カーマインアームズ   作:放出系能力者

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62話

 

 ナインをここまで連れてきたキルアだったが、いまだ自分の考えがはっきりと定まっているとは言えなかった。

 

 パリストンという男の言うことは、やはりどこか信用できない。キルアは自分なりに暗黒大陸や災厄のことについて調べてみたが、全く情報は得られなかった。本当にそんなものがあるのか半信半疑な状態である。

 

 ナインについても全面的に信頼しているわけではない。会って間もないこの短期間で彼女の何がわかるというのか。読み取れる性格からあまり危険に感じなかったが、それさえも何らかの能力によって思考を操作されているという可能性は否定できない。キルアが彼女に対して抱く親近感は不自然なものと自覚できていた。

 

 自分の思考が客観性を保っているのか自信がなかった。判断を下すにしても確定的な情報が少ない。だからキルアは現状において意見を仰ぐに最もふさわしい人物のもとに少女を連れてきた。

 

 ビスケット=クルーガーだ。宝石ハンターでありプロの資格を持つ彼女は、その少女のような見た目に反して実年齢は57歳である。念能力者としても確かな実力者であり、ハンターのキャリアも長い。

 

 キルアが知らないプロハンターの事情に精通している。性格に多少の難はあるものの、本質的な人間性については真っ当であるとキルアも認めていた。普段は憎まれ口を叩きあっているが、心の中では頼りになる師匠と思っている。

 

 このままパリストンの指令を引き受けて良いものか、それとも少女と距離をおくべきか、あるいは敵対するのか。ビスケがこの件についてどう思うか、相談するつもりだった。

 

 その結果、意見が食い違ったとしてもビスケの判断を重視するべきだと考えていた。キルアにとってナインとビスケ、どちらを優先するかと言えば付き合いの長いビスケに軍配が上がると言える。

 

 だが、ナインのことを全く信じていないわけではなかった。だからキルアは最初に彼女の素性について説明せず、余計な先入観を持たずナインのありのままの姿をビスケに見てもらおうとした。

 

 ナインはゴンと組手を続けている。その様子は特に何が危険とも思えない普通の光景だった。尋常ではない殴り合いを繰り広げているが、少なくとも人類の危機が差し迫っているようには到底思えない。

 

 その上で、きちんとビスケに事情を説明するつもりだった。特にネテロ会長が亡くなったことに関しては隠しておく方がまずいだろう。ハンター協会の一大事である。

 

 組手に夢中になっているゴンはひとまず放っておき、キルアはビスケを呼び出して小声で相談を始めた。

 

 

 * * *

 

 

「はいはい、ストップ。あんたらちょっとこっち来なさい」

 

 気絶からすぐに復帰したゴンはすぐさま再戦を申し出てきた。どうやらかなり負けず嫌いな性格らしい。お互いに耐久面では自信がある念使い同士、いつまでこの勝負が続くのかと少し不安になってきたところだったのでビスケから中断を言い渡されたのは助かった。

 

「約束通り、これからあんたに修行をつけることになったわけだけど、教えを乞うとなれば師の言葉は絶対よ。私の命令に逆らわないこと。返事はちゃんと私の目を見て言うのよ。わかった?」

 

 ビスケは腕を組んで仁王立ちしていた。どこか緊迫した空気のもと、その場に座るように指示される。私は何とはなしに地面の上に正座して、ビスケの確認にうなずいて了承する。

 

「じゃあ、最初の命令よ。災厄の力を二度と使うな」

 

 キルアから既に伝わっていたか。災厄の力とは、すなわちアルメイザマシンのことだ。

 

「ハンター試験であんたが何をしたのか、キルアから一通りのことは聞いたわ。あたしは心源流の師範代。心源流開祖にして師範であるネテロを殺しておきながらそこに弟子入りしようっていうんだから呆れて物も言えないところだけど」

 

 まさかビスケがネテロの門下生だったとは。ハンター協会の会長だったのだから、プロハンターにも多くの友人知人がいて当然だ。そう言った人たちと顔を突き合わせる機会があることを全然考えていなかった。服の裾をぎゅっと握りしめる。

 

「ネテロが死んだのはネテロの責任。あたしが口を挟むことではないわね。あんたにしてみれば身を守るために力を使っただけでしょうし、それが悪いとは言わないわ。でもね、師が命を落としてまでやり残した不始末をここで見過ごすわけにもいかない」

