カーマインアームズ   作:放出系能力者

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47話

 

 ツクテクと快答バットからすれば船の墜落に巻き込まれたかのように感じられたが、実際は破壊された一区画が剥がれ落ちただけに過ぎない。ちょうどその場所に二人は居合わせてしまった。

 

 瓦礫の残骸が落下していく。豆粒のように小さくなっていくその様子をツクテクは眼下に眺めていた。

 

「焦らせやがって……この程度のモンしか作れなかったぜ」

 

 キコキコと自転車のペダルをこぐように足を動かし、その動力によってプロペラが回転し、空を飛ぶ。ツクテクは剥離した船の残骸の中で、まさに落下していくその最中に一人乗り用の人力飛行機を作り上げていた。

 

 材料はその辺りの鉄板をひっぺがして調達している。驚くべきはそれが発による能力ではなく、彼の工作力によって為し得ているという点だろう。

 

 ツクテクを乗せた飛行機はスカイアイランド号の船外、甲板の上へと到着する。飛行中の船上、吹きっ晒しの甲板の上だがそれほど風はない。高度二千メートル以上の飛行は国際法により禁止されているため、飛行船が飛ぶ高度では気圧や気温の変化は劇的というほどではない。一般人ならばそれでも辛い環境の変化と言えるかもしれないが、ツクテクは念能力者であり、活動に支障はなかった。

 

 甲板には既に快答バットの姿があった。腐っても陰獣、あの程度のトラブルは切り抜けられる実力は持ち合わせている。

 

「何か作る時ってのは頭の中に完成図を思い浮かべるものだよな。設計図でもいい。その計画に沿ってパーツを一つ一つ組み立てていくだろ。だから俺は一番嫌いなんだ。こういう物事が予定通りに運ばないことはよぉ」

 

 昇降口から二人の人物が甲板に姿を現した。一人は西洋の騎士風の衣装を着た女、チェル。もう一人は東洋の騎士、より正確に言うならばサムライ風の男、トクノスケ。サヘルタから送り込まれた最精鋭の諜報員が肩を並べて登場する。

 

「おう、もう鬼ごっこはおしまいか?」

 

 ツクテクの排除はチェルたちの目的の一つだ。加えて、ここに来るまでのうちに突破してきた用意周到な罠の数々や、示し合わせたように現れた仲間の存在など、新たな不審点も見えてきた。とりあえず、知っていることを洗いざらい吐かせる必要がある。

 

 四人は互いのオーラから揺るがぬ戦意を感じ取る。戦いは避けられない。

 

「ああ、おしまいだ。次はそうだな、玉入れでもしようぜ」

 

 ツクテクはコートのポケットから拳銃を取り出す。配布された麻酔銃ではない。鳴り響く銃声が舞台の幕を開ける合図となった。

 

 難なく銃弾をかわしたチェルたちのもとに走り寄る一つの影。快答バットが一直線に距離を詰めて来る。それに対し、トクノスケは既に手を打っていた。

 

 彼の能力『花鳥風月(シキガミ)』は鳥タイプの念獣を作り出せる。その最大の強みは、一戦に投じることができる数にある。事前に念獣の元となる紙型を作り、そこにオーラを込めておかなければ呼びだせないという難点はあるが、逆に言えば戦闘時は本人がオーラをそれほど消費することなく紙型にあらかじめ内蔵しているオーラを使用して起動できる。

 

 紙型を軸として形成された数羽の念鳥が解き放たれ、快答バットに殺到した。しかし、その攻撃が成功することはなかった。バットが投げたトランプが手裏剣のように飛び、念鳥を両断する。トクノスケもこれで倒せるとは思っていなかったが、その迎撃の鮮やかさに目を見張った。

 

 トランプをオーラによって強化して武器とすることは物珍しくはあるが、そう特別な技ではない。念能力者なら、やろうと思えば真似できるだろう。だが、多方から迫る念鳥の軌道を寸分たがわず読み取り、同時に撃ち落とすことは至難である。

 

 それを初見の攻撃でここまで完璧に見切ってくるとは思わなかった。てっきりツクテクのおまけでついてきた加勢かと思いきや、侮れない相手であると警戒度を引き上げる。

 

「こいつの相手は、あたしがやる」

 

 チェルが前に出て応戦した。鋼鉄製の床が沈むほどの踏み込みから、一瞬のうちに距離を詰めたチェルは腰に下げていたコスプレアイテムの剣を引き抜き、大上段から振り下ろす。それに対してバットは両手を打ち鳴らすと、白い手袋をはめた掌の間から手品のように一本のステッキを取り出した。

