カーマインアームズ   作:放出系能力者

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ハンター試験編
56話


 

 積み上げてきた過去は崩れ去った。アイチューバーとしてのシックスはもういない。活動を続けようという気持ちがない。また一から別の何かを積み上げていく必要がある。

 

 それは過去を乗り越えたとか、前向きに歩き始めたというよりは、ただ喪失感さえ自覚できなくなった結果である気がした。巣を壊された蟻が、せっせと修復に当たるようなものだ。悲嘆にくれることはなかった。

 

 それが良かったか悪かったかは別として。今後どのように生きていくか考えることは避けて通れない課題である。例の事件から一週間ほどが経ち、自分なりに考えをまとめる時間はあった。

 

 そして私は現在、ザバン市という大きな街に来ていた。ハンター試験を受けるためである。私はプロハンターになることを当面の目標とした。

 

 プロハンターの仕事は多岐にわたる。決まっていることは『何かを狩る』ということだけだ。その対象は動植物に留まらず、犯罪者の逮捕であったり、学術的な研究であったり、おいしい食べ物探しから子供のお使いまで、とにかく何をしてもよい。

 

 ハンター試験に合格してライセンスを取得することでプロと認められるわけだが、このライセンスによってハンターの活動は様々なバックアップを受けることができる。

 

 具体的にはハンター専用の情報サイトを利用でき、一般人立ち入り禁止区域の8割以上への入場が許可されるほか、多くの国の交通・公共機関の利用がほぼ無料となる。ライセンスを所持しているだけで特権的とも言える社会的地位を得ることができ、殺人を犯しても免責となる場合が多いという。

 

 それだけでも滅茶苦茶だが、しかもこの試験、誰でも受けられる。年齢や職歴など一切不問。受験資格は特に明記されておらず、申請さえ出せばいい。私もネットで簡単に即日申請した。やったことと言えば名前を入力して受験料の1万ジェニーを振り込んだことくらいだ。

 

 本当にこれで大丈夫なのかと不安に感じるところもあるが、ありがたくもあった。今の私は戸籍も持たない身分不明者である。一般的に国際人民データ機構によって捨て子にさえ国民番号が与えられるため、全くの無国籍・無戸籍な人間というものは存在しないことになっている。

 

 社会の中で普通に生活しようと思えば何かと身分を証明するものが必要であり、ハンターライセンスならば国民番号を持たない私でも身分証として申し分ない効果を持つのだ。

 

 プロハンターになれば金が稼げるというのも理由の一つである。ライセンスを担保に投資信託するだけで湯水のように金が入ってくるとかこないとか。別にそこまでの大金は必要ないが、あって困るものでもない。アイチューバーで稼いだ電子マネーはポメルニ名義の口座で管理されているため、いつ凍結されるかわからなかった。

 

 そしてもう一つ、ハンターになりたい大きな理由が情報の集めやすさにあった。ライセンスがあればハンター専用の情報サイトを利用できる。一般人ではネットで調べられる情報に明確な制限があるのだ。ライセンス等の資格がなければ露骨にアクセス拒否されるサイトがたくさんある。

 

 プロハンターになれば知ることのできる情報が格段に増えるらしい。『世界が広がる』とまで言われている。情報サイトだけでなく、人的なつながりによって得られる情報も大きいだろう。それによって、私は『私自身』を調べようと考えた。

 

 私の本体である『蟻』はどのような種であるのか。同種の蟻の中に、私と同じように思考できる者がいるのか。その生態はどうなっているのか。

 

 そして『シックス』のことについても知っておきたい。この体は念と深く関係している。プロハンターは念におけるスペシャリストの集団である。情報を得るうちに、シックスの正体についても何かわかることがあるかもしれない。

 

 問題は、そのライセンスを手に入れるためのハンター試験である。毎年数百万人の受験者が集まるというが、合格できる者は良くて数人、合格者無しの年もざらにあるそうだ。さらに試験内容は過酷を極め、死傷者が出ない年はほぼないらしい。

 

 ただ、この点に関しては勝算があった。ブレードから聞いた話によると、ハンター試験はプロハンターにふさわしい人間性をもっているかどうかを判断する指標であるが、それ以上に念能力者となるに値するかの資質を問うものが多いという。

 

 現役のプロハンターはそのほとんどが念能力者である。それは軽々しく一般人の目に触れてはならない領域であり、力を正しく扱える資質がなければプロとして不適格。その最低限のラインを見極めるための試験らしい。

 

