カーマインアームズ   作:放出系能力者

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58話

 

 試験会場と思われる場所に到着した。どこまで降りるのかと不安になるほど地下の深くに、剥き出しのコンクリートで囲まれた広い空間があった。特に内装もなく、ビルのワンフロアをぶち抜いたように無骨な造りである。

 

 既に多くの人間が集まっている。これら全てが今年のハンター試験の受験生なのか。エレベーターから降りた直後、こちらに殺到する視線に少したじろぐ。やけにじろじろと見られている気がするが、それも当然か。同じ試験を受けにきたライバルを観察しておこうという気持ちなのだろう。

 

 ぱっと見た限り、やはり受験生のほとんどが成人男性であった。それぞれが得意な武器や装備を身に着け、万全の態勢で試験に臨んでいることがわかる。彼らもここに到達するまでに、いくつかの試練を突破しているのだろう。街中で出会った受験生とは違い、雰囲気からしてどこか鋭いものを感じる。

 

「受付はこちらになります」

 

 エレベーターの入り口近くにいた小柄な男に話しかけられる。ハンター協会員であることを示すバッジをつけていた。私は試験の申込時に与えられた確認用の受験番号を伝える。

 

「その番号は……チョコロボフさんですね。はい、こちらのナンバープレートをどうぞ。本試験ではこのプレートの番号で管理されます。なくさないようにしてください」

 

 口頭で告げた受験番号を聞いただけで、受付の男はすぐに私の名前を言い当てた。まさか申込した受験生全員の情報を頭に入れているのだろうか。

 

 チョコロボフという名はもちろん偽名である。シックスの名は使わないでおいた。この偽名はアイチューバー時代に食品レビュー動画を作ろうとして買ったお菓子『チョコロボくん』をもじって付けた。

 

 ハンター試験は偽名を使っても許される。しかし、それは一方でハンターとしての証明が生来の個人情報から独立していることを意味する。そのため、試験に合格してもハンター証を紛失すればプロであることを証明するすべがない。

 

 ブレードから聞いた話によるとプロハンターとして確固たる地位を築いている人の中にはハンター証など不要とするツワモノもいるらしいが、実績のないルーキーが同じことをやるとハンターとしての信用を一気に失うことになる。

 

 偽名を使っていい理由は、プロハンターの特権がライセンスのみに帰属するものであり、それ以外の個人的事情は一切考慮されないからである。だからこそ私のような存在も受験できるわけだが。

 

 私は配布されたナンバープレートを確認した。そこに書かれた数字は『1212』。これは会場入りした順の番号らしい。つまり現在、この本試験会場には1200人を超える受験生が集まっていることになる。多いのか少ないのか、よくわからない。

 

 試験開始時間まで待機するように言われた。周囲を見回してみるが、私と同じような服装をしている者はいない。あれは店側の手違いだったのだろうか。それとも、念能力者に対するハンデとしての特別措置とか。

 

「やあ! オレはトンパ。君、もしかして新人かい?」

 

 考え事をしているとフランクに話しかけてくる人がいた。同じ受験生で、しかも何度も試験を受けた経験のあるベテランらしい。わからないことがあったら何でも聞いてくれと言ってくれた。

 

 どこかギスギスした雰囲気が漂う試験会場だが、こういう気さくな人もいるようだ。ライバルと言っても全員が全員、敵対的な態度を取っているわけではない。トンパはジュースの差し入れまでして私をねぎらってくれた。

 

「お近づきのしるしだ! 飲みな! はあ……はあ……!」

 

 シックスの喉が渇くことはないのだが、せっかく用意してくれたものを断るのも忍びなかったので飲むことにした。ちょうどそこにもう一人、新たに会場入りした受験生が近づいてくる。

 

「またそれやってんの? 毒入りジュース」

 

「おまっ!? な、何を人聞きの悪いことを……!」

 

