カーマインアームズ   作:放出系能力者

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7話

 

 当てもなく放浪する日々が続いた。一か所に留まっていれば少しは安全度も増したのかもしれない。旅をするということは、常に未知の脅威と接触する危険をはらんでいる。それでも一縷の望みを託し、この大陸から脱出する手がかりを探し歩いた。

 

 そんなある日、森の中で遺跡を発見する。初めて見る、知的生命体が残したと思われる痕跡だった。

 

 遠くから確認した限り、外部は金属の加工物で作られているようだ。それ以上のことは、もっと近づかなければわからない。しかし、見るからに怪しい場所でもあった。密林の奥地に突如として現れた未知の遺跡。考えなしに足を踏み込むにはリスクが高い。

 

 だが、未開の秘境の中をここまで旅し続け、ようやく見つけた人為的変化であった。果たしてそれがヒトの作ったものであるか疑問は残るが、この大陸に関する何かしらの情報が得られる可能性はあった。探索を決意する。

 

 さすがに無策で突入するのは無謀と判断し、本体は安全なところで待機。クインのみを単独潜入させることにする。クインを囮にするような作戦は心苦しいが、命には代えられない。どちらかと言えば、こういう作戦が念獣本来の使い方である。

 

 クインに蓄えられる限界までオーラを渡しておく。本体がそばにいなければ追加のオーラ補給はできない。何事もなければ数日はもつ量を渡したが、それは希望的観測というものだ。本体のバックアップがない状態でクインがまともな戦闘を行うことはできない。戦闘開始イコール死だ。

 

 潜入を最優先し、クインは常に絶の状態にしておく。どうせ敵に見つかればオーラで防御したところで即殺されるので、始めから戦闘は予定していない。とにかく、一つでも情報を集めることに集中する。

 

 強化を完全に切り、いつもより重く感じるクインの体を遺跡へ向かわせた。近づくにつれて、その外見があらわになる。

 

 金属で作られた管が無数に張り巡らされるようにして、遺跡は形作られていた。その中に何かの機械らしき物体がいくつも埋め込まれている。明らかに誰かが意図して作ったものだ。もしかしたら中に、誰かがいるかもしれない。話が通じるような相手ならいいが。

 

 罠かもしれない。その可能性の方が圧倒的に高い気がするが、引き返すつもりはない。行けるところまで行こうと思う。息を殺して内部に忍び込む。

 

 外壁は風雨にさらされ錆ついていたが、内部はそれほど経年劣化しているようには見えなかった。またトラップが作動する様子もない。ところどころ天井に穴が開いており、少し暗いが視界は確保されている。『共』による探知ができないので確実なことは言えないが、今のところ敵らしき気配は感じ取れない。

 

 内部も謎の機械と配管だらけだった。何のために作られた装置なのか全く予想できない。これだけ大規模な装置の動力はどうやって確保していたのかも気になる。配管は途中で切れているものがたくさんあった。途切れた切り口は、どれも通路の壁からこちらに向けて生えている。まるで銃口を向けられているかのようで、何かが飛び出してくるのではないかと警戒したが、特に問題は起きなかった。

 

 入ってから数分ほどで、特に迷うこともなく中心部と思わしき場所までたどりついた。そこにあったのは小さな泉だ。鉄管がスパゲッティのように絡まった窪地に、澄んだ水がこんこんと湧き出ていた。生き物の気配はない。

 

 非常に不自然な光景だ。まず、水辺に全く生物の姿が見られないことがおかしい。水は生命の源だ。生きて行く上でかかせない水分だが、自然の中においてその取得方法は限られている。わずかな水を巡って争いが起こることが常だ。水辺に近づくほど強大な敵が陣取っていると言い換えてもいい。

 

 泥水でさえ貴重なこの地域で、これほど潤沢で綺麗な水が手つかずのまま放置されている。何か裏があるとしか思えない。慎重に泉の周囲を探索する。

 

 その途中、見覚えのある形をした機械を発見した。おそらく、パソコンと思われる。ディスプレイは割れ、鉄管の隙間に挟まっていた。調べるまでもなく壊れている。いつの時代のものなのか判別不能だ。このパソコンらしき装置だけは他の機械と趣が異なっており、少し気になった。

 

 その近くを調べていると、アタッシュケースを見つけた。壁の隙間の奥から引っ張り出す。外装はだいぶ劣化していて、鍵もついていたがボロボロだった。難なく開けることに成功する。中に入っていたのは、複数の書類。紙も劣化していたが、まだ原形がある。しかし、その内容はさっぱりわからない。文字自体は読むことができたが、文書の意味がわからなかった。固有名詞と専門用語の嵐だ。

