カーマインアームズ   作:放出系能力者

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G・I編
61話


 

「G・Iへ、ようこそ」

 

 幾何学的な模様で埋め尽くされた空間を進んだ先には、一人の女性がいた。彼女が手元の装置を操作すると、私の目の前の床がせり上がってコンソールのようなものが現れる。

 

「あなたの名前を教えてください」

 

 どうやらこの機械に入力すればいいらしい。ハンター試験のときはチョコロボフと名乗ったが、念のためその名は使わない方がいいだろう。自分で付けた名前だが、改めて考えるとひどい名前である。好んで使いたいとは思わない。たぶんハンター名はそれで登録されてしまったと思うが……。

 

 キーボードを操作して『ナイン』と打ち込む。シックスの『6』をひっくり返して『9』のナインだ。チョコロボフよりはマシな気がする。

 

 名前の決定ボタンを押すと、装置の横の蓋が開いた。中に指輪らしきものが入っている。

 

「それではこれよりゲームの説明をいたします。ナイン様、ゲームの説明を聞きますか?」

 

 ゲームの中でプレイヤーは、この指輪を装備することにより『ブック』と『ゲイン』という魔法が使えるらしい。この世界ではモンスターを倒したりアイテムを手に入れると、それらの物品がカードになる。カードは『ゲイン』の魔法によって一度だけ元の形に戻すことができる。

 

 カードは一定時間経過すると消滅する。保存するためには『ブック』の魔法で呼び出した本のポケットに収める必要がある。カードには番号があり、№000から№099のカードは指定されたポケットに1枚ずつ入れられる。番号に関係なく入れることができるフリーポケットというものもある。

 

 100個ある指定ポケット全てにカードを収めることができればゲームクリアだ。

 

「もしもプレイヤーが死んでしまった場合、本と指輪は破壊され中のカードは全て消滅しますのでご注意ください」

 

 他にも細々としたルールはあったが、一度に説明されたためにあまりよく理解できなかった。そもそもゲームをクリアするつもりはないので、おおまかにわかればいい。必要があれば後でキルアに聞こう。

 

「それではご健闘をお祈りいたします。そちらの階段からどうぞ」

 

 指示に従って階段を降りていくと建物の外へ出た。見渡す限りの草原が広がっている。このリアリティはミルキーと戦ったときのような最新のVR技術でも再現できないだろう。まるで現実である。念とは尽々、不思議な力だ。

 

「やっと来たか。待ちくたびれ……」

 

 私が来るのを待っていたキルアがこちらを見て、固まった。私の姿をじろじろと観察してくる。言いたいことはわかるが、私も好きでこのような格好をしているわけではない。

 

 以前着ていた私の服はネテロとの一戦により損傷してしまったため、着替える必要があった。それについてはむしろ喜ばしいことだったのだが、新しい服を見つくろってきた奴が問題だった。

 

 なんと、あのディックサクラのイカれた店員である。奴はパリストンが手配し、潜入させていたプロのハンターだった。日夜『かわ美』なるものを追い求めて活動するハンターらしい。しかもそのかわ美ハンターの同胞はそこそこの数がいるらしい。恐ろしい。

 

 無論、今度こそ私は抵抗した。もう二度とあんな服を着せられてたまるか。とにかく目立つような服装はダメだ。シックスくらいの年ごろの子供が着るような普通の服で、動きやすいものを所望した。

 

 その結果。半袖Tシャツに短パン(ホットパンツ)、足元はスニーカーでニーソックス着用というチョイスに決まる。ヘアピンに至るまで全て人気のキッズブランドで統一され、かわいらしいデザインにまとまっていた。

 

 確かに、小学生っぽいと言える服装である。こちらの要望通り、体を動かすにも問題はない。だが、姿見で自分の格好を最終確認したときに感じた、この何か越えてはならない一線をぶっちぎってしまった感じをどう表現すればいいのかわからない。奴はランドセルまで用意していたが、さすがにそれは叩き返した。

 

