爆発の中心地にいたトクノスケはその爆風によって吹き飛ばされていた。
思考に生じた一瞬の空白。その隙を埋めるべく、鍛え上げられた感覚が飛びかけていた意識を呼び覚ます。甲板から転げ落ちる寸前で目を覚まし、何とか床にしがみつく。
もし全ての念鳥弾が暴発していれば全力の堅で守りを固めようと死は免れなかった。爆発の直前、彼は紙型からオーラを吸い出して念鳥弾の威力を抑えたのだ。
それでも完全に威力を殺しきることはできなかった。オーラの吸い出しが間に合わず、爆発は食い止められなかった。全身の至るところに重傷を負い、無事な部分を探し出す方が難しい有様である。
オーラだけは過度に充実しているが、それもあまり良い状態とは言えない。一度に多量のオーラを吸い出し過ぎた影響が生じていた。
人間の体にはオーラを溜めこんでおく器がある。その器に入りきるオーラの最大量をMOP(マックスオーラポイント)と呼ぶ。トクの場合、このMOPを超える量のオーラを紙型から取り込もうとしても体外に全て流出するだけで意味がないため、普通はそのようなことはしないのだが、今回はそうせざるを得ない状況に追い込まれた。
MOPの何倍にも上る数値のオーラが体内を通過することによって供給過多に陥り、体調に異変が生じていた。内臓ごと吐き出してしまいそうな嘔吐感を抑え込み、敵を見据える。
「くそがっ! くそがくそがくそがくそがあああ!! よくも俺の腕を! お前だけは絶対に許さねぇ……!」
職人の命とも呼べる両腕を切断されたツクテクの怒りは計り知れなかった。その感情と激痛によってオーラは激しく乱れている。そんなオーラの練り方では出力が安定せず、戦いに向いた状態とは言えないが、彼の戦い方は神字術式によるものだ。術式にさえ狂いがなければその効果は常に一定。そして、どれだけ怒りに支配されようとも術式を刻む彼の技術に狂いはない。
切り離された両腕は空気のギブスによって固定され、止血されている。傍目からはくっついているように見えるが、あくまで固定されているだけで満足に動かせる状態ではなかった。だが、それでも彼の腕は流麗に文字を描く。あらかじめ刻みこまれていた術式にオーラを流せばロボットのように正確にプログラムを遂行する。
まるでオーケストラを指揮するように彼が指を振るえば、それに合わせるかのごとく空気が鳴動する。うなりをあげる風の塊が一か所に凝縮されていく。
「『飛べ!』」
凝縮された空気の圧力が一気に解放された。そのエネルギーがトクへと向かう。ツクテクが作り出した物は「大砲」だった。空気の大砲が空気の砲弾を撃ち放つ。空気圧を原動力とする砲弾を、トクは寸でのところで回避した。
しかし、その砲弾はトクの横を通り過ぎることなく、その手前で爆発する。砲弾自体にも圧縮された空気が詰め込まれていた。荒れ狂う暴風に弾かれ、トクの体は宙を舞った。必死に甲板の縁に指をかけ、落下を食い止める。爪が剥がれるほどの力で崖っぷちを握りしめた。そうでもしなければ風に押し流されてしまう。
ツクテクが宙を撫でるように手を動かした。フリックするようなその動きに合わせて、先ほど描いた空気大砲の術式がいくつにも分かれていく。コピー&ペーストされた術式が横一列に並んだ。その数、十門の大砲が一瞬にして構築される。
怒りに駆られているツクテクだったが、それ以上に敵の戦闘力を警戒していた。むやみに近づくようなことはもうしないし、する必要もない。遠距離攻撃によって嬲り殺す。もしくは吹き飛ばして船から落とす。トクが落下から復帰できるような状態ではないことは、ツクテクの目から見ても明らかだった。
立っているだけで限界に近いトクにとって、その砲弾の掃射を全てかわしきることは不可能だった。甲板から落ちれば死ぬ。その最悪の結果だけは回避すべく行動する。木枯らしに揉まれる葉のように翻弄され、何度も地に叩きつけられた。
