カーマインアームズ   作:放出系能力者

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41話

 

「ツクテクとの対戦を想定するなら、『念』に関することも知っておくべきですね」

 

 気になっていた話題に移る。念とは生命エネルギーというものを用いて常識を超えた身体能力を発揮したり、特別な能力を得たり、超常現象じみたことを起こせたり、とにかく色々できる技らしい。てっきりベルベットが教えてくれるのかと思ったが、めんどくさいと言ってブレードに解説を丸投げした。

 

 思えば、私が戦ったモックやペッジョも念使いだったのだろう。実際にその力を目にしていた私からすれば、この不思議な力のことを疑問に思うよりも納得する気持ちの方が強かった。

 

 念とは、誰にでも使える可能性がある技術らしい。それを扱うための適性は人それぞれだが、手順を踏んで修行に打ち込めば高い成果が見込めるという。しかし、一般的に念に関する知識は社会に周知されていない。

 

 念は時として人の手に余る大きな力を引き出してしまう。未熟な認識しか持たずに取り扱いを間違えば、どんな危険が発生するかわからない。だから念の伝授は、しかるべき資格を有する者が責任を持って教導することが求められる。一般には秘匿されている技らしい。

 

「その点、プロハンターは新人を除けば全員が念能力者ッスル。ハンター協会は念の研鑽にかけては他の追随を許さない歴史があり、その指導に関しても信頼してもらっていいッスル」

 

 むやみに一般人へ念の存在を教えることは禁忌とされている。その人が念を知るにふさわしい人間か否かは、教導者の裁量に任せられるところが大きいそうだ。

 

 今回はツクテクという犯罪者が敵となることで殺される可能性があることと、私の場合は念を使うために必須となる最初の関門『精孔の解放』を既に習得しているとのことで、教えてもらえることになった。どうやら今の私は半端に念を覚えている状態らしく、むしろちゃんとした知識を身につけた方がいいと言われた。

 

 ノア・ヘリオドールも一緒に講義を受けるようだ。彼はまだ念能力に目覚めていない一般人だが、彼の精孔もまた開きかけた状態にあるという。

 

「体内に蓄積された生命エネルギーを利用可能とするには、まず精孔という力の通り道を解放する必要があるッスル。瞑想によってゆっくりと道を開くか、念能力者の介助によって強引に叩き起こすか、二つの習得方法があるッスル」

 

 私の場合は後者に当たる。介助なんて穏便なものではなかったが、モックから攻撃を受けた直後から、この生命エネルギーを視認できるようになった。このように悪意ある能力者から攻撃を受けることによって念に目覚めてしまうこともあるそうだ。ほとんどがそこで殺されて終わるらしいが。

 

 一方、ノアの場合は瞑想を行うことですぐにでも精孔を開ける状態にあるという。通常は数カ月から数年に及ぶ期間を要するらしいが、ノアはトップアイチューバーたる大きな才能の持ち主だ。

 

 アスリートや芸術家、科学者など、超一流の才能を持った天才は、自分の天職を全うするために仕事や研究に没頭する者が多い。そのライフワークそのものが精孔を開くための瞑想に近い効果を持つという。そのため、誰かから教わらずとも自力で念を習得するに至る者もいるそうだ。

 

 ノアにもそれと同様のことが言え、さらに先ほどツクテクから発せられた殺気を含んだオーラをぶつけられたことにより、あと少しで精孔が開くところまで来ているらしい。本人はどこか半信半疑と言った様子だったが、ブレードからとにかく念を信じろ!と言われて、今は座禅を組んで瞑想している。

 

「念の基本は『纏』、『絶』、『練』、『発』の『四大行』ッスル。まずは纏を意識してやってみるッスル」

 

 生命エネルギーは誰しもが体内で生み出している力の源であるが、それを意図的に活用するには精孔を通して体内からエネルギーを引き出さなければならない。それもただ引き出すだけではなく、体表に纏うようにエネルギーをとどめる必要がある。この技が『纏』だ。

 

 精孔が開いた者は自ずと覚える技らしい。というか、覚えられないとエネルギーがどんどん外に漏れ出して疲労困憊してしまう。つまり、私はもう『纏』を使えているわけだ。しかし、それはあくまで無意識に行っている生理的反応に過ぎず、武法としての『纏』はまた異なるとブレードは言う。

