カーマインアームズ   作:放出系能力者

53 / 130
52話

 

 年老いた男が一人、入り組んだ道を一心不乱に進んでいた。本来ならば一般客が使用することのない作業用通路である。窓もなく、剥き出しの配管が張り巡らされている。先ほどの爆発の影響か、照明は頻繁に明滅し、暗く狭い道は一層不気味な様相を呈していた。

 

 その男の名は、銀河の祖父。普段は常にミステリアスな雰囲気をたたえる彼だが、今の彼にそんな余裕はなかった。トレードマークのローブはフードがめくれて素顔が晒されている。汗と鼻水を噴き出しながらの全力疾走だった。

 

 銀河の祖父はチェルとトクノスケの二人組に敗れている。既にゲームから退場となった選手であるはずだが、彼は気絶からの復帰を果たした。彼が着ているローブは具現化系能力によって作り出された物であり、ほんの少しだけ防御性能を備えていた。そのおかげで気絶から目覚めるまでの時間が縮まったのだ。

 

 だが、そのまま気絶していた方が彼にとっては幸運だったかもしれない。身の毛もよだつ追跡者たちに命を狙われることもなかっただろう。

 

 

――センセエエエエエエェェェェ!!――

 

 

 彼の能力『無差別殺仁(セルフライアーズ)』は複数の人間に力を与えて操作する。他人を戦力とすることが前提であり、戦うにしても身を守るにしても誰かの協力が必要になる。そのため彼はまず手駒を集めようとした。

 

 混迷するゲームと船内の状況から極度の不安を抱えた観客は数多く存在し、それらの人間を言葉巧みに誘導することはメンタリズム系アイチューバーである彼にとって難しいことではなかった。すぐに二十人ほどの戦力を確保する。

 

 そして悪夢は唐突に訪れた。配下におさめたはずの手勢は全てが制御不能に陥る。銀河の祖父の声はもう届かない。彼にできることはただ逃げることだけだった。

 

 薄暗がりの通路に点々と灯る非常口のピクトグラム。その電子表示を盲目的に信じ、逃げ続ける。

 

 

 * * *

 

 

 ミルキーから教えてもらったポメルニの居場所は倉庫エリアの一角にある。彼が調べた限り、その場所自体はただの倉庫であり、目立った仕掛けなども特に設置されている様子はないという。

 

 だが、それは物理的な兵器や罠の類に限った話であり、念能力に関するトラップが仕掛けられていた場合はミルキーにも判断できない。念能力者が持つ『発』は千差万別であり、実際にその能力が発動した現場に居合わせなければ予測が立たないものが多い。

 

「こればかりはその場をこの目で見ないことには何とも言えないッスル。だが、あまり心配し過ぎる必要はない。どんなに強力な効果を持った念能力も万能ではないッスル」

 

 例えば、部屋に踏み込んだ瞬間、侵入者が即死するようなトラップはいくらなんでも作れない。それを実現するためには想像もできないほどの覚悟と誓約が必要となり、現実的ではないとブレードは言った。

 

 ハンターの仕事をしていれば敵のホームで戦わなければならない局面はいくらでもある。むしろ、そこに何か仕掛けがあるとわかっているのだから、六割方は危険を回避できたようなものだという。敵地に未知のトラップが仕掛けられていることは当然であり、重要なことはその予兆を見逃さないことだと聞かされた。

 

 『凝』を怠らず、わずかなオーラの気配も見逃さない。それに気をつけていれば不意打ちを受けることはまずないという。

 

「ミルキーから得た情報も踏まえて、現段階で判明した事実を整理するッスル。まず、ポメルニ氏は心神喪失状態にあり、おそらく操作系能力によって操られている。そして、その近くには運営に捕えられた人質が何名かいる。この人質たちは密閉されたプラスチックケージの中に監禁されており、あと20分後に致死性の毒ガスが散布されるッスル」

 

 制限時間についてはまだ余裕がある。私たちはそれまでに目的地へ到着し、ポメルニを正気に戻して、人質を救出する。

 

「操作系能力は何らかの『媒介』を用いて対象を操る場合がほとんどッスル。例えば、『操作対象に術者がオーラを込めたアクセサリを装着させる』など、能力を発動させるためには条件と道具が必要になるッスル」

 

 『凝』によってポメルニを観察し、不審なオーラの流れをたどれば媒介を発見することは可能である。これを見つけ出して破壊すれば操作能力は解除される。この作戦の鍵は迅速性にあった。ポメルニが何か行動を取る前に先んじて操作状態から解放する必要がある。

 