満身創痍のトクに残された反撃の手段は一つしかなかった。その手に握られた一枚の紙型である。ツクテクに術式を暴走させられる直前に、一枚だけ手の中に握り込み、制御を取り戻すことができていた。
しかし、裏を返せばたった一枚しか取り戻せなかったという両者の技量差の表れでもあった。他の紙型は爆発に巻き込まれて全て破壊されてしまっている。この最後の念鳥弾を敵に届かせるためには、あまりにも多くの障害が立ち塞がっていた。
「いいぞ! もっと踏ん張れ! 簡単に落ちたらつまんねぇもんな!」
砲弾は爆風こそ生み出すものの、込められたオーラが散逸するため直撃しない限りダメージはそれほどでもない。トクが万全の状態であったなら、回避は難しくともさほど苦労せず対処できただろう。
ツクテクは無様に転げ回るトクを見て嘲笑を投じる。じわじわと命を削り取られていきながら、それでもトクは立ち上がり続けた。その手の中で、巣立ちを待つヒナドリを守り続ける。
そして、最後の希望が放たれた。紙型を核として具現化された一羽の鳥が大空に羽ばたいていく。ツクテクはそれを見逃さなかった。すぐさま全ての砲門を念鳥へと向ける。
「吹き飛べ、羽虫がぁ!」
念鳥は回避行動を取るも、爆風の渦からは逃れられない。だが、一か月級の膨大なオーラが込められたその念鳥弾は強風に煽られながらも羽ばたきを止めることはなかった。ふらりふらりと風に逆らわず、身をゆだねながら飛行する。
ツクテクはその様子を見て舌打ちする。だが、何も問題はない。トクが放った念鳥は一羽である。苦し紛れの最後の足掻きであることを理解していた。
ツクテクには絶対の自信を持つ最強の守りがあった。彼が着ているボロボロのコートこそ、自身の最高傑作と呼べる記念品『ラナンキュラス』。その裏地には十万字に迫る神字術式が幾重もの生地として刻み込まれている。
50枚に及ぶ空気防壁を360度死角なく半円状に形成し、破壊された防壁は皮膚が新陳代謝によって生まれ変わるように内側から瞬時に再構築されていく。防壁は地面に固定されるため使用中は移動できず、その長大な術式回路にオーラを流し込むまでに1秒ほどかかるという条件はあるが、発動さえしてしまえばこの防御を突破することは不可能である。
少し前にトクが数十羽の念鳥弾を差し向けた時でさえ危なげなく防ぎきったこの個人要塞を前にして、たった一羽の念鳥弾による攻撃など焼け石に水。空気大砲の暴風を凌ぎきった念鳥がツクテクへ向けて高速接近するが、既にラナンキュラスの発動は完了していた。
「はい残念でしたぁ! お前の攻撃は――」
人は自らに死が迫るその瞬間、まるで時の流れが遅れているかのような感覚を味わうことがある。
ツクテクはゆっくりと流れる時間の中で目の当たりにする。輝く念鳥のくちばしが空気の防壁に触れ、そして何の抵抗もなくその切っ先が差し込まれる瞬間を。障壁が次々に突破されていく。その刹那に天才の頭脳は理解した。これは防壁を破壊しているわけではない。
『神字』とは異なる術式体系『占字』はジャポンにおける陰陽道に基づいて発展してきた。陰陽道の中には『式返しの呪法』というものが存在する。ある術者が送り込んできた悪しき神霊に対して、それを祓い、逆に呪いを送り返す防衛術である。
その技術を現代の念知識に照らして説明するならば、術式(プログラム)の書き換えであった。それはツクテクがトクの念鳥に干渉して暴走させたように、敵の念獣の制御を乱す技術である。念獣の操作術に力を入れて取り組んできた文化圏ゆえに発展した技と言える。
高度な術者であれば制御を乗っ取って操り、敵へと送り返すこともできる。その域の術となると一門の党首クラスの実力を要するためトクには扱えないが、敵の術式に穴を開ける程度であれば可能だった。