 

 剣と杖が交錯する。しかし、両者が拮抗することはなかった。バットのステッキがチェルの剣を粉砕する。剣と言ってもそれは見た目だけであって、その材質はプラスチックでしかない。武器でない物をいかにオーラで強化したところで敵わないことは当然だった。

 

 チェルは一手交えた手ごたえから、そのステッキになみなみと込められたオーラの気配を感じ取る。見た目はよくある礼装品の杖のようだが、武器として相当に使いこまれていることがわかる。これが具現化系能力によって作り出された物だとすれば、厄介な特殊効果が付いている可能性もある。

 

「悪くないオーラだ。あたしは強化系なんだが、あんたは?」

 

「……」

 

 チェルはあっさりと自分の系統を明かした。敵がその言葉を信じるもよし、信じないもよし。どちらに転ぼうとも翻弄する構えがある。

 

 彼女の問いかけに黒衣の手品師は変わらず沈黙を貫いた。ステッキを構えるバットに対し、チェルは丸腰である。しかし、武装の有無は念能力者にとって決定的な勝敗の要因とはならない。オーラによる強化は己自身の肉体を武器と為す。優れた使い手であるほどに、その傾向は顕著である。

 

 戦闘に入ったチェルの後ろにはトクが控えていた。近接格闘に優れる彼女が正面からの敵を受け持ち、トクが念鳥によって後方支援する配置が普段からよく使われる陣形になる。二人がかりでたたみ込めれば良かったのだが、敵の数もまた二人。

 

 トクは不審な動きを見せるツクテクに注意を向けた。その手にはアサルトライフルが握られている。どこかに隠していたのか、それともこの場で組み立てたのか。

 

 銃は頑強な肉体を持つ念能力者にも有効な武器である。ある程度の威力であれば生身で受け止めることも可能だが、45口径あたりになると無傷では済まない。また、機関銃のような連射性の高い銃も、被弾箇所が増えることでオーラによる防御が薄くなるためダメージが通りやすい。

 

 アサルトライフルは威力と連射性、携行性をバランスよくかねそろえた半自動小銃である。身体強化に秀でた使い手であるチェルならば凝でガードすることも可能だが、大きな隙ができてしまう。

 

 ツクテクは戦闘に入ったチェルに向けて銃を撃ち放つ。豪雨が傘を打つような発砲音が断続的に響いた。一応はタッグを組んでいるバットへの援護射撃のようだが、高度な近接戦を繰り広げる前衛を適切にバックアップするだけの技量は伴っていない。

 

 一言で言えば、雑だった。別に味方を巻き込んでも構わないとでも言うかのような撃ち方だ。乱戦をさらに荒らそうとするツクテクを放置してはおけない。バットへの対応はチェルに任せ、トクは複数の念鳥をツクテクに差し向けた。

 

「目障りな蝿なんざ飛ばしてんじゃねぇよ、オラァ!」

 

 アサルトライフルが火を噴き、念鳥を撃ち落とす。だが、ばら撒かれた弾数と比して撃墜された念鳥は少ない。その飛行速度と回避性能が被弾率を大きく抑えている。

 

 トクが使う自動操作型と呼ばれる念獣は行動範囲が広く、量産に向く一方でプログラムされた行動しか取れないというデメリットがある。使用者がリアルタイムで直接操作するタイプの遠隔操作型に比べれば、よほど高度なプログラムを組まない限り精密な動きを取らせることは難しい。

 

 だが、トクはその高度なプログラムを組む技術を会得していた。彼の故郷に伝わる陰陽術『占字』は念獣の使役に特化した念術式である。これを用いることにより、一般的な自動操作型念獣よりも複雑な状況対処が可能となる。

 

 紙型に書きこまれた術式(AI)が攻撃の軌道を予測し、自動回避する。バットには念鳥の動きを見切られてしまったが、ツクテクの射撃技術ではこの動きを完全に捉えることはできない。

 

「くそっ、ちょこまかと……!」

 

 業を煮やしたツクテクがフルオートで銃弾を掃射した。その弾幕を前にさすがの念鳥も回避しきれず撃ち落とされる。だが、アサルトライフルは連射性に優れた銃ではあるが、マシンガンのように大量の弾薬を積んではいない。フルオートで撃ちっぱなしにすれば、すぐに弾切れを起こす。

 

「くっ、弾が……ちょっ、待て!?」

 