 ポメルニの戦闘力に関しては特に問題ではない。彼は操られた一般人であり、念能力者三人を相手に何かできることなどない。それは敵も承知しているだろう。その上で、敵はこちらの目的を邪魔するような行動をポメルニに取らせる危険がある。

 

 例えば自分自身を人質として自殺をほのめかすことで手出しできなくするなど、卑劣な手段は考えられる。だからこそ、瞬間的に媒介を発見して即座に破壊するスピードが重要になってくる。この役目はブレードに任せるしかない。

 

「僕たちはどうすればいい?」

 

「ふむ、今のところは特に……状況次第で必要となる行動も変わってくる。臨機応変に対処できるように心がけておくッスル」

 

 どんなに息巻いたところで私とノアは戦闘の素人だ。いや、発が使えない分、私にできることはノアよりも少ない。

 

 私はまだ『凝』すら使えない身である。プロハンターとして数々の修羅場をくぐりぬけてきた彼になら安心してその役を任せられる一方、ポメルニ救出を提案しておきながら肝心なところで何もできない自分に歯がゆさを感じる。

 

「シックス君、君にはやってもらわなければならないことがある」

 

 だから、ブレードの言葉に一も二もなくうなずいた。話を切り出したブレードの表情は固かった。難題を与えられるのかもしれないが、自分にできることがあるのなら何でもするつもりだ。しかし、彼から指示された内容は私の想像とは大きく異なるものだった。

 

「それは“覚悟”だ。この作戦が失敗に終わったとき、ポメルニ氏を救えなかったとき、それを受け入れるための覚悟だ」

 

 何を言っているのか理解できなかった。なぜ始まってもいない作戦を前にして失敗することを前提とするかのような覚悟をしなければならないのか。その簡単に諦めをあらわとするようなブレードの態度に憤りすら湧いてくる。

 

「これは言うつもりのなかった話ッスルが……吾輩はこのオフ会に自分の弟子を連れてきたッスル。名前はパーネック。プラントハンターを目指しているがまだアマチュア止まりだ。三年ほど前から面倒を見ているが、まぁ生意気で可愛げのない男ッスル」

 

 憎まれ口を叩いているが、ブレードがその人物と浅からぬ信頼があることはわかる。彼はその弟子を『特別優待券』を使ってこのオフ会に招待している。つまり、人質の中にその人物が今もいるのだ。

 

 だが、ブレードは確か人質に取られた身内はいないと明言していたはずだ。つまり、嘘をついていたことになる。別にそのことを責める気持ちはないが、彼の性格を考えれば嘘や隠しごとはそぐわないような気がした。

 

「なぜ、嘘をついたかわかるか?」

 

 少し考える。おそらく、同盟を結んでいた私たちの関係に不和をもたらさないためと思われた。ジャック・ハイのように人質を取られたがために運営の術中にはまってしまった例もある。もし正直にこのことを話していれば、彼の立場は多少中立性を損なう形となっていただろう。

 

「それも理由の一つ。そして、君の護衛任務を優先したことも理由の一つだ。たとえ弟子の命が失われてしまったとしても、それを君たちに伝える気はなかった。何も言わぬまま、胸の内にとどめるつもりだったッスル」

 

 依頼の遂行と弟子の命を天秤にかけ、前者を取ったというのか。それはあまりに薄情なのではないか。

 

「パーネックにはハンターの心構えを教えてきたッスル。プロの資格はなくとも、あいつはハンターの精神を持っている。吾輩はシックス君を放置することはできないし、そんなことをして弟子を助けに向かったとて、感謝されるどころか軽蔑されることだろう」

 

 逆の立場になって考えてみよとブレードは言った。もし、私が敵に捕まった人質となり、それを餌として自分の大切な人がおびき寄せられようとしているとする。そのとき、私は大切な人を危険にさらしてまで自分の助命を願うだろうか。

 

 答えは明白だった。私は助けを望まないだろう。ならば、今の私がしようとしていることは間違っているというのか。頭の中がこんがらがってくる。

 

「間違いではない。誰かを助けたいという思いに間違いがあるはずはない。だが、それと同時に思いが叶わなかったときのことを想定しておくッスル。厳しいことを言うようだが、その可能性はある」

 

 もしポメルニを助けられなかったとき。心が怒りや悲しみの感情に支配された状態では、冷静な判断はできない。そして、敵はその隙をむざむざと見過ごすようなことはしないだろう。ポメルニはシックスの死を望んでいない。そう言ってブレードは私を強く説き伏せた。

 

 理屈はわかる。だが、私にはできる気がしなかった。ブレードのように迷いなく、その覚悟を決める強さはない……。

 

「待てブレード、あまり僕のママを脅かすようなことを言わないでくれないか」

 

「必要なことッスル。甘いことばかりも言っていられない」

 