 トンパの知り合いらしき少年が発した言葉を聞いて、ジュースを飲みかけていた手が止まった。あとちょっとで飲み込むところだった。毒の強さにもよるが、内臓ごとぶっこ抜くのはもうこりごりだ。急いで口の中のジュースを吐き出す。

 

 そそくさと逃げていくトンパの反応を見る限り、少年の指摘は嘘ではなかったのだろう。以前にもこういう手段の罠を使っていたということか。警戒が足りなかったことを反省する。そして、少年に礼を言った。

 

「それはいいんだけどさ、あんたも“使える”人だよね?」

 

 そう言われて初めて気づく。少年の体を包み込むオーラの膜は、明らかに一般人のそれとは異なる。念能力者だ。向こうも私が念を使えることを見抜いている。

 

「そんな怖がんなくていいって。別に戦う気はないし、ってか逆にチーム組まない? ハンター試験は担当する試験官によって内容が全然違うからまだ何とも言えないけど、何人かで協力してミッションこなすタイプの試験もあるんだよね」

 

 別に全員で殺し合わなければならないというわけではない。お互いに戦わずに済むならそれに越したことはないと私も思っている。だが、そう思わせておいて実は襲う気満々という可能性も否定できない。

 

 ついさっきもトンパの罠に引っ掛かるところだった。おそらく受験生同士の抗争や騙し合いは当然のように行われているものと思われる。ここで簡単に少年の提案を受け入れていいものか、即決することは難しい。

 

「ありゃ、警戒させちゃったか。まあ、嫌なら嫌でいいよ。組む気になったらまた落ち合おうぜ」

 

 そう言って少年は立ち去っていった。ひとまず保留という形に落ち着く。

 

 彼のオーラの流れからその実力の一端を垣間見ることができた。私もまだ正確に敵の戦闘力を見極められるほどの目を持っているわけではないが、それでもかなりの実力者であることはわかる。

 

 トンパと面識があったことから、彼がハンター試験を受けにきたのはこれが初めてのことではないのだろう。それほどの力があっても合格できないような試験なのだろうか。これは気を引き締めてかかる必要がありそうだ。

 

 

 * * *

 

 

「よく来たな、諸君」

 

 本試験の受付終了を知らせるブザーが鳴る。あまり目立たないようにと柱の陰に隠れていた私は他の受験生たちに倣って移動する。しばらくして、一つのドアの向こうから試験官が入場した。ファンキーなツナギを着た眼鏡の男である。

 

「今年は1489人、会場までたどり着いたそうだが……実は二次試験官から多くとも300人くらいに絞ってくれと言われてな」

 

 いきなり酷なことを言ってくる。300人ということは、5分の1ほどの受験生しか一次試験を突破できないことを意味している。

 

 試験官の男は試験内容をどうするか考え始めた。この場で考えるのか。そんな適当に決めていいのか。いったいどんな内容が飛び出すのかと不安が募る。

 

「ん~~~~、お前ら殴り合うか?」

 

 5人ぶっ倒せと試験官は言った。昼飯まであと2時間あるから、それまでにナンバープレートを5枚集めろと言う。すなわち、受験生を倒してプレートを奪えということだ。

 

「5枚プレートを集めたらオレのところへ来い。あそこの非常階段のところで待ってるからよ」

 

 試験官が非常口の奥に入り、ドアを閉めた瞬間が試験開始となる。受験生全員が臨戦態勢に入った。各自、武器を構えて睨みあう。不気味なほどの沈黙の中、開戦を告げるドアの音がはっきりと聞こえた。

 

 一次試験開始。けたたましい怒号と武器のかちあう騒音が、剥き出しのコンクリート壁に反響してうるさいほどに響き渡った。

 

「へへへ、嬢ちゃん怪我したくなければおとなしくプレートを渡しな!」

 

 その渦中にあり、私も当然例外ではない。近くにいた一人の男が短刀を突きつけながら脅迫してくる。一次試験からなかなかにバイオレンスな展開である。さて、どうしたものか。

