それから一週間後、私たちは15人の仲間を集め、再びソウフラビの街を訪れていた。
ツェズゲラ組との交渉は成功し、リーダーのツェズゲラを含めた4名のプレイヤーの協力を得ることができた。これにより実質的な戦力として10名が集まる。残りの5人は現実世界に帰りたいが実力不足で帰れないプレイヤーを補欠として雇った。戦力として期待はできないが、報酬の分配で揉めることはない。
これから挑戦する海賊イベントのスポーツ試合のうち、9試合については内容が判明している。誰がどの試合を担当するか事前に決めて綿密な対策を練った。以前とルールに変更がなければ、この9試合については勝ちが狙えるだろう。負けてしまった場合は補欠メンバーを入れ替えて再挑戦すればいい。
ちなみに、ヒソカとの決闘についてはこの一件が終わるまでお預けとした。おそらく一度闘いが始まれば、行きつくところまで行く。じゃれあう程度では済まないだろう。まずはゴンたちのゲームクリアに集中すべきだ。
ヒソカが我慢できるかどうか不安だったが、ゴンたちとの先約を優先することについては一応の理解を示した。こちらに逃げるつもりがないことはわかっている様子だったので、おとなしく待つことにしたようだ。
「この一週間でゲンスルー組は新たにカードを取得し、97枚となった。奴らにとって、残すところは『奇運アレキサンドライト』と『一坪の海岸線』の2枚のみ。ここで何としてでも奴らに先んじて『一坪の海岸線』を手に入れるぞ」
海賊のアジトの場所はわかっているが、直行してもフラグが立たない可能性があるので、以前と同じく酒場に立ち寄った。前に来たことがあるメンバーがいるためか、今回は力を試されるようなこともなく、顔パスでアジトまで案内してもらえた。
「よう、また懲りずに挑戦しに来たようだな。ルールの説明は必要か?」
「いや、特に変更がなければ始めてもらって構わない」
「結構。では、初戦はボクシングでいこうか」
ボクシング担当の海賊が戦々恐々とした目でナインの方をチラチラ見てくるが、心配しなくてもまだ私の出る幕ではない。この試合のタネはだいたいわかっているので、得意そうな人が別に引き受けることになっている。
ツェズゲラ組の一人であるバリーがリングへあがった。相手選手はそれを見てほっとした様子を見せているが、安心している余裕はないと思う。試合開始とともに、バリーが素早く前に進み出た。
「こ、こいつインファイターか……!」
即座に接近戦に持ち込まれればリーチを生かした放出系のメリットは少なくなる。ガードしなければならないため、拳を瞬間移動させるチャンスはなくなり、バリーの一方的な攻勢が続いた。
「勝者、バリー!」
海賊はそれから何度かダウンを取られながらも健闘したが敗退。続く二戦目のボウリング対決はツェズゲラ組のロドリオットが勝利し、三戦目のフリースロー対決も同じくツェズゲラ組のケスーが勝ちを重ねた。
いずれも何か特別な能力を使ったわけではなく、基本的な実力が敵を上回っているがゆえの勝利である。ルールを設けたスポーツ形式の競技も、念の使用が許可されるとなれば最終的に問われるものは選手としての能力というより念使いとしての技量だ。しっかりと対策を立てて準備を整えてきたこのパーティであれば、順当な結果と言えた。
「ふむ、どうやら子分では相手にならないようだな。よし、次はオレが出よう」
しかし、ここで予想外にも海賊の船長レイザーが名乗りを上げた。まだ四戦目だと言うのに、いきなりのボスの登場にわずかな動揺が広がる。こういうのはてっきり終盤で最後の壁として立ちはだかるものだと思っていた。
だが、ある意味では良い展開と言える。一度試合に出場した選手は勝とうが負けようが他の試合に出ることはできなくなる。一人で何試合も連続出場することはできない。まだ三戦目が終わったばかりの今ならこちらの戦えるメンバーは控えが十分にそろっており、選べる余地が残されている。