「ブレードだって、なんだかんだ言って結局はポメルニや人質の解放作戦に賛成してるじゃないか。その人質の中に自分の弟子もいるんでしょ? 任務を差し置いてでも、あわよくば助けたいと思う気持ちがあったはずだ。それとも1%の私情も挟まずに下した判断だと言いきれるのか?」

 

「そ、それは……」

 

 ブレードが言い淀む。珍しくノアが舌戦で優勢に立っている。

 

「ママは十分すぎるほどの重い覚悟を持っている。もしこれ以上の重荷を背負わせようというのならブレード、覚悟が足りないのはむしろ僕たちの方さ。失敗したら、じゃない。何が起きようと成功させるんだ。そのために僕たちはここにいる。そうだろ?」

 

「……その通りだ。まさか君から諭されるとはな。吾輩もまだまだ心の筋トレが足りなかったようだ。マーッスルマッスルマッスル!!」

 

 ノアがやけに芝居がかったドヤ顔を決め、ブレードがスクワットしながら奇妙な笑い声をあげる。沈んだ雰囲気を払拭しようとしてくれているのだとわかった。

 

 だが、私の表情は晴れなかった。ブレードが言ったことは正しい。首尾よく救出作戦が成功すれば何の問題もないが、もしそうならなかったら。

 

 私がまとまらない考えを持て余していると、ブレードが急に動きを止めて、ある一点に意識を向けていることに気づいた。その方向にあるのは道の行き止まりである。いや、正確には扉があった。施設内部のメンテナンス用に作業員が使う細い通路へとつながっていた。

 

 ブレードが扉を開く。その先から流れてくる空気に異質な気配を感じた。何かがこの先にいる。確証はないが、なんとなくそう思う。

 

「凶悪なオーラの気配だ。まだここから距離があるが、このままだと遭遇する危険もあるッスル。早めに場所を移動した方がいいッスル」

 

 異存はなかった。目的地への道筋は少し遠回りになるが、別のルートから迂回した方がいいだろう。時間的な余裕はまだある。その方針が決まりかけたとき、通路の奥からかすかな声が聞こえたような気がした。

 

「声が、したな……」

 

「え? 何か聞こえた?」

 

 聞き取れるかどうかの瀬戸際といった小さな反響音だったが、確かに聞こえた。助けを求める人の声だ。ブレードの強化された聴力は、さらに詳細な情報を得ていた。誰かがこの通路の奥で、何者かに襲われている。

 

 決まりかけていた今後の方針に、新たな選択の余地が生まれる。

 

 助けるか、否か。

 

 

 * * *

 

 

 敵の位置を探りだすことは難しくなかった。隠す様子もなく放たれる殺気の元をたどっていけばいい。問題は、敵の脅威がどれほどのものかわからないことにある。

 

 これまでの道中でも、襲われている一般客を見かけた際は助けてきた。しかし、今回の敵は離れた場所からでもオーラの気配を感じ取れるほどの強さがある。実際に遭遇しないことには正確な危険度はわからないが、数段レベルの違う相手だと想定すべきだ。

 

 ここにベルベットがいれば即座に「見捨てろ」と言うことだろう。私たちは手短に話し合い、可能ならば助けるという結論に至った。その線引きはブレードが行う。撤退の指示が出された時は絶対に従うよう念を押された。その方針に文句はない。

 

「これは……やはり、気のせいではない。この方向はまずいッスル」

 

 しかし、状況は悪い方向へと進んでいた。私たちができるだけ気配を殺して敵に近づいたところ、その数は一人二人ではないことに気づく。強烈な殺気は全て敵に襲われている「誰か」に向けられており、その誰かは助けを求めながら死に物狂いで逃げ回っている。移動速度はかなりのもので、尾行している私たちを振り切りそうな勢いだ。

 

 そして、その一団が進んでいる方向は的確に倉庫エリアを目指している。私たちはスタッフから入手した船内図を頼りに目的地を目指していたが、何の手がかりもなければその構造の複雑さと広さから道に迷ってもおかしくない。特に倉庫エリアのような利用客の目に触れない場所は案内もなく、あらかじめどこに何があるのかわかっていないと特定の場所にたどりつくことは難しい。

 

 敵の一団はポメルニの居場所に近づいていた。偶然の一致と呼ぶには不自然過ぎる。このまま様子見を続けるわけにはいかなくなった。私たちは走る速度を上げて、別の道から敵の正面へと回り込んだ。

 

 最初に見えたのは、一団を引きつれて先頭を走る人の姿だった。顔に見覚えはないが、着ている服は見たことがある。黒く丈の長いそのローブはメンタリズム系アイチューバー、銀河の祖父が身につけていたものだ。