トクにはツクテクのように瞬時に敵の術式を書き換えるような技量はない。対抗術式を作るにしても時間がかかる。そのための時間を稼ぐ必要があった。敵の攻撃に堪えながら、念鳥弾の紙型に『式返し』の術式を書き込んでいたのだ。もし、ツクテクがトクを嬲り殺そうとせず、速攻で決着をつけに来ていれば危なかった。
彼にはツクテクには及ばないにしても術式に関する人並み外れた技術と知識がある。故郷を離れ、西洋の文化に触れることで『占字』だけでなく『神字』を学んでいた。その勉学と修練によって、二つの術式体系を交えた『神占式』をいくつか編み出している。
ツクテクは、その継ぎはぎだらけで今にもエラーを起こしかねない冗長な術式を見た。彼ならばもっとスマートに効率的に同じ術式を再現できる。素人が無駄な努力を重ねてひねり出したお粗末な術式だと断言できる。
なのに、その子供の落書きじみた汚い術式によって、彼の最高傑作である無敗の鎧は貫かれた。断じて許せない。職人の矜持が叫ぶ。こんなことは認められない。
しかし、無駄な記述が多すぎたがためにその解読と対抗術式の構築が遅れるという皮肉を呼ぶ。まるで歌か詩のように恣意的で掴みどころのないロジックを用いた占字術式は、敵の解析を欺くために生み出された技法でもあった。
刹那の判断が生死を分けるその一線を、彼は制することができなかった。
念鳥弾が到達し、ツクテクの頭部が弾け飛ぶ。
* * *
『ポイント&KO制! 時間無制限一本勝負! 始め!』
まるで状況がつかめない中、シックスとマジカル☆ミルキーによるゲーム対決が始まってしまう。ルールの説明すらない。
たぶん格闘のような形式で戦うのだと思われるが、そのために最低限の操作方法くらいは把握しておかなければならない。とりあえず試しに体を動かしてみる。
ヘルメットにモーションキャプチャのような機能がついているのか、現実で動かした通りにゲームの世界の体も動くようだ。これなら直感的に操作できる。
だが、ことはそう簡単な話ではなかった。ゲームの世界と現実とは、言うまでもなく全く異なる光景が広がっている。VRゴーグルに映し出されている光景は平らな地面だが、実際に私がいる現実では激しく揺れ動く船の上だ。
見ているものと実際に感じる平衡感覚の差は強烈な違和感となっていた。VRゲームは予期せぬ視界の揺れなどのストレスによって3D酔いを起こしやすいと言われているが、なまじクオリティが高いとその酔いやすさも半端ではないようだ。
『ふっふっふ☆ どうかね、初めて味わう電脳世界の感覚は☆ 慣れてくれば眼球運動の検知による行動予測とEEGD(Electroencephalography Digitizing)システムによって、ゲーミングチェアに座りながらでも快適に操作可能だぴょん☆ もっとも、初心者は何よりもまずゲロを吐かないように気をつけることだぴょん☆』
3D酔いや乗り物酔いなどの原理はまだ解明されていないところが多いが、感覚の相違によって生じる脳の誤認識、一種の幻覚症状ではないかと考えられている。野生生物が幻覚を見る要因として最も懸念されるべきは毒物の摂取による症状であり、酔いから吐き気が生じることも毒物を体外に出そうとする防衛反応である。
つまり、これは正常な人間の生理的反応であるためオーラによる修復が利かない。あまりにもひどい症状は抑制できるが、完全に酔いを消し去ることはできなかった。オーラ修復も万能ではなく、こういった融通の利かない部分がある。
『では、そろそろおしゃべりは終わりだぴょん☆ 我が最強魔法のエジキとなるぴょん☆』
ついにミルキーが攻撃を仕掛けてきた。彼女が杖を振るうとその先端から光の弾が発射される。野球ボールほどの大きさの光弾が強打されて飛んでくるくらいのスピードで向かってきた。
