カーマインアームズ   作:放出系能力者

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53話

 

『どうしてそんなにポメルニさんのことを助けたいの?』

 

 何気ない会話の中で、ノアが私に尋ねた一言だった。彼らからしてみれば、ただの子供が背負うには過ぎた決意だと、少し異質に感じているのかもしれない。

 

 救出を成し遂げられると自信を持って言えるほど、私は力を持っていない。考えられる危険はいくらでもある。悪いが助けられないとさじを投げたところで、誰かが私を非難することはないだろう。

 

 危険を冒してまで助けたいと思うほど親しい間柄というわけでもない。彼には色々と世話になったが、実際に会ったのは最初の一度きりであり、それ以降は何度か電話で話したくらいだ。

 

 ならば、なぜ私はこれほど強く彼を助けたいと願うのか。それは恩があるからだ。アイチューバーにしてもらったことではない。それも感謝しているが、根底にある感情はもっと単純なことだった。

 

 彼と出会う以前の私は『絶』を使って気配を消しながら行動することが当たり前になっていた。自分がそこに居ていいモノかどうか、わからなかった。とにかく人目にとまるのが怖かった。そのくせに、気がつけば人通りの多い街中を歩いている自分に矛盾を感じていた。

 

 絶によってオーラを絶った人間は、視覚的に認識はできても存在感があやふやになる。無関心となる。よほど優れた武術の達人か念能力者でもない限り、絶による隠行を見破ることはできない。ブレードは私の絶を見て、初心者とは思えないほど精度の高い絶だと褒めた。

 

 だが、ポメルニと初めて会った時、彼は私の絶を見破った。彼は達人でも、念能力者でもない。それはおそらくほんの一瞬のことであり、彼自身にも確証が持てないほどあやふやな感覚だったに違いない。しかし、彼は私の存在を見間違いだと断じることはなかった。

 

 彼と出会っていなければ、アイチューバーとして活動することがなければ、私は今もまだ気配を消したまま、亡霊のように街をさまよっていたかもしれない。周囲に対して無関心であろうとしたのは私も同じだ。自分で壁を作ってその中に引きこもろうとしていた。ポメルニはそんな私という存在を見つけ出し、認めてくれた人だった。

 

 彼には返さなければならない恩がある。助ける理由があるとすれば、それだけだ。

 

 私たちは目的の場所にたどり着いた。ミルキーに教えてもらった倉庫エリアの一室が目の前にある。荷物の搬入口は重厚な扉で塞がれているが、職員通行用の出入り口は鍵もかけられておらず開けっぱなしになっていた。

 

「皆の者、準備はいいッスルか?」

 

「ああ、僕はいつでも大丈夫だ。銀河の祖父は……」

 

「心配しなくてもこの期に及んで逃げようだなんて考えてませんよ。腹はくくりました」

 

 私もブレードの最終確認に強く頷いて返す。

 

「では……いくぞ!」

 

 まずブレードがドアの隙間から中へと突入する。彼のオーラ強化率は通常時の5分の1に落ちているが、その精度については変わりない。オーラを操る技術は普段と変わらず、もともとの観察力に加え『凝』による察知力も十分に機能している。彼がまず情報収集を行うという当初の作戦に変更はない。

 

 問題はその後だ。弱体化しているブレードをカバーするために、後続の私たちもただ突っ立っているわけにはいかない。すぐに部屋の内部へ入り、中の状況を確認した。

 

 

 

「よお、遅かったな」

 

 

 

 そして、目撃する。力なく床に横たわるポメルニと、その傍らに座りこむ何者かの姿があった。

 

「お前は……サイモン!?」

 

 黒人系ダンサー、J・J・J・サイモン。既にゲームを脱落したはずのアイチューバーだ。なぜここに彼がいるのか、その疑問を考えるより先に、今はポメルニの安否を確認する必要がある。私たちは身を包むオーラを高め、戦闘に備えた。

 

「待て、そう殺気立つな。何か勘違いしているようだが、俺は敵じゃねぇべ。ちょっと待ってろ、もうすぐ治療が終わる」

 

 だが、サイモンはそう言うと私たちのことなど意に介せず、ポメルニの体に触れて何かしている。よく見るとその手からオーラの流れがポメルニへ向かっているように感じた。自分のオーラをポメルニに流し込んでいるようだ。

