シックス親衛隊こと銀チームのファン三人組が目を覚ますと、そこは強化プラスチックの障壁で隔離された檻の中だった。
銀チームのメンバーは『ロック』『ペイパ』『シーザー』の駄犬三人組と、後から合流した『アーサー』『ヒデヨシ』のコスプレイヤー組、合わせて総勢五名である。しかし、この場にいるのは初期メンバーの三人組だけだった。
オフ会の開始早々にして始まった観客参加型のゲームは、麻酔銃でファン同士が撃ち合って競い合うという刺激的な内容だった。ただのサバイバルゲームとはわけが違う。もともとインドア派の集まりである駄犬たちは銀チームの結束を新たにしつつも、優勝は無理だなと諦めていた。
スタジアムの特設ステージで生シックスの姿を目にすることができただけで満足していた。もう思い残すことはない。アイチューバーたちとアーサーが何か言い争っているような気がしたが、全員シックスの撮影に夢中でほとんど話を聞いていない。
そこにきて獅子奮迅の活躍を見せたのがレイヤー組の二人だった。銀河の祖父率いる茶チームと遭遇し、百人を優に超えるその数の多さに駄犬たちは尻尾を丸めて震えあがった。しかし、そこからアーサーとヒデヨシによる無双ゲーが始まる。
実際、素人の三人組の目から見ても茶チームの強さは異常だった。その数もさることながら、全員が同じデザインのフード付きローブで身を隠し、狂信的な忠誠心によって統率された軍団である。銀河の祖父の名を叫びながら繰り出される拳の一撃は、コンクリートを砕き、金属製の柵を飴のように曲げるほどの威力。しかもその超人的な怪力を、チームの全員が当たり前にように使ってくる。
だが、その悪夢としか思えない狂信者軍団はたった二人のコスプレイヤーによって完全制圧される。事前に武道をたしなんでいると聞いてはいたが、その実力が趣味程度のものではないことは明らかだった。きっとカラテ・マスターに違いない。三人はその雄姿をワザマエ!と讃えた。
ものの数分足らずで茶チームを全滅させたレイヤー組の実力を見た駄犬たちは、これは銀チーム優勝も夢ではないと思い始めた。そうなればチームリーダーであるシックスとお目通りが叶うかもしれない。
『ありがとう、おにいちゃん!』
普段は決して見せない、にこやかな表情で駄犬たちと握手を交わすシックスの姿を夢想する。三人組のテンションは最高潮に達し、喜びの遠吠えを上げた。
だが、そこで彼らの意識は暗転する。次に目が覚めたときには既に、この逃げ場のない牢獄に閉じ込められていた。
檻の外にはカウントダウン表示式の大きなデジタル時計が秒を刻んでいる。その残り時間は30分を切っている。カウントが進むごとに少しずつ、檻の中では天井に設置された風船が膨らんでいく。ドクロマークが描かれたその巨大風船の中には何が入っているのか。バラエティ番組でよくあるオチのようにはいかないだろう。
檻の中には三人組の他にもたくさんの人がいた。彼らに話を聞くことでおおよその事の推移は理解できた。ここに集められた人間は“人質”である。アイチューバーたちが制限時間以内にゲームを終わらせてこの場所に来てくれなければ、助かる手立てはない。
この檻から脱出を試みる者はいたが、強化プラスチックの壁は大人が数人がかりで衝撃を加えても破壊できなかった。檻の外にはポメルニがいる。閉じ込められた人質の様子を監視している様子もなく、微動だにせずパイプ椅子に座っている。
その視線は虚空の一点を見つめたまま動かない。話によれば、突如として人が変わったかのようにカメラの前で陽気に振る舞うこともあったらしいが、基本的に無反応。椅子に座ったまま事切れたようにじっとしている。その様子に不気味さを感じずにはいられなかった。
ここにいる全員が不安を感じている。時間内に助けがこなければどうなるのか、想像したくもなかった。それでもただ、待つことしかできない。時間の流れは不変であるはずなのに、刻まれる時計の表示は底の抜けたバケツから水が漏れるようにどんどん進んでいくように感じる。