 

「……ちっ、厄介なのが来やがった」

 

 しかしそこで私を脅迫してきた男が別の受験生に注意を移す。帽子をかぶった三人組の男たちが近づいていた。

 

「アモリ三兄弟……絶妙のコンビネーションを得意とするベテランだが、個々の実力はそれほど高くねぇ。この乱戦状態じゃ、お得意の連携も取れないはず! 死ねぃ!」

 

 短刀を持った男が突進する。それに対して、三兄弟のうちの一人が無手で対処した。凶器に怯むことなく、正確に手刀を打ち込んで相手の武器を叩き落とす。

 

「テメェみたいなザコ相手に陣形(フォーメーション)なんか使うかよ」

 

「くっ……!?」

 

 短刀を取り落とした男はそこで瞬時に実力差を悟ったのか、それ以上の抗戦はせずにすぐさま撤退した。乱闘を繰り広げる受験生たちに紛れて姿を消す。

 

「ちっ、逃げ足だけは早ぇな。プレート奪い損ねた」

 

「アモ兄ちゃん、あそこに狙い目のカモが残ってるぜ!」

 

 そして今度は私の方に目をつけてきた。こちらもそれに合わせて構えを取るが、片手にぬいぐるみを抱えているせいでどこか締まらない。

 

「兄ちゃんたちの手をわずらわせるまでもねぇ。ここはオレに任せてくれ」

 

「ホントお前って自分より弱そうな相手に対してだけは強気だよなぁ」

 

「まぁいいじゃねぇか。去年の四次試験脱落……その屈辱を胸に俺たちは今日まで血のにじむような特訓を重ねてきた。生まれ変わったと言っても過言ではないほどの進化、『新生アモリ三兄弟』の初陣だ。かわいい弟に一番槍を譲ってやろうぜ。行って来いイモリ!」

 

 三兄弟の一人がゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。ポケットに手を突っ込んだまま、余裕の態度であった。他の受験生も私たちの方に手を出してくる様子はない。それだけこの三兄弟が警戒される存在ということだろうか。

 

「いいか、オレは兄ちゃんたちみたいに気が長くねぇから一度しか言わねぇぞ。プレートを渡せ」

 

 もちろん、応じる気はない。首を横に振って拒否する。その直後、イモリと呼ばれた男は差し出した手を振り上げ、問答無用とばかりに平手打ちを仕掛けてきた。私はそれを回避して、逆に殴り返す。

 

「は、はや――!?」

 

 ぷにっ

 

「ぐああああああ!! やられたああああ!! いたあああ……く、ない!?」

 

 イモリは大げさに叫んでいるが、ダメージは全くなかったはずだ。私も自分の攻撃に手ごたえを感じていなかった。むぅ、なかなか難しいな。

 

「は、はは! ビビらせがって! スピードは多少あるようだが、圧倒的にパワーが足りねぇ! そんなパンチじゃ百発食らってもノーダメージだぜ!」

 

 別にふざけているわけではない。私には手加減して戦わなければならない理由があった。

 

 オーラで強化した状態で攻撃を加えればウモリを倒すことは簡単だが、相手は念能力者ではない一般人である。そんなことをすれば大怪我を負わせてしまう。最悪死ぬこともあり得るし、死ななかった場合はその攻撃によって念能力を目覚めさせてしまう恐れがあった。

 

 よってオーラによる攻撃力の増加はせず、身体能力の強化のみで戦う必要があった。その力加減の調節が難しいのだ。訓練はしてきたが、生身の人間を相手とする実戦はこれが初めてとなる。

 

 うっかり力を入れ過ぎて何か問題が起きてはまずい。私は別の意味で緊張を強いられていた。

 

「あーあ、完全にブチギレちまったよ……もう女子供だからって容赦はしねぇ。見せてやるよ、“イモリスペシャル”……!」

 

 敵は何か技を使う気配を見せている。ここは先手を取って封じておくか。敵は何やら風に揺れ動くような謎の挙動を見せ始めたが、そのせいで下半身への注意が少し散漫となっている。まずは軽く足を払って、体勢を崩すことにした。

 

 バキョッ!