 変装用に髪の色も変えた。特殊な染髪料を用意してもらい、染めるというよりコーティングに近い方法で染色し、今は金髪になっている。あと顔の印象を変えるために大きめの伊達眼鏡をかけているのだが、それが謎の犯罪臭に拍車をかけているような気がしてならない。

 

 まあ、一応おかしくはない服装にまとまったので文句はなかった。どれも普通の有名ブランドの商品だし、実際にシックスくらいの年齢の女子によく着られている服である。以前のコスプレ衣装よりヤバくなった気がするのは私の気のせいだろう。本体を入れておくリュックサックもちゃんと用意してもらった。

 

 ただしニーソ、お前はダメだ。タイツ同様、この脚全体を締めつけてくる感覚が好きになれない。特にこのふとももにぎゅっと食い込んでくる部分がもうダメだ。想像しただけでかゆくなってくる。

 

 脱ごうとすると奴が泣きわめきながら『ホットパンツとニーソックスが作り出す絶対領域の尊さ』を延々と語ってくるため、そのあまりの喧しさから今まで我慢していたのだ。しかし、ここまでくれば奴の目も届かない。私はニーソを脱ぎ捨てにかかる。 

 

 だが、地べたに座り込んで靴下を脱いでいると、どこかからか視線を感じた。キルアではない。ここからは姿が見えないほど遠くから誰かに見られている気がする。

 

 ベットリとへばりつくような視線、この獣には出せない人間特有の湿り具合。いったい、何者だ。脱いで丸まった二つの靴下をポイと捨てると、視線はそちらに移ったような気がする。私を見ていたわけではないのか。相手の目的が読めない。

 

「気にすんな。ただの変態だ」

 

 特にそれ以上何か仕掛けてくる様子はなかったので無視することにした。駆け出したキルアの後を追い、私たちは草原を出発した。

 

 

 * * *

 

 

 ネテロの一撃を受けた私は気を失い、それからしばらくの記憶がなかった。あの瞬間、シックスが圧殺された感覚だけは覚えている。これまでも生命活動が止まるような重傷から再生してきたが、原形がなくなるほどすり潰される経験はしたことがなかった。

 

 しかし、何とか復活できたようだ。肉体は粉々になったが、それがシックスにとっての死ではなかった。とはいえ、あんな経験はもう二度としたくない。

 

 それから後の出来事については他人から聞かされることで確認した。ネテロは死んだそうだ。そして、それをやったのは私らしい。彼らが災厄と呼ぶ力、アルメイザマシンの脅威によって。

 

 この災厄は暗黒大陸という場所からやってきたらしい。シックスの出自もそこにあるのか私にはわからないが、私が人類に危険視され、それだけの力を持っていることは事実だった。

 

 知っていることを全て話す勇気はなかった。何も知らない、覚えていないの一点張りで通した。私がルアンと電話で話していた場にいたパリストンは私の供述を信じてはいないだろうが、追及はされなかった。

 

 それから私はパリストンに保護されることになる。彼が本当に信用できる人物であるか、調べる時間などなかった。事件の直後は私も動揺し、その場の流れに身を任せてしまった部分が大きい。

 

 だが、今冷静になって考えてみても、パリストンに頼る以外の選択肢はなかった。私はハンター協会の会長を殺したのだ。自覚がなくとも、それは揺るがぬ事実。もう後戻りはできない。何とか私の処分が軽くなるようにパリストンが取りなしてくれるという言葉を信じるしかなかった。

 

 パリストンは今も私のために動いてくれている。私にできるのは、ほとぼりが冷めるまで身を隠すことだけだ。そのためにグリードアイランドというゲームをプレイすることになった。

 

 ここは念能力者が作ったゲームの世界だ。ジョイステーションという一般家庭にも普及しているゲーム機にG・Iのソフトをセットして『練』をすることでプレイヤーはゲームの中へと入り込み、現実さながらの世界『グリードアイランド』を体感できる。全てのプレイヤーがこの島に集うMMORPG形式のゲームである。