すぐに回避する。単発なら避けるのはそれほど難しくないが、ミルキーは次々に弾を撃ち出してきた。現実世界ならそれでも普通に避けられただろう。だが、感覚の異なるこちらの世界では、うっかりしていると何もないところで転びそうになる。
光弾の連射を避けきれず、一発当たってしまった。その直後、頭からビリビリと電撃が流されるような感覚に襲われる。
『クリーンヒット! ワンポインッ! ミルキー!』
ノアがやられた電気攻撃だ。どうやらゲーム中のダメージ表現としてもこの電撃が用いられるようだ。気を失うほど強力ではないが、突然の電気刺激に体が硬直してしまう。何とかその場は勢いで追撃を避けた。次から硬直にも気をつけて行動しよう。
光弾が直撃してもゲーム中の自キャラは健在だった。ちょっと服が破れているが問題なく行動できる。ただ、視界の端にゲージのようなものと「9/10」という表示がポップアップした。おそらくこれが体力を表しているのだろう。同じ攻撃をあと9回当てられるとこちらの負けになると思われる。
『魔法少女のバトルコスチュームに助けられたみたいぴょんね☆ でも、そのガードはいつまでも続くものではないぴょん☆ せいぜい丸裸にされないように気をつけることだぴょん☆』
ルールがだいたいわかってきた。あとはこちらの攻撃手段だ。もしかして、今私が握っているオモチャの杖からも同じように光弾を撃てるのではないか。試しにぶんぶん振ってみると、思った通り攻撃が出た。
『ぐあっ!?』
運悪く試し撃ちした弾が近くにいた審判の人に当たってしまう。ごめん。
ミルキーは自分の魔法を最強だのなんだのと大げさに語っていたが、私の杖から出た光弾も大きさやスピードともに全く同じものに見える。ゲーム制作者の立場を利用して理不尽なルールを押し付けるようなことはないようだ。意外とキャラの性能自体はフェアである。
これで反撃の糸口は見えた。私は杖を振りまくり、弾を発射しまくる。
『なにその動き!?』
要は杖を振るというモーションに反応して攻撃が行われる。ならば腕を振り、それを戻すまでを最小の動作で行うことによってより早い連射が可能となる。弾が発射されるタイミングを見切って、オーラで筋力を強化、急制動をかけた後すぐに脱力、その反動を利用して素早く元の位置まで腕を戻す。
その壊れたゼンマイ人形のような動作は多少奇異に映るかもしれないが、なりふり構ってはいられない。こちらも負けるわけにはいかないのだ。
『きゃああああ☆』
『クリーンヒット! ワンポインッ! シックス!』
弾幕作戦が功を奏し、ミルキーの体力ゲージを削ることができた。この調子で一気に勝負をつけると息巻いたそのとき、私は敵が張り巡らした巧妙な罠の存在に気づいてしまう。
『いやあああん☆』
私が放った光弾の直撃を受け、ミルキーのバトルコスチュームが一部破損していた。バニーガールをモチーフとした、ただでさえ露出の多い衣装がさらにあられもないことになってしまう。私は思わず目をそらしてしまった。
『やったな~☆ お返しだぴょん☆』
敵がその隙を見逃すはずもない。光弾の雨あられが飛んでくる。まともに視線を向けることができなかった私は無様に被弾してしまう。
『クリーンヒット! ワンポインッ、ミルキー! 2-1!』
落ちつけ、まだミルキーに1発しか当てていないこの状況、私が勝利するためにはあと9発もクリーンヒットを狙わなければならない。あと9回も……そんなことをしたらミルキーの服はどうなってしまうのか。
想像しただけで頭が沸騰しそうになる。なんという卑劣な精神攻撃を。
『そらそらそら~☆ 恥ずかしがってる暇はないぴょんよ☆』