「試合形式はドッジボール。出場する選手を8人選んでくれ」
どういうことだと疑問が上がった矢先、レイザーの周囲にオーラの塊が集まり形を為していく。それぞれに番号が記された7体の念人形が具現化された。これがレイザーの能力、念獣使いか。
「ちょっと待て! 1試合に8人だと? じゃあ勝敗はどうなるんだ。1人1勝なんだろ?」
「もちろんだ。だからこの試合に勝ったチームに8勝が入る。簡単だろ?」
つまり、こちらが子分相手に7勝取ろうが、レイザーとの勝負に勝てなければ意味がない。クイズ番組で最終問題にボーナスポイント1億点が入るようなものだ。何度再挑戦しようとレイザーを撃破できない限り『一坪の海岸線』は手に入らない。
ただ、レイザーはこちらの戦力を削ることを第一に考えるなら、この試合はもっと後回しにした方が良かったはずだ。こちらが7勝重ねた後なら控えの選手は補欠メンバーばかりになるので圧勝できるだろう。それをしなかっただけ良心的と言えるのかもしれない。
じゃあ一戦目から出てよと言いたくなるが、さすがにそれは虫が良すぎるか。
「まずいな。ツェズゲラ組の3人がもういない。戦力になるのは後7人だ」
「補欠の中から誰か1人選ぶしかあるまい」
「はぁ!? 話が違う! 俺たちは何もしなくていいって言ったじゃないか! 8勝できなかったらその時点でリタイアしていいって!」
「事情が変わったのはわかるだろ。試合が始まったらわざとボールに当たるなりして適当にやり過ごしてくれれば……」
「念能力者とドッジボールするんだぞ。当たったら怪我するかもしれないだろ。明らかに強そうな相手だし」
補欠メンバーから苦情が出る。最初から戦力として数えていなかったことは確かだが、ここまで惰弱とは思わなかった。
だが、下手に血気盛んな連中を雇うと報酬を吊り上げてきたりして揉める恐れがあったため、あえてこのような性格の者たちを選んだところはあった。彼らにしてみればここについて来るだけでいいという契約だったので、それ以上の仕事をする理由はない。
「出たくない人は出なくていいんじゃない? 7人でやろうよ」
「そういうわけにはいかないな。せっかく15人集めさせたんだから、きっちり選手は規定人数を出してもらわないと」
「そっちは1人じゃないか」
念人形を使ってチームをそろえたレイザーをゴンが咎める。しかし、念の使用も有りと認められている以上は強く非難することもできない。レイザーはルールを変えるつもりはないようだ。
「食い下がっても仕方ないぜ、ゴン。相手はゲームのキャラなんだから」
「それはそうだけど」
「ん? 今、ゴンと言ったか……?」
何かが琴線に触れたのか、レイザーはしげしげとゴンの様子を観察し始める。
「言われてみれば面影がある。お前、父親の名前は何と言うんだ?」
「ジン=フリークス」
その名を聞いたレイザーは納得したようにくつくつと笑い始めた。その直後、レイザーの体から瞬くような力強いオーラがほとばしった。これが皮一枚のところで押しとどめられていたとは思えないほど濃厚に滾る戦意。この男が只者ではないことは瞬時に察せられた。
「お前が来たら手加減するなと言われているぜ。お前の親父にな」
「……!! ジンのこと知ってるの!?」
「この威圧感、ただのモブとは桁違いだ……何者なんだ……?」
「奴は間違いなくゲームマスターの一人。作られたキャラではなく、実在する人間だ」
私たちと同じように、レイザーは現実に存在する人間だとツェズゲラは語る。しかもグリードアイランドの制作者の一人だと言う。強いはずだ。
「もしかしてジンもこの島にいるの?」
「オレに勝てたらその質問に答えてやろう」
ゴンはレイザーの威圧を前にしても怯まなかった。それどころか、さらに決意を燃やしているようにも見える。だが、その一方でこちらのパーティの補欠メンバーはレイザーのオーラを見ただけで腰を抜かして逃げ出し始めた。