「ヒッ、ヒヒヒヒヒヒッ、アヒャヒャヒャヒャヒャ!!」
三人組のうちの一人、ロックが突然笑い声をあげ始めた。少し前から具合が悪そうにしていたため他の二人は心配していたのだが、ここに至りさらに容体は悪化しているように見えた。目は焦点が合わずさまよい、寒さを感じるような室温ではないのに体が小刻みに震えて歯を鳴らしている。
「ロック! しっかりするでござるよ! 誰か、この中にお医者様はいらっしゃいませんでござるか!?」
「……医者ではないが、アマのハンターをやっている者だ。簡単な診察ならできる」
「おお! ありがとうございます!」
ペイパのドクターコールに応えた男が診察を行う。一通り確認し終えた男の表情は険しかった。
「ビラの急性中毒に似た反応だな。D2か……この患者にドラッグの服用習慣はあるか?」
「え、い、いや、わからないでござる……!」
「モグッ! シックスたんのおぱんちゅもぐもぐ! ハフッハフッ、ムシャガツハフモシャ!!」
「ダメだ、完全に頭がイカれてやがる」
「いえ、発言は割といつも通りでござる」
「これで!?」
アマチュアハンターの男の診断によれば、向精神性薬物の中毒症状との見立てだった。死ぬことはないが、現状において有効な治療の手段はない。禁断症状が悪化して暴れ出す恐れがあるため、ペイパとシーザーは付き添いを命じられた。
「拙者たちがついているでござるよ。大丈夫でござる」
「右に同じく」
手を握り励ます仲間の声にも答える余裕はなく、ロックは苦悶の表情でうわごとを繰り返す。
「……あいつがやったんだ……俺は見た……あの二人が俺たちを……!」
ロックは仲間に何かを伝えようとしているが、しっかりとした言葉にならない。
「仲間を信じるでござるよ。きっとアーサー姉貴とヒデヨシ氏が助けに来てくれるでござる」
「チガウ! あいつらガ!」
急に暴れ出そうとしたロックを他の二人が慌てて取り押さえた。ただでさえ緊迫した状態が続く監獄の中で、閉じ込められた人質たちは精神的に追い詰められている。これ以上騒ぎが大きくなれば、それをきっかけにパニックが広がる恐れがあった。
「我ら、シックスちゃん親衛隊はこれしきのことで動じない! 同志、ロック! 気を確かに持て! それでも親衛隊の一員か!」
「シンエイタイ……シックスチャン……マモル……」
「そうでござる! 薬なんかに負けるなでござる!」
ロックが落ちつきを取り戻す。だが、この調子では今後どうなるかわからない。ペイパとシーザーは懸命に苦しむ仲間を励ました。それはこの先行きのわからない危険な状況において、自らの精神の安定を保つためでもあった。困難を共有し、仲間と共に乗り越える。互いの言葉が支えとなり、迫りくる恐怖に対抗していた。
そのとき、透明な壁の向こうで何かが動く。この広い部屋の唯一の出入り口である扉が開いた。誰かがゆっくりと入室してくる。それに呼応するように、ポメルニが椅子から立ち上がった。
「え、あれって確か……」
ペイパがその人影を見てつぶやいた。彼はその人物を知っている。この場にいる人質の全員が、おそらく知っているであろう。壁に遮断されて外の音は聞き取れない。その“人物”が何を言ったのか、誰にもわからない。
* * *
「……シックス! シックス!? ああっ、よかった! 目が覚めたんだね!」
VR体感デバイスから解放された私は現実世界に戻ってきた。そして最初に見た光景が涙と鼻水で顔をくしゃくしゃにしているノアの顔面ドアップである。
電気ショックによる気絶から復帰したらしい。おでこに『ロリマザコン』と落書きされているが、本人が気づいている様子はない。誰が書いたのかは……想像できる。
「心配したよ! 急に何の反応もしなくなっちゃったから、どうなることかと……!」
どうやら少しの間、私は気絶したような状態にあったらしい。時間的にはミルキーの『中の人』と直接対談していたあたりのことだろうか。感覚的には時間的断絶はなかったのだが、現実の肉体の反応は少し違ったようだ。