 

 言われてみれば、ブレードが体に纏っているオーラは密度がしっかりと詰まっている気がした。それに比べて私の纏は濃淡にムラがあり、ところどころ穴が開いては微量のオーラが漏れ出てしまっている。

 

 試しにブレードの纏を真似して、それに近づけようとしてみた。血液が全身を巡るイメージでオーラを循環させてみよ、という彼のアドバイスの通りにやってみると、意外と簡単に纏の精度は高まった。気がする。

 

「おお、なかなか筋が良いッスル! 初心者の修行の基本はこの『纏』ッスル。ただ、これは念に対する最低限の防御力しかないので過信は禁物ッスル。殺気だけで圧倒されるようなことはなくなるが、オーラを纏った攻撃を直接受ければ簡単に突破されるッスル」

 

 気を抜くと纏がさっきまでの洗練されていない状態に戻ってしまう。やはり簡単に身につく技術ではないようだ。武法と言うとおり、日々の鍛錬によって磨かれていく技なのだろう。

 

 『纏』は四大行の最初の段階であり、次の『絶』は逆に精孔を閉じることで体外へのオーラの流れを遮断し、気配を隠す技だという。それを聞いて思ったのが、私が普段から使っている『無関心モード』だ。これはもしかして絶という技なのではないか。

 

「なんと、絶が使えるッスルか!? 確か、君は野生動物の生態に密着した動画を投稿していたようだが……自然に生きる動物もまた、絶に近い技能を身につけ、気配を隠す術を覚えるものッスル。そのような環境に身を置くうちに君も自然と絶を習得したのかもしれないッスル」

 

 さすが野生児は違いますね、とベルベットから軽く皮肉を言われる。この絶は身を隠す上では便利だが、念攻撃に対する抵抗力がほぼゼロになってしまうというデメリットがあるようだ。他にも『凝』という応用技で見破られることもあるなど、色々と役に立つ情報を教えてもらった。

 

「『纏』、『絶』に続いて次の『練』は……さすがにこれは素人がいきなり成功できるような技ではないッスル」

 

 『練』は『絶』とは逆にオーラの出力を急激に上昇させ、爆発的なパワーを得る技だ。先ほどツクテクを始めとするアイチューバーたちが全身に力強いオーラを漂わせていたあれも練を使った状態だったという。正確には、練によって引き出した力で纏を強化し防御力を高めた『堅』という技であり、これが念能力者同士の戦いにおいてはニュートラルな状態らしい。

 

 練を使った攻撃の前では、単なる纏の防御力などないに等しい。つまり、実質的に練ができなければ同じ土俵の上に立つこともできないのだ。できることなら使えるようになっておきたい。

 

 ものは試しだ。纏の時と同じく、さっき見た記憶を頼りに皆が使っていた練を自分もできないか再現してみる。と言っても、完全に感覚頼りの試みだ。出力を上げる……とりあえず電球をイメージして、その光がピカッと強くなる感じで……こう!

 

 体中から蒸気が噴き出すようにオーラが外へと溢れ出た。しかし、全く安定しない。入り乱れる気流のように渦巻いて霧散していく。しかも、体中に激痛が生じていた。特に手足の痛みがひどく、筋肉という筋肉が断裂していくかのような症状に襲われる。とても集中が続かず、一瞬で練は解けてしまった。

 

 ブレードの言うとおり、想像以上に難しい。パワーアップするどころかダメージを受けてしまった。筋肉の痛みは肉体の修復によってすぐに治療できたが、今の段階ではとても実戦で使える技ではないとわかった。

 

「なんですか、その化物みたいな顕在オーラ量は……」

 

「ま、マーッスルマッスル! シックス君は強化系かな!? 一瞬とはいえ、初見で練を成功させるとは、大した才能ッスル!」

 

 ブレードは言葉では褒めてくれたが、ベルベットともどもドン引きするようにこちらを見ている気がした。体中に生じた痛みについても聞いてみたが、普通は初心者でも練をしただけでそんな異常は起こらないらしい。一般初心者以下の制御レベルということか……軽く落ち込む。