 つまり、最初から念能力を使える私は大きなアドバンテージがある。身体能力や戦闘力を測る試験が多いので、念能力者なら特に苦もなく受かるだろうとブレードは言っていた。

 

 ただし、知識や知能を問うような試験がないとは言い切れない。試験内容はその年の担当試験官が決めるため、どんな内容が飛び出すか受けてみるまでわからないのだ。よって対策もできない。念能力者だからと言って無条件に合格できるわけではないようだ。油断はできない。

 

 私はスマートフォンを見ながら街中を歩く。初めて訪れた街だが、スマホで現在地を確認しながら歩けば迷うことはない。

 

 最近はこれが手放せなくなってきた。スマホ、便利である。謎のアップデートを遂げた私のスマホは充電知らずの無限バッテリーを有し、どこでも電波環境が最良状態で送受信できるようになっている。メモリの空き容量も底が見えない。

 

 これが使えなくなったらと思うとちょっと不安だ。買い替えようにも新規契約をするためには身分証が必要となる。やはりライセンスは取っておいて損はないと思う。

 

 移動を続けていた私は、だんだんと周囲の人通りが多くなっていくように感じた。それは気のせいではく、目的地に近づくにつれてはっきりと確信できるようになる。ここにいる者たちも私と同じ受験者なのだろう。さすが数百万人が集まるというだけのことはある。

 

 実はハンター協会のホームページを隅から隅まで確認したのだが、試験会場がどこにあるか記載がなかった。はっきりと明記されていたのは試験当日の集合場所と時間のみである。そこから何台ものバスによるピストン輸送で会場まで送ってもらう手筈になっていた。

 

 今は送迎バス始発の一時間前だが、乗合所では既に大勢の人だかりができていた。そのほとんどが大人の男性であり、見た目からして体力に自信がありそうな人が多い。シックスのような子供の姿は他になかったため、『絶』をしていないこともあって目立っているように感じた。

 

 これまでは四六時中『絶』で行動することが多かった私だが、むやみに絶を乱用すべきではないとブレードから指摘を受けていた。それにはいくつか理由がある。

 

 まず、絶の状態はオーラによる防御力がゼロになるため念に対して無防備であることが言える。また、絶であるということは『凝』も使えない状態であり、とっさの状況判断能力はむしろ通常時より求められる。気配を隠せるということは便利な反面、相応のリスクが生じると言えた。

 

 一般人ならまず気づかれることはないが、念能力者であれば絶も看破可能である。気配を隠して近づこうとする相手に対して警戒しないわけがない。また、迎撃型(カウンタータイプ)の念能力者はあえて絶の状態となることで誓約による能力強化を図る戦法もあるため、余計に相手の警戒心を高めるだけだと言われた。場合によってはそれだけで敵対行動とみなされることもある。

 

「おい、嬢ちゃん。こっちはハンター試験会場行きの特設乗合所だ。一般回線に乗るなら向こうのバスターミナルだぜ」

 

 バスの停留所前で長蛇の列を作っている受験者たちの最後尾に並ぶと、前に立っていた男が私に気づいて声をかけてきた。親切心からの忠告だろうが、こちらで合っている。自分も受験者の一人であることを伝えた。

 

「はぁ? やめとけ、やめとけ。ハンターは嬢ちゃんが考えてるほど甘い世界じゃねえよ。ここにいる連中を見りゃわかるだろ。飢えた獣みたいな奴ばかりだ。噂によると、マジで何人か殺っちまったヤベぇ奴らもいるらしい……ガキが入り込む余地なんかねぇよ。怪我しないうちにさっさと帰るんだな」

 

 自分がこの場で浮いていることを否定はできない。改めて自分の容姿を確認してみる。

 

 以前着ていた服は買い換えた。この一週間ほど、ちょっと念の修行のために無茶をやってあちこち破れてしまい、さすがに人前に出られる格好ではなくなったためだ。今は通販で買った黒いジャージを着ている。上下セットで2千ジェニーだった。ハンター試験は実技が主体となるので動きやすいこの服装なら大丈夫だろう。

 

 容姿的に最も目立つと思われる銀色の長髪については染髪料を使って黒く染めている。ばっさり切って髪型から変えたいところだったが、それも外傷にカウントされるのか自動修復されてしまうため染めるのが限界だった。

 

 しかも、その染髪についても髪に薬剤が浸透しないのか上手く染まらなかった。いっそのことラッカースプレーで塗装しようかとも考えたが、それだとたぶん髪がガチガチに固まる。結局、いくつか市販の染髪料を買って一番髪になじんだものを使っている。