 

「あっ……いであああああああああああ!?」

 

 しまった。ちょっと強すぎた。蹴りを入れた脚が折れて、まずい方向に曲がってしまった。

 

「イモリ!?」

 

「こいつ……ただのガキじゃねぇ! 陣形(フォーメーション)だ! マジでいく!」

 

 他の二人が一斉に襲いかかってくる。これはまずい。同時攻撃を仕掛けられると対応に追われて精密な力の調整に狂いが生じかねない。私は自分から片方の敵に接近して先に攻撃を仕掛けた。

 

 先ほどの足払いは失敗したが、そのおかげで感覚はつかめた。急速に攻撃へと転じた私に対して敵は反応できていない。その隙をついて懐に潜り込み、拳を突き入れる。

 

 ボゴォッ!

 

「カハッ――!!」

 

 よし、今度はうまくいった……いったかな? まだちょっと強かったかもしれないが、ギリギリ成功したと言ってもいいのではないか。敵は白目を剥いて昏倒している。

 

「う、ウモリイイイィ!? てめぇよくもおお!!」

 

 最後の一人が来た。タックルをするように低い姿勢で突進してくる敵に対し、私はぬいぐるみを脇に挟むと腕を取ってひねり上げた。アームロックだ。パンチやキックはうまくいかなかったが、締め技なら力の調節もやりやすいはず。

 

 メシメシメシ、パキ!

 

「がああああああああ!!」

 

 ダメだったか。タップする暇さえ与えず、枯れ枝のように折ってしまった。ヘッドロックにしなくて良かった。

 

「あのアモリ三兄弟が瞬殺だと……!?」

 

「バケモンだこいつ!」

 

 思考加速のおかげで体感時間では結構経過したような気がするが、実際には1秒にも満たないうちに敵を二人処理している。恐れおののくような声を上げて周囲の受験生が遠ざかった。

 

「ひいいっ! や、やめろっ! 来るなっ!」

 

 プレートをくれればそれでいいから。気の毒だが試験の都合上、得るものは得ておかなければならない。三兄弟は私から逃げようとするが、その負傷から床を這うように移動することしかできない。

 

 さっきまでの威勢はどこに行ったのかと言いたいくらい恐怖をあらわにするアモリ三兄弟。何だか余計に追い詰めているように感じて気が引ける。さっさとプレートを回収してこの場を離れようと思ったときのことだった。

 

 ぞわりと肌の上を伝わる感覚。何かの気配を察知した瞬間、首の後ろに衝撃が走った。シックスとぬいぐるみの中の本体とをつなぐ意識のリンクが途切れる。

 

 何らかの攻撃を受け、気絶させられたようだ。すぐにオーラを修復に回す。意識を取り戻したシックスが周囲を見回すと、さっきまで混戦状態だった受験生たちが軒並み倒れていた。全員が気絶している。

 

「あれ、浅かったかな? やっぱ念能力者はタフいね」

 

 声がした方向に目を向ける。壁に張り巡らされた大きな配管に少年が腰かけている。タンクトップに半ズボンのラフな格好をした少年は、シックスと似た銀の髪色をしていた。私にチームを組まないかと話を持ちかけてきた少年である。

 

 配管の上から降り立った彼は、手の上で丸いプレートを弄んでいた。そのナンバープレートに書かれた数字は『1212』。シックスはすぐに自分の胸元を確認するが、そこに私のプレートはなかった。

 

「ちょっと提案があるんだけど、聞く?」

 

 どうやらこちらに拒否権はなさそうだ。

 

 

 * * *

 

 

「うし、これで終わりっと」

 

