カーマインアームズ   作:放出系能力者

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67話

 

「せっかくナインが頑張ってくれたところ悪いんだけどさ、次の試合で勝つのは止めない?」

 

 キルアの突然の提案に困惑したが、理由を聞いて納得した。今回は対戦形式の情報収集を目的とするのみにとどめ、対策を整えた上で再挑戦した方が無難だという。

 

「そうかな。確かに、初戦レベルの相手がこの先の試合も出て来るようならオレたち以外の攻略組の人たちにはキツいと思うけど……もしかしたら8勝できるかもしれないよ?」

 

「このメンツじゃさすがに無理だろ。まあ、早々と負け続けるより適度に勝ち負けした方が情報を集める上では都合が良いだろうけど、最終的に8勝するのは避けるべきだ」

 

 運良く勝利を重ねて目当てのSSランクカードを入手してしまった場合、その次に待っているのはどの組がカードを持つかという問題だ。『一坪の海岸線』のカード化限度枚数は3枚しかないのに対して、こちらは16人の6組もいる。揉めることは目に見えていた。

 

 キルアの作戦に従い、試合形式とルールを確認した上で試合に負けていく。他の組の人たちは真剣に取り組んでいるようだったが、現状のメンバーで8勝することは現実的ではないと再認識する結果に終わった。少なくとも、前情報のない初見の試合で戦うのは無謀だ。

 

「出直してきな。オレたちはまだしばらく、この街で好きにさせてもらうぜ」

 

 予定通り、こちらのパーティの敗北で終わった。再挑戦するためにはパーティメンバーを変更する必要があるが、15人のうち1人でもメンバーが代われば問題ない。こちらは16人いるので、誰か一人が抜けて15人になればそれでも可能である。つまり、今すぐ再挑戦を受けることもできる。

 

「あ、でもアタシ達はもう抜けるわ。たぶんこのメンバーでもう一回やっても厳しいでしょ」

 

 当初の目的であるゲンスルー組のクリア阻止については一応、達成できたと言える。ここにいる人間から情報が漏れない限り、15人の仲間を集めるという条件を奴らが満たすことはまずない。仮に知られたとしても、8勝するにはそれなりの実力者が必要だ。数だけ寄せ集めても試合には勝てない。

 

 むしろ、ここでカードを手に入れてしまうとゲンスルー組に横取りされる可能性が出て来るので、しばらくは放置した方がいいという結論となった。臨時の共同パーティはここで解散となり、各組はそれぞれにこの場を去って行く。

 

 最後に残ったのは私たちゴン組と、一人だけ組を作らず単独で参加していたゴリラっぽい人だけになった。

 

「おまえら、このイベント続ける気なんだろ。オレも組ませてくれないか」

 

 

 * * *

 

 

 その日はもう夜も遅かったので作戦会議は明日に回すこととなった。ソウフラビの街に戻り、ホテルに泊まる。部屋割はゴンとキルア、ビスケと私の二部屋ずつとなった。

 

 なぜだ。別に各自一部屋ずつ取ってもいいはずだが、ゲームの中とはいえ節制は心がけるべきか。しかし、私とビスケの部屋が一緒なのは納得できない。主に精神衛生上の問題として。

 

 案の定、ビスケは部屋に入るなり私の目も気にせずに部屋着へと着替え始めた。まあ、着替えだけならそのとき見なければいい話だ。シックスも部屋に用意されていた浴衣に着替えたのだが、これがいけない。しっかりと着付けているわけでもない浴衣は少し動くだけで隙間から色々見えそうになる。ビスケは私をからかうため、わざとだらしなく着こなしていた。

 

 なんて師匠だ。こんなところにいられるか、部屋に帰らせてもらうと言い放ち、浴衣を振り乱しながら飛びだした私はゴンたちの部屋に向かった。同年代がお泊まり会で何をするのか私は知っているぞ。きっと枕投げでもして楽しんでいるに違いない。周で強化した枕なら、就寝前のほどよい修行になろう。