 

 その行為に明確な害意は感じられなかった。私たちが困惑したままサイモンの動向を見守っていると、気を失っているように見えたポメルニが身じろぎし始めた。

 

「う……こ、ここは……?」

 

 ポメルニがふらつきながら立ち上がる。

 

「サイモン……? それに、ノアに銀河の祖父に……シックスまで!? ヘイヘイヘーイ! どうしたんだ、みんなそろい踏みで! まさか……オフ会もう始まってるセイ!? オレサマ、まさかの寝坊!?」

 

 焦った様子で時計を確認し始めるポメルニの顔面を、隣にいたサイモンがぶん殴った。

 

「アウチッ!! なにすんだブラザー!!」

 

「やかましいッ! テメー、さんざん人を心配させやがって……!」

 

 ポメルニに操作系能力の影響は見られなかった。私は急に力が抜けてその場にへたりこむ。

 

 良かった。最悪の事態が起こりえることも考えられた。倉庫に突入した瞬間、絶望を突きつけられることもあり得た。ブレードに言われた覚悟など、私は到底持ち合わせていない。きっと立ち直れないほどのショックを受けていただろう。本当に良かった。

 

「人質にされていた人たちはどうなったッスルか!?」

 

「それならもう俺が助けたべ」

 

 倉庫の一角に設置されていた強化プラスチック製の巨大ゲージは破壊され、囚われていた人々も無事に救出されていた。

 

「パーネック! 無事だったか!」

 

「ああ、どうも……ところで、あんた誰だ?」

 

 ブレードが心配していた弟子のアマチュアハンターもいた。ブレードは感涙を流しながらパーネックの肩を叩いているが、当の本人は困惑していた。弱体化した姿のブレードを見たことがないのかもしれない。

 

「ふおおおお!! 生シックスちゃん再びいいいい!! ほら、ロック! 我らがシックスちゃんが助けに来てくれたでござるよ!」

 

「ア、ウウ……」

 

 銀チームの面々もいた。ファンを明言してくれた彼らの無事は、私にとって喜ばしいことだ。一人具合が悪そうにしているのが少し気がかりだが、他の二人がしっかりとそばにいて支えている様子だ。

 

「え? じゃあ、これで全部解決? おしまいってこと?」

 

「そのようですね。少し拍子抜けしましたが……それだけサイモン殿が活躍なされたということでしょう。いや、あっぱれですな!」

 

 サイモンは一度、ジャック・ハイと戦って敗北し、気絶していたらしいがその後目を覚ましたという。そして私たちよりも一足先にここへ到着した彼は、操作されて襲いかかってきたポメルニを倒して無力化した後、人質を救出、そしてポメルニにかけられた操作状態の解除まで全部一人でやってしまったらしい。

 

「ちと面倒な操作媒介で制御されているようだったが、俺の能力は除念の真似事ができる。強引に外させてもらったべ」

 

 除念とは念能力によって生じた特殊な効果や影響を解除する能力である。サイモンは正確に言えば除念師ではないらしいが、とにかく操作系能力によって操られていたポメルニの相手をするにはうってつけだった。

 

 一つ、気になることがあるとすれば、どうやってサイモンはこの場所を見つけ出したのかということである。

 

「ん? それは電子掲示板にわかりやすく案内が書いてあったからだが……お前らもそれを見てここに来たんじゃねぇべか?」

 

 つまり、サイモンは運営の手引きによってここまでたどり着いたことになる。そう言えば銀河の祖父も避難経路の表示に従って逃げ続けた結果、この近くまでやって来たと言っていた。

 

 運営はアイチューバーたちをこの場所に誘導したかったのか。新たに浮上した疑問に、弛緩していた気持ちが引き締まる。

 

「セイセーイ!? いったいこれは!? 何が起きてるセイ!?」

 

「説明は後だべ。ひとまず目的は達成した。これ以上、ここにいてもしかたがない。移動するべ」

 

『えー、もうちょっとゆっくりしていきなよ。これからが面白くなるところなんだからさ』

 

 サイモンの提案に答えた声はスピーカーから流れていた。倉庫の壁面に設置されていた大型電子掲示板に光が灯る。

 