 銀髪の少年、キルアは軽くかいた汗を拭うとトンパから拝借した下剤入りジュースを飲んで一息つく。約1500人の受験生が集まっていたこの会場も、今では物音一つ立たない静寂に満ちていた。

 

 死屍累々と言った有様で、至る所に気絶した受験生が転がっている。いまだ試験官が待つドアを抜けた合格者はゼロ。たった一人の少年の手によってほぼ全ての受験生が戦闘不能にされていた。

 

 ただ一人の例外を除いて。

 

 白いドレスのような服を着た少女が立ち上がる。彼女はキルアが他の受験生を片付け終えるまで待っていた。

 

 一次試験に合格することだけを考えるなら、わざわざ待つ必要はない。適当にそのあたりを転がっている受験生からプレートを集めて先に進めばいい。彼女自身のプレートはキルアに奪われているが、試験官はプレートを5枚集めて来いとしか言わなかったので不合格になることはないだろう。

 

 その行動の理由は少女がキルアと交わした約束にあった。最後に残った二人で決戦を行い、勝った方だけが先に進むという取り決めだった。

 

 キルアは一次試験の内容が発表されたとき、ある目標を自分に課した。今年のハンター試験合格者は自分一人だけでいい。この一次試験で他の受験生、全てを蹴落とすと決めていた。

 

 そのわけは、少しでも早く試験を終わらせたかったからだ。例年のハンター試験から言えば短くとも一週間、長ければ一か月ほどの期間がある。彼には一か月もこの場所に拘束されたくない事情があった。

 

 彼はグリードアイランドというゲームを友達と攻略している最中であった。ゲームと言ってもただのテレビゲームではない。念能力者が作ったそれは、プレイヤーが実際にゲームの世界へと入り込むことができる。

 

 今は友達のゴンとゲーム内で知り合った少女ビスケに断りを入れてハンター試験に臨んでいる。キルアとしては今年の試験を是が非でも受けたいと思っていたわけではなかったが、ゴンの勧めで一応ライセンスを取っておくことにした。一般人の感覚で言うと、まるで友達が英検三級に合格したから自分も受けておこうかな、くらいの気持ちであった。

 

 ゲーム内でビスケの指導のもと念の修行に打ち込み、日々強くなっていく実感に目覚め始めた時期だった。こうしている間にもゴンは念の技術を磨いていることだろう。抜け駆けさせないためにも早く帰って修行に戻りたいと考えていた。

 

 キルアは去年のハンター試験を受けてどの程度のレベルの課題が出されるか、予想はできていた。去年の時点でも十分に合格できるくらいの実力はあったのだ。それに加えて念能力を覚えた今となっては、よほどのことがない限り不合格になるとは思えない。

 

 ならば、一次試験において二次を受けるまでもないというほどの圧倒的実力を試験官に示す。そうすれば即日合格判定を出してもらえるかもしれないという思惑があった。

 

 そのための全受験生打倒計画である。暗殺者として鍛え上げられた戦闘技術と、念能力があれば難しいことではないが、それを達成するには一つだけ大きな障害が残されている。

 

 それが目の前にいる少女だった。そのオーラの気配から念能力者であることはわかっている。さすがに一撃で決着がつくほど甘くはなかった。これは腰を据えて相手をする必要がある。

 

 ここであえて戦わず1500人中2人合格という結果でも悪くはないが、最善とは言えない。やはり合格者1名というインパクトには及ばないだろう。そして相手が念能力者ということは、それを倒すことができればさらなる評価を得られると言える。より即日合格への期待が高まる。

 

 この少女にも試験を早く終わらせたい事情があるらしく、キルアの提案に乗ってきた。もっとも、提案が受け入れられなかったとしてもキルアに予定を変更するつもりはなかった。提案というよりは半強制的な要求であることを少女も理解していた。

 

「準備はいいか?」

 

 少女はこくりと頷いて構えを取る。その構えは粗が多く、何かの武術を修めているとは思えない。まず片手にぬいぐるみを抱えたままというところからして論外だった。

 