 

 しかし、予想外にも入室を断られる。顔を赤くしたキルアに入ってくんなと言われてしまった。枕まで持参したというのに。行き場をなくした私は、仕方なく同じホテルに泊まっているゴレイヌの部屋へ向かう。

 

 別に新しくもう一室取ればよかったのだが、ショックで頭が回らなかった私をゴレイヌはこれ以上ないほどの困惑顔で迎え入れてくれた。ただでさえ口下手な私がほぼ面識もない彼と何か会話が弾むわけもなく、そのまま寝る流れになる。さすがに枕投げができる雰囲気でないことはわかる。

 

 ゴレイヌは、自分は床で寝るのでベッドを使えと言ってくれたが、そこまで図々しいことはできない。私は朝まで座禅でも組んで瞑想の修行をするから気を使わなくていいと断った。ゴレイヌは、ホント何しに来たんだコイツと言いたげな表情だったが、特に事情を聞いてくることはなかった。

 

 一応、初対面の相手と部屋を同じくすることになるため、瞑想中も何かあれば反応できるように気がけていた。だが夜も更けた頃、半覚醒状態で瞑想していた私に対し、彼は私の肩にタオルケットをかけてくれた。疑ってすまないと心の中で謝り、感謝した。

 

 そして翌朝、ホテルをチェックアウトした私たちは朝食がてら中華レストランに入り、本題の『レイザーと14人の悪魔』攻略に向けて話し合うことになった。

 

「すいませーん、麻婆豆腐三つにチャーハン大盛り四つ、油淋鶏二つ、小籠包三つ、フカヒレスープ四つ、あと酢豚と八宝菜と坦々麺と北京ダックと……え、数わかんなくなっちゃった。とりあえず全部四つずつください」

 

 朝からどんだけ食う気だ。しかも私以外の全員が平然とその注文を受け入れているようだが、念能力者というのは皆大食い体質なのだろうか。私はサラダを頼んだ。

 

「女子か」

 

 他の人たちの健啖ぶりを見て、さすがにサラダ単品ではさびしいかと思い、杏仁豆腐も追加しておいた。

 

「女子か」

 

 私の場合、シックスはオーラを材料に作り出されているため栄養が必要なのは虫本体の方だ。そちらはサラダでもリュックに突っ込んで食わせておけば事足りる。この虫の体は粗食に堪える。また、日光浴をすることでさらに消費エネルギーを抑えることができ、少量の水があれば一か月ほど絶食しても支障はない。

 

 ただ、人間の体のシックスは味覚も発達しているので食事を楽しむという意味では無駄ではない。ぷるぷると杏仁豆腐を匙でつついていると、新しく共同パーティを組むことになったゴレイヌが話を切り出す。

 

「さて、まずゲンスルー組のクリアは当面のところないとしても、『一坪の海岸線』の入手はなるべく早い段階でしておきたい」

 

「カードの分配で揉めないようにな」

 

 誰だってカードが欲しい気持ちは一緒だ。ゲンスルー組の存在があるため今は保留にしておこうと決まったが、入手方法が見つかった以上いつか挑戦者は現れる。

 

 保留を提案した連中も、3枚のカードの分配をめぐる問題に気づいていたのかもしれない。あの場では事を荒立てないため手をつけないふりをしておきながら、裏で攻略に向け動いている可能性はある。現に私たちが今やっていることがそれだ。

 

 ゲンスルーも血眼になって『一坪の海岸線』を探しているに違いない。『神眼(ゴッドアイ)』という呪文カードを使えば、99枚の指定カードについて常に何回でも『解析(アナリシス)』と『名簿(リスト)』の効果を使うことができる。誰がカードを持っているのかトレードショップで調べれば名前もわかるので、頻繁に確認しているだろう。

 