 やはり何事もなく大団円で終わりとはいかなかった。運営からの横やりが入る。しかも、今まではポメルニをメッセンジャーとして矢面に立ててきたが、今度は状況が異なる。果たして、敵はどのような反応を見せるのか。

 

 モニターに映し出された人物は、ガイコツの絵柄がプリントされた覆面をかぶった男だった。

 

「キャプテン、トレイル……?」

 

『ピンポンピンポーン! 大正解! このゲームの黒幕はボクでした!』

 

 その覆面には見覚えがあった。ポメルニチルドレン十傑衆、不動の二位、ゲーム実況系アイチューバー、キャプテン・トレイル。一番初めにツクテクに麻酔銃で撃たれ、ゲームから脱落したはずの男がそこにいた。

 

『あれは替え玉だよ。ボクは顔出し配信したことないし、みんなボクの素顔は知らないでしょ? 声だって偽装する手段はいくらでもある。代わりの人間を用意するくらいカンタンカンタン』

 

「……それで? いまさらのこのこ正体さらして何を企んでやがる」

 

『そろそろ潮時かと思ってさ。これから始まる“本当のゲーム”の前に、ここまでたどり着いたキミたちにボクからちょっとしたゲームを用意してあげたよ。お題はこちら、はいタイトルどん!』

 

 トレイルが手元のフリップを見えるように立てた。そこには『クイズ! 私は誰でしょう?』と書かれている。

 

 

 

『私は、だ~れだ? わかった人は、ボクだと思う人物を殺してね♪』

 

 

 

 その悪魔のクイズゲームに戦慄が走る。アイチューバーたちは即座に周囲へ対する警戒を強めた。

 

「セイッ! トレイル、これは何の冗談だ!? 頼むから誰か、わかるように説明してくれ!」

 

『だからさ、この中にボクがいるんだよ。キミたちはキャプテン・トレイルを見つけ出して殺さなければならない。制限時間は特にないけど、この倉庫から誰か一人でも外に出た時点でゲームは終了。キミたちにボクを殺せるチャンスはなくなる』

 

 トレイルの素顔は誰も知らない。誰かになり済ましてこの中にいたとしても、外見から本人を特定することは困難を極める。アイチューバーたちは除外するとして、いるとすれば人質として捕えられていた一般客の中の誰かなのか。

 

 いや、そう決めつけることはできない。アイチューバーであってもなり済ますことは不可能ではない。もしトレイルが念能力者であり、変装に類する念能力を身につけていたとすれば。ここにいる全員が容疑者となり得る。

 

 このクイズゲームが正解者無しで終了した場合、トレイルを殺すチャンスはなくなると言う。それが具体的にどんな意味を含んでいるのかわからないが、ここでトレイルの正体を押さえることができなければ誰が黒幕か不明のままその人物の自由を許してしまうことになる。いずれにしても取り逃がすことはできない。

 

 味方の中に敵がいる。自分が向ける疑いの目、そして向けられる疑いの目。それらの視線が交錯し、膠着状態が出来上がる。

 

 私たちとは別行動を取っていたサイモンや銀河の祖父、ポメルニもトレイルと入れ替わる機会はあった。ブレードやノアは大丈夫だと思うが……。

 

「何があろうと僕がママを裏切ることはないよ」

 

「恐れることは間違いではない。この状況で軽々しく仲間を信じろとは言えないが、それを承知で言わせてもらおう。吾輩は、君たちを信じている」

 

 ここまで苦楽を共にしてきた仲間にさえ、一抹の不安を抱いている自分の感情に吐き気を覚えた。簡単に揺らいでしまった仲間への信頼に対し、自分を叱責する。

 

 そもそも、トレイルの話が真実であるかどうかの確証もない。トレイルがこの場にいるという前提も、本当か嘘か真偽は不明だ。自分自身が疑われるという状況をわざわざ作るだろうか。本人は別の安全な場所にいて、私たちを撹乱するために嘘の情報を伝えたとも考えられる。

 

 そして現時点で誰が容疑者であるか決定的な証拠もない。これでは犯人を見つけろと言われても無理な話だ。全員の猜疑心を高め、殺し合うように仕向けたかったのかもしれないが、そこまで短絡的な行動を取るほど私たちは浅慮ではなかった。