 

 後はキャップをかぶってあまり顔が見えないようにした。ツバが長いタイプなので、うつむいていれば顔が隠れる。ここまではそう常識から外れるような格好ではないだろう。

 

 ただ、リュックサックの口から飛び出したペンギンのぬいぐるみに関しては今考えると悪目立ちしているように感じる。成長した本体を中に入れて隠すためのぬいぐるみを新たに買い換えたのだ。

 

 ペンギンにしたのは全体的にずんぐりむっくりしたデザインであったため、中に本体を入れやすそうだったからだ。しかし、思った以上に大きなサイズになってしまい、リュックに収まりきらず首を絞めつけられたペンギンの頭部が外に飛び出ている。

 

 不自然とまでは言えないが子供っぽさは増したかもしれない。総評すると、私の外見は少なくともこの場にはそぐわなかった。だが無論のこと、受験を辞退する気はない。

 

「ま、夢を持つのは自由だわな。ところで、さっきから何かやたらうまそうな匂いがするんだが……弁当でも持ってんのか? 寝坊したせいで朝飯食いそびれてよぉ、腹減ってんのよ。今なら高く買ってやるぜ?」

 

 そう言って男は千ジェニー札をひらつかせる。だが、私は食べ物なんて持って来ていない。これはおそらく、シックスの体から発せられている特殊なにおいのせいだろう。

 

 私自身は自覚できないのだが周囲の反応を調べる限り、シックスは何らかの体臭を発している。それは人によって感じ方がまちまちで、好意的に受け取る人もいれば嫌悪感をあらわにする人もいる。

 

 何らかの念能力的効果ではないかと思われるが、今のところ詳細は不明である。しかし、これのせいでさらに目立ちやすくなっていることは確かだ。自覚できないため自分の意思ではコントロールできず、絶を使わない限り臭気は消せない。

 

 弁当は持っていないと男に言うと、「せっかく親切にしてやったのによぉ」とブツブツ文句を言いながら列の前に向き直った。そうしているうちにも次々と私の後ろに受験者が並んでいく。これでは途中で列を離れることはできそうにない。

 

「マジかよ……俺、トイレ行きたくなってきた……」

 

「この数だと、たぶん始発のバスには乗れないよね」

 

「最前列組は徹夜で並んでたらしいぜ」

 

「なんか、このバスに乗っても試験会場まで行けないって聞いたんだけど……」

 

「いや、それはないだろ。ハンター協会の公式サイトに載ってる情報だぞ」

 

 始発前にしてこの人だかり。やはり、できるだけ早く会場入りしたいと思う者が多いのだろう。それだけの意気込みをもって試験に臨もうとしている。私もうかうかしてはいられない。どんな試験が待ち受けているのかわからないのだ。待ち時間の間も無駄にせず『纏』の制御を鍛える修行をしておこう。

 

 そんな中、込みあった停留所の近くに一台の車が乗りつけてきた。人ごみで車が通るだけの余裕もない道を、黒光りする高級車がろくにスピードを落とさず突っ込んでくる。そばにいた人々は大急ぎで逃げ出していた。

 

「ふぃー、到着っと」

 

 その車から降りてきたのは派手なスーツを着た男だった。そのほかにも同乗していた数人の男が降りてくる。その身なりや目つきからして、暴力的な印象を隠そうともしていなかった。剣呑な雰囲気を放つ集団はこちらに向かって歩いてくる。

 

「おい、あれってもしかして……ペルポナス組の若頭じゃねぇか?」

 

「ああ、間違いない。最近このあたりで台頭してきたマフィアの新興勢力の中でもイカれた噂が多い連中だぜ……まさかあいつらも今年のハンター試験を受けるつもりなのか!?」

 

 ハンター試験に受験資格はない。たとえそれが凶悪犯罪者であったとしても受験は可能である。実際に、プロハンターのライセンスを持つ者の中にも一定数の重犯罪者は存在すると言われている。

 

 ハンターは正義を名乗る者たちばかりではない。ハンターとしての資質とは善悪を基準とするものではなかった。もちろん全くの無秩序というわけではないが、犯罪経歴を理由に審査から落されることはないという。

 

 そうなれば目をつけてくるのは当然、自分の犯した罪を正当化しようとする者たちだ。彼らはハンターになりたいわけではない。その特権がほしいだけである。数多の受験者のうち本気でハンターになりたいと思っている人間は、それほど多いとは言えないのかもしれない。