 

 ビスケの体にオーラの輝きが灯った。むくむくと体格が大きく変化していく。筋肉が隆起し、見上げるような巨体となり、それまでの少女の体とは変わり果てた恐ろしい姿になった。ゴンやキルアも唖然としている。

 

「二度と災厄を使わないことを念能力者としての『誓約』によって、今ここで誓え。その場しのぎの嘘は許さない。それができないというのなら、あたしはあんたを殺す」

 

 ビスケの目は本気だ。私のことを災厄だとか、ネテロ会長に倒せなかった相手だとか、そういうことは考えていない。私の回答次第で彼女は有言実行するだろう。そのオーラの気配は、はったりとは思えない。

 

 私の素の実力で勝てる相手ではないと一目見てわかった。一方的な勝負になる。実力差を覆すためには、またあの力に頼るしかない。しかし、今度はあのときと違ってスマホがない。一応代わりの携帯は持ってきているが、ルアンと連絡が取れるかわからない。

 

「力を失うのが怖いかい? あたしはそうは思わない。今のあんたに生じている迷いこそ『弱さ』だ。あたしの言う通りにするも良し、逆らって戦いを選ぶも良し。だが、どっちつかずで誰かの助けを待つことしかできないような奴に未来はない」

 

 ビスケの言葉が心に突き刺さった。このままでは同じことの繰り返しだ。自分の力ではどうしようもない敵が現れて、仕方がないと自分に言い聞かせながら力を使う。自分の中にいる誰かに何とかしてもらっているだけだ。モナドに言われたことを思い出す。

 

『お前は力を得た。一度手に入れてしまえば、いつかそれに頼らざるを得なくなる。必ず、この場所に戻ってくる』

 

 その通りだ。できれば使いたくないと思いながら、結局使ってしまう。そうやって自分を失って、いつか私は私でなくなる。それがたまらなくこわかった。このままではその恐怖すら失ってしまうかもしれない。

 

「だが、少なくともゴンと戦っているときのあんたは違った。必死に戦いを学び、死に物狂いで強さを求めていただろ。十分すぎるほどの素質とガッツがある。その強さをドブに捨てる気か」

 

 なるべくとか、できればとか、そんな覚悟ではダメなのだ。ビスケが言うように『二度と使わない』、その決意がなければ私は一生今のまま変わることはできない。

 

「これから先、波乱に満ちた人生が待っていることは確かだ。あんたは世間に正体を知られてしまったし、パリストンのクソ野郎もツバつけていることだし、ネテロを殺したというその事実だけであんたのことを殺したいほど憎んでいる奴が大勢いるだろう。死ぬような危機はこれから数え切れないほど経験するはずだ」

 

 ビスケは甘い言葉でこちらを惑わそうとはせず、包み隠さず事実だけを告げる。

 

「だが、それがどうした? プロハンターになったんなら、死線の一つや二つや百や千程度乗り越えてみせろ。災厄になんか頼らずとも生きていけるだけの強さと戦い方をあたしが教えてやるよ。さあ、どうする?」

 

 自然と涙がこぼれた。その反応をみて私がどんな決断を出すか既にわかったのだろう。私が落ちつくのを静かに待っている。

 

 その間をかき乱すように着信音が鳴り響いた。

 

「……おかしいね、G・Iの中じゃ携帯は使えないはずだが」

 

 着信が入ったのは私の携帯電話だ。断続的に続く呼出音は次第に大きく、ノイズ混じりとなり、やがてその音は人の声に変わった。

 

『騙されてはいけません! 王よ、これは罠です! あなたの力を奪った上で殺す気なのです! 早く逃げてください!』

 

 その声はシックスのものと全く同じに聞こえるが、誰がかけてきたのかすぐにわかった。だが、どれだけルアンが大声で危険を訴えようと、私の心は変わらない。

 

『なぜです!? こんな奴らの言いなりにならずとも、あなたには私がいます! 私のサポートがあれば安全な形で力を行使できます!』

 

 薄々、おかしいとは思っていた。モナドのような強い自我を持つ存在であっても、その力を行使する決定権は私にあり、私の承諾なしに表に出て来ることはない。だが、ルアンはこうして私とまめにコンタクトを取ることができる。

 