 これはキルアを舐めているというより、そもそも戦いに身を置くような人間ではなかったのだと推測される。念は使えるが戦い方は知らないのだろう。

 

 キルアから見て、この少女の戦闘力は素人に毛が生えたレベルだった。素質的に光るものは感じるが、まだまだ未熟と言わざるを得ない。逆に言えば、この程度の相手に逃げ腰をさらしているようではグリードアイランドの攻略など夢のまた夢だろう。

 

 あのゲームの中には恐ろしいほど卓越した腕を持つプレイヤーが潜んでいる。いつかそう言った手合いと衝突する恐れはあった。それを考えれば対念能力者戦を想定した訓練は少しでも積んでおいた方がいい。少女には悪いが、キルアに取ってこの戦いは訓練に過ぎなかった。

 

「……あのさ、一つだけ聞いていい?」

 

 これ以上の問答は必要ないと思いつつも、キルアは何となく少女に尋ねた。実力的に自分が負けるとは思えないが、彼は一つだけこの少女に対して警戒している点があった。

 

 キルアが彼女を近くで見た時、最初に感じ取った印象は『懐かしさ』だった。

 

 全くの初対面であることは明白なのに、なぜか郷愁にも似た感情を覚えた。それは長い間、会えなかった家族と久しぶりに再会したような懐かしさと親愛の情だった。

 

 表情にこそ出さなかったが、内心では戸惑っていた。もちろん、こんな妹がいた記憶はない。キルアの下の兄弟と言えば、カルトという弟が一人いるだけである。

 

 そのはずが、キルアは少女の姿にくっきりと『なにか』の影を重ねていた。まるで本当の妹であるかのように思えてならない。その正体を解き明かそうと記憶をたどるも、頭痛によって思考は遮られた。

 

 やはり、覚えがないことは確かである。ありもしない感情を抱かせるこの現象について、キルアは少女の念能力によるものと結論付けた。実際に少女を観察することによって、およその見当はついている。

 

 少女は自身のオーラから芳香を発していた。これがオーラの性質変化によって生み出された現象であることに、同じく変化系能力者であるキルアは気づく。この匂いが対象に特殊な感情を誘発しているものと推測された。

 

 そうとわかれば対策はできる。精神に作用する能力という点から操作系の疑いもあったが、感情を引き起こすにとどまる効果しかないことから、そこまで強力なものではないと判断した。変化系と操作系は最も相性の悪い組み合わせであり、これを同時に使いこなした発を扱うことは熟練の能力者でも困難を極める。

 

 感情の制御さえ誤らなければ大した脅威ではない。プロの殺し屋として育て上げられたキルアにとってそれは難しいことではなかった。感情のスイッチを切り替えれば家族にさえ躊躇なく凶刃を向けることができる。

 

「名前は、なんて言うの?」

 

 だから、こんな意味のない質問をする必要もないはずだ。自分が今、抱いている感情は敵の能力によって作り出されたものでしかない。おそらく、敵はこの能力を使って周囲の人間からちやほやされたいとでも考えている甘っちょろい人間だ。

 

 念能力者でありながら戦うすべを磨いてこなかった理由としても納得がいく。絶世の美少女然とした容姿も能力の効き目に補正をかけていることだろう。それが彼女なりの処世術なのかもしれないが、彼にとっては不快に思う以外の感想はない。

 

 そうとわかっていながら少年は、少女に名を尋ねた。その矛盾がより一層、彼を不快にさせる。

 

「チョコロボフ」

 

 そして少女の口から告げられたあからさまな偽名に不快感は増大した。抜き身の刃のような殺気がキルアを中心として広がっていく。

 

「いっこ条件追加。オレが勝ったら、ホントの名前教えてね」

 

 ここから先に手加減はない。キルアは感情のスイッチを完全に切り替えた。

 

 

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