 

 かく言う私も他人のことをどうこう言える立場ではなかった。スカイアイランド号事件ではロックを殺したところを目撃されている。あの状況では仕方なかったことではあるが、問題はその殺し方だ。乗客の多くが被害にあったあの赤い結晶と私の能力について関連付けられる可能性は高い。

 

 今後も何事もなく逃げ続けられる保障はなかった。サヘルタ合衆国とシックスの関係についても不明な点が多い。とにかく、何の身分証明も持たない今の私では関係機関に対する発言力はないに等しいと言っていい。

 

 そういう意味では、事件から間髪入れないこのタイミングでハンター試験を受けられたことは僥倖だった。プロハンターには限定的な不逮捕特権があり、捜査当局からの出頭要請を拒否することができる。問答無用で身柄を拘束されるようなことはない。

 

 つまり私がハンターになりたい理由も、さっきここにやってきたマフィア連中と大した違いはない。ライセンスさえ取得してしまえば犯罪者も大手を振って表を歩ける。本当にハンターとなることを目指している人間からすれば同じ穴のむじなと言ったところだろう。

 

 マフィアとその取り巻きはこちらの列に近づいてきたが、彼らが向かった先は列の最後尾ではなかった。その逆、最前列である。良い予感はしなかった。

 

 シックスの身長の低さもあって、この位置からでは何が起きているのかよく見えない。私は耳をそばだて、オーラによって感覚を強化した。

 

「あのさぁ、ここ、譲ってもらえないかな?」

 

「い、いや、俺たち昨日の夜から徹夜で……」

 

 パンと、銃声が一発鳴り響いた。

 

「え? 聞こえなかった? もう一回言おっか。ここ、譲ってもらえないかな?」

 

 それ以上の問答はなかった。最前列に並んでいた男たちが列から離れて後ろに並び直している。どうやら発砲音は威嚇射撃であったらしく負傷している者はいなかった。席を奪われた男たちは悔しそうに表情を歪めている。

 

 しかし、それだけのことがあってもこの場にいる者たちが逃げ出すことはなかった。張り詰めた空気の中、私語をする者は最前列に居座るマフィアだけとなった。多くの受験者が無言のままバスを待ち続けている。

 

 人だかりの数に比例しない異様な沈黙が広がる中、乗合所に一台の大型バスがゆっくりと入ってきた。側面には『ハンター試験受験者様歓迎!』の文字が大きく描かれている。時間を確認してみると、予定より30分ほど早かった。受験者数の多さから始発時間を前倒ししてくれたのかもしれない。

 

『お集まりの皆さま、おはようございます! 当バスはハンター試験会場行きの“最終便”でございます! 受験者の皆さまにおかれましては、どうか乗り遅れのないようお気をつけくださいませ!』

 

 男性の声でアナウンスが流れる。今、聞き違いだったのだろうか、すごく不穏な単語があったような気がしたのだが……

 

『繰り返します! このバスはハンター試験会場行きの最終便です! 万が一、当バスに乗り遅れてしまった場合は失格とみなされ受験資格を失いますのであしからずご了承ください!』

 

 聞き間違いではなかった。しかし、はいそうですかと素直にうなずけるような話ではない。送迎バスはこれ一台で終わり、乗れなければ失格。どう考えてもこの場に集まっている全員は乗れないとわかる。

 

 丁寧な言い回しでアナウンスしているが言い渡された内容は理不尽としか言いようがない。故意に計画されたとしか思えなかった。つまり、これはハンター協会も織り込み済みの事態。この状況を乗り越えない限り、試験会場にたどり着く資格なしということか。

 

 まさかこのような形で試験が始まるとは思わなかった。そして、この事態を理解できた者は私だけではない。同じ結論に至った者たちが一斉に動き始める。

 

 列の順序などもはや誰も気にしていない。我先にとバスに向かって人々が殺到する。私も負けてはいられなかった。こっちにも色々と切実な事情がある。私はオーラで身体能力を強化すると、人ごみの隙間に体を捻じ込んで前に進んだ。

 

 小柄なシックスの体とそれに似合わないパワーによって大人たちの隙間を縫うように前進していく。前列が互いに進路を塞ぎ合って全く先に進む様子がない中、私は一人だけ最前列まで移動することができた。

 

「はい、ここで定員オーバーでぇす」

 

 しかし、そこで私はなぜ受験者たちが膠着していのか知ることになる。乗り切れないほどの人が一斉になだれ込んでもおかしくない状況だというのに、バスの中には数人の姿しか見られなかった。