 何の代償もなくできることではない。通常時の意識下に現れることができるのは、おそらく『王』だけだ。『騎士』であるルアンが連絡を取るためには『王』の領域に踏み込まなければならない。それは私の自我を削るということだ。

 

 モナドのように一度に大量の自我を奪われるわけではないが、ルアンは少しずつ気づかれないように私を侵食している。ネテロとの戦いのとき、あの銃のダウンロードをスマホの画面上で承認したときに、自我を奪われる感覚がわずかにあった。

 

 このままの関係が続けば、じわじわと真綿で首を締めるように私はルアンに取り込まれる。私にとっては、今の自分と取って代わる存在がモナドかルアンのどちらになるかということでしかない。

 

『あなたの力はこの世界に革命をもたらすのです! 今はまだ危険度ばかりが注目されていますが、じきにその有用性が評価されるようになるでしょう! 人間と共存できる未来はすぐそこまで来ています! 必ずや我々は世界から認められる存在となるのです!』

 

「何を信じるか、何を求めるか、自分の意思で決めろ」

 

『敵の言葉に惑わされ一時的な感情に囚われてはなりません! その誤った選択がどれほどの損失を生むか! あなたの身にどれほどの危険が及ぶか! 今は雌伏の時なのです! お願いです、もう一度よくお考えなおしください……!』

 

 どのような道を選ぶにしても、私は今ここで覚悟を決めなければならない。後から考えるという答えではいけない。悩む時間はいくらでもあった。今、この瞬間に決断できなければ覚悟が揺らぐ。きっと、後にも先にも同じ境地に至ることはない。

 

「誓う」

 

『王おおおおおおおおおお!!』

 

 私はビスケの目を見て答えを伝えた。その視線に決意を込め、揺らがぬようにしっかりと彼女を見据える。

 

「誓約は代償を伴う。あんたはその覚悟に何を捧げる?」

 

 力に溺れた果てに自分を失ってしまうくらいなら、死の間際まで自分自身で在り続けたい。この魂が他の誰かに成り変わってしまうくらいなら、私は私で在るために死を望む。

 

「命を」

 

 その言葉はビスケではなく、自分自身に言い聞かせた。携帯電話から響いていたノイズはいつの間にか消えていた。

 

 

 * * *

 

 

「いきなりシリアスな雰囲気になったりビスケがでっかくなったりついていけないんだけど、どういうこと?」

 

 私の気分も落ちつき、ビスケの大きさも元に戻ったところでゴンからもっともな質問をされる。キルアから説明がなされた。

 

「暗黒大陸って、なに?」

 

「オレも詳しいことはわからん。電脳ネットで調べても出てこなかったし」

 

「まあ、新人のあんたたちじゃ知らなくてもおかしくないわね」

 

 誰もが一度は目にしたことがあるだろう世界地図も、人々が暮らす大陸も、世界の全てと比すればほんの一部分に過ぎない。大きな湖の真ん中に浮かぶ小さな島々なのだ。この巨大湖メビウスの外側に広がる世界を暗黒大陸と呼び、その大きさは推測もつかないほど広大だと言う。

 

 人間はこれだけ科学技術が発達した社会がありながら、いまだに海の果てについて論じることは宗教的理由から禁止され、空を高速で移動できる飛行機などの航空技術は研究開発に制限がある。それは全て暗黒大陸の存在を公にしないための措置だ。

 

 かの大陸が人類史上最大のタブーとされる理由は災厄と呼ばれる脅威にある。暗黒大陸は人類を滅ぼしうる生物や病原菌の宝庫であり、迂闊にその蓋を開けばどんな危険がもたらされるかわからないらしい。

 

「まあ、その災厄の一つがここにいるわけだが」

 

「へー! そうだったんだ。知らなかったなー」

 

 ゴンは私を警戒するどころか「暗黒大陸ってどんなところ?」と聞いてきた。本当に話を聞いていたのか、それとも信じていないのだろうか。

 

 私自身、自分の出自に関してはわからないことの方が多い。ビスケの話を聞いて初めて理解できた部分もある。

 

 これまではわからなかったで済ませてきたが、もうそんな言い訳は通用しない。私はもっと真剣に、自分が何者であるのかを知る必要がある。まずそのために一人で問題を抱えず、私が知っている情報を開示してみようと思う。