 

 そのとき身につけている物も一緒に転送されるため、裸のまま放り出されるということはない。私の場合はシックスか本体か、どちらか片方が置き去りにされないかちょっと心配だったが、無事に随伴することができた。

 

 念によって別次元に存在する空間を作り出す発はあるらしいが、島一つを丸ごと創造する念とはあまりに規格外だ。魔法が使えたり、アイテムがカードになったりするゲームシステムも全て念によるものと思われる。どんな念能力者が作ったのか想像もできない。

 

 プレイするためには練を使えなければならないため、必然的にプレイヤーは全て念能力者となる。そして、このゲームの中で死亡した場合、現実の世界に戻ってくるのは死体だけだ。都合よくコンテニューはできない。しかも一度プレイを始めると、ある程度ゲームを進めるだけの実力がなければ現実世界に戻ることすらできないという。

 

 そんな恐ろしいゲームだが手に入れたいと望む者は多い。限定個数100本のみが58億ジェニーという法外な値段で発売されたが、今では170億の懸賞金がかけられるほどだ。オークションでは300億を超える価格で落札されたこともあるという。

 

 私の場合はパリストンがゲームを持っていたのでプレイできたが、普通はまず入手できない。現存するゲームは100本しかなく、ジョイステーションのメモリーカード拡張プラグを使っても最大参加人数は800人となる。既に多くのプレイヤーが入り込んでいるため“空き”が出ない限り新規参入者にプレイする余地はない。

 

 空きとはつまり、プレイヤーが死ぬことだ。誰だって死にたくはないので現実世界に帰ることを諦めてゲームの中で生活し続ける者が大勢いるらしい。ゲームの外に出ることができる実力者は、ほんの一握りである。それだけ攻略が困難な厳しい世界ということでもある。

 

 それゆえに私にとっては好都合だった。グリードアイランドは人間の出入りが極めて制限された環境にある。ここにいれば私の正体が発覚することもないだろうとパリストンは言っていた。

 

『後のことは僕に任せて、ゆっくり友達と遊んできてください』

 

 そう言われても、素直に好意を受け取ることはできなかった。パリストンには多大な迷惑をかけている。今も私のために事後処理に追われていることだろう。申し訳なく思う気持ちはあった。

 

 無論、それが無償の慈善活動ではないことはわかっている。パリストンは私と友好関係を結び、あわよくば災厄の力をどうにか利用できないかと考えているはずだ。そうでなければ協力的な態度を見せるわけがない。

 

 現段階でパリストンの期待通りに応えられるとは言えないが、なるべくこちらからも協力するつもりだ。彼ならば滅茶苦茶な要求をしてくることはないだろう。

 

 パリストンだけではなく、キルアにも迷惑をかけている。彼はパリストンから私と行動を共にするように指令を受けているらしい。

 

『勘違いするなよ、指令だから仕方なく面倒をみてやってるだけだ。別にお前のためとかじゃないからな……』

 

 ハンター協会の副会長であり、会長なき今実質的なトップであるパリストンから与えられた指令を、試験に合格したばかりの新米ハンターであるキルアが断ることなんてできるわけがない。

 

 キルアには損な役回りを押し付けてしまった。そのせいか試験以来、態度がどこかよそよそしくなった気がする。嫌々付き合わされているのだからそれも当然か。一人でも大丈夫だとこちらから断ったのだが、余計な気は遣わなくていいと言われた。もしかすると、パリストンから監視役の任務も出されているのかもしれない。

 

 現在、私たちはキルアの案内に従ってスタート地点を北上していた。深い森の中を迷いなく進んでいく。途中でモンスターや人影らしきものを見かけたが、立ち止まっている暇はなかった。キルアがものすごいスピードで突っ切っていくからだ。

 

 置いて行かれないように後を追うだけで精一杯だった。道なき道を行くこと数時間、森を抜けて岩肌が露出した岩石地帯に出る。岩山の間を走っていくと、二人の人影がこちらへ近づいてくるのが見えた。