だが、ここで屈するわけにはいかない。心頭滅却し、必殺の弾幕連射を放つ。これならば相手をよく見なくても、とにかく数で圧倒できる。
そう思ったのだが、いくら弾を撃っても一向にヒットを知らせる審判の声はあがらなかった。ちらっとミルキーの方を見れば、全弾余裕で回避している。その淀みのない動きを見れば、いかに彼女がこのヴァーチャル世界における身体感覚に優れているのか一目でわかった。
私が勝ちとったポイントはまぐれ当たりですらなかったのだと気づく。ミルキーが本気を出せば、やみくもに撃ちまくった弾などかすりもしない。プレイヤースキルの差を痛感する。
『いいのかな、こんな絶好球を投げちゃって☆』
何となく、危険な気配を感じて警戒心を高める。その予感は的中した。ミルキーは弾を放つのではなく、私が撃ち出した弾を杖で打ち返してきた。そういう使い方もできるのか。
しかも、それは単なる防御に留まらない。打ち返された弾は段違いのスピードを持っていた。その強烈な反撃を何とか回避しようとするも、仮想と現実の感覚差がラグのように反応を遅らせる。弾が直撃し、ひと際強力な電撃が全身を流れた。
『ダウンッ! ワンポインッ、ミルキー! 3-1!』
スピードも倍なら威力も二倍。これまでの攻撃力とは明らかに違う。さらに私の頭上にはヒヨコがくるくると飛びまわるようなエフェクトが表示され、ただでさえ操作しにくかったキャラのレスポンスがさらに低下する。
いっそダウン扱いにして復帰までの猶予をくれと言いたかったが、ゲームの進行上はダウンから立ち直ったことになっているらしく、その隙にも当然のように敵の攻撃の手が止まることはない。
『クリーンヒット&クリティカル! 6-1!』
敵の大量得点を許し、根こそぎ体力を奪われた。このままでは負けが確定するまで幾ばくもない。それに対してミルキーの体力は残り9。そのあまりに離れた差に歯噛みする。
この流れを変えなければ負ける。少なくとも、状態異常が解除されるまで持ちこたえなければ勝ち目はない。身を隠せる遮蔽物があればいいのだが、この競技場にそんな都合のいい物は置かれていなかった。
いや、本当になかっただろうか。ここに来てから体験した、全ての記憶を掘り起こす。その中に光弾を遮ることができる物体が一つだけあった。あの場所に逃げ込むしかない。
『クリティカル! 8-1!』
弾に当たることにも構わず走る。これで残された体力は2。クリティカル判定が出れば一発で負けが決まる。思い通りに動かない体を引きずって、一縷の望みを賭けた場所へと飛びこんだ。
『ぐあっ!?』
光弾が審判に当たり、苦悶の声を漏らす。そう、その場所とは審判の影! 彼の体を盾にしてミルキーの光弾を防ぐ。
『フッ、まさかこの土壇場でRD(レフェリーディフェンス)戦法に気づくとは……なかなか見込みのある魔法少女だぴょん☆ けど☆ いつまでその守りがもつかな☆』
『ぐあっ!?』『ぐあっ!?』『ぐあっ!?』『ぐあっ!?』『ぐあっ!?』『ぐあっ!?』『ぐあっ!?』『ぐあっ!?』『ぐあっ!?』『ぐあっ!?』
何発もの光弾を浴びせられる審判だが、彼は直立不動のままその場から動かない。すまない審判、もう少しだけ堪えてほしい。
深呼吸して心を落ちつける。今の私に必要なものは大逆転を狙う策ではない。ただ冷静になること、それだけだ。
点数やプレイヤースキルの差に落ち込んでいてどうする。ここが敵の用意した舞台であり、敵のホームであることは最初からわかっていたはずだ。もっと理不尽な勝負を突きつけられたとしてもおかしくなかった。それを考えれば現状を嘆くなど甘えでしかない。
ミルキーは十分、公平に戦う場を用意してくれた。彼女は一人のゲーマーとして対等な勝負を持ちかけている。その誇りにかけて、きっと約束だって守ってくれるはずだ。私が勝てば、ポメルニの場所を教えてくれる。