 

 適当にごまかすのではなく、ここにいる皆に全てを話す。それはとても勇気がいることだ。私は自分が人間ではないことを明かさなければならない。そのとき、皆がどんな反応をするか不安は尽きない。

 

 だが、ずっと隠したままではいたくない。それが仲間に対する誠意であり、自分を知るための第一歩である気がした。私は意を決してリュックから風呂敷の包みを取り出す。その中身を皆に見せた。

 

「これは……」

 

「虫? にしては随分デカいね」

 

 私はこの虫が『私』であることを説明した。私の話下手なところもあって最初は何を言っているのかわからないといった様子だったが、次第に皆の表情が驚愕に染まっていく。

 

「えっ! これがナインなの!? じゃあ、その人間の体は!?」

 

「念獣に近い存在でしょうね。なるほど、さっきの戦いで気づいた違和感はそれか……ぶったまげたわさ」

 

 念獣という発の形態があることは私も知っていた。だが、それは具現化系・操作系・放出系という三つの系統を複合した非常に高度な能力とされる。具現化して形を作るだけでも普通は数年以上かかる修行を積まないとものにできないらしい。

 

 確かにオーラで肉体が形作られたシックスは念獣と似ているように思うが、私はこんな発を作った覚えはもちろんないし、蟻としての意識が目覚めたときには既にシックスの体は存在していた。それにあの時点では精孔も開いていなかったのだ。こんなことがあるのだろうか。

 

「非常にレアなケースだけど、あるとすれば寄生型念獣かしら」

 

 ある者が作った念獣が、その人の死後も強まる念として残り続け、別の誰かに使用権が移譲されることがあるらしい。狙ってこのような能力を作ることは不可能に近いようで、その多くは血縁者に代々受け継がれる守護念獣とも呼ばれている。

 

 寄生対象となる人間は念が使えなくてもいい。寄生型念獣はその人から勝手にオーラを吸い上げて具現化する。本人の意思によって作られた存在ではないため操作することはできない。そのため、寄生対象の良いように働く者もあれば害にしかならない者もいるという。

 

 私の場合、血縁者から受け継がれたという点から言えばあり得ると思う。夢の中で感じた『群れ』の存在は確かにシックスの中にある。あれが私の生まれた蟻の群れであり、いくつかの自我がこの肉体の中に混在していることも寄生型念獣の特徴に関係しているのかもしれない。

 

 ただ、はっきりとしたことは言えなかった。寄生型は操作できないそうだが、シックスの場合はできているし、普通の念獣のように感覚の共有もできる。そういう能力を持った寄生型念獣と説明できなくもないが、やはりまだわからないことは多い。

 

「でもなんかカッコイイよね! でっかいクワガタみたいでさ」

 

 ゴンに本体を持ち上げられて観察される。ひっくり返して腹側まで見られる。

 

「お前……よく平気で触れるな」

 

「大丈夫だよ、優しい目をしてるから。あ、そう言えばこっちがナインの本体なんだっけ。ごめんね、べたべた触って」

 

 ゴンの様子を見ていると、カミングアウトした自分を受け入れてもらえないのではないかと不安に感じていたことが馬鹿らしく思えてきた。しかし、その一方でビスケは真剣な目つきで本体の方を見ている。

 

「見たこともない色の装甲ね。生きた宝石と呼ばれる虫はいるけど……少しくらい端っこを削り取っても……」

 

 何か小声で恐ろしい独り言をつぶやいている気がする。本当にこの人に師事して大丈夫なのだろうか。本体を守るように抱えて首を振る。

 

「冗談よ、ちゃんとまじめに修行はつけてあげるから安心しなさいな」

 

「キルアも帰ってきたし、ナインも新しく加わったし、これからはどんなスケジュールで特訓するの?」

 

「そのことなんだけど、ここで基礎修行は一段落させて次は本格的にゲーム攻略に取りかかる予定だったのよ」

 

「ホントに!? やった!」

 

「でも、あたしはナインの指導をしなくちゃならないから、ここから先はしばらく別行動にしましょう。ゴンとキルアは二人でカードを集めに行きなさい。本当は私も行きたかったんだけどね。ブループラネットとか見つけたかったし……ブループラネットとか……」

 

 私のせいで色々と予定を変更することになってしまって申し訳ない。ブループラネットとは貴重な宝石のアイテムらしい。

 