 

 そしてその後ろには、似たようなローブを着た人間がぞろぞろと集団をなしている。フードを目深にかぶっており、顔は見えない。その集団が着ているローブのデザインは銀河の祖父と少し異なり、黒い生地の中に血管が浮き出ているかのような赤い模様が幾筋も描かれていた。

 

「はっ、はひっ、た、たすけ……!」

 

 銀河の祖父は老人らしからぬ健脚で疾走しているが、その表情を見れば体力は限界に達していることは明白だった。

 

 私たちはどのような経緯で銀河の祖父が追われているのかわからないし、彼がどのようにしてこの逃走経路に至ったのかも定かではない。もしかすれば敵が放った刺客ではないかという予想もしていたが、実際にその姿をこの目で見ることで、彼もまた被害者であることを実感した。

 

 待ち伏せする形で出くわした私たちは目が合った。その直後、銀河の祖父の脚がもつれる。私たちを発見したことで緊張が緩んだのかもしれない。こちらに手を伸ばしながら転倒していく。その背後から赤黒いローブの集団が肉食獣の狩りのごとく群がった。

 

「ぬおおおおおおおお!!」

 

 だが、それよりも早く行動を起こしていたブレードが銀河の祖父に近づき、その体を掴み上げると迫りくる敵を殴り飛ばした。そして他の敵の追撃をかわしながらすぐさま反転し、こちらに向かって駆け戻ってくる。

 

「作戦B! 撤退だ!」

 

 私たちは事前にいくつかの作戦を立てていた。作戦Aはブレードが単身で敵を制圧できるケース、作戦Bはブレード一人では対処困難であり一時撤退して態勢を整えるケース、そして作戦Cが対処不可能な強敵に際した完全撤退である。

 

 先ほど一撃を与えた手ごたえからブレードは敵の脅威度を単身では撃破困難と判断した。実際、ブレードに殴り飛ばされた敵は何事もなかったかのように起き上がっている。彼の拳に込められたオーラの強さからも見ても、手加減しているようには見えなかった。

 

 おそらく殺すつもりで放たれたブレードの一打を容易に堪えている。さらに殴られたその敵だけが特別頑丈だったとは考えにくい。他の敵に関しても同様の耐久力を備えていると想定しておくべきだ。

 

「このまま逃げ切れるか!?」

 

「む、無理だ……どこに逃げても、あいつらはなぜか私の居場所がわかる……帰巣本能のようなものがあるのかもしれない……」

 

 息も絶え絶えに銀河の祖父が説明したところによると、敵の集団は『無差別殺仁(セルフライアーズ)』という銀河の祖父の操作系能力の影響下にあった人間らしい。この能力の恩恵を受けた人間は、念能力者でなくとも『纏』と『練』が使えるようになる。

 

 彼が操っていた人間はいずれも一般客である。ただでさえ赤い結晶の効果でオーラが暴走したような状態となっている一般客が、さらに『無差別殺仁』の恩恵と重複することにより、強大な力を手にしてしまったのではないかと推測された。もはや彼の能力とは別物と化しており、解除することもできないらしい。

 

 操作系能力と聞かされたとき、私は少しばかり嫌悪感を覚えた。ポメルニの件といい、他人の意思を強引に捻じ曲げる操作系能力者は好きになれそうにない。これだけの数の人間を操って、いったい何を企んでいたのか。

 

「ごっ、誤解だ! 私の能力は他人の意思を奪うような力はない! あくまで力を貸すだけ! 私はただ、悩める人々を導こうと……!」

 

 私の視線から自分に向けられている不快感を察したのか、銀河の祖父は慌てて釈明を始めた。今の彼に奴らから逃げるだけの体力は残っていない。敵の害意は全て銀河の祖父に向けられているため、私たちが逃げるだけなら簡単な話だ。彼を置き去りにすればいい。

 

「安心するッスル。さすがにここで見捨てるようなことはしない」

 

 とはいえ、助けるつもりがないのなら最初から手を差し伸べてはいない。見殺しにする気はなかった。逃げた後で、この集団がどのような行動を起こすか不明であるし、後顧の憂いを断つためにも放置はできない。

 

 諦めるなら、できる限りの策を試してからだ。私たちは何も考えずに逃げ回っているわけではなかった。事前に取り決めていた作戦ポイントに到達する。

 

「ノア君、シックス君、任せたッスル!」

 

「了解! ラブ・パワー全開!」

 

 銀河の祖父を抱えたブレードが加速し、私とノアがその場に残る。ブレードとの距離が10メートルほど開いたところでノアが能力を発動した。彼とシックスを中心として病魔をもたらす空間が円状に形成される。