たかがゲームと浮ついた態度で真剣さを欠いていたのは私の方だった。戦う相手の本質を見ようともせず、勝負に勝てる道理はない。
『ぐあああああああっ!!』
審判の体力が限界を超えたようだ。それまで置物のように固定されていた審判の体が場外に吹っ飛んで行く。これで隠れる場所はなくなった。しかし、時間を稼げたおかげで状態異常は解けている。そして、覚悟を決める用意もできた。
ここからが本番だ。
私の気配の違いをミルキーも感じ取ったのか、攻撃の手を一旦止めた。
『まさかこの点差から勝てるなんて思ってないよね☆?』
勝つ。その一心を込め、杖の先を突きつける。
『はっ……面白い奴……☆』
高まる緊迫。薄氷を踏むような時の中で両者は睨み合い、そして、動く。
私がミルキーに勝っている点は連射性の高さだ。それを武器に、とにかく撃つ。その攻撃のことごとくは回避されていくが、それでも牽制になる。相手に行動の自由を許すよりはいい。
数で勝負する私に対して、ミルキーの攻撃は正確性に長けていた。さすがは数々のFPSで廃人級の実力を見せる猛者。そのエイム力、敵の動きと着弾までの時間を読んだ照準合わせの巧みさは称賛に値する。だが、私だっていつまでもやられているばかりではない。
『あれ、動きが良くなってない……☆?』
ミルキーの光弾をかわす。そして、打ち返す。速度を増した反射弾を、ミルキーが慌てて回避した。
『はえっ☆!? いったいどうなって……☆』
互いに光弾を放ち、回避する。両者ともに被弾することなく撃ち合いが続く。
『初心者なら、このゲロ吐き必至のVR空間でまともに動くこともできないはず☆! どうやってそこまでの操作テクニックを☆!?』
仮想世界と現実世界における認識の差異から生じる感覚麻痺。このVRゲームには独特の操作性があり、その感覚に慣れるまでは行動に大きな制限ができてしまうことは確かだ。
だが、認識感覚の差というならば私はもっと大きな隔たりを体験してきた。それは人間と虫の差である。本体である虫の体と、それが操る人間の体。初めて感覚を共有した時、生物の構造からして根本的に異なる感覚の差を経験している。
それに比べれば、VRとの感覚の擦り合わせはそれほど難しいものではない。多少の時間はかかったが、ようやく慣れることができた。これでほぼ現実と同じ身体感覚でキャラを操作できる。
通常速度の光弾では、もはやどれだけ撃たれようと当たることはない。それは相手も同じである。次第に戦いのステージは弾の撃ち合いから、反射弾を織り交ぜた打ち合いへと変わっていく。
反射弾は強力だが、下手に相手の弾を撃ち返そうとすれば隙ができる。ミルキーはその行動まで予測して次々に弾を撃ってくる。単純なルールながら奥が深い。よく考えて動かなければ一瞬の判断ミスが被弾につながることだろう。
『コフー……み、みるぴょんが作ったゲームなんだぞ☆……ブフー……オレがゲームで初心者に負けるなんて……プヒー……そんなことはありえないぴょん☆!』
ミルキーは私が打ち返した反射弾をさらに打ち返してきた。恐ろしいほどの速度が上乗せされた魔弾が飛んでくる。それを私は迎え打った。さらに魔弾は加速し、ミルキーの方向へと飛んで行く。
そして、ミルキーはその超魔弾をまたしても打ち返してきた。テニスのようなラリーが続く。別にボールを落としてはいけないなんてルールはないのだから避ければいいのだが、私はあえて打ち返すことにこだわった。
ミルキーも同じだ。言うなれば、それは意地。猛打の応酬は互いの意地を賭けた心と心のぶつかり合いだった。反射されるたびに魔弾の速度は際限なく上がっていく。
『うおおおおおおお☆』
『うおおおおおおお!』