 

『あれぇ? ちょっと難しかったかな? じゃあ、特別サービスで大ヒントをあげよう。この中に、明らかな異常を示す人物が“二人”いる。ここに来るまでに見てきたものをよーく思い出してみれば、わかるはずだよ』

 

 二人という言葉に、一旦落ちつきかけていた心が再びかき乱される。トレイルは一人ではないというのか。確かに黒幕はただ一人と決まっているわけではない。こうして画面の向こうから話しかけてきている存在もいるのだから想定しておくべきだった。複数犯による共謀があったとすれば、これまでに考えてきた前提がいくつか崩れる。

 

 思わせぶりなことを言って、私たちを混乱させたいだけではないか。しかしだからと言って、ただわからないと思考放棄してよいものか。考えがまとまらず、頭の中がこんがらがってくる。

 

「まぁ、落ちつけ。ゆっくり考える時間はあるべ。一つずつ、互いの認識を確認していくべ」

 

 そこでサイモンが指揮を執った。皆が彼の言葉に耳を傾ける。

 

「まずそもそもの前提として、本当にこの中にトレイルがいるのかという疑問だが……どう思う?」

 

「吾輩は“いる”と思うッスル。全てを嘘と断ずるには手が込み過ぎている」

 

「同感だべ。無類のゲームフリークであるトレイルなら、たとえお遊びでも自分から提供したゲームに手落ちがあることは許せないだろう」

 

 サイモンたちはこのクイズが全くの嘘であるとは思っていないようだ。あくまで推測でしかないが、このクイズゲームには“正解”が存在する。

 

 自分が不利になるような条件を課すことは念能力者であれば特に珍しいことではなく、ルールに則った上で、トレイルは自分の正体がバレることはないと確信しているのではないかとサイモンは言った。

 

「まず、ここにいる全員の情報をもう一度まとめよう」

 

 アイチューバーは、ポメルニ、ブレード、ノア、サイモン、銀河の祖父、私の6名である。

 

 救助された人質は大きく5つのグループに分けられる。

 

 一つ目は銀チームの3人。

 

 二つ目はブレードの弟子であるパーネック。

 

 三つ目はジャック・ハイの知り合いだという少年と、その保護者である母親の2名。

 

 四つ目はサイモンのダンスサークルに属する5名。

 

 五つ目はトレイルから招待されたという3名。

 

 計20人がここに集まっている。

 

「トレイルの特別優待券でここに来た連中は、奴とどういう関係なんだ?」

 

「お、俺たちはネトゲで知り合っただけで……」

 

 オンラインゲームでたまたま一緒に遊んでいただけの関係らしい。トレイルとリアルで会ったことはなく、特別優待券をあげると言われたものの半信半疑だったのだが、数日前に実物が郵送されてきたという。

 

 怪しくはあるが、単に巻き込まれただけとも考えられる。人質の賑やかしとしてトレイルがねじ込んだだけかもしれないが、だからと言って容疑者から外れるわけでもない。この中に犯人が紛れているかもしれない。

 

「なるほど、だいたい分かったべ。犯人の目星もついた」

 

 一通り簡単な聴取を終えたサイモンが放った一言に、全員がどよめいた。これまでのやり取りの中で、何か手掛かりがあっただろうか。思い返してみるも、私には予想がつかない。

 

「ここに捕えられていた人質連中は、俺たちがプレイヤーとして参加させられていたバトルロワイヤルが開始される以前から既に別室へと案内され、隔離された状態にあった」

 

 そのため、彼らがバトルロワイヤルゲームに参加することはなかった。麻酔銃も、リストバンドも受け取っていない。

 

「鍵は、リストバンドだ。プレイヤーである俺たちアイチューバーにもリストバンドは配られていない。だが、この中にそれを入手した者たちがいる」

 

 心当たりのある3人がビクリと体を震わせた。銀チームの三人組、彼らだけは特別優待券を使って会場入りしたわけではなかった。ゲームが始まった後、しばらくしてからこの倉庫に連れて来られた。

 

「ここでトレイルが出したヒントを思い出せ。明らかな異常を示す人物が2人いると奴は言った。この言葉は間違ってはいないが、随分と意地の悪い表現というべきだべ」

 

