カーマインアームズ   作:放出系能力者

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48話

 

 ツクテクとトクが攻防を繰り広げる一方で、快答バットとチェルもまた激戦が続いていた。チェルは対戦しながら戦況を把握していく。

 

 まだバットは能力らしい能力を使っていない。ステッキを武器として、身体強化を主軸とする接近戦に終始している。その体術から見て間違いなく一流クラスの使い手であることはわかるが、格闘戦において言えばチェルに分があった。

 

 顕在オーラ量、身体強化率、そして格闘技術はチェルが大きく勝っている。強化系能力者として弛まぬ努力を重ね、技を磨いてきたチェルの攻撃はそのどれもが一撃必殺と呼べる威力にまで高められている。

 

 単純な戦闘力を比較すれば勝敗はすぐにでも決するものと思っていた。しかし、現実には戦いが続いている。敵の発を警戒して迂闊に攻めきれなかったという理由もあるが、それを除いても倒すことができる機会は何度もあった。その機会をものにできずにいる。

 

 その理由が敵の“読み勘”の良さだ。互いに初めて戦う相手だというのに、チェルの動きの癖を正確に読んでいた。あと一歩というところで攻撃を外される。そのせいで、互いに一度も有効打を与えていない状況が続いていた。

 

 チェルはバットの仮面の内側から悪寒が走るほど気味の悪い視線を感じる。恐ろしいほどの観察眼だ。一瞬たりともチェルの動きから目を放さない。その攻撃の“答え”を探し出そうとする執念こそ、身体能力で劣るバットの最大の武器だった。

 

 それでもこのまま戦いを続けていれば、いずれチェルの勝利で終わるだろう。バットは一度でもチェルの動きを読み間違えばそこで負ける。そして、チェルもまた戦ううちにバットの動きを学習している。いつまでも読まれる側にいるわけではない。

 

 だが、その停滞する戦いの最中、突然の爆発音が鳴り響いた。トクが派手に攻撃を仕掛けていたことは知っていたが、今回の爆発はそれとは異なる。ツクテクの反撃に遭い、術式を暴走させられたトクの自爆だった。

 

「トク!?」

 

 チェルはトクの実力を知っている。その上で信頼して敵の一人を任せたが、ツクテクはその予想以上の実力者だったということだろう。仲間の窮地を見せられ、動揺を隠せない。

 

 その隙を見逃すバットではなかった。練り上げられたオーラを纏うステッキがチェルの体を打つ。これまで沈黙を保っていたバットは変わらず何も言わないが、その攻撃にはわずかな感情の波が見て取れた。

 

 それは怒り。敵に攻撃を当てた喜びではない。くだらないことに気を取られ、隙を晒したチェルに対する憤りをあらわにする。

 

「『明かされざる豊饒(ミッドナイトカーペット)』」

 

 しかし、直撃したはずのバットの攻撃が空を切った。彼は我が目を疑う。絶対の自信を持つ観察眼に間違いがあったことが信じられない。

 

 チェルの能力『隠された豊饒(ナイトカーペット)』は、『円』に『隠』を施すことができるというものだ。一見してそれは直接的な戦闘力には関係のない能力に思えるが、彼女はその発に改良を加えて新たな技を生み出した。

 

 それが『明かされざる豊饒』。この円の領域内において、バットの勝ち目は万に一つもない。

 

 バットの胸部に衝撃が走った。チェルの拳が突き入れられる。その一発の打撃だけで心臓が破裂するほどの衝撃が炸裂した。常人ならば即死。念能力者でも十分に致命傷となる攻撃である。バットほどの使い手でも戦闘不能は免れない威力があった。

 

 しかし、彼は倒れない。攻撃を受ける瞬間に『凝』によってオーラをかき集め、胸部の防御力を向上させていた。ぎりぎりのところでチェルの攻撃を読み、対処が間に合っていた。

 

 だが、ダメージをゼロにはできない。チェルの拳には肋骨を数本折った感覚が残っている。内臓にも殺しきれなかった衝撃が届いていた。普通ならば立っていられないほどの激痛に襲われているはずである。

 

 それでもバットは屈しなかった。少なくないダメージを受け、さらに劣勢に立たされながら、なおその戦意は消えない。むしろ、彼の体から発せられるオーラからは湧き立つような闘志が感じられる。

 

 チェルは改めて敵を脅威と認識した。トクのことは気になるが、バットを倒さずして助けには向かえない。まずは目の前の敵に集中すると決める。

 

 

 * * *

 

 