 

 その場所は回りこめる迂回路のない一本道の通路だった。つまり、敵の一団はこの病魔空間を突破しない限り、その向こう側にいるブレードたちのところまでたどり着けない。

 

 敵は何の躊躇もなくノアの空間に踏み込んできた。円の外延部は病魔の影響もそれほど強くなく、入ったとしてもまだ引き返せる。普通の思考をしていれば、異常を感じ取ってすぐに外へ出ようとしたかもしれない。だが、理性を感じさせない敵たちは恐れることなく円の中心に向かって進んできた。

 

 その猛烈な勢いも私たちに近づくにつれ、急速な病の進行によって抑えられ、中心付近に到達する前に倒れ伏した。後続の敵たちも同じように倒れていく。まず作戦の第一段階はクリアだ。ほっと胸をなでおろす。

 

 しかし、当然ながらこれで終わりではない。ノアが能力を解除すれば、先ほどまでの追いかけっこのやり直しになる。弱体化した敵をここで確実に無力化しておかなければならない。

 

 だが、頼りのブレードは病魔空間に入ってこれない。ノアはこの空間内でも行動できるが、術者である彼は能力の維持にエネルギーの大部分を使っているため、この技の発動中はオーラを別のことに使う余裕がほとんどない。最低限の纏程度しかできない状態であった。

 

 そして、病に冒され弱体化したと言ってもプロハンターであるブレードを退かせるほどの力を持つローブの集団は、倒れ伏してなお前進を止めることはなかった。全身に満ちるオーラは健在であり、脅威の執念で這い進んでくる。その光景にノアはたじろいでいた。

 

「本当に大丈夫なの、ママ!?」

 

 問題ない。シックスは自分の足で立ち上がった。体の感覚を確認する。指先までしっかりと自分の意思で動かせる。ノアの能力が発動中であるため、シックスの体には無数のチューブで形作られた天使の羽とリングが付随しているが、動きを阻害するようなことはない。

 

 シックスはノアの能力の効果対象外であり、自由に行動できる。ただし、今までは本体が病魔に蝕まれることでシックスも動かすことができずにいた。そこで思いついたのが、本体だけを病魔空間の外に出す作戦だ。

 

 私の本体が入ったリュックサックはブレードに預かってもらっている。私としても誰かにこれを預けることは勇気がいったし、ブレードもその中身を全く気にしていないわけではあるまい。だが、彼は詳細を問いただすこともなく、私の提案を受け入れてくれた。信頼あって成り立った作戦である。その期待に応えなければならない。

 

 本体がすぐそばにいる時と違い、10メートル近く離れたこの状態では立っているだけで普段よりも多くのオーラを消費している。基本的にオーラは体外から離れるほど扱いが難しくなるという性質ゆえだろう。

 

 さらに練などの技を使ったり、ダメージを受けて修復しなければならない事態になれば、一気に大量のオーラを消耗してしまうと考えられる。時間はかけられない。すぐに行動を起こす。

 

 敵は地に這いつくばり、緩慢な動きをするのみだ。しかも、この状況下においても敵意は銀河の祖父ただ一人に向けられており、私の存在は眼中に入っていない。攻撃を外す方が難しいだろう。

 

 呼吸を整え、体内のオーラを湧き立たせる。頭の中では、この作戦を立案したときにブレードから言われた言葉が何度も繰り返されていた。

 

『やると決めたら加減はするな』

 

 それは命を奪う覚悟を持てということだ。なぜこのタイミングでブレードがそのような発言をしたのか、今にしてみれば理解できた。

 

 私は人を殺した経験がない。考えたことはあっても実行に移したことはない。殺人への躊躇、倫理から生じる葛藤、言葉にしてみれば陳腐な響きだ。それは現実に対峙した者にしかわからない。だからこそ、ブレードは実践をもって私に教えようとする狙いがあったのだろう。

 

 何もかもお膳立てされたこの状況においてですら、私は一瞬の硬直に襲われていた。これが本当の死闘であったならば、命を奪われているのはこちらの方である。わずかに震える体に喝を入れ、練によって強化された拳を目の前の敵へと叩きこんだ。

 

 ベルベットは赤い結晶に支配された人々を見て、もう助からないと言った。この手の能力は対象を使い潰すことを前提としていると。ならば、その苦しみは死をもって解放されるより他にない。そんな独善、生者だけが持ち得る身勝手な主張が脳裏をかすめていく。

 

 だが、手加減だけはしなかった。誰かを殺す覚悟、その程度も持てないのなら、この先どこについていこうとも私は荷物にしかならないだろう。それだけは嫌だ。

 