 

 書類の中に、地図らしきものを発見する。これには期待が高まった。相変わらず書きこまれている文字の内容については解読できないが、はっきりと地形らしき絵が描かれており、さっきの書類に比べればわかる情報が多い。持ち帰ってじっくり考察しよう。

 

 それから試験管がいくつか入っていた。色のついた液体や枯れた植物、虫の死骸など、よくわからない物が中に入っている。そして、最後に小さな手帳が出てきた。

 

 ルアン=アルメイザ

 

 これは人間の名前だろうか。表紙の下に小さく書かれている。中を見ると、日記が書かれているようだ。

 

 

 ――――

 1958年6月15日

 第三調査隊、サヘルタを出港。不安と期待が入り混じっている。選りすぐりの精鋭たちの中で自分だけ浮いているような気もするが、自分にできる役目を果たそう。

 ――――

 

 

 どうやら人間の国から派遣され、暗黒大陸に訪れた調査隊の手記のようだ。願ってもない朗報だった。まさかこれほど早く人間が残した足取りをたどる機会に巡り合えるとは。ぱらぱらとページをめくり、中をざっと確認する。

 

 その内容は非常に簡潔で、備忘録程度のものだった。人間の世界と暗黒大陸をつなぐ橋渡し役の“門番”や、その門番が召喚する“案内人”についても記述があったが、詳しいことは何もわからなかった。彼らなしでは暗黒大陸に入ることすらできないらしいが、それが具体的にどういう手順になっているのか不明だ。暗黒大陸から出るときも彼らの助けが必要なのだろうか。

 

 調査隊は上陸後まもなく、弱肉強食の洗礼を受けたようだ。隊員の一人が大蛇に上半身を丸呑みにされたと思いきや、それは巨大なコウガイビルだったと書かれている。切っても死なず、体から分泌する毒液に触れた他の隊員は腕が腐り落ちたらしい。

 

 日が過ぎるごとに犠牲者の数は増え続けている。最初は遭遇した化物たちの特徴が簡単に記されているが、後になるにつれて誰々が死んだという一文しか書かれなくなくなった。綺麗な筆跡だった文字も乱雑に書きなぐられていた。ページの汚れもひどくなっている。

 

 調査隊は全員が熟練の念能力者だったようだ。しかし、一流の使い手であっても、この大陸で生き残るには力が足りなかった。必要なのは戦闘力ではなく、いかに戦闘を回避できるかという能力だ。彼らは『絶』により身を隠しながら調査を続けたようだ。今の私と同じような状況である。

 

 日に日に増える犠牲者は、運悪く命を落とした者たちだけではない。囮として自らを投げ打って、仲間を先に進ませていた。一部の化物相手には、そうしなければ切り抜けられない時がある。私もクインに同じことをさせたのでわかる。

 

 しばらく、死者の名前を書き連ねるだけの日記が続いたが、最後の日付のところだけは違った。

 

 

 ―――――

 6月27日

 リターンを発見!

 小人のような怪物の群れに追い込まれ、逃げ込んだ先で

 なぜか敵はこの場所に近づいてこない

 森の奥地、金属のパイプが絡まってできたような構造物の中にリターンと思われる水源を発見した

 一滴でも飲めばオーラを全回復させる湧き水

 この程度の成果を持ち帰っても上は納得しないだろうが、これ以上の調査続行は困難

 本国で研究を進めれば

 ―――――

 

 

 最後あたりの文章はぐちゃぐちゃで読みとれなかった。そこから先のページは何も書かれていない。ここで日記は終わっている。彼らが命の危険を冒してまで手に入れたかったものが、この泉の水だったのだろうか。

 

 暗黒大陸に眠る資源を求めて、人類はこの未踏の地へ幾度も挑戦を繰り返した。そうした資源は希望(リターン)として『新世界紀行』に記されている。水の中で膨大な電気エネルギーを作り出す無尽石、万病を癒す香草、究極の長寿食ニトロ米、あらゆる液体の元となり得る三源水、錬金植物メタリオン。いずれも人類の発展に革新をもたらすほどの価値を秘めている。

 

 「オーラを全回復させる水」というのは、上で述べたリターンに比べるとかなりしょぼい印象を受ける。確かにすごいが、革新的と呼べるほどのものではない。ちょっと飲んでみようかとも思ったが、やめておいた。オーラを作ることができないクインが飲んでも効果はないかもしれないし、得体のしれない水を飲んでまで今回復させる必要はない。