 

 正確に言えば五人。ペルポナス組と呼ばれていたマフィアの一行だった。最初に最前列にいた彼らが真っ先に乗り込めたことはわかる。だが、彼らはそこでバスの入り口を封鎖していた。拳銃を突きつけながら誰も乗って来られないようにしている。

 

「まだ乗れるだろ! 道を開けてくれ!」

 

「馬鹿なの? 競争するかもしれない相手をわざわざ迎え入れる必要ある? てゆーか、お前らみたいなむっさい男どもと何で同乗しなきゃならないのって話でしょ? 美女なら乗せてやってもいいけどな」

 

 美女か。シックスがその範疇に含まれるか定かではないが、ネットでは銀髪美少女ともてはやされていたぞ。これはワンチャン期待できるのではないか。

 

「お客様、困ります! このようなことをされては!」

 

 私が出ようか出まいか迷っていると、バスの添乗員らしき男がマフィアたちに抗議する。その返答は銃声によって行われた。マフィアの部下の一人が前触れもなく発砲する。

 

「ぐあああっ!?」

 

 添乗員の男は撃たれ、バスの入り口から外に転げ落ちた。いくらなんでも横暴が過ぎる。私は添乗員のもとに駆け寄った。

 

「おい、何勝手に撃ってんだ」

 

「あ? 若は『不要な人間は全員乗せるな』って言ったんだぜ。いらねー人間は全員降ろさないとな!」

 

 幸いにも添乗員はスーツの下に防弾チョッキを着ていたようだ。一応はこういう事態も想定していたのだろう。だがそれでも衝撃は通ったらしく、銃弾を受けた腹部を抱えて痛みに動くことができない様子だった。

 

「あ!? なんで死んでねーんだよコラ!」

 

 顔中にピアスをつけたスキンヘッドの男がこちらに銃を向ける。その目を見たとき理解できた。この男はためらいなく引き金を引くことができるだろう。私は『凝』によって腕にオーラを集中させ、添乗員に向けて撃たれた銃弾を受け止めた。角度をそらされた弾丸が地面にめり込む。

 

「ん? 外したか……?」

 

 マフィアの男は立て続けに発砲した。歯を食いしばって堪えるほどの衝撃がビリビリと骨を振るわせる。その一発一発に人を容易く殺せるだけの威力があることを、この男は本当にわかっているのか。無意味に他人の命を奪おうとするその行為に、何か思うことはないのだろうか。

 

「え? あれ? なんで?」

 

 バラバラと私の足元に弾丸が転がった。さすがに異変に気づいたのか、マフィアの部下は動揺を見せる。

 

「おい、何してんだ! もう車出すぞ!」

 

 そこでバスの中にいた他の部下が運転手を脅して入り口のドアを閉めさせた。まずいと思ったときには既に遅く、空気が抜けるような音と共にドアが閉まっていく。このまま発進させるわけにはいかない。私は強引にバスへ乗り込もうとした。

 

「……まって、ください……」

 

 だが、思わぬ形で邪魔が入る。助けたはずの添乗員が私の体にしがみついて引き留めていた。危険な目に遭わせまいと思っての行動かもしれないが、余計なお世話だ。手間取っているうちにバスが発進してしまった。

 

「ちくしょう……こんなところで諦めきれるかよ! この日のためにどれだけ努力してきたことか……!」

 

「試験会場まで走ってついて行ってやらぁ!」

 

 諦めきれなかった受験者たちがバスの後を追い始めた。私もすぐに後を追おう。バスの速度に追いつくくらいのことは簡単にできる。そこから屋根に飛び乗ったり窓をぶち破ったりして乗り込めばいい。

 

 だが、またしても添乗員による妨害があった。私を引き留めようとする男の力は凄まじく、とても怪我人のものとは思えない。

 

「いや、だから待ってくださいってば」

 

 何かおかしいと気づいた私は添乗員の様子を観察した。そして彼が身に纏っているオーラの流れに気づく。これは一般人のものではない。この男は念能力者だ。

 

「おめでとうございます。“合格”です」

 

 そう言うと、男は何事もなかったかのようにスーツの汚れをはたいて立ち上がり、にこやかな表情を見せた。

 

 

 * * *

 

 

 私と添乗員の男はバスに乗って市内を移動していた。このバスは貸し切りとかではなく、一般市民も利用している通常路線である。私たちの他にも乗客の姿があった。

 

