カーマインアームズ   作:放出系能力者

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おまけの番外編です。時系列はオフ会前になります。次話から新章に入る予定です。


番外編:シックスのワイルドクッキングPart2

 

「シックスです」

 

 ついにこの時が来た……人気のない公園の一角で、カメラは静かに自動撮影を開始した。今から取り行う撮影は、私がこれまで封印していた禁断の領域、『料理動画』である。

 

 第一回の料理動画は忘れもしない。私の初投稿動画にして目を覆いたくなるほどの大惨事を巻き起こしたトラウマだった。そのタブーに、なぜまた挑戦しようとしているのかというと。

 

 ファンの要望である。何がそこまで君たちを駆り立てるのかと疑問に思うほどの熱烈な要望が数多く寄せられていた。第一回の料理動画は大失敗に終わったはずだ。はっきり言って見どころなどない。にもかかわらず、私が投稿した動画の中では断トツの再生数を誇っている(転載動画だが)。

 

 最初は、どうせ他人の失敗を馬鹿にしたいだけだろうと思っていた。しかし、確かにそういう思惑もあるのだろうが、それだけではないように思えてきた。馬鹿にしているけど、同時に好ましく思っている……なんと表現していいかわからないが、そんな感じのニュアンスが多分に含まれている気がした。

 

 ファンの期待に応えることもアイチューバーの務めである。私も日々、アイチューバーとしての成長を遂げているのだ。野生動物との体当たりふれあい動画も一定の人気を博し、自分のスタイルというものが確立しつつある。

 

 ここで第二回料理動画を成功に導くことができれば、私のアイチューバースタイルに新たな方向性を加えることができるかもしれない。視聴者層の新規開拓のためにも、過去の失敗に囚われず、新たな挑戦を重ねていくことが望ましい。

 

 そのために満を持して企画した料理動画の第二弾である。そして断言しよう。アイチューベのアの字もわからなかったあの頃の私とは違う。この日のために考え抜いた数々のシミュレーションと、動画投稿者として身につけたスキルをもってすれば失敗はあり得ない。

 

 100%勝つ。その意気込みをカメラに向け、ビシッと指さした。このシーンは後でカットしておこう。

 

 ではさっそく本日紹介する料理を発表しよう。ずばり、キノコ料理である。しかも、ただのキノコではない。私は手元にある大きな青いキノコをカメラに見せつけるように掲げた。

 

 これは昨日、私が森で採取したものである。今の季節は冬、キノコのシーズンとは程遠い。だが雪が降り積もる森の奥地で、一本だけ大きく育ったこのキノコを発見したのだ。傘の直径だけでも10センチは軽く超えていた。

 

 珍しかったのでとりあえず持って帰り、ネットで調べてみたところ『ヒョウゲツタケ』という種であることがわかった。なんでも極寒の環境下でのみ生育するキノコらしい。美食ハンターも追い求めることがある幻の食材で、市場に出回ることはまずないという。

 

 事前に知っていれば森に入るところから採取に至るまでの動画を作れたのにと悔やんだが、それは高望みが過ぎるというものだろう。そんな経緯で今回の企画が実現したというわけだ。

 

 滅多に手に入らない幻のキノコ。この存在だけで今回の料理は成功が約束されたと言って過言ではない。それほどの高級食材ならどんな調理をしたところでうまいに決まっている。だが、私はそこで慢心しなかった。

 

 このご時世、ネットでさっと検索すれば素人にも簡単に作れるお手軽レシピが溢れている。それをいくつか見て回り、組み合わせればアレンジの数は無限。私は用意してきた食材をまな板の上に並べ、サバイバルナイフを取り出した。

 

 まず、主役のキノコは柄の部分を切り取る。切り取った柄は食べやすい大きさにカット。そして、下処理して軽く火を通しておいた小ぶりのエビ、ホタテと合わせてプラ容器に入れる。それらの食材をチーズ、刻んだニンニク、鷹の爪、塩コショウで味付けする。

 

 ここで残しておいたキノコの傘部分をひっくり返して皿代わりに使う。無駄に高所からオリーブオイルを投下。たっぷりと注ぎこんだところに、先ほど合わせた具材を乗せていく。そして、最後の仕上げにバターを乗せる。

 

 ミノール牧場産手作り風グラスフェッドバターを、山盛りとなったキノコ皿の上にこれでもかと積み重ねる。あとは焼くだけだ。こぼさないように慎重な手つきで、卓上コンロの上へと運ぶ。

 

 このコンロは第一回料理動画で使ったものである。もう一度日の目を見ることになるとは思わなかったが、捨てるのも忍びなく山中の仮拠点に保管していた。感慨深い思いに浸りながら、いざ点火する。