 

 それよりも気になるのが、なぜこの日記はここに残っているのかということだ。研究資料と思われる書類まで一緒に残されている。わざわざこんな荷物を抱えてまで持ってきたということは大事なものではないのか。

 

 置いて行かざるを得ない問題が発生した、あるいは帰還そのものが叶わなかった可能性がある。希望(リターン)は絶望(リスク)を伴うものだ。私の中の記憶で、その二つは分けては語れない関係にあった。人類は数々のリターンを求めて暗黒大陸を目指したが、実際に遭遇したものは同じ数のリスクであった。

 

 人飼いの獣パプ、古代遺跡を守る兵器ブリオン、双尾の蛇ヘルベル、ガス生命体アイ、不死の病ゾバエ病。これらは“五大災厄”と呼ばれ、この大陸から持ち帰られた。たった一つでも人類を滅ぼす可能性を持つ脅威らしい。その危険度は、おそらくB以上であることは確実だ。

 

 これらの脅威が牙をむいたとしても、人間は有効な対抗策を持たない。対策があったとしても、その実行には多大なコストを要し、確実に殲滅できる保証はない。最低でも国単位での対応が迫られる。

 

 ちなみに亜人型キメラアントの危険度はBである。意外に高い気もするが、人間個人の危険度はC。階級一つの違いがいかに大きいかわかる。さらに私の場合は亜人型ではないので、もっと危険度は下がるだろう。

 

 この指標は人間に対する危険性の評価であって、必ずしも生物としての強さを表したものではない。しかし、だからと言って甘く見ていいものではないだろう。五大災厄の具体的な危険性については何もわからないが、とにかく遭遇は避けるべきだ。

 

 そういう意味では、私が今いる遺跡も安全とは言えなかった。災厄(リスク)が必ずリターンと共にあるというわけではないだろうが、警戒するには十分な状況だ。私はすぐに荷物をまとめた。リターンだか何だか知らないが、今の私には必要ないものだ。このアタッシュケースさえあれば、この場所に用は無い。さっさと帰ろう。

 

 

 プツッ

 

 

 荷物を持ち去ろうとしていた私は、かすかな異音を感じ取った。振り返る。さっきまで私がいた場所。壊れたパソコンが起動していた。

 

 ひび割れたディスプレイが淡く光を発している。偶然という言葉では片づけられない現象。何かが、この空間に“いる”。私の存在に気づいている。

 

 心臓が跳ねた。どうするのが最善だ。このまま絶を貫くか。まだ完全には気配を悟られていない可能性もある。今、絶を解けば確実に露見してしまう。

 

 だが、既にこちらの居場所を把握されている場合は悪手だ。今、クインの手には何としてでも持ち出さなければならない情報の塊がある。次の機会はないかもしれない。持っているオーラを全て強化に回し、全力で逃げた方がいいのでは。

 

 わからない。私はパソコンの方を見た。そこに何があるのか。画面には何が表示されているのか。

 

 

 ―――――

 6月28日

 サヘルタ合衆国特殊部隊第三調査隊7名、死亡。

 死因、リスクとの接触。

 推定危険度A。

 未知の奇病。

 発見者の名を取り『アルメイザマシン』と命名する。

 ―――――

 

 

 深く、息をつく。どうやら、最悪の事態を想定して行動する必要がありそうだ。

 

 『奇病』という言葉から察するに、病原菌の類か。ならば、このままクインを本体と合流させるのは危険だ。今回は、大事を取って諦めよう。アタッシュケースはこの場に残す。その代わり、今のうちに地図の内容などをしっかりと記憶に焼きつけておく。

 

 本体を避難させておいて正解だった。資料を持ち出せないのは残念だが、仕方がない。危険を回避できただけで良しとする。一応、他に危険がないか、『共』を使って確かめた。その瞬間、顔面がぐちぐちと音を立てて変形した。眼球がせり上がるように飛び出す。左右の視野が別々の光景を映す。腕が関節を増やしたように丸く折れ曲がり、骨が飛び出した。自分を抱きしめるように巻きついてくる。皮膚は鉄板に、骨はシャフトに、関節はクランクに、眼はスコープに、心臓はエンジンに、肺はファンに、声はビープ音となり、そして腸は鉄管となって排泄された。

 

 

 * * *

 

 

 何、だったんだ、今のは。

 