 サイモンいわく、正確には『異常ではないことが異常』。銀チームの3人、ロック、ペイパ、シーザーのうち、これに当てはまる者が2人いる。

 

「リストバンドに仕組まれた毒によって、これを装着した者は多かれ少なかれ精神的影響を受けている。にもかかわらず、“お前ら”のオーラにはそのわずかな淀みが見られない。つまり、素面ってことだべ」

 

「へっ!? いや小生なんのことだかさっぱり……!」

 

「み、右に同じく!」

 

 サイモンがボキボキと拳を鳴らしながら三人組の方へと近づいていく。重厚に練り上げられたそのオーラを中てられたペイパとシーザーは震えあがっている。

 

「それはどうしてか、考えるまでもねぇべ。つまり、お前らのリストバンドには毒が仕込まれていない。テメェだけは何事もなく無事に済まそうという魂胆だろ。反吐が出るぜ。こんなもん、クイズでもゲームでも何でもねぇ。アホ丸出しで助かったべ」

 

 サイモンの拳にオーラが集まっていく。その殺気だけでペイパとシーザーは卒倒しそうになっているが、サイモンがそこで止まることはなかった。まさか、本気で2人を殺す気なのか。彼の推理には説得力があったが、まだ確証とまでは言えない。

 

「せいぜいあの世で反省するこったな!」

 

「「ぎゃひいいいいっ!」」

 

 止めるべきかと思わず体が前に出かけたとき、私は一瞬だけサイモンと目が合った。標的を見据えているべきこの場面で、普通は彼と視線が交わることはない。明らかに、サイモンは意図して私の方に目をやったのだ。

 

 その目には理知が宿っているように見えた。今にも人を殺しそうな殺気を放っているが、その瞳は冷え切った理性を湛えている。そのアイコンタクトは私だけに向けられたものではなかった。私以外にも気づいた者はいるだろう。

 

 私はサイモンの意図をつかもうと必死に考える。彼は激情に身を任せているように見せかけながらも至って冷静だ。まるで探偵のように得意げに推理を披露したことも、トレイルを挑発するような発言をしたことも全て計算した上での行動だったのではないか。

 

 もし彼の推理が正しかったとすれば何も問題はない。少なくとも“この場にいる”トレイルは排除することができる。だが、うまくいかない可能性の方が高いだろう。そうなったとき、私たちはその後のことを考えなければならない。

 

 サイモンが行動を起こすことで、もしこの場に本物のトレイルやその関係者が紛れているのだとすれば、何らかの反応を示すかもしれない。それこそが敵の正体をつかむ真の手がかりだ。

 

 彼は敵の反応を探るための囮役を買って出た。私たちにできることは、これから起きる出来事の一部始終を見逃さず、どんな些細な変化も正確に把握することだ。私は集中状態に入り、脳の作業を分業化した高速思考を実行する。

 

「オラァ!」

 

 サイモンが放った拳の二連撃がペイパとシーザーを吹き飛ばした。攻撃が当たる瞬間に、殺人的なオーラは穏やかに流れる川のごとく勢いを丸め、殴られた2人のダメージは気絶するのみにおさまった。その切り替えの滑らかさは見事というほかなく、サイモンが念能力者として高い技術を身につけていることをうかがわせる。

 

 結局、殴られた2人は何か反撃のそぶりを見せるでもなく、順当に倒されて沈黙した。

 

「ア、アア……ペイパ……シーザー……ヨグ、モ、ヨクモオオオオオ!!」

 

 その直後、銀チーム三人組のうち1人残されたロックがふらつきながら立ち上がるとサイモンの方へ向かって突進し始める。

 

 彼は他の2人と違ってリストバンドの薬物の影響が現れているように見える。サイモンに襲いかかろうとしている理由については仲間を傷つけられたためと思われるが、まだシロとは言いきれない。彼がトレイルの関係者である可能性はある。

 

 その時のことだった。スピーカーから大音量でトレイルの声が流される。

 

 

 

『ブッブーーーーーー!! サイモン不正解!! キミには罰ゲームをプレゼントだぁ!』

 

 

 

 私は目を離していなかった。目の前の光景をつぶさに捉えていた。そのはずが。

 

 気づけば、サイモンの頭部が消えていた。

 

 


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