飛び交う弾は表示速度の限界を超えた。見ることはできないが、確かにそこにある。これまでの加速傾向から加算される速度を割り出し、感覚のみを頼りに打ち返す。コンマ1秒の世界に0が追加されていく。
私は分割思考による強化感覚を総動員して魔弾に反応していた。しかし、いくつにも枝分かれした思考をもってしても、ミルキーはそれに食らいついてくる。なんという強い意思と執念か。彼女のゲーマーとして磨き抜かれた反応速度とテクニックに感嘆する。
だがそれでも、勝つ。無限に続くかに思われたラリーは、実際の時間にしてみれば1分にも満たない短さだっただろう。その凝縮された時間に終止符が打たれる。
最後に打ち返した弾が、再び私の元へ戻ってくることはなかった。ミルキーが立っていた場所で爆発が起きる。打ち返されるたびに蓄積されたエネルギーは、速度だけでなく威力も激増させていた。溜めこまれた全ての魔力がミルキーを巻き込んで爆発する。
『Kィィィィィ・Oォォォォォォ!! 勝者、シックス!!』
観客席からは歓声が湧いた。息を整えながら、ヘルメットをかぶっていることも忘れて汗を拭おうとする。ちょうどそこに爆風によって空高く吹き飛ばされたミルキーが落ちてきた。現実なら大怪我してもおかしくない事故だが、ぽてっという気が抜けるような効果音と共に着地したミルキーを見て、そういえばゲームだったと思いなおす。
『ふえぇぇ~☆ 負けちゃったよぉ~☆』
だが、泣きじゃくるミルキーの姿を見て緩みかけていた気持ちが再度張り詰めた。残り体力9もあったミルキーが一撃でゲームオーバーになるほどの爆発、その威力を受けたミルキーのバトルコスチュームは大破していた。
そのほぼ全裸と言っても過言ではないハレンチ極まりない姿を当然直視できるはずもなく、全力で目をそらす。
『ぐすんっ……☆ いじわるしてごめんなさい☆ ほんとはみるぴょん、同じ魔法少女の友達がほしかっただけなの……☆』
わかったから先に服を着てほしい。もう勝負はついたわけだし、ゲームの制作者なんだからそのくらい簡単にできそうなものだが。
『こんなこと言って変に思うかもしれないけど……もしよければ、みるぴょんと友達になってくれないかな……☆?』
上目遣いで握手を求めてくるミルキーに対して、私はそっぽを向きながらそれに応じた。色々あったが、仲良くなれて協力してもらえるのならそれに越したことはない。そう思った、そのときのことだった。
『調子に乗るなよ、この雌ブタがァ……』
ミルキーの声ではない、何者かの低い声が響く。はっとして周囲を見回すと、ミルキーが持っていた魔法の杖が禍々しい瘴気を放ちながら空中に浮かんでいた。その杖に彫刻された邪神イルミン像の目がカッと見開かれる。
その直後、私の足元から巨大なタコの触手のようなものが何本も生えてきて、私の体は拘束されてしまった。一切の操作ができなくなる。
『いけない☆! それは邪神イルミンの魂が封印された伝説の魔杖「バクルス・イルーミナンス」☆! 自らの意思を持つインテリジェンス・ウェポンだぴょん☆! みるぴょんが封印していたはずなのに、まさかその力が暴走してしまうなんて☆!』
やたら説明口調でミルキーが解説してくれたが、彼女の動画を日頃から視聴している私は既に知っていた。封印が解けると世界が滅亡するという設定がありながら、結構な頻度でこの杖は暴走を起こし、彼女の配信に割り込んでは下品な下ネタを連発している。それに対してミルキーが天然ボケを返すのがお約束となっていた。
『ぐへへへ……久々に新鮮な魔法少女の魔力を堪能できる。隅々までしゃぶり尽くしてくれるわ!』
『お願いやめて☆! その人はみるぴょんの友達なの☆!』
やめても何も、この杖を喋らせているのはミルキーだと思うのだが。ビリビリと流れる不快な電流に堪えながら、成り行きを見守ることしかできない。