「ひいぃっ!? 冗談じゃねぇよ! あんなのと戦ったら殺されちまう!」
「おい、待て!」
「いいよ、ほっとけ。引き留めることはない」
「しかし、それじゃ試合が……」
「数なら足りるさ。オレが2人分になる」
ゴレイヌの隣にオーラが集まり、一体の念獣が現れた。それはふさふさとした白い毛並みのゴリラだ。彼も念獣使いだったのか。念獣を人数に数えることはレイザーのチームもやっていることだ。こちらだけ認められない道理はない。両チームの選手が出そろい、問題なく試合は行われることになった。
「ルールを説明する! 試合は内野7名、外野1名の状態でスタートだ。ボールに当たりアウトとなった選手は外野に出る。外野となった選手は1名だけ『バック』を宣言することで内野に戻ることができる。そして、このゲームの重要なルールとしてボールの当たり判定に『クッション制』を採用している」
投げたボールがノーバウンドで2人以上の選手に当たれば、その全員がまとめてアウトになる。ただしその場合、ボールが地面に落ちないうちに味方の誰かがキャッチできれば全員セーフだ。
「一つ確認していいか。もし、味方に向けたアタックが成功すればその選手はアウトになるか?」
「味方に向けて投げたボールならパス扱いだが」
ゴレイヌがレイザーに質問した。アタックとは相手チームの内野選手めがけてアウトを取る目的で投げるボールだ。まず味方をその標的にすることはない。
「だが、この試合は念能力を使っていい。“そういう事態”も起こり得るかもな。よかろう、味方へのアタックも可能とする。これでいいか?」
「ああ、よくわかった」
考えられるケースとしては操作系能力で敵選手を操ることなどがあり得る。ゴレイヌは操作系能力者なのだろうか。しかし、彼は既に念獣の能力を披露している。その上、生物操作の能力まで持っているとは考えにくい。
策があるのかもしれない。何をするつもりか不明だが、それぞれ違った念能力を持ちできることにも違いがあるので、チームワークを乱さない範囲で個人の作戦は個人の裁量に任せることになった。
コートは縦12メートル、横24メートル。内野コートは一辺12メートル四方の広さになる。主観的には意外と狭い。そのコートに両チームの選手が並んだ。審判はレイザーの作り出した念人形『№0』が行う。
●ゴンチーム
・ゴン
・キルア
・ビスケ
・ナイン
・ゴレイヌ
・ヒソカ
・ツェズゲラ
・ゴレイヌの念獣(外野)
●レイザーチーム
・レイザー
・№2
・№3
・№4
・№5
・№6
・№7
・№1(外野)
『それではスローインと同時に試合を開始します。レディー……ゴー!』
ジャンプボールを制し、先攻は私たちのチームとなる。これについては敵側があえて身を引いたと言った方がいい。まずはお手並み拝見ということか。
「余裕こきやがって……挨拶代わりにかましてやるぜ」
ゴレイヌがボールを投げる。その攻撃は見事、敵の念人形を一体アウトにした。外野へとこぼれたボールをゴレイヌが受け取り、続く二投目も難なく敵を仕留めた。しかも、ボールは再びこちらのエリアに転がっており、攻勢は続いている。
「なんだチョロいぜ、もう二匹アウトだ! ふかしてた割に大したことねぇな!」
観戦しているツェズゲラ組のプレイヤーが茶々を入れる。念人形は棒立ち状態でボールを食らっていた。レイザー本人は強そうだが、念人形の方はそこまで能力が高いわけではないのだろうか。
そう断定するのは早計だろう。敵チームの外野は二人の選手が加わり、三方を取り囲むような布陣を取っている。ドッジボールはアウトの数が単純な戦力の強弱につながらない競技だ。内野と外野の連係次第で優劣は容易に逆転する。油断はしない方がいい。その証拠に、レイザーは余裕を崩さない。