私は現在、ノアに抱きかかえられる形で移動している。ここは既にスタジアムの外であった。私たち四人は、ショッピング街を走っている。見通しの良いスタジアムの競技場ならば不意打ちなどの危険もないという理由であの場所に留まっていたわけだが、移動しなければならない事態が起きたのだろうか。
ベルベットは手に氷でできた棘付きの棍棒を握っていた。表面に付着した血が凍っており、既に使用した形跡がみられる。ブレードも油断なく周囲に視線を巡らせ、警戒をあらわにしている。
「やっとお目覚めですか、いい気なものですね。起きたのならさっさと掃除を手伝ってください」
ベルベットが言う“掃除”とは何か。その対象は街角の物陰から姿を現した。
「イダイ……イデェヨオオオォォオォォオオオォ……!!」
電子音声と人間の声が中途半端に混ざり合ったような気味の悪い叫びとともに現れたのは人だった。そのはずだ。一般客らしき男がいる。その顔を見れば正気を失っていることは一目瞭然だった。
その男はこちらに向かって恐ろしいスピードで走ってくる。それをベルベットが氷の棍棒で迎えうった。棍棒にはしっかりとオーラが込められている。念を使えない一般人には到底耐えられない一撃だ。確か、念による攻撃を一般人が浴びると強制的に精孔が開くので、むやみにやってはいけないのではなかったか。
だが、その心配は杞憂だった。殴られた男の体は既にオーラを纏っている。ただ、それは私たち念能力者が使っている「纏」とは違うものに見えた。なんというか、ただ力を外に向けて放出しているだけだ。これでは得られる防御力に対してオーラの消費がかかりすぎる。すぐにでも燃料切れを起こしてしまうだろう。
「ナンデェ……ナンデワカッテクレナイノ……?」
男は片脚をベルベットにへし折られる。普通ならまともに動けないはずの骨折だが、吹っ飛ばされた男はすぐに起き上がった。折れ曲がった脚で立ち上がる。それを可能としているのは、どこからともなく発生した赤い結晶だ。ギブスのように骨折部分を補強している。
「これなんのB級ホラー映画ですか?」
男に大したダメージはないようだが、脚が少し曲がってしまったためうまく走れない。私たちは男を置いてその場を走り去った。話によると、このような異変が生じた一般人が大量にいるらしい。
異変の始まりは私がVRゲームをしている最中に起きたようだ。私が気を失ってしばらくした頃、スタジアムの巨大スクリーンに映像が表示された。
『FEVER TIME!!』
その直後、会場にいた観客たちが突然苦しみ始め、強いオーラを纏い始めた。そして凶暴化し、乱闘を起こす者が現れる。その大多数が私たちアイチューバーに向かって攻撃を仕掛けてきたという。
ブレードの所感によると、これは意図的な行動ではなく本能的に強いオーラの波動を感じ取ってそこに誘引されているのではないか、とのことだった。そこに理性的な目的はなく、ただ破壊を求めた行動である。
観客の体から放出されるオーラの量から見て、すぐに生命力を切らして動けなくなるものと思われたが、その予想は外れる。無尽蔵と思えるほどのオーラを垂れ流しながら我武者羅に突撃してくる。
それでもブレードたちからすれば簡単に対処可能な程度の強さしかないが、さきほど見た男のように凄まじい打たれ強さで何度でも復活して襲いかかってくる。下手に大怪我を負わせると後遺症が残る可能性もあり、そのため観客の数が集中しているスタジアムを捨てて、ここまで逃げてきたらしい。
この現象についてわかっていることは少ない。暴走した観客はリストバンドをはめている手首に赤い結晶が生じていることから、この物質が影響を及ぼしているのではないかと推測される。
観客の全員がこの異変に巻き込まれたわけではない。中には正気を保っている者もいた。そういう人たちは仲の良い数人のグループで集まって行動しているケースが多かったという。確かなことは言えないが、精神的に不安定な状態の人が異変を発症しやすく、心に拠り所のある人の方が発症を免れる傾向があると感じたそうだ。