「そう落ち込むなよ。ブループラネットは俺たちが見つけたら持って来てやるからさ」

 

「キルア……!」

 

「1枚20億ジェニーで取引してやるぜ」

 

「キルァァ……!」

 

「そんな意地悪しないよ。ここでチームを解散するわけじゃないでしょ。オレたちがここまで強くなれたのはビスケのおかげなんだからさ」

 

「ゴン、あんたってやつは……」

 

 ビスケはたたずまいを正し、ゴンとキルアを神妙な面持ちで見つめる。

 

「最初にあんたたちと出会ったときは、二人ともいつ死んでもおかしくないようなへなちょこだったけど、この短期間で見違えるほど成長したわね。まあ、まだまだ全然へぼいけどゲームを普通にプレイするくらいの実力は得たはずよ」

 

「褒めてんのか貶してんのか、どっちだよ」

 

「褒めてんのよ。今のあんたたちなら強敵と出会っても死ぬことはないでしょう。無理せず全力でじゃんじゃんカードを集めてきなさい。あたしらもこの子が切りの良いところまで仕上がったら合流するわ」

 

「うん、オレたちもこの近くに来たときは顔を出しに行くよ。何かあったときは通信(コンタクト)の呪文カードで連絡を取り合おう」

 

「フリーポケットがいっぱいになったらカード預けに来るんで」

 

「あたしらは倉庫代わりか」

 

 彼らはバッテラという名の大富豪に雇われてグリードアイランドをプレイしている。バッテラはこのゲームを買い占めて優秀なプレイヤーを大勢雇い、クリアした者に多額の報酬を約束しているそうだ。

 

 また、ゴンにとってこのゲームは行方不明の父親が制作に関わっていたらしく、その手掛かりを求めてここまで来たといういきさつがある。それぞれ何かしらの理由があり、ただ遊びに来ているわけではない。

 

 私がここにいなければ3人でもっと効率的にカードを集めることができただろう。重ね重ね申し訳ない。皆に頭を下げて謝っていると、キルアがぽんと手を乗せてきた。

 

「気にしなくていいって。今度来たときはお土産もってきてやるから留守番よろしく。なんてな」

 

 私の気を紛らわそうとしてか、そんなことを冗談混じりに言ってシックスの頭を撫でてくる。それを見ていたビスケとゴンが小声でささやき合っていた。

 

(なにあれ、やっぱキルアってああいう子がタイプなわけ?)

 

(あれはどちらかと言うと妹に接するお兄ちゃんって感じかな)

 

(妹って……余計ヤバくない?)

 

「あーもーうるさいうるさい! ゴリラババァのことなんかほっといてさっさと行くぞ!」

 

 ビスケと私は二人の出発を見送った。いや、キルアはビスケに吹っ飛ばされて一足先に旅立っていたので、正確にはゴンだけ見送った。

 

「さて、それじゃさっそく修行メニューを組まないとね。そんなに申し訳なく思ってるのなら、少しでも早く力を身につける努力で応えなさいな。あたしの見立てでは、あんたもあの二人と同程度かそれ以上の才能がある。その資質を宝石で例えるなら、そうね……ガーネット! あんたはガーネットよ!」

 

 びしっと指を突きつけて宣言される。なぜ宝石に例える必要があったのかわからないが、宝石ハンターゆえの感性だろうか。あんたにルビーの赤はもったいない、ガーネットで十分よと評される。

 

「知ってる? ガーネットを丸く加工したものをカーバンクルと呼ぶのよ。古い言葉で『燃える石炭』を表すらしいわ。無機質な鉱石でありながら、その内に炎を連想させるエネルギーを秘めている。あんたにぴったりだと思うわさ」

 

 暗赤色のアルマンディンガーネットは産出量が多く、さほど高額で取引される宝石ではない。その黒ずんだ色合いはルビーなどの華やかな赤と比べれば人気もない。特に、蛍光灯のような人工光線下では黒ずみが強くなるそうだ。

 

 アルマンディンが最も輝く時とは暗闇の中、ランプの炎にかざした瞬間だとビスケは言う。炎の揺らめきが石に脈動のごとき生命を与え、闇の中でこそ映える孤独な赤が現れる。そういうのも嫌いじゃないと彼女は言った。

 

 


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