 

「キルアー! おかえりー!」

 

 一人は黒髪の少年で、もう一人はポニーテールの少女だ。どちらも私やキルアとそう年頃は変わらないように見える。少女の方はなんか私が以前着ていたお人形さんのような服装をしているが……もしかして私が思っていたよりもポピュラーなファッションなのだろうか。

 

「ごめんね、スタート地点まで迎えに行こうかと思ったんだけど、いつ帰ってくるかわかんなかったから」

 

「いいって。こっちも色々とゴタゴタして予定よりだいぶ時間くっちまった。試験自体はソッコーで終わらせたんだけどな」

 

「合格できたんだ! おめでとう!」

 

 キルアから事前に話は聞いている。この少年はゴンと言って、キルアの友達である。グリードアイランドのクリアを目指して一緒にここへやって来たそうだ。もう一人の少女はビスケと言って、ゲーム内で知り合ったらしい。

 

「キルアさん、そちらの方はどなたでしょうか?」

 

 仲の良い知り合い同士の輪の中に混入した異物を前にして疑問を持たれるのは当然だろう。私は名乗り出るタイミングがつかめず、少し離れたところにある岩陰からちらちら様子をうかがっていたところ、キルアに手招きされる。

 

「ハンター試験で会った奴で、色々あって面倒みることになったんだ。はい、自己紹介」

 

「シ……ナインです」

 

「へー、そうなんだ。オレはゴン! よろしくね」

 

 キルアは私の素性について詳しく話すことはなかった。自分から災厄だの何だのと物騒な自己紹介をするのも気が引けるし、その辺りの情報の開示についてはキルアに任せることとしよう。

 

「あとビスケ、猫はかぶらなくていいぞ。お前の性格はもう教えてあるから」

 

 ゴンは特にこちらを疑う様子もなく手を差し出してきたので握手に応じる。だが、ビスケは胡散臭そうに私の全身へ隈なく視線を向けてきた。

 

「あんたねぇ、修行中にうつつを抜かしてナンパした女連れてくるとか……」

 

「ちがう!」

 

「まあ、あんたって女子受けしそうな雰囲気作ってるくせにそういうのトコトン奥手だからナンパは無理か」

 

「このババァ……!」

 

 ビスケは最初に見せていたおしとやかそうな印象とは打って変わって、あけすけな言葉で話している。なんでも彼女はプロのハンターで念能力者としてはかなりの実力者らしく、キルアとゴンは彼女の指導のもと修行に励んでいるという。

 

 念の修行については私も大いに興味がある。ひとまずこのゲーム内でキルアの目の届く範囲にいること以外、特にすることもない私にとって彼らと一緒に念を学ぶ機会があるのならばこちらから頼みたいくらいだ。キルアからビスケに話を通してくれることになっていた。

 

「というわけで、ナインも修行に加わっていいか?」

 

「何が『というわけ』よ。塾開いてるんじゃないんだから、そうホイホイ教え子増やしてたまるか! あんたら自覚ないでしょうけど、あたしが無償で時間を割いてまで修行に付き合うなんて本来ならあり得ないほどの幸運なのよ。そこのところしっかり感謝しなさいよね」

 

 どうやら修行は付けてもらえないらしい。受講料を払おうにも今の私は手持ちがない。スマホも壊れてしまったので文字通りの一文無しだ。プロハンターを雇おうと思えば莫大な金がかかることだろう。無理からぬこととはいえ、期待していただけに落胆も大きい。しょんぼりしてしまう。

 

「ケチ臭いこと言うなよな。今さら一人増えるくらい大した手間でもないだろ」

 

「ダメと言ったらダメよ。何か気に入らないわ。むかつくくらい美少女なところとか特に気に食わないわ」

 

「ただの僻みじゃん」

 

 次の瞬間、キルアが宙を舞った。一瞬だけだが、アッパーカットを食らうキルアの姿を確認できた。あの速さを誇るキルアが手も足も出ないほどの一撃に戦慄する。相当な実力者というのは本当のようだ。