その予防法も確実なものとは言えず、一度発症してしまえば手がつけられない。私は何か治療法はないのかと尋ねた。
「何らかの念能力だと思われますが、経験上、この手の能力は対象を使い潰すことが前提です。仮に能力を解除したところで元通りにはらないでしょう」
その答えにショックを受けている自分に気づく。何も全ての被害者を助けたいだなんて思いあがったことは考えていない。さっきだって襲撃してきた男を放置して逃げた。私が感じている責任は別にある。
あの赤い結晶に見覚えがあったのだ。私の虫本体の外骨格に材質が似ている気がする。さらに言えばシックスが『救済の力』を手にしたとき、あの島で起きた『災害』。植物のように生長し、瞬く間に蔓延ったあの赤い結晶によく似ている。
これは私の能力が関係しているのではないか。
あり得ない話ではない。ノアが意図せず『発』を暴走させて念による病気を広げたように、私も無自覚に何らかの能力を使ってしまった可能性はある。それはないと心の中で必死に否定するが、一度思い浮かんでしまった最悪の予測は頭にこびりついて離れない。
そして、私がリュックサックの中に入れているスマートフォン。一緒に入っている本体が確認したところ、私のスマートフォンは赤い結晶で覆われて使用不可能な状態になっていた。ミルキーと戦ったVR空間での出来事と言い、気持ちの整理がつかないことが多すぎて頭がこんがらがってくる。
この能力について、ゲームの運営は私の知らない情報を知っているのだろうか。明らかにこの現象をゲームの一部として組み込んでいるとしか思えない節がある。
運営の中枢にいる敵と接触することができれば、何かの情報を得られるのではないか。ミルキーと戦ったときのように、敵を誘い出すためにはまずこちらが敵の思惑に乗らなければならないように思う。
私は、ここにいる皆に提案しなければならない。ひどく自分勝手な主張だ。それでもここで何も言わず、流されるまま行動するという選択肢はなかった。私は意を決して口を開く。
「『ポメルニの居場所がわかったから、そこに行きたい』ですか?」
機先を制するように、ベルベットが私の言葉を阻んだ。まだ何も言っていない。なぜ彼女は私の言わんとすることがわかったのか。
「ミルキーがそのようなことをほのめかしていましたからね。こうして無事にVRゲームから戻ってこれたということは、彼と話の折り合いがついたのだろうと予想できます」
その通りだ。ミルキーは私に約束通り、ポメルニがいる場所を教えてくれた。次にベルベットは、ある方向を指さした。その先を見ると、街頭に設置されたモニターがいくつかあった。その全てに同じ映像が映し出されている。
そのゲームの選手名が並ぶリスト画面からは、失格となったアイチューバーの名前が消えている。残っているのは、ポメルニとシックスの二人だけだった。ベルベットたちの名前はない。
「私とブレード、ノアの三名は以前に棄権を申請していましたから、それが今になって受理されたと考えれば一応の説明はつきます。一応は」
ベルベットは走るのを止めた。残る面々もそれに合わせて歩みを止める。
「あまりにも都合が良すぎませんか? 丁度よくあなたとポメルニの名前が残り、丁度よくあなたはミルキーからポメルニの居場所を聞き出せた。初めから色々と疑わしいところはありましたが、そろそろ説明してもらえませんか。そのリュックの中身も含めて」
心臓が止まったかのように錯覚した。この中を見たのか。いつの間に。いや、私には意識を失っている時間があった。その隙にならば十分可能だ。
「ご、ごめんっ! 僕は止めたんだけど、あいつが強引に……」
疑われている。ベルベットの立場からすれば当然の疑惑である。そして、私にはその疑いを晴らす弁がない。下手な嘘は看破されることが目に見えているし、正直に何も知らないと言ったところで信じてもらえるとは思えない。