「さて、接待はここまでにして、そろそろこちらも反撃しようか」
「面白ェ、やってみろよ!」
ゴレイヌがレイザーに向けてボールを投げた。挑発に乗せられたかに見えるが、そのボールはこれまでの投球に比べ格段に速さと威力が増している。決してレイザーを侮っているわけではなかった。しかし、そのゴレイヌの本気の一投は、乾いた音と共に事もなげに受け止められる。
「か、片手で止めやがった……!」
そしてレイザーから静かに滲み出る闘気。大してオーラを込めているわけでもない。しかし、その自然な挙動が逆に警戒心を強めた。嫌な予感は次の瞬間、現実のものとなる。
「ふんっ」
レイザーの初投球だ。その速さは殺人的としか言いようがなかった。いかに念能力者同士とはいえ、これをスポーツの範疇として語ることができようか。殺す気で投げたとしか思えない、あまりにも馬鹿げた威力だった。
ゴレイヌにとっても埒外の速さだったのだろう。受け止める体勢こそできているものの、全くオーラの反応が追い付いていない。避けることもできないはずだ。ナインは駆け出そうとするも、この距離では確実に助けも間に合わない。
良くて重傷、悪ければ死。だが、誰もが大怪我は免れないと思われた事態は予期せぬ方向へと展開する。ゴレイヌにボールが当たる直前、その肉体が瞬時に変化した。そこに現れたのは外野にいたはずのゴレイヌの念獣だった。
白いゴリラの念獣はレイザーの攻撃を受け、バラバラに弾け飛んだ。一方、その術者であるゴレイヌは念獣と入れ替わるように一瞬にして外野へ移動していた。
おそらく、念獣と自分の位置を入れ替えることができる特殊能力が備わっていたのだろう。自分の念獣を身代わりにして危険を回避したのだ。ナインは消し飛んだ念獣のもとへと駆け寄り、バウンドして敵エリアに戻ろうとしていたボールをキャッチした。
体ごと引っ張られそうなほど凄まじい反動のエネルギーがボールにまだ残っていた。自陣に跳ね返して戻すことを狙っていたのだろう。何とか勢いを抑え込む。
『ゴレイヌ選手の外野への移動は念能力の効果によるため反則に含みません。ただし、ゴレイヌ選手が内野に戻るためには『バック』の宣言が必要になります。なお、ナイン選手の捕球により、ゴレイヌの念獣選手はクッション制が適用されセーフとなります』
「もっとも、プレー不能状態の選手は退場処分となる。内野にも外野にもカウントされない。もう一度同じ念獣を具現化できれば内野選手としてプレー続行を認めよう。できればの話だがな」
ゴレイヌの念獣は完全に破壊されてしまっている。この状態からもう一度具現化するのは難しいだろう。一般的な念獣使いは破壊された念獣を瞬時に再生するようなことはできない。
中にはリカバリー性能を高めたタイプの念獣もあるだろうが、ゴレイヌのように強力な特殊能力を宿すタイプはなおのこと再使用に時間がかかるはずだ。少なくとも、この試合中にもう一度具現化させることはできない可能性が高い。
クッション制のおかげでアウトにはならなかったが、これでは内野どころか外野としての活躍もできない。結局は選手が一人減ったのと同義だ。敵にボールが渡らなかっただけ良かったと思うしかない。
「オレのゴリラをそこらの念獣と一緒にされてもらっちゃ困るな。見せてやるよ……『復活の黒い賢人(ブラックゴレイヌ)』!」
しかし、ゴレイヌは諦めていなかった。彼の傍らにゴリラの念獣が具現化されていく。これにはレイザーのみならず、こちらのチームの面々も驚いていた。まさかリカバリー能力まで備えていたとは。
「……なんか、黒いな。さっきのゴリラは白くなかったか?」
「オレのゴリラは復活することにより死を象徴する漆黒のオーラに目覚め、黒く染まる」
もしかしてさっきのとは別の念獣なのかとも思ったが、本人がそれを否定する。まあ、色以外の区別なんかつかないし、仮に異なる念獣を二体も出せるとすればそれはそれで凄いと思うが。