 海賊のイベントが攻略されれば、近いうちにその情報は敵にも知れ渡ると考えた方がいい。そんなときにカードを巡って仲間割れしている場合ではない。協力者とは、カードを手に入れた後のことについてもしっかりと話し合ってゲンスルー組に対抗できる関係でなければならない。他の攻略組がそこまで考えて行動できるわけないとキルアは主張する。

 

 実際には全員が協力して海賊イベントは放置した方が確実にゲンスルーたちの足止めになるはずだが、誰か抜け駆けする者が現れる可能性がある以上は先に攻略しておきたい。囚人のジレンマのような状態になっていないか。

 

「ここにいるメンバーが5人、つまり8勝するためには最低でもあと3人を勧誘しなければならない」

 

「それでも順調に8勝できればの話だろ? 何人か数合わせのメンバーを雇うことは仕方ないとしても、それなりの使い手は余裕をもってほしいところだな」

 

 昨日のイベントでは9試合のスポーツ形式とルールを確認できたが、全ての試合内容が判明したわけではない。特に船長の男は海賊を束ねるボスだけあって一筋縄ではいかないだろう。見ただけで他の海賊とはレベルの違う相手であることがわかった。彼がどんな試合を持ちかけてくるかもわかっていない。

 

「うーん、オレの知り合いで今回の案件を任せられるほど腕の立つハンターとなると……ベラム兄弟かサキスケくらいしか思い当たらない。ベラム兄弟は他人と組むのを嫌うから勧誘は難しいな。サキスケは報酬さえ払えば雇えるだろうが、とんでもなくガメツい。間違いなくカードを1枚要求してくるし、それ以上の報酬をふっかけてくるかもしれない」

 

「とりま、候補としてチェックだけしとくか……」

 

 昨晩イベントに参加した攻略組の人たちの活躍を見る限り、正直それほど強そうには感じなかったが、それでもこのゲームを真っ当に攻略し、最前線を行く人たちである。プレイヤーとしてのレベルは高い彼らがここまで手こずるのだから、このイベントの難易度は相当高いと言える。

 

 それ以上の実力を持つ人材をまとまった数集めるなんて簡単にできることではない。しかも、報酬のカード3枚の分配はゴン組とゴレイヌで1枚ずつと決まったので、残るカードは1枚のみ。金だけで雇えるようなプレイヤーでは戦力にならないと思われる。ますます勧誘は難しい。

 

「誰か他に強そうな知り合いはいないか? まだ会ってないプレイヤーの中から実力者を探し出して交渉するとなると目処が立たないぞ」

 

「知り合いではないですけど、強そうな人なら一人だけ知ってます」

 

「ホントか。誰だ?」

 

「ツェズゲラさんです」

 

「あぁ、まぁ、そうだな……」

 

 ツェズゲラとは、大富豪バッテラに雇われたハンターの中でもゲームクリア最有力候補として知られたプレイヤーであるらしい。バッテラにプレイヤー選考会の審査員を任せられるほどの信を得ており、ゲンスルー組が頭角を現すまでは一強の地位を築いていた攻略組である。

 

 『一坪の海岸線』を報酬とすれば協力してくれる公算は高く、味方とするには申し分ない実力と人数であるが、クリア目前にまで迫ったライバルでもある。できればカードは渡したくない相手だ。

 

「しかし、そう都合の良いことばかりも言っていられないか。現実的に考えて、協力するに最も妥当なチームであることは間違いない」

 

 実力もさることながら、カードを手に入れた後の連携についても期待できる相手である。同じくクリアを目前としているゲンスルー組に対して、ツェズゲラ組は何としてでも攻略を阻止したいと思っているはずだ。二つの組を対立構造に誘導できれば、あわよくば潰し合ってくれるかもしれないという思惑もある。

 

「ねぇ、ちょっといい?」

 

 ツェズゲラ勧誘の話がまとまりかけたところでゴンが声を上げた。ゴンは自分のバインダーを開いて今まで会ったことのある(20メートル以内に接近するとシステム上、遭遇したものとして記録されている)プレイヤー一覧を眺めていた。その中の一人の名前を挙げる。