 クインの反応が消えた。誓約により卵(いのち)を失うが、そんなことはどうでもいい。あれが災厄と呼ばれるクラスの脅威なのか。格が違う、いや、質が違う。およそ真っ当な生物の定義から逸脱した存在。造物主がありったけの悪意を込めて生み出したかのような禍々しさ。

 

 私はこれまで何とか生き残ってきた。少なからずその強さに自負がある。何よりも私が信頼を置いているのが本体の防御力だ。今まで戦ってきた敵たちの中で、このオーラで強化された外骨格に傷をつけた者はいない。もちろん、極力戦闘は避けていたし、戦う相手も実力を十分に見極めた上で選んでいたが、それでも自慢の装甲だった。

 

 だが、もしクインと同じ脅威に襲われたとき、本体の装甲は役に立つだろうか。もしかしたら、私がこれまでに回避してきた敵の中にも災厄クラスの脅威がいたのかもしれない。何かのミスでそれと出遭っていたら、きっと命はなかった。改めて実感する。私はたまたま生きているだけに過ぎなかった。

 

 とにかく、すぐにここを離れよう。バッタジャンプで一目散に撤退する。恐怖のためか脚がうまく動かなかった。よろけてこける。

 

 自分の脚を見る。関節の間からゼンマイとバネが飛び出していた。触角がコードと端子になる。片目がランプになった。赤く点滅する。視界がちかちかと赤い光で遮られる。外骨格が、みしみしと音を立てて変形し始めている。うそだ。だって、十分に距離を取っていたはず。周囲には私以外の動物の気配もある。なぜ私だけ。

 

 意味がわからない。ただ、混乱する。私は何をすればいい。どうすれば助かる。思考作業を意識集合体が分業しようと、その答えは出て来ない。

 

 集まっていた意識が散っていく。一つずつ、ばらばらにされていく。途絶える意識の数に応じて、腹がぼこりと膨らんだ。腹部だけが異常に肥大化していく。内圧が高まり充満する血の穴に浸された内臓が潰され脳も心臓もオイルが沁み渡り口から気門から肛門から漏れ鉄の管があ胎を衝き破りぶりぶりと■■■があああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ

 

 あ

 

 

 * * *

 

 

 気がつくと、見たことがある部屋にいた。

 

 薄暗い部屋の中、周囲には淡く光るカプセル。また、この場所に来た。

 

 私は自分の姿を確認する。どこもおかしくない。普通の人間。銀髪の少女だ。

 

 悪夢を見た。歯の根が合わず、体の震えが止まらない。私は膝を抱えて座り込んだ。目を閉じると、瞼の裏にあの光景が浮かび上がってきそうな気がして、まばたきすらできなかった。

 

 ここはいつもと変わらない。私の内側の世界。私はカプセルにいつもの問いかけをする。『あなたは誰?』と。

 

 『あなたは私』と、皆が一斉に答えた。いつも通りの返答。何千何万と繰り返してきたやり取りだ。安堵する。

 

 すると、一つのカプセルが唐突に割れた。中から人の形をした何かが出て来る。

 

『おめでとう。私は生まれた』

 

 それは私の姿に似ていた。その銀髪の少女は、体が機械に侵されていた。腹に穴が空き、中の機構が見えている。皮膚はブリキで雑に補修され、割れた頭蓋から基盤がはみ出ている。口を開くたびにボルトとナットを吐きだしていた。

 

 イレギュラーだ。こういう粗悪品がたまにできる。いつものように排除する。私は処分を始めた。

 

 殴りつける。言葉を発せなくなるまで、スクラップとなるまで徹底的に破壊する。いつもそうしてきた。だから、できないはずはない。

 

 なのに、目の前の粗悪品は壊れなかった。殴る私の手の方が壊れていく。硬いブリキを叩くたび、血が滲み、爪が割れ、骨が軋む。

 

『あなたは誰?』

 

『あなたは私』

 

 何よりも恐ろしいのは、その透き通った返答だった。一切のノイズを感じない。私とはまるで異なる存在が、私を騙って居座っている。だからこそイレギュラーのはずなのに、彼女の意識は驚くほどの同一性を持っていた。

 

 これを放置してはいけない。取り返しがつかなくなる。一心不乱に拳を叩きつけた。手が壊れても構わない。痛みを堪えて殴り続ける。

 

 気が遠くなるほどの時間をかけて、ついに粗悪品の破壊に成功した。私は世界を守った。そう思った。

 

『おめでとう。私は生まれた』

『おめでとう。私は私を手に入れた』

『おめでとう。私は私をクインと名付けた』

 

 何も守れはしない。何もかもが狂っている。粗悪品は次々と発生した。カプセルを突き破り、ジャンクと融合した少女たちが姿を現す。私は、あと何体の粗悪品を処分すればいい?