 斜め45度に傾いた地面の上を様々な物が転がっていく。私はノアに抱えられ、そしてそのノアはブレードに抱えられる形で何とか踏みとどまっていた。

 

『今からこの船をみるぴょんの魔法で不時着させるぴょん☆ 安全のためにソフトランディングを心がけるけど、ちょっと船体が揺れるかもしれないぴょん☆ 許してぴょん☆』

 

 ちょっとどころの騒ぎではない。私たちは念能力者だからまだ何とかなっているが、一般人なら怪我人が出てもおかしくないほどの事故となっている。右へ左へと転げ落ちる物に押しつぶされれば最悪、死者が出ることもあり得る。

 

『でも、不安に感じちゃう人もいるよね☆ だから、みるぴょん……みんなのために歌います☆☆』

 

 そしてスピーカーから大音量で垂れ流されるアニメソングとミルキーの熱唱。会場は阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。

 

 現在、この船は自動操縦システムによって全ての飛行機能が制御されている。パイロットが直接操縦しているわけではなかった。もし、そうならとっくに操縦室に乗り込んで鎮圧している。何者かがシステムをコントロールしてアクセスできない状態にされていた。

 

「ということは、そのシステムをマジカル☆ミルキーが乗っ取ったということッスルか!?」

 

 マジカル☆ミルキーがハッカーとして高い技術を持っていることは知っていたが、まさか船そのものを乗っ取るとは想像もできなかった。しかし、そうだとすれば船をどこかに不時着させようとする理由はわかるにしても、こんなにめちゃくちゃな操縦をする必要はない。爆弾でも使っているとしか思えないような破壊も起きている。

 

「自分の命さえ無事なら他人がどうなろうと知ったことではない、ということでしょう。船を派手に翻弄することで、運営への揺さぶりをかけているのかもしれません」

 

 ミルキーの気持ち一つでこの船の運命は決まるということか。ここまで事態が深刻化すれば、これまで黙してきた運営も何らかの対応に出る可能性は高い。黒幕をあぶり出すための脅迫行為ではないかとベルベットは言った。

 

「この船は外部との通信が遮断された状態にあります。つまり、外部からシステムに入り込むことは不可能。ミルキーは船内のどこかにいるものと思われます」

 

 自分が乗っている船を墜落させるようなことはさすがにないだろう。現段階でもかなり激しく揺れており、爆発も起きているが、そう簡単にこの船が落ちることはないという。

 

 巨大で鈍重、飛行能力は最低限に抑えられた飛行船だが、その安全性だけは異常なほどこだわって作られており、飛行不能に陥ってもすぐさま墜落することはない設計になっている。それを計算した上での爆発だと思われる。

 

 まるで生配信の一つでも行っているかのような冗談じみた演出や、お世辞にも上手いとは言えない歌唱も運営に対する挑発か。理由はわかっても納得はできない。とにかくこれ以上被害が広がる前に止めさせなければならない。

 

「この広い船内からターゲット一人を見つけ出すことは、現実的ではありませんね。これはこれで良い展開なのでは? 私たち念能力者なら爆発に気をつけていれば死ぬことはないでしょうから」

 

 ベルベットは運営が音を上げるまで放置した方がいいと言う。無責任な物言いではあるが、それを責めることができるほど良い代案は思い浮かばなかった。

 

 私たちにできることと言えば、せいぜいミルキーの居場所を探しまわることくらいだ。それに私たちはミルキーのアバターの姿は知っているが、その本人の姿は全くわからない。向こうも簡単に身バレするような下手は打たないだろう。

 

 行動を起こすには判断するには情報が少なすぎる。まだ私たちは静観するしかないというのか。爪が食い込むほど固く拳を握りしめる。

 

 確かに彼女は殺し屋の少女という設定で、時には過激な発言をすることもあったが、ここまでのことをしでかすような人間だとは思わなかった。

 

「ミルキィィィィィィ!!」

 

 叫んだのはブレードだ。大音量の放送を凌ぐほどの声が響く。怒りを孕んだその声に、映像の中のミルキーが反応を示した。こちらの声が聞こえている。ならば対話ができるかもしれない。

 

「君にも何か考えがあっての行動なのかもしれんが、罪なき一般客を巻き込んでいい理由にはならないッスル。穏便に済ませる道は他にもある。今すぐこの騒ぎを止めるッスル」

 

 ブレードの真っすぐな問いかけにミルキーは体を震わせた。大粒の涙をぽろぽろと流し始める。

 

『ふぇぇぇ~☆ 筋肉ムキムキマンがみるぴょんをイジめるよぉ~☆ みるぴょんはみんなを助けたいだけなのに~☆』

 