 罪悪感と共に放たれた一撃は、間違いなく今の自分に出せる最大威力の攻撃だった。衝撃で床が大きく陥没し、周囲に亀裂が走る。その中心にいた敵の体も、腰から背骨がくの字に折れ曲がっている。

 

 殺せたか。

 

 しかし、その敵が纏うオーラの勢いにはかすかな衰えも見られなかった。まだ死んでいない。その事実に、心のどこかで安堵している自分がいた。それと同時に、甘い考えを捨てきれない自分に対して猛烈に腹が立つ。

 

「イダイ……イタイヨォォ……センセェ」

 

 敵の発する金切り声が耳朶を震わす。堪えがたい悪寒が全身を駆け巡った。相手は背骨を折られているのだ。常人なら死んでもおかしくない重傷が、死ぬこともできず苦痛と共に生かされている。

 

 骨を折られる痛みを私は知っている。関節を逆側に折り曲げられる痛みも、首に穴が開く痛みも、皮膚を剥ぎ取られる痛みも、目玉をくり抜かれる痛みも、内臓をかき混ぜられる痛みも知っている。知っているからこそ想像できる。

 

 自分が与えられる立場であれば、まだ受け入れることもできた。だが、その苦痛を自分が与える側になったとき、そこに全く別種の“痛み”が生まれることを知った。

 

 私のせいだ。もう一度、練によってオーラを高める。

 

「ママ、顔が真っ青だよ……もういい! 作戦は中止だ! 敵も十分弱らせたし、これならきっと逃げ切れる! だからもういいんだ、シックス!」

 

 そんなはずはない。ここでノアが能力を解除すれば敵はすぐに復活して襲いかかってくるだろう。シックスの背後から抱きついて制止しようとしているが、私はオーラによる強化を緩めなかった。

 

 確実に殺す。そのためにはもっと威力がいる。“また殺せなかった”では済まされない。一度手を出してしまった私には、その義務がある。

 

 もっと力を。拳に集める。

 

 全身をまんべんなく強化していたオーラの気配が拳の一点に少しずつ集中していく。その間も恐ろしいほどの量のオーラを消耗していた。

 

 先ほど繰り出した練の一撃だけでも、内臓一式作り直してお釣りが来るほどのオーラを消費している。やはり本体と距離がある状態では念に関する全てのコストが桁違いに増加するようだ。それに対して敵の数はざっと見ただけでも20人はいるように見えた。全ての敵を倒すまでオーラが足りるのか。

 

 いや違う。“倒す”ではなく、“殺す”だ。私はあと20人も殺さなければならない。嫌悪感をこらえ、乱れかけたオーラを矯正する。

 

「センセェ……ドコォ……?」

 

 まさにとどめを刺そうとしているその相手と目が合った。フードがまくれ、顔を覗かせたその敵と視線が交錯した瞬間、金縛りに遭ったかのような緊張が走る。

 

 それは殺しに対して、良心から生じた躊躇ではなかった。本能が発する警告。これまで私の存在を全く認識していなかった敵はこの瞬間、初めて目の前にある“障害”を確認したのだと気づく。

 

「オマエ、ジャマ」

 

 暴風が吹き荒れた。そう錯覚するほどのオーラの奔流が敵の体から上昇気流のように噴き出した。背骨が折れ曲がった敵が、体をのけぞらせたまま立ち上がる。不安定なその体勢にも関わらず、私はそれを崩せる自信が毛ほども起きなかった。

 

 ようやく理解する。『無差別殺仁』は一般人に『纏』と『練』が使えるようになる力を与える能力である。つまり、今までの彼らはずっと『纏』の状態だったのだ。銀河の祖父を殺気立って追いかけていたことも、彼らにしてみればただの戯れに過ぎなかったのかもしれない。

 

 彼らは『練』を一度も使っていなかった。今、このときまでは。

 

 集中が途切れ、拳に集めていたオーラが霧散していく。そんなものは何の役にも立たないことがわかってしまった。ノアはまだ病魔空間を解除していない。だが、おそらく関係ない。敵の練による身体強化は、病魔がもたらす衰弱を優に上回っている。

 

 背中から直角近くのけぞった敵は、腕の長さに上半身のリーチも上乗せして拳を繰り出した。回転しながら薙ぎ払われた腕の一振りを前にして、私は逃げることもできず、迫りくる死を受け入れる他なかった。

 

 

 

 

「『筋肉大博覧会(マッスルミュージアム)』最終奥義……」

 

 

 

 

 だが、その死神の鎌を彷彿とさせる一薙ぎは、私の背後から突き出てきた巨腕によってピタリと掴み止められる。

 

「『完全態筋肉武装(ラスト・マックス)』!!」

 