私が言おうとしていたポメルニの居場所へ向かうという提案も、ベルベットからすれば明らかに罠としか思えない。ミルキーが言うにはこの情報の信憑性はそれなりにあるという。彼がハッキングによって入手した運営の内部資料に基づく情報だ。
しかしミルキーはそれだけ敵の懐深くまで探りを入れることができたにも関わらず、このゲームの真の目的が何であるかについては知ることができなかった。それは万が一にも漏洩を防ぐため、パソコンに記録されていない情報である。裏を返せば、ポメルニの居場所という情報は敵にとってバレたとしても構わない程度のものということになる。
ポメルニはおそらくそこにいるが、敵はその場所が判明することを想定しているだろうとミルキーは言った。つまり、罠である可能性が高い。それを自覚しながら私はあえて危険に飛びこもうとしているわけだ。
私一人が単独行動を許されるのなら話は簡単だが、ベルベットにはサヘルタ諜報員から私を守るように言われているし、ブレードにはハンターとして私の護衛任務がある。皆の了解なしに勝手な行動は取れない身だ。だからこそ逆に、その私から提案がなされることを黒幕の作為ではないかと怪しまれているのかもしれない。
「答えてください。その返答次第では、無事に済まないことをお忘れなく」
ベルベットのオーラから戦闘態勢に入ったことが見て取れた。ノアは慌てふためいているだけだが、ブレードは確固たる意思をもって静観しているように見えた。ベルベットを止めることはなく、彼もまた私の言葉を待っている。
何を言うべきか悩んだ。おそらく私が何を言ったところで、ベルベットの猜疑心を打ち消すだけの説得力はない。悩んだ末、私にできるのは本心を伝えることだけだと気づく。
今、観客たちに影響を及ぼしている赤い結晶は、私が関係していることかもしれないが、その原因については私にもわからない。そして、ポメルニを助けに行くという決意が変わらないことを正直に伝えた。
その答えになっていない答えを聞いて、ベルベットは呆れたような表情になる。だが、私はこれ以上の言葉を持たなかった。
知らないものは知らないとしか言えないし、ポメルニは今、助けなければならない。何もせずにいくら待ったところで機は訪れない。それどころか彼を救える可能性は低くなっていくだろう。このゲームの運営がやってきたことを考えれば、何をしでかすかわからない。
これは私の我がままだ。だが、それはお互いに言えることである。ベルベットが諜報員と交わした約束は彼女が勝手に取り付けたことであり、ブレードが受けた護衛依頼も私が頼んだわけではない。
ここで譲るつもりはなかった。その上で、ベルベットが私と敵対するというのなら仕方がない。私に勝ち目があるとは思えないが、それでも退けない思いがある。私は纏に回すオーラを強めた。
「ぼ、僕はいつだってママの味方だ!」
緊張が高まる中、その張り詰めた気配を遮るようにノアが私たちの間に割り込んできた。
「ママが何者だろうと構わない。仮に裏切られたとしても後悔なんてない。シックスのおかげで僕は本当の意味でママを“看取る”ことができた」
心の中では一人でも平気だと思っておきながら、ノアが声をあげたとき、安堵する自分がいた。危険に巻き込むようなことはするべきではないと思いながら、おそらくノアなら深く考えずにそう言ってくれるんじゃないかと、どこかで期待していた。
ちょっと頼りないけど心強い、大切な仲間だ。
「というわけで、僕はどこまでもママについていく。それだけだ!」
ビシッ!と指さしながら宣言するノアに対して、ベルベットは見向きもしなかった。彼女としてもこの展開は予想していたのだろう。その目は一点、ブレードに向けられている。彼がどう動くのか、シックスに対してよりもそちらの動向を気にしていた。
静観を貫いていたブレードはベルベットの視線を受けて、おもむろに動く。ノアとは逆側の、私の隣に並ぶように立った。
「吾輩は、シックス君の提案に賛成するッスル」