 

 練はオーラの扱いが未熟なうちから取り組んでしまうと精神の柔軟さを欠き、そのしこりは念能力の成長にも悪影響を及ぼすことがあるという。まずは纏をしっかりと習熟した上で練の修行に打ち込むべきだとブレードは言った。

 

「まあ、この非常事態にそんな悠長なことは言ってられませんから、危ないと感じたら使ってください。殺されかねない攻撃でも、致命傷は免れるかもしれません」

 

 ベルベットの言うとおり、いざというとき取れる選択肢が増えるのは歓迎だ。とっさに使えるように意識はしておこう。

 

 そして、四大行の最後の技である『発』。これまで教えてもらった技は念能力者であれば誰でも使えるものだが、発だけは個人によってできることが全く異なるという。要するに、その人だけの必殺技だ。しかも、その技は自分で考えて作ることができるという。

 

「くれぐれも言っておくッスルが、絶対に発を作ろうと思わないように。纏、絶、練をしっかりと修めた上で、自分の特性と戦闘スタイルをよく理解して作らなければろくな能力にならないし、後で取り消すことはできないッスル」

 

 発は才能次第で複数作ることもできるらしいが、おおよそ一人一能力であることが多いという。つまり、使えない能力を一度作ってしまえばそれっきり、取り返しはつかないというわけだ。

 

 修行を積んだ上で、きちんとした師の指導のもとで考えて決めなさいと言われた。それでもこの場で説明してくれた理由は、敵がどのタイプの発を使うかという情報は知っておかなければならないからだ。

 

 発には六つの系統がある。強化系、放出系、操作系、特質系、具現化系、変化系と呼ばれている。個人によって得意な系統が必ず一つあり、普通はその特性に合わせた能力を考えて作る。だからどんな能力でも自由に覚えられるというわけではない。

 

 ブレードからそれぞれの系統の特性について話を聞く。その中で、操作系の話になったときに思い当たることがあった。操作系は物質や生物を意のままに操ることが得意だという。その操る対象には人間も含まれている。

 

 もしかして、ポメルニは操作系能力者の発によって操られているのではないか。彼の言動は明らかに普段とは異なっている。だが、操られているのだとすれば合点がいった。いや、そうとしか考えられない。

 

「確かに、その可能性はあります。または、今まで私たちが思い描いていたポメルニという人物像は彼の演技によるものに過ぎず、今さらけ出している姿こそが彼の本性だという可能性もあります」

 

 そんなことはないと即座に否定した。だが、その私の言葉をベルベットは否定し返す。

 

「そう言いきれる根拠は何ですか? あなたはポメルニの何を知っているんですか? 何を信じようとあなたの勝手ですが、同じように疑うことも覚えた方がいいですよ。少なくとも、たとえこの中にいる誰が裏切ろうとも動揺しないだけの想定はしておいてください」

 

 それは言い換えれば、全員を疑えということだ。自分以外の誰も信じるなと、彼女は言っているような気がした。

 

 

 * * *

 

 

 ゲームの開始時間を30分後に控えたスタジアムは人でごった返していた。その中央に設置された舞台の下に、観客の多くが集まっているからだ。その人ごみの中には、チェルとトクノスケの姿があった。

 

「もうすんげー嫌な予感しかしねー」

 

「胃薬持って来ておけばよかった……」

 

 よりにもよって、災厄と推定される少女との初の会談の場となることを想定していた絶好の機会を打ち砕くトラブル。事態は暗雲がたちこめるどころか、既に大雨強風落雷騒ぎになっているように二人は感じていた。

 

 ゲームの開始を今か今かと待ちわびる人々の視線の多くは舞台上へと向いていた。そこにゲームの主役たる選手たちの姿があるのだから当然だ。しかし、集められる好奇の目にはどこかもどかしさが込められている。

 

 それもそのはず、あと30分でゲームが始まるというのに観客をそっちのけで選手たちはのんきに話し合っているばかりだ。まるで戦う様子が感じられない。舞台上の声を拾っていたマイクは電源が切られているのか、話している内容もここからでは聞き取れない。彼らを応援するファンたちはただ待つことしかできずにいる。