 振り返った私は、目にしたものが何なのか一瞬理解できなかった。そこにあるのは圧倒的なまでの肉の塊。それがブレードなのだとすれば、あまりに姿形が変化していた。

 

 それは人間の定義に当てはめて良いものなのか。異常に発達した筋肉と骨格により、もともと2メートル以上あったブレードの体格は倍近くに膨れ上がっている。まさに巨人であった。

 

「ふん!」

 

 病魔空間の影響によりブレードの体に黒い斑点が無数に生じるが、全く衰弱した様子は見られない。そのパンチを受けた敵は衝撃波を発しながら残像を残す勢いで吹き飛び、鉄製の壁を何十枚とぶち破る音を響かせ、遥か彼方へと姿を消した。

 

 その光景を、私とノアは無言で口を開けながら眺めていた。

 

 

 * * *

 

 

 その後、謎の超強化を果たしたブレードの手によって敵の一団は壊滅した。彼の変貌ぶりにも驚かされたが、その力をもってしても誰ひとりとして死ぬことのなかった敵たちの生命力も化物じみている。もともと私がどうあがいたところで殺しきれる相手ではなかった。

 

 敵は死んではいないが、ブレードの強打を何発も受けたことによって全身を防御するために赤い結晶の守りが発生し、逆にそれによって身動きを封じられた状態になっていた。かわいそうにも思うが、これ以上手の施しようがない。

 

「あんな力があるなら何でもっと早く使ってくれなかったのさ!? ていうか、その見た目は何!?」

 

「マーッスルマッスルマッスル! いや、面目ない!」

 

 ブレードの強化は一時的なものだったらしく、今では巨人状態は解除されている。しかし、元の姿に戻るのかと思いきや、その外見はさらに驚愕の変貌を遂げていた。

 

 その姿を一言で表すなら、ノアいわく“細マッチョのイケメン”である。イケメンかどうかは私の審美眼では判断できないが、明らかに骨格からして体形が変わっていることは確かだ。

 

 もともと人類というよりゴリラか?と見間違うような体格をしていたブレードだが、今ではそれなりに鍛えられた普通の成人男性に見える。服は全身破れてしまったため、ボクサーパンツ一丁で蝶ネクタイ姿だった。

 

「ずるい、それずるくない……?」

 

 ノアがなぜ悲壮感に満ち溢れているのか、私にはわからない。

 

「この技を使うには条件があってな。一度使用すると、24時間は再使用できないッスル。つまり、一度限りの大技であり最後の手段。できれば不測の事態に備えて温存しておきたかったッスル」

 

 一時的に5倍ものオーラ量と強化率を得られるが、代償としてその後24時間は全ての念能力の威力が通常時の5分の1にまで減少してしまう。おいそれと使える技ではなかったのだ。

 

「しかし、吾輩が技を出し渋ったせいでシックス君に辛い役を押し付けてしまったな……すまなかった」

 

 謝罪するブレードを手で制した。ブレードは悪くない。“殺しの覚悟”は私にとって避けては通れないものだった。結局、殺すことはできなかったが、それでも先ほどの経験があるのとないのとでは、いざというときの心構えが全く違ってくることだろう。

 

 ブレードも、他のアイチューバーたちも、様々な覚悟を背負ってここに立っている。生きるということは覚悟の連続だ。私はまだ自分がその域に達しているとは思えない。

 

 謝ることがあるとすれば、それは私の方だ。多くの敵を足止めできたのはノアの能力があったからだし、最終的に難局を乗り越えられたのはブレードの力によるものである。私は何もできなかった。

 

「そんなことはありません!」

 

 そこで待ったをかけてきたのは意外な人物だった。

 

「まずはお礼を言わせていただきたい。あなた方は命の恩人です……まさか助けてもらえるとは思っていなかった。見捨てられてもなんらおかしくなかったのに手を差し伸べてもらえた」

 

 涙を流し、鼻をすすりながら銀河の祖父は私たちに感謝を述べた。

 

「この中の誰かが一人でも欠けていたとすれば、今の私はここにいなかったかもしれません。役に立たなかっただなんて思わないでください。あなたがいてくれた、それだけで私は救われました。ありがとう」

 

 そう言って彼は手を差し出してきた。私はその握手に応じる。

 

「あなた方からは何か……揺るがぬ決意のようなものを感じます。私はその意志に助けられたのかもしれません。私の占い師としての誇りにかけて断言いたします。その意志を貫く限り、あなた方の未来が陰ることはないでしょう……ご武運をお祈りしております。それでは」

 

 そう言って、銀河の祖父は立ち去っていった。

 

「ちょっと待って」

 

 いや、立ち去ろうとしたところ、ローブの端をノアにつかまれて止められた。

 