 

「この“自称”クロロが誰なのか、気になるんだよね」

 

 そのクロロ=ルシルフルという人物は“本物なら”A級賞金首の盗賊団首領であり、歴戦のプロハンターでも歯が立たない恐ろしい使い手であるらしい。だが、本人ではなく偽名であることがわかっている。ゲーム内で使用される名前は自由に設定できるのだ。

 

 その人物が何者なのかわかっていないが『クロロ』はゴンたちにとって因縁のある相手らしく、どうしても気になるようだ。特にゴンは直接会って確かめずにはいられないといった様子だった。その意見に押される形で、ここにいる全員で自称クロロのもとへ向かうことになる。

 

 実際に会ってみて実力を確かめた上で、スムーズに勧誘の交渉が進むようならそれでいい。そんなにうまくいくとは思えないが、どうせ心当たりも他にないのだし、ダメもとで当たってみるのもいいだろう。失敗したら交渉相手をツェズゲラ組に変更するだけだ。

 

 そして話し合いが終わる頃には、あれだけテーブルの上に所狭しと並べられていた料理は完食されていた。どうなってるんだ、この人たちの胃袋。まだ私の虫本体はキャベツの千切りをもしゃっているというのに。会計を済ませて店を出た私たちは、さっそく呪文カードを使ってクロロのいる場所へ飛ぶことになった。

 

「『同行(アカンパニー)』使用! クロロ=ルシルフル!」

 

 リュックの中でキャベツをもしゃりながら魔法で空を飛び、高速搬送されるのであった。

 

 

 * * *

 

 

「くくくく、やっぱりそうだ❤ 臨戦態勢になるとよくわかる……♣」

 

 グ……

 

「ボクの見込んだ通り……」

 

 グググ……

 

「キミ達はどんどん美味しく実る……❤」

 

 

 

 何なんだ、この変態ヤローは。

 

 

 

 * * *

 

 

 『同行』で飛んだ先にいた自称クロロの正体は、ヒソカというプレイヤーだった。ゴンとキルアの知り合いらしい。ゴンたちは嫌な相手に遭遇してしまったかのような反応だった。出会うや否や、ヒソカは禍々しい殺気を放ってきた。

 

 こちらも連絡なしにヒソカが水浴び中のところへいきなり飛んで来てしまったので、彼が殺気立つのもわかるのだが、なぜそのあと股間を膨らませたのかについては理解できない。真顔で観察していると、キルアに手で目隠しされた。

 

 色々と要注意な人物であるようだが、すぐさま敵対するほどいがみ合ってはいないらしい。ビスケがパーティとしての共闘依頼を申し出ると、暇だから付き合うと何の対価も求めず引き受けてくれた。

 

 実は良い奴なのか。ゴンとキルアはまだ完全に信用していないみたいだったが、ヒソカの動向を探る上でも一時的に協力関係となるのは有りと判断し、仲間として迎え入れることになった。

 

「見えてきたよ♣ あれが恋愛都市アイアイ❤」

 

 『同行』の到着地点である泉があった森を抜け、ヒソカの案内でこの近くにあるという街までやって来た。巨大なハートのオブジェが飾られたお城があり、その周囲には城下町が広がっている。

 

 特にこの街に用があるわけではないのだが、一部の呪文カードは行ったことのある街を指定して移動できるものもあるので、話がてらブックマークしていくことになった。

 

「この街はベタな出会いが溢れているんだ♠ 歩いてるだけで退屈しないよ♦」

 

 まるで漫画か小説のような男女の出会いを体験できる場所らしい。至る所で眼鏡や学生証やハンカチなどをぽろぽろ落とす人が行き交っている(拾ってあげると知りあえる)。曲がり角にはトーストをくわえた少女が刺客のように待ち伏せし(ぶつかった上で口喧嘩すると知りあえる)、自動販売機を見かけるのと同じくらいの頻度で集団暴行に遭いかけている女性が出現する(助けると知りあえる)。