 

「ねぇビスケ、せっかくだからみんなで修行やろうよ。一人だけ仲間外れにするのはかわいそうだし、色んなタイプの念能力者と一緒に修行した方がオレやキルアにとってもプラスになると思う」

 

「……まあ、キルアが連れてきたんだからそれなりの実力はあるんでしょうけど、だからと言って無条件に受け入れることはできないわさ。しょうがない、ちょっとテストしてみましょうか」

 

 ゴンからの助け船もあって審査してもらえることになった。ビスケはゴンに私と戦うように指示を出す。

 

「え? オレが?」

 

「言い出したからにはあんたも協力しなさい。制限時間は5分、それまでにゴンを倒すことができれば修行をつけてあげるわ」

 

 そう言ってビスケは意地の悪そうな笑みを浮かべる。ゴンはというと、さっきまでとは違いムッとした表情になっていた。

 

「また面倒な条件を……」

 

「これでもサービスしてる方よ。ゴンくらいちゃっちゃと片づけられないようじゃお話にならないわさ~」

 

 ゴンが明らかな怒気を放っている。額に青筋が浮かんでいるぞ。その気合の入り具合に少したじろぐが、こちらも負けてはいられない。私とゴンは開けた岩場のリングで対峙する。

 

「二人とも準備はいい?」

 

「押忍!」

 

「……おっ、おす……」

 

「では修行チーム入団テスト、始め!」

 

 互いに練の状態となり、前へ飛びだした。両者ともに一歩も退かぬ正面衝突。私はゴンの拳を真っ向から受け止める。

 

 重い。まるで自動車が突っ込んできたかのような勢いだった。歯を食いしばり、足を踏ん張って吹き飛ばされないように何とか堪える。一瞬だが、ゴンに動揺が見えた。

 

 怒りをあらわにしているように見えたが、やはりシックスの外見から手を抜いていた部分があったのだろう。そのやさしさにつけ込むようで気が引けるが、この好機を生かして一気に決着をつけにかかる。

 

 リミッターを外し、練の出力を増加させると同時にカウンターを打ち込んだ。ゴンの体がわずかに浮き上がり、後方へと押し飛ばされる。

 

 だが、彼は倒れなかった。こちらの攻撃が当たる直前に、凝によるガードで威力を減衰させていた。完璧に隙を突いたと思ったが、そう簡単に勝たせてくれる相手ではないらしい。

 

「すごいね、君のパンチ……!」

 

 私の攻撃を受けたゴンは険しい表情から一転して目を輝かせ破顔していた。ころころと表情を変える様子は見た目相応の少年のようにも感じるが、その小さな肉体から発せられるオーラは凄まじい力強さを漂わせている。

 

 ビスケから5分で倒せと言われたのでそこまで強くないのかと思いきや、とんでもない。同格か、それ以上の相手と想定しなければならないほどの相手だった。

 

 一秒も無駄にできない。まずは相手の戦闘スタイルを分析する。臆することなく攻勢を保つ。この体の利点の一つが高い再生力を生かした特攻のしやすさだ。大怪我を負うと特異な修復能力が敵の目に留まってしまうが、打撲や骨折と言った内部の損傷は修復が目立たないので、単なる頑丈さとして装うことができる。

 

 試合開始から少しの時間しか経っていないが、ゴンの戦い方についてはおおよその予測ができた。凝で観察してみても、道具や武器を隠し持っている様子はない。おそらくシックスと同じタイプ、身体強化にものを言わせたパワーファイターだ。

 

 ゴンの殴打が炸裂する。さっきまでの手加減はなかった。機敏な動きでこちらを翻弄し、立ち位置を変えながら死角を狙ってくる。すれ違いざまに食いちぎるような蹴りが横腹にめり込んでくる。

 

 肺の空気が破裂しそうなほどの一撃を堪え、隙を晒したゴンに槌打を振り下ろす。地面に激突したゴンに追撃を浴びせようとしたが、受け身を取りながらするすると転がり避けられてしまった。