 無事に弾幕を切り抜けた念鳥がツクテクの場所へと到達する。鳥たちは内包されたオーラを威力に変えて捨て身の体当たりを図った。一羽につき、トクが一日かけて注ぎこんだオーラが詰め込まれている。もはや念弾の域を越えた念爆弾。一発でも当たれば致命傷になりうる威力だ。弾切れした銃を抱えたまま立ち尽くすツクテクに為すすべはない。

 

「なんてな」

 

 ツクテクが腕を振るう。その一薙ぎで念鳥たちは一掃された。直撃を受けたにも関わらず、ツクテクは無傷のまま一歩も動いていない。

 

「おいおい、蚊に刺されたかと思ったぜ。いくらなんでも手ぇ抜き過ぎじゃねえのか? それとも今のが全力だったか?」

 

 安い挑発を受け流し、トクは冷静に分析する。トクは自身の力を過信するつもりはないが、先ほどの攻撃は念能力者一人を屠るのに十分な威力があった。防御力を極限まで高めた強化系能力者なら防ぎきれないこともないだろうが、ツクテクは果たしてそれほどの使い手だろうか。

 

「そうですね、ではこちらも少々本気を出しましょうか」

 

 見極める。トクは紙型の束を宙に放った。風に流された紙型が鳥の群れへと姿を変えて空を舞う。その数、五十羽。並の念能力者なら十人単位で相手取っても不足はない数の暴力が、たった一人に向けて投下される。

 

「う、うそだろ? なんだその数はっ!? てめぇのオーラはどうなって……」

 

 鳥たちは餌に向かって一直線に群がった。全ての念鳥弾が同等の威力を持っているわけではない。五十羽のうち、一週間級のオーラを込めた念鳥が十羽、一か月級が三羽混ざっている。さらにそれらは『隠』によって気配を消しながら鳥の群れに紛れている。

 

「うわあああああ!?」

 

 ツクテクは逃げることもできず爆撃の餌食となった。四方八方から次々に襲いかかる念鳥たちが全弾命中する。念能力者とて骨も残さず消し飛ばすほどの威力があったはずだった。

 

「ま、よゆーなんですけどね」

 

 粉塵が晴れたその場所に、男は無傷の状態で立っていた。現実的に考えて、基礎的な念能力ではどうやっても防ぎきれないはずの攻撃だった。何らかの『発』を使って防いだとしか考えられない。

 

 念鳥に込めていたオーラに留まらず、体内のオーラまで大量に消費したトクは、息切れを起こしながらふらついていた。それほどの消耗を伴う攻撃だったにもかかわらず敵はダメージを受けていない。だが、何の収穫もないわけではなかった。その能力の全容を見抜くことはできなかったが、およその推測を立てることはできた。

 

 まず、身体強化によって防御力を高める類の技ではない。そもそも攻撃が当たっていないのだ。ツクテクを守るように透明の防壁が作り出され、念鳥はそこで止められていた。

 

 この防壁はかなりの強度を持っているが破壊不可能ではない。攻撃の最中に何度も打ち破る手ごたえがあった。そう、何度もだ。一枚だけでなく、無数の壁が多重構築されている。防壁は無色透明なため一般人には視認できないが、念能力者ならばそこに込められたオーラから形状を把握することができた。

 

 そして最も不可解な点が、その防壁の強度である。トクの念鳥弾を防ぐほどの壁を念によって作り出すとなれば、そこには相応のオーラが込められていなければおかしい。トクが何日もかけてオーラを注ぎこんだ念弾をあっさり防ぐような盾を、どのようにしてこれほど簡単に作り出しているのか。

 

 一見すればあまりにも不自然な現象であるが、その正体にトクは気づく。似たような能力を使うトクだからこそ、いち早く気づくことができた。

 

 念鳥弾の群れを前にしてツクテクは空中に高速で指を走らせ、オーラを使って文字を描いていた。これは念文字と呼ばれ、念能力者にとってはよく知られた手慰みのようなものだが、肝心なことはその書かれている内容である。

 

「『神字』を使った念術式。それほどの速度で書きあげることができるとは……」

 

「ちっ、バレたか。もっと驚かせてやろうと思ったのによ」

 

 トクが占字を使って念鳥に複雑なプログラムを施したように、ツクテクはこの神字を空中に書き記すことで防壁を作り出すことができる。より正確に言えば『空気』を材料として何かを作り出す。これがツクテクの能力『虚構工作(フィクションライター)』である。

 

 ツクテクという名はネット上での活動名であり、彼が身を置く闇社会においてもその実名は知られていない。そのため彼は『工芸士(クラフトマン)』の通称で呼ばれている。

 