 しかし、泣きじゃくっていたミルキーはその涙を拭うと何かを決意したような表情に変わる。

 

『でもっ、みるぴょんは負けない……☆ みるぴょんはっ、正義の魔法暗殺少女マジカル☆ミルキー☆ ファンのみんなの声援がある限りっ、今日も元気にボーパルゥゥゥバニー☆★☆』

 

「僕が言うのも何だけど、アレとまともな会話をするのは無理だと思うよ」

 

 ノアにアレ呼ばわりされるとは。相当だぞ、マジカル☆ミルキー。

 

『止めようとしても無駄ぴょん☆ みるぴょんは電脳世界の魔法暗殺少女なんだぴょん☆ リアルの世界の人間ではみるぴょんに触れることもできないぴょん☆ でもね~……』

 

 そこでミルキーは何か考え込むようなしぐさを取った。

 

『それはちょっとアンフェアかもしれないと思ってるぴょん☆ 今はアイチューバー同士が戦うゲームの最中なのに、これじゃみるぴょんの優勝確定☆ ワンサイドゲームになってしまうぴょん☆ それは一人のエンターテイナーとしてどうかと思うぴょん☆ そこでみるぴょんは他のアイチューバーにもチャンスを与えることにしたぴょん☆』

 

 小さな物体が私たちのそばに近づいてくる。それはミルキーが最初に登場した際、その姿を立体映像として映し出していた蜘蛛型の機械だった。八本の脚を使って歩いてきたメカ蜘蛛は私たちの前に到着すると変形し始めた。ヘルメットのような形態になる。

 

『それはみるぴょんが開発した次世代型VR体感デバイスの試作機だぴょん☆ これを装着することで、誰でもVRの世界にダイブすることができるぴょん☆ つまり、みるぴょんと戦うこともできるのだぴょん☆』

 

 要するにVRゴーグルみたいなものらしい。当然ながら、これをつけたところで本当に魔法の世界とやらに行けるわけではない。ミルキーが用意した映像の世界を体感できるというだけだ。

 

 ミルキーはVRゲームでの勝負を持ちかけてきた。ベルベットやブレードが見た限りでは念的な気配は感じないらしいが、それでも何が仕掛けられているかわからない装置である。好んで使おうとは思えない怪しげな装置だが、ミルキーの次なる言葉によって状況が変わる。

 

『もし、みるぴょんを倒すことができたら、素晴らしい情報をプレゼントするぴょん☆』

 

 それはポメルニの所在に関する情報だった。ミルキーはハッキングによって船内の監視カメラの操作まで可能としている。運営の中枢にまで侵入した彼女ならば、ポメルニがいる場所を突き止めたとしてもおかしくはない。

 

 無論、疑いの余地は大いにあるが、判断するための情報が少なすぎるし、疑い始めれば切りがない。私はミルキーの誘いに乗ることを提案した。少なくとも彼女が用意したゲームに挑まなければ、まともに対話を試みることもできないだろう。

 

「待つッスル。まさか、自分がその役を引き受ける気か?」

 

「ダメだよ! そんなの何をされるかわからないじゃないか!」

 

 男性陣からの反対は予想していた。すんなり認めてはくれないか。ベルベットならば面白がって賛成してくれそうなものだが。

 

「勝手にそういうことをされるのは困りますね」

 

 だが、思わぬことにベルベットも反対派に回る。まさか彼女から気遣われることがあろうとは。

 

「私たちがサヘルタの諜報員から、あなたの護衛依頼を受けていることをお忘れなく。危険が及ぶようなことをされると面倒なのでおとなしくしていてください」

 

 気遣いなどなかった。至極、真っ当な正論を突きつけられる。だが、私もここで引き下がることはできない。ポメルニを助けるために情報は少しでも集めておきたい。

 

 皆が懸念している危険については、私に限って言えばおそらく問題ないのだ。シックスの体ならば大抵のことは無理が利く。その回復力、いや修復力について明かすべきだろう。そのためには説明するより実演した方が手っ取り早い。

 

 私は『練』を使った。迸るオーラの輝きに包まれ、それと同時に肉体が内側から爆発してしまいそうなほどの力と痛みに襲われる。やはり今の段階では長くこの状態を維持できそうにない。皆がぎょっとしている最中、私は自分の拳を自身のもう片方の腕に向かって叩きつけた。

 