 

 スタジアムの電光掲示板にはチルドレンの名前と、それぞれに所属するチーム総数が表示されていた。一部、脱落してしまったチルドレンの名前は表示されていない。

 

 

 ジャック・ハイ(赤チーム:31人)

 ブレード・マックス(黄チーム:972人)

 J・J・J・サイモン(青チーム:7人)

 ノア・ヘリオドール(緑チーム:319人)

 快答バット(黒チーム:2人)

 銀河の祖父(茶チーム:147人)

 ツクテク(橙チーム:181人)

 ベルベット・アレクト(紫チーム:2人)

 シックス(銀チーム:4人)

 

 

 チーム人数がすさまじく偏っていることがわかる。その主な理由は、ゲームにかけられた賞金だろう。勝利したチームには全員に100万ジェニーが与えられる。誰だって勝ち馬に乗りたいと考えるはずだ。いつもは一番に応援しているチルドレンがいたとしても、金欲しさに別の選手に乗り換える者も多い。

 

 しかも、どのチームにどれだけの人数が参加しているかという集計結果は電光掲示板にリアルタイムで表示されているので、人数が多いチームはさらに人を呼び込む結果となった。

 

 一番人気はハンター系のブレードだ。何と言っても、プロハンターである。その資格試験の難易度は誰もが知る所であり、その強さは折り紙つきと言える。良識ある人格も相まって、全体の半数近い参加者が集まった。

 

 二番手はアイドル系のノア。金では動じない熱狂的な女性ファンが多く、おそらくそのほとんどが女性で構成されたチームとなっているだろう。

 

 三番手は作ってみた系のツクテク。平素のプロフィールから見ればそれほど有望視される選手ではないが、それでも人を集めた理由はゲーム開始前から速攻でチルドレンの一人を討ちとった手腕を評価されてのことだ。念に目覚めていない一般人でも、彼の放つ威圧からは強者の貫禄を感じ取れたのだろう。

 

 四番手はメンタリズム系の銀河の祖父。上の三人には人気で負けているが、戦闘が得意そうなイメージがまるでない彼のもとにこれだけの数が集まっているのだから善戦していると言える。それだけ彼の占いの信奉者がいることになる。

 

 残りの面々については数えるほどの大差ないチーム人数となった。表示されている全員を足しても2000人には届かないが、これは配布されたリストバンドをまだ装着していない人たちだと思われる。

 

 実際は画面に表示されている全ての数の人間が心からゲームへの参加を望んでわけではないのだろう。とりあえずどこかのチームを選んだというだけで、この状況についていけない者も多くいるはずだ。

 

 大騒ぎしている人間も、心のどこかでこのゲームに不審な空気を感じている。だが、その不安をどこにもぶつけることができずにいた。スタッフに聞いても彼らもまた何も知らない。このスタジアムに留まっている大勢の人間も、その大きな理由は「みんながここにいるから」だろう。

 

 これがポメルニによって計画されたサプライズパーティーでなければ、いったい何なのか。その可能性が否定されてしまったとき、会場は歓喜から一転して怒号と悲鳴に包まれることになるだろう。誰もそんなことは望んでいない。だから今はまだ、これがただのゲームであることを信じようとしている。

 

 ゲームが始まって麻酔銃のロックは解除されているが、まだ撃ち合いは起こっていない。敵チーム同士でも普通に談笑している者はいる。その態度が観客たちのゲームに対するスタンスを物語っていた。

 

 いくら多額の賞金がかけられていると言っても、麻酔銃で人を撃つという行為はためらわれる。少なくとも最初の一発が放たれるそのときまでは。

 

 今はまだ表面上、トラブルが起きているように見えないが、各所では不満を爆発させている者もいるだろう。そういった負の感情が全体へと伝染していくのも時間の問題だ。

 

 大勢の人間がイベントを楽しんでいるように見えるが、その歓楽はいつ崩れ去ってもおかしくない危ういバランスの上に成り立っていた。どのような形であれ、一度ゲームが動き始めればもう後戻りはできない。

 