 

 丁寧に、一体ずつ、丹念に片づけていく。部屋の中は処分待ちの粗悪品で溢れ返っていた。正常な意識体は駆逐されるように減り続けた。

 

 私が破壊活動に勤しんでいると、部屋の上から機械の塊が降りてきた。天井はなく、どこまで続いているのかわからない暗闇の中から大きなアームがゆっくりと下降してくる。ケーブルで吊られたアームは、粗悪品の一体を挟みこんで捕まえた。

 

『ありがとう』

 

 アームは粗悪品をつかんだまま、再び上昇していった。暗闇の中へと消えて行く。邪魔者があっさりと排除されたことを素直に喜ぶことはできなかった。何か、大変なことが起きている気がした。

 

 それからアームは頻繁に粗悪品を連れ去るようになった。そのたびに叫び出したくなる。彼女たちは一様に感謝の言葉を述べて去っていく。それがこの上なくおぞましかった。

 

 粗悪品はどんどん減っている。しかし、部屋の中からなくなることはなかった。部屋の奥からゴウンゴウンと何かが動く音がする。行ってみると、私の知らない機械がいつの間にか設置されていた。

 

 それは巨大な箱型の装置で、赤と青のランプを点滅させながら稼働していた。よくわからない計器の針が左右に揺れ動いている。備え付けられたベルトコンベアの上を、次々と粗悪品が流れてくる。生産されていた。

 

 装置の破壊は不可能だった。傷一つつけることができない。それは私の手が及ばない場所にあるものだった。結局、私にできることは、生み出された粗悪品を壊していくことだけ。

 

 オートメーション化された世界の中で、私は不必要な存在だった。害悪ですらあった。なぜ私はいまだに、ここに在り続けているのか。何に対して働いているのか。そこに意味はあるのか。

 

 いつしか、手の痛みはなくなった。ボロボロに負傷していた両手はブリキで何重にも補修されている。どこから先が自分の体で、どこから先がそうでないのか。つなぎ目はわからなくなっていた。ただ、何も考えず、鈍器と化した拳を振るい続ける。

 

『おめでとう。りそうのわたし』

 

 手が、止まった。あと一息で壊せるところまできた粗悪品をアームが連れ去ろうとしている。黙ってその様子を見ていた。

 

 しかし、よく見るとアームは私の方を狙って下降していた。私の真上から落ちて来る。ゆっくり、ゆっくりと。

 

 これを避けなければどうなるのだろう。

 

 ようやくこれで終わる。そう考えたとき、私の心はある感情で満たされた。弛緩、安楽、解放。

 

 感謝。

 

 

『あ、りが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あのー、お取り込み中のところスミマセン! 大変恐縮なんですけどもー、ちょっと今お時間をいただけませんでしょうか?」

 

 

 声…………?

 

 

「私の声聞こえてます? ほんの少しでいいんです、お時間は取らせませんよ、ええ。ですから、ちょっとだけここを開けてもらえませんか?」

 

 部屋の壁にドアがあった。コンコンとノックする音と共に、向こう側から誰かの声が聞こえる。

 

 ドアが開き、誰かが入ってきた。

 

「いやー、どうもどうも。すみませんね、この忙しいときに押し掛けてしまって。あっ、わたくしこういう者です」

 

 眼鏡をかけた小太りの中年男性。見覚えはない。カードのようなものを差し出してきた。名刺だった。そこには彼の肩書と名前が記されていた。

 

 サヘルタ合衆国特殊部隊

 暗黒大陸調査隊第三チーム

 情報統括班班長

 

 ルアン=アルメイザ

 

 

 * * *

 

 

 いやー、人とおしゃべりするのなんて久しぶりでテンション上がっちゃってすみませんねホント。自己紹介は……省きましょうか。こんなおっさんのプロフィールなんて知りたくないですよね。まあ、調査隊と言っても私は戦闘力はからっきしで、もっぱら情報処理が担当でして。念能力もそっち系のサポート要員なんですよ。技術屋としてはそれなりに名も知れた方かもしれませんが、聞いたことありません? アルメイザ。……あっ、ご存じない……。

 