 

 とはいえ、この街にいる人たち全てゲームの中の住人であり、いくらリアルな出会いがあると言っても疑似体験に過ぎない。この街で手に入る指定カードもあるようだが、今はそれよりも『一坪の海岸線』を優先すべきだ。街の住人とは極力関わらないようにした。

 

「うわああああ!! ごめんなさい、うちのチャッピーが!」

 

 したのだが、向こうの方からやって来た。猛烈な勢いでこちらに駆け寄って来る犬と、そのリードを持つ飼い主が犬に引っ張られてシックスに近づいてくる。

 

「ハアッ! ハアッ! ハアッ! ハアッ!」

 

 襲いかかられる前に察知して抱え上げたはいいが、興奮冷めやらぬ様子のダックスフントは空中で必死に犬かきしている。このまま地面に下ろせば間違いなくまた襲ってくるし、かと言って遠くにぶん投げるのは少しかわいそうだ。

 

「人見知りのチャッピーがこんなに懐いているだなんて……」

 

 いいからさっさとこの犬を引き取ってくれ。よかったら近くの公園でチャッピーと遊んで行かないかと話しかけてきた少年に対し、キルアがシックスの手から犬を掴み上げるとその飼い主に突き返した。

 

「こんなベタな出会いに付き合ってんじゃねーよ」

 

 そう言って不機嫌そうにシックスの手を取って歩き出す。今は遊んでいる場合ではないことは確かだが、そこまで怒らなくても。

 

「いや、キルアの反応も結構ベタだと思うけど……」

 

「だわさ」

 

 これ以上、不要なイベントが発生するのは時間の無駄なので、人気のない場所に移動することになった。今後の方針について話し合う。

 

 ヒソカを仲間に入れてパーティメンバーは6人になった。あと必要な人員は9人だが、その中でも最低2名は海賊との試合に勝てる実力者をそろえなくてはならない。

 

 あと2人くらいなら探せば見つかるのではないかという期待も生まれたが、大事を取って予定通りツェズゲラ組に協力を仰ぐことになった。ここで時間を無駄にして他の攻略組に先を越されたりゲンスルー組に情報が漏れるようなことは避けたい。

 

 ただし、交渉する際に下手に出ることは避けるべきだ。たとえカード収集率トップクラスの攻略組とはいえ、対等の関係として同盟を築かなくてはならない。ゲームクリアへの執着がないヒソカを仲間にした時のように、すんなりと話がまとまる保証はない。

 

 ゴレイヌは『一坪の海岸線』の入手情報を明かすだけでも保険として最低50億ジェニーの見返りは請求すべきだと主張する。そのあたりの駆け引きについては交渉事に慣れたゴレイヌに一任することになった。あとはどうやってツェズゲラと連絡を取るかだ。

 

 これについてはヒソカのおかげで何とかなりそうだった。彼はツェズゲラと会っていた。正確にはゲーム内で互いに20メートル圏内の距離をすれ違ったことがある。この条件を満たせば、会話などしなくてもシステム上は“出会った”ものとみなされ、バインダーに相手の情報が記録されるのである。

 

 出会ったことのある相手であれば『交信(コンタクト)』の呪文カードを使って連絡を取ることができる。バインダーを通して最大3分間の通話が可能だ。ゴンがヒソカに『交信』のカードを渡して使ってもらった。

 

「あっ、もしもしツェズゲラさん?」

 

「確認取るまでもないだろ」

 

『……どちら様かな? あいにく、そちらの名に覚えはないのだが』

 

 カードを使ったのはヒソカだが、通話はゴンとキルアが引き受けた。交渉の詳しい内容については後で話し合う予定なので、今は会う約束だけできればいい。だがツェズゲラはこちらを警戒しているのか、なかなか了承が得られないようだ。話が終わるのを待っていると、私の隣にヒソカが座った。