『どうした! もっと羞恥に震えろ! あられもない姿を晒す恥辱こそが魔力をより美味にする! さっきまでの恥じらいはどうした!?』
自分の姿に恥じらいを感じるようなことはなかったと思う。体力がゴリゴリ減らされるたびにシックスが着ている服も破損具合が大きくなっているが、自分の服がいくら破けたところで別に気にはならない。
『どうやらまだお仕置きが足りないらしいな……よかろう。お前が音をあげるまで、花弁を一枚ずつもぎ取っていくように、ゆっくりとその幼い体を衆目の前に晒し上げてやることとしよう』
シックスの水着は既にかなりボロボロで、胸と局部が辛うじて隠れているような状態である。服を脱がすことが目的ならさっさとやって終わらせてほしい。
『バカか! こういうのは結果よりも過程が大事なのだ! 情緒もへったくれもなく、いきなり全部脱がすとかまるでわかってない!』
言っていることがまるでわからない。
『ふはは、そうやっていきがっていられるのも今のうちだ。我が英知の結晶たる闇の魔法を駆使すれば、お前の【ピー!】に【ピー!】を【ズキューン!】、さらに【ピーーーーー!】することだってできるのだ!』
ピーピー鳴る音で喋っていることが半分以上、聞き取れない。
『そしてこの映像はもちろん録画している! これから起きる恥辱の記録は電脳世界の海にばらまかれることとなるだろう。お前を信奉する駄犬どもの悶絶する遠吠えが、今にも聞こえてきそうだな……はーっはっはっはっは!』
結局、ミルキーが何をしたいのか理解できなかった。この体に何をされようと、それは作られた映像を弄り回しているだけのことだ。やりたいなら勝手にすればいい。
私はその映像の向こう側にいるプレイヤー同士の関係が築けたと思っていた。少なくとも、先ほどまでのゲームの最中はそれがあったと信じている。ミルキーにとって、それはどうでもいいことだったのだろうか。こんな茶番に興じることが彼女の目的だったというのか。
『お願い、私の友達にひどいことしないで☆!』
『無駄だ! 解放されし我が闇の魔法を止めることなど誰にもできない!』
さっきまで近くにいたはずの彼女との距離が遠く離れてしまったように感じる。仮想世界と現実の差、それは単なる認識感覚の違いを表すだけに留まらない。その空虚な壁の向こうに、ミルキーは姿を隠そうとしているように見えた。
その壁を取り払わない限り、きっと私たちはこれ以上分かり合えない。
プルルルルル――
その突然鳴り始めた音に、高笑いしていた魔杖の声が止む。電話の着信音のように聞こえたが、ゲームの効果音か何かだろうか。そう考えていた私の足元から、ミルキーが何かを拾い上げた。
『なんでスマホが☆? こんなギミック用意したっけ……☆?』
ミルキーが疑問を口にする。彼女が手に持っている物はスマートフォンだった。現実世界での話だが、私もそれとよく似たデザインのスマホを持っている。
プルルルルル――
呼出音はスマートフォンから鳴っている。その着信画面を見たミルキーは訝しむようにつぶやいた。
『ルアン・アルメイザ……☆?』
プルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルル――
コールは次第に刺すような甲高い耳鳴りに変わり、スマートフォンの小さな画面に生じたブロックノイズが仮想世界に溢れ始めた。
シックスがゲームをしている時のブレード
「シックス君、なんだその壮絶な手の動きは!? 一体何を……君は何と戦っているんだ!?」
やってみた系:ポメルニ
ハンター系:ブレード・マックス
アイドル系:ノア・ヘリオドール
マジック系:快答バット
炎上系:ベルベット・アレクト
アニマル系:シックス
残り6人
イラストを描いていただきました!
鬼豆腐様より
【挿絵表示】
魔法少女シックス!