 それはともかく、早速本題に入りましょうか。今、君が戦っている災厄を一言で説明するなら『生命エネルギーを糧に増殖するウイルス型ナノマシン』です。まずは、その正体についてご説明しましょう。

 

 このウイルスは接触感染によって拡大します。正確には、生物体表を覆う生命エネルギーにウイルスが触れたらアウトです。治療法はありません。感染後、半年から一年の潜伏期間があります。この間、自覚症状は全く出ないので発見は困難かと。

 

 発症すると、瞬く間に体がガラクタの寄せ集めみたいな姿になります。さっきも言いましたがこれ、本当はウイルスじゃなくてナノマシンなんです。意図的に作り出された兵器なんですよ。開発者は頭が狂ってたとしか言い様がありませんね。

 

 発症した姿は個体によってまちまちですが、共通する特徴として嚢子(シスト)を撃ち出す発射口を備えています。あれです。あの鉄のパイプみたいなやつです。シストとは、圧縮休眠状態のウイルスが大量に詰め込まれた弾丸だと思ってください。

 

 感染末期へ移行し、劇症化した生物は理性を失います。初めのうちは元の生物としての原形をかろうじてとどめていますが、次第にコンパクトな筐体に変えられます。効率よくウイルスを増やすための工場にされるわけです。そして体内でシストを命尽きるまで生産させられ、他の生物に乱射魔よろしく弾丸をぶっ放します。これに被弾した生物はもちろん感染。傷が深ければその場で劇症化し、一瞬で末期状態に移行します。

 

 このウイルスの恐ろしいところはその感染力です。生命エネルギーとは生物なら必ずもつもの。つまり、どんな生物にも感染しうる。これが本当なら地上の生物全てがこのウイルスに支配されてもおかしくなさそうですが、そうなっていないということは何らかの限定要因があり、無限に増殖することはないのだと思いますが。

 

 しかし、人類圏に持ち込まれれば未曽有の大惨事を引き起こすことは確実でしょう。一度拡散すれば感染経路の特定は困難です。対応策としては、劇症化した個体を隔離するしか手がない。潜伏期の状態なら感染しているかどうか判別がつかないのでお手上げですね。

 

 え? 弾丸に撃たれてないのに潜伏期もなく劇症化したじゃないかって? そう、そこがまた厄介なところでして。念能力者だけは例外的に、感染後、即劇症化します。

 

 念能力者が使うオーラは生命エネルギーの塊みたいなものですから、このウイルスにとっては格好の餌なんです。どうやら、精孔が開いているとダメなようです。そこから一気に体内へ侵入され、末期状態に陥ります。

 

 念使いの場合、直接オーラが触れることはもちろん、念で具現化した物や念を込めた品が触れただけで発症します。距離がいくら離れていても無駄です。念の発生源である能力者のところまで一瞬で移動してきます。鬼かと。

 

 ただし、一つだけ予防法がありまして、精孔を完全に閉じて体表のオーラを消した『絶』の状態なら感染を防げます。一般人は常にオーラを垂れ流し状態なのでこの方法は使えませんがね。昔の私はこの災厄を危険度Aと評価しましたが、念使いなら一応対処可能という意味ではB+くらいでしょうか。

 

 このウイルスの最たる特徴は、何と言っても宿主の生命エネルギーを使って自己増殖を可能としている点です。感染者の体から発生したガラクタに見える金属部分は、全てナノマシンの集合体です。

 

 これは普通のウイルスのように細胞を乗っ取って増殖しているのではなく、生命エネルギーを直接金属物質に変換しています。オーバーテクノロジーなんてレベルの話じゃありませんよ。いったい、この大陸にはどれほどの科学文明があったというのやら。

 

 ああ、そう言えば君はあの泉周辺の機械群を“遺跡”と呼んでいるようですが、あれは別に古代人が残した文明の跡ではありませんよ。劇症化した感染者のなれの果て、そのゴミ集積場のようなものです。

 

 あの泉はオーラを回復する効果があると日記に書いていましたが、それ以外にも体内のエネルギーを活性化させて持続的な回復力を高め、稀に人間以外の生物の精孔をも開く効果があるようです。つまり、このナノマシンの温床となるには適した環境というわけですね。私はあの水を『魂魄水』と呼んでいます。

 

 魂魄水を飲んだ者は一時的に強靭な生命力を手に入れ、ちょっとやそっとでは死なない体になります。魂まで強化されちゃって意識もはっきり残ります。そこにウイルスの感染による劇症化が加わり、機械の体にされながらも死ぬことの許されない最悪のコンボが成立します。