 

 私は自分の成長を実感していた。じゃがバターとは比較にならないほど今回の料理は料理っぽい。コンロの前で膝を抱えて、じりじりと焼けていくキノコの様子を無言で観察する。前回はその沈黙に堪えられず、ろくに火が通っていない状態で食べようとしたが、そんな心配をする必要もない。待ち時間は編集でカットすればいいのだ。

 

 うずたかく積まれたバターが熱で溶け始め、当然の帰結と言わんばかりに皿の上からこぼれ落ちていく。キノコの焼ける香ばしい匂いと、滴り落ちたバターが火にあぶられる濃厚な匂いが絡み合う。

 

 本当は網焼きよりもオーブンを使った方が全体に均一に熱が行き渡るため、よりおいしく仕上がるのだが、機材を用意するのが面倒だったので止めた。何よりオーブンに入れてしまっては、焼き上がる過程を撮影しにくい。

 

 料理動画として紹介する以上、調理過程における見た目の“おいしさ”は欠かせない。むしろ、実際のおいしさよりもそれは優先されると言っていい。極論を言えば、味がまずかろうとうまく見えれば問題ない。

 

 幻の食材とか言われているが、このキノコが実際どんな味をしているのか私は知らない。採取できたのはこの一本のみであり、試食はできなかった。相性の悪い調理をしてしまえば、せっかくの高級食材も素材の味をいかすことはできないだろう。

 

 だが、そんなことは関係ないのだ。最重要となるのは“映え”。視聴者が感じ取ることができる情報は視覚に限られている。さらに今回のレシピで使用したキノコは入手困難なレア食材だ。真似して作れる料理ではない。

 

 そんな後ろめたい思惑も多少はあったが、心配するまでもないと思われた。キノコ以外の食材とその調理法については真っ当なものであり、これでまずい料理が出来上がるとは思えない。目の前で焼ける一品からは、実に食欲を掻き立てるいい匂いを感じる。

 

「うまそう」

 

 申し訳程度の感想を放つ。だが、それで構わない。詳しいレシピの詳細とか補足したい情報があれば、後で字幕を入れるなどして編集可能だ。痛々しい沈黙もBGMで緩和できる。私のこれまでの経験からして、無理に気の利いたことを言おうとすると余計にこじれる恐れが高い。よってこの自然な反応こそベストであると考える。

 

 そうこうしているうちにも料理は出来上がっていく。これくらい火を通せば十分だろう。カメラをスタンドから取り外してアップで撮影する。

 

「ヒョウゲツタケのアヒージョ、完成です」

 

 なかなかいい出来栄えだ。ただ、やはり網焼きは熱の通りが下に偏るため、キノコの皿が焼けすぎて焦げてしまったが、それが逆によかった。ヒョウゲツタケは青いキノコであり、食材としてその色からはちょっとした抵抗感を拭えない。だが、焦げつくことによって焼き色で青さが目立たなくなり、見栄えという点においてはむしろグッド。

 

 キノコの傘でできた皿の中では、オリーブオイルとバター、そしてキノコから染み出した出汁が凝縮されている。そこにエビとホタテの魚介のうまみが加わり、それを引き立てるニンニクの香りがさらに食欲をそそる。さっくりとナイフを入れれば溢れだす極上のスープ。駄目押しとばかりに、チーズがとろりと流れ出て来る。

 

 まだ食べてないけど、既に上のような感想を考えてきた。あとは食べてから台本通りのセリフを言えばいいだけだ。抜かりはない。

 

「たべます」

 

 しかし私は、そこではっと気づく。勝利を目前としてすっかり気が緩んでいた。今一度、よく周囲を確認する。

 

 前回の料理動画は野良犬の乱入というハプニングによって、ちゃんと終わらせることすらできていなかった。今回はそれと同じ轍を踏まないため入念に警戒していた。よし、近くに人や動物の気配はない。

 

「たべます」

 

 ついに実食する。アツアツのキノコ料理をナイフで切り取り、口へ運ぶ。

 

 ……! これは……

 

「もぐもぐ……オリーブオイルとバター……ごほっ……そしてきのこからしみっ……えふっ……しみだし、うま……うっ!?」

 

 全ての食材のうまみを台無しにする強烈なえぐみ、胃酸が逆流してきたのかと錯覚するほどの酸味、そしてそれらを上書きして余りあるほどの辛さがじわじわと口内に広がり、舌の味覚細胞を徹底的に破壊した。

 

 これは……毒だ。うまいとかまずいとかいう話じゃない。毒キノコである。

 