 その力は凄まじく衝撃だけで体が吹っ飛びそうになったが、意外にもダメージは少なかった。なぜなら殴りつけた腕の方もオーラによって強化されているためだ。修行を積めばオーラを体の各部に集散させることもできるらしいが、念についてつい先ほど知ったばかりの私にそんな技術はない。そのため、全力で強化した拳によって全力で防御した腕を殴りつけるという締まらない結果に終わる。

 

「何やってんの、ママ!?」

 

 腕をミンチにするつもりで殴ったのだが、骨折程度の怪我で済んでしまった。まあ、これでも実演にはなるだろう。ぽっきりと折れた腕を修復して見せ、自分の能力について説明する。

 

 この体のことや本体の存在には言及せず、ただ『超回復力』があるとだけ話した。たとえ肉体が欠損しようとも、すぐに回復して活動できる。仮にVRゴーグルに爆弾が仕掛けられていて頭を吹っ飛ばされようとも本体が死ぬことはない。

 

「確かに回復力が高いことは認めますが、さすがに話を盛りすぎでは」

 

「いや、さっきのシックス君の目は本気だったッスル。自分の腕を失っても構わないという覚悟がなければ躊躇なくあの拳は放てない……それほどの一撃。不覚にも止めに入ることができなかったッスル」

 

「……あながち嘘でもないようですね。ジャック戦で見せた蛮勇もその能力があるためですか。サヘルタから付け狙われているだけの理由はあると」

 

 私の能力というか体質について一定の理解は得られたようだが、だからと言って全面的に信頼してもらえるかはわからない。自分が無鉄砲な提案をしているという自覚はある。皆はそれを止めようとしてくれているのだから、その気持ちは無碍にできない。

 

 だがそれでも、いつまでも受け身のままでいることはできなかった。ミルキーの話を全て無視して取り合わなければ一番安全なのだろうが、それでは何も変わらない。誰かが何とかしてくれるのを待つよりも、今、自分にできることがあるのであればそれをしたい。そうでなければ、きっと後悔する。

 

 理性よりも感情が優先していた。ヘルメットを拾おうと動いた私だったが、その肩に手が置かれる。ノアが私の隣にいた。そして私の体から力が抜けていく。倒れそうになったシックスの体をノアが抱え込んだ。

 

「ぐっ、こ、これはまさか……!」

 

 同じようにブレードとベルベットもその場に倒れ込んでしまった。これは周囲の生物に病を与えるノアの能力だ。なぜこのタイミングで力を使ったのか。

 

「やっぱりママはすごいよ。こんな小さな体で一生懸命さ。今回の件も一人で何とかしてしまうのかもしれない。でも、僕は見過ごせないんだ。たとえ体が無事だったとしても、苦痛を伴う危険があるのではないかと考えると黙ってはいられない」

 

 現在進行形でノアの能力によって気を失いそうなほどの憔悴が本体に生じているわけだが。

 

「わかってるんだ。この中では僕が一番、役立たずだ。この能力だってうまく使いこなせない。でも、だからこそ、ここは僕に任せてもらおうか」

 

 ノアはヘルメットを装着する。

 

「こう見えてもゲームは得意な方なんだ。必ずポメルニの情報を手に入れて帰ってくるよ」

 

 シックスならば心配もなく敵の誘いに乗ることができた。ノアがその役を肩代わりする必要は全くない。どうしてそこまでするのか。止めようにもノアの能力によって体に力が入らない。

 

 ヘルメットから機械的な駆動音が鳴り始める。その様子を固唾をのんで見ていると、ブザー音がけたたましく鳴り響き、警告色のランプが点滅した。

 

 

「あびゃびゃびゃびゃびゃびゃびゃびゃびゃ!!」

 

 

 ノアが奇声をあげる。ビクビクと痙攣しながら倒れ込んだ。ノアと私の体が離れることで病気発生の能力も解除された。私はすぐに彼の状態を確認する。

 

 先ほどまで体が触れていたためわかったが、これは電気ショックによる攻撃だ。ヘルメットから直接頭部に強力な電気を流しこまれれば、さすがの念能力者でもダメージは避けられない。

 

「あびゃ……」

 

 どうやら命に別条はないようだ。気を失うだけで済んだらしい。ほっと胸をなでおろす。

 

『あっ、言い忘れてたぴょん☆ 電脳世界に入ることができるのは魔法少女の資質を持つ者のみ☆ 野郎はお呼びじゃないぴょん☆ シックスかベルベットならゲームへの参加を許可するぴょん☆』

 

 そのミルキーの言葉に怒りが湧く。そうならそうと初めから説明しておけば良かったはずだ。無用な電撃を浴びせる必要もない。

 