 

 スピードではキルアに及ばないのか、私でもゴンに攻撃を当てることはできた。しかし、大したダメージは入っていない。凝でことごとく防御されているからだ。

 

 オーラを一か所に集中させる技である凝でガードすれば一時的のその部分の防御力を何倍にも引き上げることができるため、敵の攻撃威力を大きく削ぐことができる。そして、その防御力は攻撃力に転化させることも可能だ。

 

 しかし、オーラを集中させるということは凝で守っている箇所以外の防御力は減少していることを意味している。便利だからと言って迂闊に多用すれば逆に劣勢へ追い込まれる結果となるだろう。

 

 正確に敵の攻撃を読み、素早いオーラ移動ができなければ通用しない高度な技術である。つまり、私の攻撃は完全にゴンに読まれていることになる。オーラの移動技術に関しても、圧倒的に私の方が劣っていた。

 

 私がやっている戦闘はただのゴリ押しだ。肉体の限界を超えた強化と、修復力を全面に押し出しているだけに過ぎない。キルアと戦っているときはよくわからないまま終わってしまったが、ゴンを相手にしている今は技術の差をより痛感できた。

 

 それでも今の私にできる戦い方を続けるしかない。足りないものは覚えて、身につけていくしかない。ゴンの身のこなしとオーラを目に焼きつけながら攻撃し続ける。壮絶な殴る蹴るの応酬により、シックスがかけていた伊達眼鏡はどこかに吹っ飛んでいた。

 

「うわぁ……」

 

 私の戦いぶりを見て呆れたのか、ビスケはドン引きしていた。そのよそ見をしていた隙を突かれてゴンに良い一撃をもらってしまう。口の中に広がる血の味を吐き捨てた。

 

 ゴンは一つずつギアを上げていくようにオーラの力強さを増していた。きっとまだ本気の全力は出していない。それに応えるように私も負けじと肉体の崩壊を抑え込み、オーラの強化率を引き上げていく。

 

「はい、あと30秒。どんなに善戦しようと審査の条件は変わらないわよ。ゴンに勝てなきゃ不合格! ついでにゴンもナインに勝てなかったら罰として腕立て五千回ね」

 

 制限時間は残りわずか。このまま殴り合いを続けていても埒があかない。同じことをゴンも思ったのか、仕切り直すように一旦距離を取った。

 

「悪いけど、負けてあげることはできない。たぶんナインもそんな勝ち方じゃ納得できないよね」

 

 ゴンは腰を落とし右手を大きく引いた構えを取る。これから何かの技を繰り出すと言わんばかりだ。

 

「中途半端な攻撃じゃ君を倒せそうにない。だから、全力でいくよ」

 

 さいしょはグー。

 

 緊迫した戦いの雰囲気にそぐわない掛け声だった。だがその直後、ゴンの右腕に寒気がするほど大量のオーラが集まっていく。

 

 凝と似ているが、全く別の技に見えるくらい集中するオーラの量が段違いだ。まるで全身のオーラを絞りだして集めたかのように異常な圧迫感が噴き出している。

 

 これほどの威力が込められた一撃をまともに受ければ無事では済まない。しかし、凄まじいオーラの収束は逆に言えば右拳以外のほぼ全身が絶に等しい防御力にまで低下していることを意味する。

 

 確かにゴンならば総合的な戦闘技術で劣る私に攻撃を当てることはできるかもしれない。これまでの私はゴンの攻撃をあまり回避できず、受け止めた後の隙を狙って反撃を仕掛けていた。その結果が殴り合いの泥試合だ。

 

 防御を捨て、持てる力の全てを一撃に注ぎこむことで反撃の余地をなくした一発KOを狙っているのだろう。

 

 

「ジャン」

 

 

 ゴンは踏み込んできた。その一歩に迷いはない。彼の深く黒い瞳の中に、愚直さを突きぬけた狂気性を感じ取った。

 