「……正気ですか?」
せっかく味方についてくれてこう思うのも何だが、嬉しさよりも驚きが大きかった。てっきりブレードの立場なら反対してくると思っていたのだが。
「護衛対象が危険なことをしようとしているにもかかわらずそれを諌めず、むしろ手を貸す。依頼を請け負ったハンターとしては失格ッスルな。だが吾輩はそれ以上に、彼女の主張に“良心”を感じている。ポメルニ氏を助けたいという気持ちは吾輩も同じッスル。虎穴に入らずんば虎児を得ず。危険に身を投じてこそ見えてくる敵の思惑もあるかもしれん」
人を人とも思わない運営の所業を見過ごすことはできないとブレードは言った。今回の事件は早急に真相を解明し、敵の正体をつかまなければ、また同じような犠牲者が大量に出るのではないかと彼は危険視している。解決のために積極的に行動を取る道を選んだようだ。
「あなたの隣にいる仲間が黒幕とつながっているかもしれませんよ?」
「シックス君は確かに、何らかの形でこの事件に大きく関係しているかもしれないッスル。だが、それは彼女の意図とは無関係なところで起きたこと。何も知らないと本人が言っているッスル」
「まさかそれを信じると?」
「嘘偽りはない。吾輩にはそう思えた。他人の嘘を見抜く能力で言えば、ベルベット君には敵わないと思うッスルが」
そう言って笑うブレードに、ベルベットは何も言葉を返さなかった。臨戦態勢だった彼女のオーラが平常に戻っていく。
「ブレードがそちらにつくというのであれば私からこれ以上言うことはありません。どうぞ、ご随意に。私はこの同盟から抜けさせてもらいます」
彼女の発言を理解するために、しばらくの時間を要した。つまり、ここから先はベルベットとは別行動。彼女は私たちに関与しないということだ。
よく考えてみれば何もおかしくはない。敵の用意したステージに自分から飛びこもうとしている私たちについて行けないと言っているだけだ。サヘルタ諜報員との約束も命あっての物種である。危険を冒してまで私を守る必要はない。
私の行動を阻止できるのならいいが、いくら口で説得したところで私の気が変わらないことを察したのだろう。さらにブレードがポメルニ救出派に付くことで、実力行使によって従わせることも難しくなった。こうなってしまえば自分から離脱を申し出た方が面倒事に関わらず済む。
「体張って戦ったし、十分成果は上げたはずです。サヘルタの諜報員には、そのあたりしっかり言い含めておいてくださいね」
「承知した。その決断に落ち度はないッスル。シックス君の護衛は吾輩に任せて、ゆっくり休むッスル」
「僕も! 僕もいるからね!」
それ以上の別れの言葉もなく、ベルベットは踵を返して離れていく。あまりに味気ない離別だった。
最初は、ただ冷たい人間だと思っていた。皮肉屋で、疑い深く、愛想の欠片もない。他人の非をあげつらって人気を得るいけすかないアイチューバーだと。それは事実だが、それが全てではないと、いつの間にか思うようになっていた。
彼女は同盟から離脱したが、その決断は今でなくともよかったはずだ。私のリュックの中を見たとき、私が気絶している最中にその決定を下したとて不思議ではなかった。
ベルベットだけでなく、他の二人もその場で私を見捨てるようなことはしなかった。彼女は私の目が覚めるまで待ち、私の口から直接説明されることを求めた。
それはただ単に、私から情報を引き出すことが目的の行為だったのかもしれない。だが、私はその追及を居心地の悪いものとは感じなかった。彼女は真剣にシックスの言葉を聞き、シックスという“人間”を見て、何かを判断した。そう感じたからだ。
私たちの主張は食い違ったがその結果、もし戦うことになったとしても、私が負けてしまったとしても、たぶん彼女を恨むことはなかっただろう。
口に出しては言えなかったが、遠ざかっていくベルベットの背中にその気持ちを投げかけながら見送った。
やってみた系:ポメルニ
アニマル系:シックス
残り2人