レイザーは深く追及せず、念獣の内野復活を認めた。彼は試合の勝敗よりも、どこかこの状況を楽しむことに偏重している気がする。いちいち細かい指摘をしてくることはなかった。
だが、それは簡単に勝たせてくれるということではない。多少の小細工など全て叩きつぶしてやるという自信の表れだ。レイザーには、それができるだけの実力がある。こちらも手段を選んでいる場合ではない。
プレー再開を告げる審判の声に合わせ、ナインは助走をつけてボールを投げた。それなりのスピードで飛んで行ったボールは、念人形の一体に掴まれてしまった。
「くっ、下手な投球速度では敵にボールを渡すだけか……またレイザーが撃ってくるぞ!」
近くにいたツェズゲラが焦ったような声を出すが、その点は私もちゃんと考えていた。無策のままボールを投げたわけではなかった。その仕掛けが効果を見せる。
「ギシェッ!?」
難なくボールをキャッチしたはずの念人形が誤ってボールを手放してしまった。慌てて拾おうとするが、その手の中でつるつるとボールは滑り、ついにこぼれ落ちてしまう。
『ファンブルです。№3選手アウト!』
ボールを投げるとき『落陽の蜜(ストロベリージャム)』を全体に薄く塗りつけておいたのだ。ボールに付着している部分は粘度を上げたオーラを糊のように貼り付けている。剥がそうとしてもぬめるため、そう簡単に取れることはない。
これによりボールの表面は、どじょうを掴むかのように持ちづらくなっている。初見でこの状態を見抜くことはできまい。あわよくばそばの選手がフォローに回って取りこぼしてくれればと二人連続アウトを狙っていたが、そこまで上手くはいかないか。
「ふむ、変化系か。これは持ちにくいな」
ボールは相手のエリアに落ちたので、レイザーの手に渡ってしまった。しかし、今のボールの状態ならばまともに掴むことはできない。力を入れようとすればコントロールが狂って狙いを外しやすくなる。完全に封殺するようなことまではできないが、あの殺人的な投球威力を大きく抑えることができるはずだ。
「だが、それなら持たなければいいだけか」
持たずに投げる。そんなことできるわけがないと思ったそのとき、レイザーはボールを軽く上へ放り投げた。宙に舞い上がったボールに追いつくように、レイザー自身もジャンプする。彼が何をしようとしているのか、ようやくその意図に気づいた。
まるでバレーのスパイクだ。ボールを掴まず、はたき打つ。それでもボールを手で押し出す挙動になるため、普通なら滑ってあらぬ方向へ飛んでいくことになるはずだ。持とうが持つまいが関係ない。その過信が私の反応をわずかに遅らせた。
レイザーのスパイクフォームはぬめるボールを攻略するためだけの付け焼刃とは思えないほど洗練されていた。むしろ、手で持って普通に投げたときよりも堂に入っている。
打ち出されたボールは人を殺めるに十分な威力を誇っていた。その軌道は斜め上空から真っすぐにナインの位置を捉えている。ボールの芯を捉えた正確な打点に一瞬のインパクトを叩きこみ、ぬめりの影響を限りなく無効化していた。
その卓越した技術に感服している暇はなかった。ボールは稲妻のような速さで距離を詰めてくる。回避する余裕はない。何とかしてキャッチするしかないだろう。
「ウホ!」
だが、そこに一つの問題が生じていた。ボールが飛んでくる軌道上にゴレイヌの念獣が割り込んできたのだ。敵の攻撃は見てから割り込みが間に合うような速度ではない。おそらく、この状況を見越して行動を起こしていたものと思われる。
言っては悪いが、この念獣にレイザーの球と渡り合えるだけの力はない。それは先の一投で粉々に砕け散った様子を見ていればわかった。つまり、この割り込みはボールを取るためではなく、ナインを守るための盾としての行動だろう。