 このヒョウゲツタケというキノコは主にマイナス40度以下という極寒の環境でよく発見される。それより暖かい寒冷地帯で見つかることもあるが、その気候帯に入るとよく似た別の種類のキノコと混同されることがある。

 

 『ニセヒョウゲツタケ』と呼ばれるそのキノコは非常によく似た外観を持ち、専門家でなければ見分けることが難しい。猛毒成分があるため、素人はヒョウゲツタケを見つけても手を出してはならないと言われている。

 

 毒に苦しみながら私はその情報を思い出していた。そう、私は知っていた。このキノコが毒かもしれないという疑いを持ちながら撮影に及んだ。

 

 本物のヒョウゲツタケであればそのまま料理動画として投稿し、ニセヒョウゲツタケだったとしてもそれはそれで話題になる。動画タイトルを『【閲覧注意】幻のキノコ食べてみた【毒あり】』に変更して視聴者にお届けするのだ。

 

 あらゆる事態に対応した完璧な計画。ポメチル特権の集客効果と合わせれば余裕で100万再生越える寸法……ニセヒョウゲツタケのネタ的な意味でのおいしさに、激しい腹痛に襲われながらも思わず笑みがこぼれる。

 

「げぼぁっ!!」

 

 そのとき、特大の嘔吐感がこみ上げてきた。さすがにカメラの前でリバースはまずいと口を押さえて堪えていたのだが、腹の中でシャンパンが破裂するかのような爆発的エネルギーには逆らえなかった。

 

 その光景は、まさに噴火。マグマのごとく赤い血反吐の塊が大量に溢れだす。胃粘膜が丸ごとそぎ落とされて吐き出されたようなその凄惨な喀血と一緒に、これはさすがにまずいのではないかという不安もこみ上げてきた。

 

 シックスの肉体はダメージを受けても生命力を使って回復させることができる。しかしそれはあくまで受動的な反応であるため、ダメージを無効化しているわけではない。

 

 毒物に関しては完全に効果を消し去ることまではできなかった。肉体の損傷は回復できても、体の中に取り込まれた毒物を除去できるわけではない。内臓機能によって解毒するか、体外に排出されるまで待つしかなかった。

 

 とはいえ、生命力を逐次投入していれば衰弱することはない。人間の体はよくできたもので、生命力によって内臓機能を保全すれば大抵の毒物は無毒化または排出できる。ちょっとヤバめの毒も、安静にして大量の水分を摂取しておけば半日くらいで回復する。

 

 しかし、その無毒化効率を著しく超えた毒になると厄介だ。内臓の機能保全だけなく破壊されていく臓器を常に回復させ続けなければならなくなる。生命力を大きく消耗することは言うまでもない。

 

 このニセヒョウゲツタケの毒は、どうやら私が思っていた以上の猛毒だったらしい。このままでは危険と判断し、すぐに緊急解毒措置に取りかかる。私はサバイバルナイフを手に取って、自分の腹に突き立てた。

 

 

 ブ シ ャ ア ア ア ア !

 

 

 飛び散る血しぶきに構わず、腹部を切開。皮下に手を突っ込んで胃袋を掴むと腹の外へと引きずりだした。胃と一緒に腸の一部もくっついてくる。ずるずるとつられて出て来る肉の管を適当なところで切断し、腹の中へと戻した。

 

 これがシックス流緊急解毒措置である。毒に汚染された部位を丸ごと取り除き、新しく作り直す。強力な猛毒に冒された場合はこうした方が完全解毒までにかかる生命力の消費を抑え、素早く回復できることが実証されていた。

 

 毒ヘビに噛まれたとかならばこの治療法も気安く使えるのだが、今回のように服毒した場合はかなり勇気がいる。壮絶な痛みを伴うが、それでも致死毒の痛みに苦しみ続けるよりはマシである。

 

 既に腹部の外傷は消え、内臓の再生も終わっていた。毒が全身に広がる前にその大部分を除去することができたようだ。体調もだいぶ楽になった。腕で汗を拭い、安堵のため息を漏らす。

 

 そして私はようやく気づいた。撮影中のカメラと目が合う。地面には大量の血だまり、ぶちまけられた内臓、シックスは全身血まみれでサバイバルナイフを握っている。

 

 果たして、この状況をうまく取りまとめる方法があるのか。高速思考を働かせる。アイチューバーとして培われたこれまでの経験が、私を行動へと導いた。カメラの前でポーズをきめる。

 

「ちぇ……ちぇけら」

 

 そしてこの動画は投稿されることなく、お蔵入りとなったのであった。

 

 


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