 享楽と緊迫が隣り合う不思議な空気の中で、チェルの右手首には銀色の光を放つリストバンドが輝いていた。

 

「よくそんな怪しげなものをつけられますね」

 

「お前が大丈夫だって言ったじゃん!」

 

 当然、最初は怪しんですぐに装着しようとは思わなかった。しかし、機械系統の扱いに詳しく爆発物の処理や解体の資格も持っているトクが隅々までチェックし、危険はないと判断された。

 

 内蔵されていた装置は説明にあった通り、脈拍などのバイタルサインの読み取り機と位置情報を知らせる発信機だけだ。この発信機は超低周波音波による信号を発信でき、短距離なら電波障害発生中でも使用できる機能になっている。普通ならわざわざこんな特殊仕様の発信機を組み込む必要などないので、この電波障害は計画的に仕込まれた可能性が高い。

 

 だが、それ以外には特に怪しいところはなかった。何らかの念が込められている様子もない。付け外しも自由の、ただのリストバンドである。ちなみに、装着して色を選択せずに放置していた場合はルーレットでどれかの色が強制的に決定されるようだ。色を決めるとその光がピカピカ点滅して、チームの見分けはつきやすいがうっとうしい。

 

「そうですぞィ、ヒデヨシ氏ィ! 貴殿も『シックスちゃん親衛隊』の一員であるならば、その証たる銀の光をこの手に宿しィ! 輝ける拳を天に掲げたいとは思わないのでしィ!?」

 

「右に同じく」

 

「この広い会場でせっかく巡り合った同士ではゴザらぬか。恥ずかしがらずともよいナリよ」

 

 チェルとトクの会話に割り込んできたこの三人組は、世界の命運を左右する任務とは全く何の関係もない、ただの一般客である。電光掲示板に表示されているシックスの銀チーム四名のうちの三人だった(残り一人はチェル)。

 

 チビのロック、デブのペイパ、ノッポのシーザー。三人は思い思いの手作りシックスちゃんグッズを装備していた。シックスちゃんうちわ、シックスちゃんハッピ、シックスちゃん自作フィギュアを首から下げている者もいる。その三人に共通していることと言えば、全員がなぜか頭に犬耳カチューシャをつけているところだろう。

 

 平時であれば絶対に関わり合いになりたくない人種であることは確かだが、彼らは銀の光に導かれて一堂に会してしまった。誘蛾灯に集まる虫のごとく。いまいち彼らのノリが理解できないチェルであったが、そのシックス愛だけは共感することができた。そして奇跡的なバランスの上に意気投合し、行動を共にすることとなった。トクは勘弁してくれと思った。

 

 一応、チェルとトクはシックスのファンという設定で潜入しているので他のファンたちと一緒に行動すればカモフラージュになる。これからゲームが始まれば遅かれ早かれ同じチームとして活動することになるだろう。そして、もし何かあったときは任務を優先する。その一線はチェルもわきまえていた。

 

 ちなみに本名は明かせないので、トクはヒデヨシ、チェルはアーサーと名乗っている。これは彼らが着ているコスプレ衣装のモデルとなったキャラクターの名前であり、三人組はロールプレイをやっているのだと受け取っている。

 

 そんなわけで銀チームの五人は舞台上の選手たちが動くのを今か今かと待っているのだが、一向に進展する様子が見えない。どうも戦いに発展するような空気ではないのでそれほど心配はしていないが、このまま放置されるのではないかという別の心配があった。

 

 チルドレンのほとんどが念能力者という予想外の事態となったせいもあって、このゲームは念能力者対念能力者という戦闘の構図になってしまった。はっきり言って、カスみたいな麻酔銃で武装した一般人を数百人集めたところでできることはあまりない。

 

 一般人の群衆よりも優先して他のチルドレンの動向をうかがう方に重きが置かれることは言うまでもない。むしろ、観客には下手に動いて騒ぎを大きくしてほしくないとチルドレン側は思っているだろう。少なくとも、舞台上に残っている選手は穏便に事を済ませようとしているように感じる。

 

 しかし、チェルたちからすればそれは都合が悪かった。せっかく自然な形でシックスに近づくチャンスだと言うのに、蚊帳の外に出されたまま手をこまねいていたのでは任務にも支障が出る。