 ノアが取った行動は余計なお世話と言ってしまえばその通りだ。わざわざ自分から危険に首を突っ込んでいくようなことをしなければ、こんなことにはならなかっただろう。だが、その行動はシックスを思ってのことだった。

 

「ベルベット君、大丈夫か!?」

 

 私がノアの容体をうかがっている間、ブレードは倒れ込んだベルベットを介抱していた。ノアの能力は解除されたはずだが、すぐに立ち上がることができない様子である。おそらく、ジャック戦での消耗が響いているのだろう。実はやせ我慢して気丈に振る舞っていたのかもしれない。

 

 ベルベットには気の毒だがこれはチャンスだ。私はブレードがこちらから目を放している隙に、ノアからヘルメットを取り外して装着する。

 

「待て、早まるな! シックス君!」

 

 ノアの仇を取る、というほど大仰な感情ではないが、わずかながらの義憤は湧いた。装着したヘルメットのバイザーが可動し、視界が覆い隠された。そして首周りを拘束するように蜘蛛の爪が顎を固定し、着脱を封じられた。

 

 

 * * *

 

 

 何も見えず、何も聞こえない。このヘルメットは遮音性もかなり高いらしい。緊張のためか、心臓の脈打つ音がやけにはっきりと感じられる。

 

 と言っても閉ざされた感覚は視覚と聴覚だけで、他の刺激に関してはちゃんと感じ取れる。今も、おそらくブレードが私の無事を確かめようとしてくれているのだろう。身振り手振りで無事を報告する。伝わっているのかどうか不明だが。

 

【生体情報を読み込み中……】

【アバターをデフォルト設定で制作します】

【指定されたバトルコスチュームを装着します】

 

 すると、目の前にログのような文字列が表示された。そこから一気に視界が明るくなり、自分の姿が見えるようになる。実際にはそのような映像を見ているに過ぎないのだが、その映像は恐ろしく精巧に作りこまれていた。

 

 どのような技術を使ったのか全くわからないが、このヘルメット型の機械がシックスの身体情報を正確に読み取って3DCGアバターを作り出したようだ。

 

 基本的に一人称視点で展開される従来のVRゲームと同じだが、操作キャラは現実の自分の姿を忠実に再現している。次世代型VRデバイスを謳うだけあり、本当にバーチャルの世界に入り込んでしまったかのような臨場感である。

 

 驚きはあったがそこまでは理解できる。問題は服装だ。現実に私が着ていた服とは違う。水着に靴下だけというわけのわからない格好にされていた。

 

 目の前に鏡のような物があって自分の姿を確認できた。水着は地味な紺色でワンピースタイプ、なぜか胸に『しっくす』と書かれたゼッケンが縫い付けてある。泳ぐ要素のあるゲーム内容なのだろうか。それにしては太ももまで長さのある黒い靴下の存在が謎だ。靴も履いている。

 

 さらに頭の上には犬のような獣の耳らしきものが生えていた。触ってみるがヘルメットのゴツゴツした手触りしか感じない。なんだか映像があまりにも精巧に出来過ぎていて感覚がおかしくなりそうだ。

 

 そして手にはピンク色のステッキが握られている。アニメに出て来そうな女児向けの玩具みたいなデザインで、武器には見えない。握られているというか、これも映像なので実際には手にくっついているように表示されているだけだ。そのため手放すこともできない。

 

【指定されたバトルフィールドが選出されます】

【天空闘技場ステージが選択されました】

 

 そうしているうちにもログが流れていく。理解が追い付かないまま状況は進み、白一色だった空間が剥がれるように変化していく。あれよあれよという間に私は広い競技場のような場所に立たされていた。

 

『さあ、やってきました! 本日のスペシャルマッチ! 魔法少女たちによる夢のバトルが幕を開けます! まず姿を見せたのは挑戦者シックス! キュートな新米魔法少女は果たしてどのような戦いぶりを見せてくれるのか!』

 

 競技場を取り囲むスタンドには満員の観客が詰め寄せている。湧き起こる歓声は空気を振るわせるように真に迫っていた。

 

 そして私が立っている場所の対面の入場口がゆっくりと開いていく。ドライアイスの煙がもうもうと立ち込める中、その霧の向こうから一つの影が姿を現す。

 

『対して、それを迎え撃つは最強の魔法少女! その超破壊力を秘めた魔法を前にして挑戦者は無事でいられるのか! 魔法の国が誇る暗殺教団「ゾディアック12」の執行人にして、伝説の魔杖「バクルス・イルーミナンス」の使い手! マジカァァァァァァル!! ☆!! ミルキィィィィィィィ!!』

 

 


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