 その仕事の多くは『記念品』の作成である。魔道具とも呼ばれるその品々は現代科学では解明できない摩訶不思議な効力を持っている。破壊不能の錠前、燃やされようと必ず届く手紙、見たこともない場所を撮影できるカメラ……その効果は多種多様である。

 

 これらは専門の技術を学んだ念能力者の職人が、制作物にオーラとともに神字を刻みこむことによって作り出される。その制作工程には多くの時間と労力を要し、無論のこと完成品の良し悪しは作り手の技量に大きく左右される。

 

 ツクテクは記念品の職人として稀代の腕を持っていた。圧倒的な制作速度と完成度の高さから数多くの顧客を有するが、惜しむらくは彼が流星街の出身であり、引き受ける仕事にモラルを全く持ち合わせていないところだろう。

 

 『虚構工作』は言うなれば『空気の記念品』である。材料はどこにでもある。そして、実戦レベルで使用可能な記念品を一瞬のうちに作成するスピードは他の職人には真似できない妙技だ。

 

 神字は刻みこむ術式によってその物や場所に様々な効果をもたらす。その多くは念能力の強化や補助に使われる。場所の確保、所要時間、道具の必要性など制限も多いが、制約や誓約といった重いリスクを背負わずに能力を強化できるメリットもある。

 

 一般に、この神字に頼った戦い方しかできない者は念能力者としての基礎力を欠くと思われがちだが、それが突き抜けた使い手となれば話は全く変わってくる。ツクテクの技にかかれば、オーラの費用対効果も引き起こせる現象の規模も桁が違う。

 

 そして六系統の分類上、ツクテクは操作系能力者であり彼の能力『虚構工作』は神字を媒体とする物質操作に当たる。だが、本来は生物を操ることを想定して作られた能力であり、空気操作は類稀なる記念品創作技術を取り入れることで発展した応用技である。オーラで体を保護できない一般人であれば人間も操作可能であった。

 

 ポメルニを操り、マフィアの思惑通りの行動を取らせていたのもツクテクだった。ポメルニは刻み込まれたプログラムに沿って行動し、例えツクテクが死んだとしても命令を完遂するまで止まることはない。

 

「まぁでもさっきの攻撃は実際ビビったね。一般客に偶然混ざった念能力者ってレベルじゃねぇよな。なんなの、お前ら。つっても言うわけないか」

 

 ツクテクはオーラを纏った状態の人間を操ることはできないが気絶させてしまえば簡単に術式を書き込める。そうなれば強制的に情報を喋らせることもできる。

 

「つーわけで、ちょっと半殺しにさせてくれ」

 

 神字術式が空中に刻みこまれた。ツクテクが空気を使って作り出せる物は防壁だけではない。その形は自由自在。接近戦も不得手ではなく、様々な形状の武器を扱う。

 

 その武器は剣なのか、槍なのか、大きさ、形状、その全ての情報は術式の中に収められており、発動させるまで敵からはわからない。さらに、その形は術式を書き換えることによって如何様にも変化する。

 

 トクは念鳥を放つが、ツクテクは高速で術式を書き上げ、防壁を作り出しながら進撃した。ついに接近を許したトクに向けて、無色透明の攻撃が襲いかかった。ただ単に空気を硬くするだけではなく、柔軟性などの性質を持たせることまで可能としたその不定形の武器から繰り出される一撃は、間合いを測ることさえ困難とする。

 

 念鳥を使うことでさらにオーラを消耗したトクは堪え切れずに膝をつく。万事休す、ツクテクは勝利を確信した。

 

 形なき武器を生み出す能力。それは確かに強力だった。もし、ツクテクがその技に生涯を捧げる覚悟で修行を積んでいたならばトクは敵わなかっただろう。しかし、彼は生粋の“武人”ではなく“職人”だった。

 

 同じくトクも自分が武の心得を持つ人間だとは思っていない。兵士ではあるが、戦場における彼の主な役割は後方支援である。それ以外の分野においては得意というほどの武術は持ち合わせていない。

 

 だが、それでも彼は訓練を積んできた。兵士には、いかなる状況であろうと立ち向かわなければならない時がある。たとえ形勢不利な条件が重なろうとも最善を尽くすだけの基礎は叩きこんできた。

 

 トクは紙型を鳥の形に具現化せず、細長く束ねて連ねた。侍装束の姿に相応しく、片膝を立てた居合の構えを取る。隻眼は一切の揺らぎなく敵を見据えていた。

 