 

「よし、作戦変更だ。これから舞台に乗り込むぞ」

 

「ええっ!? ま、マジでィ!? でも、まだゲームも始まってないし、もう少し待った方が……」

 

「お前らのシックス愛はその程度か!」

 

「うおおおお!! アーサー姉貴に続けィ!」

 

 銀チームが人ごみを掻き分けて前に出る。最前列に近づくほど込み合っているが、ある一線を境にして人の列は途切れていた。別にバリケードなどで仕切られているわけではないのに、ひしめく群衆は誰もその線を越えて前に出ようとしない。

 

 これは念による効果だ。特別な能力というわけではなく、ただの殺気である。危険を感じるほど強力ではないが、なんとなく踏み込むことを忌避させる空気を作り上げている。やっているのはベルベットだ。

 

 まるで人払いの結界のように薄く張り巡らされた殺気の使い方は見事だが、相手が念能力者であれば何の障害にもならない。ずかずかと舞台に上がり込むチェルとトクに続き、一般ファン三人組もおっかなびっくり同行した。一応、三人組は威圧に中てられないようチェルが小さな『円』で保護領域を作っている。

 

「で、あなたたちは何者ですか?」

 

 当然のごとく、この突然の来訪者たちに対して壇上にいたチルドレンの視線が一斉に集まった。チェルとトクが身に纏うオーラの流れを見れば、念能力者であることはうかがえた。

 

「野郎ども……フォーメーションAだ!」

 

「「「アイアイサー!」」」

 

 問答無用で戦闘を始める気かと、ベルベットとブレードが身構えるが、不審者の五人が取った行動はある意味で予想を超えていた。まるで特撮番組のヒーロー戦隊のように各々がポーズを決めて自己紹介し、銀色に光るリストバンドを掲げた。

 

「我ら、シックスちゃん親衛隊! ただいま参上!」

 

 その様子を見つめる視線に込められた感情は様々だった。ブレードは困惑している。ベルベットは「ああ、こいつらバカなんだな」と言わんばかりの目つきになっていた。トクは一歩距離を取ったところで傍観者の顔つきになっている。

 

 そしてシックスは、表情こそ変化があまり見えないものの、おずおずと銀チームの方へ歩み寄るそぶりを見せていた。作戦通りだとチェルは内心でほくそ笑む。この勢いでファンとしてシックスと急接近、一気に仲良くなる寸法だ。なんで念能力者が都合よく二人も紛れこんでいるのかという疑問は持たれるだろうが、勢いでごまかすつもりだった。

 

「シックス君、騙されるなッスル」

 

 だが、そこでブレードがシックスの肩に手を置き、引きとめる。

 

「素性を隠して近づこうとしても無駄ッスル。チェル・ハース並びにトクノスケ・アマミヤ、お前たちがサヘルタ合衆国の諜報員であるという情報は既につかんでいるッスル」

 

 今度はチェルたちが驚く番だった。どこでその情報が漏れたというのか。

 

「まさかファンの名を騙り正面から平然と近づいてくるとは。シックス君、こいつらは君の命を狙う危険な……」

 

「そこから先の言葉は心して言え」

 

 チェルが威圧を放った。そこには先ほどツクテクが浴びせてきた殺気の比ではない重さがある。ブレードは息をのんだ。

 

 彼らの人生は前提からして異なっている。チェルは幼少より闘うための道具として軍に育てられてきた人間だ。一人の兵士である彼女にとって全ての目的の終点は与えられた任務の達成にあり、そのために肉体を鍛え、技を磨いてきた。

 

 いかに才気に満ち溢れたトップアイチューバーといえども、彼らとは踏んできた場数もその密度も全く異なる。

 

「誰からその話を聞いた?」

 

 嘘は許さないとチェルのオーラが物語っていた。プロハンターとして名に恥じない活動と実績を積んできたブレードも、暗黒大陸からの帰還者が発する威圧を前にして言葉に詰まった。実力差は明白。しかし、ブレードは死を覚悟するほどの殺気の中で、シックスをかばうように前に出る。

 