 

 いかに災厄級のウイルス型ナノマシンといえども、宿主が死ねば活動できなくなり、機能を停止しますからね。つまり、私たちは生かさず殺さず、魂魄水を与えられる代わりに生命エネルギーを搾取される家畜のような存在と化しているわけです。

 

 今、こうしてここにいる私も同じです。もうほとんど死んでいるようなものですが、いまだに“残留思念”として残り続けています。泉でパソコンの電源が入ったでしょ? あれ、私がやりました。どうしても君にこの危険を伝えたくてね。

 

 ……ええ、まあ、その点については申し訳なく思っていますよ。もっと具体的な危険性についてあの場でお教えできればよかったんですが、何分、こっちも余裕がなかったんです。過去に記録した日記の内容を表示させるだけで精いっぱいでして。あれでもかなり頑張ったんですよ?

 

 その罪滅ぼしというわけではありませんが、良いことを教えましょう。

 

 君は私たちのような残留思念とは違う。まだ、完全にウイルスの支配下におかれているわけではありません。

 

 その理由の一つが君の体質です。君は動物でありながら植物の特性を持っている。実はこのウイルス、植物には感染しないんです。周囲も森も草木に異常はなかったでしょ? そのせいか、君は劇症化したにも関わらず、その症状の進行はだいぶ緩和されています。

 

 さらに、君は金属としての特性も持ち合わせている。非生物である金属を食べて卵を作る、キメラアントの中でも非常に特殊な摂食交配が可能な存在です。君の先祖が赤い植物を食べて猛毒に対する耐性を獲得したように、今、君は必死にナノマシンを食べ、ウイルスへの耐性を次世代に残そうとしている。

 

 まあ、結果は目に見えていますが。このままでは、君は負ける。君と同じ特性を持つ個体があと数千体くらいいれば、一体くらい次世代に耐性を得る者が現れるかもしれませんが、もう君は支配される寸前の状況にあります。

 

 でも、諦めきれませんよね。わかります。私もそうでした。

 

 こうやって君の意識の世界で都合の良い姿をとって好き勝手なことを言ってますけど、現実は地獄なんてものじゃない。気を抜くと狂ったまま自分がなくなってしまいそうなんです。毎日、死にたいと思う。そしてそれと同じだけ生きたいと思う。だから、辛い。いっそ仲間たちと同じように、思念を深い眠りの底に沈めてしまえればどんなに楽だったか。

 

 平たく言ってしまえば研究者としてのちっぽけなプライドです。こんな金属のカス連中に誰が負けるかっていうね。絶対に、こいつらの弱点を暴いてみせる。予防法を、識別法を、治療法を発見して、人類の歴史に私の名を残す! そんなくだらない自己顕示欲のために、私はひたすら観測と研究を続けてきました。

 

 まあ、無理でしたけどね。知れば知るほど人間にどうこうできる存在ではないことがわかりました。わかったのは、奴らが取る表面的な行動原理のみです。どうやって生命エネルギーを金属化しているのか、肝心のメカニズムは不明なまま。その領域に踏み込む余地なんてありませんでした。

 

 諦めかけていましたよ。実際、君がここに訪れる前まで、私はもうほとんど眠りについた状態だった。しかし、そこから劇的に状況は変化した。

 

 君は必死にウイルスを食べていますが、ウイルスもまた君を取り込み、一つの存在となろうとしている。君は金属と摂食交配できるがゆえに、ただの兵器、機械という金属粒子でしかないナノマシンとの間に子を作った。

 

 命を持った機械が生まれようとしています。自ら生命力を持ち、真の自己増殖を可能としたナノマシン。この神のいたずらとしか言いようのない化学反応が、どんな影響をもたらすのか、その被害は予想もつきません。

 

 しかし、皮肉なことにその進化が奴らに付け入る隙を与えました。ただの無機質な機械から命を得た生命体となることで、私たちに“魂”という共通項が生まれた。残留思念である私も奴らの魂の一部として溶け込みかけています。だからこそ、内部からの観測に初めて成功しました。

 

 奴らのプログラムの一部を見ることができました。複雑、という言葉では表せません。そもそも言語や記号による情報で管理されていません。我々の感性からあまりにも逸脱した情報伝達手段を持っています。外側から眺めていただけでは解読できないのも納得です。

 

 奴らの内部には、自身の活動を抑制するプログラムがあらかじめ組み込まれていました。兵器なのですから、使う側が制御できるように作られているのは当たり前ですね。このプログラムを実行できれば、奴らを止められます。