ボールの威力を考えれば念能力者でも死ぬかもしれないほどの殺傷力が込められている。念獣を犠牲にしてでもこちらを助けようとしてくれるその善意には感謝したいが、戦略的に見れば良い手とは言えなかった。
ナインでもこの威力の球を確実にキャッチできる自信はないし、仮にできたとしてもダメージは免れない。しかし、修復能力があれば死ぬことはない。アウトになってもプレー続行は可能だ。ここでゴレイヌの念獣を犠牲にする必要はなかった。
ゴレイヌの念獣はナインをかばうように両手を広げ、上空から迫るボールの射線を妨げるように跳躍していた。完全に無防備な体勢を晒した念獣に、スポーツ精神度外視の殺人ボールが突き刺さる。
「ぷがばっ!?」
そして、レイザーが吹き飛んだ。床に叩きつけられた彼の勢いは止まることなく、轟音を上げながら競技館の壁に激突するまで吹っ飛ばされた。
何が起きたのか理解が追い付かない。しかし、私の目はその一部始終を確かに記録していた。遅れて事実を認識するに至る。
念獣にボールが当たる直前、その場所に入れ替わるようにレイザーが出現したのだ。これは先ほど見た念獣の能力だ。あのときはゴレイヌと入れ替わっていたため、てっきり術者本人と位置を入れ替える能力だとばかり思っていたが、まさか他人との位置まで入れ替えることができたのか。
つまり、レイザーは自分で打ち出したボールに自分で当たったことになる。さすがの彼もこの事態を予測することはできなかったのか、ろくに対応もできず殺人ボールの威力を自分自身で味わうはめになっていた。
この場合、レイザーはアウトになるのだろうかと疑問がわいたが、そこでゴレイヌが試合開始前に確認していたルールを思いだした。
念能力を使ったプレーならば味方へのアタックも有効である。言い換えれば、同じチームの選手が投げた攻撃のボールでも、それに当たればアウトになるということだ。すなわち、自分自身が投げたボールに当たってもアウトである。
ゴレイヌはこれを狙っていたのか。レイザーはアウトになってもバックで内野に復帰してくるだろうが、貴重なバックの権利をここで使わせたことは大きい。さらにあれだけの威力の球を食らったのだから少なからずダメージを負っていることだろう。
レイザーに当たったボールはその反動で大きく空中へと跳ね上がっていた。このままいけば私たちのチームの外野にボールが落ちる。試合の流れはこちらに向いていると言えるだろう。
そう思った矢先、敵チームに動きがあった。念人形たちはレイザーが不覚を取った後も活動を停止することはなかった。おそらく『遠隔操作(リモート)』ではなく『自動操作(オート)』タイプの念獣だ。術者の状態に関係なく、与えられた使命を全うする。
もはや手が届くはずもない上空のボールに向けて、念人形たちは選手そのものを砲弾のように投げ放った。投げられた念人形が空中でボールをキャッチし、自分たちの内野に向けてボールを返す。その思いがけない連携を、私たちはあっけに取られて見ていることしかできなかった。
『体がエリア外地域に触れていなければ空中での捕球も認められます。よって、レイザー選手はセーフとなります』
ぞわりと、総毛立つような悪寒が走った。場外に飛ばされていたレイザーが帰ってくる。歩を進めるたび、打ち寄せる波のように迫る威圧感。
「すまんな、どうやら久々の試合で気が抜けていたらしい」
決して軽くはないダメージを負っているはずだが、それで弱ったとは全く思えないほど凶悪なオーラがほとばしっている。レイザーは、にこやかに笑っていた。しかしその笑顔の裏側に隠しきれない凄惨な殺意が垣間見える。
「ここからは本気で相手をしよう」
戦績だけを見るなら敵チームは3人の選手がアウトになっているのに対し、こちらはまだ誰もやられていない。だが、目の前の存在を見て楽観する気は微塵も起きなかった。