 彼は自分の能力である『花鳥風月(シキガミ)』について、その最たる長所が念鳥の精密操作にあるとは思っていない。最も優れた点とは、あらかじめオーラを溜めこんでおけるというところだ。

 

 オーラを込めた紙型がある限り、術者本人はオーラを消耗することなくいくらでも念鳥を呼び出せる。だが、この戦いにおいてトクは体内のオーラがほとんど空になるほど消耗した。そのように“見せかけた”。

 

 あえて自身のオーラを使ってまで攻撃することにより敵の油断を誘ったのだ。演技ではなく正真正銘、トクはオーラが欠乏した状態にある。一度使用したオーラは睡眠などの休息を取らない限り回復することはない。少なくとも戦闘中に回復することは通常、あり得ない。

 

 だが、彼にはそれができる。紙型はオーラを別の容器に移し替えて保存することができる外付けのタンクとしても機能する。オーラを貯蔵していた紙型から逆にオーラを引き出すことによって、トクの全身に活力がよみがえった。その事実にツクテクが気づく前に、彼の攻撃は完了する。

 

 

『式陣刀・月下散葉』

 

 

 神速の踏み込みと抜刀によって巻き起こされた風がツクテクの横を通り抜ける。トクの手に握られた紙の刀は、その内に蓄えられた膨大なオーラを斬撃に変え、燃え尽きながら風の中へと溶けていく。

 

「お、俺の、腕……」

 

 ツクテクが術式を書く時間はなかった。それでも攻撃の瞬間に異変を感じ取り、とっさに防御しようとした手並みは見事だったが、一手及ばず。盾にした空気の武器ごと両断される。ツクテクの両腕が血しぶきをあげながら宙を舞った。

 

「があああああああああああ!?」

 

 これで術式を書くことはできなくなった。トクは間髪入れず、ツクテクを仕留めにかかる。敵を無力化したからと言って油断するつもりはなかった。念能力者との戦いは互いの命がある限り、時には命なき後においても何が起きるかわからない。

 

 何が起きるかわからないのだ。

 

 両腕を失い、苦痛に泣き叫ぶツクテクだったが、その目は死んでいなかった。もはや念術式を用いた能力を使うこともできない絶体絶命の状況にも関わらず、まさに死をもたらそうとするトクに対して向ける表情に恐怖はなかった。

 

「書き込んだぞ……!」

 

 敵の実力を見誤ったがゆえにツクテクは負傷した。彼は武人ではなく、職人だった。だが、トクもまた敵の実力を正確に把握できているわけではなかった。常軌を逸した職人の妙技を。

 

 トクは背後にある気配に気づく。そこにあったのは斬り飛ばしたはずのツクテクの腕だ。主なき腕が独りでに宙へ浮かび、その指先がめまぐるしく動き術式を構成していく。

 

 ツクテクが稀代の職人であることは事実だが、実はその技術をもってしても本来ならば空気を材料にして即興で武器や防壁を作り上げることはできなかった。物を作ることはできるにしても、時間がかかる。一瞬の判断が命取りとなる戦場において使えるような技ではなかった。

 

 では、どのようにしてその課題を克服したのか。彼は自分の腕に術式を書き込んで操作したのだ。それは『術式を書くための術式』である。これによってツクテクは思考のスイッチ一つで自動的に術式を書きあげるプログラムを自分自身に仕掛けていた。

 

 自動操作型の特性である。操作対象は与えられた命令を遂行するまで活動を停止することはない。術式が生きている限り、腕だけになろうともプログラム通りに動き続ける。

 

「爆ぜろォ!」

 

 ツクテクが作ったモノは、空気でできた武器や防壁ではなかった。それは念鳥の制御を狂わせる術式だ。

 

 トクの念鳥も念術式によってプログラムされていることは確かだが、その言語は念能力者が一般的に使う『神字』ではなく、ごく限られた地域でしか知られていない『占字』だ。異なる記述様式を使って制御に干渉してくるなどトクは思いもよらなかった。

 

 二つの念術式のわずかな共通点を見つけ、その脆弱性を突いてプログラムを書き換える。ツクテクは、その作業を戦闘と並行して完成させていた。トクは制御を取り戻そうとするが間に合わない。

 

 紙型に込められていたオーラが暴走し、爆発する。敵を駆逐するために蓄えていたオーラの威力を、トクは自分自身で受け止めることになった。

 

 






イラストを描いていただきました!

ちせ様より

【挿絵表示】

かわいさのシックスと迫力の王。

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