 彼は自分の技に自信を持っている。込められたオーラの量と密度を見ればこけおどしではないとわかる。しかし、その自信を上回るほどの執念を感じた。

 

 ゴンは拳を私に当てることしか考えていない。残り十数秒という制限の中で、どうすれば私を倒せるか。そのためだけに全身全霊を捧げている。

 

 自分が攻撃を受けることを度外視していた。それは一撃で私を倒せるから大丈夫などという安易な過信ではない。何があろうと、たとえ無防備な状態で私の反撃を受けることになろうともその拳が止まることはないだろう。そう思わせるだけの凄味がある。

 

 全て承知の上での渾身の一撃。これが死闘ではなく、ただの試合だとわかっていても普通は考えられない。ただこの一撃を放つことのみに、一切のオーラと精神を集中させている。

 

 下手な回避は悪手だ。防ごうにも、これだけの威力を受け止めれば肉体にかかる負荷も多大だ。再生にかかる時間を考えれば、すぐさま反撃に出ることはできない。それでは負けることはないにしても、制限時間内にゴンに勝つことはできない。

 

 私も彼を見習って、勝つために何が最善かを考えることにする。

 

 

「ケン」

 

 

 二歩目の踏み込みによりゴンは私を射程圏内に捉えていた。恒星の輝きのごとき右手のオーラはさらに大きく、強くなる。それに対して、私は避けも守りもせず前に出た。

 

 左手に凝で限界までオーラを集め、姿勢を低く、頭を突き出す。オーラの守りが手薄となった急所を惜しげもなく晒す。ゴンの右ストレートは何の障害もなく、私の頭部に届くことだろう。

 

 全力の一撃と言ったが、ゴンはおそらくシックスが本気でガードすれば致命傷とならず戦闘不能にできる程度の威力に調整してくれている。だが、凝によって防御力が下がった部分では当然受け止めきれない。肉体は弾け飛ぶだろう。

 

 しかし、それでも問題はない。たとえ頭部が完全に潰されようとシックスは死なないとわかった。ネテロと戦ったときは全身が一瞬にしてすり潰される感覚のフィードバックに堪えられず本体の意識も落ちてしまったが、今度こそ堪えてみせる。

 

 頭部が潰れた状態でも、本体をシックスの脳として機能させ、肉体を動かす。できるかどうか、やってみなければわからない。

 

 

「グー!!」

 

 

 狙い通りの右ストレートが来る。恐ろしいほどのオーラが詰め込まれたその拳は、どこに当たろうとシックスの体に致命傷を与えるだろう。

 

 それは身体というより精神の戦いだった。何があろうと全力のパンチを打ち抜こうとするゴンと、それを受けて止めてまで反撃を狙おうとするシックス。その勝負に私は勝った。

 

 ゴンの瞳が揺れる。殺してはまずいという最後の自制心が、彼の拳の軌道をわずかに反らせる。空気を振るわせる一撃がシックスの頬をかすめた。

 

 それは精神の勝負を制したというよりもゴンの良心につけ込んだと言うべきか。私は自分だけ安全が確保された立場から力を振るっているだけだ。戦術のうちと言ってしまえばそれまでだが、どこか後ろめたさはあった。しかし、ここで手を抜くつもりはない。

 

 ゴンの右ストレートに合わせるように、シックスは右フックを繰り出していた。左手に凝でオーラを集めていたのはフェイントである。本命は右のフックだった。違う場所に凝をしていたせいでオーラはあまり込められていないが、今のゴンは防御力がゼロに近い状態であり有効打になり得る威力はある。

 

 両者の右腕が交錯する。クロスカウンターが成功し、ゴンの頭部にシックスのパンチが入った。いかに頑丈な念能力者といえども人間である以上、脳を揺らされれば意識を失う。一瞬の膠着の後、ふらりとゴンの体が傾き倒れた。

 

「そこまで! ナインの勝ち!」

 

 ぎりぎり間に合った。深く息をつき、一礼した。

 

 


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