 先ほどまでの一連の騒ぎは何だったのか、男から説明を受けた。私が思った通り、あれは試験の一環のようなものだったらしい。だが、現実は私の想像以上にシビアだった。

 

 そもそもハンター協会の公式サイトに記載されていた試験会場に関する情報は全て嘘であり、その嘘に踊らされて乗合所に集まった受験者はその時点で失格となる。バスに乗ったマフィアも、それを追いかけて走った受験者も、まとめて不合格となっている。

 

「その事実を知ったらあのマフィア連中はブチ切れそうですけど、安心してください。バスの運転手も協会員ですので、今頃ボッコボコの返り討ちにされていると思います」

 

 つまり、全て芝居だったというわけだ。良いように踊らされたのはしゃくだが、そのおかげで私はただ一人あの中で不合格にならずに済んだと言えた。本来なら情報を精査せず乗合所に来てしまった私は失格処分となるところ、この添乗員のはからいで見逃してもらえたのだ。

 

 試験会場は毎年異なり、受験者はその詳しい場所について事前に知らされることはない。つまり、試験会場を見つけ出すことも試験の一環であった。そしてそのために受験者が最初に見つけるべき存在が『ナビゲーター』。会場への案内役である。この添乗員もナビゲーターの一人らしい。

 

 ナビゲーターは自らの正体を隠して受験者に接し、その人物が会場入りするに足る適性を持つかを試す。見事、彼らの眼鏡に適えば試験会場まで案内してもらえるというわけだ。

 

 もちろん、受験者はナビゲーターなんて存在がいることは聞かされていない。ここまでノーヒントでたどり着けなければ会場入りすることすらできないのだ。何度も試験を受けている常連でもなければ、まずこの段階で大多数の受験者がふるいにかけられることになる。

 

「そのため、実際に試験を受けられる人は1万人に1人と言われています。受験生は多ければ1000万人を超える年もありますからね。その全員に本試験を受けさせるのは無理、というのが委員会の言い分です。その考え方には反対ですけどね」

 

 このナビゲーターはハンター試験の実行委員会に色々と不満があるらしく、私はバスに乗っている間中、ずっと愚痴を聞かされていた。

 

「いくら足切りせざるを得ないと言ってもやり方ってものがあると思いませんか? もっと個人の資質をできる限り審査できる形にすべきでしょう。今回だって、あなたのような優秀な人材をみすみす不合格にしてしまうところでした。それは受験生にとっても、ハンター協会にとっても大きな損失です。はっきり言って協会側の怠慢だと思いますよ」

 

 それにしてもよく喋る男である。しかし、受験生のことを親身になって考えてくれる人柄だったからこそ私はこうして案内してもらえた立場にある。無下にもできず、適当に相槌を打ちながら話を聞き続けた。

 

『次は、ザバン中央団地前、ザバン中央団地前です』

 

「あ、ここで降りましょうか」

 

 ようやく話が終わった、もとい目的地に着いた。バスから降りた私たちは、あるマンションの前まで移動する。

 

「ここの503号室のインターホンを押して『ミハエルさんのお宅ですか?』と尋ねてください。あとは指示に従ってもらえれば会場までたどり着けます」

 

 なるほど、こういった符丁を用いて会場までの道筋を隠しているのか。これは自力ではとてもではないが見つけ出せそうにない。ナビゲーターと出会えたことは幸運だった。改めてお礼を言う。

 

「いえいえ、こちらも危ないところを助けてもらいましたから。礼には及びませんよ」

 

 私が助けに入らずとも、あの程度の銃撃は対処できただろう。とはいえ、ここでそれを言うのは無粋か。ナビゲーターの青年はこちらの意図を見透かしたように微笑んでいる。

 

「ああ、そうだ。僕としたことが、自己紹介がまだでしたね。僕はパリストン=ヒルと言います。もし試験に落ちてしまったときは、ハンター協会に僕の名前で一報を入れてください。また来年も案内して差し上げますよ。ですがまあ、あなたなら間違いなく今年の試験で合格するでしょう。がんばってくださいね」

 

 笑顔で手を振って見送ってくれたナビゲーター、パリストンに私も手を振って返し、その場を後にした。

 

 









もしパリストンがいなかったら

マフィア部下「若! 大変です! 幼女が……」

マフィア若頭「は? 幼女が何だ?」

マフィア部下「幼女が……猛スピードで車を追ってきます!」

バキィ!(窓がぶち破られる音)

シックス「 た べ ま す 」

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