してオフ会を盛り上げていくわけですが、あなたは何ができるんですか? まさか雛壇を温めているだけの芸人やタレントみたいに、ただそこに座っているつもりじゃないですよね? 子供だから、新人だからそれで許されるとでも?」

 

 最初からわかっていたことだ。ここに集まっている面々は、膨大な数の動画投稿者の中から選ばれた超一流のアイチューバー。実際に会って、その凄さを実感した。私がどんなに頑張ったところで追いつけるはずもない才能に溢れた人ばかりだ。

 

「あなたは、その席に座る資格もない」

 

 何も言い返せない。悔しさだけが胸中を渦巻いていた。こんなところに来るんじゃなかった。こんな気持ちになるくらいなら、アイチューバーなんて……。

 

 

 

 シックスちゃん!! モエエエエエエエエエ!!

 

 

 

 うつむいていた私の耳に声が届いた。会場の喧騒を切り裂くような誰かの叫び。後半は怪獣の雄たけびのような金切り声で何と言っているのか聞き取れなかったが、私の名前が呼ばれたことはわかった。

 

 どこかで聞いたことのある声のような気がした。誰ともわからぬその声は、なぜだか私を落ちつかせた。ぐちゃぐちゃに絡まっていた思考の糸がほぐれていく。緊張が解けたのと同時に涙腺も緩んだのか、涙で視界がにじんだ。

 

 それを皮切りにして、会場の空気が少し変わった。呼応するようにシックスの名を呼ぶ声がする。重なり合った声援が、会場のざわめきにかき消されることなく私のもとまで届いていた。

 

 初めは自分の名前もわからなかった。名前が必要だとも思わなかった。シックスという名は、アイチューベでユーザ登録するときに必要だったから仕方なくつけたニックネームだ。気に入らなければ後で変えればいいと、その程度にしか考えていなかった。

 

 だが、今こうしてその名を呼ばれることによって、私はようやく理解できた気がする。ここにいてもいいのだと、認められたように感じる。人より凄い動画を作ることだとか、再生数をたくさん稼ぐことだとか、そんなことに神経をすり減らさなくても、一番欲しいものは既に手に入れていたのかもしれない。

 

 これ以上情けない姿は見せられないと、セーターの袖で涙をぬぐった。

 

「はあ……泣く子には勝てませんね」

 

 ベルベットが不機嫌そうに肩をすくめてみせる。どうやらこれ以上、追及してくる様子はなさそうだ。

 

「まあ、ここに残るかどうかはあなたの勝手ですが、私のそばからは離れてくれませんか? 実は、さっきから香水の臭いがドぎつ過ぎて気分が悪いんです。それでつい、イライラしてしまいました。いくら風呂嫌いだからって香水で体臭を隠そうとするのは止めた方がいいと思いますよ?」

 

 ベルベットはよくわからない捨て台詞を言い放つ。香水なんか生まれてこの方、つけたことなどない。なぜ私が風呂嫌いだと知っているのか謎だが、それは入る必要がないからだ。シックスの体から出る汗や皮脂などの生理的反応によって生じる汚れは、一定時間経つと生命力に還元されて消滅するので、それによって体臭などが発生することもない。泥や埃といった汚れは落とす必要があるけど。

 

 なんにしろ、近づくなと言うのなら好都合だ。私だって好んで彼女のそばになどいたくはない。ブレード・マックスが席の場所を交換してくれた。筋肉質な巨漢が隣に来たことでベルベットが暑苦しいと文句を言っている。

 

「えー、開会式早々、アイチューバーたちの意気込みはフルスロットル! 御覧の通り、今年の年末オフ会はいつにもましてブッ飛んでおります! さあ、場も十分に温まったところで、次のプログラムに……」

 

 ようやくイベントの進行ができるといった様子で、マイクを取り戻した司会役が声を張り上げる。その直後、会場の照明が一斉に落ちた。

 

 観客席も、舞台も、スタジアムの全域が暗闇に閉ざされる。何かの演出かと思ったのだが、様子がおかしい。司会の人も何が起きたのか把握できていないようだ。ということは、事故による停電だろうか。会場に不安が伝染していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キティィィィィィィィィズ!!

 アァァァァァンド!!

 ブラザァァァァァァァァァァァァァァァァァァァズ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 スピーカーを通して響き渡る絶叫。その声の主は、スクリーン上に映像として現れた。ひょうきんなポーズを決める黒いシルエットがライトで照らされ、サングラスをかけたパンクミュージシャン風の男が映し出される。

 

「これはいったいどういうことだあ!? なんとあの言わずと知れたアイチューバーキング、ポメルニの登場だ! こんなサプライズは予定にありません!」

 

 一週間ほど音沙汰がなく、このオフ会にも運営から不参加が告げられていたポメルニが元気な姿を見せている。観客席では歓声が沸き起こっていた。喜ぶべき場面のはずだ。

 

『セーイセイセイ! みんな楽しんでるかーい! なかなか盛り上がってるみたいじゃないか。だが……まだ足りない。そう、今日というスペシャルなイベントに、この程度のボルテージではオレサマ満足できラッチョ! そうだろみんな!?』

 

 何か言い表せない不安が、私の中でくすぶっている。

 

『さあ、ゲームを始めよう。最強のアイチューバーを決するバトルロイヤルを』

 

 





やってみた系:ポメルニ
ゲーム実況系:キャプテン・トレイル
いたずら系:ジャック・ハイ
ハンター系:ブレード・マックス
ダンス系:J・J・J・サイモン
アイドル系:ノア・ヘリオドール
マジック系:快答バット
メンタリズム系:銀河の祖父
作ってみた系:ツクテク
バーチャル系:マジカル☆ミルキー
炎上系:ベルベット・アレクト
アニマル系:シックス

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