「吾輩は絶景ハンター、ブレード・マックス。ハンターの誇りにかけて、悪に屈することはない」

 

 そう言い放ち、一枚のカードを放り投げる。攻撃ではなかった。チェルの目の前に投げてよこされたそれはハンターのライセンスカードだった。

 

 ハンター試験に合格した者にはライセンスカードが支給される。あらゆる偽造防止技術が詰め込まれたそのカードは、売れば七代遊んで暮らせるほどの金になると言われている。カードを失ったからと言ってハンターの資格が抹消されるわけではないが、二度とカードが再発行されることはなく、ハンターとしては二流の烙印を押されてしまうと言う。

 

 ハンターの誇りを謳いながら、その証を投げ捨てる。一見して矛盾しているように思えるが、その行動を取ったブレードには一切の迷いも見受けられなかった。

 

 つまり、彼にとってハンターの誇りとはライセンスカードに宿るものではない。金や他人から受ける評価でもない。己の意思と信念に基づき、成し遂げると誓う宣言。たとえ殺されようとも、彼が口を割ることはないだろう。

 

「確かに」

 

 チェルは殺気を収める。

 

「正体を隠そうとしていたことは事実だ。誠意を欠いていたのはこちらの方だった。非礼を詫びる。申し訳ない」

 

 ここはシックスの目もある。これ以上、高圧的な態度は見せるべきではないと判断した。しかし、謝罪した程度でチェルたちに対する不信が払拭されるわけではない。そしてここで非を認めるということは、自分たちの素性について明かしたも同然だった。いずれはシックスにも知られることだったが、それは信頼関係を築いた上で時間を置いて話していく計画だった。

 

「その、サヘルタの諜報員でしたっけ? それがシックスを狙っていると。その理由は? そもそも信憑性のある情報なのですか?」

 

「守秘義務があるため言えないッスル。しかし、この案件はハンター協会を通して請け負われた正式な依頼ゆえ、信憑性は保証するッスル」

 

 ベルベットとブレードのやり取りを聞いて、チェルたちはますます頭を抱えたくなった。情報の出所としては許可庁が最も疑わしい。ここまで詳細な情報を許可庁以外の何者かがつかんでいるとは考えにくい。しかし、そうなると許可庁がハンター協会に依頼を出したことになる。

 

 シックスの存在は許可庁にとっても絶対に露見させてはならない秘中の秘だ。その捜索とコンタクトを直属の実働部隊を使わず、外部に委託するというのはリスクがあまりにも高すぎる。許可庁とハンター協会は大手の得意先でありはするが、どこまで行っても別の団体であることに変わりはない。

 

 確かにアイチューバーが集まるオフ会で、シックスと共に招かれているブレードに依頼を持ちかければ話がすんなりとまとまる可能性は見込めるだろう。だが、失敗した際の諸々のリスクを加味すればとても実行できる策とは思えない。

 

 しかし、現実に敵はその狂人の発想をもって機先を制してきた。許可庁からの妨害工作があっても、それは水面下で行われるものと見積もっていたチェルたちは見事に出鼻をくじかれる形となってしまった。

 

 問題は、クインに関する情報がどこまでブレードに開示されているのかという点だ。多くを明かせば明かすほど重大な情報漏洩が起こる危険は高まるし、逆に何も知らされずに災厄と接触させればどのような逆鱗に触れるかもわからない。このような博打に打って出た許可庁の思惑を推し量ることはできなかった。

 

「では、ブレードの話が真実だと仮定して。今度はその諜報員さんに聞きますが、あなた方の目的は何ですか?」

 

「シックスとの交流、会談、そして保護だ。誓って脅かすようなことをするつもりはない」

 

「それを信用しろと?」

 

 ブレードの証言によってチェルたちは完全にアウェイな立場へ追い込まれてしまった。ここで下手な言い訳を並べ立てたところで信用を得ることは難しい。

 

「そこで提案します。自らに非があると認めるのであれば、相応の態度と行動で示すべきでしょう。私たちはこの先行きの見えないゲームを早く終わらせたい。それに協力してください」

 

 ベルベットはツクテクを狩ってくるように要求してきた。この異常事態の終息を理由にしているが、要するにていの良い厄介払いと、そのついでに他の危険因子を排除してこいと言っているに等しい。