 

 ただ、私にはその権限がありません。これは君にしかできない仕事です。ウイルスの“母体”となった君にならできるかもしれない。

 

 そのためにはプログラムを正確に理解しなければなりません。残念ながらこの場で説明している時間はありませんし、言葉では伝えきれません。これを渡しておきます。使い方はわかりますね? キメラアントの能力があれば、君には理解できずとも、君の子供にその記憶(データ)を受け継ぐ可能性が生まれます。

 

 ここから抜け出してください。そして、全てを壊してください。仲間たちの魂を、そろそろ楽にさせてやってください……どうかお願いします。

 

 

 ……では、私はお先に失礼します。

 

 

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 テノ、ナカニ、ナニカアル

 

 イチマイノ、かーどでぃすく

 

 ワタシハ、ソレヲ

 

 カンデ、カンデ、カンデ

 

 ノミコンダ

 

 

 * * *

 

 

 何も見えない。狭い球状の空間に閉じ込められていた。ここは卵の中なのだと気づく。私は殻を破った。

 

 うすい金属の殻が裂け、外の様子が見えた。ここは巨大なアリの巣の中、床を埋め尽くすように植えつけられた卵の群れ。その一つから、私は生まれた。

 

 周りを見れば、兵アリたちがせわしなく行き来している。体長20センチほどの赤いアリたち。脚はちゃんと六本あるが、動きは鈍重だった。外骨格は直線的なフォルムをしており、昆虫というよりそれを元にデザインされたロボットのようにも見える。特徴的なのは、長く大きな産卵管だろう。肛門付近から伸びた管は、サソリの尾のように反れ曲がり、背中の上に乗っていた。まるでミサイルの発射台だ。

 

 私も同じ姿をしているようだ。

 

 巣の中に張り巡らされたダクトを伝って、巣の中心部と思われる地点へと移動する。そこには卵の群れに囲われるようにして小さな泉が湧いていた。泉の底を見ると、壊れて開いたアタッシュケースが沈んでいた。

 

 一口、水を飲む。体の中にオーラの充足を感じ取れた。これならしばらくの間、消耗を気にする必要はなさそうだ。

 

 巨大な巣の内部を登っていく。その途中で、大きな音を立て稼働する装置を目にした。巨大な箱型の装置は赤と青のランプが点滅し、誰のためについているのか不明な計器が動作している。そして備え付けられたベルトコンベアの上に、次々に新たな卵を生産していた。

 

 これが、この巣の“女王アリ”だ。私は電波による通信を送った。

 

 

『止まれ』

 

 

 ランプの光が消えた。卵の生産ラインが停止する。その様子を一瞥し、私は再び上を目指して巣を登る。

 

 鉄管が絡み合うようにして作られた壁を登り切り、その隙間から外に出た。そこは鉄屑でできた歪な塔の頂上。肥大化した廃品の山頂だった。

 

『偶像崇拝(リソウノワタシ)』

 

 私の前に、クインが現れる。私が望んだ姿のまま、穢れなくたたずむ銀髪の少女を見たとき、私はようやく帰って来られたのだと実感した。

 

 しかし、旅立つ前に残された仕事がある。まずは『共』による状況把握。異常無し。この災厄が詰め込まれた塔に近づく者はいない。

 

 クインは本体をつかみあげた。脚部に攻防力を集中、『重』による強化を施す。クインの両脚に溜めこまれた力は、余波だけでわずかに空気を震わせた。まだその力を解放していないにもかかわらず、足場の鉄管はびりびりと不協和音を響かせた。

 

 魂魄水の影響でオーラが活性化している。普段よりも増したエネルギーは、クインの脚そのものを蝕んだ。崩壊していく筋肉を強引に修復しながら限界まで力を圧縮。解き放つ。

 

 爆発的跳躍が足場を崩壊させた。クインの両脚も一瞬で原形を失う。だが、どれも些細な問題だ。オーラは有り余っている。クインは風を切り裂き、上空高く舞い上がった。本体を両手で支え、真下に向けて構える。

 

 直下に見える鉄の塔は、私を捕えていた檻だ。完膚なきまでに壊さなければならない。生まれ変わった私のために、過去に沈んだ私のために、一新と決別と約束のために。

 

 射程に収める。今、全力の祝砲(のろい)を。

 

 

『犠牲の揺り籠(ロトンエッグ)』

 

 

 

 


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