「なにサラッと帰ろうとしてるわけ? こっちはあんたのせいでとんでもない目に遭わされたんだが」

 

「そう、ですね。皆さまからいただいた御恩は決して忘れません。もちろん、言葉だけなく形としてお礼もするつもりです。ですが何分、今の私には手持ちが全くなく……つきましてはこの騒動が終息した後で……」

 

「いや、今返してくれればいいから。これからちょっとポメルニさんのところに助けに行くんで、あんたもついて来て」

 

「……え? 冗談、ですよね?」

 

 銀河の祖父がブレードの方に目を向ける。

 

「これはありがたい。吾輩も自慢の筋肉がこのありさまで、少しばかり先を案じていたところだったッスル。念能力者の仲間は一人でも多い方が心強い」

 

「は!? いやいや、この老いぼれに何かお役に立てることなどあるはずが……!」

 

「ご謙遜を。先ほど見せていただいた走りの速さはなかなかのものだったッスル。それに役立たずだなんてとんでもない。“あなたがいてくれる”だけで我々としては大助かりッスル」

 

 銀河の祖父が鼻水をたらしながら私の方に視線を向けて来る。必死に何かを訴えかけてくる表情の彼に対し、私はカモンのジャスチャーで返答した。

 

 銀河の祖父が戦力として期待できるか怪しいところだが、こちらはブレードの力が5分の1に落ちるという死活問題に直面している。その穴埋めとして、使える者は何でも使わないと。少なくとも実戦経験のない私よりは念能力者歴も長いのだし、役に立ってくれることだろう。

 

「待ってください! 私の能力については話しましたよね!? 操作対象となる一般人がいないと何もできないんですよ!? マジでクソみたいな能力でしょ!? うんこですよ、うんこ! こんな老害がついて行ったところで足を引っ張ることしかできな……」

 

「つべこべ言わずに来い」

 

 こうして銀河の祖父が連行された(なかまになった )

 

 






●パーティー編成
・シックス
・ブレード
・ノア
・ベルベット



●パーティー編成
・シックス
・ブレード(イケメン化)
・ノア
・銀河の祖父(new!)

シックスちゃん逆ハー状態やんけ……閃いた!




☆登場人物紹介☆



【ノア=ヘリオドール】 ―― Noah Heliodor ――


「君、僕のママになってくれない?」


人気絶頂のイケメンアイチューバー! 映画にライブに引っ張りだこのノア様に憧れる普通の女の子シックスは、ある日、偶然にも街中で出会って気に入られちゃった! これって夢!?
キャ~^(´∀`艸)❤
素敵なデートになるはずが、いざ会ってみると……なにこのマザコン!? ちょべりばありえない!!!!
o(*≧д≦)o))プンプン
だけど、シックスは優しくされるうちにだんだんとその魅力に引き込まれていき……?


【ブレード=マックス】 ―― Blade Max ――


「吾輩の筋肉に、触れてみたいか」


ある日突然、シックスの前に現れたアイチューバーのイケメンまっちょ。君を守るとか言い出してシックスの部屋に居座っちゃった!
(・´ω`・)困ッタナァ…
しかも、シックスそっちのけで筋トレにいそしむ始末……私と筋トレ、どっちが大事なの!?
。:゚(。ノω\。)゚・。 ウワァーン
そんな彼との奇妙な生活が続くうち、シックスは自分が謎の組織に命を狙われていることに気づく。暗殺、裏切り、十年前の未解決事件、巨悪に隠された陰謀からブレードはシックスを守りきれるのか。


【銀河の祖父】 ―― The galactic grandfather ――


「運命の出会い、あなたは信じますか?」


ごく普通の少女シックスは、不思議な占い師アイチューバーに恋の悩みを打ち明けた。親身になって話を聞いてくれる素敵なオジイサマに、シックスは心を開いていく♪ 開運グッズを特別価格で買わされていくうちに二人の距離は急接近!
.+:。(´♡ω♡`) ゚.+:。運命だょ
しかしそんなある日、銀河の祖父は知人の借金の連帯保証人として多額の債務を抱えていることをシックスに打ち明ける。明日までに30万ジェニーの金を指定の口座に振り込んでほしいと頼まれたシックスは……


【シックス】 ―― Six ――


「 た べ ま す 」


私、シックス! たぶん10歳くらいのどこにでもいる普通の女の子! ひょんなことから新米アイチューバーとしてデビューすることに。でもその正体は……蟻の王!?

イケメンアイチューバーパラダイスに迷い込んでしまった普通の女の子シックスの、ハラハラドキドキ! 胸キュン❤シンデレラストーリーが
\(^q^)/ハヂマル!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。