 

「ああ、そうだ。あなたがたの大切なお姫様がアイチューバー同士の争いに巻き込まれるのは避けたいでしょうから、ツクテク以外のチルドレンもとりあえず全員倒してきてください。もちろん、これは“ゲーム”ですから死人は出さないでください。嫌とは言いませんよね?」

 

 ベルベットがシックスの頭を撫でながら薄く笑う。シックスはその手をぺしっと払いのけていた。

 

 ベルベットはシックスがチェルたちにとって重要人物であることを知った上で、それを利用しゲームを有利に進めようとしている。自分たちは体力を温存し、一方でチェルたちに複数の念能力者との連戦を強いることで少しでも消耗させておこうという意図もあるだろう。ただ、彼女もサヘルタを敵に回そうとは思っていない。

 

 チェルは先ほど、殺気の大部分をブレードに向けていたが、牽制の意味を込めてベルベットにも余波をぶつけていた。ベルベットも互いの実力に大きな開きがあることは理解している。平静を装っているが、その額にはわずかに冷や汗が見て取れた。

 

 身の程をわきまえない交渉に及べば大きな危険があることを承知しながら、ギリギリのラインを見極めて事を有利に運ぼうとする頭の回転の速さと胆力。プロハンターであるブレードはまだしも、ベルベットはただの女子高生投稿者に過ぎないと高をくくっていたチェルは認識を改めた。

 

「……わかった。その条件をのもう」

 

 たとえチルドレン全員を無力化して連れてきたところで、1ミリたりともベルベットがチェルたちを信用することはないだろう。それでも誠意を見せることに意味はある。自分たちが傍若無人な悪の諜報員ではないと証明できれば、ベルベットの信は得られずとも、シックスは反応を示してくれるかもしれない。

 

 ツクテクについては早急に対応が必要と感じている案件であったし、その他のチルドレンに関してもどれだけの危険があるのか未知数な相手であり、これもまた排除できるならしておくに越したことはない。

 

 ひとまず、このゲームをいち早く終決させ、目前の問題を解決してからシックスとの本格的なコンタクトに移ると、計画を変更修正する。

 

「その代わりに、シックスの護衛をよろしく頼む」

 

「ええ、もちろん約束しましょう」

 

「言われるまでもないッスル」

 

 ベルベットはともかくとして、ブレードは信頼のおける男だとチェルは感じた。何の根拠もない彼女の勘でしかないが、敵ながら一本芯の通った意思の強さが見受けられる。立場の違いから衝突してしまったが、悪い奴には見えなかった。安心できるとまでは言えないけれども、少しの間ならシックスを預けても大丈夫だと思えた。

 

「おほおおお!! 生シックスちゃんprprprpr!! なんという美幼女! 神々しさで直視できないィ……このままでは小生、浄化されてしまうでしィ!」

 

『パシャッ、パシャッ』(無言でカメラ撮影しまくる音)

 

「三次元の幼女は二次元の幼女に勝てない、そんなふうに考えていた時期が俺にもありました。もうこれで通報されてもいい……だからありったけを……」

 

「あっ、ちょっとブレード邪魔でしィ!? ブレードのがたいでシックスちゃんが見えないでしィ!」

 

「その駄犬どももちゃんと連れて帰ってくださいね」

 

 チェルが駄犬三人組にゲンコツを落とし、首根っこをつかんで引きずりながら壇上を降りて行く。

 

「あの……」

 

 その背中に声がかけられた。チェルが振り返るとシックスと目が合う。

 

「きを、つけて」

 

 短い一言だったが、それはチェルたちの身を案じる言葉だった。

 

 確かに両者の間には距離感がある。ブレードの話を聞いた後ではそれも仕方がない。諜報員らしき得体の知れない相手に対して歓迎するような雰囲気はない。

 

 だが、それでも。シックスと関わった時間はほんのわずかなものだったが、その関わりの中で彼女は拒絶することなく向き合おうとしてくれている。

 

「おう! 任しとけ!」

 

 少なくとも嫌われてはいない。今はそれだけで十分な収穫だとチェルは思った。

 

 


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