 

「やぁ❤ キミ、ゴンたちと仲が良さそうだけど、このゲームで知り合ったのかい?」

 

 気さくに声をかけてくるが、その身に纏う気迫は尋常ではない。このヒソカという人物について、協力的な態度から最初は良い奴なのかと思うこともあったが、決してまともとは呼べない類の人間であることに気づくまでそう時間はかからななかった。

 

 オーラには、その持ち主の精神に応じた気質がある。それは強さとは無関係にある個性で、指紋のように千差万別だ。ただし普通は微々たる特徴に過ぎず、いちいちオーラの質を気にするようなことはない。それが普通の人間であれば。

 

「ボクはね、ぱっと見でその人の強さが何となくわかるんだ♠ 100点満点中の何点か、自分なりに採点して色々と想像するのは楽しいね♦」

 

 私はこれほどまでに濁りきったオーラの持ち主と会ったことがない。ヒソカはヘドロのような気質の威圧を一切隠すことなく、私に向けて叩きつけてくる。それも私のみに指向性を持たせ、周囲の人間に全く気づかれることのない技量である。それだけで途轍もない使い手であることは察せられた。

 

「でも、キミの点数はよくわからないんだ♣ 今すぐ食べたいくらい強そうでもあるし、もう少し熟すのを待った方がおいしそうでもある❤ 系統も最初は特質系かと思ったんだけど、何か違う気もする♠ 不思議だね、初めて会うタイプだ❤」

 

 ナイフのように差し込まれる視線は、今すぐにも首をかき斬りに来てもおかしくないほどの殺気を伴っていた。なぜこれほどの殺意を向けられなければならないのかわからないが、いずれにしても迷惑なことに変わりはない。

 

 そう思っていたのだが、ヒソカの気持ちをある程度理解できる自分がいた。たぶん、意味はないのだ。ただ闘いたいという本能。一般人が息をするレベルで彼はその欲求に従っているだけだ。それを止めることは呼吸を封じるに等しい苦痛だろう。

 

 そして自分でもにわかには信じられないことだが、私はヒソカが向けてくる殺気に対して、単なる迷惑以外の感情が芽生え始めていた。

 

「くくくく……いいね、そのオーラ♠ 誘ってるのかい? 我慢できなくなっちゃうよ❤」

 

 修行のおかげで私は前よりも強くなった。その強さがどの程度のものか、確かめたいという気持ちがある。生半可に強くなったがために生じた、ただの驕りかもしれない。

 

 だが、未熟であることは私自身がよくわかっていた。ビスケは確かに適切な指導をしてくれるが、そこに殺意はない。指導者として当たり前のことだが、そこに物足りなさを感じてしまう。

 

 そして、私もビスケを殺そうという気がない。まず、こんな発想が浮かぶこと自体があってはならないはずなのに、最近はそればかり考えてしまう自分がいる。そうしてはならないという強迫観念が、全く逆の感情を育てているような気さえしていた。

 

「この街でボクたちが出会ったのも運命かもね♦ 素敵な恋になりそうな予感がしない?」

 

 もし全力で私を殺しに来た強者と闘う機会があれば、その先に得るものは死か、さらなる強さだ。死力を尽くして闘わざるを得ない状況に陥ったとき、私は相手の命を奪う決断を迫られるだろう。

 

 昔の自分なら考えられなかった。殺しの覚悟に堪えられなかった。だが今は誰かを殺めるよりも恐ろしいことがある。その感情を塗りつぶすように、胸の奥から湧き起こる本能がある。最後の一線を越えたとき私は。

 

「ボクと決闘(デート)しようよ❤」

 

 中途半端ではなくなる気がした。

 

 






イラストを描いていただきました!

鬼豆腐様より

【挿絵表示】

ゴリラ同士、同室、7時間。何も起きるはずがなく……(紳士)

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